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#426 【雑談】日常と哲学をつなぐ創作プロジェクト、始まります!
2026-05-27 1:17:15

#426 【雑談】日常と哲学をつなぐ創作プロジェクト、始まります!

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サマリー

このエピソードでは、パーソナリティのハヤトさんが、コミュニティメンバーと共に「共同創作プロジェクト」を立ち上げる構想について熱く語ります。このプロジェクトは、単なる制作ではなく、哲学的な探求を深め、自己理解や他者との関わり方を豊かにすることを目的としています。ハヤトさんは、AIを活用した自己分析ツールで自身の「深く追求するが得意だが、それを表現するのが苦手」という性質を再認識したことをきっかけに、このプロジェクトを思いつきました。具体的には、メンバーそれぞれが「愛」などのテーマについて創作し、それを一冊の小冊子(ジン)にまとめるという形式を提案しています。このプロセスを通じて、日常の中で哲学的な問いに向き合い、自分なりの世界の見方や生き方を模索すること、そして他者との作品を通じた新たな関わり方を生み出すことを目指しています。これは、単に知識を得るだけでなく、実践を通じて人生を豊かにする試みであり、その楽しさや価値を共有したいという思いが込められています。

新しい創作プロジェクトの構想
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今日も雑談会ということでやっていきたいと思います。
はい、お願いします。
あれですよね、はやとがなんか新しいことというか、ちょっと考えていることがあるということで、ちょっとそれ聞いてみたいなと思って。
はい、ありがとうございます。
実は、それ哲カフェとかそれ哲フォーラムっていうやつをですね、コミュニティとしてもう1年くらいかな、やってるか。
やらせていただいてるんですけど、そこでちょっとね、先月、参加していたという方にはお話をして、
こんなこと考えてるんです、っていうのは話してたんですけど、
ちょっとね、自分の中ではまとまってなさすぎて、話しながら、
なんか聞いた方はね、なんか良さそうですね、楽しそうですとかって言ってくれたんだけれども、
なんかすごい忖度っていうか、すごい気を使って言ってくださってるんじゃないかって思ってる自分がいて。
あのね、その場、それ哲カフェの会に行ったけども、
たぶんね、はやとの情熱というか、ちょっと絡まってるんじゃないかなって。
ちょっとね、メンバーの方、たぶん忖度してた、大丈夫。
そうだよね、たぶん気づけてたよ、ちゃんと。
はやとの情熱が、ちょっと染みずにちょっと拡散してる感じみたいな。
めっちゃ熱弁してたもんね、でも怖い。
そうね、たぶん自分なら珍しいぐらい、これやりたいんですみたいな話をして、
熱量で押し切られてしまって、まあかのさん、はやとさんがやりたいならいいんじゃないですかみたいな感じだっただろうなっていうのは思ってて。
反省したわけね、後からね。
反省っていうか、よくあることなんですよ、たぶんこれ。
はやとあるあるの話。
はやとあるあるで、最近ね、これちょっと変な話なんだけど、ちょっと脱談だからごめん、いろいろ話しちゃうんですけど、
AIによる自己分析と占いのメタアナリシス
最近AIをいろいろ使って、なんか面白いことできないかなっていうのをずっとやってるんですけど、
僕占いとか好きなんですよね、やるのもしてもらうのも。
でも面白いなと思うのが、占いってやっぱり、いろいろ例えば、同じ先制術、星を読むでも、
西洋のヨーロッパのものもあれば、インドのものもありますとかっていう風に、結構手法がいろいろあるのよね。
中国にも中国のやつがあったりするんだけど、やっぱりそれでやると、背景にある思想とか、
やっぱ強み弱みがあって、それぞれの占いの仕方にも。
そう、出てくる結果が違うとか、焦点の当たり方が違うとかっていうのがあるんですよ。
そうだよね、もしそれを統計学の一種として考えると、そりゃそうだよ。
生まれてる場所だったり、統計の母数とかが違うから、出てくる傾向とか答えも違うよねみたいなのは納得いくよね、確かに。
そうだし、例えば国とか地域によって求められる結果も違う。
例えばこれはイメージもあるけど、中国だったらやっぱり政治家とかさ、
より社会とか政治的なものが強いからそっちを読み解ける方に育っていくしとか。
こないだとそうだもんね、王様よりも何なら偉い時代があったみたいな、そういう。
亀の甲羅焼いて蛇を見て占う人が、その結果を伝えて、それが一紙相伝なんだよね、占い自体が。
それに基づいて王様が判断を下すだったりとか、並んでもう一回やれみたいな。
そうそうそう、ちょっと今回ダメだからもう一回焼けみたいな感じで。
やるとかも含めて、例えば中国だったらそうだよねとか。
インドの方だとよりちょっと内面的な、この子はこういう人生でこういう成長をするから。
それこそ釈迦とかも、ゴータンも知ってあるった?お釈迦様もそうだけど、
生まれた時の占いで、この子はすごい王様になるか精神的指導者になるかどっちかだって言って、
王様になってほしいからっていうので、お父さんがあるし、かっこ入り息子として育ててたみたいなのがあったりするわけじゃない?
なるほど、そのインドの方全然わかんないんだけどさ、
ブッダの場合は王様だからあれだけども、庶民とかもある程度そういう占いみたいなのを生まれた時とかやってるのかな?どうなんだろうね。
結構現代に近づくほどするのやってるらしくて。
近づくほど、なるほどなるほど。
昔のことはちょっとわかんないとか、ブッダがどんな占いを受けたかってちょっとここまでわかんないんだけれども。
結構現代でもそういう子供が生まれたら占い師の人に見てもらって、この子はこういうふうな特徴があるよねとか、
こういう時間流れできっと育っていくからこういうことを気をつけましょうねとか、
そういうことを教えてもらってるの結構普通だよみたいなことを占いの本だからかもしれないけど書いてはいるんですよね。
占いの本か、ポジショントークスもそうだな、なるほどね。
そうなんだよね。ちょっと僕も確定情報としては言えないんだけれども。
そういうのがあるのを思って閃いたんですよ。
これ一個一個やるんじゃなくて、全部の結果出して足し合わせるというか、いい感じに混ぜ合わせたら、
すごい最強の自己分析のシートができるんじゃない?みたいなことを思ったのね。
はいはいはい。
つまりその社会とか政治的なことは中国の占いを引っ張ってきますとか、
自分の本質とか特徴みたいなものはインドの方を引っ張ってきますとか、
そういうのをバーって掛け合わせたときに、なんか知らんけど生まれた場所とか時間とか日付入れたら、
カンのハヤトってこんな人間だよっていう決めつけのレポートが出るみたいな。
はいはいはいはい。
そういうのを実は作ったんですよ、システムとして。
なるほど。考え方としてはさ、いわゆる学術的な研究でさ、確かのメタアナリシスって知ってる?
