タイムリープの始まり
またかよ!
俺の名前は風間レン。
平凡という言葉がおそらく一番似合う男。
学生時代も普通に学校行って、
まあ普通に男同士でバカやったりもして、
普通に就職して、仕事して、
たまには飲み会とかにも顔を出して、
普通に生きてきた。
はずだった。
俺は今、
同じ一週間を、
タイムリープしている。
記憶忘れたまま、
どこで間違えた気がした。
おはよう。
りつ。
おはよう。
こいつの名前は高月立。
同期で同じ部署に配属されてから、
こうしてちょこちょこ構いに来てくれる、
いいやつ。
こういう天性の明るさ、みたいな、
俺にはないものを持ってるやつって、
なあ、れいの件、いい加減考えてくれた?
何だよ。
今褒めてやろうと思ってたのに。
まだおはようしか言ってないのに?
心の中でだよ。
何の話だよ。
はちゅ。
だあ、やめろよ、人の顔に向かって。
ごめんごめん。
もうやだ花粉症。
そんなことより。
わかってるよ、お前の言いたいことは。
週末のライブだろ?
そう、それだよ。
頼むよ、れん。一生のお願い。
このりつの一生のお願い。
というか、このやりとりがすでに俺にとっては3回目なんだけどな。
だってあれ、お前に頼まれて申し込んだだけで、
俺別に興味ないもん。
そんなこと言わずにさ、チケット代は俺が払うから。
お願い。
いや、そんなに?
あ、じゃあ誰か友達と行ってこいって。
お、これは3回目で初めて言ったセリフだ。
あ、そういうことか。
何か日常に変化を起こさないとタイムリープは終わらない的な?
じゃあ、これで終わってくれ。
俺の謎のタイムリープ。
ライブチケットのお願い
いや、無理だから。
何でだよ。
世界の春とのライブだぞ。
当選者本人名義の人間が行かないとダメなの。
そうじゃないなら、同行者の俺のチケットも無効になるの。
あ、そうなの?
そうなの。
高額転売するクソバカがこの世にはびこってるせいでな。
クソが。
何か変な方向に切れ始めちゃったな。
わ、わかった。考えとくよ。
とりあえずほら、奨励始まるから。
絶対行こうな。な。
休みの日にわざわざ人混みに行くなんて絶対考えらんねえ。
どうやって断ろう。
1週間断る理由探して逃げて疲れた。
やっと金曜だ。
リツから逃れるのに昼休みにスタバ着てたら高くつくんだけど。
でもタイムリープしたら財布の中身も戻ってるから一緒か。
いらっしゃいませ。
こんにちは。えっと。
いつもご利用ありがとうございます。
なんだか甘いもの食べたいなってご気分だったりされます?
今日から新しいリバレッジが出たんですけど、こちらのイチゴの…
これも今までにない展開だぞ。
さすがにタイムリープも3回目なら周囲のアクションも変わるのか。
ってことは、あのリツとの会話だけじゃタイムリープからはまだ抜け出せてないってこと?
あー、じゃあそれにしてみます。
ありがとうございます。
あ、ソイに変更も無料になったんですよ。
こちらソイでも美味しいですよ。いかがですか?
ソイ?
あ、失礼しました。豆乳です。ミルクを豆乳に。
あー、はい。じゃあそれもお願いします。
はい、ありがとうございます。
甘っ。
げ、リツから電話だ。
やっと繋がった。レン、今どこ?
あー、いや、一人で昼出てるよ。
なんでだよ。日曜のライブの俺におごろうと思ってたのに。
いや、行くって言ってないから。
もう行かないとかありえない。
今からチケットリセールとか出せないし、ハルトのライブに空席作るとかもっとありえないし。
だったら余計に。俺みたいなのがライブに行くなんてハルトのファンに失礼ってことになんじゃん。
ん?
いや、そんなことないから。俺がレンの分、二人分好きだから。
なんだその理論。
てか、行けばレンも絶対に好きになるから。
いやー、でも東京ドームとかめちゃくちゃ人多いじゃん。日曜にわざわざそんなとこ行きたくないんだよ。
わかった。もうタクシーで来てくれていいから。タクシー代も出すから。
三回目ともなると必死だな。
ん?何が三回目?
あー、いや、なんでもない。
てか、どこまで昼行ってんの?
