1. 志賀十五の壺【10分言語学】
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2020-06-03 10:08

#102 落ちよる vs 落ちとる(西日本方言の仕組み) from Radiotalk

#落ち着きある #ひとり語り #豆知識 #雑学 #教育
参考文献
『現代日本語ムード・テンス・アスペクト論』工藤真由美 ひつじ書房
http://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-89476-658-7.htm

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始まりました志賀十五の壺。皆さんいかがお過ごしでしょうか。志賀です。
さて、今回のテーマは日本語の方言、特に西日本の方言についてお話ししていきたいと思います。
これを聞いていらっしゃる方の中にもですね、自分の母語は方言だという人も多いんじゃないかと思います。
僕自身も西日本の出身なもんですから、母語は一応西日本の方言なんですよね。
で、今話している共通語というかいわゆる東京方言は、
まあ第二言語というか習得した言語です。
一応。で、西日本西日本と言ってますけど、
まあ中四国、九州のあたりの方言の話になるかなと思います。ちょっとね関西圏に当てはまるかどうかは
微妙なんじゃないかなって思うんですけど、っていうのがタイトルにもなっているんですが、
落ちよると落ちとる。 こういった使い分けの話をしたいと思います。
で、この落ちよると落ちとるっていうのは、 共通語で言うと落ちている。
もっと話し言葉的に言うと落ちてるに対応するものです。 そのいわゆるてるっていう形によるととるっていうのがね、
あるっていうことなんですが、 これねー
結構その 言語学の本とか読んだりすると、特に日本語の言語学の本を読んだりすると
割とメジャーなトピックとして挙げられるんですよね。
で、いわゆる東京方言というか共通語のてるっていうのは当然 正しいというか、元の形はているんですよね。
で、当然このいるっていうのは存在を表すいるが元となっています。 一方ですね、落ちよるとか落ちとるのよるととるも
存在を表す、西日本はいるじゃなくておるっていうのを使うので、 存在動詞が元になっています。
つまり落ちよるっていうのは落ちっていう連用形におるっていうのがついて、 ちょっと多少の音変化はあって落ちよるとなって、
落ちとるっていうのも落ちておるが縮まって落ちとるになっているということなので、 起源としては両方存在を表す動詞いるとおるからできているということなんですよ。
で、落ちよると落ちとる、これは我々西日本の方言話者にとっては当然なんですけど、
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落ちよるの方は進行形を表して、 落ちとるの方は結果状態を表す。
ざっくり言うとこんな感じになっています。 多少バリエーションはあるんですよね。
落ちよるが落ちおるとかなったりとか、 落ちとるが落っちょるみたいななんかね、
そういう多少のバリエーションはあるんですけど、 大まかに言って落ちよる落ちとるみたいな形が大抵の西日本の方言で見られます。
で、その区別っていうのは進行と結果状態ということになっています。
で、東日本の東京方言とか共通語の ているとかてるっていうのはこの使い分けがないので、
だからね僕はその感覚はわかんないんですよね。 落ちてるって言ったときに多分ね結果状態しか表せないんだと思うんですよ。
共通語だと。
だから進行を表すのは落ちてるところだとか、 落ちてる途中だとかなんか無理やりそうやって言わないと結構厳しいんじゃないかと思います。
あとはねこの落ちるっていうのもそうだし、 ビルが立っているっていうのもそうですね。
共通語でビルが立っているって言うと、 もう状態ですよね。
そこにあるっていうことですけど立っているビルがあるってことなんですけど結果状態で。
これ西日本方言だとビルが立ち寄ると立っとるっていうのが2つあるので、
まあビルが立っているに対応するのは立っとるの方ですね。 これ結果状態を表すのでビルがあるっていうことなんですけど、
ビルが立ち寄る だったらこれは今建設中だとこういうことになります。
だからまあ西日本方言の方がその辺は細かい区別があるということなんですが、
ただね 共通語というか東日本方言のているてるでも進行を表すことは当然あります。
走ってるとか歌ってるとかそういうものですね。
で、この東日本のているてるっていうのがどういう時に結果状態を表してどういう時に進行を表すかっていうのは
動詞の意味によると言われています。 例えば結果状態を表すのはさっき言った
落ちているとかそういう時ですね。あと立っているとか。 つまりまあいわゆる修飾でいうと落ちるとか立つとかいう動詞の場合です。
で、こういった動詞っていうのは潜在的にゴールがある動詞というふうに考えられます。
つまり落ちるっていうのは地面についたらその状態が完成するということですよね。
立つっていうのも 建設完了っていうねそのゴールがきちんとある。
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そういう動詞が そういう動詞にているとかてるがついた場合は
結果状態として解釈されます。 落ちているとか立っているとかそういう場合です。
一方ですね 走っているとか歌っているみたいな場合はそういう明確なゴールっていうのがないので
まあ明確なゴールを言おうと思えば言えるんですよ。 100メートル走るとか1曲歌うとかね。
ただそれはやっぱり外からゴールを決めているのでその動詞自体が
明確なゴールを持っているわけじゃないのでそういう単に動作を表しているような場合は進行になりやすいです。
なので走っているとか歌っているは進行そういうことになっています。 ただ僕は西日本の方言話者なのでそういう感覚は全くないので
よくわかりません。そういうことらしいです。 そうそうだからねこれ
なんか東日本の方言の人はどうしてるのかなとか時々思うのが
例えばねこの忘れてた って共通語で言った場合はもう忘れちゃってますよね1回でこれに対応するのが
西日本方言の場合は忘れとったになるんですよ これ全く一緒なんですよその忘れたっていうある意味結果状態を表しているということになります
ただ忘れ寄ったっていう言い方も西日本ではするんですよね この忘れ寄ったっていうのは
忘れるところだったっていうことなんですよ だからなんていうかなこの忘れ寄ったっていうこの
これに明確に対応する形が忘れるところだったって言うちょっとね冗長な形しかないので そこはね
なんか 面白いなぁと思うというか
なんか共通語にぴったりくるのがないなぁっていつもね思いますね そうそうそういうことで
今回のお話は西日本に夜と取るっていう形の対応があるということだったんですが ただね最近はこの取るの方の守備範囲が広くなっているという研究もあります
つまり立っとるとか落ちとるとか言った場合も進行を表すことがあるみたいなね そういう研究もありますつまりこれって一種の共通語化みたいな感じなんですよ
まあてるを取るに変えるだけなのでまあてととが変わっているだけなので 一部共通語化みたいなのが起こってて
だんだんだんだんその取るの守備範囲が 結果状態だけじゃなくて進行の方にも広がっているという
そういう研究もあります どうでしょうね皆さんの中で西日本の方言どこの地域でも
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こういう区別を持っているところが多いと思うんですが 僕自身としてはこの夜と取るはちゃんと使い分けている
気がするんですけどね自分の中でねやっぱり夜は進行 で取るは結果状態っていうのがねなんとなくきっちりあります
というわけで今回のお話は西日本の方言に見られる夜と取るの区別についてでした まあ専門的にはこういうのアスペクトというふうに言います
日本語だとそうっていう言い方をしますかね相手の愛っていう 書いてそうと言いますが
まあちょっと僕 僕は西日本の方言話者なのでこういう夜と取るの区別があるっていうのがね
まあ共通語というか東日本の方言にはないということで 少しね誇らしい気分になったりいたしますというわけで今回はここまでということで
よろしかったら番組クリップお願いいたしますではまた次回お会いしましょう ごきげんよう
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