1. 【10分言語学】志賀十五の壺
  2. #836 「洗い落ちる」はなぜヘ..
2026-02-21 11:47

#836 「洗い落ちる」はなぜヘンか?他動性調和の原則 from Radiotalk

関連エピソード
https://radiotalk.jp/talk/1044390
https://radiotalk.jp/talk/875611

主要参考文献
岸本秀樹・ 于一楽 (2021)『ベーシック語彙意味論』東京: ひつじ書房.

おたより▶︎https://bit.ly/33brsWk
X▶︎https://x.com/sigajugo
オリジナルグッズ▶︎https://suzuri.jp/sigajugo
Instagram▶︎https://www.instagram.com/sigajugo/
LINEオープンチャット▶︎https://bit.ly/3rzB6eJ
note▶︎https://note.com/sigajugo
BGM・効果音: MusMus▶︎http://musmus.main.jp/

#落ち着きある #ひとり語り #豆知識 #雑学 #教育
00:00
「洗い落とす」という単語があります。これは、「洗う」という動詞と、「落とす」という動詞が組み合わさってできている複合語、もっと言うと複合動詞と言います。
この複合動詞は、もともと別個の単語がね、ここだと、「洗う」と「落とす」という別個の単語が一個のまとまった単語になっている、そういうふうに言うことができると思います。
日本語は割とこの複合動詞というのがたくさんあって、「洗い落とす」「買い取る」「遊び歩く」「崩れ落ちる」「探し歩く」「遊び倒す」いくらでも例が挙げることができて、山ほどあるなという感じがするんですが、ただこの複合動詞、どんな動詞でも組み合わせることができるかというとそういうわけではありません。
さっきの洗い落とすの例だと、洗うプラス落とすの洗い落とすというのは問題なく言えるんですが、落ちるを使って洗い落ちるっていうのは少々厳しいというふうにね、皆さん感じるのではないかと思います。
今回はこの複合動詞の組み合わせについてルールを考えていこうと思います。
BGMです。
始まりました4月15日のツボ。皆さんいかがお過ごしでしょうか。ヘルマンヘッセです。
動詞プラス動詞の複合動詞を考えるときに、2つのタイプの複合動詞を考える必要があるというか、2つに分けられることがよくあって、
1つは統合的複合動詞、もう1つは語彙的複合動詞です。
今回組み合わせのルールについて考えようと思っているのは後者、語彙的複合動詞の方です。
統合的複合動詞というのはどういうものかというと、意味で言うと時間的なものを表すものが多いです。
具体的に言えば、洗い始めるみたいなものです。
さっきの洗い落とすと洗い始めるというのを比べたときに、今回考える洗い落とすというのは語彙的複合動詞で、洗い始めるの方が統合的複合動詞。
その2つの違いは何なのか。どちらも動詞プラス動詞ではあるのですが、
例えば敬語にしたときに、先生がみたいなものを主語にしたときに、先生がお皿をお洗いになり始めるという言い方ができます。
03:01
お洗いになり始める。
それに対して、洗い落とすの方は、先生がお洗いになり落とすとは言えなくて、お洗い落としになるというふうに、洗い落とす全体を敬語の形にする必要があります。
洗い始めるの場合は、洗うの方だけ敬語にして、お洗いになり始める。
そのお洗いになるプラス始めるみたいにできるんですが、語彙的複合語の洗い落とすの場合は、お洗いになり落とすとは言えなくて、お洗い落としになる。
こういう言い方しかできません。
洗い落とすみたいな語彙的複合語の方がよりまとまっていると言えるかもしれません。
同じようなことは受動態、受け身文を作るときもそうで、洗われ始めるという言い方はできるんですが、
洗われ落とすとは言えなくて、洗い落とされるというふうに、ここでもやっぱり洗い落とす全体が敬語の形になっています。
この洗い始めるみたいな統合的複合動詞と、洗い落とすみたいな語彙的複合動詞の違いの話は多分関連エピソードがあると思うので、URLを貼っておきますので、概要欄にぜひ聞いてみてください。
ちょっと前置き長くなりましたが、今回考えるのは、洗い落とすみたいな語彙的複合動詞の方です。
洗い落とすというのは言うことができるんですよね。
この洗うと落とすというのをそれぞれ見てみると、どちらも多動詞なんですね。
お皿を洗う、汚れを落とすというふうに、両方大がつく名詞が現れるので多動詞です。
つまり多動詞プラス多動詞の複合動詞であれば問題ないのではないかという仮説が立てられます。
それはそれで当たってはいるんですよね。