え、駅前のスタバ。
なあ、それ俺が絶対行かないやつ、めちゃくちゃ逃げてんじゃん。絶対逃がさないからな。なんなら日曜、家まで迎えに行くからな。
あ?マジやめろよ。
もー、しつこい。タイムリープを繰り返すごとにしつこさが増してる気がする。
ん?でもよく考えたらこのタイムリープ、ちょっとずつ伸びてんのか?
今回金曜日まで進んだのは最長記録だけど、でも戻るのはいつも今週の月曜日の朝なんだよな。
あ、あの。
いや、そんなことないな。
あれ?じゃあ俺がタイムリープするタイミング?きっかけってなんだ?
あの。
え?
あ、すみません。あの、その、ドリンク、すごいこぼれてますよ。
え?
うわ、すいません。
やべー。普段こんな考え事なんてしないからぼーっとしてた。はずすぎる。
よかったらこれ、タオル、使ってください。
え、いやいやいやいや、汚れちゃうんで、大丈夫ですよ。てかこれって。
あ、そうです。さっき電話で話してるの聞こえてしまって、あれなんですけど。私もハルトのファンで。
あ、あー、そうなんすね。俺はファンってわけではないんですけど。
え、じゃあどうやって日曜のライブに?
あ、いやー。
すみません。盗み聞きするつもりじゃなかったんですけど。私、ファンになってから今までハルトのライブに行ったことなくて。
やっぱそんな当たんないもんなんですね。
当たらないのもそうなんですけど、その、いろいろあって。
へー。いや、今回はどうしても行きたい友達、というか同僚がいて。申し込むためにファンクラブにも入会して、言われるがままにやったら当たっちゃって。
でも、俺自身も行かないといけないって知らなくて、苦手なんすよ。人ごみとか。
もったいない!行けば絶対好きになりますよ!
ファンの人はそれ、めっちゃ言うっすよね。
あ、すみません。押しつけがましいですよね。
暴風警報の影響
あ、いや、そんなつもりはなくて。すみません。むしろ、そんな好きだって言ってる方…
あ、ゆずきって言います。桜井ゆずきです。
あ、俺は風間レンです。
どうも。
どうも。あ、その、ゆずきさんみたいな人が行くべきっすよね。ちゃんと好きな人が。
じゃあ、連れてってくれませんか?日曜日のライブ、私も。
え?でも、チケットは2枚しかなくて、1枚はその、同僚が…
大丈夫です!あ、あの、実は…
失礼いたしまーす。こちら、新作ビバレッジの試食なんですが、お一つずついかがですか?
え?あー、はい、ありがとうございます。
よかったらどうぞー。
あ、ありがとうございます。
え?ねえりな、見てこれ、めっちゃ最悪。明日防風警報出るって。
え?まじ?ちょっと天気悪いだけじゃなかったの?
最悪、明日春との初日なのに。
はあ、最悪だ。また戻った。
俺の名前は風間レン。平凡という言葉がおそらく一番似合う。
て、もういいか。あ、いや、よくないな。また同じ1週間、同じ月曜日だ。
もう本当にこの月曜日が嫌だ。
前回は金曜日まで行ったのに、なんで戻った?
はあ、一回ちゃんと考えないと。
前回戻ったスタバで検証しよう。出社まであと1時間か。
もう昼も買ってから行こうかなあ。
いやいや、今そんなことはどうでもいい。
ちゃんと考えろ、俺。
あら、おはようございます。今日は朝なんですね。
あ、おはようございます。そうなんです。朝活的な?
いいですね。お立ち寄りいただきありがとうございます。
今日は何にされます?
今日はこのソイラテで。
ありがとうございます。
よし、大体のことは整理できた。
初めてタイムリープしたって気づいた1日目はだいぶテンパったけど、
月曜からリツに追い回されて、
確か水曜の夜に奢るからって飲みに行ってた途中で月曜に戻って、
2回目も同じ感じだったな。
リツと飲んでるときに戻った。
で、前回の3回目はこのスタバで、
ん?なんかいつもどっかの店とかじゃね?
こういうのって普通、車に引かれてとか、階段から落ちてとかじゃない?
毎回なんか食ってる途中なの?なんなの?
でもやっぱなんか鍵は前回のこのスタバにある気がするんだよな。
普段飲まない甘い飲み物勧められて飲んで、
で、ゆずきって子に話しかけられて、
ハルトのライブの話して、
ねぇ、待ってリナ。嫌なもん見た。
今週末東京暴風警報出るって。
マジ?最悪じゃん。
ハルトのライブ中止になる?
