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#078 トレラン歴20年超キャリアウーマンはせまいの冒険と10年超のイラスト日記回顧録
2025-02-03 1:24:00

#078 トレラン歴20年超キャリアウーマンはせまいの冒険と10年超のイラスト日記回顧録

ゲスト:はせまい(トレラン界のキャリアウーマン)/ぬまっち(鬼教官)/田中吉美さん(モロちゃん/守口の女)/まこちゃん(応援隊長)
MC:ハルカ(ダサポーズ担当)おしながき:キャリアウーマンのきっかけ/舞台は地球だ/キミ陸上の経験あるでしょ/猿投山/お次はハセツネ/替えの電球/おんたけスカイ/クリック合戦化/山岳会/レイクビワリベンジ/次なる冒険は/私とShioya Mountain Club-はせまいの場合-/登りが走れる自分/イラスト日記の作り方/マステは偉大/見返して楽しい/10年続けること/長続きの秘訣/ちゃんまことシシ汁 ほか

感想

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00:00
塩屋ヒーハーFM
皆さんこんにちは、ごきげんいかがでしょうか。
神戸のトレランチーム、塩屋マウンテンクラブのサポート担当、はるかです。
今回は、実は2本撮りをしております。
田中義美選手、もろつさんの練習会の後に、引き続き残っていただいて、お話をお聞きしたいと思っております。
同じメンバーですが、もう一度自己紹介を。
鬼教官のマッチです。
トレラン界のキャリアウーマンの、はせまいです。
森口の女ボロです。
賑やかしい応援隊長、ちゃんまこです。
これ全部自分で言わせるっていう。
恥ずかしい。割と恥ずかしい。
聞いてる方は、誰が年齢層でも分かりにくいと思うんですけど、
芸能人に例えると誰に似てるとかって言われます。
誰ですか、そうおっしゃる。
最近自分言われたのは、同じSMクラブのさゆりさんって方に、いきなりさゆりさんからDMが正月に来て、
何かなと思ったら、沼ハッチさんって宇都鈴木に似てません?って言われて。
テレビ見てたら宇都鈴木に似てますよねって言われて。
あれおかしいな、俺鈴木両兵目指してたのに、宇都鈴木の方行ってると思って。
ニアミスニアミス。
そういう私沼ハッチはそっち側に似てるかなと思います。
皆さんどんな感じで言われます?
私は小袋のちっちゃい方って言われます。
正月を超えて。
なるほど、でもわからんでもないですね。
その後に、じゃま子?
面白いこと浮かんでない?
ごめん。
言われることないよ。
芸能人?
ないっすね。
答えづらいわ。
ある?
私、昔黒髪ぱっつん時代があったんですよ。
黒髪の前髪ぱっつん時代が、ロングの黒髪前髪ぱっつん時代があったんですけど、
その時は、絶対髪型からなんですけど、栗山千彩に似てるって言われました。
目鼻立ちも。
綺麗。
私は丸い眼鏡してるから、あられちゃんとか言われますね。
あられちゃんかわいいかも。
みなにが、なるほど。
かわいい。
03:01
たぶん、銅眼だしみたいな。
帽子よくかぶってるしみたいな。
かわいいね。
なるほど。
芸能人じゃない?
まあそうですけど。
確かに。
そんなあられちゃんと宇戸鈴木と、小袋のちっさい方と、栗山千彩と、あともう一人よくわからない。
逆に何ですかね。
なんだろう。
逆に教えて。
ただいま顔見され中。
この収録中にね。
考えておきます。
考えてみて発表できればいいなと思いますので。
さすが。
よろしくお願いします。
それでは今週も神戸のウエストサイド、小屋から小屋マウンテンクラブのメンバーがゴースパイシーセイヒーハーな話題をお届けいたします。
1月の寒い日に、小屋の真ん中にありますへそにある部室にて収録をしております。
小屋ヒーハーFMです。
今回長谷前さんに来ていただいているということで、長谷前さんがなぜトレランカイのキャリアウーマンとあなたがついているのかを紐解いてみようかなと思います。
興味深い。
みんなで質問責めしましょう。
たぶんついた理由は、結構昔からやってるんですっていうのを大体自己紹介とかで言うんですけど、
気づいたら、もう20年くらいやってるんだってことに気づいて、あれあれっていうことに気づき、
よく周りを見渡すと、あれ、もうほとんどやってる人いないみたいな、その当時の。
やってる人がいないじゃんってなって、これはちょっとおつぼね感出てきちゃってるなみたいな。
たまに喋ると出しちゃうやつ。
年齢はそんなに高いわけではないじゃないですか。
トレランって年齢層はわりと高いですけど、それこそ高い方は60越えでやられてますけど、
年齢はそんなにいかれてないのにキャリアがすごいっていう。
トレランっていう競技自体が盛り上がってきたのが、ここ7,8年くらいのイメージがあるんですけど。
そうですね、トレランって名前ももともと知らなかったんですよね。
マウンテンランニングとかそういう名前で呼ばれたみたいな。
そもそもそれで山を走るみたいなところを始めたきっかけって何だったんですか?