うん、知ってる知ってる。
それと似たような感覚なのかな?いろんな先行研究とか、それをさらに分析というかさ、
することでより精度の高い結果を見ていくのだみたいなさ。
はいはい。
結構筋トレ界隈とかさ、この成分は体に効くのかみたいなのですごいそういう話を聞いてさ。
あるよね。
それがパッと思いついたんだけど。
うん。似ていると言いたいけれども、これは占いの仕方とかじゃなくて、
あくまでもカンノハヤトという素人がAIと作ったシステムを掛け合わせるだけであるっていう点において、
別にうさんくささにうさんくささを重ね合わせてるから、別にそんな信憑性も何もないっていう。
なるほど、そうか。メタアナリシスは学者さんが先行研究、いろんな、しかもいろんな学者さんの研究を集めた学者さんの研究だから、
一定程度の信頼性だったりとかは、ちゃんと、まさ読も含めてみたいなね。
そうそう。一定の同じような手続きをしたりとか、そういうのは多分あるから、メタにしても意味があるっていう。
ただね、よくわかんない適当なものを引っ張ってきてるわけじゃもちろんないからさ、多分メタアナリシスも。
っていうのがあるから、ちょっと似てるとは言いがたいんだけれども。
素人が集めてって、みたいな。
そうそう。発想は近いのと、逆に別に確からしさを高めたいわけじゃなくて、
別に決めつけでいいと思ってるのね。ただその決めつけの、なんか出てきたそれっぽい5000字ぐらいの文章を読んだときに、
確かにこれ自分に当たはまるかもとか、いやいやこれはなんか違うなって思うこと自体に意味があると思ってて。
でもなぜか人間って、やっぱこれがあなたの生まれた時間から出てきた、あなたのレポートですって言われると、やっぱそういう風に見るじゃん。
そうすると、自分確かにこれとかあるかもとか、これは全然違うなってことは自分ってどうなのかなっていう、
なんかそういう叩き台というか、そういう風な役に立つよねって思って作ったんですよ。
表現の難しさとプロジェクトの動機
なるほどなるほど。確かに自分に向き合うそのきっかけ、叩き台としては確かにね。
一つのね。これ面白いのが、思った以上にすげえ言い当ててくるなっていう実感ちゃうね。
これは自分だけじゃなくて、何人かテストみたいな感じで友人とかにやってもらってるんだけど、
みんななんかこれやばい、すごいねみたいな、すごい刺さるんだけどってことを言ってくれてて。
大丈夫?そういう人たちも占い好きじゃない?大丈夫?
占い好きだと思うよ。そりゃそういうのテストやろうとしてくれてるぐらいだからね。
確かにね。
だからまあ、もちろんそういうバイアスはあるんだけれども、そういったものを今作ってて。
ごめんちょっと前打が長くなっちゃったんだけど。そこで出てきたものが、
ハヤトさんはね、何かを深く追求するとか、それを取りに行くっていうことは得意なんだけど、
それを表に出すとか、やっぱり社会に伝えるっていうところにすごく苦労するよみたいな。
そういうのって、得意不得意とかじゃなくて、そういう性質だから頑張ってねみたいなものが出てきた。
頑張ってねって、なるほどね。
そうそうそう、しょうがないよみたいな。
ハヤトは大丈夫、それ見て、そんなことねぇしって。
でもそれがまさに今日話そうとしてる内容で、
つまり、今これから何やろうとしてるかとか、何がやりたいのかっていうことをお話させていただくんだけれども、
8割伝わんないだろうとやっぱ思っているのね。
これは、僕のもちろん伝え方が良くないとか、整理ができないとかっていうのもあるんだけど、
多分、いろいろ整理すると、この話を思いついたきっかけは、実はこの10個ありましてみたいな。
その瞬間に、いや10個も聞けないしみたいな。
もうちょっとせめて2個ぐらいに絞れませんか、3個でもいいですけどみたいな、やっぱなっちゃうじゃん。
まあまあ、これはもともとハヤトがこのラジオを始めたきっかけだったりだと思うんだけど、
その話、友達とするにしてもさ、
例えばさ、いろんな家をピンポンって回ってさ、すごいの作ったんですと。
で、1時間今からその話をしますみたいな。
ピンポンでね、突然の訪問販売でね。
今さ、1時間時間くださいみたいなね。
はいはい。
それは極端だけども、確かにね、同じだよね、起こってることは。
哲学について誰かと話したいみたいなさ。
もしくは自分が興味あるものについて誰かと話したいっていう時の、
ハヤトに起こりがちなことってことだね。
そうそうそうそう。
で、だった時に、だからその、もちろん僕もさ、もう36歳でさ、
それなりに社会経験を積んでるから、一生1時間も話を聞いてくれないとかさ、
ちゃんと10個当てとしても3つぐらいに絞って、
ちゃんと相手が受け取りやすいサイズにしてお渡ししましょうとかってことは分かってるわけよ。
はいはいはい。
分かんなくなるとこうやって400回とかやってずっとポッドキャストを続けて、
喋り続けるとかになっちゃうわけだよね。
その制限がない場所だよね。今のここみたいなね。
そうそうそうそう。
それとかでは全然ネタリエとか、ネタリエって何みたいな話になってくるってことはね。
一時期なりかけたけど、それを越えたら別に1000回でもできそうだとかって今なってるわけよ。
はいはい。
で、だった時に、やっぱり難しいのは、仮に10個はちょっと仮だとしても、
やっぱりそれを3個に絞った瞬間に、当然7個分圧縮されるとか、切り落とされるものってあるわけじゃん。
はいはいはい。
で、もちろん人間だから全てを表現なんてできないし、
切り落とされるっていうことはあって当たり前なんだけれども、
やっぱりそれを切り落とすと、やっぱり自分の本当のことが伝わってない気がするなとか、
別に切り落とした上でちゃんとそれを伝える技術とか能力ってまだないなって思ってしまってるのね。
なるほど。
なので、ごめん、すごい長くなったんだけれども、
今日はちょっとこれから話そうとしてるやりたいことについても、
前回ソレテツカフェっていう少人数の場で、
ソレテツラジオすごく聞いてくださってる方に伝えた時にも、
情熱は伝わって、
カンノさんすごく頑張って喋ってるけど、ちょっとわかんないなみたいな感じでみんな忖度してくださるとか、
兄貴が兄からしてちょっとこの弟大丈夫かって思うとか、
そういうことが起きるわけですよと。
なるほど。ほうほうほう。
起きるからテキストで書いてまた共有してたんだけれども、
お兄さんがこれ別にラジオで撮って流したらよくないって言ってくれたから、
確かにじゃあ喋るかと思って、
今日今から喋ろうと思ってますって話ですね。
そうだね。
そうそうそうだ。
共同創作プロジェクトの具体的な内容
テキスト掲示板のほうね、ソレテツフォーラムのほうに
ハヤトが考えたことを書いてくれたんだけれども、
今の話で言うと、今ハヤトが自分で言ってたけれども、
たぶん90%ソレ落としたなみたいな。
10%しか表現できてねえじゃんみたいな。
これを見て我々はどう捉えたらいいのだみたいな。
たぶん皆さん、フォーラムにいる方々は、
90%ソレ落としたなってわかってると思うんだよ。
そこまでわかっていただいてるのかな。恥ずかしい。
申し訳ないな。
たぶんこのラジオを聴いて、勝手な想像だけれども、
わざわざメンバーになっていただいてるという方は、
たぶんわかってると思う。
多分甘やかされてる。
ハヤトさん、これテキストにしなくていいから喋ってって多分は。
なるほどね。
わかんないけどね。
はいはいはい。
そういうこととしたら、兄貴がリスナー代表として言ってくれたってことだよね。
そうだね。ほら、36歳になると誰も突っ込んでくれないから。
そうだよね。
わかんないんですよとか、もしくはわかんないまま終わっちゃうから。
だからそうやってね、わかり合えないままなっちゃうから、
なので今日はすいません、それを話させてくださいということでございますよと。
だからその話始めるまでがもう15分くらい経ってるわけだよね。
そうなんだよ。でもやっぱりここまで話さないと。
なぜ今日この話をするのか、でしょ、まずは。
そうそう。がっ伝わんない。
大変だなあ。
テキストにするとそれだけで多分3000字くらいしちゃうから、
ちょっと兄貴に言ったんだけれども、
そういった2000、3000字くらいのものを書いてフォーラムって掲示板に投稿したんですけど、
投稿するのに3日かかってるのよ、僕。
最初作ったの8000字くらいってすごい長くなっちゃって、
この誰も読まないよって思って。
実際書いたんだ、1回。
書いた書いた。書いて削って削って、でもやっぱりわかりにくいなと思って、
それでちょっとステップっぽく書いてみようとか、ちょっと書き方があるよなとかって言って、
その体裁整えてみたりしたんだけれども、
9割かわかんないけど削ぎ落としてしまったなって思ってたから、
ごめん、これはね、適するんじゃない方からしたらイメージしか伝わらないと思うんで、
一旦今日はこういうことやりたいと思ってるんですっていうものをちゃんとお伝えをして、
このままさ、伝えるとは何かみたいな話になっちゃいそうだからね。
それで一本終わってまた次回とかってなっちゃうから。
まずはそこを話したいと思っていて、
もしね、最終的には面白そうって思ったら、
フォーラムのぞきに聞いていただくというかね、
一緒にもうちょっと知りたいなって思ってくれたら嬉しいですし、
実際ね、またちゃんと話すんですけど、
みんなでこういうことを取り組みたいですっていうフォーマットにもするんで、
自分も参加したいとか伝わりたいとかがあれば、
そういうのもぜひ教えてほしいなと思ってますっていう感じで話をするんですけど、
もったいぶる話ではないんで結論から言うと、
トライテッドフォーラムっていうコミュニティメンバーのみんなで、
1個の小冊子っていうのかな、
マガジンのジンとかってあると思うんですけど、
あれを作りたいなって思ってるんですよ。
結論としてね。
なので冊子なので、基本的にはテキストだよねって思うけど、
例えば絵でもいいし、
音楽なら音楽作って、
そのYouTubeのリンク貼るとかでもいいと思うんだけど、
そういったものもセーデスフォーラムのみんなで共同で作る、
共同創作ってのをやりたいと思いましたと。
なるほど。
それだけなら別にやったらええやないかみたいな話なんだけれども、
そこにいろんなものを肉付けしてるから多分伝えにくいっていうのもあるんだけれども、
肉付けだったり、なぜそれをやろうかと思ったってところがいろいろあるからって話だよね。
そうそうそうそうそうそう。
なのでここからその話をするんですよと。
最初に1個が気になったんだけど、
さっきその共同制作っていうのは、
共同創作。
共同創作、創作ね。
創造の層に作るで、創作という言葉を結構こだわって今使ってるんですよ。
制作じゃなくて創作ね。
さっき1つのものっていう話をしたんだけれども、
合作なの?それともそれぞれが作ったものを持ち寄って、
1つの陣にまとめるみたいなイメージ?
