ジェンダーギャップと理解
はいどうも、しらいです。今日も話していきますが、
今日ちょうど株式会社コテンさんがやっているジェンダーギャップの音声を一応すべて聞き終わった感じですね。
なんか深井さんは、男性とかは2回ぐらい聞かないとって言ってましたけど、
まあパパさんは5回ぐらい聞かないと理解できないんじゃないかって言ってて、
これぐらい、5回ぐらい聞いてやっとなんとか理解できるかなぐらいな感じですよね。
感覚として落とし込めるかなっていう、1回2回じゃなんというか表面的な理解というか腹落ちしない感じがしていて、
理解はできて本当に納得はするものの、いざね、身体感覚というか感覚的に使えるかっていうところがあるので、
ちゃんと何回も聞いて、時間を置いて1回通しで聞いて、熟成期間を置いて、もう1回聞いてっていう感じで、
繰り返し時間を置いて、自分の中に浸透させていく感じで、ちょっと理解していければなと思っています。
めちゃくちゃ興味深い、本当に。本当に膨大な時間を使ってね、調査してくださっている方々には、
学者先生とかも本当にリスペクトなんですけど、こういう活動してくれる人は本当にね、素晴らしいですよね。
自分もそういう知的鋭意の参加者になれればいいなと思っている今日この頃です。
文化進化とコピーのメカニズム
さてさて、そんなこんなで進化を超える進化についてちょっとまた見ていきますが、
今回はイノベーション的なところですかね、一旦そこをちょっと見てみますかね。
イノベーション、イノベーション、人間の模倣性みたいなところですね。
人間が問題解決を集団能に頼ることができるのは、巧みなコピーのメカニズムが文化進化を支えているからだ。
集団能っていうのは、一人で解決しようとせず、誰かに頼る、集団で問題解決をしていこうっていう、
そこに頼ることができるのはですね、巧みなコピーのメカニズムが文化進化を支えているからだと。
中略して、模倣は文化進化の基本だ。
様々な文化的習慣は、文化的慣習は私たちが正確かつ忠実にコピーしなければ、
コミュニティの中で存続せず、累積的な文化は生まれない。
積み重なっていかないってことですよね。
忠実なコピーは文化的変異の寿命を伸ばし、コミュニティは遥かに豊かで多様な文化を持てるようになる。
ちょっとわからないと思うんですけど、なぜなら、
何らかの慣習が正確にコピーされるほど、
それに加えられた少々の変更や改良もコピーされて存続していくからだ。
つまり変異がバリエーションにつながるのである。
これ多分何言ってるかっていうと、例えば、
動物の狩りをするのに、
すごい良い槍、投げ槍みたいなのを作れる人がいたとして、
それで狩りの成功度が高まって、
みんながそれを模倣しますと。
さらに、まずその良い投げ槍がみんなの中で伝播して、
基準値になった際に、
違う人が、この投げ槍のお尻のあたりに鳥の羽とかつけてみようって言ってつけたら、
なんか命中度が上がったみたいな。
そしたら、さらにそれが命中度が上がるって言って、
みんなに伝播していって、それが基準値になる。
そしてさらに、槍の矢尻の部分に返しをつけたら、
動物に刺さった時に抜けづらくなって、
動物を弱らせるのにいいんじゃないみたいな。
そんな感じの人が言い出して、
一人がそれがうまくいったら、さらにそれがみんなに広まっていってっていう感じで、
多少の変更だったり改良がコピーされていって、
このバリエーションにつながるっていうようなことかなというふうな理解です。
そして、人間はコピーすることでこの世界を築いた。
私たちが使っている文化的解決策、監修、技術の背後には設計者がいないというのは信じられないかもしれない。
私たちは発明と発明者を結びつけることに慣れている。
例えばトマス・エジソンは電球を発明し、ヨハネス・グーテンベルクは印刷機を発明したことで知られている。
しかし実際にはたった一人の天才によって何もないところから発明されたものは存在しない。
これは本当にストーリー理解というか因果をめちゃくちゃ単純化して、
トマス・エジソンは電球を発明した。
だから天才ヨハネス・グーテンベルクが印刷機を発明したっていう風に、
結びつけがちだけど、実は先ほど言ったような累積的に、
誰かが何かを発明してっていうそのコピーからの変異っていうものの中から生まれたんだよってことですね。
通常イノベーションや発明は偶然生まれるか、あるいは既存の技術を何度も改良したり組み合わせたりして生まれる。
すなわちダーウィンの言う盲目的な自然選択によって生まれるのだ。
実際、累積的な文化が複雑性を増していく過程をモデル化して観察すると、
