番組紹介と今回のテーマ提起
社族日記
どうも、しらいです。
今日も斜めに来てますか?
はい、というわけで始まりました。社族日記です。
この番組は、ついつい社に構えてしまう社族の僕が,日々の学びを通してまっすぐ生きていくためのヒントを探していこうという思考の整理ラジオです。
はい、よろしくお願いします。
さて今日はですね,
前回,前々回,前々回かな?コーヒーの話をしたんですけど,
教養としてのコーヒーとカフェの世界史の本を軽くしまして,その続きというかですね,それに付随した話をしていこうと思います。
今回はですね,何言ってるかわからないと思うんですけど,
イタリアナポリのですね,バール文化にあるソスペーゾという習慣からですね,
ペイフォバードとは何なのかだったり,人に優しくするっていうのは実はどういう設計なのかというところについてですね,ちょっと考えてみたいと思います。
これはですね,どちらかというとカフェの世界史家っていう本を読んだときに,
このイタリアのバール文化だったりソスペーゾっていうのをですね,知ったのでそこを深掘りしてみようと思ったのがきっかけで今回そんな話をしています。
イタリアのバール文化とは
で,まずバールとかソスペーゾっていうのが何ぞやっていうところなんですけど,
バール,僕は聞いたことなかったんですが,皆さんはどうでしょう?
バールっていうのはですね,イタリアのですね,カフェみたいな感じですね,朝食のコーヒーからランチ,夜のワインまで地域住民が日常的に利用する立ち飲みスタイルのカフェ,喫茶店,これをですね,バールって言います。
15万件以上が存在して,めっちゃ多いな,バリスタが入れるエスプレッソカプチーノっていうのを提供すると,
カウンターでの立ち飲みが基本でテーブル席よりも安くなるシステムが特徴ですと,
これね,イタリアを想像してもらうと,もしかすると映画とかでそういう風景とかを見たことがあるかもしれないですけど,立ち飲みでエスプレッソを朝ぐっと飲んで,
軽く立ち寄って出勤するとかそういった朝の立ち寄るカフェって感じですかね。
朝はコーヒーで目を覚まして,昼はランチ,午後は休憩,夜は食前酒を楽しむ場として一日中営業しているそうです。
カウンターでさっと立ち飲みするのがイタリア流らしいですね。
このスタイルが最も安くて,エスプレッソは一般的に1から2ユーロ程度らしくて,
価格システムとしては立ち飲みより椅子のあるテーブル席の方がサービス料として高くなる仕組みだそうです。
テラス席が最も高価になるらしいです。
これはカフェの世界史っていう本でもですね,紹介されていました。
なので安いじゃんと思って席に座ってコーヒー飲もうと思ったら,実際支払うときに高くなってるなんじゃこりゃっていう感じらしいです。
そんな話がありまして,これがイタリアのバール文化ってやつですね。
ソスペーゾの仕組みと精神
そして次にソスペイゾね,聞きなじみないですよね。
僕もカフェの世界史を読んで聞いて,オーディブルで聞いたんですけど,そこで初めて知った言葉です。
このソスペイゾっていうのが何かっていうとですね,すごくざっくり簡単に言うと,
自分のコーヒー1杯を飲むときにですね,もう1杯分を先に払っておくっていうシステムですね。
自分の分を先に払って次来たときに自分が1杯飲めるのかっていうとそういうことではなくですね,
このもう1杯分を先に払っておくっていうこのもう1杯をですね,後から来た誰かのために残しておくっていうシステムです。
これがソスペイゾっていうものですね。システムというか習慣らしいですね。
で,次来た誰かがですね,ただでコーヒー飲めるみたいなそんなイメージですね。
で,このソスペイゾのポイントなんですけども,これがこう,事前活動みたいな,善意っぽく,大げさに語られない,
その街に根差した習慣っていう感じですね。
なんかかわいそうな人を助けるっていうよりもですね,コーヒーの美味しさを分かち合うような喜びを分けるっていう感覚に近いらしいです。
で,これね,初めて聞いたとき,コーヒー,ただのコーヒーの話じゃない感じがしたんですよね。
で,イメージとしては街の習慣,文化なので,街の中にある信頼,信用講座みたいなそんな話なんじゃないかっていうところを思ったので,そんな話を今回さらにしていきます。
ソスペーゾの具体的なやり取りと尊厳
で,このソスペイゾの話で象徴的なのがですね,後から来た人がバールで,今日ソスペイゾある?っていう聞く場面ですね。
で,このソスペイゾがあると,ただで,簡単に言ってしまえば,ただでエスプレッソ飲めるっていう感じです。
