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はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。 よろしくお願いします。
よろしくお願いします。 このラジオは、身近なテーマをきっかけに、哲学について楽しく学んでみようという番組です。
哲学好きの弟と、哲学に馴染みのない兄の兄弟二人でお送りしていきたいと思います。
改めまして、兄の環野翔介です。 弟のハヤトです。よろしくお願いします。
はい、今回からベルクソンやっていくということで、ベルクソン初めて聞きましたね。 そうですよね、安里ベルクソンさん。知らない、ご存知ない。
最近は何となく聞いたことある人だったから、久々にこれは誰なんだっていう。
そうですよね。ベルクソンさん、哲学者の知名度ランキングで言うと、たぶんそんなに高くないっていうか、
たぶん教科書が出てるかもしれないけど、そんな本当に一言くらいだと思うんですよね。
仮にリンリーとか出たとしても、いうふうな人なんですけど、時代的にはそれこそやってきたミルさんとかと同じくらいの1800年代半ばぐらいの人なんですよ。
僕もそんなにちゃんと知ってるわけじゃなかったんだけれども、去年ぐらいに大学に管理された先生とホワイトヘッドの勉強をしてます?とかって話をしてたと思うんですよ。
で、その時に実は結構ベルクソンの名前が出てて、その先生から言わせると、「カンノ君みたいな、ホワイトヘッドとベルクソンは本質的には近しいことを言ってるからさぁ。」みたいなことを言われて、
ちょっとどっちの本質もわかんないんで、ちょっと繋げられないんですけど、みたいな。
確かにいいなと思う。
そう。ホワイトヘッドのことも知らないし、ましてやベルクソンなんて読んだこともないし、みたいな中で、本質が一緒とかって言われたら、んー、なんかね、時々兄貴が言うさ、知らんことを知らんもので例えられてしまったみたいな。
なるほど、なるほど。
そうそうそう。感じはあったんだけど、そういう意味で名前というか関心はあったんだよな。どんな人あんだろうなとか、どんなね、手伝う人なんだろうとかっていうので、キーワード的にね、その持続みたいなキーワードとかっていうのはあるんだけど、持続、いわゆる持続性、可能性とかの持続ね、とかっていうもののキーワードぐらいはしてたんだけど、それがじゃあ何かとかわかんなかったから、いつかは取り上げたいなとかって思ってたんですよね。
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うーん、なるほど。まあそうだよね。その時のハヤトからすると、まあ今もね、もちろんたどり着きつい人はいないだろうけれども、まずはホワイトヘッドの本質的なものを知らないとその例えわからんみたいな。順番が大事だもんね。
まずはそうなんだよね。階段がやっぱりさ、こっちは一段一段登りたいけどさ、やっぱ向こうはもうね、いろいろ見てらっしゃるところだから。
なんだろう、だって大学の先生元だから、いわゆるもう、なんだ。
あ、その体幹はそれだ。70歳ぐらいの。
プロの哲学者ってことでしょ。
あ、プロです。はい。ずっと大学で教えておられた先生なので。
はいはいはい。それはね、難しいね、いきなりね。
なるほど。
そう。そういうところも含めてね、たぶんそのつながりって自分ではやっぱりたどり着けないから、そういうのを結びつけてくれたってのは本当にありがたいなと思ってるんだけれども。
ただね、いろいろ読んでやってみると、すごくね、このジョン・スチュアート・ミル前回の講理主義とか自由論とかやったじゃないですか。
結構そのね、自由の話もそうだけど、幸福、最大多数の幸福とかっていうところも、やっぱりその量っていうね、ベインさんがやったところから質も大事だよねみたいなさ。
そういうふうな話をしたと思うんですけれども、結構この量から質みたいな話っていうのが、やっぱりすごいつながってるなっていうか、関連してるなっていう感じだったんですよ。
うーん、そうなんだ。ほうほう。
