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受け入れられない家族とどう付き合う?
2023-11-23 14:03

受け入れられない家族とどう付き合う?

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生野翔太の個性のカラクリラジオ。このラジオは、その人がなぜその人なのか、個性のカラクリについて研究している生野翔太さんにお話を聞いている番組です。
ナビゲーターはいつものユッキーの都合がつかなかったので、代打として3回ほど伊藤潤子が務めます。
そして今日は、受け入れられない家族とどう付き合う、違うから生かそうとする、違うから離れる、というテーマについてお伺いしたいと思います。
翔太さん、よろしくお願いします。
はい、お願いします。今回は代打ありがとうございます。
はい、よろしくお願いします。
受け入れられない家族と付き合う、これはじゅんじゅん自身の体験とかもあるんですか?
そうですね、なんか受け入れられない、そうですね、親との関係とかもあるし、兄弟とも個性が違うので、
ちょっとやっぱり合わないなと思って、子供の頃は仕方がないんだけど、離れていた時期もあるし、また親のことが復活してくると、問題になってくると、やっぱり兄弟っていいなと思ったりはするんですよね。
はいはいはい。
まあそうですよね、家族ってすごい難しいですよね。
人間関係、前提というか、個性の話になるかわかんないですけど、人間関係ってやっぱり近づけばいいって話でもないなって思ってるんですよね。
なるほどね。
大切な距離感っていうのがあって、自分が関わるべき人と関わるべき距離感で関わるっていうのがすごく大切だと思ってまして、
ある家族はすごく距離感が近くて、でもそれが理想かというとそういうわけではなくて、それは理想かもしれないですけど、
うちの家族に関してはこれぐらいの距離感がすごくちょうどいいなみたいな、っていうことがすごくあるんじゃないかなと思います。
だから、私の家族の場合はどれくらいの距離感で関わると一番ちょうどいいのかなっていうところを見つけていくっていうのが大事なんだろうなって思ったりするんですよね。
家族との付き合い方ってことは?
全ての人間関係がそうですけど、家族だとより一層仲良くしないといけないとか、家族の相手交代を念に結構とらわれやすいんじゃないかなと思ってまして。
理想の家族っていう像があるっていう感じがありますよね。
家族だったら何でも話せて協力し合って一生関わりを持ってみたいなイメージがあると思うし、それが本当にそうだったらいいなと思うんですけど、
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かといってどうにもこうにも分かり合えないのに、それを分かり合おうと思って向き合うのももちろんすごく大事なんだけど、
それを第一優先事項にしていると、家族ってラスボスって言われるじゃないですか。
自分と向き合うっていう時に、いろんな人との、いろんな友達とかクライアントとか、いろんな経験を経て最後に向き合うのが親であるみたいなね。
もちろんパートナーとかね、そういう話ってありますけど、なんでかって言うとやっぱり家族は自分で人生上選んでないですよね。
生きてから選んでない。もちろんもしかしたら決まっていたのかもしれないですけど、
自分で選んだ人っていうのはやっぱり価値観がある程度共通してたりとか、分かり合いやすかったりとか協力しやすかったり、
そもそもそれ人間関係選んでいけるけど、家族に関してはそうじゃないわけで。
かつ結構お互いの色々知っているっていうところが、言われたくないことも分かってるしみたいな。
だからそもそもなかなか分かり合いやすい設定になってないから、基本的には。
でもその中で、でも分かり合いたいっていう時に、それを人と対話するとか、お互いを理解し合うっていうことが慣れてない段階で、
家族に向き合うとしてもそもそも分かり合いにくい人たちなのに、そこを一番最初にとっかかりにやろうとすると結構心が割れますよね。
なんかうまくいかないとか。あと基本的に対話とか人と分かり合うって他人だと思っているから、
知り分けられるからやりやすいっていうところがあるんですよね。
自分と他者との境界線がちゃんと引けるから対話ができるし、関わり合いが持てるし、分かり合おうとすることができる。
それが自分と他人が一体化しているような感覚になっちゃうと、それができなくなっちゃうんで、それが難しいわけですよね。
だからパートナーとか子ども関係とかもそうなんですけど、一体化しちゃってるとなかなか適切な距離感作れない。
そもそも距離が存在しなくなっちゃうんで、自分と子どもの話なのに自分の話だと思ったり、自分の話なのに子どものせいにしたりってことが起こると、
適切な関わり方ができなくなるわけですよね。
なので、境界線が引けているってことは大事。境界線が引けているってことは大事なんだけど、家族はそれがちょっと難易度が高い。
なので、人と向き合うときに自分の全体力を持っていかれるみたいな向き合いっていうのは、
家族はそうなりがちってこと?
