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足さない、急がない、装わない。私はもうある。 しょうこのわーわーわーラジオ。このラジオでは、考えすぎる頭が静かになる。 焦る気持ちが落ち着く。そんなラジオです。私はもうある。
足さない、急がない、装わない。それでも人生は美しく育つ。 をテーマに発信しています。
こんにちは、しょうこです。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。 早いもので、私も1月の出産は減って、
もうね、1ヶ月が経ち、2ヶ月目になりますね。 息子も
すくすくと、今は健やかに育ってもらって、とても充実した。 それだけでね、何でしょう、赤ちゃんといるだけで、すごくエネルギーをもらうというか、幸せな気持ちをもらいますね。
そんなんで、まあ確かに、 細切れ睡眠でね、とても
うん、なんだろう、眠たい。眠たいんですけど、 この息子の笑顔を見ると、それも吹き飛ぶような
とても愛おしい存在だなぁと思って、日々過ごしております。 で、今日のテーマなんですけど、ちょっとこう
静かなテーマというか、 なんていうのかな、そう
夜間授乳をしている時に、ふと思ったことで、
そう、それをテーマに話してみたいと思います。 何かというと、
誰かに必要とされなくなったらどうしようっていう、 そんなテーマでちょっと話してみたいと思います。
これって、あの、ママの、 多くのママが心の奥に持っている恐れなんじゃないかなぁ、なんて思いました。
どうぞ、今日も聞いていただけたら嬉しいです。 このテーマにしようと思ったきっかけなんですけど、
この、1月に出産を経てっていう、で、夜中の授乳中なんですよね。 もう先ほど伝えたように。
うん、で、なんでかというと、すっごい静かな時なんですよね。 夜間の、夜中の授乳って、もうお兄ちゃんも寝てるし、旦那も寝てるし、
うん。 で、聞こえるのは赤ちゃんが、おっぱいの音と、自分の息と、
そんな静けさの中で、ふとなんだかこの、自分の心の中の声が、聞こえたような気がして。 まあ、2人目っていうのもあるのかな?
1人目の時はこんなことを思わず、ただただ眠いっていう、無心で、 授乳をしていたような記憶があるんですけど、
2人目だと、少しそこが、心の余裕があったのか、 自分と、自分の声を聞けるような余裕が出てきたのかなぁ、なんて思いました。
そう、それでこの、私は誰かに必要とされていることで、 なんだか自分の存在を保ってたんだなぁ、なんて、
おっぱいを吸ってる息子を見ながら思ったんですよ。 うん、こうやってね、こう、息子が自分の、
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こう、息子がなんて言うんでしょうね、 自分じゃない、ママじゃないと生きていけないじゃないですか、今ね、おっぱいを飲んでいるから。
そうやって必要としてくれている。 で、1人目のお兄ちゃんの方も、今、絶賛赤ちゃん帰りですけど、
ママ、ママってすごく、ね、毎日、 必死で私のことを呼んで、そう、必死でいろんなことを見せてくれて、なんて、
やっぱ必要としてくれている。 で、旦那も、ね、やっぱし、頼ってくれているとこもあるだろうし、
仕事をしている時は、やっぱし、求められているものもあったし、 その、どれかが、
でも、こう、なんだろう、揺らいでる、揺らぐ時って、すごく胸がざわついてたんですよね。
それが、その揺らぎって何だったのか、っていうのが、そう、この、夜間に、この、おっぱいをあげている静けさの中で、少しずつ見えてきたような気がするんですよ。
そう、揺らぐっていうのが、この、必要とされているっていうところですよね。
私たちママ、本当にいろんな場所で必要とされている役割っていうのを持っていると思うんですよ。
こうやって子供だったり、家族だったり、仕事だったり、
たとえ、これって幸せなことと思えるんですけど、
けど、皆さん、ふと怖くなる瞬間がありませんか?
これって、もし、私じゃなくてもよかったら、とか、 もし、私がいなくても、結局回るようだったら、っていう物事が、
で、その瞬間、あれ?私じゃなくていい?
自分の存在価値が消えてしまうような気がしてしまって、
例えば、子供が、パパがいい、なんて言った時、
あとは旦那が、別にどっちでもいいよ、好きなようにすれば、なんて。
で、職場では、この仕事、結局誰でもできる仕事だし、なんて言われた時、
こんなシチュエーション、皆さん、ありませんか?