そう。この辺りはちょっとまた次回、ちゃんとお話していくんですけれども。
僕らさ、よく量と質とかさ、ある種、量と質っていう感じで、量を取るか質を取るかとかって結構さ、片方を取ると片方を取れないみたいな、そういうふうな感じになりがちじゃないですか。
うーん、そうだね。確かにどっちかみたいな。
そういう意味で、その量と質っていう概念に慣れ親しんでると思うんですけれども、じゃあ量って何とか、じゃあ質ってどういう時に扱うべきなのみたいな話って、意外とというか、そこまで考えることってあんまないと思うんですよね。
いやー、そうだね。確かに確かに。
うん、あまりにも当たり前すぎて。
うんうんうん。
そう、でもこのベルクソンっていう人はまさにその量っていうとこから出発して、いやいや我々には質というものがあってって話をして、で、量と質の違いとは何かっていうところから色々いくんだけど、
例えば空間と時間の違いとか、あるいは直感と言われる人間的な生き方の話とか、あるいはそこからの自由とか何かとか、そんなところまで色々自由を無尽にいく人なんだよね。
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うわー、そうなんだ。
で、前回までのマルクスとかミルさんはどっちかというと社会的な文脈が強かったから、がっつり哲学っていうよりは、僕らが生きる世界に対して200年前くらいの人が何を考えたのかなみたいなさ、ちょっと社会的なことが強かったと思うし、
自由っていうものも、その他社危害原則みたいなさ、他の人に危害を加えない限りはやってもいいよみたいな、他社から承認される自由みたいな、そういう感じだと思うんですよね。
確かに確かに。どっちかというと哲学っていうよりは倫理とか道徳とか、そういう感じで馴染みやすい感じはしてるよね、普段の直感とね。
そうなんだよね。なので、僕も話楽しかったんだけれども、やっぱもうちょっとね、いわゆる何言ってるかわかんないよっていう哲学の面白みもあるよなと思うときに、
ベルクソンさんはね、また久々にそういうタイプの人だなと思ってて。
そうなんだ。
なんでそんなこと考えるのとか、あなたの言ってる自由って何ですかみたいな感じの人だなと思うので、ちょっと久々にこう、別にマルクスとかミルがなかったわけじゃないけれども、
噛み応えがあるというか、そういう感じでちょっと今回お届けしたいなと思っているので、
ぜひね、ちょっとこれまでとまた違う感じで、一緒にベルクソンさん見ていってくれたら嬉しいなと思ってますという感じなんですよね。
わかりました。ちょっとあれだね、ザ・哲学っていう感じなのね。
そうだね。ザ・哲学っていうとね、いろいろ恐れ多いというか、みんな哲学じゃんってなるんだけれども。
よくイメージされる、何言ってるかわかんないとか、常識的なことをやっぱりちょっと切り崩していくみたいな感じがあるかなっていうところですね。
そうなんだ、楽しみだね。
それは多分全然わかんないと思うんで、ベルクソンという人が何かとかわかんないと思うんで、ちょっと天然目にそのところからいつもの通り行こうと思っているんですけれども、
ベルクソンさんも結構エピソード濃かったですね、いろいろ調べたら。
そうなんだ。
なんかね、久々にはこういう超エリートタイプかみたいな感じの人なんですけど。
ちょっと早速お伝えをしていくと、アンリ・ベルクソンさんですね。
この方は1859年にパリ、フランスで生まれてますと。
で、お父さんとお母さんがユダヤ系のポーランド人と、あとお母さんはイギリス人なのかなっていう感じで、結構フランスで生まれたんだけどもそういう系譜があるみたいなそういう人ですね。
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で、やっぱり幼い頃からこの方さん本当にもう秀才みたいな、天才に近いのかなっていう感じでめちゃめちゃ勉強できちゃってる人なんですけれども。
一番すごかったのが数学なんだって。
どんぐらいすごいかっていうと、日本だと数学オリンピックとかってあるじゃないですか。聞いたことある?
