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社族日記
どうも、しらいです。今日も斜めに生きてますか?
はい、というわけで始まりました社族日記です。
この番組は、ついつい社に構えてしまう社族の僕が
日々の学びを通して、まっすぐ生きていくためのヒントを探していこうという思考の整理ラジオです。
よろしくお願いします。
はい、さて今回はですね
みなさん、最近苦痛を感じてますか?っていう
話をしたいと思います。
はい、苦しいに痛いと書いて苦痛ですね。嫌な字が二つ並んだ二次熟語ですね。
二次熟語って言うのかな?
はい。
でもこの苦痛についてですね、こうダラダラと話していきたいとおもいます。
全然余談なんですけど
前回
ソスペイゾ
について話した時ですね
結構、あの台本読み上げた感じになったんですよ、なったんですよというか、いつもは
チャットGPTと
壁打ちとか会話しながら
理解できたことをですね、その会話の
内容を大雑把に見ながら
話してるんですけど、前回はですね
なんかチャットGPTとかあいつらなんかこう
次のアクションみたいなのを提案してくるじゃないですか。
で、その時、ソスペイゾの内容をこう調べて壁打ちしている時に
もしよかったらこの内容
音声配信用に
台本作りましょうか?みたいな感じで言ってきたので、じゃあ試しに作ってみようってことで
作ってもらい、それをね、元にこう読んでいったんですけど、いまいちなんか自分の
言葉で話している感じがしなくて、すごく気持ち悪かったので、今回は
そういったもの一切なくですね、なんとなく思ったことを
あんま考えず、多少考えた方がいいかもしれないですけど、話していきたいと思います。
で、ででで、でで大容、えー、苦痛ですね。あ、そう、コーヒーの話まだまだあるんですけど
一生コーヒーの話しててもね、しょうがないんで
ちょくちょくコーヒー入れつつ、コーヒーブレイク挟みつつ
こういう話もしていきます。で、えー、苦痛の話です。なんで今回苦痛の話を
しようかと思ったかというと
スタンドFMっていう音声アプリで
知人、知人のみどりさんって方がですね、苦痛について話されていたので
まあそのインスパイアを受けて話してるって感じですね
苦痛について話してるって言うと、なんかヤバい人みたいなんですけど
なんかそういう愚痴をとろしてるとかそういう感じではなくですね
みどりさんが話されていたのは
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退屈がもたらす苦痛っていうタイトルで音声配信されていて、内容としては
苦痛の心理学、なぜ人は自ら苦しみを求めるのかっていう
ポール・ブルームさんって方の本
を
下地として
退屈だったり、暇っていうものを
切り捨ててしまっていいのかどうか
っていうことにですね、話を展開していったという経緯が
っていう内容でした。で、そういった話の展開として
スマホ時代の哲学
谷川よしひろさんの本だったり
あとは、アガサ・クリスティの春にして君を離れっていう本をですね、こう引きながら
話を展開していったっていう音声の内容でした。
で、それに対する
答えではないですね。なんかそんな、ああ、なんか苦痛について話してるわーって
冷めた感じですけど
しゃに構えてないんですけど、この子に関しては。えーっと、まあ苦痛について皆さんはどうですか?って
言う
提案があったので、ああ、苦痛なーと思ってちょっと今日話してみてる感じですね。
で、
苦痛ですよ。あのタイトルにもある通り、皆さん最近苦痛感じてますかね?不快な体験してますか?
この不快な体験ってのがですね、結構大事になってくるよーって話をですね、
してみたいと思います。
えー
主に、今回話す内容ですね。
鈴木悠さんっていう方の、サイエンスライター鈴木悠さんの、社会は静かにあなたを呪う
思考と感情を侵食する見えない力の正体
という本からですね、苦痛のパラドックスっていうものを元に、ちょっと話していきたいと思います。
で、
皆さん、苦痛のパラドックス聞いたことはありますかね?