で,この一言が結構個人的にめっちゃいいなっていうふうに思っていて,すごくなんかフランクなんですよね。
こう,お金ないんで助けてくださいっていう感じのないし,コーヒーいっぱい恵んでくださいとかそういうことではなく,
なんかこのソスペイゾある?っていう感じ,実際問題どうなるかわからないですけど,イメージフランクにあったら飲みたいなぐらいな感じで言ってる言葉の気がして,
すごく個人的に良いなって思いました。
で,言い方変えるとですね,誰かが残したこの善意に私も入っていいですかっていう感じがありまして,
このソスペイゾを調べた感じだと受け取る側の尊厳が大事にされるようでして,
もしあれば受け取れるっていう仕組みだからこそですね,個人を特定しないですし,恩を着せる人も現れないんですよね。
結構特命性が高いと言いますか,ソスペイゾ一杯分払う人も別に誰が飲んでもいいって思ってるこの感じ,それがすごく良いなって思いました。
で,ここですごく大事なポイントなんですけども,
じゃあそもそもソスペイゾある?って言って,まあない時ももちろんありますよね。
ソスペイゾある?って聞いて,ただでちょっとエスプレッソ飲みたいなって聞いたものの,じゃあ実際なかったらどうなるのかっていう話です。
で,この部分に関してはですね,本にも書いてなかったですし,実際,自分も行ったことないんでわからないんですけど,
この調べた限りですね,たぶん現場では,店主ごとにもちろん言い方は違うと思いますし,
街のあり方としてもね,どうなんだろうというところはあるんですけども,厳密に必ずこの言葉で返すみたいな決まりはもちろんないはずですが,
でもですね,社会的な構造としてはすごくシンプルで,なければシンプルに,今日はソスペイゾないわっていうふうな返答になるはずでして,
で,このソスペイゾ自体がですね,在庫というか預かり分なんですよね,がある時だけ成立する仕組みであって,そこも結構フランクかなって思いました。
なんかその,さっきも言いましたけど,助けてほしいだったり,恵んでくださいっていうものじゃないからこそですね,
なければないっていうふうに言って,そこから店主との会話が始まったり,そのまま流れていく感じで,
飲めないんだ,かわいそうみたいな,そういう空気ものにならないし,誰かがここで悪者になるわけでもないっていう,
今日はないっていう,ただそれだけで終わるこのフランクさ,この軽さっていうのはですね,すごくある種人間的で,
受け取る側,ソスペイゾ欲しい側を困っている人として見ないからこそですね,成立してるんじゃないかなって思っています。
ソスペーゾの流動性と循環
でまとめると,ある日には受け取る側かもしれないし,別の日には自分がソスペイゾを保留行為ですね,払う側かもしれない。
でどっちでもない日もあると。こういった流動性があるからですね,人が固定された役割にならないっていうところ,
ここがソスペイゾの良さなんじゃないかなと思いました。ある日は自分がソスペイゾを受けて飲むかもしれないし,払うかもしれない。
そんな感じのがソスペイゾです。で,そこで浮かんだ疑問としてはですね,ここで浮かんだ疑問として,
ソスペイゾを飲んだ人がですね,さらにソスペイゾするっていうのは一般的なのかっていうところ気になったのでそこもちょっと調べてみました。
で,結論から言うとですね,義務として一般的っていうよりも文化として起こり得るものなんだというところが調べた限り明確ではないですが,そうだと思います。
で,ソスペイゾの説明だとですね,受け取ったら次も必ず払うべきみたいなルールとしては語られにくい,
あとはむしろあくまではですね,匿名の善意として気持ちよく受け取れることが大事にされているそうです。
なので受け取った瞬間に返済義務が発生しないっていうところ,ここがすごく重要なポイントですね。
ただ一方でイタリアナポリの紹介の文脈ではですね,喜んでもらった人が今度は自分が誰かのために払う側になるみたいな循環も語られているそうです。
つまり即時の返済とかじゃなく時間差のある参加っていうところで,この漢字は本当にペイフォワードに近いですね,恩送りに近いかなと思います。
で,一言でまとめるとソスペイゾっていうのはですね,恩返し,恩送りというより場への再投資になるっていうところですね。
このバールに自分が一杯分コーヒーを払う,ソスペイゾするっていうのはその場に投資しているような感じなのかなっていうところですね。
なので誰か個人に返すのではなくですね,自分を受け止めてくれた街の仕組みっていうのに一杯戻す,そういった習慣文化っていうのがソスペイゾです。
