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北九州出身の登山家・北米大陸最高峰制覇へ:これまで登った山々
2025-03-12 10:23

北九州出身の登山家・北米大陸最高峰制覇へ:これまで登った山々

夢想家で「マッキンリー」登頂に挑戦する 西川史晃
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日々お伝えしているニュースや話題の中から一つのテーマに絞って、専門家や当事者に話を聞く週替わりの特集コーナー
Weekly Close Up。今年5月、北九州出身の登山家・西川文明さんが、北アメリカ大陸最高峰の山
マッキンリーに挑戦することが分かりました。これまで6大陸の最高峰が全て制していて、7大陸目最後の最高峰がこのマッキンリーということになります。
今日は、西川さんがこれまでに登った山について話をしてくれました。
無双花でマッキンリー登頂に挑戦する西川文明さんです。
西川さん、おはようございます。おはようございます。さて、いよいよ西川さんが日本の山から海外の山へということでチャレンジしていくことになるんですが、これまでに6大陸の最高峰は制したということでしたけれども、
海外の6大陸のうち、最初に挑戦したのはどこだったんですか?
アフリカのキリマンジャロ。
コーヒーでしか知らないですけども、どのくらいあるんですかね?
5,895メートル。
なぜこの山を最初に選んだんですか?
7大陸で一番優しい山っていうのが、オーストラリアの最高峰で2,000メートルぐらいなんですよ。
そうなんですね。
そこはもういつでも行けるなと思ってたんで、アフリカの最高峰、キリマンジャロが一般登山者が登れる最高峰って言われてるんです。
っていうのと山頂に氷河があるんですけど、それが2020年に消失するみたいなことを国連か何かが言ってたので、これは早めに行って。
あるうちに見ておきたい。
そうです。っていうので一番最初にキリマンジャロにしました。
それは難なくクリアできたんですか?それともやっぱり大変だったんですか?
初めて僕はクラウドファンディングっていうので、お金を集めて山登りしたのがキリマンジャロだったんで。
要はその登らなければならないっていうプレッシャーを感じながら登ったんです。
絶対失敗は許されないと思って登ったんで、しんどかったです。
それで鉱山病になったりして、初めて鉱山病、僕日本でなったことなかったんで、初めて鉱山病にもなったし、でも登れたんですけど。
初めての世界の最高峰の一つといったわけじゃないですか。その時の感動ってどうだったんですか?
いや、達成感ありましたけど、途中でカメラマンの仲間を置いていったんですよ。動けなくなっちゃって。
あらららら。
ここでもうみんなで降りるか、お前一人で行くかどっちかだってガイドに言われて。
僕は毎回応援してもらってる人たちの旗を、名前が入った旗とか持ってるんで、僕は山頂に行くって言ったんですけど、
やっぱ一人だったんで一緒に行けなかったっていう。ちょっとそういうもやもやした感じの一番目の登頂でした。
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まあでもその他数々登頂していくわけですけど、印象に残ってるもの、これはっていうものを一つちょっと挙げていただくと。
これはというか、やっぱ僕南極って、山っていうよりも南極大陸っていうものにめちゃくちゃ行ってみたいっていう思いがあったので、
南極はでも本当良かったというか、もう他の星に行ったような体験だったんで。
そこに登っていくったって南極ですから、ほぼそのままって感じですよね。整備されてるわけもないですよね。これはかなり過酷だったんじゃないですか。
いや環境的には、だから僕はエベレストの次に南極行ったんですけど、エベレストよりも全然寒いし、そういう意味では大変でしたね。
エベレストについても伺いたいんですけど、やっぱり格別ですか?
何に対して格別と思うかっていうことだと思うんですけど、僕はただ山に登った、世界最高峰の山頂に立ったっていうことよりも、僕がエベレストに登るって言い始めて、僕2468日目に山頂に立ってるんですよ。
言い始めてから?
はい。2468日目。僕は本当に来れたって思ったんですよ。言い始めた時に、お金もない、登山の技術もそんなにない、人脈もない、働いてたから時間もないっていうそういう状況の中から、僕の作戦は、僕はエベレストに行くんだしかなかったんです。
それを言いまくってただけなんです、僕の作戦。それでエベレストまで本当に行ってるんですよ。っていう、僕はなんかその全てのこの過程です。この過程全部ひっくるめて、そこにすごい達成感というか。
だから富士山も一緒で、5号目から登る富士山と、東京から歩いていく富士山では違う体験なんですよ。同じ山頂に立つでも。僕はそこにめちゃくちゃ価値があったなと。
しかも2022年に登ったってことでしたけど、その前からずっとコロナ禍っていう非常に厳しい状況だったと思うんですけど、その間っていうのも辛かったんじゃないですか?
いやもうそれが本当に大変で、僕は一回実は2020年に行こうとしてたんですよ。
まさにパンデミックの元年ですよね。
僕が飛行機取った日に、今年はもうやりませんと。ニュースが流れて、そっから大変でしたね。お金なくなり、仕事ない。
僕は配送ドライバーやってたんですよ。その配送ドライバーの給料が2ヶ月後にしか入らなくて、その間にカードが止まって、全財産500円。38歳。終わったって思いました。
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積んだ。積んだよね。
どうしたんですか?そっから。
もうエブレストとかそんなこと言ってられないというか、お金なくなっても人って死なないんですよ。
友達が助けてくれたりして、ご飯食べさせてもらったりとか、生活はできるんですけど、人って絶望した時に死んじゃうっていう。まさにその体験をしたというか、希望がなくなったんですよ。
で、これもう生きてても仕方ないなって思って、僕はもう死のうと思って。で、山に行ったんですよ。一人で。山で寝てたら死ねるなと思って。寒い山行って。
で、一人で秩父の山奥の方に行ってですね。
で、死のうと思ったんですけど、その日すごい曇って真っ白で何も見えなくて。
で、死ぬ時ってこんな感じなのかなって思ってたら、パーって開けたんですよ。雲が取れて。
で、青空とか見えて景色がバーンって見えて、また隠れたんですけど、これまだどっかに希望があるかもしれないなって思ったんですよ。
思えた。
曇ってるだけだと思ったんで、それで山降りて僕2週間で本書いて出版したら、それが売れて。そっから仕事が入ってくるようになったんです。
山にすくまれましたね。
そうなんです。
視界が開けたんだ、それで。何があるか分かりませんね。すごいね。もう山あり谷ありですね。
だからその500円になった僕2年後にエベレスト登庁してるんで。
浮き沈みっていうか人生曲線で言ったらエベレストの標高どこじゃないですね。
500円からエベレスト。
またなんかキャッチーなことでプロデュースしようと思ってるでしょ。
すごい。そんな西川さんに、明日は我々も山を登りたいなという、そんな高い山じゃなくても、その時にどういう風に望めばいいのかとか、いろいろ山について教えていただきたいと思います。
今日はここまでありがとうございました。
山に救われた経験もあったわけなんですね。
本当に人生のどん底みたいなものも味わいながらも、ただ自分でそこからまた切り開いていって、今があるということですね。
そんなインタビュー、また明日もお届けしますのでお楽しみに。
無双花でマッキンリー登庁に挑戦する西川文明さんでした。
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