できると後者ですね。
それぞれが作った作品というか、
そういったものをまとめた作品集、アンソロジーみたいなものを作りたいですと。
アンソロジーなんでもちろんテーマ、一応共通テーマはあって、
そのテーマに基づいてみんなで作ってみようねみたいな感じ?
なるほど。
を考えてます。
で、いくつか道があるんだけど、
対話と哲学の実践
1個はね、
時々お話しさせていただくし、
この前それ鉄航海カフェみたいなのをしたと思うんですけど、
月に1回みんなで集まって対話をするみたいなことを今フォーラムでやってるんですよ。
対話ってやっぱめちゃめちゃ面白くて、
本当に1時間ちょっとなんだけれども、
毎日気づきがあるしとか、
本当にいろんな人の考えが知れてすごく素敵だなと思ってるんだけれども、
対話ってどうしてもやっぱり浮かんでは消えていくもの。
毎月積み上がってるかっていうと形に残りにくいなと思ってて、
もちろん話した内容をAIに入れてシェアするとかっていうのをやってみたりはしてるものの、
なんか違う、なんか物足りないっていうか、
もったいないなって思ってたのね。
なるほど。
そういう対話は楽しいんだけれども、
せっかくこんな素敵な人が集まってるんだから、
なんか自分たちこれやったよねとか、
それこそ形に残るものみたいなことってできないかなって思ったのが1つあります。
で、もう1個はちょっとまたこれも面倒な話なんだけれども、
生きることと哲学みたいな回でピエラードさんという人の話をしたんですよね。
はいはいはい。あったね。
なんとなく覚えてるかな。
生き方みたいな話とか、哲学って別にそんな難しいことを難しく考えるっていうことじゃなくて、
本当に生き方の学ぶこととか、
自分をある種成長させることなんだよみたいな、
そういうふうな話をちょっとしたと思うんですよ。
はいはい。覚えてない。
覚えてない。
でもあるんですけど、
それから結構ピエラードさんの本を読んでたりしてて、
この人の発想すごく素敵だなって思ってるんですよね。
要は個材の哲学の革新っていうのは、
ある種自分を変容させる、
当時は高める、
より哲学的に磨かれていくことでより真理が見えるとかさ、
プラトンでのイディアを見ることができる、
階盤を見ることができるみたいな、
あった時に、やっぱり人間的な成長とかを、
ある種生み出すものなんだよっていうふうな発想だったりとか、
これまでやってないんだけど、
メルロポンティっていう、
ふっさわりに続く現象学の大化みたいなのがいるんだけれども、
その人が言ってるのが、真の哲学っていうのは、
世界の見方は学び直すことなんだ、みたいなことを言ってるんですよね。
かっこいいね。
そうそうそう。
つまり僕らは普段生きているんだけれども、
やっぱり世界との接し方とか関わり方とか、
そういったものっていうのはあんまり学ばないし、
あるいは自分は身につけたものをそのまま無意識に使ってるんだけれども、
それをより研ぎ澄ませるとか、
自分にフィットするものに変えていくっていうことができて、
僕は結構それってすごく、
割と晩ににとって大事じゃないかって思ってるんだよね。
生まれた時からこの服着てたけど、
自分はもっと、
帽面の軽い服の方が良かったとかって思った時に、
でも自分が合成繊維の服しか知らなかったらさ、
着替えてやっぱりできないじゃん。
同じで、
自分はこの生き方しかできないって思ってたけど、
実はこんな生き方もできるとか、
こんな風に世界と関われるんだみたいなものは、
もし自分にもっとしっくりくれものが出たとした時に、
それってすごく人生素敵になるんじゃないかなって思ったりするよね。
で、それが哲学だと仮にした時に、
それをもっとみんなでやりたいというか、
日常とか人生をもっと素敵にするものとしての哲学をやりたいなってことを思っているっていうのがあるのね。
おー、なるほど。
もちろん学んでいくとか、
次回もね、今回雑談挟んでましたけど、
ベルクソンっていう人やるんだけど、
この人はまじで天才というかものすごい優秀な人で、
哲学的にもめちゃめちゃ難しいことが言ってるんですよ。
だからそういう知的好奇心とか、
知らないことを知りたいっていうものももちろん大事だし、僕もあるんだけれども、
やっぱり頭で理解するってことだけじゃなくて、
日々がより豊かになっていくとか、
哲学やっててよかったって思う人が増えるみたいな、
そういうのができたらコミュニティの方としてはめちゃめちゃいいなと思ってて。
おー、なるほど。
なので、そういうこともできたらいいなと思ってました。
なるほど。イメージとしてはあれなのかな。
例えば楽器とかについて、
例えばギターはこう弾くのだとか、ギターのコードはこうだよねとか、
そういう話を、そういう談義をしてると。
はいはい。
で、めっちゃいいけれども、実際弾いてみようか、みたいな。
そういうのに近いのかな。
あー近い近い。
実践編みたいな。
哲学編から実践編へみたいな。
うんうん、まあそうそうそう。
とりあえず音が鳴ればいいから一旦鳴らしてみようよ、みたいな。
うんうんうんうん。
うん、感じだね。
うーん。
うん、そう。
で、みたいな話とか。
日常における哲学の実践と服の比喩
あともう一個言うと、やっぱり人生を良くしましょうとかさ、
より良い生き方がありますかって言われると、
なんかちょっとその時点でハードル高くない?
