はじめに:言語の意味変化とは
言語はあらゆる側面で変化していきます。音が変化することもあれば、文法が変化するということもあります。
今回は意味の変化について考えていこうと思います。
ある単語が表している意味が変わる。
ありてに言えば、指す対象が変わるというようなことは、どんな言語でもあることだと思います。
今回はひとまず日本語の例を中心に考えていこうと思います。
BGM、行けい。
意味の拡大と縮小
始まりました。志賀十五の壺。皆さんいかがお過ごしでしょうか。ベンハーです。
意味の変化というのは全く予測できないというわけでもありません。
変化する前と変化した後では必ずそこにつながりがあるものですし、
さらに言うといくつかタイプ分けというか傾向というものが言語の意味変化には見られます。
一つは拡大ですね。意味の拡大という現象があります。
例えば瀬戸物という言葉は焼き物というか陶磁器を指すことがありますが、
これはもともと愛知県のある地域で作られる陶磁器。
焼き物を指す言葉だったわけですけど、それが拡大されて陶磁器全般に使われる、陶磁器全般を指す単語となりました。
これは意味の拡大ということができます。
同じような例はもちろん日本語以外にもあって、英語の例だとバードっていうのは鳥ですよね。
現代英語では鳥なんですけど、もともとは小鳥という意味だったそうです。
鳥の中でも小鳥しか指さなかったものが鳥全般を指すようになっているということなんですね。
これは意味の拡大ということができます。
拡大の反対は縮小ですよね。
意味の縮小という真逆の変化もよく観察されるんですね。
例えば、妻というのは夫に対する対意語、女性を指す言葉として現代日本語では使われていますが、
もともと妻というのは男性も指していたんですね。
つまり現代日本語で言う夫も妻も妻と言っていました。
それが今では女性しか指さない半分になっているということで意味の縮小ということができます。
この意味の変化として拡大も縮小もあるというのはなかなか面白いですよね。
シネクドキーと比喩
この拡大や縮小というのはシネクドキー、関流によっても説明できるかなと思います。
平たく言えば比喩の一種で、シネクドキーというのは
全体で部分を表したり、逆に部分で全体を表したりするようなもので、
例えば花見といった場合の花というのは実質的には桜を指しているとか、
人はパンの実にて生きるにあらずといった場合はパンという語で物質的な満足全体を指しているというような
そういう比喩の一種のことをシネクドキーというんですね。
今例に挙げた、この辺はちょっと区別が難しいかもしれませんね。
意味が変化したというのか、あるいは臨時的にその単語を比喩として使っているだけというのか、
線引きは難しいところはあると思いますが、ひとまず意味の変化の方向性として拡大と拡張というのが両方考えられるんですね。
意味や価値の下落
拡大と拡張とはちょっと違うんですが、意味ないし価値の下落という変化も観察されます。
これはどういうことかというと、例えば貴様とかですね。
貴様というのは漢字で書けばわかるようにものすごく相手を敬っている言葉だったんですよね、もともとは。
ただ今では罵り言葉になっています。
お前っていうのも同様ですね。
そういうふうに意味ないし価値が下落するっていうのはいろんな言語で見られるようですが、
日本語だと貴様、お前。
今現在ちょっとそういう意味価値の下落が進行してるんじゃないかなと思われるのが、男とか女ですね。
男とか女って言ったら、容疑者とかなんかそういう悪い意味でしか使えなくなってるんじゃないかという気がしないでしょうか。
男の人とか女の方っていうふうにワンクッションを置かないとちょっと使いづらくって、男女っていうのはすごく存在な感じがすると思います。
これも意味の下落と言っていいんじゃないかなと思いますね。
具体から抽象への変化
他にも意味の変化の方向性というのは考えられて、
具体的なものを表すものから抽象的なものを表す変化もあります。
例えば道っていうのは物理的な道を最初表してたんですよね。
人が通るような道。
ただもうちょっと意味が抽象的になって、これが私の生きる道とかいうこともあります。
これも先ほどと同様に、やっぱり比喩がまず元になっているというか、道っていうのを比喩的に使っていて、それが抽象的な意味に変化しているということができると思います。
繰り返しですけどね。これを変化と見るか、それとも臨時的な用法と見るかは、ちょっと線引きが難しいかもしれません。
同様に、冷たいっていうのも本当は物理的なというか、皮膚の感覚としての具体的な感覚を表す単語だったわけですが、冷たい人っていう言い方ができるようになってますよね。
これも一種の抽象化ということができると思います。
そもそもこの冷たいっていうのは爪が痛いから来てるんですね。
冷たい人って言った場合は爪とか何にも関係なくなっちゃってますよね。
あるいは出すっていう動詞は、物理的な異動を伴う具体的な意味を持った動詞が本来的だったわけですけど、結論を出すとか、そういう抽象的な意味にも使えるようになっています。
これはかなり一方向的なんじゃないかなと思いますね。
つまり具体的な意味から抽象的な意味へという方向だと思います。
逆はどうですかね。
もともと抽象的な意味だったものが具体的にという変化もあるかもしれませんけど、よく見られるのは多分具体から抽象じゃないかと思います。
空間から時間への変化
こういう一方向的な変化として、意味の変化として、もう一つ空間から時間へというのがあります。
例えば前とか後というのは、もともと物理的な空間を表していたわけですけど、
1週間前といったら過去のことだし、1ヶ月後といったら未来のことだしっていう風に、前が過去、後が未来という風に空間から時間的な用法に拡張されてますよね。
考えてみればこのような例はたくさんあって、遠いとか近いっていうのも物理的な遠近だけではなくて、遠い昔のこととか近い将来とか、そういう時間的な意味でも使われてますよね。
これもやっぱり空間から時間へという一方向的な意味変化、ないし意味拡張ではないかと思います。
意味変化の原因:現実世界の変化
そもそもなぜ言語の意味の変化があるのかというのは、難しい問題ではありますが、考えてみても面白いと思いますね。
言語を変えようと思って変える人はあんまりいません。というか、変えようと思って変えられるものでもないんですよね。
ただ意味の変化について言えば、わかりやすいのは、現実世界の方が変わっちゃったら、言葉の意味も変わらざるを得ないっていうのがあるんですよね。
例えば、お金という単語は金ですよね。金と書いて金。つまり金属を表していたわけですけど、今では紙であるお札のこともお金と言うし、キャッシュレスでもお金という言い方ができますよね。
もともと金という金属を表していたものが、貨幣を表すようになったという変化は、これは現実世界の変化に伴って変わったんだということができます。
こういうのは非常にわかりやすいですよね。
意味変化の原因:言語内部の連想
あるいは、そういう現実世界ではなくて、言語の中だけで意味の変化を説明できることもあります。
つまり、他の単語の影響を受けて、そこからの連想で意味が変化してしまったっていうようなパターンですね。
例えば、役不足という言葉があります。
これを力不足と同じような意味で使っている方がいらっしゃいますが、役不足というのはもともと文字通り役の方が不足しているので、その人物の力量というか力の方が上回っているんですよね。
なので、ある意味で褒め言葉的なものです。
役不足で申し訳ないけど、この仕事やってくんない?とか、そういった使い方が本来の使い方です。
しかし、よく似た力不足という単語があるので、それに引っ張られる形で、その人物の力量の方が不足しているという、そういう変化が起こりつつあるというか、もう起こってしまったと言えるかもしれませんね。
このように、現実世界というよりは言語の中で変化の原因というのを考えることもできるんですね。
まとめと番組告知
というわけで今回は、言語の意味の変化についてのお話でございました。
番組フォローまだの方はよろしくお願いいたします。
お相手はシガ15でした。