1. 哲学の楽しみ方を探求する〜それ哲ラジオ
  2. #392 ヘーゲルと直接対決!早..
2026-01-28 47:22

#392 ヘーゲルと直接対決!早すぎた哲学者ショーペンハウアーとは?

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サマリー

このエピソードでは、哲学者ショーペンハウアーとその哲学的思想が探求されています。特に彼の悲観主義が同時代の哲学者ヘーゲルとの対照を通じて明らかになり、ショーペンハウアーの影響が浮き彫りになります。彼は裕福な家庭に生まれ、若い頃から社会の苦しみに敏感です。人生の大きな転機は父の死であり、その後、哲学の道を選びます。ヘーゲルやフィヒテの影響を受けながら、自らの哲学を追求していきます。このエピソードでは、ショーペンハウアーがヘーゲルと対峙した背景や彼の思想の特徴が探求され、特に「意志」と「表象」の重要性が強調されます。彼の哲学的アプローチがどのように革命的であったかについても考察されています。また、早すぎた哲学者ショーペンハウアーの思想が当時の世代にどれほど未成熟だったかが探られ、意志と表象の関係に焦点が当てられています。

ショーペンハウアーの紹介
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
このラジオは、身近なテーマをきっかけに、哲学について楽しく学んでみようという番組です。
哲学好きの弟と、哲学に馴染みのない兄の兄弟二人でお送りしていきたいと思います。
改めまして、兄の菅野京介です。
弟のハヤトです。よろしくお願いします。
今回久々に哲学者に焦点を当てるということで、今回からショーペンハウアーですね。
ショーペンハウアーさんとか、ショーペンハウエルさんとかやったりしますけれども、聞いたことありますかね、この人。
名前だけ聞いたことあるだけで、内容は全然知らないね。
そうですよね。結構ね、僕も名前は知ってるけどみたいな感じで、今回改めて調べてたんですけれども、
結構ショーペンハウアーっていうと、いわゆるペシミズム?ニーチェとかがニヒリズムとかって言ったりするじゃないですか。
ニーチェが結構ショーペンハウアーに影響を受けていて、ペシミズムっていわゆる悲観主義、悲観するものを悪く見るみたいな話なんですけど、
そういうものと結構セットで語られることが多いんですよね。
時代的にはニーチェより先の人で、ニーチェは悲観主義じゃなくて虚無主義か。
そう、ニヒリズムは虚無主義だね。
ちょっとこの後、今回第1回なんで来歴とかをお伝えしてくるんですけど、時代的には1800年前後に活躍した人で、
今から220年とか30年前ぐらいの人ですね。
だからフランス革命後ぐらいの感じか。
本当に活躍したのはそうで、生まれたのがフランス革命の前年とかかな。1788年とかなんで、本当にその時代だね。
のヨーロッパ。
ヨーロッパ、ポーランドに生まれてドイツで活躍した人だね。
活躍って言ったんだけれども、やっぱり結構ね、同時代にすごい人が多すぎるんですよ。
辞書とかでも見てたんですけど、それこそカントがいたりヘーゲルがいたり、
あとはその後で言うとマルクスとかダーウィンとかさ、
そういった人たちがもう慌ててる時代なので、結構そういう人たちの影に隠されがちだよみたいなことも辞書に書いてるんですよ。
すごい時代なんだね、そのあたりって。
そうそう。やっぱりね、歴史が動いた、時代が動いたって感じだと思うんですけど、
面白いのが、そうやってこういう隠されがちなんだけど、
一般的に認識されてる以上に、1818年っていう時代に主張を出すんですけど、
その時代に合理的な世界観というものを拒絶して、そうじゃなくて、
もっと現実的な未来を予測してたんだみたいな、予見してたんだみたいな。
そういうふうに結構再評価されてる人なんですよね。
ああ、そうなんだ。
だから結構面白いのが、当時でいくとあんまり盛り上がらんかったというか、
やっぱりヘーゲルっていう人がすごすぎて、実際この後も話すんですけど、
ヘーゲル、むしろショーペンハワワさんはちょっと目の上のタンコブっていうか、
もうあいつ俺がやっつけてやるぜぐらいに思ってるんだよね。
ああ、とすると、だから当時ヘーゲルは人気者だったんだ、有名人だったんだ。
そうそうそう。哲学界の第一人者という。
ああ、そっかそっか。だから一般的にどうかは知らんけど、哲学界的にはって話ね、少なくとも。
で、言うとショーペンハワワは哲学的にそこまでヘーゲルのせいで、ヘーゲルたちのせいで、あんまり目が出なかったみたいな感じなのか。
時代背景と哲学の対立
当時はね、目が出なかったっていうよりは受け入れられなかったっていう感じかな。
結構ね、いろいろ見ていくと面白いんですけど、やっぱりショーペンハワワも関東、