まあ高いし、怪しいなと自分は身構えちゃうかな。
ね。やっぱりそこにまとりつく怪しさって常にさ、結構そいつらも言ってるけれども、
やっぱりそういう、なんていうのかな、変えられちゃうんじゃないかとか、
あるいは逆にそれやろうと思うと、それこそ例えばめちゃめちゃお金かかりますとかさ。
うん。
あるいは宗教で言うと出家とかだよね。
やっぱりそのいろんなもの断ち切って、もうそこに入り込まなきゃいけませんみたいな。
うんうんうんうん。
で、それはそれでめちゃめちゃ大事だと思うんだけれども、
多くの人からすると、まさにハードルも高いし、そんな自分の人生かけてまで決断できません。
出家とか、そういう宗教これに入るとかって、やっぱりなかなか大きい決断なんで難しいですっていう人の方が、
特に日本の場合は多いんじゃないかなと思ってて。
なるほどらしい。そうだね。
うん。
あと、それに潜んでるのは、さっきハヤットさんが言ってた、例えば生まれた時から合成繊維の服を着てる人がいたとして、
その周りからさ、「いや、今麺いいよ。マジで麺いいって。麺100だよ、時代は。」みたいな。
そうそうそう。
合成になれるって言って、それを拒絶するのも、ただ受け入れるのも、
それって、いわゆるハヤットさんが言うところの哲学の実践だったりとか、哲学を実践するような生き方?もしくは意識した生き方だっけ?みたいな話ってことだよね。
そうだね。もちろんそれで、パッと当てて脱いで着替えれる人であれば、それはそれでもういいというか、そういう勢いがあるなと思うんだけど、
でも本当にこの服を脱いで大丈夫なのかとか、そんな麺なんて一切触れたこともない、生まれたから触ったこともないものを本当に触るのかとかって、
普通慎重になると思うんだよね。
まあ、だったりとか、その前にできれば今自分が着てる服を意識してほしい、みたいなところもしたいよねっていうのはあるよね。
あ、自分の服って合成制衣だったんですね、みたいなところもあるわけじゃん。
そうそうそうそう。着てたんだ、服着てたんだ、みたいな。
っていうのがあるので、たぶんこれは今僕、日本だと言っちゃったけど、僕自身がそういう人間ですと。
時々言うけど、特定でやっぱりこの教えとか、この師匠とかにつけるなら楽というか、出会えるならそれが素敵なって思ったりするけど、
もうこう年まで出会えなかったから、まあわからん、今後のまだ3,40年人生あると思うけど、ちょっと出会えないかもなって思ってて。
なるほどね、そうか、あの、面行ってみたとか、もしくは面、まあ着てみたなのかな、こういうのだけするとね。
面を着てみた、朝を着てみた、みたいなね。
着物を試してみた、みたいな、こういろいろやったけれどもみたいなね。
そうそうそうそう。だから試し着で、君もじゃあこれはあと1年間着続ければなじむよとかって仮に言われたとしても、
いやちょっと1年着続けるのはちょっとわかんないです、3日くらいなんとかなりませんかねとかってやっぱ思っちゃうわけよね、僕の場合。
そう。だった時にやっぱ哲学って、それなりにやっぱ日常でもできるとか、別に、
例えばあなたはこのプラトンになんだ、もう入り込んでプラトン以外読んじゃいけませんとかってことは別にないから、
そう、っていう意味では、何かを決めずとも、ちょっと1回ね、さっき言ったみたいな、それこそ朝ちょっと触ってみようかなとか、
面ちょっと1回着て2時間くらいウロウロしてみますみたいな、そういうことができる世界だなって思ったりするよね。
あーなるほど。
うん。1回プラトンの考え方で話してみましょうとか、1回全然違う、それこそじゃあベルクソン、次回ベルクソンって人のことを考えてみましょうとか、
っていうことはできると思うから、そういう中で、自分はこの発想がフィットするなとか、
この発想全然なかったけど思ったよりしっくりくるかもとか、そういうことをやることってできるんじゃないかなとか思ったんですよね。
みたいな意味で、無理に絶対にここだけしかダメですとか、ここに入り込んだら後も出られませんってことじゃなくて、
普通に日常を過ごしてる中で、なんか今自分のそういうちょっと新しい姿が捉えられたかもとか、
ちょっと今合成繊維じゃなくて揉めんきたいって思ったかもみたいな、そういうものを増やすっていうことができたら、そうやってめちゃめちゃいいんじゃないかなとかってことを思ったのね。
おー、なるほどなるほど。それが、いわゆるただ本読んでるとか、もしくは毎月一回話すとか、もしくはテキストだけでやり取りするだと、ちょっと置きづらいかも、というか。
もしくは、今回言った創作だよね。そういうものをやることで、今ハエトが言ってたような感覚を日常で持つことができるかもね、みたいな可能性を感じてるっていう話ね。
そういうことそういうこと、そうなんです。たぶんここでもうちょっと僕が言わなきゃいけないのが、なんで創作なんですかと。
人間を作っている結論だけさっき伝えたけれども、たぶん今僕が言った対話だと難しいことがあるよねとか、自分を変容するとか成長するっていいよねとか、
あとはそれを日常でやれる、その特権的にお金を払ったらとか、ここで決めたらとかじゃなくて、普通に生きていながらできるみたいな話があったときに、
たぶんいろんな手段とかってあると思うんですよ。やろうと思えばね。でもそこで何かをみんなで作るってなったのは、これもいろいろあるんですけど。
その前にさ、そもそもなんで創作の前に、そもそもなんで日常でそういう感覚を持たなきゃいけないのかをちょっと言いたいんだけど、いい?ちょっと挟んじゃうけどさ。
もう一個手前から聞きたいかな。
ごめんごめんごめん。はい、オッケーオッケー。そこちょっと前提だと思ってたわ。
いや前提じゃないよね。さっき言ってたけど、面がいいよと言われたら面を切ればいいっていう側面もあるじゃん。別に。
だからそこでやっぱり今、自分が着てるのに構成繊維だなぁ、もしくは今着心地ってこうだなぁ、自覚するみたいなもの。
で、面だったらこうかなーって想像するとか、なんでそれがそもそも必要なのかなーみたいなところがないと、そもそも創作って言われてもみたいなことになっちゃうから。
ありがとうございます。助かる。でもそういうのをね、突っ込んでくれてすごくいいな、お兄さんありがたいなって思ってたんですけど。
なんでかって言うと、今のね、服の話で例えたじゃないですか。やっぱそれあくまでも比喩であって、やっぱり明確に説明したら明確ではないのが、服は見えるし共通化できるじゃないですか。
これは構成繊維である、構成繊維でも10%、20%、30%であるとか、面は面でこういうものであるとかっていうふうに、共通理解がそもそも一定できるし、見たり触ったり触れたりっていう身体的にわかるじゃないですか。
僕が言いたいことって、さっき言った世界の見方とか、自分を変容させる、成長させるとかって、見えないし、基準もわかんないし、そもそもその基準はあなたにしかないです、みたいな話なんだよね。
つまり、兄貴がどういうふうな見方がいいのかとか、僕がどういう見方がいいのかって、誰にもわかりませんと。しかもそれは、それを獲得した後じゃないとわかんない。自分はこの見方が必要だったんだとか、しっくりくるんだっていうのは、それを試した後じゃないとわかんないっていうようなものだと思うのね。
ただただだよ。これ難しいのが、でもその、これは自分にしっくりきてるんだっていう基準すらも自分の中にしかないじゃない?
うーん、自分?ああ、そうなの?
もちろん他の人から見て、それしっくりきてるよねっていうのはあると思うんだけど、でもそれを確かに自分はしっくりきてるって最後確信するのは自分じゃないですか。
ああ、なるほどなるほど。そっかそっか。そのしっくりきてるかどうかを確認するための手段としての他人との交流みたいなもの。もしくは他人からのフィードバックっていうのはあるんだけれども、ただそれも含めて自分だったり、自分に似合ってるっていうことだからっていうことね。
そうそうそうそう。腹落ちさせるって意味ではね。
まあそういう意味では服と似てるよね。試しに着てみて、自分で似合ってると思ってても似合わないって言われることもあるし、逆もしっかりだからね。
そうそうそうそう。だからそれはすごくいいフィードなんだけれども、つまり自分の世界の見方というものに対して、それをより良くしていきたいときに使うものが、まさに今自分が持っている世界の見方なんだよね。
あー、なるほど。すごい面白いね、それは。ここ聞いてよかった。
面白いって思ってくれる?
いや、だってそれがないと他人からのフィードバックの栄養がないし、得られないし、さっきハヤトが言った服だから、着てれば、服はさ、着ないと犯罪じゃん。
まあまあ、基本、現在社会ではね。
うん。だし、着てれば見れるから意識しなくても、フィードバックを得たいと思えば得られるし、得たいと思ってなくてもなんとなくこう、得ちゃうみたいな部分って確かにあるなと思うんだけど。
うん。
今言った自分の、なんだっけ?