06:03
それが2003年になるんですけど、ちゃんと今日は資料も持ってきたので、何年だよって言えるんですけど。
2003年の夏のある日ですよ。
私、青春18キップで旅をしている途中に、電車の時間待ちですごい時間があって、
本屋さんに行って、暇つぶしの本買おうかなと思って、雑誌コーナーとかをぶらぶら見てた時に、
ハッと目に止まった雑誌が、今日持ってきているアドベンチャースポーツマガジンっていうやつで、
これ何かっていうと、アドベンチャーレースに特化した雑誌をたまたま見つけたんですよ。
で、これ開くとですね、私が最も感銘を受けたページが、舞台は地球だって書いてあるんですよ。
これを最初にパッと見ちゃって、これじゃんと思って、私がやりたかった冒険はこれだみたいな。
雷に撃たれた的な、隣にリアルに撃たれたっていうのもありますけど、
まあまあそういう、たぶん幼少期にNHKでアドベンチャーレースをやってたんですよ。
それを子供の時に見たことがあって、これこれみたいな気がするってことになって、
これをやりたいと思って、スキルがあるとか、そういうのも本当に別にして、
こういう冒険みたいなことを私はやるんだと思って、この雑誌を買って、
そこからその旅の最中、ずっとこの雑誌を舐めるように見て、
っていうのが私の、まずこの雑誌を手に取って、どうやったらアドベンチャーレースやれるんだろうっていうのが、
これを読む限りチーム戦であるっていうことと、
いろんなアクティビティがあって、マウンテンバイクとか、火薬とか、懸垂加工とか、
そういうのがいっぱいあるので、なんかね、ノウハウというかスキルがないとできないじゃないですか。
で、その中でどうやって始めようかなって思った時に、誰もやってる人も周りにいないので、
どうやったら始められるのかなって思った時に、
それの中の一つの競技、アクティビティとして、これ複合的なレースなんですけど、
一つの競技としてトレイルランニングというものがありますということが書いてあって、
09:00
そこに石川ひろきさんが乗っていて、石川ひろきさんのことを、
日本山岳耐久レースに彗星のごとく現れた青年って書いてあって、ほうほうと思って、
で、私はトレイルランニングであれば、他の競技だと、例えばマウンテンバイクだったら、
マウンテンバイクがまず必要ですとか、そういうのってちょっとハードルが高いけれども、
その当時、ランニングはしていたので、山に行って走ればいいんだなっていうこと。
走る舞台を変えれば。
走る道具とかいらないなと思って、誰かに教えてもらわないとできないみたいな感じもないなと思って、
じゃあ山に行こうと思って、当時会社の陸上の仲間に聞いたら、
たまたまさなげ山っていう、当時名古屋に住んでたんですけど、さなげ山っていうところに行ったよみたいな話を聞いたから、
じゃあさなげ山に行って走ればトレイルランニングができると思って、
またある日、さなげ山を当時一生懸命インターネットで調べると、
当時はまだ掲示板とかそういう世界だったと思うんですけど、
ブログみたいなもので登山をやってる方が写真とかを載せて、
この登山口が神社の横の左側を行くとありますみたいなのを、全部その文章を頭に叩き込んで、
さなげ山行って、私なりに走ってみたっていうのがトレランの始まりですね。
もともと高校・中高運動経験はあったんですか?
高校がなんちゃって的ではあるんですけど、陸上部だったので走るのもそんなに嫌いではなかったっていうところがあって、
会社で走り始めてたんですけど、その理由も結構面白くて、
それもある日会社に入って1ヶ月ぐらいして、帰りに歩いてたら知らないおじさんに呼び止められて、
ちょっと君みたいな。何ですかって言ったら、君は陸上の経験があるでしょみたいな。
僕歩き方を見たら分かるんだよみたいなことを言われて、えーと思って。
会社は駅伝とかもあるから走ったほうがいいよみたいなことを言われて、
そうかなって結構素直な子だったので、
家に帰って、おじさん言うから走るかと思って家の周りを走り始めたんですよね。
12:04
そしたらおじさんにまた会社で会ったから、そのおじさんに私走り始めたんですよって言ったら、
すごい喜んでくれて、会社のカーごとに、その当時から結構会社で駅伝大会とかがあるような会社で、
すぐ関係者につなげてくれて、そしたら会社の陸上同好会みたいなの入れてくれて、
そういうので走るベースみたいなのができるっていう、結構ミラクルな。
すごいね。
そうそうそう。そういうので走りはしてて。
指止められなければ。
そうなの。でそのおじさん何者かっていうと、おじさんは全然陸上の関係者ではなくて、
違う。
そうそうそう。なんかね、泡踊りの練を持っている方で、
私を見てどうも泡踊りに入れたかったらしいね。自分のチームに。
そのために多分運動させようと思ったのかな。
そしたらどんどん走る方が楽しくなってて、忙しいですって書いているから、
結局おじさん振られるみたいな。
振られちゃったんだ。
そうなんですよね。っていう、社会人が走り始めたきっかけはそこにありますね。
さなぎ山っていうのは定山なんですか?
