#232     私の我慢を、子どもの借金にしない。
2026-09-08 14:13

#232 私の我慢を、子どもの借金にしない。

「あなたのために、こんなに頑張っているのに」

親には、子どもを守るために必要な我慢がある。
でも、その代金を子どもの「ごめんね」で
返してもらおうとしたら——。

息子に謝らせたあと、なぜか残る苦い気持ち。
必要な我慢と、子どもに背負わせてはいけない
我慢の境目を考えました。

「私は、もう在る」

足さない。急がない。装わない
それでも、人生は美しく育つ

ワーママの、新しい生き方がここに

「私は、もう在る。」
〜しょうこのワーママラジオ〜

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00:05
ようこそ、足さない、急がない、装わない、私はもうあるしょうこのわーままラジオへ。
このチャンネルでは、ちゃんとしているのになぜか苦しいママが、私本当はそう思っていたんだ、なんて、そんな自分の気持ちに出会う番組です。
私はまだ、この言葉になっていないあなたの気持ちを一緒に見つける対話をしております。
今日も皆さんと少しだけ、私自身に戻れる、私の気持ちを感じられる、そんな時間を届けたいと思っています。
今日はね、テーマは、ごめんねって言わせたかった私に対してのことをお話ししてみたいと思います。
ちょっと今日もね、あの愛の手が、ゼロ歳の愛の手が入るかと思います。
自分がね、あなたのためを思って言ってるんだよ、なんて、これ思ってる人いませんか?ママになって。
私もあります。でもそれってね、なんか自分の気持ちを見ると、なんだかごめんねって言わせたかったとか、攻め立てるようなことをしちゃったような日があったんですよね。
食事中に遊んでたりだとか、動画を見る時間の約束を守らないこととか、ありませんか皆さん。
私としてはさ、大切なことを教えているつもりだったんですよ。
っていうのも、親になったから息子を守る責任があるし、もちろんさ、危険なことを止められ、止めるっていうのは、命の危険に関わることは止めなければいけないし、
でもそんな中でもやっぱ息子も一人の人間なんだから、思い通りにならないこともあります。
でも思い通りにならないっていうのも、教えなければならないんじゃないかななんて、あったりするんですよね。
でもこのね、息子に嫌われたくないとか思っちゃったりもするけど、でもかといって何でも許すこと。
息子がしでかすことを何でも許すのかっていうと、それが愛情だななんて思わない。
だから強く言ってしまうこともあるし、ならぬものはならぬ。
そう、ならぬものはならぬと言ったこともある。
なんか必要なのかなと思っちゃったりもするし、でもね、そのダメなものはダメなんだよっていうことで、
息子にもごめんねって、ママごめんねって言われるんだけれど、なんかやっぱ心に苦いものっていうのがね、締め付けられるものがあるんですよね、残ることがね。
本当に私が欲しかったのは、ごめんね謝罪なのかなって思ったりもするんですよ。
03:00
きっとこれは違う。
何度も、同じように注意してるのをね、注意を何度も言わせないって欲しかったし、
私だって疲れてるんだよってのをね、分かってほしいっていう気持ちもある。
一生懸命ママをやっているんだよなんてね、気づいて欲しかったり。
なんかね、そういう自分も気持ちの中であるのは認めてるんですよ。
息子もね、そういうふうに私がそんな中で、叱ったりだとか注意したりだとかしてるっていうのは、
息子の中でも、ママ、そんな中でごめんね僕がなんて、息子に思って欲しかったなんて。
まだたった4歳なのに。
そんなふうに自分の気持ちがあったことにもやっぱり、後から振り返ると気づくんですよね。
私はこうね、あなたのためになんて思いながら、
なんだろうな、自分のそういったしんどさ。
自分だって疲れてるけど、あなたのために身をこにしてみたいなね。
そういう自分のしんどさまで幼い息子に受け取らせようとしていた日もあったななんて。
それってでもやっぱり、自分の気持ちっていうのを押し殺して我慢していた分、
そういったのが溜まってたっていうのもあると思うんですよね。
皆さんもありませんか?
私が我慢すればいいだなんて閉じ込めていくとやっぱり、
その閉じ込めてた分の海って相手を不幸せにする種になっちゃうんですよね。
そうやって気持ちを押し殺して我慢していたから、
後から結局自分が不機嫌になって、
罪悪感という形で相手に背負わせてしまう言葉を言ったり。
やっぱりもう胸が痛くなりますよね。
こうやって自分の行動を振り返ることはできる。
でもやっぱり、だからといって言ってよかった、
言ってしまったことは仕方がないだけで終わらすのもちょっと違うと思うんだけれども、
責めるべき、自分はやっぱり良くなかったなって。
でもそうやって責め続けても、
責め続けて自分があの時はこうすればよかった、こうすればいいかって学ぶことはできる。
だけれどもそれだけで息子にとって優しい言葉が今後増えていくのかっていうと、
それも違う気がする。
自分を責め続けていくと結局心の余白というのはなくなっていくわけじゃないですか。
そうするとまた誰かに分かってよなんて求めたくなっちゃう。
だから必要なのは振り返って自分を罰するとか、
こうすればよかった、あっすればよかったって気づきを学ぶだけではなくて、
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何か言い直すことも必要なのかなって思ったんですよね。
さっきね、ママの大変さまで分からせようとしちゃってごめんねなんて、
本当はやめてほしかったんだよねって。
でも君を傷つけるような言い方してごめんねとか、
もう一回伝え直すねって。
本当はさんみたいに言い直すことも必要かななんて思ったんですよね。