特に物自体とかっていうのをずっと言ってると思うんですけれども、
そこに対してフィフテさんがいてとかシェリングさんがいてとかって去年やったじゃないですか。
この流れに連なる人ではあるんですよ。連なるっていうか、別の流れっていう感じなんだよね。
そっかそっか、そうだよね。前、そのあたりやった時、関東、フィフテ、シェーゲル。シェーゲルじゃないっけ。
シェリング、ヘーゲルね。
混ざっちゃうんだよな。シェリング、ヘーゲルっていうのを、ドイツ関連論の一つの流れみたいな感じでさ、見たと思うんだけれども。
そのヘーゲルだよね。そのヘーゲルと同時代だから、ちょっと面白いことになってるというか、ちょっとヘーゲルとまた違うことを言っているっていう話なのか。
ヘーゲルの跡を継いだとかじゃないんだね。
じゃない。関東の問題書を受けて、ヘーゲルと対決したというか、違う流れを言ったと。
当時はヘーゲルのほうがすごい、ヘーゲルこそかってなったんだけど、今200年ぐらい経って、あるいはニーチェがショーペンハーワーを引き継いで、
実はショーペンハーワーめっちゃすごかったんじゃね、みたいな。っていうところに戦型の面がめっちゃあったんじゃないっていうふうな感じになっているっていうふうな人なんですよね。
面白いねー。
どういうところが違ったかっていうと、さっき批判的ペシミズムとかって言ったと思うんですけど、逆に言うと哲学ってもともとちょっと楽観主義というか、
言ってしまえば理性を使えば何でも見通せるみたいなさ、そういうところがあるじゃないですか。
プラトンのイディアに関しても、普通は見えないんだけど、そういう哲学的に訓練を積んだりとか、感想的生活をやれば見えるよとか、
逆にカントはどんなに理性で頑張ったら見えないもの自体っていうのはあるんだけれども、
どうはいえ、一定の先見的な人間の枠組みさえ理解すれば、ここまでは理解できて、ここまでは理解できないっていうところに綺麗に線が引けるよっていうふうな。
そういう意味では、やっぱり理性っていうものは重視しても変調だよね。やっぱり理性変調っていうものが、やっぱり哲学の大きな流れなんですよね。
そこに対してショーペンハーワーは、「いや、そんなことある?」みたいな。理性ってそんな万能なんでしたっけ?っていうことを、ある程度最初に主張した人なんですよね。
ああ、そうなん。そこ最初なんだ。
もちろんね、それ以外にもいるんだけれども、それをちゃんと、この時代にとか、その哲学的にとか、カントの流れも引き継いでとか、
そういうことをこの19世紀、1800年の初旬という時にやったっていう意味では、やっぱりある種先駆者なんだよね。
なるほど、なるほど。確かにそれは難しいかもしれないね。確かにヘゲルがそんな盛り上がってる中で、こっちのほうがって言い切れなかったね、当時はね。
普通に考えても、時代としてもどんどん自由が広がっていくとか、王権からどんどん民衆的なことに、少しずつヨーロッパがなっていって、時代はどんどん良くなるとか、生産力も向上してて、
このまま行けば未来はバラ色だ、みたいなさ、そういうふうな意見がある種、力を持ちやすいし、みんなそういうのを信じたいみたいな。
信じたいのほうだし、ある程度操作できるというか、予測可能な未来を作っていくのだ、みたいなね。
そこで悲観主義って言われてもなぁ、みたいな雰囲気はあるよね、名前だけ見てもね。
そうなんだよね、そうそうそう。でもやっぱり、ショペハワはそこに対して、いろんな自分の経験から、そんな未来って別にバラ色だけじゃなくね、とか、
そんな理性を突き詰めていって、ヘーギルとか特にそうだけど、絶対精神みたいなさ、そういった理性とか精神っていうものが発展していけば、究極のものに至れるはずだ、みたいな。
そういうものって、本当にそうなんだっけって言うのって、ある種、勇気はいるんだけれども、それをちゃんとやった人っていう感じなんだよね。
なるほどね。ある意味、すごく冷静に世の中を見ていたとも言えるって話だね。
そうだね、本当にそうだね。冷静に見てたし、逆にそれが、この世は普通の谷だ、みたいな話があるらしくて、
要はそういうどん詰まりだよね。そういう辛いことが本当にひしめいている。そういうふうなものとして世界を捉えた人だし、
これ今回のテーマでも扱っていくんだけれども、いわゆる仏教とか、インド哲学、パニシャットみたいな東洋思想にも触れてる人なんですよ。
そうなんだ。
むしろそっちに共鳴したみたいな人で、結構珍しくこの時代で、正洋と東洋の哲学を自分の中で混ぜ合わせたというか、一緒に考えた人っていうところでも、結構先駆者的な立ち位置なんだよね。
そうなんだ。それは面白そうだね。東洋に住んでる者としては、ぜひどんなことを考えたのか、みたいな気になる人に。
