初詣についての考え
こんにちは、モロトメ ジョーです。
今日もチャレンジしてますか?
今日は1月5日ということですが、新年5日目となると、
街の空気もすっかり通常モードに切り替わっていますよね。
横浜の朝も、仕事へ向かう人たちの足音が戻ってきた、
そんな少し張り詰めた気配を感じていますが、皆様はどうでしょうか。
さてということで、お正月はいかがお過ごしでしたでしょう。
あなたは初詣で行かれましたか。
元旦とか三ヶ日の間に長い行列に並んでお参りをしたという人も多いかもしれません。
今日はそんなお正月の定番行事をテーマにしつつ、
僕なりの守るべきこととずらすこととのバランスについてお話ししてみたいと思います。
もう一回言いますけれども、守るべきことと一方でずらすことのバランスです。
実は僕はここ数年というか、数年以上ですかね、年が明けてからの初詣には行っていません。
じゃあいつ行っているのかというと、その前です。
年末、例えば12月30日とか、大晦日に家族でお参りに行っています。
最先詣なんて言葉も最近は聞きますが、年が明ける前に一年の感謝を伝えに行くわけです。
こう言うと、いやいやそれは初詣とは言わないでしょうとか、
年神様はまだ来ていないよという意見もあるかもしれません。
確かに形式としてはそうかもしれません。
でも僕にとって大切なのは、人混みの中で揉まれて疲弊することよりも、
静かな境内で心穏やかに手を合わせるその時間なんですよね。
その静けさの中でこそ自分の内面と向き合えるし、感謝の気持ちも深く味わえるというものです。
以前お話をしました絶好調を待たないとか、すごいねと言われるためのことをやめるという話と同じで、
ここでも世間の常識よりも自分の心地よさという自分軸を優先して、あえて時期をずらしているわけです。
新年の過ごし方
ただここで一つ誤解してほしくないのは、伝統とか神様を軽視しているわけではないということです。
時期こそずらしてはいますが、一方で自分の家には紙棚を作っていて、
そこには毎年新しくお迎えした3体のお札をきちんとお祭りしています。
この3体のお札、どういうものかご存知でしょうか。
まず中央にお祭りするのが、日本国民の総宇治神様とされる伊勢神宮の天照大神のお札です。
これは大抵の神社で受け取ることができますね。
そして向かって右側には自分が住んでいる土地を守ってくれている宇治神神社のお札、
さらに向かって左側には個人的に信仰しているあるいはご縁を感じているいわゆる数形神社のお札をお祭りします。
ちなみに僕にとっての数形神社は鎌倉の鶴ヶ丘八幡宮です。
というわけで、今お話しした3つの神様をきちんとお迎えして、毎朝手を合わせることは欠かさない習慣にしています。
つまり僕が提案したいのは、守るべき一線は守りつつも緩めるところは大胆に緩めるというメリハリです。
神様への敬意とか感謝をするという本質の部分は、毎日の神棚への習慣でしっかりと守る。
でも厚詣にいつ行くかどう行くかというイベント的な形式の部分は、自分が一番パフォーマンスを発揮できる形にしなやかにずらしていく。
このバランスこそが、ストレスなく長く続けていくコツなんじゃないかと僕は思っています。
今日から仕事始めという方も多いのではないでしょうか。
世の中が一斉に用意どんで走り出すタイミングです。
でもだからといって、あなたまで一緒になって満員電車に無理やり心を押し込む必要はないのかもしれません。
つまり、出社時間を30分ずらすとか、あるいはメールの返信をあえて即レスせずに自分のペースで返すとか、
やるべきことの本質さえ抑えていれば、そのアプローチ過程はもっと自由で、もっと自分勝手でもいいはずです。
みんなと同じじゃなくていい、そんなずらしの美学を今年最初の実験として取り入れてみるのはいかがでしょうか。
ということで、僕は今年も少しずれた時間、少しずれた場所からマイペースに発信を続けていこうと思います。
さて、あなたが今日世間のリズムからほんの少しだけずらしてみたいことは何ですか。
今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。この後も良いチャレンジを。
それではまた3日後にお会いしましょう。