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2026-02-13 18:45

#10|「チャーチ型」と「セクト型」からケネディの名言を考えてみる

この番組は、ついつい斜に構えてしまう "シャ族" の僕が、日々の学びを通して、まっすぐ生きて行くためのヒントを探していこうという思考の整理ラジオです。
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コテンラジオ
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社族日記
どうもしらいです。今日も斜めに生きてますか?というわけで始まりました社族日記です。
この番組は、ついつい社に構えてしまう社族の僕が、日々の学びを通してまっすぐ生きていくためのヒントを探していこうという志向の整理ラジオです。
よろしくお願いしまーす。はい、というわけでね、今日も話していきたいと思いますが
今日は早速本題に入ります。 本題といっても全く整理ができていない。なんとなく
こうなんじゃないかなという最近の学びというか 思ったこと考えたことを
シェアできればいいなと思ってこの頭のモヤモヤ事を出す感じで話していきたいと思います。
今回はですね、タイトルもまだ決めてないんですが
最近本を読んでいてですね、 ジョン・F・ケネディ、第35代
アメリカ大統領のですね、ジョン・F・ケネディが 1961年のアメリカ大統領就任演説でですね
残した有名な弁言がありまして そこをですね、取り上げつつ
結構何回か聞いたこと自分もあって、でこれを話すと これをお聞きのあなたもね
聞いたことあるなぁって思うかもしれないんですが、自分の中で全然ピンときていなくてこれまで
ただですね、この古典ラジオの セクトとチャーチっていう回をですね、概要欄に貼っておくんですが
それを聞いてからジョン・F・ケネディのこの大統領就任演説の 名言を見たらですね、なんとなく腑に落ちたというか
理解できた感じがあったので それを
頑張って言語化していきたいと思います まとまりは全然ない気はするんですが、ぜひ聞いていってください
まずですね
ケネディの名言を話したいと思います これが1961年の
大統領就任式で話したことですね 長々と、長々とって言ったら失礼ですけど
話したポイントですごく有名な部分ですね まず現代言文、英語だと
ask not what your country can do for you, ask whatyou can do for your country
直訳すると 国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく
あなたが国のために何を成すことができるのかを問うてほしい これがね名言として残っているわけですね
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Googleとかで国があなたのためにで調べるとこの一文がバーンと出てくるぐらい 有名らしいです
で、意味としてはですね主体性の喚起、国民に対して社会の一員としての責任を自覚し
能動的に行動を起こすように促したと これねー
全然これまでピンときてなかったんですけど なんかつい最近本当に本でこの文が出てきて
なんとなくわかる気がするというか 理解できた気がすると思ったんで今日はそれを話しています
これねー 日本人の感覚では多分全然ピンとこないと思うんですよね
なんつーか 言ってることとしては国があんたに何かするんじゃなくてお前が国のために何ができるか考えろや
ってことで 日本においてはですね
いやいや税金を収めてんだから国がちゃんとしなさいよっていうふうに 突っ込みが入るかと思うんですが
これをですねアメリカの精神性というかセクトとチャーチっていう部分を
紐解いていくとなんとなく理解できるんじゃないかなというところで今日はそんな話です で詳しくは古典ラジオを聞いてくださいっていうのはすごく
こうねあれなんでなんとなくざっくりな概要を話したいと思いますこのセクトと チャーチですねチャーチとセクト
についてです 間違っていたらすいませんって感じです
この
チャーチとセクト チャーチ型とセクト型っていうのはですね
宗教社会学の概念らしいです 元々は宗教改革時代の分類
だそうで これを森本安里先生が
アメリカの宗教的社会的性質としてチャーチ型とセクト型の対立と共存として説明しているそうです
でまずはチャーチ型チャーチなんで教会ですよね教会型 特徴としてはですね社会と深く融合している中央集権的なあり方ですと
その社会に生まれた人々は自動的に公正院となり選ぶことはできません 教会の役割こちらはですね
教会は地上における神のお代理 であり超自然的な救いを社会に分配する唯一の機能施設とみなされます