というところがあるので、今回は第一回のショーペンハーサーはどんな人だったの?っていうところなんですけれども、まずは関東からの流れとしてどういうことを考えたのかとか、
ちょっと西洋的なところから抑えた上で、そこに東洋的なエッセンスが加わるとどんなことになっていくの?みたいな。
ショーペンハウアーの影響
そういうところを5回とか6回分くらいお伝えするような、そういうテーマにしていきたいなと思ってます。
はいはい。わー、楽しみだね。なるほど。
結構ね、ショーペンハーサーをやるとまた違う西洋哲学の流れが見えてくるし、そこからめっちゃいろんな人に影響をしてるんですよね。
影響を与えてて。
最近よくスタンフォード大学のオンラインで哲学辞典とかよく見てるんですけど、そこでショーペンハーがどんな人に影響を与えたのかってバーっていろいろ出てるんですよ。
そこで出ていくと、たとえば哲学者のベルクソンとかニーチェとかはもちろんそうなんだけど、音楽とかでブラームスとかボルズアークとか、なんか聞いたことあるでしょ。
うん、あるある。
そう、ワーグナーとか。そういう人にも影響を与えているよとか。芸術面だよね。
あとエドガー・アランポーとか。
モーパッサンとか、なんかすごいそうそうたる名前が上がってるんですけど。
そういった19世紀とか20世紀にそういう芸術的なことをやるとかね、音楽とか小説家とか、そういうことも含めてやっぱり取り組んだ人はかなりショーペンハーの影響を受けてるよね、みたいな。
そういうふうな感じらしいんですよね。
まあ確かにね、芸術と哲学は確かに密接な関係はありそうだしね。
そうそうそうだし、やっぱり世界が行き詰まっていくというか、なんかそういったどんどん発展していって最高の未来が待ってるんじゃない?やっぱり世界化になった時に。
なんかおかしいぞって、どうやって考えたらいいんだってなるわけだよね。
ああそうだね。実際フランス革命だってね、その後かなり混乱が続いたわけだし。
そうそうそうそう。やっぱりその時にショーペンハーワーってものが広まって、こんなこと考えた人いたんだとか、この人が言ってることすごい参考になるよね、みたいなことがあってっていうような流れがあったりするので、
そういう部分もね、たぶん僕らもショーペンハーワー直ではないにしても、なんかそういったなんとなくの芸術作品とか、そういった世界観的なところからショーペンハーワー的なものを受け取ってるだろうなぁと思うので、
ここをね、ちょっとある種源流を見に行くというか覗きに行くっていう感じで、今回やっていきたいなと思ってるんですよね。
おお、なるほど。でもね、そんなハワはね、カントヘイゲルみたいな人と並んで当たられてないような気がするんだけどね。
全然ね。
哲学素人からしても、哲学者といえばやっぱり、カントとかヘイゲルとか、自分の場合サルトルとか、実存してるみたいな人がヒットしたけれども、哲学者としてショーペンハーワーがヒットっていうのは、検索したりとかさ、シャドーキー。
なんか、上がってきたことはないな。
ショーペンハーワーもたまたま誰かにこの本を読んだほういうぐらいで紹介されて、という名前を聞いたことあるぐらいだからね。
実際に扱われにくくはあって、ショーペンハーワーをある種ちゃんと解釈したニーチェみたいな人がいて、ニーチェの見たショーペンハーワーが再評価されてるというところも正直あったりするみたいなんですよ。
へー、そうなんだ。ほうほうほう。
だから、やっぱり有名かどうかみたいな話でいくと、まずはニーチェのほうが先に出てくるとかってあるなと思うんだけども。
ショーペンハウアーの背景
やっぱりプレテツーラジオはもともとソクラテスから始まってる通り、やっぱり大元の人からやっていくと見えてくるものがあったりするし、
去年あんだけ関東、フィフテ、シェリング、ヘーゲルって結構頑張ったから、そこの流れでもう一回このショーペンハーワーを見ていくと面白いんじゃないかなと思うので、
ぜひ一緒に関東から流れた別の系統というか、そういったものを一緒に見ていきましょうというところですね。
おーわかりました。だけど結構忘れてるから、そういうところはぜひ補足しながらお願いします。
また聞いてもらって、何回でも復習は本当にやっていいって思ってるからやっていきましょうってところがあるんだけども。
今回は人柄的なとこなんで、ぜひ気軽に聞いてもらえればという感じなんですけども。
さっきもお伝えしたんですけれども、このショーペンハーワーさんはポーランドに生まれた人です。生まれが1788年ですね。
日本でいくと江戸時代の後半ぐらいに入ったような時代でございます。
面白いのが、この人は結構哲学者にとって珍しいかなと思うんだけど、めちゃめちゃ家庭が裕福だったんですよね。
お父さんが成功した商人みたいな感じで、結構ちっちゃい頃から息子を商人として育てようって言って、