世界の見方だよね。
見方とか価値観みたいなもので、周りから見えないし、
うん。
あとハヤトが言った、それを自分で持ってるっていうふうに、ある意味何らかの形を作ってあげないと周りの人が見ることができない。
そうそうそう。
だからもしくは、なんだろうな、周りの人からめっちゃ掘ってもらうしかないみたいな。
そうだね、うん。
そんな環境はね、あんまないと思うけれども、コーチングみたいなのお願いしたらあるのかな。
いやそうだ、がっつりやればあるかな。でもやっぱそれも結構お金とかかかっちゃうよね。
なるほどなるほど。そういう意味で、服との違いっていうところで今すごい面白いと思った。
ちゃんとそれを自分で自覚するなり、明確に意識してないと他人に見せられないんだね。
そうそうそう。し、他人にももちろんそうだし、やっぱ自分でも気づけないから。
もっと言うと、その世界の見方が自分にしっくりくるかどうかを試すのは、
その世界の見方で生きてみるしかないんだよね。
はいはいはい。
だからそこを服との違い、それを着てみないとわからないって話。
例えばだけど、全然極端だけど、世界とは敵であるみたいな。
全て世界は自分の敵であるという仮に世界の見方を持った時に、
多分、なんか息苦しい、息づらいとか、なんかすごい体が落ち着かないとか、
そういう感覚になると思うんだよね。
なるほどね。すれ違う人全員に片っ端…片っ端じゃない。
片足をぶつかって歩くみたいなことをした時に、どうなるかだよね。
本当に、あ、心地よい、これ俺ってなるのか。
そうそうそう。
それって、そこまで極端だとまあまあわかるっしょ、なんだけど、
やっぱりそういうことってやってみないと、生きてみないとわからないから、
世界の見方と自己認識
なので、よくあるのは、だからこそ出家とかも、やっぱり学んで持ち帰るじゃなくて、
その生き方をする。朝起きて、夜寝るまでこういう風に生活しましょうとか、
これが大事ですよっていうことを、まさに決めているからこそ、
その生き方の中で、例えば仏教なら仏教的な世界の見方が身につくわけだと思うんだけど。
あー、まあ修行とかそういうのは、なんか逆からのアプローチっぽいよね。
自分の精神世界を表現するんじゃなくて、
外の環境から変えることで、自分の内面世界をそっちに形を変容させていくみたいな。
そうなんだね。
順番な感じするよね。
でもね、やっぱりどうしても発信みたいな心を起こすっていうのを、
たぶん以前話したと思うんだけど、やっぱり自分は阿弥陀様に敬意するぞとか、
やっぱりこの何々と仏を信じるぞっていう、この瞬間だけはやっぱり本人が出ているはずだから。
あー、そうか、出家するって選択したところとかね。
そうそうそうそう。だから、それができる人とかそこの始まりがある人が、
たぶん外から学んでたときにはこれが自分のしっくり苦労だとか、逆に学ぶ中で、
本当はこれが自分にベストなはずなのに、まだしっくりこない自分の弱さなんだとかっていう風にチューニングしていくと思うんだよね。
あーなるほど、うわー面白いね。そっか、確かに確かに。
ってやってるはずなんだけど、やっぱりその外に基準が持てない僕みたいな人とか、
何を信じていいかわかんない人からすると、いろいろ試してみながら、
自分はこういう生き方とか、こういう世界の見方っていうものがしっくりくるな、
服もそうしたら、メガネとかもそうだよね。いろいろメガネかけてみて、
このメガネいいなーとか、これすごいくっきり映って過ごしやすいなーとか、
そういうことをやれたほうがいいよねって思ってますと。
なるほど、ごめん、さっき早藤、外に基準を作れないって言ったけど、逆かな?中に基準を作れない?
外だね、ごめん。それが例えば、アミダ様を信じましょうとかっていう風に、ごめんごめんその話。
なるほどなるほど。
アミダ様を信じるという基準とか道があって、
その道を進めば自分も、より良い世界の見方を得られるはずだっていう、
確信が持てればそこを選んでると思うんだけど。
あー、そういうタイプじゃなさそうだってこと?
そうそう、自分自身がね。
それはまだ出会ってないだけなのか、本当にないのかわかんないけど、
数学者も今においては、自分でいろんな世界の見方とかを、哲学っていうものを使って試すっていう、
こういうやり方がフィットするんじゃないかって思ってる。
なるほどなるほど。
その時に自分自身がそうなので、もしかしたら中にはそういうことを求めてる人はいるんじゃないかとか、
求めてるかどうかは知らんけど、一回やってみたら面白いって思ってる人はいるんじゃないかっていう、
そういうところから日常でやるっていうことに繋がってるって感じかな。
おー、なるほどなるほど。
確かに確かに。服で例えると、確かにな、わかりやすいかもね。
そうそうそうね。まず試着してみましょう。
で、試着だけじゃやっぱわかんないから、せめて2,3日その服着てちょっとある生活してみたらみたいな、
そういう意味では確かに近いかもね。
そうね、本当にセンスある方みたいなのは着なくても組み立ててね、
自分の感覚と着た時の周りの空気感みたいなものを敏感に察知してやっていくんだろうけれども、
そうじゃない多くの人たちっていうのは、やっぱり頭の中の想像だけだと、
最初は?特に最初はやっぱり難しいから実際に着てみて、
同じTシャツでも全然形が違う、袖も長さも裾の長さも色も違う、
首のバインダーの太さも違うみたいな色々あった時に、
どれが自分に合うのか、周りからいいねって言われやすいのか、
そのいいねって言われるものと自分の価値観の違いだったりとか同じ部分はどこなのかみたいなものは、
確かにね、そのトライアンブラーからしか磨かれない部分ってあるのかもねっていうのは確かに。
確かにさっきの外の基準ね、アミダ様みたいな話でいくと、
多分モードっていうのかな、例えばファッションでもこういうファッションがいろいろパターンがあるじゃない?
多分それに惚れ込んで、このマネキン意識を着せてくださいっていうのもありだと思ってるのよ。
それでしかやっぱり得られないものもあるし。
僕はそのマネキン意識着させてくださいができないっていうふうな感じかな。
なんでだろうな、それは多分外に置けないんじゃなくて、
自分の中の判断が決まってないから、それを選んでいいか迷ってしまうみたいなものに近いのかな。
それともちゃんと自分の中の価値観があるからこそ、そういう外にあるものはまだ違うかなって思っちゃうみたいな。
哲学で言うとね、それなりにいろんな人やってきているつもりではあるけれども、
それこそホワイトヘッドみたいに、この人すごいわ、この人は一生勉強しようっていう人は見つかったから、
そういう意味では一つ見つかっているとも言えるんだけど、
いろいろ自分なりに読んでみた結果とか学んでみた結果、あるいは服で言うと着てみた結果、しっくりこなかったっていう感じかな。
なるほど、はいはいはい。
とかもうこれ一本で行くぞみたいな、俺はこのモードだっていう風に入り込んでいるわけではないっていうことが近いかも。
はいはいはい。服でもし例え続けるとすると、そのモードとかアメカジとかトラットとか、
そういうジャンルじゃなくて、あの人の着こなしみたいな感じに近いかもしれないね。
確かにそうだね。
だからあの人の着こなしめっちゃかっこいいんだけれども、ちょっと自分とは違うかなとか。
そうだねそうだね。
めっちゃこの人はかっこいいんだけど、この人のやつ100%真似すると事故るかな自分はみたいなのとか、
もしくはこの部分だけ靴立てちょっとセンス合わないんだよなみたいなことがどうしても起こっちゃう。
だから、そういう人の凄さはリスペクトするけれども、
そういう人の良さは取り込んだ上で自分なりのコーディネート、スタイルみたいなものを作っていくよね、みたいな。
だからそれが本当にもうあの人、あの人に止まってこの家に行くんですっていうのは、ある意味出見に近いって話だね。
そうそうそうそう。その人に本当にまさに入信である、その人を信じるってことだから。
みたいに近いと思う。
なるほど。
みたいなことがあるので、なんで日常でやらなきゃいけないのっていうことに答えられたかと思うんだよね。
はいはい。自分なりのセンスを育てていきましょうみたいな話だね、服でいうと。
もっと言うと、それは日常でやってみないと分かんないっていうより前提条件があるって感じかな。
育てていきましょうじゃないよね、そこじゃない?