ですよね。だからエネルギーのどれぐらい使っていいのかっていうのって結構大事だなと思っていて。
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もちろん向き合うの大事なんだけど、難易度の高い家族に対して最初から全体力をどこに投下していくと、
分かり合い、結果出ないのにずっと体力を使いまくって、もう無理ってなりますよね。
だから家族とは気になりつつも、今はこれぐらいしかエネルギー使わないぞって決めて、
その中で長期的にちょこちょこつつく感じでやっていきながら、自分がレベルアップしていったら、
いろんな人と関わりながら受け入れ合うとか分かり合うとか、力を生かし合うみたいなことをやっていればレベルアップしてくるんで、
今だったらいけそうっていう時にやっていくみたいな、そういう距離感とか境界線の仕方とか、それはすごい家族とは大事なのかなって思いますよね。
私は妹と会わないっていうのに、子供の頃に気づいたんだけど、でも離れられないじゃないですか。
強くて離れられないから、ぶつかるときはぶつかるとか触るときは本当にベタって触る感じになっちゃうから、本当に距離を置いてた時があるんですけど、
自分の中にもベタってしてしまう部分があるし、向こうもあるしって思ってたんだけど、
子供の親のことでいろいろ揉めてまた話をすることになった時に、妹の見てた世界と私の見てた世界は全然違うんだなってすごく思ったんですよ。
親のことに対しても、妹が感じた親と私が感じた親のことっていうのは全然話が、同じ事象を経験してるのに全然違うから、彼女には彼女の言い分があるんだなってすごく思ったんですよね。
でもそれを子供の頃言われても難しいっていう、しょうちゃんが言ってるのはそういうことですよね。
まだ自分の経験はさく、思春期の時とかに言われても、そうなんだよって言われても、何なのって思ったかなって思うんだよね。
それって言うと、本当にちょっと話が変わるんですけど、一人一人生きる中で物語っていうのがあって、経験していきたい、例えば使命みたいなものがあった時に、それの反対側にある痛みを幼少期に経験するっていう設定になってるんですね。
例えば、私は愛されないっていう体験をする人っていうのは、実は人に対して愛に生きるということを伝えていくっていうミッションみたいなものがあった時に、反対側の自分は愛されないんだっていう痛みを覚えるっていうことがあって、
強い欲求の反対側にある痛みを覚えるっていう物語がその人の人生上設定されているんで、同じ家族だったとしても、その家族を使って自分がその物語を紡ぐようになってるんですね。
だから、同じ兄弟だったとしても、同じ親だったとしても、その中でどこに痛みを覚えて何を感じてどうするのかっていうのは、やっぱり一人一人テーマによって変わってくるっていうのがあるんですよね。
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だから、そういう意味で言うと、家族で分かり合うためには、お互いどんな物語を感じてきたのかっていうところの前提の共有みたいなことをすると、親って私はこういうふうに見えてたけど、この人にはこう見えてるってことは、じゃあ私の親って分かり合えないって、もしかしたら思い込みなのかもしれないとか。
なんかそういうちょっと一旦自分の設定の外側から家族を捉え直すというときは、その家族の中でそういうあの時どう感じてたかとか、この人でどう感じてたかとか、話すのはめちゃめちゃいいなっていうふうに今思いました。
離れる、テーマとしては離れるのかとか、そういうの、今回のテーマはそれがあるじゃないですか、違うから出そうとするのかって離れるのかっていうのと、それもまあそのとき、自分の状態も関係あるってことですよね。
自分の状態、自分がある程度落ち着いてその物語とかを分析できるというか、
そういう意味では一旦、もし一体化しがちな場合、切り離さないといけないんで、やっぱり同じ家に住んでるとかなると結構それが難しかったりするのかなっていう意味では、やっぱり物理的にもなんか離れて住むとかは割と家族と向き合うってことを考える上ではすごく大事なのかなって思うんですよね。
そうですよね、確かにね。だからといってもう一生付き合わない、あいつとはもう関係ないとかっていうことを自分の中に課す必要はないってことですよね。
もちろんもちろんもちろん。それもどうしたいかですけどね。でもやっぱり家族ってなんだかんだ分かり合えないって言いながら、でも本当は分かり合えたらいいなとか、なんか思ってることが多いんじゃないかなって思うので、
そういう意味で言うと極端にぶっちぎるよりかは、その後で切った上で相手が亡くなってしまったという時に、もし後悔するんだったら、長い期間かけてもちょこちょこ向き合っていこうかなみたいな感じでいいのかなと思いますけどね。
確かにね。今回も妹がもう、やっぱり私も妹も家庭を持って、それなりの自分の安心基地があるから、ある程度分かり合えるようなゆっくり話ができたのかなっていうのも思うんですよね。
両方に今そんな大きな傷がないっていう状態だから良かったかなっていうのも。
なるほど。
そうかもしれない。
やっぱり個性を発揮、自分の個性を大事にすることがある程度できる時になるとまた変わるっていうのはありますよね。
そうですね。基本的に自分の生命とか大事なものが依存しているコミュニティっていうのは、なかなか自分らしくいづらいですね。
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自分のありのままを許しづらい。例えば子供の頃、学校しか行ってない子よりも、習い事が三つ四つしている子の方がいじめられづらいってことがあって、それはなぜかっていうとコミュニティが分散してるんで、
学校での人間関係にそれほど依存しなくて済むから、ある意味距離感を取れるみたいなところもあるんですね。
だから余裕を持って学校生活も生きられるってなった方が実は人間関係もうまくいきやすいっていうのがあるんですけど、家族も一緒でやっぱり家族での人間関係がすごく濃くて、
それが自分の生活に影響をもたらすみたいな影響力を持っていると、そこでなかなか自分が言いたいことを言えないとかなりやすいんで、
家族、実家の家族以外に、自分はそれ以外の考え方をしている仲間もいるし、自分は新しい家族もいるし、
いくつものコミュニティの中に実家もある、向き合いたい家族がいるってなった方がやっぱり向き合いやすいってなります。
それはすごい良い学びでしたね。家族との付き合い方っていうかね、何でもそうだけど。
はい。
翔太さんありがとうございました。
ありがとうございます。
このお話がためになった、よかったな、もっと聞きたいって方は、チャンネル登録して何度でも聞き直してくれると嬉しいです。
また次のお話も楽しみにお待ちください。ありがとうございました。
ありがとうございました。
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