当時のヨーロッパをいろんなところを旅行というか、仕事しながらそこに移り住んで、その土地の言葉を覚えたりしてたらしいんですよ。
例えば、フランス行ってフランス語を覚えようとか、イギリス行って英語を覚えようとか、そういうことですよね。
お父さんの仕事に帯同してたってことはね。
そうそう。でも商人となるべく育てられたみたいな。
今でこそEUとかがあって、ヨーロッパって行きやすいと思うんですけど、当時そこまでもっと国も分かれてるから、やっぱりそんな気軽に行けないわけですよ。
普通の人はね。
お金もかかるし。
でもやっぱりそこを越えられるぐらいあるし、贅沢旅行ではお金にも困らないし、本当にその土地土地でちゃんといい場所に住んで暮らしていくみたいな。
っていうふうな生活をしていくんですよね。
そういう意味で言うと、子供心にすごいあちこちでいて楽しいとか、こんな素敵なところがあるなんて、ってなりそうなんだけれども、
この商品版は面白いのは、そういった華やかなところよりも、むしろ旅行の先々で、あれ、意外と苦しんでる人いるんじゃね?みたいな。
そういうところに目が向いたらしいんですよね。
例えばイギリスに行った時にさ、当然その当時産業革命で盛り上がってるわけなんだけど、
商売としてはめちゃめちゃいいんだけど、やっぱりその裏で過酷な労働をしているような労働者とか、
ある種、仕事を奪われてしまった貧困層とか、そういったものが当然見えてくるわけ。
なので、さっきそのヘーゲル的な観点でいくと、やっぱり世の中がどんどん良くなって理想の未来に行くって話をしたんだけれども、
そのショーペンハーワーに言わせると、光と影だよね、まさに。
そういった影の部分っていうのはあるじゃないかっていうことを、やっぱりどうしても気にしてしまうというか、意識が向いてしまうっていうふうな幼少時代だったみたいなんだよね。
面白いね。若干だけど、ちょっと薄いかもしれないけれども、若干ぶった感があるね。
父の死と哲学の道
でも本当にショーペンハーワー自身も、やっぱり自分はそういう仏陀にすごく共感するみたいなことを言ってるらしくて。
仏陀界でもちょっとお話ししたんですけど、その仏陀が王様の子供として生まれて、
予言者が将来的にすごい王様になるか、宗教家というかそういった精神的指導者になるかみたいな予言をされてた。
王様が絶対王様ってほしいから、もうそんな世の中の苦しみとか見せないぞって言って、王宮を閉鎖させるみたいになった。そういう話をしたの覚えてる?
むしろそれが仏陀で一番記憶に残ってて。
確か老人とか病院とか、そういうのも全然近づけなかったみたいな、そんな話だったよね、確かね。
そうそうそうそう。で、実際ちょっと出かけようって、その時に志望室友っていう有名な人だっけ、南とか東とか、それで文化に出た時に病人を見て、
初めて病人を見て仏陀さん驚きで、こんな人ってこんなに弱るの?みたいなことを思って、そういう世の苦しみを知るみたいな話だけど。
病人とかならまだしまうけどさ、例えばさ、文句が出てさ、あれあの腰の曲がったシワシワの人、ま、当時ね、そんな長生きしてる人いるか知らんけど、いつもと違う感じの人いるんだけど、あれ何?みたいなさ。
あれは40歳50歳の人だよ、みたいな。40歳50歳って何?みたいなさ。
ちょっと、あれ本当に面白かったもんね、仏陀が感じる。
あーそうだよね。
その次元が一般人と隔絶しすぎじゃね?みたいなね。
そうそうそう。それはね、びっくりするぜ。それはなんかね、出家というか、自分もこの中にいられるようになるよねっていう話をね、当時もしたと思うんだけど。
そうそう。自分こうなっちゃうの?みたいなね、将来。
そう、それは初めて知るみたいなね。
ショーペンハンはもう似たような、ちょっと共感したんだ、仏陀に、そういう意味で。
それも後からっていう感じ、学んだのにっていうところではあるんだけれども、やっぱり実体験として、なんかやっぱり別に、自分はすごい豪華にここにいるけど、そうじゃない人もいるぞとか、同じ空間にいるはずは全然違うぞみたいなことはやっぱり感じたらしいんだよね。
はいはいはいはい。
やっぱりそういう意味で言うと、この後に哲学者やっていくっていう意味では商売向いてなかったというか、それを告げなかったっていう感じではあるんだけれども、やっぱりちょっとね、この中で事件が起きちゃうんですよ。
何かっていうと、そのショーペンハンはね、17歳の時だったらしいんですけれども、お父さんが不良の死を遂げるんですよね。
倉庫から川に落ちたとからしいんだけれども、これがどうやら自殺じゃないかみたいな話があって。
当時、ショーペンハンがどういうふうに受け止めてたかっていうのはあれなんだけれども、やっぱり当然ショックではあるし、