そうそうそうそう。
そのプロセス的なところの話をしてるんだね。
そうですそうです。
なので、生き方みたいなものとか、自分を変える、より良くするみたいなことって、やっぱり生きてみないと分からない。
日日常的な研修会場でやっても、やっぱりなかなか難しいよねって思っているっていうような話です。
確かに。今、服の話しちゃったからちょっと補足的な話で言うと、
今さ、ほら、センス磨かなきゃみたいな話しちゃって違うって話になったんだけど、
創作の動機と「ルディクレア」
そこもだよね、自分はゴームコアだったりでいいんだ、もしくはめちゃくちゃシンプルでいいのだったりとか、
もしくは自分は無頓着なんだ、みたいな、そっちでもいいって話だよね。
そうそう、もちろん。だから、いろいろやった結果、自分は服には興味がなかったとか、
自分はそもそも別に生き方とか、別に世界の見方とか知りたくもなくて、
そんなものはどうでもよいのだってなったらいいと思ってるね。
でもね、その自己理解があるっていうのと、
無意識にそういうものとの距離感がよくわからんっていうのがむかつくとかでは全然違うからねっていう話だね。
そうそうそうそう。っていうような話を思っているので、
やっぱり日々の中に哲学とかそういった取り組みを入れ込んでいくっていうことがやりたいと思いました。
わー、面白い。確かにな。
なんか日常でありそうなのがさ、自分は服に無頓着なのだって、
ちゃんと考え抜いた人が、別に悪いわけじゃないけど、
今年のトレンド100%みたいなのに乗っかってればいいと無意識で乗っかっちゃって、
勘違いしてる人に、「お前、だっせえな。服興味ねえのかよ。」みたいな言われてるみたいな。
あー、そうだね。
で、その時に何が起こるかみたいな。
もうちょっと想像したいよね、例えば。
そうそう。やっぱりそれは他の人と話すとか、自分と全然違う発想とか、
今の生み上げた世界の見方を知る人と話すことの良さだよね。
悪さとかね、それがある種、ハレーションとか対立になるかもしれないけど、
それによって自分のことがよくわかるとか。
っていう風になるから、そういう意味でみんなでやりたいっていうこともそこにあります。
そういうね、いろんな3つの対話だけじゃないよねとか、世界の見方を学びましょうとか、
特権制じゃなくて、みんなでできることをしたいですとか、日常でやるんですっての時に、
なんで創作、共同創作なのって話をする。
ちょっと時間漏れたので、はい、サラッとしてくれたけれども、
これはちょっと僕のこだわりで、
対立っていう、今ね、取り組みはルディクレアっていう僕の言葉というか、
僕自分がこのルディクレアっていう事業をやりたいんですっていうような名前で今くくってるんだけど、
このルディクレアってもともとは、老僧子孫の掃除の、
少余裕っていう言葉があって、遊ぶっていう意味というかね、そういう言葉があるんだけども、
何かにとらわれずにある自由な発想で行動するみたいな、
そういうふうな発想あったりとか、
クレアっていうのはクリエイション、クリエイティブとかなんだけど、
これはホワイトヘッドの創造性っていう、
この世界とか宇宙全体を動かしている根源的な力みたいな概念があって、
この掃除とホワイトヘッドっていうのが取ってるんですよ。
やった時に、この遊ぶと創造性、新しさっていう、
この2つを入れ込みたいと思ったのね。
やった時に、新しいものを作って遊ぶとか、
創造性って何かなって言った時に、
これはつまり部活だって思ったの。
やっぱり高校の、もちろんいろんな人がいると思うんだけれども、
なんだろうな、やっぱり高校とか大学の部活って、
もちろんガチで全国でやらしてましたとかっていう人が
遊びじゃねえよってなるかもしれないけれども、
僕とかは結構ゆるかったから、楽しくやるし、
もちろん勝ち負けはあるけど、
みんなで今から思い返すと、そういう目的にとらわれずに、
今過ごした時間の遠ざさみたいな、
そういったものと結びついたりするのね。
あと言うと、もしかしたらそれを学園祭とか体育祭みたいなさ、
クラスでみんなで何か作って盛り上げるみたいな、
僕はそんなやってなかったけど、クラスでみんなでとか、
よくアニメとかでそういうシーンがあったりする時に、
そういったお祭り感みたいな。
発散する感じってあるじゃないですか。
やってなかったのに。
そういう一般的なイメージあるかなって思って。
みたいなのもあった時に、そういうやるし、
例えば何か神、神話冊子を作りましょうって言うと、
売れるものとか、すごいしっかりしたものとか、
恥ずかしくないものとかって、いろいろ考えちゃったりすると思うんだけど、
そうじゃなくて、ただただ作ることを楽しむとか、
生み出すっていう行為自体に向き合うみたいな、
そういう時間ってめっちゃ貴重だよなって思ったんですよね。
遊びっていうものとか、新しく創造する、作り出すって考えた時に、
そういったものをみんなで作るっていいなって思ったんだよね。
なので、それを形に。
さっき言った通り、対話とかで流れていくんじゃなくて、
形に残るものとかでわかりやすいもので言うと、
やっぱり紙の本とか、哲学だし、
やっぱりそういう本として残すって、
なんかめちゃめちゃ楽しそうだなとか、
それが手元に届いたらすごく嬉しいんじゃないかな。
それは僕もだし、もし一緒にやりたいって思ってる人がいたら、
その人も喜んでくれるんじゃないかな、みたいな。
そんなことを考えたんだよね。
なるほど、なるほど。
創作と表現のプロセス
確かに確かに、服と違って目に見えないっていうところから考えると、
もちろん普段の対話だったりとかテキストから、
想像することはできるんだけれども、
それって多分本人もちゃんと意識して自分の形を、
絵やって見せたものじゃないからっていう意味で、
創作になると自分の形を、とにかくどういう形でもいいから、
一旦何か外から見た時に、服とかと同じように目に見えるものとして、
自分の名前を外に出すみたいなものに近いから、
それをやるっていうことだよね。
ただ話すとか、ちょっとその営みがやっぱりちょっと違うよね、
みたいな話になってくるってことだよね。
そうなんだよね、そう。
創作っていうと多分表現っていう問題が結びついてきて、
でもやっぱりね、まず今の僕はそうだけど、言いたいことが言えないとか、
書いたもの、作ったものが自分が本当に伝えたいものと違うとか、
そういうものって絶対起きると思うんですよ。
っていう時に改めて、日常の中で自分が表現したいことって何なんだっけとか、
なんで自分はこれを表現したいと思ったんだっけみたいな、
哲学者のことを学ぶじゃなくて、自分がまさに、
例えばね、最初は愛っていうテーマでやると思ったんだけど、
いわゆるラブの愛ね。
思ったんですけど、愛って自分にとって何なんだっけとか、
愛ってものをどう捉えてるんだっけとか、
そういうことを日常で考える時間が増えるとしたら、
これってめちゃめちゃ、なんだろうな、
これってめちゃめちゃ贅沢だなって僕は思うのね。
日々って忙しいし、やっぱり役立つこととかさ、
やらなきゃいけないことに流されたりすると思うんだけど、
その中で自分にとって愛とは何かみたいなことを考える時間が、
1日5分でもあるとか、
それを何か表現して形にして、
みんなで作ったものとして残るみたいなことって、
すごく贅沢な営みなんじゃないかなって思ったんだよね。
しかもそれが日々の中で哲学、
愛について考えるとか、それを掘り下げていくってことって、
哲学って言ってるのがあれだけれども、
世界の見方をアップデートしていくとか、
そこに気づくってことにもつながるだろうなと思うし、
それを愛っていうテーマで、
仮に5人とか10人がやったときに、
この人って愛っていうことからこんなこと考えるんだとか、
この発想自分にないけど何これみたいなものが起こるとしたら、
めちゃめちゃ面白くないって思ったの。
つまり自分との対話っていう話と、
他の人とのコミュニケーションっていうかその関わり方、
作品を通じた関わり方っていう二重の関わり方によって、
自分にとっての愛っていうものが浮かび上がってきて、
それを通じて1回では無理かもしれないけど、
2回3回とか続けていったら、
いろんなテーマあると思うんだけど、
いくつかやってる設定してるんだけど、
そのテーマでやってったら、
