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2026-02-10 09:57

#833 「~する模様」という日本語の距離感 from Radiotalk

主要参考文献
佐藤琢三 (2005)『自動詞文と他動詞文の意味論』東京: 笠間書院.

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#落ち着きある #ひとり語り #豆知識 #雑学 #教育

サマリー

今回のエピソードでは、「模様」という表現の持つ客観性について掘り下げ、特に公的な報告に適した使用法に焦点を当てています。また、模様が主観を排除した意味合いや、日常会話における違和感についても考察しています。

模様の定義と使用法
今日のエピソードは、模様という表現について扱う模様です。
今言った表現はね、ちょっと違和感があるんではないかと思います。違和感というかね、ある種のおかしさみたいなものがあるわけですが、
この模様っていうのは、典型的には、明日は雨が降る模様ですとかね、そういった使われ方をします。
つまり、かなり客観的な文脈で使われるので、自分自身のことについて述べるときには使われないんですよね。
なので、今日のエピソードは模様について扱う模様ですとか、
その自分がこれからやるつもりのことに模様っていうのを使うと、ちょっとちぐはぐな感じがします。
今日はそのあたりのことを掘り下げていく模様です。
モダリティと主体の背景化
BGM、行けい。
始まりました。4月15日のツボ。皆さんいかがお過ごしでしょうか。不揃いのリンゴたちです。
この模様というのは、当然、もともと名詞なわけです。
例えば、この壁の模様が好きだとかね、伝統的な模様だみたいに、
模様っていうのは名詞なわけですが、何々する模様、模様です、模様だっていう表現は、
一種のモダリティ形式として機能しています。
このモダリティというのは、言語学の専門的な用語で、日本語研究でもかなり重要な概念でございます。
このモダリティというのは、平たく言えば、客観的な命題に対する和謝の親的態度とかね、
あるいは和謝の主観というふうにね、さらに平たく言ってもいいかもしれません。
例えば、らしいとかそうです。
明日雨が降るらしいとか、明日雨が降るようだ。
らしいっていうのは、雨が降るという客観的な命題に対して、
それが確からしさの度合いが低いみたいなことを表してますね。
あるいは、ようだっていうのは、明日雨が降るようだ。
これは推測みたいなのを表していたりとか、雨が降るそうだという言い方をすると、
これはその情報応現が人捨てであるというかね、伝聞であるということを表しています。
雨が降るっていうところが客観的な命題で、それに対するものが日本語だと文末によく出てくるんですね。
模様だというのも、やっぱり和謝の主観みたいなものを表すモダリティで、
明日雨が降る模様だ、模様です。
あるいは模様だけで終わることもあると思います。
この模様というのが何をやっているかというと、和謝の主観というのはある意味排除しているということなんですね。
モダリティというのは普通、命題に対する和謝の主観的な態度を表すんですが、
その主観的態度がないということを模様というのが表しているということです。
そこに和謝の認識っていうのがないということをね、ある意味表明しているんですね。
なので冒頭言ったようにですね、今日は模様について話す模様とかは和謝の主観がバリバリ入っているので、
そういったものと模様っていうのは相性が悪いんですね。
別の言い方をすれば、自体を認識している主体っていうのを背景化しているというか、消しているというか隠しているというか、
そういったことを模様というのがしています。
雨が降る模様といった場合は、雨が降るっていうことを誰かが認識したっていうことは表には出してないんですね。
別のモダリティ形式だと、雨が降るはずだとか言うと、これはかなり認識の主体っていうね、和謝なわけですけど、
このはずだっていうのは、かなり認識の主体っていうのが前面に出てますが、
同じモダリティ形式で文末に出るものであっても、模様っていうのはそういうのを背景化しています。
だから普通のモダリティ形式とは逆のことをやっていると言ってもいいかもしれません。
で、こういう認識主体の背景化みたいなのは他の表現でもあって、
例えば思われますとか、雨が降ると思われますとかいった場合は、
思いますと言ったら、和謝が思ってるんだっていう、認識してるんだっていうことがわかるわけですけど、
思われますと言ってしまうと、途端に誰が思ってるかどうかはよくわかんなくなります。
そういうものと模様っていうのは認識主体を背景化しているという点で共通してるんですね。
今お話ししたように模様っていうのは、認識の主体っていうのが表に出てこずに、
ある意味客観的事実をそのまんま伝えているっていう感じなんですが、
公的な報告としての役割
それに加えてもう一つ特徴があります。
それは公的な公的な報告をするというね、そういう機能です。
あまり個人的なことに模様っていうのは使いづらいです。
使ってもいいですけど、それはかなり面白みというかおかしさっていうのが含まれると思います。
例えば雨が降る模様ですとかいった場合は、気象庁が言ってんだなとかね、
あるいは速報でどこどこの駅で事故が発生した模様ですとかいうのもかなり公的な報告ということができます。
ですのでこの模様だっていうのは日常的な砕けた会話、発話ではかなり出てきづらいと思います。
出てこれたとしてもそれはちょっとユーモアのあるというかね、おかしさがどこか感じられると思います。
それは公の発話ではないのにあたかも公の発話っぽく話しているというね、そのギャップが面白いわけですね。
あるいは一人ごとで模様だっていうのも相当使いづらいと思いますね。
一人で話しているんだから公も何もあったもんじゃないので、模様だっていうのは一人ごとではかなり出てきづらいと思います。
この公的な報告かどうかっていうのが用だとの違いで、何々する模様だっていうのと何々する用だっていうのはお互いに入れ替えることができる場合もあるんですよね。
意味的に近いようなとこはあるんですが、繰り返しですけど模様だっていうのは公的な報告に使うものなので、
例えば個人が119番に電話して、けが人がいるようです。救急車お願いします。
まあこれはいいんですけど、けが人がいる模様です。救急車お願いしますっていうのはちょっと言いづらいんですよね。
というのが個人の発話なのでやっぱり模様っていうのは使いづらいです。
というわけで今回のエピソードは、日本語の文末に現れるモダリティ形式、模様についてお話ししました。
かなり客観的なことを述べるのに使われて、認識の主体というか、主観的な態度っていうのと相性は非常に悪いというのが一つ。
それと公的な公約形の発話に使われるものなので、個人的な事柄とかね、あるいは日常的に砕けた会話とか、そういった時には使われづらいと、
そういうふうにまとめることができると思います。
この模様っていうのが本来は名詞だったわけですよね。繰り返しですけど伝統的な模様とかね、
壁の模様とか、そういう名詞だったわけですが、この文末に現れるようになっているのは文法的な要素ですので、そのうちひらがなで書かれるようになると思います。
あるいは、和写によってはすでにひらがなで書いた方が落ち着くっていうかね、そっちの方がしっくりくるという方もいらっしゃるんではないでしょうか。
その辺の表記の変化っていうのもね、注目してみてもいいと思います。
それではまた次回のエピソードでお会いいたしましょう。
番組フォローも忘れずよろしくお願いいたします。
お相手はシンガージュウゴでした。
またねー。
09:57

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