で国家と政府官ですね官は見るというかんですね 国家や政府は神の見心を実現するための道具であり肯定されるべきものと考えます
たとえ不完全であっても積極的な社会建設を目指す楽観的な姿勢を持ちますと 次にセクト型です
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セクト型の特徴としてはチャーチ型の制度をこの世の妥協した この魚と妥協した堕落の結果として根こそぎ否定しますと
新約聖書の時代の純粋な姿に戻すべきと主張して募集団 規制の境界や権威に対して常に否定的
批判的ですと 構成員としては誰でも入れるわけではなく入会資格を厳格にして高い倫理意識を持つ
よりすぐり得りすぐりのもののみを認めます 国家政府官としては地上の権力は人間の罪故に仕方なく存在する必要
悪と考えます 政府は最小限であるべきであり
権力が被害化しないように常に 警戒し監視しなくてはならないという強い不信感を持ちますと
でこのアメリカという国がですね 本来セクト型の人々によって作られたんですが現実社会を運営するためにチャーチ型の
要素 これをですね取り入れざるを得なかったという自己矛盾を抱えているそうです
でこれがですねこの類型の対立構造というのがですね 現在のアメリカの様々な社会問題だったり政治システムに色濃く反映されているそうです
例えば重規制 国民解放権制度の有無ですね
あとは政党政治だったり法律の制定ってところに 大きく関わっていると言われています
詳細については本質と離れるので ここでは割愛しますがまとめとしてはですね
森本安理先生の指摘に基づくとアメリカはセクト型の精神 権力嫌い純粋主義を持つ人々が生き残るために仕方なく
チャーチ型組織制度を受け入れた結果 その内部で永遠に妥協と闘争を繰り返しているシステムとして理解できますと
いうことですねこれがチャーチ型とセクト型 アメリカに
アメリカ社会を構成する 宗教的社会的性質であると
いうふうな 説明とします
そこまで間違っていないはずというかまとめたんで 大丈夫なはずです
でまぁ ここから補足はそこまで必要じゃないかなと思うんですがセクト型チャーチ型っていうのは集団の話ですね
個人個人単位ではなく集団の話ですよと で
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森本先生の説明だとチャーチは社会全体を覆うエスタブリッシュメント 支配階層みたいな意味ですかね日本だとで人は自然とそのメンバーになる
もっとわかりやすい言い方している場所がこれですね森本先生は例として 初心者でも入れる巨大テニス部っていうのがチャーチチャーチだと
そして強くなるために厳しい別部活を作るというのがセクトという比喩を出しているそうです で森本先生の文章で
任居すると政府を地上の神の道具として肯定し社会建設するこれがチャーチ的 権力を必要枠として最小限に監視するこれがセクト的だと
でこのチャーチとセクトが同居しているのがアメリカだぞというところで すねでも反時政主義は反権威っていうところだったりっていうのもあるんですがそこも
ちょっとずれてしまうので 本筋に戻してここからですね
ケネディの名言 改めて言うと
国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく あなたが国のために何をなすことができるのかを問うてほしい
これについてね考えてみたいと思います どうでしょう
今セクト型チャーチ型アメリカの宗教的社会的性質を 聞いた上で
ちょっとね最初と この言葉から受ける印象
変わったんじゃないでしょうか変わんないかな どうでしょうどうでしょうって感じなんですが
これをですね ぜひねこのチャーチ型とセクト型
を元にしてね 見てみたいと思うんですがこのね先ほどのチャーチ型セクト型を考えるとこの名言
アメリカのシステムの説明文みたいな というところどっちも共存させている矛盾を内在させつつ
お伝えしている 出している感じなんじゃないかなというところを思いました
でこの名言についてもですねこの大統領就任演説についても少し 掘り下げてみていくんですが
この言葉をですねこう 日本語訳にするとというか前提としてケネディのカントリーっていうのがですね
この就任演説 カントリーっていう言葉が出てくるんですが
これは政府的な意味じゃなくて我々の共同体っていう風な 意味らしいです
でこれを日本語訳すると国に尽くしてくださいみたいな 国会の検診みたいに聞こえがちらしいんですが英語圏の感覚だと
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カントリーイコールガバメントではないと政府ではない という形がまずありますと
でケネディは同じ流れで 世界の市民よアメリカが何をしてくれるかではなく
