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日々お伝えしているニュースや話題の中から、一つのテーマに絞って、専門家や当事者に話を聞く週替わりの特集コーナー
Weekly Close Up。今年5月、北九州市もじ区出身の登山家・西川文明さんが、北アメリカ大陸最高峰の山で
標高6190m、マッキンリーに挑戦するということが分かりました。西川さんは無双かというふうに自分を表現しておりまして
登山を通して夢を持つ素晴らしさを伝えています。今週は北九州出身の登山家・北アメリカ大陸最高峰制覇へというテーマでお話を伺います。
今日はですね、西川さんが登山を始めたきっかけについて伺っています。 無双かでマッキンリー登頂に挑戦する西川文明さんです。
西川さん、おはようございます。 おはようございます。
7大陸最高峰を目指そうとしている西川さんが、そもそも山に登るきっかけって何だったんですか?
そうですね、僕30歳の時に降られて山に行きました。 それが最初?
なんで? 正月で予定がなくなって、それで友達に誘われたんで
つくば山って関東、茨城県にあるんですけど、誘われたんで行きました。
もう降られたし、むちゃくちゃする思いも背負って行ったんだ。 そうです。
行ったらめちゃくちゃ気持ちよくて、その日関東平野が一望できて、スカイツリーとかも見えて。
そんなに?
はい。山って気持ちいいなと思って、山頂に日本百名山って書いてたんですよ。
こんな日本に面白い山が100あるんだって思って、これ全部登ってやろうっていうところから山登りを始めました。
それ以前は山登りっていうのはやってなかった?
やってなかったわけじゃないんですけど、僕は環境保護団体に勤めてたので、
自然の中で魚の調査したりとか、猛禽類の調査したりとか、山を道がないところをかき分けて調査に行くみたいなことは仕事でしてたんです。
で、僕30の時に内勤になったんです。
なるほど。
それもタイミングとしてあって、今までは日常的に自然の中に行ってたんですけど、休みの日に自然の中に行くようになったっていう。
はあ。そんな時にまた山と出会って。
いやあ、そこから始まって、じゃあ日本の最高峰はもう制したんですか?
そうですね、富士山。富士山は、でも僕は面白くない山だって思ってたんですよ。
というのは?
渋滞するし、人が多いし、単調だし。
だから百名山の最後にとっとこうって思ってたんですけど、東京から歩いて登るっていうやつをやったら。
え?
富士山ですよね?
東京から歩いて富士山登るっていう。
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なんで静岡とか山梨から登らないんですか?東京から?
江戸時代みんなそれで登ってたんです。
それ何日かかったんですか?
それでも5泊6日とかそれぐらいでやってますけど。
すごいなあ。
単純な登山は嫌なんですか?
でもなんかそれ面白そうだなと思ってやったら、歴史とか文化が見えてくるんですよね、歩いてると。
そういうのが見えてくると、富士山って単なる山じゃなくて、めちゃくちゃ面白い山だなってことに気づいたんです。
どんなところが面白いと?
みんなの憧れだったんだなっていうのは昔からそういうのもわかってきたというか、絵としていっぱい残ってたりするじゃないですか。
そういうのとかも見たりとか、あとは僕は富士吉田っていうところから登ったんですけど、吉田口っていう。
そこの下に雄の町みたいなのが昔あって、雄っていうのは富士山に登るのを先導するような人たちみたいな。
そういう人たちの町なんですよね。
それを町の中歩いてると名残がいっぱい残ってるんですよね。
そういうのを見たり、あと金鳥居っていう大きい鳥居があるんですけど、町の中に。
そこをくぐるとあの世とこの世の境になってるとか、知らなかったんですけど、そういうのを知るとなんか違うじゃないですか。
そこをくぐると、昔はこっから先はもうあの世だとか、そういうのが見えてくるとすごい面白いなと。
ついつい登山っていうと、私素人は頂上しか目が行かないんですけど、やっぱその過程が大事なんですね。
過程が面白いんですよね。
そんなその日本の山もいろいろ制覇していきながら、やっぱりそうなってくると海外に目が行くようになるんですか。
そうですね。僕なんでエベレスト登ろうと思ったかっていうと、きっかけになった山登りがあって。
一つは僕、薬師間に一人で初めて行ったんですよ。
宮の浦っていう九州最高峰があるんですけど、僕は真っ白になった宮の浦岳に登りたくて、一人で初めて雪山に行ったんですよ。
ちょうど山登り始めて1年ぐらいです。
その時に1メートルぐらい雪積もってて、送難車出てたんですよ。
普段は10センチぐらいしか積もらないんですけど、でも帰った方がいいですよって警察に言われて、でもわざわざ薬師間まで来て帰れないじゃないですか。
だから行けるとこまで行こうと思って。
入っちゃダメってわけじゃなかったってことですよね。
そうです。他にもいたんで人が。
山頂まで行って、山頂までは人がいたんですけど、僕はそこからさらに南の方に抜けて行きたかったんで、よし行こうって一人で行ったんですよね。
その時にこの橋落ちたら死んじゃうなとか、ここをどうやって登って行くんだろうとか、この川どうやって渡るんだみたいなのがあるんですよ。
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それを一個一個クリアしていくんです。
自分の持っているものを駆使して。
それをやり切って最後降りてきた時に、とてつもない充実感と達成感を僕は感じたんですよ。
で、僕実は20代、会社でできないレッテル貼られてたんですよ。
言われたことできないんですよ。
勝手にいろいろやっちゃって、いらんことするなというタイプで、20代はなんかへし折られてたんですよね。
僕自信を失ってた20代だったんですけど、その僕はヤクシマの体験を通して、これやればできるっていうことに気づいたんですよ。
それがまず一個。
で、もう一個は日本最後の秘境、クモノダイラっていうとこがあって、日本最後の秘境って言ってみたいじゃないですか。
で、僕はそれを知ったのが山登り始めてすぐだったんですよ。
でも行くのに2日かかるんです。
で、帰るのに2日。
だから4泊5日ぐらいの装備が必要なんですよ。
でも装備がないんで、でもそこに行きたいと思って、僕2年半でそこ行ったんですよ。
毎月山登ってて、なんか今度1泊してみよう、できた。
2泊してみよう、できた。
3泊してみよう、できた。
よしじゃあ今年行くぞって2年半で、そのクモノダイラに行ったときに気づいたんですよ、また重要なことに。
何ですか?
これ行くって決めたら行けるっていうことに気づいたんですよ。
なるほど、時間はかけてもね。
これエベレストってやってる人いるし、結局なんかその僕はこれ行くって決めたら行けるなっていうことに気づいたんで。
なるほど。
これエベレスト自分でも登れる山なんだって思ったときに、行けるんだったら行ってみたいじゃないですか。
そういう発想になりそうですね。じゃあ行くかと。
それに僕は人生かける価値があるなって思ったんで、それをやろうって33の時に思いました。
邁進していくんだって言うんですかね。
その時点で結構登ってて、ただまだ会社に勤めてたんで、でも33の時に行くって言い始めました。
なるほど。そんな西川さんはそこから6大陸の最高峰を登頂していくことになっていくわけなんですが、
そのあたりのお話はまた明日伺いたいと思います。今日はここまでありがとうございました。
ということで恋人に振られたことをきっかけに山登りが始まり、
そこからは人生を変えるような登山家としてまた進んでいくことになっていくということなんですね。
明日のお話もどうぞお楽しみに。
5月にマッキンリー島頂にチャレンジします。西川文明さんでした。
×少女隊の春野 キーノと、
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青井 リノアです。
RKBラジオでお送りしているガールズパンチ。
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