お父さんがやってた商売というか、当時は会社っていうのがあれなんだけれども、そこはやっぱりてんやわんやで、かなり自分の立場もあえなくなっていくわけだよね。
ほー、なるほど。
さすがに父親はどうせ亡くなったから、自分も頑張ろうと言って、商人として2年ぐらい頑張ってみるんだけれども、やっぱりやる気も湧かないし、うまくいかないし、みたいなことがささやき続いちゃって。
しかもお父さんがそんだけ色々引き連れて、自分を商人としてやろうっていうふうにやってくれてたのに、なんかわかんないけど、おそらく自分で命を取ったっぽい時に、
生きるって何?とか、なんでお父さんこんなことをしたの?とか、いろんなことがバーって巡るわけですよね。
いやー、そうだよね。真実はわからないにせよう、自殺じゃないか、みたいな時に、そんな仕事を自分が一つのモチベーションがどこにあるのか、みたいな悩みそうだよね。
そうそう、安そうなんだよね。そもそも向いてないと思ってるし、みたいなさ。
そうだね。
という中で、いろいろ迷うんですけれども、お母さんが結構大きな役割を果たしたらしくて。
お母さんもすごい人なんですよ。それこそ小説家とか文筆家っていう感じで、亡くなった後に全集が出るくらいだった人らしいんですけど、
当時は芸手とかと交流して、いわゆる知的階級の中で、サロンとか開いて交流するみたいな、そういう人だったらしいんですよね。
ほんとにいい家だったんだね。
そうそうそう。いいとこのお子さんで。ただ、一方で、いわゆる浪費癖、お金をガンガン掴めてもらったらしくて。
当然、社交界だからとかあると思うんだけど。
ペハローからすると、お父さんの遺産とかがあるんで、生きてはいけるんだけど、それをさえげなく使っちゃうお母さんになったときに、
やっていけないとかうまくいかないって言って、わりと後半のほうが絶縁状態というか、そういうふうな感じになってるらしいんだよね。
ただこの二十歳ぐらいのときで行くと、自分の息子が商人とかやってもうまくいかないとかっていうときに、
あなたはそこじゃなくてもっと学びたいとか、学問の道に行きたいとかっていう思いがあったらしいんだけど、
そういうところに行くのがいいんじゃないみたいな、そういう助言というか、そういったことを支援するような動きをしてくれたらしいんですよ。
いわゆるお金的にもそういう余裕もあったしね、っていう話ね。
フィヒテとヘーゲルとの出会い
で、実際にショペンハローはもう大学に行くぞっていうふうに思って、勉強をして、二十歳か二十一歳かな、この1809年っていう年に大学に入るんですよ。
そういう感じなんだ。当時の大学は小中高大学っていう感じじゃなくて、ある程度入りますって言って入るような感じなのかな。
たぶんね、結構特例とか珍しいんじゃないかなと思う。
通常はギムナジーみたいな小学校とか、一応期間があってそこから入っていくから、そういったルートじゃなくて入るっていうのは、やっぱりお金の力とかそういうものもあったんじゃないかな。
だろうし、やっぱりショペンハローはお父さんとずっと帰りをしてたから、ある意味家庭教師みたいな人がいたのかもしれないしね、もしかすると。
あ、そうだね。語学とかもめちゃめちゃ堪能だし。
そういう意味で、実は面白いのが、これ最初実は哲学じゃなくて医学部に入ってるんですよ。
へー、医学部?ほうほうほう。
ある程度実学っては実学で、結構よる会話語学とか物理学的な自然科学からまず入ってるんだよね。
これを調べてみたんだけど、一緒になろうと思っていたのかわからなくて。
例えば入りやすいからそこから入ったとかもあるのかもしれないんだけれども、
やっぱりショペンハローはもともと勉強好きとかもあるんで、自然科学だけじゃなくて、天文学とか考古学とか歴史学とか、そういったものを広く学んだらしいんですよね。
そうなんだ、ほうほうほう。
そうやって学んでる中で、当時のゲッティンゲー大学ってドイツの大学らしいんだけれども、
そこにいた先生から哲学どうだってなって、プラトンとカントを紹介されて、そこから哲学の道に進んでいきますっていうような流れなんだよね。
そうなんだね、ほうほうほう。
本人がどこからもともと哲学をやろうとしたのかっていうのがあるんだけども、そのあとは哲学として学んで、資論文とかも哲学で出してます。
他にも面白いというか、やっぱり歴史のつながりがあるんだけれども、
最初はゲッティンゲー大学で学んだショペンハローなんですけども、そのあとベルリン大学に行くんですよ。
ベルリン大学に何があったかっていうと、その当時フィヒテがいるんですよね。
フィヒテから実際学んでいるんだけれども、これ面白くって、最初はフィヒテすげーみたいな、カントを引き継いでさ、
あんだけやっててすげーってなったんだけど、いろいろ学んでるうちに、なんかこいつ言ってることおかしいぞみたいな。
へー、あ、そうなの?
