1. 【10分言語学】志賀十五の壺
  2. #741 最近の若者は敬語が使え..
2025-03-25 09:24

#741 最近の若者は敬語が使えない!!か? from Radiotalk

関連エピソード
https://radiotalk.jp/talk/564726

主要参考文献
荻野綱男(編著) 2018.『現代日本語学入門 改訂版』東京: 明治書院.

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#落ち着きある #ひとり語り #豆知識 #雑学 #教育

サマリー

最近の若者が敬語を正しく使えないという事例が取り上げられ、敬語の使用方法の変化について考察されています。言語学的な視点から、敬語が丁寧語にシフトしている現象が解説され、今後の敬語の使い方に関する提言が示されています。

若者と敬語の使い方
始まりました、志賀十五の壺。みなさんいかがお過ごしでしょうか。 和気の清丸です。
最近の若者はとかね、こういうこと言い始めたら、 結構ね、もうおしまいですみたいな感じですけど、
もういつの時代も言われてますよね。 最近の若者はと言ってる人も、おそらく若者だった時は、最近の若者はと言われていたでしょうしね。
なんか昔の秘文だかなんだかにもね、 最近の若者はみたいなことが書かれてあるとか、そういったことを聞いたことがございます。
いずれにせよ、若者というのはね、いつの時代もやり玉にあげられるものなのでしょう。
で、そんな中で、 最近の若者は敬語が使えないみたいなね。
なんかもう、若者というだけで、なんか反射的にそんなこと言っちゃうみたいなね、ことがあるかもしれません。
なんとなく聞いたことがあるような気もします。 敬語っていうのは尊敬語、謙譲語、丁寧語とかね、こういうふうに大きく分けられることが多いわけですが、
言語学的に言うと、 まあこの番組でもたびたび言ってますけど、
言語学っていうのはその言語の良し悪しとかね、正しい正しくないとかそういったことは判断しないので、
そういった意味ではある意味正しい敬語や 間違った敬語っていうのはないということになるんですが、
一般にはあんまりそうは思われてなくて、 正しい言語、正しい言葉の使い方っていうのがあって、
それを教えるのが言語学というふうに思われている節があると思います。 特に敬語っていうのは
そういうことを言われがちな気がしますね。 正しい敬語の使い方っていうのがあって、
最近の若者はそういったものができてないというふうに言われがちです。
敬語の変化と今後の見解
例えば、「させていただく」っていうのを多用しちゃうみたいなね。
何々させていただきますっていうのを、 本来使わなくていいところで間違った使い方をしているというふうに言われることがあります。
この番組でもこのさせていただくについては取り上げたことがあるので、 何回かあると思うんですけど、関連エピソードを
概要欄に貼っつけておきますので、ぜひ合わせて聞いていただけたらと思います。 そこでも似たような話していると思うんですが、
そのさせていただくっていうのは、本来いただくなので 謙譲語なんですよね。
で、そのさせていただく、謙譲語としてのさせていただくっていうのが 間違った使われ方をしているというのは、
言語学的に考えると、用法が変化したとか、意味範囲が変わったとか、広がったとか、
そういうふうに説明した方がいいと思うんですよね。 正しい正しくないではなくて、変化したということです。
で、僕の考えだと、 過去のエピソードでも話していると思うんですけど、させていただくっていうのは
謙譲語から丁寧語にシフトしているんじゃないかなと思います。 丁寧語っていうのは、ですとかますとかそういったものですけど、
自分の行為じゃなくてもさせていただきますみたいにね、使うことがあるんですよね。
確かね、僕が見たことある、教えてもらった例だと、 4月に入らせていただきましてみたいなね、言い方が
観察されたみたいなんですよね。 4月に入らせていただく、
さらには入らさせていただくみたいに、差が養分に入るようなこともあると思うんですけど、 いずれにせよ4月になる、4月に入るっていうのは自分の行為ではないので、
謙譲語なんかいただくみたいなのは出てくるはずは本来的にはないんですけど、もうさせていただきますっていうのが一つの
ですますみたいな丁寧語になっちゃって、 4月に入りましてと同じように、4月に入らせていただきまして、
まあこのようになってるんじゃないかなと思います。
以上お話ししたように、させていただくみたいな、 本来謙譲語だったものが丁寧語になるっていうこともあると思うんですけど、
本来尊敬語だったものが丁寧語になっているということもあると思います。
まあそういう尊敬語が丁寧語になるっていうのはよくあるんじゃないかなと思います。
尊敬語っていうのは例えば言うっていうのがおっしゃるとか、 食べるっていうのが召し上がるとか、まあこういうことですよね。
で、最近の若者と言われる話者であっても、 普通におっしゃるとか召し上がるっていうのは使えていると思います。
例えば目上の人に向かって、 なんておっしゃいましたか?とか
何を召し上がりますか?っていうふうに普通に尊敬語として使えていると思うんですが、
このおっしゃるとか召し上がるっていうのが、 その目上の人がいない時にも使われているかというと、それは微妙だと思うんですよね。
例えば同僚同士で話してて、 昨日部長がおっしゃってたことだけどとかね、言うかって言うとどうでしょうか。
昨日部長が言ってたんだけどみたいに、 普通に言うっていうのを使うんじゃないかなと思います。
つまり敬意を向ける対象っていうのが、 その場にいない時におっしゃるとか召し上がるとか、
まあ何でもいいですけど尊敬語と言われているものは出てこなくなってるんじゃないかなと思います。
昨日先輩が家に来てみたいに言うんじゃないかなと思いますね。 昨日先輩が家にいらっしゃってっていうふうに、
その先輩がその場にいない時、 発話の場にいない時にいらっしゃるみたいなのは出てきづらくなっているんじゃないかと思います。
これはどういうことかというと、 おっしゃる召し上がるいらっしゃるみたいな尊敬語っていうのが、
敬意を向ける相手が 発話の場にいる時だけ使われるということで、
それって丁寧語の機能というか役割なんですよね。 尊敬語っていうのは
もっと文脈的です。 敬意を向ける相手がその発話の中に出てきたら、文脈の中で出てきたら、
自動的に出てくるっていうのが尊敬語なわけですけど、 その場にいないんだったら
出てこないということは、それはもはや尊敬語とは言えなくって、 部長なり先輩なりね、その人がいる時に
出てくるとしたら、それはその人に向かって、 つまり聞き手に向かっている敬語ということで丁寧語になるんですよね。
まあこういうふうに尊敬語なり謙譲語なりっていうのが、 なんというかな、文脈依存の敬語から
発話時依存、 発話場面依存、その場依存、まぁ何でもいいですけど、
そういう丁寧語に シフトして言ってるっていうのは、まぁ多少あるんじゃないかなぁと思います。
だからまぁ、影口でも ちゃんと尊敬語とか謙譲語が使えてるなら、それは尊敬語や謙譲語ということができますけど、
敬意を向ける相手がいる時にしか それが出てこないんだったら、
それはもはや丁寧語ということになるかなと思います。 皆さんもね、ぜひご自身や周りの
発話を確かめてね、敬語がどのように使われているか観察してみてはいかがでしょうか。 それではまた次回のエピソードでお会いいたしましょう。
番組フォローも忘れずよろしくお願いします。 お相手はしがじゅうごでした。
またねー!
09:24

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