そういった自分の世界の見方っていうものが、
より自覚的になるんじゃないか、見えてくるんじゃないかって思っている。
これまで話してきたようなことを全部まとめたときに、
みんなで人を共同創作したいっていう、
そういうプロジェクトになりましたって話なんだよね。
プロジェクトの意義と参加への呼びかけ
なるほどね。
いやー語った。
これテキストじゃ無理。
本当はちゃんとテキストで伝わるようにする方がいいと思うけど、
それは多分テキストのプロの仕事みたいになっちゃうんだろうね。
そうね。一番字とかでお気持ちノートとか書いて、
読んでくれるとかであればいいと思うんだけど、
ちょっとなかなか難しかったよね、それもね。
どうでも伝わったというか、
なんでこんなこと言い出したのかなとか、
なんでそんなジーン作りたいって言ってんだとかって、
ちょっと伝わったのかな、今日の話で。
いや、だいぶ伝わったと思うね。
だから前回ソルテッドカフェ、
ハヤトのプレゼン聞いていただいた方も、
ごめんなさいって感じだよね。
なんでこの前提をお伝えしなきゃダメだったんですよ、すいませんっていう。
これ伝わらずにもう1時間しか話してるんだよ。
だからこのポトキャストを出すべきだった気がする。
先にね。
そう、まあそうね。
でもこれをさ、やっぱり撮れてるとか出せてるのも、
やっぱり皆さんが聞いてくれて、
でも面白そうですね。
自分もちょっと参加してみたいと思いますって言うフィードバックがあったから。
あれでしょ、
ハヤトの思いみたいなものを、
一応プレゼンというか、皆さんに説明するという形を、
形を作ったからこそ、
ハヤトが思ったのと違うフィードバックというか、
あ、こういうふうになるっていうところからの、
もう1回みたいな感じだよね。
ごめんごめん、違う違う、そうじゃなくて、
その、あ、伝えていいんだとか、
受け止めてくれるんだって話をね。
そもそもそれをした時に、
いや、そんなの全然興味ないっすとか、
いわゆる無線付きの対話で十分ですって言われたら、
そもそもそこで終わっちゃうじゃん。
あー、そういうことで。
わかんない、もしかしたら最初から熱意を伝えて、
だからやりたいんですって、興味のある話をすれば、
じゃあ確かにそこまでいるんだったらやります、なるのかもしれないけれども、
それってなんだろうな、
相手にすごい負担をかけてるんじゃないかって思ってしまうのよ。
なるほどなるほど。
少なくとも、そういうことにちょっと興味を持ってくれてる人がいたとか、
ちょっとでも一緒にやりたいと思ってくれてる人がいらっしゃるんだったら、
じゃあもうちょっと伝えてもいいのかな、みたいな。
だってこなしにしたいというか、
僕がやっぱり恐れてる部分があるんだよね、どうしても。
伝わらないことに対して。
面白いね、そこも今回捜索をするところのテーマの一つかもしれないよね。
あーでもあると思う。
共同創作の価値と今後の展望
伝わらないとか思ってることを否定されるのって、
誰にとってはやっぱりきついじゃん。
そうそう、だし、さっき贅沢だって早藤さんが話してたけれども、
普通捜索って、基本さ、やる意味がない。
意味はね、いろんな意味があると思うんだけど、
基本自分より上手い絵を描く人なんて山ほどいるし、
自分よりいい曲を作る人あって山ほどいるし、文を作る人も山ほどいるし、
自分よりすごい考えを持ってる人も山ほどいるから、
いわゆるここではね、自分が捜索をする意味って、
ちょっとこう、うーんと、過小評価かな。
まあそうだね、自分にとっての価値は一番低いよね。
そうそうそうそう。だけど実はそうじゃないと。
そういう意味で過小評価だなっていうふうに今回話を聞きながら思ったというか、
そういう話なのかなと思ったんだけど、
そういうことじゃなくて、
自分の中の形のないものを形作るっていうことが、
どんなに贅沢で面白いかもしれない。
もしくは本当は何なら意味があるんじゃない。
意味があるって言ったらさ、出家するのに意味があるみたいなのと繋がっちゃうから、
あんまりこう、いいものだとか意味があるとかっていうのは、
ちょっと浅はかだと思うんだけれども、
その一歩みたいな気がするよね。
そうだね。
だから今日はね、やっぱり世界の見方を学び直そうとか、
それをより良くしようという文脈で話したけれども、
もう一方の方にはやっぱりそもそもそれって楽しいよねって、
やっぱり純粋な気持ちがあって、
それはね、それこそ岡本太郎さんとかいるじゃん。
太陽の塔のさん。
結構やっぱり僕も好きなんだけど、
やっぱりあの人とかはもう絵なんて下手であれば下手なほどいいんだみたいなこととか言ってて、
別に上手いとかって関係ないとかっていう話もあるし、
本当に確信としてあるのはやっぱり、
そうやって人が何か考えて出したいと思って、
言葉にしたものとか絵にしたものとか音楽で何でもいいから表現したものが、
面白くないわけがないって僕は思ってるよね。
はいはいはいはい。
だから例えばどんなにつらないものが見えようかとか、
どんなに短いものとか長いものとかであろうが、
そもそもそれが出てきたことが面白いとか素晴らしいと思ってるから、
だからそこでやりたい、やってみたいって思ってるんだよね。
だからそれこそ人からしたら別にお金もならないことやってとかさ、
そんなことやって何の意味があるんだってそれこそ言われることだろうなとも思うけど、
しょうがないじゃなくて絶対楽しいって思っちゃったんだもんみたいなこともあるやっぱり。
なるほど、そうはね。
そういう意味でもそこを無意識のうちに封印している感じはするかなと思ったね、その楽しさ。
個人個人でってことよね。
なのでそれをみんなでできたらすごく素敵だろうし、
それがかつ日常に哲学っていうものが入り込んで、
その人の人生豊かになるんだったらなんていい試みなんだみたいな。
思い出して思ったときに僕はこれをプロジェクト、
そのジーンを作ってプロジェクトって最高じゃんって思って、
資料を作ってみないといけないみたいなのが1ヶ月前だったんですっていう話だったよね。
なるほどなるほど。
なので、そういったものもちろんね、話そうと思っていろいろものあるんだけど、
どんなプロジェクトなのとか、どんな仕組みでやっていくのとかっていうこともあるんですけど、
それはもしよかったら、それとしてフォーラムって、
コミュニティときは有料で200円いただいちゃうんですけど、
そこで入ってもらうことでむしろ、そこに共感してる人とか、
それはやっぱり自分もやってみたいと思ってる人しか以上いない場に今なってると思うんで、
一旦その順の高さでやってみたいっていう感じですね。
なるほどなるほど。
なのでよかったら今日のを聞いて、もうちょっと知りたいなとか、
やってみたいっていう方がいらっしゃったら、
そういったフォーラム、ぜひ覗きに来てもらうと嬉しいなっていう感じですね。
なるほどなるほど。
自分でね、じゃあ何か作ってみるかってね、やってみるのもいいかもしれないですね。
それこそ、別に発表すると自分のノートを手元の日記書とかノートに書くとかでもいいと思うし。
できればそれを発表した方がいいんだけどね。
本当はね、ハードル高いからさ。
そっかそっか。
そういう意味での、ある意味クローズドなっていうか、
ポイントでやる意味みたいなとこだね。
そうだね。
作ったものどうするかとかまだ決めてないっていうか、
それもみんなで参加してくださった皆さんで話したいと思ってて、
本当にね、参加者、作った人だけに手元に届くのか、
あるいはなんかね、文振りみたいなさ、文学振りマーケットが最近流行ってるじゃん。
あれに出るんだとかでも別にいいと思うんだけど、
それはその後の話だと思うから。
そうだね。
まずはそれはやっぱ形にすること。
みんなの手元に残ることっていうことをやっぱやりたいなっていう感じなんですよね。
はいはい。面白そうだね、確かに確かに。
さっきやっぱ、自分で作ってみればいいじゃんみたいな話して思ったけれども、
確かに作っても人に見せるハードルめっちゃ高いし、
いや、そうなんだよね。
もしくは見せる場が、なんだろう、意外と自分の友達に見せるかって言われると、
なんか違う気もするしね。
うん、そうなんだよね。
別に自分が愛というものを、最初のテーマは愛って決めてるんだけど、
ここ捉えましたみたいな話って、
まさに文脈が難しいとかじゃない?