聞いたことはある。
あれが全国なのか日本だけなのかあれなんだけど、そういうフランス全土の数学コンクールがあったときに、そこの数学1位を取っちゃったんだって。
とんでもないね。
フランス1位数学ができる高校生みたいな。
しかもなんか、数学の問題があってそれ解いたんだけれども、あまりにもそれが美しすぎて、そのまま学術誌に掲載されましたみたいな。
ただ1位取るだけじゃなくて、まるで専門的な雑誌とかに出るぐらい、これはすごいみたいな感じで、
天才だ、数学の次世代になる人が出たぞみたいな。結構そんな感じだったらしいんだよね。
そうなるだろうね。
そんな人が哲学者みたいな感じなんだけれども、これがいわゆるフランスのエリート教育の世界なわけですよ。
この学校に行ったらエリートでとか、こっちは違うねとかって、そういう階級。
日本だと東大、京大だからもちろん官僚などがあるかもしれないけど、それが本当に社会のステータスをそのまま紐づくかっていうと、そこまでじゃなかったりするじゃないですか。
でも本当にフランスとか、今でもそうって聞くんだけど、この学校出た人にしか歩めないエリートコースがあるみたいな。
そういうのが当時はより強かったらしいんだよね。
なのでそういうところにも進学をするんだけれども、なんとそこで数学科じゃなくて哲学の道を選びますって話なんだよね。
なんか当然、高校の数学の先生とかが期待をしてたわけなんだけれども、進学するときに哲学科に行っちゃって、なんてことだみたいな。
ベルクソンは偉大な数学者になれたはずなのに、単なる哲学者なんかになってしまうとはみたいな。
単なるそこまでにヒエラルキーがある、数学のほうが上なのかな。
当時でいうと自然科学とか数学的なものがすごい伸びてる時代だから、哲学っていうものよりも実学的なこととかのほうが社会的にも、学術的にはより優れているとか、より発展性があるみたいな。
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多分そういう感じだったんだろうと思うんだよね。
なるほど、ちょっとトレンドがそういう感じだったんだ。
なんかほら、フランスと言えば哲学みたいな感じがあるけれども、ちょっとそういう自然科学とか科学のほうにトレンドが移ってたんだね。
そうそうそうそう。
っていうような話だし、数学の先生なのでその期待をかけてたのにみたいなね、あるとは思うんだけれども、そういった意味で結構周囲からはそういうふうに思われてしまいますよと。
ただね、本人はやっぱりもうなんていうのかな、ある種数学の限界というか、もうちょっと当時の状況を言うと、いわゆる当時のフランスの思想界とか学術界とかを見ていくと、いわゆる関東の流れがまだまだ強いんですよ。
関東はドイツの人だけれども、大陸合理論とかあったときに、いわゆる人間の認識能力、コプリニックス的展開とか関東の時やったと思うんですけれども、やっぱりあらゆるものを人間の理性で捉えられるじゃなくて、そこには限界があって人間にはわからないもの自体があるみたいな話をしたじゃないですか。
それはある種宿題だって言って、いろんな人が説こうとしたんだけれども、やっぱりその限界を超えられないねとか、なかなかそれって突き抜けていくのって難しいよねみたいな発想がすごく残っていたりとか。
その一方ではね、人間の理性には無理でも、例えばまず科学とか、あるいはデータっていうものを積み上げていけば、それが今はできないかもしれないけれども、いつかは全て証明できるみたいな。
そういう人間の理性っていうものの限界と、でもそれを超える科学の発展みたいなものっていうのが結構攻め合っているような、そういう風な時代だったらしいんですよね。
あー面白いね。そっかそっか。理性とか直感と反するというか、捉えられないものっていうものが捉えられ始めてる時代なのか。
そうそうそう、科学によってね。だからある種、まさに人間の認識能力っていうものを広げて拡張するのがやっぱり科学じゃないですか。
それこそ天体望遠鏡とかもそうだけど。
あとは小さいものもそうだよね。細菌だとかウイルスだとかね。
そうそうそう、っていうものでやっぱり解き明かしていくっていう時に、やっぱりそれがデータとか科学ならできるみたいな、そういう風な時代なんだよね。