そうそうそう。だんだんペテン師じゃねえかぐらいまでいってたらしいんだけど。
だいぶひどいね。
だいぶ批判的。で、やっぱ違うってなって、自分なりのというか、別の先生について自分なりの哲学っていうのをやっていくっていう流れなんだよね。
へー、そうなんだ。
なので、当時ベルリン大学ってフィヒテもいたし、もちろんヘイゲルもここで教えてくるんだけど、
そういう哲学のメッカなわけですよ。そこで学びながらも、でもなんかやっぱその主流派が違うとか、
なんかやっぱ自分の間のことって違うかもみたいな、そういうところをちゃんと中に入って感じた人っていうところなんだよね。
なんかこれも全然違うんだけど、神奈川仏教のときにさ、法念とか信仰が比叡山入って学ぶんだけど、なんか違う人いて出てくるみたいなのあるじゃん。
あったあった。
ショーペンハウアーの哲学的アプローチ
そうそうそう。なんかそれちょっと違いというか、ちゃんと本丸に入って、やっぱ違うことを考えるみたいな。
あー。
だから、たぶん最初に言ってた商弁派はあんま聞かないけどっていう話も、やっぱりその哲学の王道というか、理性を積み上げていくみたいな、
こういう太い柱を立てるっていう意味では、やっぱり関東とかヘイゲルとかっていう人がどーんって立ってると思うんだよね。
でも、逆にニャーニケが言ってる通り、いろんな国を回って実際体験しているとか、最初は医学から入って、生物学とか歴史学とかそういうことを学んでるみたいな。
そう思ったときに、やっぱり理性をある種信じきれない。
当然、理学なんてさ、思うけど、ティを尽くしても上手くいくときもあれば、上手くいかないときもある。
それってある人も人間のティを超えてたりするじゃないですか、生きる死ぬみたいな話って。
そういうところを考えたときに、理性だけで何でもできるみたいな、そういうところはやっぱりならないんだと思うんだよね。
あー、なるほど。とか理性最高とはならない。理性もいいけど他もあるでしょっていう。
そうそうそうそう。それはちょっと次回ちゃんと話すんだけど、やっぱりショーペンハーワーが、意思っていうもの。意思って意欲の意味かの心を出す。
いわゆる意思の強さとかっていう言葉あると思うんだけど、それはめちゃめちゃ重視するんですよ。
この意思って言葉もちょっと問題というか、普段使う言葉とは違うんで、それまた次回以降ちゃんと言うしですけど。
っていう風に意思っていう言葉ってさ、理性っていうものとちょっと違うというか、どっちかと言うと反対っぽくない?意思が強いみたいなことと理性的であるってさ、違う属性っぽいじゃん。
まあまあまあ、確かに。冷静と情熱ぐらいの違いがありそうな気がするね。
だからあえてショーペンハーワーは、意思っていうものをめちゃめちゃ自分の哲学の中心に置いてというか、意思っていうものを使って、カントの哲学とか物自体っていう発想を乗り越えようとするというか、
解釈し直すってことでやってのけるんだよね。
おー、やってのけたんだ。
やってのけた。
っていうのがあるんで、やっぱりそこはすごいこの、まさに今日お伝えしたような経験とか、
ショーペンハーワーが何に関心を持つか、華やかな勝利の世界ってよりも、
意志と表象の重要性
そういうちょっと苦労してる労働者とか、苦しみみたいなものに目が向いたっていうところにあるんだろうなと思うんだよね。
そこは完全にその人の個性な気がするよね。
同じ世界見てもね、もっと金を稼ぐとか、この社交界でこういうふうな付き合いをするとよりいいみたいな。
そっちに目が向いて、そっちに適性がある人もいるだろうしね。
あって、ショーペンハーワーっていう人はどんどん学んでいくんですけど、
その中で、博士号を取ってやっていくんだけれども、
1818年に、彼の一番根本になる本で、その後もずっとこの本がテーマを全部飾ってるぜ、みたいな。
というふうに言ってる本があって、これがさっき言った意志、意欲の意と志の表彰。
表彰って、多分ちょっと自作的なものとして出てくるんですけど、
いわゆるイメージとか概念とか、そういうふうな話。
その意志と表彰としての世界っていう本が出るんですよね。
これが30歳ぐらいかな、書いた本なので。
結構若いうちに、もう一個そういう自分の主張をバーンと出しちゃうんですよ。
そこに関しては一生やっていくんだけれども、
そういう本も出したみたいなところもありながらですね、
両方にちゃんと哲学の講師として仕事をしていくんですよね、一応。
本人は働かなくても生きてはいけるんで、
どっちかっていうと、
お父さんすごいな。
お父さんすごい遺産があるからね。
どっちかっていうと、働くため、お金を稼ぐためというよりは、
自分の哲学ってものを世に打って出そうと。
そのために大学で教えるっていうのが必要なので、
そこでベルリン大学の講師になっていくんですよね。
面白いのがさっき言った通り、この時ヘーゲルがいるんですよ。
ヘーゲルがいて、ベルリン大学で教えてるんですけど、
