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#45-手放したいのに手放せない その罪悪感は「悪いことをした証拠」なの?
2026-10-25 20:55

#45-手放したいのに手放せない その罪悪感は「悪いことをした証拠」なの?

何かを減らしたり、断ったり、自分を優先したときに出てくる罪悪感。その感覚があるからといって、選択が間違っているとは限りません。「本当に誰かを傷つけたのか」「ただ今までと違う選択に慣れていないだけなのか」。I Re: LIFE DesignのCLEARとして、罪悪感と付き合いながら自分の選択を育てる方法をお話しします。




#罪悪感
#自分を後回しにしない
#40代からの人生
#ライフリデザイン
#自分らしく生きる
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40代からの人生は、選び方を変えればもっと自由に育てていける アイリーライフコーチのかゆまゆです。
皆様ご機嫌いかがでしょうか。
前回の投稿では、ワークショップとして、自分が担っている役割を棚下ろしして整理してみましょう、という取り組みをしました。
実はですね、私、高校でPTA役員の副会長を任せていただいておりましてですね、
やっぱり立場としては、会長のサポートをして、そしてチームを動かしていくっていうところなんですが、
副会長2人いてね、もう1人仲間がいるんですけれども、
同じね、スポットにいながらも、2人は性格ももちろん違うし、得意不得意も違うしね、
そういうところをね、2人で相談しながら、自分が出ていくところ、引くところ、みたいなのを決めたりして、
あとはメンバーも、得意不得意が違う、当たり前ですけどもね、性格が違うメンバーが集まっている中で、
それを見極めて仕事を振り分けていくっていう、そういうことを考えながら活動しているんですけれども、
やっぱりこう、自分だけのものではないですしね、命令することでもないしっていうところで、
自分が持つとこは持つし、捨てるって言ったらあれですけど、手放すところは手放すっていうところをね、本当に考えるようになりましたね。
いろんな役割があるって、大変なことも、もしかしたらあるかもしれないけれども、
やっぱりね、そうやって信頼されているっていうことにもつながってくるのかなと思うのでね、
ぜひこう、自分がどんな役割を持っていて、そこで必要なものは何なのかっていうところをね、見てみてほしいなって思っています。
はい、ということで、今回のテーマ、本題に入ります。
テーマは、「手放したいのに手放せない。その罪悪感は悪いことをした証拠なの?」っていうところでね、お話ししていきたいと思います。
今日は家族にお願いして自分は休もうって決めたのに、いざ休んでみたら全然休めない。
なんか私だけ休んでいいのかなって思ってしまったり、そんなことってありませんか?
でもね、その罪悪感って本当に悪いことをした証拠っていうのかな?悪いことなんでしょうか?
ということでね、今回は何かを手放そうとした時に出てくる罪悪感について一緒に考えてみたいと思います。
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前回の投稿ではね、私が背負っているものを頼りするというクリアの実践ワークをしました。
仕事、家族、人間関係、暮らし、自分自身、この5つの領域から私がやらなきゃ、ちゃんとしなきゃ、こうあるべきっていうのを書き出してみて、
それを残したいのか、やり方を変えたいのか、少し減らしたいのか、手放してもいいかもしれないのかっていうふうに4つに分けました。
じゃあ減らそうと決めたからといって、すぐ気持ちまで軽くなるとは限らないんですよね。
むしろ今までやっていたことをやめると、出てくるものがあるんですが、それが罪悪感だと思うんです。
今回はこの罪悪感を悪者にするのではなくて、少し丁寧に見てみたいと思います。
例えば、今日は夕食を簡単にするとか、家族に一つ家事をお願いするとかね、
そうやっていろいろ決めたとします。
頭ではこれくらいいいよねって思っている。
でも実際にやってみると胸のあたりがザワザワしたりして、本当にこれでいいのかなとか、相手は嫌な気持ちになってないかなとか、
私これって怠けてるのかなって思ったりして。
そうすると、罪悪感が出たことそのものを、やっぱりこの選択は間違っていたんだって解釈しやすくなったりするんですよね。
なんですが、一旦ここを分けてみたいと思います。
まず大前提として、罪悪感が全部気にしなくていいものではありません。
例えば、誰かを傷つけた、約束を破った、自分のミスをそのままにした。
そういう時、罪悪感がちょっと振り返ってみようっていう際になることもあるんですよね。
その場合は、謝ったりやり直したり、説明したり、次から変えたりっていう対応が必要になってきますよね。
なので、罪悪感を感じたら、まず最初に聞いてみてください。
私は実際に誰かを傷つけたり、約束を破ったりした?っていうこの質問。
それをしてみた時に、もしイエスならできることをしてみるっていうことです。
一方で何も悪いことをしていないのに、罪悪感っていうものが出ることもあります。
例えば、家族に家事を頼んだんだけれども、でも別に誰も困っていない。
他には、仕事を1時間早く終えることができたけれども、ちゃんと必要な仕事は終わっている。