なった時にですね、やっぱりベルクソンはすごい面白いんだけれども、なんかおかしいんじゃね?って思うわけですよ。
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つまり、いわゆる人間の経験とか、あるいは思考とかでもいいんだけど、そういうのを考えた時に、
いや、それって結局、いわゆる知性とか理性とか、そういうものだけはやっぱり捉えきれないものとか、
それで捉えようとした時に、やっぱりこぼれてしまうものがあるんじゃないかっていうことを確信したらしいんですよね。
はいはい。
だから、ある種、数学をそんだけフランス一できるような人だからこそなんかわかんないけど、
全部を数字に還元できるんですか?とか。
でもこの自分が経験して、例えばおいしいでも、お風呂があったかいでもいいんだけど、これってじゃあ何なの?みたいな。
そういうことに、むしろ目がいったみたいなことがあったらしいんだよね。
あ、そうなんだ。なるほどなるほど。今のってわかりやすく言ってくれたわけじゃなくて。
あ、わかりやすく、ごめん。わかりやすく言った。
多分もっと、あれだよね、多分その天才にしかわからない頭の中と、いわゆるそれを表現する上での数字なのか言葉でなのか、何かだろうかないけれども、
そこのギャップみたいなものにすごい違和感を感じたっていうのを、すごいわかりやすく今、ハレトが言ってくれたみたいな。
あ、そうそうそうそう。
あ、よかった。ベルクソンがそう、いや、風呂に入るのってどういうことなんだろうなーとか、そういう話ではないね。
ではないではない、そう。あえて体験とか経験っていうものをわかりやすく伝えたらっていう話ですし、
じゃあそのベルクソン、天才ベルクソンが感じたことは何だったのかというと、次回以降、彼の思想とか哲学を通して学んでいくんですけれども。
そういう違和感は残ってるというか、あるんだ、ちゃんと展開されていくんだ。
そうだね、ただそういうふうな話はしないけどね。
具体的なね。
うん、具体的な。もっと、いわゆる哲学的な、ロジカルに話していくんだけれども。
ただやっぱり、今の僕らからするとさ、それもわかるというか、理性一辺倒とか、科学万能主義みたいなものもあるはあるけれども、
やっぱりそれだけで本当にいいんだっけみたいな反省っていうのもあるわけじゃないですか。
やっぱりそれを、彼が生まれたのが1859年だったかなってさっきお伝えしたと思うので、
今から160年前ぐらいからはそういうことを考えてた、気づいてたみたいなこと?
それだけでも、やっぱり時代を感じつつそれを乗り越えるみたいな、ちょっとそういう感じがあるかなと思うんですよね。
なるほど。
さらに面白いのはね、優秀すぎるとこうなるなと思うんだけれども、
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いわゆる進学先で哲学とかの勉強をしてるんですけど、
いわゆる卒業の教授認定の試験みたいなのがあるんですよね。
教授って大学教授っていうよりは、いわゆるその哲学とかを教えるっていうふうな資格を持つって話なんだけれども、
その資格試験で、どうやらいわゆるテーマをくじとかで引いて、そのテーマについて論文とか書くのかなって発表をして、
テーマだから、事前にはわかんないけど、たぶん共通性を担保するとかってことだと思う。
平等性か。
テストだからね。
そうそうそうと思うんだけれども、なんかその、ベルクソンが引いたのがその心理学、当時の心理学の価値についてみたいなテーマだったらしいんだよね。
ほうほうほうほう。
そこで、もちろん普通であれば心理学ってこういう価値があるとかさ、こういうふうなところが今優れててこういう研究とかって書きそうなもんなんだけれども、
やっぱりベルクソンすごいこうなんていうのかな、いやもうそんな、じゃあダメだよと。
当時の心理学って、いわゆる人間も行動主義的な感じで、全部機械だったりとかデータに落とし込めるみたいな。
そういうふうな感じなんですよね。
例えばさ、パブロフの犬とかさ、
ほうほうほうほう。
好きな箱とかできることない?
