1. その、帰り道に振りかえり。
  2. 朝の散歩から。アートの幅広さ..
2026-01-31 12:01

朝の散歩から。アートの幅広さとアプローチ、AIとの共生についての芽生えって話 from Radiotalk

サマリー

このエピソードでは、アートの幅広さやアプローチに加え、デジタルやAIとの共生についての思索が語られています。特に、東京芸大の卒業展示を通じて、さまざまな表現を観察し、自身の内面や社会への意識を深める試みが紹介されています。

卒業展示の体験
はい、sonoです。 おはようございます。
朝の散歩から反省会です。 というわけで、
今日は土曜日。 1月31日なんで、
カレンダーで言うと1月が終わりですね。
あっという間でしたね。
まだ2週間ぐらいしか経ってない気がする。 前半が
正月休みで、後半は、
なんかそのキャッチアップとかで、 アッサリと過ぎた気がするなぁ。
昨日は、お休みをもらって、
結構モリモリだったかな。夕飯が、 ちょっと作るの間に合わない感じになっちゃいましたけど、
朝散歩の後は、
出かけて、 包装大学の学生証を取ってきて、
10月に入ってね、ずいぶん 4ヶ月ぐらい寝かせてましたけど、
アッサリと取ってきて、 手続きがよくわかんないなと思ったら、
クロードに聞いて、
なんかハガキきてたからそれ持ってきゃ大丈夫だよ、 ぐらいな感じで、確かにね、包装大学っていろんな人が来て、
会社通いながらとか、いろいろやりながら通う人多いから、 割と
そういう手続きとかね、シンプルだし、 1回で済むようになってるよねって思いつつ、
本当にアッサリと終わり、 その後、昨日はヘッドスパに行って、
久しぶりにリラックスして、
東京芸大の卒業展示、毎年やってるんだけど、
前から行きたいなって思ってたんで、行ってきたかな。 今日と明日もやってるんだけど、
毎年人も多くて、
事前受付っていう、 事前受付制になりましたっていう感じになってましたね。
でも今年はより多くなってんのかな、 なんか急にそうなったかね、昨日も
混んでいて、作品が見れないってことはないんだけど、
なんだろう、
割と混んでる美術展って感じかな。 見るために並んで、ずっと延々待ち続けなきゃいけないまではいかないけども、
体験型のやつとかは、
作品の数が膨大なんで、
それも含めてなかなか見切ることはできなかったけど、 ただ、本当にいろんな
表現があって、 よく思うような絵とか、
工芸品とかも、
もちろんあるし、 それも現代風になんていうか、少し
インスタレーションというか、 そういう仕掛けを作って体験してもらうとか、フィールドワークした
記録とともにとかも結構あるし、
デザインもあるから、デザインとして、
プロダクトデザインをしているところもあれば、 建物は結構プラン、
タイミングとかの部分を見せてたりとか、 あとなんかデザイン教育とか、
そのグローバル、 なんていうかな、なんか活動みたいなのもあるらしくて、
があったりとか、
あとパフォーマンスもあったりとかね、 しますかね。
デジタルとの共生
音楽とかは多分、卒業展示の中には入ってないか、 まあ単純に多分場所が違ったりとかないけども、
それも芸術の中にはあるよね。
そういう意味だと芸術っていうカテゴリー、 ジャンルの幅広さを感じたり、
そのそれぞれで、まあなんかもちろん個人の感じたことっていうのは 表現されているんだけども、
ある意味、そういうものの目を超えた、 僕たちを両面を超えた人たちが、
アウトプットしたものを見る機会っていうのもあって、 なんかいろんな形を見ながら、
まあその中で、 自分が反応するものっていうのを見たっていう感じかな。
なんかね、もちろんそのアーティストの、 まだ最初の方にいる人っていう感じでもあるから、
まあこの後どんな進路、いろいろ進まれるかわかんないけども、 中には多分何年かして、
また別なところで作品に出会ったりみたいなことも起きると思うと、 すごく面白い機会だよね。
まあ来てる人も結構特徴がある感じで、
幅広い層で、アートの愛好家だったりとか、 まあ学校の卒業生とかそういう関係者だったり、
生徒の親だったりっていうので、
なんかね、すごい混在としてるけども、 なんだかちょっとエッジが立った人が多い。
エッジの効いた人が多いっていうね、 なんか面白い雰囲気だったなぁと思うから、
いけて良かったなぁと思いつつ、 本当に楽しむんだったら結構、
開催して初めの方にじっくりと時間をかけてっていうのも、 またあるのかなぁとは思うかな。
でもなんだろうなぁ、 まあ一つ、大学院の研究生だからよりアーティストとして、
何か立っていく。
アーティスト活動とかも割と本格的に始めている人の多い人たちの作品というのもあるし、
一方でその学部生、4年間芸大でやった集大成という感じで、 卒業展示をするっていう人たちもいて、
その4年間だとある程度フォーマットというか、 一応自画像と作品っていう風に決まっているんだけど、
それをある程度同じフレームで見せてもらいつつ、 作品によると、実はその4年間の中でずっと一つテーマを突き詰めて、
僕は見たのは生き物っていうテーマを突き詰めていって、 最後というか、まあ卒業研究としてはその1回自分っていうものを見てみようみたいな感じで、
過去のそれまでの履歴とかも一緒に展示している人っていうのもいて、
たまたまそれを見たときに4年間ずっとこういう軸で表現について考えていくみたいなのをしているっていうのは、
ものすごくアカデミックな営みだなっていう風にも感じたりとか、
なんかね、面白かったなぁって思うよね。
でも幅広く見て、かつ今自分の中のテーマとしてデジタルだったり、AIだったりデジタルとの共生というか、
共に生きていくっていう形って何なんだろうみたいなところが結構あって、
なんかそういう時に、
アートっていうのが言葉だけでなく、自分自身が感じやすいからだけども、視覚表現みたいなところからも感じたり、
一つは自分を深掘りするというか内面に深掘りするっていうところと、逆に外を観察し、そこの意識を拡張していくみたいなアプローチの違いであったりとか、
アプローチというよりは表現の先が個人というものに訴えるものであったり、
社会っていう、もうちょい普遍的な意識っていうのを捉えるみたいなアプローチ、視点みたいなものっていうのがあるんだなっていうのを見て思い、
なんかそういう意味でも、いろんな範例から見ることができるなというふうなことかな。
でもそうだな、なんかあんまりまだ考えが求まってないから、また明日とかに話すのかもしれないけど、
なんかそのデジタルの共生というか、デジタルとの共生というか、一緒に働くとか暮らすとか、逆に自分がどう生きていくかみたいな部分っていうのが、
なんていうか、だんだんみんなの意識に浮上してきた感ってなって、自分の目につく記事がそうなってるからっていうのは、自分がフィルターして見てるからの部分もあるけど、
ただ関連する記事が見つかってくるっていうのは、ちょっと社会にそういう意識が芽生えてそうな気はするかな。
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