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あとは、誘いを断ったけれども、それは丁寧に断った。
あとは、自分のためにお金を使ったけど、でも別に生活に困るわけでもない。
誰も困っていないんだけれども、なんか悪い気がするっていう気持ち。
ネガティブな気持ち。
これって、誰かを傷つけたからっていうよりかは、今までの自分の思い込みのルールから外れたから、
そういうなんか悪い気がするっていう気持ちが出ていることがあるかもしれないんですよね。
例えば、母親は家族を優先するものとか、休むなら全部終わってからとか、そういったルールですよね。
誰かに決められたものでもありません。
だけどこれらのルールを変えると、なんか気持ちってやっぱりすぐには慣れないんですよね。
なので、不慣れなことによって違和感が出てきて。
なので、この違和感まで全部間違いということにしなくてもいいと思うんです。
なのでここでね、ちょっとこんなふうに聞いてみてほしいんですけれども。
私は悪いことをした?またはまだ慣れていないだけ?っていうね、こんな質問してみてください。
例えば、今まで20年間ね、家族のことを優先にしてきた人が突然、
今日は私の予定を先にしますって言ったら、ちょっとね、落ち着かないと思うんです。
家族としてはね、え?ってなると、別にいいってなると思うんですけれども。
でもね、自分が落ち着かないからといって、それって間違いとは限らないし、
本当に新しい靴を履いた時みたいなものでね、最初は少し違和感があるけれども、
でも履いていくうちに、これでも大丈夫なんだっていうか、しっくりくるみたいなね、そういうことが分かってくる。
そういう新しい生き方にも、そういう期間があるんじゃないかなって思ってるんですよね。
そしてその罪悪感の中には、相手の感情を先回りして背負っているものっていうものもあると思うんです。
なんか、断ったら嫌われるかもとか、お願いしたら迷惑かなとか、もしここで私が休んだら家族が不満かもみたいな。
でもそれって別に、実際に相手がそう言ったわけじゃないことってありますよね。
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ただ自分が思っている、描いている幻みたいな、本当に幻ですよね。
なので、ここでは一旦分けてみてほしいんですが、
この相手の反応は相手のもの、私の選択は私のものっていうところにちょっと分類してみてください。
もちろん関係の中で話し合うことって必要なこともありますけれども、一方的にすればいいっていう話でもありません。
でも相手が一瞬残念に思うことと、私が悪い人であるっていうことは別で、
誰かの期待に毎回応えられないことと、その人を大切にしていないことっていうのも別ですよね。
大切にしてても、やっぱり期待に応えられないこともありますよね。
なので、この線を少しずつ引けるようになってみてはどうかなと思っています。
そしてですね、いい人でいるために自分のことを使い切っていないか、犠牲にしていないかっていうところなんですが、
ちょっと問いかけてみてほしいです。
誰かに嫌な思いをさせたくないとか、期待に応えたい、頼られたら助けたい、それ自体は優しさだと思うんです。
でもその優しさのために、自分が毎回後回しになっていたりとか、犠牲にしていたりとかって、そうなっていたらどうでしょう。
例えば自分が疲れていても引き受けるとか、時間がなくても応える、まあ嫌でも笑って合わせるとかね。
その時々で必要な対応ってあるんですけれども、
だけどなんかそれが続いてしまって、最後に自分が苦しくなってしまっては本末転倒で、
優しさと自己規制は同じではないと思っています。
誰かを大切にしながら、今日はできませんっていうこともできる。
誰かを愛しながら一人の時間を持つこともできる。
両方あっていいと思うんです。
そしてちょっと確認してほしい3つのことがあるんですけれども、
実際に罪悪感が出た時、3つだけ確認してみるといいと思っています。
まずは1つ目、私は本当に誰かを傷つけたのかっていうこと。
イエスなら当たり前ですが必要な対応をしていく。
そして2つ目、それとも今までの私ならしなかった選択だから落ち着かないのかっていうこと。
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もしそうであるなら少し様子を見てみましょう。
そして3つ目、この選択で私は何を守ろうとしているのかっていうこと。
例えば休息なのか、自分の時間なのか、体のこと、仕事、家族との関係、自分への信頼っていうものね。
ちょっとここを見てみてほしいんですけれども、
見た時にね、ただ落法したいって思っていたことが、実はこれからも長く続けるために自分の余白を守りたいっていう選択だったっていうね、そういう気づきがあるかもしれません。
そしてですね、こう罪悪感がなくなったら自分を優先しようって思っていると、ずっと変わらないこともあるんですよね。
罪悪感がなくなったら自分を優先しようと思っていたら、いつまで経ってもできないことであって、なぜならその罪悪感って新しい選択をした後に少しずつ弱くなることもあるからです。
例えば最初は一人で出かけることに罪悪感がある。
でもやってみた。
やってみたところでね、別に家族も普通だったし、そうやって自分時間を作れたことで自分も元気になれたって思ったなら、感じたんだったら、これでも大丈夫なんだってなりますよね。
そうすると少しずつ罪悪感が減って、また自分の時間を使って出かけることもできるようになります。