新しい形質が発明される割合はイノベーションの数にほとんど影響しないが、
既存の形質が組み合わされる割合は大きく影響する。
これはアイディアとかの、アイディア発想術とかの部分でも言われていることですね。
新しいアイディアは既存のアイディアの組み合わせにしか過ぎないみたいなところとつながっているというかありますね。
ある慣習を正確に模倣すれば、それは集団内に長く浸透し、他の慣習と組み合わされる、結合されるということですね。
文化はそれらを自然選択のふるいにかけながら複雑性と多様性を高めていく。
自然選択的なふるいにかけられるってことなんで、
意味のない文化だったりは消え去っていき、
実験による戦略の探求
意味のある文化のみが自然選択されて残っていくっていう感じですね。
石やみ、石、石やり、投げやりのところで言うと、
どん、んーとそうだな、やり、やりだけど、
矢尻をちょっと丸くして打撃性を高めてみよう。
石やりの部分を丸い石に変えて打撃性を強めてみようみたいな感じでやったけど、
全然獲物を捉えられないわってなったら、それは自然選択として消え去っていくみたいな感じですかね。
いいやつだけ残っていくっていうようなイメージな気がします。
それで、続く部分ですね。続く部分で、ちょっと長いんで割愛しながら読むと、
それでもやはり人間がこれほどの大きな脳を進化させたのは主にコピーするためだった、
模倣するためだったというのは直感に反するように思える。
し、多くの専門家は問題を解決する最善策になるのはアイディアの発明か、それともコピーかという疑問の答えを出せていない。
これに関して2010年、進化生物学者ケビン・レイランドさんが実験によってこの問題の答えを出そうとしたらしいです。
このケビン・レイランドさんを率いるチームはコンピューター上でトーナメントを企画したらしいです。
この賞金130万くらい出して、参加者チームのアバターが奇妙な世界、ゲームのサバイバーとセカンドライフの中間のような、
わかるかな、全然わかんなかったけど、その奇妙な世界を、困難がいっぱいあって、それを乗り越えて生き残れば130万みたいなゲームを企画したらしくて、
これには神経科学者、計算生物学者、進化心理学者を含む100名以上のチームが競い合った。
彼らはアバターをゲームの中で刻々と変わる、なじみのない環境を生き延びられるようにプログラミングした。
この発案者のケビン・レイランドさんは、最善の生き残り戦略はイノベーションとコピーを組み合わせたものだろうと予想して、他の分野の専門家の大半もそんな風に予想したらしいです。
しかしその結果は、レイランドさんらを共嘆させた。どの状況でもコピーがイノベーションを圧倒したのだと。
もう一回言うと、ほとんどの専門家はイノベーション、そしてコピーを組み合わせたものが最善の生き残り戦略なんじゃないかっていう風に想定したんですが、結果としてはコピーがイノベーションを圧倒ですね。
勝敗ははっきりしていた。イノベーションとコピーの組み合わせも起きなかったとレイランドは語ると。
最終的にトーナメント勝ち抜いたのは、数学と神経科学を研究する二人の大学院生だった。
彼らのアバターは、環境の変化が早い時には最新の行動を優先的にコピーするという戦略を採用していた。
つまり、そのアバターは古くなった行動にはあまり注意を払わなかったのだということらしいので、
常にコピー戦略というのが一番目まぐるしく変わる環境においては、
最新の行動というのを過去の行動、これまで過去をやっていた行動を捨てて、
最新の行動、新しい行動を優先的にうまくいっている行動をコピーするという戦略が一番うまくいったというのは、
とても僕たちの生活に資差を与えてくれるものなんじゃないかなと思いましたね。
ナルドの調理法にしても、これは前回くらいで話しましたけど、
ナルドの調理法にしても、誰か一人がその手順を全て考えたわけではない。
そうではなく、世代から世代へと伝えられるうちに徐々に変化し、より良い方法ほど頻繁にコピーされて、
やがて最善の方法が見つかり、コピーすべき文化的慣習になったのだということですね。
すごいですよね。
なのでコピーがめっちゃいいんじゃないかっていう話です。
コピー戦略ね。
これはなんというか、すごく生活に資差物差を与えてくれるものだなと思ったんで、ちょっと読んでみました。
今ちょっとハイライト見てみたんですけど、もうちょいだけ面白い部分があったんで、またちょっとどっかで話してみます。
というわけで今回は以上ですね。
終わりましょう。
バイバイ。