ありえない。生きる希望なさすぎ。
え、待てよ。どれだよ。
えーと、確かに前回も前々回もハルトの話してて、
え、もしかしてこれ?
ハルトの話しながらなんか食べると戻るの?
ダメだ。意味わかんねぇ。
なんのためだよ。
とりあえず、今日もスタバ行ってみるか。
あら、おはようございます。いつもありがとうございます。
今日はどうされますか?
いったんメニューも同じやつにしてみよう。
おはようございます。ソイラテでお願いします。
3回目のタイムリープは、
昼休みにこのスタバでまた月曜に戻ったから、
4回目は出社前にスタバ来てみた。けど、
4回目は全然ハルトの話してないのに戻ったよな。
じゃあハルトは関係ないのか?
でも近くの女の人たちが、
ハルトのライブが警報で中止になるとかなんとか話してたな。
あの、すみません。
はい?
今週末に東京ドームでライブがあるの知ってます?
あー、ハルトですよね。
中学生の娘が好きで、私もハマっちゃってます。
書く歌詞がいいんですよ。
あれ、戻らないな。
でもほんと全然チケット手に入らなくて。
お好きなんですか?
いや、えーっと、まあ。
で、今週末って、
あ、なんか天気悪いんでしたっけ?
あー、そうみたいですね。
なんか風も強くて、
暴風警報が出るかもって、
今朝のニュースでやってました。
お、え、まさか。
暴風警報?
まじか、こっちかよ。
なんで暴風警報がタイムリープするキーワードなんだ?
スタバでの出会い
全然思い当たる節がない。
どうしよう。
とりあえず今回も朝スタバ行くか。
あのスタバの店員と話すときっかけつかめること多かったし。
そういえば、あの店員。
おはようございます。
今日は朝なんですね。
あら、おはようございます。
いつもありがとうございます。
今日はどうされますか?
タイムリープした日の月曜日に言ってんのに、
なんで俺が何回も言ってるみたいな言い方なんだ?
あ、やば。
え?
え、うそ、なんの声?
え、ストーカー?
なにこれ、盗聴?
いや違うよな、声聞こえたもんな今。
あのー。
な、おはようございます。
今日はどうされますか?
やっぱり、何か知ってますよね?
す、すいません。
どういうことなんですか?
いや、あの、どこから何を説明したらいいか。
あの。
え、あれ、ゆずきさん。
私から、説明させてください。
え?
あー、とりあえず、ソイラテ2つ、お願いします。
すみません、ごちそうになってしまって。
あ、いやいや、それは全然。
それよりそのー、何か知ってることがあったら教えてほしくて。
で、俺この後仕事行かなきゃなんで、できれば手短に。
あ、そうですよね。すみません。
えっと、とりあえずまず、驚かないで聞いてほしいんですけど。
はい。
あの、ほんといきなりですみません。
この間、話しかけたのも実は、偶然じゃなくって。
この間ってことは。
あ、もしかして、ゆずきさんも?
あ、いや、そうじゃないです。
ただ私と、あの店員、三河靖子さんって言うんですけど。
私たちは、レンさんがタイムリープしてるってことを知ってまして。
魔法使いと番人の秘密
え、な、なんで?
知ってるというかむしろ、私たちがさせてる、と言いますか。
は?え、どういうことか。
意味不明ですよね。すみません。
ちゃんと順応って説明したいです。
もう今回しかないので、お仕事が終わったら、またこのスタバまで来てくれませんか?
え、あー、はい。
で、タイムリープしないように、設定したワードを言わないでほしいんです。
あ、もう。
言っちゃダメです!
あー、風邪のやつですね。週末の。
はい、それを徹底してもらって、あと。
なんですか?
りつさんと行く約束をしてください。日曜日の、ハルトのライブに。
な、なんで?
それもちゃんと説明させてください。とりあえず、それを守ってほしいんです。
わかりました。
あ、じゃあ、俺そろそろ仕事に。
あの、すみません。夜また来るんですけど、念のため、LINEかなんか、SNSでもいいんですけど、連絡先教えてもらってもいいですか?
ですよね。そうなりますよね。ごめんなさい。信じられないと思うんですけど。
はい。
スマホ、持ってなくて。
この時代に?
ややこしくなるので、端的にお伝えすると、私たちはこの時代の人間ではなくて、というか、人間でもないかもで。
え?
