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ようこそ、足さない、急がない、予想はない、しょうこのわんままラジオへ。 このチャンネルでは、考えすぎる頭が静かになる、焦る気持ちが落ち着く、そんなラジオです。
足さない、急がない、予想はない、それでも人生は美しく育つをテーマに発信しています。 皆さん、おはようございます。今日のテーマですけれども、私が怒っていた人。
ちょっとね、怒っていたって言い方も強いけれども、声を荒げたことがあって、息子にね。 だけれども、その自分のイライラって、目の前の息子ではなかったっていうお話をしてみたいと思います。
何に対して私が声を荒げてしまったかというと、ご飯の時でした。 ダメなんですよね、私。ご飯の時結構、自分の中でもね、価値観が一番強いんだと思う。
上の強めの方にあると思うんですけど、座って食べてね、だとか、遊ばないで食べてね、だとかね、そういうことを言ってしまうんです。
これが先週の出来事だったんだけれども、夕方の時、いつもより食のスピードが遅くて、食べないなぁと思って、
食べてはぼーっとして、なかなか乗っ組めないし、
夕飯の時間がすごく長くかかったんですよね。 食べられないって言って、
なんでかなぁと思って、じゃあ食べれないならいいよ、そのままにしときなって、 自分の中では優しく伝えてたつもりなんだけれども、やっぱり息子としてはショックで、
私もやってしまったかと思って、またこのご飯の時間かーって、
2人の間に沈黙が走る瞬間が来てしまったと。
やっぱり罪悪感と後悔とあるんですよね。 その間って黙ってしまうから、リビングは静か。
だけれども、自分の心だけがザワザワしたり、後悔でいっぱいになってイライラしてしまったり、自分に対して。
頭の中だけがうるさくなっている瞬間なんですよね。
それで、次の日、発熱したんです。 そこで私も、ああーって、体調が悪かったから食べられなかったんだってわかったんですよ。
じゃあ、あの夜、私は誰に何に怒っているんだろうって。
確かに目の前で、食べ方だとか、食べるスピードだとか、そういったのにちょっとイライラしていたはずなのに、
なんだかこうちょっと違うのかなって。 本当は誰に向かって、
じゃあいいよ、そのままにしときな、みたいな、そういうイライラの矛先って誰に向かってたのかなって思ったんですよ。
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息子はね、結局この体調が悪くて食べられないだけだった。 それは後からわかったことで、
ただそのお夕飯でのね、ちょっと声を荒げたというかね、注意をしてしまったあの瞬間は、息子が次の日、
発熱するなんて知る余地もなかった。 でも、この事実、起きてしまったことを差し引いても、
やっぱり私のイライラっていうのが、なんだかこう、息子に対してだったのか、なんだのか、ちぐはぐだったような気がして、
ちゃんと食べてねって、食べてほしいなっていう、私の裏が、土台の気持ちというのかな、
もっとたくさん持った気持ちもあったし、 っていうのも、ちゃんと食べないと、体が大きくならない。
丈夫にならない。 もしここでこう、食べられないであれば、
食べる習慣っていうのがなくなって、ちゃんと身につかないんじゃないかなって、食べ方もそうですし、
大人になってから困るのはこの子だなって。
ってなると、私こう、今目の前の息子に対しての話じゃないんですよね。
ちゃんと食べてほしいなって伝えたんだけれども、私が見ていたのは、その目の前の今の息子ではなくて、
自分の脳が勝手に描いていた、5年後とか10年後、20年後、大人になった息子に対しての、
この姿を想像して言っていたなって。 本当は体調が悪くて、ご飯が食べられない、その夜の息子を目の前を見てなくて、
ただ、まだ来てもいない未来の息子に対して、 そのちゃんと食べてほしいっていう願いで、声をかけてしまった。
存在していない息子に対して怒っていたって感じですね。 まだ見ぬ将来の姿。
ご飯だけでもなくて、公園で転んだ時だとか、よくよく考えてみるとね、
公園で転んだ時とか、危ないところで遊びなって言いながら、
危ないところで遊ぶから、危ないところで遊ぶから転んだんだよって。
気をつけてねって、慎重に行こうねって。
もっと大きい怪我したら怖いからって、見てたわけですよね。
友達と喧嘩したって帰ってきた時も、そうか、 でも明日は謝れるかなーなんて言いながら、
気持ちの中では、あー、喧嘩しちゃったのか、 友達付き合いが苦手なのかなーとか、
これから先、子供たちちゃんとできるかなーとか、 そういったところを先のことばっか見てしまう。
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今じゃなくて、まだ来てもいない未来の息子のことを思いつつ、 先走った声かけっていうのもしていたなーって思ったんですよ。
けどそれってママだから、子供を思うからこそ、 子供の未来を心配するっていう。
でも、それは愛情だと思うんだけれども、
その愛情が、今目の前にいる若子を見えなくさせてたなって思って。
体調が悪くて、ご飯が食べられなかった、 あの夜の息子を見てなかったなって。
友達と喧嘩してしょんぼりしている、 今の息子の気持ちを見てなかったなって。
その今を見ないで、未来の息子の姿を見て声かけをしてって。
ちょっとまあ、がっかりしてきてしまったんですよね。
いかがでしょう、みなさん?
最近、子供に何か言いたくなった時、
今見ているのは、目の前のその子なのか、
それとも、ママの中で思い描いている将来の、
困った大人になってほしくないだとか、
そういう未来のまだ見ぬ息子の子供の像を想像して作って、
声をかけたのかなって。いかがですかね。
でも、このどっちでもいいとか、
そういう話でもどっちが悪いとかではなくて、
この愛すべき子供の未来を考えることは悪くないし、
ただ、私みたいに、今目の前のこの子なのか、
自分の頭が作った将来の子供をごちゃ混ぜにしていないか、
それを確認するっていうのも必要なのかなって。
っていうのも、私はごちゃ混ぜになっていたなって思って。
それにちゃんと分けられて、これから言えるかっていうのはまだ分からないけれども、
ただ言えるのは、その熱が戻ってね、
息子がご飯を美味しそうに、嬉しそうに食べてた顔を見たときに、
ああ、これだなって思いました。
未来の、私が勝手に作ったご飯が食べられてない、
しっかり食べられていないような大人を想像した息子じゃなくて、
今、このご飯を笑顔で美味しいって食べられている息子の顔、
これを見るんだよなっていうのは感じられました。
子供と今こうやって生きられるのは、
いつだって今この時の息子は、今この時だけしか過ごせないって。
でも気づいても、今日もまた未来を見て言ってしまうこともあるけれども、
でもその未来を見て言ってしまったっていうことに気づけた。
これだけでも、私にとっては成長してるんじゃないかな、なんて思いました。
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皆さんも、今目の前の子供を見ていますか?って。
ただたまには聞いてみても、こういうのもいいんじゃないかなって思って、今日はお伝えしました。
これは昨日の朝散歩でアウトプットした内容なんだけれども、
それをちょっと凝縮して伝えたかったので収録しました。
今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。
それでは良い一日を。