で、本書からちょっと見てみると、引用すると、
苦痛のパラドックスをご存知だろうか?
これは、心理学の古典的な知見の一つで、
私たちが抱く価値の感覚は、
苦痛の総量に左右されるという考え方だ。
楽しめることだけしたいという気持ちは自然なものだが、本当に幸福感を高めたいなら、
どうしても苦痛の体験が欠かせない。
ということです。
で、さらにさらに
見てみると、この苦痛のパラドックス
っていうのですね、存在を示した研究っていうのは結構あってですね、あるそうでして、
苦痛と快楽が入り混じった行為はですね、快楽だけの行為よりもですね、150から400%強い満足感を
覚えたそうです。
なので、苦痛と快楽っていうのは2個1ってことなんですよね。2つで1つ、快楽だけ
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得るよりも、苦痛プラス快楽の方が満足感が強いというふうにできているそうです、人はですね。
で、この部分ですね、この
苦痛の心理学、ポール・ブルームさんの本ですね。
僕はまだこれ読んでないんですけど、いつか読みたいなって感じです。
で、そこの紹介文というか、本文より引用されている部分がありまして、
ここ読んでみると、
私が本書で言いたいのは主に3つのことである。まず、自分で望んで
受けるある種の苦しみ、
痛み、恐怖、悲しみなどは、
人にとって喜びのもとになり得るということ。これはまさに苦痛のパラドックスですよね。
そして続けると、2つ目は、喜びだけの人生は良い人生とは言えないということだ。
道徳的に正しく意味ある目的がなくてはならない。
3つ目は、高い目標を達し、不足のない充実した人生を送ろうとすれば、必ず途中で何らかの苦しみを
体験するということだと
いうことでして、読んでないんで
不正確になってしまうかもしれないんですけど、おそらくこの苦痛のパラドックスについて
触れられているのかなって思います。
ででで、ででで大王、
でかい言った。
えーっと、まあその、静か、社会は静かにあなたを呪うから再度引用してみたいんですけど、
じゃあなんで、えー、僕たち、私たちはですね、わざわざ進んで苦痛を得ようとするのか、
っていうのがありますよね。こう、
その、進化人類学的に
難しい言い方しましたけど、どうやって、なんでそうやって、
快楽だけじゃなくて、苦痛とセットで快楽を感じた方が強い満足感を得るように、
なったと、なったのかってことですよね。
で、えー、この真理はですね、
この真理にはですね、心理学者の
ポール・ロジンっていう方がですね、量性マゾヒズムっていうふうに
名付けているそうです。
で、引用すると、量性マゾヒズムとは、
人間の快楽は不快との楽さで決まる、という現象のことだ。
例えば、辛いものを食べた後は水の味をより鮮烈に感じるし、
怖い映画を鑑賞した後はいつもの日常が心地よく思え、
サウナで暑さに耐えた後は水風呂が心地よい。
これらの体験はいずれも、
初めに不快さを味わったことで、その後の快楽がより強調されたせいで起きる。
このような快と不快のコントラストで生まれる快楽を、ロジンは量性マゾヒズムと名付けたのだと。
マゾヒズムって聞くと、ちょっとね、アダルトな感じがしますけど、量性マゾヒズム、ぜひね、
今回、苦痛のパラドックスと量性マゾヒズムだけでも覚えて帰ってください。
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で、ででで、
この真理が生まれた背景にもまた、ちょっと引用続けますけど、
進化論的な理由が隠されている。
これね、これ聞いたとき、僕も、あ、なるほどって思ったので、ぜひ皆さんも、あ、なるほどって思ってください。
引用し続けます。
今から600万年前、サバンナで狩猟採集生活を始めた人類は、
猛獣の襲撃に怯えたり、飢えや暑さに耐えたりと、常に複数の脅威に悩まされながら暮らしていた。
まあ、そうなんでしょうね。