あー、ごめんなさい。怖いですよね。っていうか、何言ってんだこいつ、頭おかしいんかってなりますよね。すみません。
あっつ!
いやいやいや、そりゃそうなるでしょ。
なんかこれも、タイムリープですね。
何言ってんですか?
でもまあ、大まかに言えば、私もタイムリープしてるようなもんです。
はあ。
それじゃ、また夜に。レンさん、遅刻しちゃう。
あっ、そうだった。もう出なきゃ。
いってらっしゃい。
いってきます。
いいんですか?話しちゃって。
うん。鈍感すぎて、多分何回タイムリープさせても、思い出してなんかくれないと思う。
そうですか?
ていうか、ヤスコさんが余計なことしちゃったせいじゃないですか。
うん、すいません。今からめちゃくちゃ怒られてきます。じゃ、また夜に。
うわ、月曜の朝からスタバ片手にご出勤ですか?レンさん。
うるせーな。いいだろ、別に。
スタバのコーヒーって甘いだけじゃん。コンビニのコーヒーで十分だよ。
んなこと言ってたら、週末付き合ってやんねーぞ。
え、ハルトのライブのこと?言ってくれんの?
まあ、しゃあなしな。
マジで?ありがとうございます、神様、仏様、レン様。後でLINEギフトのスタバチケットめっちゃ送るわ。
いいよ、別に。でも週末、天気大丈夫なのかな?
え?今週末?予報だとめちゃくちゃ晴れだろ?
え、そうなの?
うん。さすが世界のハルト様。だと思わん?むしろ晴れすぎて花粉やばいらしい。
どういうことだ?
俺が息しぶってた今までのタイムリープの中では、毎週暴風警報の予報だったのに。
ライブに行くって言えば予報が変わったってことだよな。
にしてもどういう心境の変化だよ。
先週の金曜の振られ方で、俺がこの土日どんだけへこんでたか。やっと俺の愛が通じた感じ?
いや、違う。ちょっと気になることがあるんだよ。
気になること?レンか?
のらりくらりと極力何も考えないで生きてきて、自分にとっての普通を崩さなすぎて歴代の彼女に振られ続けてきた。お前が?
おーい、だいぶ悪口。
待て、彼女ができたとかないよな?
できてねえよ。
じゃあ何?いい感じの人みたいな?新しい出会いがあったってこと?
んで、その子がハルトのファンとか?
さっき電話で話してるの聞こえてしまってあれなんですけど、私もハルトのファンで。
ガチで?そうなの?
あいや、違うって。違うけど。
けど何?あー、とりあえず今日飲み行く?お礼におごるし。
あいや、予定ある。
えー、やだー。絶対そうじゃん。てかやべ、俺ライブ行ける喚起で花粉症治ったかも。
なことないから。
でも今週中に絶対どっか飲みに来な。んで、話聞かせろ?
はいはい。言えることがあればな。いやマジで。言える内容であれば、だけどな。
こんばんは。
お疲れ様です。
どうも、お疲れ様です。
あ、私、飲み物買ってきますね。
え、あ、いや、すみません。ありがとうございます。
いいえ、今朝はご馳走になったので全然。
いただきます。
私もいただきます。
どうぞどうぞ。
で、あの、何から聞けばいいか。
ですよね。
えっと、じゃあ、私から説明しましょうか。
あ、そうです。今朝、あの、声が。
そうですよね。いやあの、ほんとごめんなさい。すでにめちゃくちゃ怒られたんですけど、あの。
なんか俺ん家に仕掛けてるとかそういう。
いや、決してそのようなことではないんです。
ただまあ、見ようと思えば私生活も見えてしまうっていうこともなくもないんですけど。
え。
もう全然説明になってないです。ちゃんとしてください。
はい、ごめんなさい。あの、実は私、魔法使いなんです。
は?
はあ、魔法使いではないでしょ。
なんですか。ちょっとくらい乗ってくれてもいいじゃないですか。
遊んでる場合じゃないでしょ。
はあ?