好きな箱は知らないな。
知らないか。パブロフの犬のほうが有名だと思うんだけれども。
で、よくあるさ、ベル鳴らすとよだれ出ちゃうみたいな条件反射的なやつ。
うんうんうん。
いわゆるそのあたりが心理学の走りというか、
ごめん、この辺は今ザクッとした昔の知識で話してるから。
うんうんうん。
なんだけれども、そういわゆるシンプルに刺激と反応みたいな、
そういうものから、動物大師ヒートは人間の知性とか心みたいなものを見出してこうよみたいな流れがあったわけなんですよね。
あー、はいはいはい。
で、好きな箱っていうのは、その好きなさんっていう人がやってるんだけれども、
これはね、なんだっけ、オペラント条件付けとかってあるんだけど、
ネズミとかハトとかがボタンを押したりするとエサが出るとかっていうときに、
それがボタンを押すっていう学習につながるみたいな。
っていう風なのがあって、
それによって動物とかも含めて何か物事を学んでいくんだとか、
そういう刺激と反応っていうものの関係性をちゃんと理解できるんだみたいな、
そんなものを学習させましたっていう装置があったりするんだよね。
うんうん、なるほど。
ごめん、ちょっと今話が逸れちゃったんだけれども、
要はそういう心理学、当時の1900年前後ぐらいの心理学って、
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それやっぱ刺激と反応とかっていう風に、
ある種制御されたところの中で、
データ化して人間の心とかも含めて解剖していこうみたいな、
結構そういう風な発想が強かったんですよね。
なるほど、解剖っていうとわかりやすいね、確かに。
そうそうそう、心を解剖していく、そうそうそう。
っていうときに、もちろんそれもすごく大事なことなんだけれども、
当時からさっき言ったとおり、ベルクソンは全てをデータで説明するとか、
ましてや人間の感情とか心みたいなものまで、
そんな風に切り分けられんのかい?みたいなことを思ってたらしく、
その卒業試験なのに、当時の心理学をめちゃめちゃ批判するみたいな、
そういう風な発表をしたらしいんですよね。
そう。で、当然、教授陣が何だこいつはみたいな。
そんな当時の最先端の心理学を批判しやがってってなるんだけど、
でもあまりにもその発表が優れすぎてて、
やべえ、確かにいいこと言ってんだみたいな感じで、
結果的に2位で合格したんだって。
そうなんだ。
トップは当てられんけど、トップは当てられないけど、
ちょっとすごいこと言いすぎてるから下げるわけにもいかんみたいな感じで、
2位合格するみたいな。
それって他の学部のことをめちゃくちゃ言ってるってことになるんだよね?
いや、哲学って言ったからそうなんだけれども、
いわゆる人文社会みたいな括りだから、
いわゆる同じ領域の学問のこと。
同じ学部ではあるみたいな感じか。
そうそうそう。
そういう話なんだよね。
あまりにも優秀すぎるとそういうことが起きるよねみたいな。
単純に当たられた試験を軽々と突破して1位合格ですじゃなくて、
自分の持論をバーって言って優秀すぎてこいつ落とせんわってなって2位みたいな。
そうだよね。何度見るテストかわかんないけど、
ずれてそうだよね、回答はね。
たぶん先生たちが求めるものとね。
求めるものとは絶対ずれてるし、
審査員からも何だこう言ってたかってなったらしいんだけど、
でも合格しちゃいますと。
なるほど。
そっから教授職になるんだけれども、
すぐに大学教授になるわけじゃなくて、
いわゆる理性っていう高等学校みたいな、
地方の先生のところからキャリアっていうのはスタートしてくるんですよね。
ただやっぱりこれもすごいなと思うんだけれども、
そういう中学高校とかの先生をしながらも、
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自分で哲学をいろいろ深掘りしていく中で、
ゼノンのパラドクスってあるじゃないですか。
よく有名なのがこれも取り上げるけど、アギレスとカメみたいなやつで、
カメが先に進んでるときに、アギレスってめっちゃ足早い人が追いかけても、
アギレスが進む間にカメもちょっと進んでて、
アギレスがまた進むとカメもちょっと進んでるから、
どんなにやろうと思っても進み具合的に永遠にアギレスはカメに追いつけませんみたいな、
そういうのがあって、
これも時間のときかなとかにちょっとそれを、
このパラドクスじゃないですねって話をした記憶があるんだけれども、
でも普通さそういうの聞いても、ちょっと雑学ぐらいかなみたいな感じじゃん、僕らって。
そうだよね、確かアギレスとカメだと確かあれだよね、
カメに対してアギレスが2分の1距離を詰めるみたいな、
それでカメもちょっと動くし、最初から2分の1また詰めるみたいな話でいくと、
永遠とゼロにはならないよねみたいなところの話だよね、確か。
そうですそうです、半分追いついて、でまた半分追いついてってやつ。
そうだよね、とはいえ追いつくし、カメ追いついて手に持てるしって思っちゃうもんね。
そうそうそう。
要はパラドクスって結局そんなよくわからんこととかざり事じゃんっていうこともあるんだけれども、
なんとですね、このベルキソンさんはそれについて考えている中で、
時間ってこういうことかって言って、
その当時自分の手伝うの核となるさっき言った持続っていうコンセプトに結びつけちゃうんですよね。
なるほどね、そうか、同じ話を聞いても、
彼追いつくじゃんじゃなくて、時間についてなんかひらめいたみたいな話をしてるのか。
とんでもないね。
とんでもないでしょ、そうそうそう。
っていうことはやっぱりできちゃう人なんですよね。
はいはいはい。
で、そっからね、拍手論文書いたりとか、本とか発表していってですね、
そっから大学教授を目指していくんだけれども、
1回立候補したとき落ちちゃうんだよね。
落ちちゃうんだけれども、2回目コレージストフランスっていう、これ今もありますね、
フランスの本当に第一級の研究機関というか教育機関があるんだけれども、
そこの教授になりまして。
で、そうなったらもうね、すごいもので、なんかね、講義がもうめちゃめちゃ人気があったらしくって、
なんかね、学生だけじゃなくって、なんか知らんけど、その社交界のご夫人方。
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マダムたちも教室に来ちゃって、ビルフさんの講義聞いてるみたいな感じとか。
それは内容がいいの?かっこいいの?