洗い落とすもそうですけど、買い取る、打ち抜くとか、こういったものはすべて多動詞プラス多動詞です。
一方、ちょっと言いづらい。
洗い落ちるの方は、洗うが多動詞で落ちるが自動詞なので、多動詞プラス自動詞。
こういった複合語は日本語では認められないんじゃないかという、
そういった予想が立てられるんですが、実はこれは一概にはそうとは言えないんですね。
というのが、多動詞と自動詞、ないしは自動詞と多動詞の組み合わせの複合動詞、語彙的複合動詞というのもあります。
06:01
探し歩くというのは多動詞プラス自動詞だし、遊び倒すというのは自動詞プラス多動詞です。
ですので、必ずしも語彙的複合動詞は多動詞プラス多動詞に限定されているというわけではないです。
自動詞プラス多動詞も多動詞プラス自動詞もあります。
ただ、いい線は行っています。
これは、自動詞というのをさらに2種類に分ける必要があるんですね。
それが非能格動詞と非対格動詞です。
この非能格動詞と非対格動詞については、過去にエピソードを多分何度か撮ったことがあります。
非能格動詞というのは、平たく言えば主語っぽいものが主語として現れる自動詞のことで、
非対格動詞というのは逆に、目的語っぽいものが主語として現れる自動詞です。
例えば、歩くみたいな動詞は非能格動詞と考えられていて、主語っぽいものが主語に現れる。
犬が歩くみたいなことですけど、そういう生き物とか人間が主語として現れやすくって、
さらに意志を持って、意図を持って何か行動を起こすみたいなものが非能格動詞です。
それに対して非対格動詞というのは目的語っぽいものが主語として現れるということで、
さっきの洗い落ちるの落ちるみたいなのは非対格動詞の典型的なものです。
落ちるというのは、葉っぱが落ちるとか、リンゴが落ちるとか、
その落ちる対象が何か意志を持って動作をやっているというよりは、
意図的な動作という感じがすると思います。
この非能格動詞と非対格動詞というのが、
複合動詞の形成には関わっていて、特に語彙的複合動詞の形成には関わっていて、
まず非能格動詞と非能格動詞、非対格動詞と非対格動詞という組み合わせの複合動詞は可能です。
同じ種類だと結びつくことができるんですね。
遊び歩くとか、これは非能格動詞プラス非能格動詞、
つまり遊ぶも歩くも意図的な動作という感じです。
主語っぽいものが主語として現れます。
それに対して非対格動詞プラス非対格動詞の複合語っていうのは、
崩れ落ちるみたいなもので、崩れるっていうのも落ちるっていうのも、
意図しない動作というか、目的語っぽいものが主語として現れる自動詞動詞の複合動詞となっています。
09:01
このようにですね、同じ種類を組み合わせた複合動詞っていうのは問題なくできて、
洗い落とすは他動詞プラス他動詞、
遊び歩くは非能格プラス非能格、
崩れ落ちるは非対格プラス非対格と、
同じ種類の動詞であれば問題なくくっつくことができるんですが、
問題は違う種類の動詞が組み合わさるときで、
ここにルールがあるんですね。
端的に言えば、非対格動詞、つまり目的語っぽいものが主語として現れる、
非意図的な動作を表す動詞、
落ちるみたいな動詞は、
非対格動詞とのみ組み合わさることができて、
他の他動詞とか非能格動詞とはくっつくことができないんですね。
なので、洗い落ちるみたいな言い方はできません。
なぜなら洗うっていうのは他動詞なので、
非対格動詞とは組み合わすことができないんですね。
それに対して非能格動詞、遊ぶみたいなものは、
他動詞ともくっつくことができて、
例えば、遊び倒すとか、
これは倒すは他動詞ですけど、
組み合わさることができるんですね。
これは理屈の上でどう説明されるかというと、
他動詞も非能格動詞もどちらも
主語っぽい主語を持っているという点では共通しているんですね。
つまり何か意思を持った動作を行うものを持っているという点では、
他動詞も非能格動詞も共通しています。
そういう共通点があるから組み合わさることができて、
そういう主語っぽい主語を持たない非能格動詞だけは、
他のタイプの動詞とはくっつくことができないという、
そういった説明があります。
こういうルールのことを専門的には、
多動性調和の原則、
英語だとTransitivity Harmony Principleという言い方があります。
普段皆さん、語彙的複合動詞をたくさん使っているはずなんですけど、
実はそういったルールがあったんだぞということを知っていただけたらと思います。
それでは今回のエピソードはここまでということで、
関連エピソードもぜひ合わせて聞いていただけたらと思います。
それではまた次回のエピソードでお会いいたしましょう。
お相手はシガ15でした。
11:47

コメント

スクロール