それを例えば見てもらうとか、感じてもらうとか。
そうだね。だからそれがすでにさ、
例えば自分は絵が趣味でそれを見せ合う友達がいるとかあったら、
もうそれをすでに実践してるのでいいと思うけれども、
なかなかそういう環境がない人も多いというかいるだろうみたいなところだもんな。
そうそうそうそう。
そうね。
そういうところがあるんで、そういう場っていうものがあるとすごく、
僕が楽しいし、楽しいと思ってくれる既得な方というかね、
そういった方がいらっしゃるんじゃないか、
特にそういったラジオを聞いてくださっている方にはっていう。
そうね。
そんな感じかな。
なのでこれはイメージ、今2026年5月ですけど、
8月とか多分、8月ぐらいかな。
9月ぐらいには形にしたいなと思ってるんで、
なんかね、聞いたときにもうすでに2026年10月だよ、
あればもしかしたらもう完成しちゃってるかもしれないんですけど。
はいはいはいはい。
でも基本的には何回かいろいろテーマをちょっとずつ変えてやっていきたいと思ってるんで、
もし後から追いついては聞いたんだけどって人がいたときにも、
よかったらぜひフォーラムの扉を叩いていただくとか、
質問で、「まだやってますか?」とか聞いてもらえたらめちゃめちゃ嬉しいなっていう感じですね。
そうね。メールでもいつでもいいからね。
まだやってますか?みたいなね。
そうね。やってる?みたいな感じで聞いていただければ、
どのタイミングでも、多分何かしらその時でやろうとしてることとか、
その時々で楽しもうとしてることをやってるはずなんで、
もしよかったらお声掛けいただけたら嬉しいなという感じですね。
はい。やっぱりめっちゃ喋っちゃったな。
そうだね。だいぶそうだね。
プロジェクトの進め方と参加方法
でもね、これだと思うよ。早く創作をみんなでやりましょうみたいなさ。
それが結論だとして、それが50%ぐらいだとしたら、
本当に大事なのは残りの90%の部分だよなっていうのは、多分早いとも思うでしょ。
思う。
だったりさ、例えば今回こういう創作やります、ものを作ります、なんか書きますみたいなものがあったときに、
これって普通の芸術もそうかも。芸術だとどっちもか、どっちもにはなっちゃうんだけど、
いわゆるその出てきたものそのもの、そうね、芸術になると違うな。
一般の人がやるっていうことに関して言うと、出てきたものそのものよりも、
なんでそれを作ったのかっていう残りの90%の方が楽しいじゃんみたいな。
だったりそこを自分作った人も気づく、周りもフィードバックすることであるみたいな。
それがそれでいいじゃんみたいなね。
だから芸術だと、もう説明なしで出したもので説得力を持たさないといけないっていうのはあると思うんだけど、
そことの違い、それでいいじゃないっていう、そこをもっと開くというか、
芸術と創作を混同してたかもっていうのは思ったね。
なるほどね。だから、まさに素人だから、そこの楽しさを味わえるんじゃないかみたいな話はあって。
よく言うのは、哲学者の人だったらもっと哲学って思うにもっとシビアに向き合って、そんな勝手なこと言えないよ、もそうだし。
芸術家の人だとすると、もちろん苦悩をしながら作っていらっしゃる中で、かつそれが金銭的な、市場で評価されるっていうことにも当然見なきゃいけないから、
それを楽しみましょうとか、それによって自分の人生を豊かにしましょうっていうことに避けるパワーって、
多分そんなに多くないはず。多くないというか、人によるとは思うんだけども、そこに純粋に向き合うことって、仕事、芸術家だと難しいんじゃないかって勝手に思ってたね。
僕らは素人だし、別にさっき言ったけど、上手いものとか綺麗なものを作りたいわけじゃない。
ただ、自分が向き合ったもののプロセスとか痕跡とか、あるいは出てきた結果っていうものを共有したときに、
僕、美術館とかよく行くんだけど、やっぱり絵とともにキャプション読んだりしたもんね。
やっぱ何人か絵よりもキャプション見てる時間が長いみたいな人っているんだけど、僕はやっぱあったときそっち側なんですよ。
たぶん出てきた絵とかももちろん載せるんだけれども、やっぱりそこに、なんでこういう絵になったのかとか、
絵を描くにあたってどんなことを関するのかってことはちょっとは描いてほしいと思っていて、今。
それを含めて、やっぱり自分も味わうし、他の人のものも味わうしみたいな、そういう共同の味わう場みたいなものが作りたい。
人っていうものはあくまでも一個の結果というか出来上がったものでしかなくて、
その過程で起きることとか、それが出来た後に人と人との間で起きることっていうことの方に本質的な価値があるとは思ってるかな。
でもやっぱり言葉にすると、ジーンを作りますになっちゃって、それがまさに5%とか10%になっちゃうねって本当その通り。
そうだね。ものを作りますみたいなね。
そうそうそう。で、まだあるんだよ。だってこのジーンはどのぐらいのスパンでどんなテーマで何年ぐらい作るのかってことって。
もういいよ。もういいよ。そっちはもういい。残り10%のこの話とかどうでもいい。そっちは。
じゃあどうでもよくないんだよ、これも。って思うんだけど、そういう風になっちゃうから、今日これだけ語ってもまだ多分6割ぐらいなのよ。
はいはいはいはい。
これが自分の、外に出すのが下手っていうか、伝わらないねとか、深く考えちゃってるねっていうことの、やっぱり現れなんだなって自分で納得したって感じなんだよね。
なるほどね。深く考えるっていうと、まあいい、だいぶいい言い方したね。
こじらせてるよね。
自分もね、それできないからね、こうやって長々とね、だんだん話してたけれども、しょうがない、それしかできないんだからっていうね。
僕もそれしかできないから、まとめることができないから、それで語らせていただきまして、
ちょっとね、本当はね、3回、しながらさ、ゲスト回はいいとしても、ちょっと雑談が続くとかってどうかなって思っちゃったんだけど、
でもね、ちょっとタイミングとして、次回のテーマに行く前にすいません、ちょっとお伝えしたいなと思って、今回撮らせていただきましたっていう感じですね。
はいはいはい。いやー、わかりました。
はい。
というような感じでね、今日話させていただいたんで、もしね、こういった話を聞いてちょっとでもね、興味持ってるか、もうちょっと聞いてやるかみたいな、
あと40%あるんだったらそっちも聞いてくるかみたいな方がもしいらっしゃったりとか、
まあそういう、じゃあ一緒に作るって楽しそうみたいなことがもし思ってくださったであれば、ちょっと是非ね、
フォーラム本当に聞いていただけたら嬉しいなと思ってるんで、はい。
是非ね、皆さんと一緒に作れることを楽しみにしておりますという感じですね。
はい、わかりました。是非ね、皆さんの参加お待ちしておりますと、是非楽しんでいただければというところでした。
じゃあ今回はこんな感じでですね、また次回、ベルクソン入っていくというところで楽しみにしていきたいと思います。
では、次回もよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。
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