なんかね、これもちょっと言うんだけど、すごいやっぱり哲学の話をしているんだけれども、
めちゃめちゃ語り口とか、文章の流れとかも含めて、やっぱすごい綺麗っていうか、なんていうのかな、
やっぱもう質が高いものらしいんだよね。
どんぐらい質が高いかっていうと、彼哲学者なんだけれども、
その哲学書に対してノーベル文学賞が贈られてるんですよ。
え?あ、哲学書にノーベル文学賞?
そう。
やばいね。
やばいでしょ。だから、ビルフさんはノーベル文学賞受賞者なのよ。
哲学じゃなくて。
哲学じゃなくて、しかも別に小説とか書いてないのよ。
単純に哲学書に対して、いわゆる切り口とか観点とか文章の良さとかっていうことも全部含めて、
すごいねって言って贈られてるんだよね。
ちょっとおかしいでしょ?
いや、ちょっとじゃないよね。とにかく怖い。
そうか。だから、ほら、スカイクローラーを書いた森博が、あれは小説を書いてるじゃん。
小説を書いてる。
みたいな、あれはって知らない人も多いかもしれないけれども。
小説家ですよね、森さんはね。
そう、デアギー。弟ね、たしか数学とか、数学じゃないか。
英系の人で哲学的な本も書いててみたいなさ。
自分の中で精一杯の知ってる人なんだけど。
あー、だから小説じゃなくて、普通に自分の哲学について論理展開したものが文学賞か。
そうそうそう。これが森にもすごいってなって、ノーベル文学賞を受賞しましたと。
これね、ちょっとWikipediaの情報であるんだけども、受賞文みたいなのも書いてあって。
受賞理由。
シンプルなんだけど、彼の豊かで活発な発想と、それが表現された鮮やかな技巧に対してっていう感じで。
これが、いわゆる哲学書、哲学者に対して言われてるんだよね。
へー、それなんとなく見たことある本。
本はね、今読んでるって感じかな。
以前もちょっと読んでて、今手元には笑いっていう本があるんだけど、
確かにね、なんていうのかな、これは翻訳だから、ごめん、わかんないとしか言えないんだけど、
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その翻訳の文章を読んでても、めちゃめちゃ難しいんだけど、
やっぱりこう、読めるって読みたくなる。
へー。
やっぱりフランス語とかで読まないとそれはわかんないと思うんだけれども、
やっぱりこう、なんていうのかな、
だからまあ、読んでますって言われたらごめんなさい、まだ全部読んでないですがし、
原文で読んでないから文章の流れさとか技巧がどうとかってのはわかんないけれども、
わかんないけれども、読みたくなる本であるなって思った、確かに。
はいはいはいはい。
うん、って感じかな。
ぐらい、才能がほとばしってるんだよね。
そうだな。
で、そういった感じで教授になってくし、アメリカで抗議したらそこも人を押し寄せるしとか、
それこそあまりにも有名というか名声が高まりすぎて、
第一次世界大戦のときですね、戦争中なんだけれども、
このときなぜかベルクソンが政府から匿名で外交施設としてアメリカに渡って、
当時のウィルソン大統領と会談とかしてるらしいんだよね。