いや、あの。
はあ、すみません。置いてけぼりにしちゃって。
この人、靖子さんは魔法使いじゃなくて、番人なんです。
番人。
はい、ほんとはこれネタバラシしちゃいけないんですけど、今回はいろいろと特例でして、私は天界の入り口で天国の番人をしているものです。
で、私は現世を離れて天国に行く前の状態みたいな感じで。
天国?え、ってことは、え、二人は幽霊。
いや、そうですよね。怖いですよね。
幽霊ではなくて、ほら、現世のものにも触れるし、実体もあるんです。あるっていうよりは、作ってるが正しくて。
実体はあるんですけど、私たち自身はこの世には存在しないんです。だから、スマホとかも持ってなくて。
はあ。
天界もテクノロジーは進んでるんです。昔は天界の下界池っていう池から現世を見下ろす、みたいなことしかできなかったんですけど、天国に行くか地獄に行くか決めるまでの10日間くらいの間、好きな姿で現世に行く、みたいなことができるようになったんです。
人生で積んできた徳の数によってグレードはあるんですけど、人生の悠久休暇みたいなもんです。
ライブの約束
悠久。
すみません、信じてもらえないと思うんですけど。
まあ、はい。
ちなみに10日っていうのも大体で、この期間も人によります。
本来、これを現世にいる人には伝えてはいけないので、ゆずきさんの魂が旅立つときには、すみません。
このシステムのことは、レンさんの記憶から消去されると思います。
えー、あー、なるほど。
え?
じゃあ、俺は何のためにこの…
それは、私をハルトのライブに連れてってほしいからなんです。
は?
すみません、身勝手なお願いで。
そうそう、でもあなた、全然ライブに行くこと決意しないから。
それも言えば、別に俺じゃなくてもいいんじゃん。
あ、いや、確かにそれはそうなんですけど。
ゆずきさん、実は結構気が弱くて、生前一人でライブに行く勇気がなくて、行かなかったことを後悔してるんです。ね、ゆずきさん。
そうなんです。ライブって人も多いし、圧倒されちゃって疲れるしなーとか。
あー、それは俺もわかるっすけど。
で、でも、やっぱり生で聴いておきたかったなって。心を震わせられる音楽っていうのに。
はあ、まあ、ハルトの曲は確かにいい曲ですよね。
曲は知ってるんですか?
え、あー、まあよくSNSでも流れてくるし、街中でも聞くから知ってますよ。
そうですか。よかった。
私の力でゆずきさんとレンさんを同じ空間に飛ばせるので、どうかぜひお願いします。
お願いっつったって。
私たちからもお願いします。
お、あ、禁止ワードの人たち。
すみません。私たちも展開の門番付近のスタッフでして。
人出がいるって言うんで、今回タイムリープスイッチの役割をしてました。
なんだそりゃ。
すみません。
なんか全体的によくわかんないですけど、とりあえず俺は何をすれば?
あ、全然。ライブに行って楽しんでいただけたらそれだけでもう、ね。
あ、あと。
なんかあるんすか?
あの、ライブ行く前に一回、いつでもいいんで、一回だけ最後に外食してみたくって。
最後?
あ、そんな思いやりじゃなくって、ハルトのライブ曲の予習とか一緒にできたらなーって。
あー、はい。それは俺で良ければ、全然。
ありがとうございます!
学生時代の思い出
実が、あ、一緒にライブ行く同僚と飲みに行こうって話もあったりするんで、また明日…じゃわかんないか。
明後日の朝もここで会えたりしますか?
はい!来ます!
じゃあ、明後日の朝。日にち決めましょう。
すみません。遅くなってしまいました。
いえ、全然。来てくださってありがとうございます。
先にハイボール頼んじゃいました。
あー、全然。すみません。ビール一つ。
はーい、喜んで。
んで、結局お会いするのも金曜日になっちゃって。すみません。
いえいえ。お仕事、お忙しかったですか?
そうなんですよ。新年度ってのもあって。
てか、今日、本当にこんなとこで良かったんですか?
いや、こういうところに来たかったんです。人生で来たことなくて。
居酒屋に?
なんすか?ゆずきさんってめっちゃお嬢様だったとか?
いや、全然そんなことないです。家庭は普通の一般的な家でしたよ。
へー。来たかったって言うなら良いっすけど。好きなの頼んでください。
いえ、ここは…というか、今日は私が全て払いますので。
お年の下、ビールでーす。
じゃあ、とりあえず乾杯しますか。
あ、はい。
乾杯。
乾杯。
てか払うって、スマホとかお金みたいな、なんか物理的なものは持てないんじゃ?
それは一応、天界から支給されるんです。現金のみですけど。
へー。
あ、ちなみにこれも、生前稼いだ収入によるらしいです。
死んでるのにシビアすぎますよね。
え、今の何か面白かったですか?