そりゃあそうですよね。今、こんなね、僕たち、快適な暮らししてますけど、家とかもないですもんね。
で、もし、これらの脅威を苦痛としか認識できなかったら、狩猟を続けるモチベーションは生まれず、
人類は生存競争に敗れたはずだ。
そこで人類は、脳内に不快さを乗り越えて得たものほど価値がある。
もう一回言いますね。不快さ、嫌なこと、辛いこと、痛いことを乗り越えて得たものほど価値があると認識する真理を進化させた。
苦しみの先に報酬があると思うことができれば、目の前の困難に挑むモチベーションが高まり、ひいては、
種の生存率も上がるはずだ。
ケニアのマサイが、成人前の男子にライオンを捕獲させたり、
アマゾンのサテレマウエ族が、
青年に毒有りに手を噛ませたりといった儀式を行うのも、
試練に価値を見出すという進化的なプログラムが背景にあるのだろう。
もうちょっと続けると、言い方を変えれば、私たちの脳は、不快な感情を抱くほど、
その先にある心地よさや快楽をよりよく
認識できるように設計されている。
生物があえて苦痛を求めるのは、ただのマゾヒズムではなく、
快楽をより強く味わうために備わった自己調整システムだと。
で、ここで引用終わります。
個人的な感想も入れつつの引用でしたけど、
これ、なるほどって感じですよね。確かに、
ライオン、狩猟採取のところでライオンを飼ったり、あとは野生動物ですよね。
ジャッカルとか、ジャッカルは違う、シカとかを捕らえるときに、
これは別の進化人類学系の本で読んだんですけど、
イノシシとかシカとかをですね、こう走って、
それこそマラソンのような感じで、
野生動物が逃げていく中で、相手がへばるまでひたすらストーキングする、
っていうような狩りのスタイルをしてた
りもしたらしいんですね。
なので、そんな時、
まあマラソンね、皆さん、一度は人生で経験したことがあると思うんで、わかり、わかると思うんですけど、めっちゃ苦しいですよね。
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で、ただその苦しみ、
苦しい、苦しいだけ、
っていう風に思ってしまったら、
もちろん猛獣も、猛獣もそうですし、野生動物も捕らえられずに生き延びられなかったと。
なので、生き延びた先頭はどういった連中かっていうと、
マラソン、
動物を追いかけながら、マラソンしてストーキングして、息ゼーゼー鳴りながらも、なんとか動物を捕まえて、
それに、
より強い快感を得た種だけがですね、多分、
選択的に、生き延びやすくて、そういった種のですね、
えー、
祖先が我々なので、我々も、
不快さを乗り越えて得たものほど価値があるっていう風な脳の設計が、そうなってるんですよー、
っていうことですね。
はい。
で、えー、もうちょっとだけ続けると引用してみると、
なればこそ、私たちは苦痛のパラドックスから逃れるわけにはいかない、まあおっしゃるとおりですよね。
えー、絶え間ない快楽はいずれ日常になり、その代わりに必ず平坦な退屈が訪れると、
言っています。
で、そうですよね、これは快楽殉納とかって言われたりしますけど、
本当かどうかわかんないですけど、あの、ブッダ、
お釈迦様、ブッダはですね、なんか、あれですよね、主治肉林の
贅沢三昧、王子時代に贅沢三昧して、
で、ある日、なんだこれ、みたいな、
なんだこれ、っていうね、無の虚無の状態に陥ったみたいな話がありましたけど、
まあ、これもそうですよね、快楽の中に
身を浸していたのが、いつかは、
えー、まあ絶え間ない快楽っていうのが日常になって、
退屈な平坦っていうのが訪れてしまったというふうにも捉えられますよね。
で、えー、ここから、
この社会は静かにあなたを呪うっていう本はですね、
快楽と充実っていうのを対比させながら話が進んでいくんですが、
今回はそこにはちょっと踏み込まず、
えー、苦痛のお話で終わらせたいと思います。
なので、そう、ここで、こう、もう一度、冒頭の、
そしてタイトルの話になってくるんですけど、
皆さんは、えー、不快、不快な経験最近してますかね?