なので、気持ちが整ってから行動するっていうことではなくて、行動しながら気持ちがそこについていく、慣れていくっていうこともあると思うんです。
そしてね、自分の選択を育てるっていう考え方なんですけれども、選択って1回で自信満々にできるものじゃなくて、育てていくものなんじゃないかなって私は思っているんですね。
最初はね、これでいいのかなって思うこともあるんです。
だけど、少しやってみて、現実を見てみて、何か問題があったら調整してみる。
それで大丈夫だったら続けるっていう、本当にこのトライ&エラーの繰り返しで。
私が手書しているアイリーライフも、ある日突然完璧な人生を決めるものではなくて、小さく選びながら試してみて感じて、そしてまた選ぶ。
この積み重ねでね、私はこれがいいんだっていうものが、これでオッケーなんだっていうのが少しずつ育っていく。
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私はね、そんな進め方をお勧めしています。
私自身も自分を後回しにしないっていうことを大切にしたいと思いながら、実際にはね、心のどこかで家族がいるからとか、仕事があるからとか、これを先にやったほうがいいからってね、自分を後回しにしてしまうこと
があったんですよ。
そうやって自分の時間を取ろうとすると、この時間であれできるなとかね、自分のことじゃないことができるなって思ってしまうこともあるんですよね。
だけどそれをずっと続けていたら、結局自分の人生の中から自分の時間だけが減っていって、結局自分の中に不満っていうものも溜まっていってしまうんですよね。
なので、私は罪悪感が出ない人になりたいっていうよりかは、そういう罪悪感が出ても、それを理由にやめるっていうことはしないようにしたいなって思ってね、今活動を取り組んでいるんですけれども、
もしそこに本当に問題があるなら、修正していけばいいじゃないですか。
そして、ただそういう新しい選択、新しい世界に踏み入れたときの選択に慣れていないっていうことだけなら、少し続けてみるっていうこともできるし、そんな風にね、自分の選択を育てていきたいと思っています。
はい、ということでまとめに入りますが、今回は手放したいのに手放せない、その罪悪感は悪いことをした証拠なの?っていうテーマでお話をしました。
罪悪感が出たら、まずは確認してみてください。
それって本当に誰かを傷つけたのかっていうことですね。
もしそうなら必要な対応をする必要があるし、そうではなくて、今までと違う選択をしたことによって心が落ち着かないだけっていうことだったら、別にその罪悪感まで間違いの証拠にしなくていいと思います。
そしてね、もう一つ聞いてみてください。
この選択で私は何を守ろうとしているのかっていうことですね。
このクリアーというステップでは、ただ何かを減らすことではなくて、自分にとって大切なものを守るために抱えるものを選び直すということ。
そんなふうに私は考えています。
もし最近何かを断ったり減らしたり、自分を優先したことで罪悪感があった方は、この今言ってきた3つを書いてみてください。
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おさらいしますと、1つ目、私は本当に誰かを傷つけたのか。
2つ目、それとも今までと違う選択だから落ち着かないのか。
3つ目、私はこの選択で何を守りたいのか。
すぐにね、この罪悪感だったりちょっとネガティブな気持ちをなくそうとしなくても大丈夫です。
まずはそのね、罪悪感が何を意味しているのかっていうのを分けてみてください。
そして今回ね、罪悪感が出てもそれだけで選択が間違っているとは限らないというお話をしたんですが、
ここまではアイリライフのね、整理していくステップがあるんですけれども、
まず前回ではノーティス、気づき、今の自分に気づいて、そして今の段階、ステップでクリア。
ここでね、抱えているものを整理してきたお話をしました。
整理をしてくるとね、少しずつスペースって出てきますよね。お部屋もそうですよね。
で、このスペースができると、次はね、こんな問いが出てくるかもしれないんですが、
じゃあ私はこれから何を選びたいかっていうところ。
で、ここから次のステップ、Choose、選ぶっていうね、ステップに進んでいきたいと思います。
ただ選ぶときって、正しい方を選ばなきゃって思うとまた訳が分からなくなるんですよね。
家族にとって正しいとか、世間的に正しいとか、損をしない、失敗しない。
もうこういう全部考えていたら、自分が何を選びたいのかがまた見えなくなってしまいます。
ということで次回の投稿では、正解を探すほど選べなくなる。
何が正しいかということよりも、何を大切にしたいっていう内容についてお話ししていきたいと思います。
このChoose、選ぶの最初として、選択の基準を外側の正解から、自分が大切にしたいもの、内側から大切にしているものへ戻していく、そんなお話をしてみたいと思います。
はい、ということでここまでお聞きいただきありがとうございました。
また聞いてみたいよという方は、ぜひフォローしてお待ちいただけると嬉しいです。
ということで今回のテーマは、手放したいのに手放せない、その罪悪感は悪いことをした証拠なの?についてお話をしました。
それでは次回の投稿でお会いしましょう。かゆまゆでした。
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