あ、いやいや、なんかギャップっていうか、今までのゆずきさんってちょっと、おとなしくて可愛らしいイメージだったから。
レンさんは、そういう感じの方がタイプでしたか?
え?いや、そんなことない。てか俺、本当はないんすよ。自分の好みとか、そういうの。
ない…んですか?
いやほんと、いい歳して情けないんですけど、感情がこう、動くのって疲れるじゃないですか、なんとなく。
だから、好きでたまらないものがある人って、昔からすげーなーって思って見てました。
見てた?
あー、高校の時、すごい、いったら地味な女の子がいて、よく女の子たちからハブりみたいなことされてたんですよね。
男の俺が割って入ってもややこしくしそうだし、てか、俺もそんなキャラでもなかったし、ぶっちゃけ関わりたくもなかったからスルーしちゃってたんですけど。
へー。
今思えばひどいやつですよね。で、なんかの日に、実習みたいな時間に、その子がノートに小説みたいなのを書いてたんですよ。
それを見た女グループの子がまた茶化してて、クラフ全体がいじりじゃないいじめみたいなのを感じてたと思うんですけど、誰も何も言わないみたいな空気で。
そういうのって、ずっとありますよね。
ですね。でもそういうの、関わりたくないし関係ないって思ってたくせに、妙に頭の中にこびりついてて。
そうだったんですか。
なんか、いつもの感じと違ったっていうか、茶化されてる時にずっと、その子からエネルギーというか、好きなことを侮辱されて悔しくて怒ってる空気が出てたのを覚えてるんですよね。
それがなんか、かっこいいなーと思っちゃったんでしょうね。
その日の帰り気は、下駄箱でその子と会った時に思わず言っちゃって。
何を?
なんだっけな。なんか、それだけ好きなことがあるっていいことだと思う。気にしなくていいよ、みたいな。
何もしてねーくせに、助けてあげた風なのを今考えたらめちゃくちゃ恥ずかしいです。
いえ、そんなことないです。
学生時代の恥ずかしかったことってこの歳になっても覚えてたりしますよね。てかこの話、初めて人にしました。
嬉しいです。今話してくれたことも、その当時も。
え?
言わせといてごめんなさい。
風間くん、今の話のその子、私です。
え?え?
ごめんなさい。覚えてくれてて嬉しくて。
やば、俺今本人に、だっせ。めっちゃ恥ずかしい。
ってことは何?ゆずきさんって高校の同級生ってこと?
そうです。スタバで会った時に名前言って、気づいてなかったからそうだろうなーとは思ってましたけど。
いや、マジで申し訳ない。ほんと全然覚えてなくて。
ほんとだよ、ひどーい。
やっぱり、今日は俺がおごる。
それはもういいの。ほんとに私地味だったから。死んだ今じゃ、そのこと自体はなんとも思わないの。
歳とると考え方も変わるから不思議だよね。
友情と感謝の気持ち
そのおかげで強くなって、悔しさバネにしたみたいなこともあるし、綺麗事だけど。
そっか。
その代わり、今からたーっぷり、春との魅力がたる私のプレゼンに付き合ってもらいますから。
はい。もう大瀬のままに、お嬢様。
ねえ、やめて。ほんとにそんなんじゃないから。
ああ。
え、じゃあ今って俺にその、現世に戻ってまでそのこと伝えに来た的なことなの?
まあ、それもあるかな。
気づかなくてマジでごめん。
いいってば。プレゼン聞いたらその後はカラオケで背取りの予習するからね。
はい。もう何時でも付き合います。すみませんでした。
それに、わざわざ戻ってきてまで伝えたかったのは、お礼だもん。
え?
好きなものを侮辱されて悔しくて、でも言い返せもしなくて、好きでやってたことを誇れなかった自分にも腹が立ってたから。
帰りきは、風間くんが会い行ってくれて、ほんとに嬉しかったの。
そっか。ならよかった。
ねえ、きょう、今から、ねんって呼んでもいい?
高校の時にできなかったこと、リベンジしたくて。
全然いいけど、下の名前で呼ぶくらい。
じゃあ、れんも私のこと、ゆずきって呼んで。
わかった。ゆずきね。
へんな感じ。もちろん敬語もなしね。
わかったよ。
じゃあ、とりあえずマストで覚えなきゃいけない曲紹介からしてくね。
え、いきなりプレゼンすんの?もうちょっと食べてからにしようよ。俺めっちゃ腹減ってんだけど。
食べながらでも聞けるでしょ?