ソスペーゾとペイフォワードの違い
そうですよね,変更性の原理もありますし,自分がソスペイゾをもらったらですね,そのカフェ,さっきも15万件ぐらいあるって言ってましたけど,別のお店ではない別の場所でもですね,ソスペイゾを残しておこうかなって思いますよね。
で,次です。次はですね,ソスペイゾとペイフォワード,さっきもちょっとペイフォワードって言葉を出しましたけど,何が同じで何が違うのかっていうポイントもですね,見てみたいと思います。
まずは違いではなく共通点ですね。共通点はもちろん,善意っていうものを目の前の相手に閉じずですね,次へ渡すっていうところが共通点となっています。
でも,違いがありまして,まずペイフォワードですね。ペイフォワードっていうのは,イメージで言うとチェーン,列みたいなイメージですよね。
後ろの人の分も払っておきます。ドライブスルーで後ろの人の分も払っておきますみたいなイメージに近いのかなっていうところですかね。前の人,自分,そして次の人っていうような直線的な流れがありますよね。
で,一方でソスペイゾっていうのはですね,次の人ではあるんですけども,誰か特定の次の人,後ろの人ではないと。もっと言うと,ソスペイゾっていうのはですね,人に渡していないんですよね。
これまで見てきた通り,その場っていうものに預けているのがペイフォワードとの大きな違いです。
で,ペイフォワードっていうのは人から人っていうのになりやすくて,ソスペイゾっていうのはですね,街の中の共通の場に入れておく感じですね。
なのでソスペイゾの方がイメージとしては,まあ習慣文化なんで制度っぽいと,ただ制度というほど固くないっていうところですね。
この柔らかい,なんていうんですかね,公共性みたいなものがすごく良いですよね,魅力的ですよね。
バール文化とスターバックスのサードプレイス
はい,で,次にですね,このバールっていうのは第三の場所っていう風に,ナポリ,イタリアの文化としてあるそうなんですけども,第三の場所というと,スターバックスのサードプレイスっていうのがね,もしかすると思い浮かぶ方もいらっしゃるかもしれません。
僕はね,第三の場所って聞いて,サードプレイスじゃん,まさにって思ったんですけど,このバールの第三の場所とスターバックスのサードプレイスをですね,ちょっと重ねて見てみたいと思います。
で,これはね,カフェの世界史でも言及されていたポイントなんですが,詳細はちょっと忘れちゃったんですけども,そういったところ多分重なる部分はあると思うんですけど,調べた限りの話をちょっとしてみたいと思います。
で,サードプレイス何かっていうと,家でも職場でもなくですね,日常的に人が集まって雑談して顔見知りになっていく第三の場所のことを言います。
で,コーヒーハウスはその代表例としてよく飾られるそうです。
で,スターバックスもですね,公式に温かく迎えられて人が集まり繋がれる場所としてサードプレイスっていうものを定義しているそうです。
で,じゃあこう同じサードプレイスっていうのを掲げているならですね,イタリアではがっつりはまるんじゃないかって思うんですけども,ここがね意外とそう単純じゃない,簡単じゃないそうです。
で,なぜかっていうとですね,イタリアでは,特にバール文化の強い都市ではですね,すでにサードプレイスが完成しているので,スタバが入ってきたとて簡単にそこ塗り替えられないんですよっていう話らしいです。
で,そのスタバのサードプレイス,これはですね,単にこう空間デザインがいい店っていう感じだと思うんですが,どうだろう,ただイタリアのですねバール文化っていうのは朝の出勤前に立ち寄ったりとか,立ったままエスプレッソ飲む,立ち飲みですよね。
で,昼の波だったり夕方の波,あとは顔なじみの店主,寝談館ですね,もう体に染み込んでいるっていうですね,生活の時間そのものと深く根付いているので,スタバがイタリアのところに入ってきた時に苦戦したっていう話らしいです。
苦戦したらしいんですけど,そういうのがあってなかなかこの部分をコンフリクトする部分らしいですね。
で,タイム誌の記事だとですね,イタリアのカフェバールには毎日の決まった波があって,コーヒーっていうのは長いするより仕事の合間の短い小休止として飲まれる文化が描かれているそうです。
なので結構スタバのサードプレイスとは,バールの第三の場所とスタバのサードプレイスっていうのは似て非なるものみたいですね。
で,ここで見えてくるところとしては,サードプレイスというコンセプトを持ち込めば必ずしも成立するものじゃないということですね。