っていうのがあります。
で、ここまで見てきた通りですね、
不快を避けて快楽しか味わっていないとですね、
えー、どんどん日常が退屈な、平坦なものになってしまっていて、
逆に欲打つ、不快がないがために欲打つ症状を呈したりですね、
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えー、そういった心身の不調を生じてしまうっていうのがあるらしいです。
どうですかね?
ま、ありますよね、最近。
大汗かいたり、
ぜいぜい息が上がるようなことだったり、
してますか?
ふかふかのベッドからお布団から朝目が覚めて、
エアコンの効いた部屋で朝ごはん食べて、
満員電車なんかには揺られずリモートワーク自宅でお仕事をして、
えー、仕事が終わったらソファーで寝っ転がって、
TikTokを見るともなく眺め、袋を折しまくって、
その間にはほったらかし家電で夕飯が作られているっていう生活してないですかね。
ここのどこに不快があるのかっていうところで、
ま、こういった方、自分を含めですね、自害を込めてなんですけど、
多いはずです。
なので、ま、そういった生活をですね、続けてしまうとですね、
あれ、自分の生活これでよかったんだっけ?みたいな。
なんか、全然不快ではないが、
すごく虚無感もあるなっていう症状が起きてしまうんじゃないかなって思っております。
っていうか、ここまで見てきたことをですね、踏まえると、
ま、差もありなんて感じですよね。
うーん、興奮なことにかどうかはわかんないですけど、
えー、僕は筋トレとかランニング、ま、好きでやってるってのもあるんですけど、
は、日常的に実施していたりするので、
ま、苦痛ですよね、あれこそ。
筋肉痛いし、嫌だし、
筋肉痛いし、
ランニングすると息上がるし、
汗かくし、
ねー、ありますけど、
ま、これは、
いいんじゃないでしょうか。
まとめが下手くそなんですけど。
ね、苦痛、苦痛をあえて感じる、
という経験として、
まだまだちょっと言いたいこともあるんですけど、
まね、ぜひ、まとめるのがちょっとあれです、あれですね。
ま、ぜひ皆さんもですね、ちょっとした苦痛、
急にまとめに入りますけど、
ちょっとした苦痛とかね、
不快っていうのをですね、
積極的に取り、人生の、
日常に取り入れる、
ことで、
いつも以上に、
この快楽だったり、喜びっていうのを感じられるんじゃ、
ないでしょうか。
ちょっと全然、うまくまとまんないなー。
ま、そうっすよねー、でも、
苦痛と快楽が入れ混じった方が、
快楽だけの行為より、150から400%強い満足感を得るらしいんでね。
ちょっとした苦痛を日常に入れてみたり、
すると、
良いんじゃないでしょうか。
まとまりが、まとまりがない。
今日は今日で、
いつもは適当な、
壁打ちの感じで喋ってるから、
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なんとなくまとまりが、
できてる気はしてるんですが、
今日はダラダラ喋っちゃったせいで、
まとまりがね、ないですが、
ま、でもこれも苦痛ですよね。
ある種の苦痛なんで、
この苦痛があるからこそ、
これをアップロードして、
あーやったーできたー今日も音声配信できたわーっていう快楽が、
プラス、
何百パーセントかされるんじゃないでしょうか。
というわけで、今回はここまでです。
是非皆さんもですね、
日常生活の中にちょっとした、
不快さ、苦痛っていうのをですね、
入れてみて、
そうすると、
平坦な退屈、
ではなく、
日常にちょっとしたスパイスが、
えー、
ふりかけられるんじゃないかなって思います。
はい、というわけで今回はここまでです。
最後までお聞きくださりありがとうございました。
それでは皆さん、
バイバイプー。