いや、めっちゃせっかちじゃん。
とりあえず、先に食べたいの頼んじゃって。
わかったよ。
てか、次何飲むの?
ほんとに晴れたな。
れん!やっほー!ありがとな、れん。
ほい、これれんのグッズたち。
いや、いらないよ。
いいからいいから。Tシャツ着替えて。ほら。
いや、ちょ、おい!
みんなー!今日は来てくれてありがとう!
てかれん、ちゃんと予習してきてんじゃん。めっちゃ曲知ってね?
おととい、カラオケでこのセットリスト3周させられたからな。
ファンの人に失礼にならないように、一応聞いてきただけだよ。
真面目!
教えてあげたの私じゃん!
うるさいな。説明すんの面倒だろ。
面倒!
えー、みんな。今日は会いに来てくれて本当にありがとう。
次が最後の曲になります。
わ、もう?
あっという間だったな。
もうこの曲を聞いたら、レンともバイバイだね。
え?そんな大事なこと、なんで事前に言わないんだよ。
しんみりしちゃうじゃん。短い間だったけど楽しかったよ。
せめてライブ終わってからちゃんと挨拶させてよ。
レンとハルトのライブに来られて本当によかった。
あの時のお礼も言えたし、私は大満足!
いや、ちょっと待ってよ。
ちなみに今の私は、レンと同い年を想定して作った姿でこの時代に戻ってきただけだからね。
私、めちゃくちゃ人生満喫して老衰で死んでるから。安心して。
いやいやいや、そこ別に心配してないから。
この最後の曲は今までどこでも披露したことない曲なんですけど。
この最後の曲は未発表曲だからカラオケでは歌ってない曲だよ。
レン、ちゃんと聞いてね。
マジでこれで終わりなの?もう少し話したいこともあったのに。
ごめんね。でも私の気持ちはこの曲でちゃんと伝わると思うから。
どういう…
じゃあね。いろいろ付き合ってくれてありがとう!
ゆずき!
この曲は私が高校生の頃に書いた小説を元にして歌詞を書きました。
今の私からは想像つかないと思うんだけど、小さい頃はすっごく大人しくて、中学も高校もいわゆる陰キャってやつでした。
で、休み時間とかずっと一人だからずっと小説を読んでいたんですよね。
今思えば友達を作ることだったり、人と向き合うことから逃げてたというか、小説の世界に現実投資してたなって思うんだけど、
今、もしそんな風に学校に行くのが辛いなって思っている子がいたら、この曲を聞いて少しでも背中を押せたらいいなと思っています。
でね、ちょっと忘れられないことがあって。
高校生の頃にね、学校にいる間に防風警報が出て、もう帰宅しなきゃいけないみたいな日があったのね。
下校時間を待機して待っている自習の時間に、今思えばわけわかんないんだけど、この曲の元になる小説をね、教室で書いてたの。
ちょっとイキってみたんだろうね。陰キャなりに。
そんなことするもんだから、当然カースト上位の女のね、同級生にからかわれたのね。
それがなんていうか、今までされてきたことの数倍ムカついてさ、悔しくって。
多分その子のことすっごい睨んでたと思うの。
でも言い返せはしなくて、そんな自分にも腹が立ってきて、悶々としたまま下校時間になったの。早めに帰んなきゃいけないから。
そしたらその時たまたま言い合わせたクラスの男の子が、ボソッと言ってくれたの。
あんなの気にしなくていいと思う。それだけ好きで得意なことがあるって俺はすごいことだと思うって。
この話って…
その時のことをもうその男の子は覚えてなんかいないと思うけど、卒業までちゃんと俺を言えなかったこと、すごく後悔してる。
言葉にする大切さはさ、小説からも音楽からも学んでたはずなのにね。
ロックは当時から好きだったから、その帰り道めちゃくちゃロック聴いて帰ったもんね。暴風警報の風に負けないくらい。
いつか私の存在を知ってくれたら伝わるかなって。
あの時の夢をこんな形で叶えたんだよって。
あの時あなたがかけてくれた言葉で好きなことを好きでいられたよ。支えられたんだよ。ありがとうって。
いつ届くかそもそも届くかどうかもわからないけど、彼への感謝と、そしてここにいるみんなが、ちゃんと正しくこの世界の美しい言葉を使って、
音楽と未発表曲
愛とか感謝とか優しい言葉をたくさんの人に伝えられますように。
願いを込めて歌います。
それでは聴いてください。
だから、暴風警報。
うわー、めちゃくちゃ悲しい。
うるさいな、今いいとこなんだけど。
強い光 透けて
目に映るものが美しい
それだけでよかった
それは誰の言葉
意味もなく吐き出した音が壊すもの
冷たい空気を力に変え
書き込む手が掴むもの
眩しくて目をつむる
あなたの影はどこまでも
目に映るものが美しい
それだけで見てる世界は
止まらないとした日
この音と想いが交わる
あなたにだけは
全部思い出した。
というか、
こんだけ教えてもらったらそりゃ、な。
ほんと最後まで、
鈍くてごめん。
これからもちゃんと聞くよ。
夢を叶えたゆずきの、
想いがたくさん詰まった曲。
よかったんですか?これで。
さすがにここまで喋った回のライブに連れてったんだから、
さすがのレンも気づいたでしょ。
いや、そこじゃなくて、
ほんとのこと、言わなくてよかったんですか?