でも、私もこういうシチュエーションの時に、
なんだかこう、え、じゃあ、私は何のためにいるの?みたいな、 私いなくてもいいじゃん、なんて。
こんな感覚、覚えありませんか?
そう、なんだか、これって、あの、私、まあ、感じてたんですよね。
感じてたんだけど、ちゃんと見ないように、うん、怖いから。
そう、私いなくてもいいじゃんって、これを突き詰めていくと、なんだかもう孤独になっていくような、
自分の存在価値がなくなる怖さがあったので、あんまり、こう、向き合ってこない言葉だったんですけど。
でもやっぱし、気づいたんですよね、今回ね。
それは、この人と、誰からか、こう、自分が必要とされることで、
私が、自分自身の存在を証明しようとしてたんだなっていうのを、ちょっと気づきました。
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認められたっていうのかな。
誰かの役に立つことで、自分自身を保とうとしていたって。
だから、その、パパの方がいいなんて言われたり、代わりがいると怖くなったり、
で、なんだか、頼られなくなると不安になったり、
心がざわつく、
そう、なんか誰かを大切にしているようで、実は、
なんだろうな、
自分の存在確認を委ねてたっていう、
子供とか旦那とか、仕事とかね、っていうことだったんだなっていうのが気づいたんですよね。
だからその、
なんだろうな、誰でもできる仕事だよとか、パパがいいとか、
そう言って言われた時に、あれ、私じゃなくてもいいじゃん、っていう言葉は、
その答えを外に、自分じゃなくて、他の誰かに探してたんだなって思ったんですよ。
どういうことかというと、その誰かが、
私が必要、あなたが必要だよって言ってくれるのを待ってたんだなぁなんて思いました。
でもこの静かな授乳中の時に、ちょっとふと思ったことが、
あれ、でも今日、私、誰かに必要とされるためじゃなくて、
私が、私自身が、自分を必要とするためにいるんだよなぁなんて、
なんか言葉がこう、すっと入ってきた瞬間があったんですよね。
そう、誰かの役に立つためじゃなくて、誰かに認められるためでもなくて、
私が、私自身を認める、私が私自身を置いていかないために話すんだなって、
今までの自分をないがしろにしないだとか、これからの自分と向き合うだとか、
きっとそれだったよなって思ったんです。
今まで私はずっと誰かの必要、必要とされる存在に答えることで自分を証明していた。
でも気づいたことは、本当は誰かに必要とされる前に、
私が、私を必要としてあげる必要があったなって思ったんですよ。
私が、私自身を必要としているから、今ここにいるっていうことを認めること?
それが、この自分の軸になるってことなのかもしれないっていうのを感じたので、
今日はお話ししたかったです。
もし、あなたが今日聞いていただいている皆さんが、
自分自身が誰かに必要とされなくなったら怖い、そう思っていることがあったら、
それは、自分が自分を手放してきたのかな?なんて感じてみるのもいいかもしれません。
誰かを支えることで自分の居場所を作ってきたって。
けど、それってすごく優しい人、優しさだとは私は思います。
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誰かのために一生懸命だったっていうことと捉えられるから。
それって本当に素晴らしいことだと思うし、
ただ同時に、自分自身を後回しにしてきた部分があったのかもしれないなとも感じます。
なので、ほんの少しだけ私が私自身を必要とするという感覚を持っていただけたら、
誰かの反応に左右されたり、されることはなくなったり、
自分の軸のようなものが少しずつ育ってくると思うんですよね。
誰かにありがとうって言われなくても、誰かにあなたがいなきゃって言われなくても、
私は私が必要な存在って、そう思えるような最初の一歩になるのかなって思いました。
今日のテーマいかがでしたか?
誰かに必要とされなくても、私はここにいてもいいんだよなって。
私は私に必要な存在。
私に必要な存在が私なんだって。
今日はそんな気持ちでこのラジオを話してみました。
夜間授乳のまだまだ頻繁に続きますが、
そんな授乳中の静かな時間が私にこれを気づかせてくれました。
皆さんもきっと他に眠れない夜とかあると思うんですけど、
しんどいこともある日もあるかもしれません。
ただそれって自分自身と向き合える時間、向き合っている時間でもあるんだなって、
私は今少し思えています。
もし今、なんだか自分って誰かに必要とされない、不要になるのが怖い、
なんてそんな気持ちを持っていたら、
どうかあなたがあなたを必要としてあげてください、
という言葉を今日は送りたいと思います。
今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。
それでは。