フランスの立場とかは伝えにくいなと思うんだけど、大統領とも話してるし、
何ならその後、国際連合って今あるじゃないですか。
あれの前にあった国際連盟ってあったんだけど、
あれの創設にも携わってるみたいな、
ちょっとよくわかんない活躍をしてる人なんだよね。
そうなんだ、ほうほうほう。
みたいな感じなので、最初数学から始まって哲学やって、
ノーベル文学賞も取っちゃうし、大統領とも話すし、
国際連盟も作っちゃうみたいな、ちょっとよくわかんない。
これまで聞いた中でもトップレベルの万能の差な気がするよね。
そうなんだよね。
僕もまさかそこまで活躍された人だとは知らず、
ベルクソンさんすいませんって感じだったんだけれども、
面白いっていうか、こういう時代の流れがあるなと思うんだけれども、
当時ベルクソン生きてた時にもある種名声を誇ってたわけなんですけれども、
実は亡くなった後に、一回ベルクソンさんが哲学界から消え去るんですよ。
ベルクソンっていう人に触れるっていうことがなくなるんだけれども、
それは多分いろんな理由があって、
例えば前回のサルトルさんとかさ、
あと今後あれだけどメルロポンティさんとかっていう、
33:00
より新しい世代、20世紀の哲学者が出たときに、
やっぱりそれで言うと実存主義とか現象学みたいなものがブームになってくるんだよね。
そう、でなるとちょっとベルクソンなんかもう古いかもなみたいな感じとか、
でもそっちの現象数学とか実存主義すごすぎてそっちに行っちゃえって言って、
もう全体がそっちの目を向けちゃうみたいなのがあるし、
あともう一個あったらしいのが、ベルクソンさんが優位言で、
自分の書いたものとか、そういうのを全部破棄してくれみたいな、
っていうことを奥さんに言ってたらしいんだよね。
で、実際に奥さんはそれやっちゃったらしく。
奥さーん!
ダメだよそれは。
難しいよね。難しいよ、どっちが正しいかわかんないじゃん。
うんうんうん。
ね、優位言だからさ。
まあだしね、ベルクソンが言ったならね、
こんだけ頭良い人が言うならそうなのかもしれないしね。
ね、っていうのがあって、やっぱその哲学者の研究ってもちろん出したものもそうなんだけれども、
やっぱり出されなかったいわゆる手記って言われるものとか、
あとは書きつけたメモみたいなものとかも含めてやっぱり研究を進めることが多いんだよね。
うんうんうん。
そういった意味ではフッサルとかハイレガーとかもそういった思考とか残ってるものを移行化っていうものも解析して、
これで書いてわかってこういうことだったんだとか、
そういうことを分析していくっていうことがよく行われるんだけれども、
ベルクソンに対してはそれができなかったらしいんですよ。
はあ、なるほど。
なのでやっぱりベルクソンっていう人とか思想っていうものがどんどん追いやられていったみたいな感じなんだけれども、
ここで出てくるというか、やっぱり歴史は見逃さないというか、天才が天才を見出すのかわかんないんだけれども、
ベルクソンさんをある種、もう一回フューチャーさせた人がいるんですよ。
えー、あ、そうなの?