ショーペン母がやったのが、要は俺はもうヘーゲルを越えてやると。
誓ってやるぞって言って、
ヘーゲルの講義と全く同じ時間に自分の講義を設定したんだよね。
そんなことできるんだ。
普通やらないんだけど、普通ずらすんだけど。
絶対俺の方がいいこと言ってるから、生徒も来るはずだって言うんだけど、
当然来ないわけですよ。
負けちゃうんだ、それ。
負けちゃう。
本当にヘーゲルの方は、水服裏にワクチン溢れかえって熱気があるのに、
ショーペン母の方は本当に一桁みたいな。
いいねー。
っていうところで、あれおかしいなみたいな。
俺の本、18年に書いたって言ったけど、それはもうあんま反応ないし、
大学でこうやって授業をしても人来ないし、
もしかして俺の方が弱いの?みたいな。
っていうところで自信がくじけちゃうんですよね。
やっぱショック受けちゃうんだ、それ。
受けちゃう、受けちゃう。
受けちゃうんだけど、でもやっぱりこなきそうっていうふうになっていくわけですよ。
でも負けないぞって言って、
意志と表彰としての世界っていうものを書いた後にも、
ショーペンハウアーの社会的影響
やっぱりこういろんなことを書いていったり発信していったりとか、
むしろ自分の思想を深めたりとか、
そういうことをやる中で、どんどん自分の哲学っていうものを深めていく。
っていうふうに後半の人生でも使っていくんですよね。
後半っていうのが、小平派は1860年に亡くなっているので、
いくつだ?70歳くらいまで生きるのかな。
30代の頭で使徒を書いたんで、あと40年くらい時間があったわけですよ。
なのでそこの間で自分が考えたことをもっともっと深めて広げていくみたいな。
っていうことをやってたわけなんですよね。
面白いのが、やっかみもあるのかわかんないんだけど、
ヘーゲルでどっちかっていうと、
ちょっと御用学者っぽくなってくって話をヘーゲル界でちょっとしたと思うんですよね。
ああ、だったっけか。
ベルリン大学って当時のドイツの中心的な大学なので、
そこで学章とかもやってたはずなんだけれども、
悪く言うと都合のいいことを言っていくみたいな話もあるんですよ。
そうなんだ。
他に対してショーペンハーワーは、やっぱり所詮お金もらって、
国の犬になってるような奴らが言ってることだぜみたいな。
自分みたいに純粋な思想をできる。
お金のためとかじゃなくて、
哲学のために哲学をしている人の方が本当はいいんだぜみたいな。
そういうことも多分ね、事実半分、やっかみ半分みたいなことで言いながら、
活動していくっていうような感じだったらしいんだよね。
だいぶだもん。
なんかあれだね、この当時はちょっとかわいそうだね。
なんかあの、巨人に、有名人に戦い挑みすぎて、
相手にも、周りの人からもそんなに別に見られてもいないみたいな感じ。
そうね、ちょっと帰り見られてないっていうところだよね。
一斉力とかにも多分なってないわけでしょ。
なってないなってない。
別になんか弟子がいたとか、
そういうことも当時で言うとないって感じだね。
やっぱり結構苦しい人生を送っていたみたいではあるんだけれども、
ちゃんと生きることにはこことがかないし、
やっぱり色んな繋がりもね、社会的な繋がりもあるので、
そういう意味では結構安らかになくなっていったっていう話はあるみたいですね。
あとは犬飼ってて、フードルだったっけ?
犬と結婚とかはしなかったらしいんですけど、
犬を散歩して、夜にはコンサートに行って、
時間があるから空いてるとこは本を読んで過ごしてみたいな。
そういうふうな穏やかな人生を過ごしたっていう感じでもあったみたいですね。
なるほどなるほど。
だからそうはね、このショペ・ハワが言ってる通り、
ある意味めちゃくちゃピュアな哲学者として、
お金のためじゃなくてね、お金はあるからね。
っていうかなり面白い人はね。
やっぱりコンに連携されたんだけれども、
変わり者ではあるけれども、別にその意味ではちゃんと社会とも繋がって暮らしてはいたし、
ヘーギルとかフィッシュに対する批判というのはあるけれども、
ものすごい社会批判をして、すごい勢力を作ったとかってことでもないし、
そういう意味ではあるし、ちゃんと自分の思想に向き合って、
一生を送った人っていうふうな、そういうふうな捉えられる方をするみたいだね。
なるほどね。
これ次回以降ね、具体的に中身に入っていくとは思うんだけれども、
はいはい。
例えばその発明とか、発明家だったり、学問もそうだと思うんだけどさ、
あんまり、世の中の需要から先行しすぎる天才。
よく言うじゃん、世の中から一歩二歩先進んじゃうともう理解できないから売れないとかさ。
響かない。
半歩先でいいのだみたいなさ。
それで言うと、シェリングはやっぱり二三歩先行っちゃった人みたいな感じなのか、
ショーペン派はね。
ショーペン派は、二三歩先を行けてる人なのか、
それとも自分の妄想の中で、これはすごいって言いながら、実はそんなにすごくないのかみたいな、
その辺ってなんかあるの?