共に何ができるかを問うてほしいと言っているそうでして 結構主語がですね共同プロジェクトよりらしいです
でこの名言っていうのはですね国家をサービス提供者として見るなっていうよりもですね 国を自分たちのチームとして見てくださいという風に言ってる
のに近いらしいです 大丈夫ですかねここまで
で このですね
名言を チャーチ型
そしてセクト型で読むとですね 統合の言葉なんですがもちろん
ねアメリカの大統領就任演説なんでアメリカを統合する 言葉としてのあるものの権力によりかかるなというのを同時に言っていますと
でまずチャーチ型に刺さる部分としてはですね 国民に公共のために動こうと呼びかけて一つの方向へまとめますと
でまあそもそも就任演説っていうものがですね国家の儀式でもありますと セクト型に刺さる部分としては
国が何をしてくれるのかを待つっていうのは それすなわち権力に依存する
匂いがありますよねと確かに で
そうではなく自分が何をなせるかを考えなさいとこれは権力から距離を取った主体性 を示している
というところでこのケネディの名言がですね セクト型の精神にも
あっていると いうことで改めて読み上げると国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく
あなたが国のために何をさすことができるのかを問うてほしい ですねこれは本当に
国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく 自分が何できるか主体性を
示して いつつも
国のために何をするかというところで統合を呼びかけている まさにチャーチ型
セクト型 統合と反依存のハイブリッドの名言なんじゃないかなというところですね
でアメリカの設計そのものがですね統合は必要だけど権力は信用しない 反権力
ですね なので
この チャーチとセクトっていうのを一行で美しくまとめたのが
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この ジョン F. ケネディの
名言なんじゃないかというところで 今なおですね
ジョン F. ケネディの名言として 残っているんじゃないかと思います
海外圏だと本当に 海外の文脈だとアメリカの文脈だとすごく刺さるんでしょうね
日本国民だと これだけ聞いただけだとへーそういう
なんかいいこと言ったんだーみたいな 思うかもしれないんですけども
アメリカの文脈だとね こういったところで残ってるんじゃないかなというのが考察としてあります
さらにさらに この1961年の文脈がですねをちょっと説明するんですが
これがね 冷戦の総力戦期のタイミングらしいです
冷戦下の1961年に アメリカの若者や国民全体に希望と協力を求めた衆議院演説ということでして
影響としてはですね 平和舞台 peace corps の結成など 市民の主体的な行動を後押ししたそうです
でまぁ個人が何をしてもらえるかではなく自分に何ができるかを考える姿勢の重要性 を示していますということですね
でまあ重複しますけど冷戦のど真ん中で国家として団結して走るぞっていうスピーチでも ありつつ
市民を動員しつつもそこには 君の
主体性が大事なんだぞと 国家が
動員する命令して動かすのではなく 君の自由意志でこの
冷戦時代 参加して
国を盛り上げていこうじゃないか 一緒に戦っていこうじゃないかっていう形になっているのが
すごくアメリカ的だし これまで見てきたですねチャーチ型のセッチャーチ型とセクト型の
a 攻め際と言いますか折り合いつけながら進めていく
というところの構造が見えるんじゃないかなぁというのがあります いかがですかどうですかね
最初この言葉を聞いた時と 今この言葉を聞いた時だと
あなたの理解が少しでも 変わっていたら嬉しいです
うまくうまくまとめられたかわからないんですが そういったところで今回はですね
なかなかこれまでねこの言葉ジョン f 権利の名言を 聞いた
ところでは全然ピンときてなかったんですが 古典ラジオのですね林間編
チャーチ型とセクト型 を踏まえて
18:03
このことは改めて何回も言いますけど 国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく
あなたが国のために何を成すことができるのかを問うてほしい これをですね聞くと
また違った アメリカの文脈を踏まえた理解ができるんじゃないかなというところで話してみました
というわけで今回はそういった結論は 結論があるようなないようなって感じですが自分の気づきをですね
シェアしてみましたというわけで今回はここまでです 皆さんの件も聞かせてくださいというわけでおりますバイバイプー
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