うん。
ちゃんときっかけみたいなのがあるんだ。
そうそう、リバイバルのきっかけがあって、
これはね、この人有名かなどうかなあれなんだけれども、ジル・ドゥルーズさんっていう人がいて、
ドゥルーズさんね、この人もマジですごいから一回ちゃんとやりたいんですけど、
あ、そうなんだ、これ。
名前だけ、ゆる哲学ラジオでドゥルーズゲームとかなんか作ってた人。
なんかあったかもな。
ぐらいでしか知らない。
はいはいはい。
デリーダー一回やったと思うんですけど、
いわゆるデリーダーと並ぶぐらいポスト構造主義というか、
20世紀の哲学の筆頭みたいな、結構すごい人なんですよ。
すごい人なんですけど、この人がね、ベルクソニズムっていう本を出して、
36:00
ベルクソンをドゥルーズが読み解くというか、もう一回捉え直すってことだったんですよね。
わー、なるほどね。
当時最先端だったりめっちゃトレンドの人が、これめっちゃいいよって紹介してくれたんだって。
そうそうそうそう。いやいやベルクソンが言ってんじゃんみたいなこととか、
この発想めっちゃいいじゃんっていう風に、
ドゥルーズさんのことも通してベルクソンを紹介したりとかあって、
それによって一気にまたベルクソンに目がグッて向いたみたいなのがあるよと。
なし、いろいろ解説本とか読んでると、
やっぱドゥルーズはベルクソン以上にベルクソンを理解してたみたいな。
もちろん時代も100年くらい違うから、
なんだろうなっていうのがあるんだけれども、
やっぱりある種ベルクソンが語りきれなかったこととか、
書いてるんだけど説明しきれなかったことみたいなことを、
ちゃんとドゥルーズが引き出して、
ちゃんともう一回提示してくれたみたいな、
そういうふうなことが行われてるんだっていう話らしいんですよね。
そっかそっか。もちろんそういうのはなくなって、
例えば半世紀くらい経てたとすると、
結構答え合わせもできるみたいな話だよね、ベルクソンの話。
ある種、それがやっぱりすごい先見の明があったみたいな。
むしろこの複雑な時代において、
このベルクソンの思想って役立つんだみたいな。
そういうところも含めてリバイバルが起きて、
ベルクソンさんも評価されているみたいな、そんな感じなんですよね。
そこも含めて本物だったんだね。
そんな感じがするよね。
よくあるじゃん、逆に、
生きてる間はいいけど死んだ後は見捨てられませんっていう人もいれば、
逆に生きてる間受けられないけど死んだ後、
何百年後かに評価絶対にいいという人もいるけれども、
生きてる間もちゃんと評価されて、
また50年、100年、死後経ってからもちゃんと評価されるみたいな、
それはやっぱりすごいことだよね。
うん、めちゃくちゃすごい。
っていうふうな大哲学者ベルクソンさんなんですっていう感じなんだよね。
いや、なかなかあれはね、
欠点探したいよね。
ほんならでぐらいの。
でもね、でもねって言われるんだけれども、
次からはちゃんと話していきますけど哲学的なこととかね、
やっぱちょっとおかしいなとか、なんでこんな発想すんだろうなっていう感じだから、
まあ欠点ではないけど、
ちょっとわからんみたいな人だと思う。
はい、なほが。
すごすぎてね。
でもある種そういったものをね、僕らはいろんな解説してくれる人とかね、
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いろんな人の本を読むことで、なんとなく理解できるというかね、
そんなこと考えるんだっていうのもあったりするんで、
次回以降ですね、ちゃんと彼がどういうことに疑問を持ったのかとか、
さっきの冒頭で、いわゆる量としてみたいな話したと思うんですけれども、
それって結局何なの?みたいな話。
ところから土台から入っていって、
彼が扱った時間とか自由とか、
そういうふうな概念をいろいろと理解していきましょうよと。
というふうな感じで、今回皆さんと一緒に学んでいきたいと思ってます、というとこなんですよね。
おー、なるほどね。
あとね、もう一個あった。
ちょっと待って、これ合ってるかな。
その彼の言葉ね、めちゃめちゃかっこいいっていうか、
ちょっと中二心をくすぐるのがね、
エランビタールっていうのがあるんですよ。
エランビタール。
日本語で生命の躍動とかって言われるんだけど、
かっこよくない?なんか。
いや、中身を教えてほしいわ。
中身は中身よ、これから。
ちょっと言葉だけでもちょっとワクワクしない?
意味の方じゃなくて、エランビタールっていう方の響きの話で。
響きの話。ただの響き。
はいはい、なるほどね。
ちょっとオシャレでしょ?
まあまあ、なんかブランド名にしてもいいかなみたいな。
確かにね、ありそう。
健康食品かな。
確かに。
まあでもそういうので、じゃあなんだよみたいなところから興味持つとかもありだと思ってて。
はいはいはい。
なので彼が言った、持続とか時間とか自由とか、
エランビタール、生命の躍動とか、
あと想像的進化とかってあるんだけど、
いろんなキーワードがあるんですよ。
キャッチーだね。さすがノーベル賞文学賞の優勝者ね。
まあそういうのもあるかもな。
なのでそういったことを一個一個紐解けながらですね、
このベルクソンさんの話っていうところもみんなでやっていければと思ってます。
ということで今回第1回の説明編という感じでございました。
はいはい、わかりました。
次回からですね、そんな超人ベルクソンの思想の中身、
哲学の中身を見ていきたいと思います。
では引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。