やっぱり二三歩先を行った人って感じなんだろうね。
やっぱり当時は本当に、ヘーギルが言うところの理性っていうもので、絶対精神に至っていく、そういうふうな完全な世界っていうのがあるんだみたいな話だったわけですよ。
それが、いわゆる半歩先の売れてる、いけてる話だったってことだね。
そうそうそう、当時のね。
その中に、やっぱりショーペン派で行くと、世界が豊かになっていくとか、もしかしたら理想に近づくかもしれないけれども、
その中でやっぱり気にしてられているとか、苦しんでいる個人とか、そういう存在があるわけだよね。
そこに対して理性が全部救ってくれるって言うけど、
誰に救ってくるとしたとしても、その途中で知りたげられる人とか、苦しみってどうするのよみたいな、そこにちゃんと目が向いてる人なんですよね。
なので、さっき言った意志みたいな話もそうだけれども、理性で全部切り捨てていく、積み上げていくみたいなことって、
どこかで行き詰まってるし、もはや限界来てるんじゃないかって、やっぱりショーペン派では見えてるわけだよね。
なるほど、はいはいはい。
面白いね。前回の働くことと哲学会をちょっと思い出したというか、
自己責任じゃないけれども、例えば上手くいってないやつとか、お金稼いでないやつだったりとか、めっちゃ辛いやつは、
理性が足りないからだ、みたいな。
そうね。
そう言われかねない世界観って感じなのかな、ショーペン派が。
そうですそうです。
パソコンに対しての理解がないからとか、もしかしたら学問とかがないからだ、みたいな。
現代風に言うと努力が足りないからだ、みたいな話だよね。
そういうところじゃなくて、違う見方とか捉え方とか、もっと言うと哲学なので世の中の原理っていうのがあって、
そっちを大事にしないと間違えてるんじゃないっていうことはちゃんと言った人ではあるのよ。
まあ確かにそれは受け入れられなさそうだね。
そうだね、時代的に。
別のメインのイケてる考え方があって、それですごい良くなろうとしているとき、
なんか良くなってきてるなって実感をしてる人が多いとき。
そうそうそうそう。
ショーペンハウアーの哲学的視点
それ言っちゃうと、その冷水いらねーよみたいなね。黙ってるよってなるよね。
そうなんだよね。やっぱそういう意味では、やっぱりその時代をちゃんと先取りしていたというか、
ちゃんとそこに敏感に、それを捉えてきちんと哲学として価値にしていたっていう風な。
そういうところがやっぱあったなと思うんだよね。
はいはいはい、なるほどなるほど。
やっぱり結構その、なんだろうな、さっき言ったようなスタンフォー大学の辞書とかでも、
やっぱり1世紀ぐらい早いみたいな。100年ぐらい早く、
やっぱりその当時の、例えば1800年でいうと1900年ぐらいの人が見たときに、
こんなに早くこんなと考えた人いたんだみたいな。
まさにね、戦争とかもそうだけれども、先が見えないとか、どん詰まりの時代。
理性で輝かしいと思った未来が見えなくなってきたっていうときに、こんなことを考えた人いたんだみたいな。
そういう捉え方をしたっていう感じだね。
わーはいはい、まさになんだ。辞書にも書いてるんだ。100年早かった。
そうそうそうそう。
丁寧な感じで今回ちょっとね、人柄とかも含めてお伝えしてきた。
人柄というかね、どんな経験をしてきたってのも伝えてきたんですけれども、
次回以降はね、ちゃんとその哲学的なところをお伝えしていこうと思ってます。
もちろんね、いろんなこと言ってるんだけれども、
キーワードがね、さっき言った本の意志と表彰としての世界っていうところにも、
これがむしろ全部で、
意志って何?って話と表彰って何?って話、これがどう関係してるの?っていうことが掴めると、
結構、商弁反話は見えてくるんじゃないかなと思ってるんですよ。
おーそうなんだ。
見えてきたところで、
じゃあ商弁反話はその2つの意志と表彰ってのを使って、どんなふうに世界を見てたんですかとか、
どういうふうに説明してくるんですかってところがわかっていくと、
なんだろうな、さっきより入ってくるかなと思うので、
次回ですね、この意志と表彰としての世界っていうときに、
これ何?みたいな話っていうところをお伝えして、
商弁反話の世界にどんどん入っていきたいと思ってますっていう感じですね。
はいはい、わかりました。
次回ですね、商弁反話の中身に入っていくということで楽しみにしていきたいと思います。
では、引き続きよろしくお願いします。
お願いします。
今回もありがとうございました。
47:22

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