その時は息子の寂しかった気持ちだったとか、怖がらせてしまった気持ちだとか、
そういったのは伝えつつ、
親として必要な我慢というのはきっとあるのはあると思っています。
今だったらさん眠くても夜の授乳はしなきゃいかんし、
しんどくても家族の暮らしが安心に暮らせるように働く日というのもあるし、
自分の都合より何だかんだ家族の都合とか子どもの都合というのは
優先しなければならない瞬間というのもあります。
それは自分でそれを選んで引き受けるというのが責任だと思うんですよね。
自分の都合より今は母親としてこういったものを
母親としての役割を全うするために選んだ、引き受けたんだという
自分は責任を持ってやらなきゃいけないと思う。
でもその引き受ける責任というのを持つのは立派なことだと思うけれども、
その我慢の代償というか、我慢しましたよみたいな、
だからあなたにはみたいな、あなたのためにこんな我慢したんだよなんてさ、
そういう言葉を持つのは違うよなって。
この守りたいものがあるから、私はママとしても頑張ってられる。
でもこの頑張ったママとしての私の心まで、
心を子どもとかに救ってもらおうということはやっぱり違うじゃないですか。
子どもにじゃないですよね。やっぱり自分じゃないといけないなって。
そう、責任を全うして疲れたのであれば、
休みたいから休みたいって言わなきゃ伝えなきゃいけないし、
ちょっと今苦しい、しんどいって時はそれを伝える。
息子に見せたい強さっていうのもさ、
格好良く見せたいっていうのもあったのかもしれないね、どこかでね。
自分を削りながらも耐え続ける姿、ちょっと我慢。
昭和魂みたいですよね、スポコン魂っていうのかな。
自分の気持ちを置き去りにせず、大切なものを守ろうという姿っていうのが、
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そういったのを見せたいかな、私はこれからは。
ママだから大丈夫って言って、何でも引き受けてしまって、
そうすると自分を削ってしまって、耐え続けてしまって。
そういう強さっていうよりかは、
ちゃんと自分の気持ちっていうのを置き去りにしないで、苦しい時は苦しいとかさ、
ママ今日大変なんだよとか、ちょっとママも疲れちゃったなんて。
でもそれでも大切なものを守ろうとこうして凛としている姿、
強い姿っていうのを見せていきたいなあなんて思うんですよね。
でもやっぱし間違えた時もあるし、感情があるしさ。
そういった時は間違えたからごめん、言い直すって。
さっきのは違った、ママが違ったって。
それを言える姿っていうのは、それもやっぱしある意味強さだと思っていて私は。
自分と向き合って、これは違ったって。
言い直せる姿、これはやっぱし息子にも最近言い始められるようになったんだけれども、
そういった姿も強いんじゃないかなあなんて思っているし。
そうするとね、ママも間違えるの?なんて言ってくれたりするんですよ。
ここ大事だと思ってて。
ママだって間違えるよって。
分からないことは分からないから一緒に調べようだとかさ、
そういった会話にもなっていくんだけれども、これが大事なんじゃないかなあって。
ありがとう、うんって言ってくれたの。
そう思うんですよね。
そういったことを気づきとかも得て学んでいるけれども、
でもね、それでも言ってしまうこととか罪悪感を背負わせるような言い方をしてしまったりもある。
でもね、息子に対しても旦那に対しても、ごめん、ごめんねとか、
悪かったねって言わせてほしかったわけじゃなくて、言わせたいわけではなくて、
それを言わせて自分が安心するじゃなくて、
私自身が私に、私ってこれ今何を分かってほしかったのかなあなんて自分で聞いてみる?
やっぱりこっちの方が心の安定性じゃないけれども、
人に罪悪感を背負うじゃなくて、自分で拾う。
他人に任せない。自分の感情の処理を他人に任せてはいけないなって思う。
結局後味悪いものでもあるしさ。
完璧なママっていうのは、慣れないしさ。
でも、間違いをしてしまったこと、その間違いをなかったことにしない。
ママ。合ってるよな日本語。
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間違いをなかったことにしないママっていうのはいられると思っていて、
ちゃんとそれを今は全うしたいと思っている。
間違えちゃったらまあいっか。あるけれども、
でもそれをなかったことにしない場合によってはね、息子とのコミュニケーションの中で。
そういった母親、ママではいたいなと思っている。
こうやってママになるにつれて、今4年生だけど、4歳の息子がいるからママ4年目だけれども、
我慢っていうのが上手になることっていうのをちょっと覚えてしまったことはあるけれども、
でも、ゆえに人を傷つけたり罪悪感をかせてしまっている失敗もあるから、
例えば我慢をこれから上手にしていくのではなくて、
自分が抱えるものと子供に背負わせてはいけないものっていうのは何度も選び直していって、
間違いもなかったことにしないようにして、
そうやって息子への言葉のコミュニケーションを積み重ねていきたいなと思いました。
今日はそんなことを思ったので、収録をしています。
皆さんもありますか?
叱ったりしている時だとか、人に何か伝える時に、
謝らせたいと思っている自分がいるだとか、
ちょっと罪悪感を感じさせたい自分がいるだとか、
ちょっとブラックかもしれないけど、
そんなことがあればぜひコメントやDMでも教えてもらえると嬉しいな。
私もそういう気持ちというのもちょっと語ってみたいなと思った日でした。
今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。
それでは今日、良い一日をお過ごしください。
では。
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