それはもういいの。
初恋なんて、死んだ後じゃ今さらどうにもなんないよ。
それにしても、
長年音楽シーンを経営して、
数々の記録を打ち出した世界のスターハルトが、
恋愛モードになったら、
ソイラテが好きなフワフワテレヤーの女の子になるなんて、
往年のファンが見たらびっくりですよ。
それは、世間の勝手なイメージだから。
私はもともと甘い飲み物しか飲まないし、
少女漫画も妄想も大好きなんです。
ブラックしか飲まない、
みたいなよくわかんないブランディングされて、
撮影の時とかめちゃくちゃ苦いの我慢して飲んでたんだから。
すごい。
ここで万人を始めてこんな綺麗なギャップがある人、
私初めて見ました。
うるさいな。
私が恋愛モードになってたら、
あの楽曲たちは生まれてないの。
そうならずに、
世界中の人を幸せにするのが私の使命だったの。
それはそれは。
この積んできた得も、
今までの万人人生の中で間違いなく一番なので。
そうでしょ。
世界のアーティストとして生きて死んで、
全部ひっくるめて私は幸せだった。
以上。大終わり。
現実と音楽の交差
いやいや、春人さん。
得積みすぎなんで、
もうちょっと現世に還元してから言っていただかないと。
え?もうここで終わりでいいのに。
天国側にもビップワークの準備ってものがありますし、
いや困るんですとあのカーテンとかほら普通じゃダメなんですよ。
いや、めちゃくちゃ良かった。
もう良かったしか言えない。
語彙がなくなる。
なあ、レン。
うん。
めっちゃ良かった。
え?マジ?
なんだよ。
嬉しい。
これから一緒に推していこうな。
いや、推しとかじゃないな、もう。
良い女すぎるじゃん、春人。
うわ、急にめんどくさいオタクになった。
めんどくさいとか言うなよ。
散々好きになれって言ったくせに。
なあ、春人って普段どういうところで飯食ったりしてんの?
どこ行ったら会える?
レン、いいか?レン。
お前は、お前それはファンとしての規律を守ってないからダメだ。
いやいや、違うんだって。
ゆずき、春人とは高校の時の同級生で。
おい、やめろ。そんな妄想まで口走るようになっちまって。
お前。
いやいや、本当なんだって。
楽しかったなあ。
これで次のライブまで生きていける。
俺は帰るぞ、レン。現実の世界に。
一昨日の夜も春人と居酒屋に行って朝までカラオケでこの背取りを。
明日からまた普通の月曜日だ。
頑張ろうな、な、レン。
おーい、ちゃんと聞いてくれよ、リツ。
強い光つける手
目に映るものが美しい
それだけでよかった
エンドロールです。
カザマレン、はじめちゃん
さくらいゆずき、のんのん
春人、まりまり
三河やすこ、りょうともこ
たかつきリツ、DJ石川
居酒屋の店員、牛若
若葉、案内所スタッフ、スタバの客A、みゆき
りな、案内所スタッフ、スタバの客B、ゆきまま
サウンドエフェクト、交換音ラボ、本人
楽曲制作、すの
脚本、監督、演出、編集
綱買い届く、オーナーのゆきままでした。