サードプレイスは,価格だったり,所作,滞在時間,天使との距離感,街のリズムというものが積み重なってようやく第三の場所になるというのがイタリアの文化に根差した第三の場所ですね。
で,カフェの世界史でも指摘されていた,言及されていた部分なんですけど,スタバがなかなかイタリア進出というのを慎重だったり苦戦したというふうに書いてあったんですけども,それがまさにこの部分ですよね。
で,実際ですね,2018年のイタリア1号店はですね,いきなり日常型の量産店というよりもですね,ミラノのリザーブロースタリーという特別店から入ったそうでして,スタバ側もですね,イタリアのバール文化だったり,その社会的役割への敬意を明言しているそうです。
で,その価格帯というのもですね,当時の現地バールのエスプレッソよりかなり高い設定にしていたみたいで,置き換えるのではなく別の文脈で居場所を作るという戦略で入っていたイタリアの地にですね,進出したということらしいです。
これがイタリアのバール文化,第三の場所とスターバックスのサードプレイスをちょっと重ねてみた部分ですね。個人的にここは調べていて面白かった部分です。
ソスペーゾから見える構造と学び
はい,で,長々と話してみましたが,ここまでのですね,一旦まとめると,スペア像からですね,こう見えてくるものはですね,単なる優しさではないですね。
もちろん優しさ,文化,習慣なんですけども,もっと割と構造的な話があるかなと思っていまして,
まずは匿名性ですよね,誰かを名指ししない,誰々さんが来たらこのコーヒー一杯無料で提供してとかではない,この匿名性ですよね。
そして重くしない,軽さがありますよね,スペア像あるって言って,あったらあるよって言って気軽に,立ち飲みなんでね,サクッと飲んでいける,
なかったらないよって言って店主と話したりっていうその軽さがあるよねと。
そして返済義務にしないっていうのもありますよね,スペア像無料でコーヒー飲んだからといって自分が必ず返さないといけないっていうものはない。
で,次にでも消えずに回る仕組みですよね,変更性って言ったりしますけど,自分もスペア像飲んだし,
他のお店で今度コーヒー一杯飲んだ時にスペア像残していこうかなって思う,この回る仕組み。
そしてそれを支える場ですよね,バールっていう第三の場所があるっていうこの構造,この組み合わせがあるからですね,
その善意ってものが一回こっきりではなく街の習慣,文化になる,これがですね,スペア像のすごさだなっていうふうに思いました。
で,ペイフォワードですね,さっきもスペア像とペイフォワードの対比をしてみましたけど,
言葉としてはすごく美しいですし,結構最近言われたり,最近じゃないか言われたりしますよね,ペイフォワード恩送りしましょうと。
で,ただね,この言葉,時々こう,いいことをしなきゃっていうふうな,恩送りしなきゃ,ペイフォワード誰かに善を返さないとっていうふうに重くなることがたまにあるかなって思っていて,
でもこのスペア像はですね,結構もっと日常的な気がしています。
そのコーヒー一杯分の,ですよね,そんな金額的にも無理のない金額,コーヒー一杯分の金額で街の温度感を上げるといいますか,
暖かい文化,雰囲気づくりに一役買うみたいな。
で,その手柄っていうのは,自分一人の手柄ではなく,誰かの手柄でもなく,街全体のものとして存在しているっていうところですね。
ここに,なんというか,ポジティブな公共性っていうのを感じましたね。
で,スペア像を一言で言うのであればですね,善意ってものを,スペア像っていうのは善意を人ではなく,街,その街に預ける技術と言えるんじゃないかなと思います。
で,ここから学べることとしてはですね,何かを広めたいときだったり,優しさを続けたいときもですね,
大事なのは良い人を増やすってことではなくですね,自然にそういうものが回っていく,スペア像のようなものが回っていく場っていうものをどう作るかっていうことなんじゃないかなと思いました。
はい,そんなことをですね,ナポリのバール文化,スペア像という文化からですね,考えましたっていう配信です。
まとめと書籍紹介
はい,というわけで今回はこれぐらいですかね。
ぜひ皆さんも,今回の話面白いなと思ったらですね,カフェの世界史ですね,っていう本がすごくおすすめなので,読んでみたり,あとはオーディオブックで聞いてみたりしてください。
はい,というわけで今回はここまでです。最後までお聞きくださってありがとうございます。
それではまた次回です。バイバイプー。