そうそうそう。東海自然歩道の一部なんですよね。だから何メートルあったのかな。
多分400とかぐらいなんじゃないかな。
定山ですね。
多分そんなないと思います。
初めて走って。
走ってね。そうそうそう。それが、私汗とかを結構かけないタイプなの。
顔が熱くなっちゃうみたいなタイプだったんだけど、
山行ったらすごいブワーって汗が出て、すごい気持ちよくて。
で、木陰で涼しいし、ねこ鳥とか鳴いてるし、みたいな。
で、なんかちょっと走れるそうなところだけ走ってみただけなんだけど、
あら、これはなんか楽しいじゃない?って思って、
あら、これはなんかいいもんだっていう、私の中でなって、
であれば次何するかって言ったら、ほら、アドベンチャーに近づいていかないといけないので。
で、これをもう一回読み解いたら、やっぱり石川ひろきさんの文章で、
日本山岳耐久レースに、あ、この大会に出ればいいんだって今度は次に思って。
ハセツネ。
そうそう、ハセツネに翌年出るっていう。
翌年出ちゃった。
そうなんですよ。
ちなみに、さなげ山629メートル。
結構ありましたね。
猿を投げると書くんですね。
そうですね。
15:00
すごい山。
ちょうど豊田市になる。
そうですね、豊田市と瀬戸市にまたがる山ですね。
いきなりのレースが東京まで行ったわけですよね。
これも結構ミラクルというか縁があって、
会社の陸上のお姉さん、先輩がいたんですけど、
その方のお知り合いが、東京にハセツネに出ているという、
山岳軍団っていうおじさんたちがいるよというので、
軍団?
山岳軍団っていうお名前でチーム名か。
出ているおじさんたちがいるから紹介してあげるって言われて、
紹介してくれたんですよ。
そしたらおじさんたち喜んでくれちゃって。
当時私は20代なんでね。
そんな若い女の子が出るなんてみたいなことで、
思想に来なさいって言われて。
なので翌年の9月だったのかなに、
ハセツネの1ヶ月くらい前に思想に行かせてもらって。
ただその時の知識は私の中では、
このアドベンチャースポーツマガジンしかないので、
アドベンチャーに出ようと思っているので、
アドベンチャー用のザックを買ってて。
アドベンチャー用のザックを買ってて。
これ見ると30リットルくらいあるやつ。
勢いよと背負って行ったら、
おじさんたちにそれは置いていくザックかな?
みたいなことを聞かれて、
え?みたいな。これですけど?みたいな感じで。
あれ?どうやらみんなコンパクトなのかな?
みたいなことにその場で気づくんですけど、
この大きなザックを背負って、
夜間の部分を走りましょうってことになって。
どこだったっけな?月曜日よりもうちょっと手前のとこから、
後半部分を、夜間を一緒に走ってもらって、
っていう感じで思想を一度して、
それから大会に出るみたいな。
大会までにザックは買い直しましたね。
さすがにね。
そんなハセツネに出たハセナイさんは?
言ったらトレランショップとかもないですよね?
いや、一応ね。
あったんですか?この頃。
トレランショップはないですけど、
アートスポーツがありましたね。
東京のアートスポーツでトレランの取扱いがあって、
シューズとかはあって、ザックもそこにあったかな。
どちらかというと、自転車行くとかと共用的な、
18:02
キャメルバッグとか。
キャメルバッグありましたね。
キャメルバッグが、当時はハイドレーションが主流でしたので、
ハイドレーションがバッグがついた、リサバのついた、
キャメルバッグのザックとか。
そうですね。背中に水タンクを背負ってチューブでちょっと飲むっていう。
そうですね。
みんな知らないよね。
いやいやいや。
そうですよね。
今でこそ胸に詰める、踊るタイプですけど。
最近思い出した面白いエピソードというか、
当時のレギュレーション、必須で持たなければならないもの。
水2リットルは当時から変わらないんですけど、
当時の大会って、カエの電球っていう項目があって。
電球?
ライトの電球の玉が切れる可能性があるので、電球のカエの玉も。
LEDとかじゃないから、電球自体が電池じゃなくて電球が壊れたらもうダメだよと。
電池もいるんだけど、電球のカエっていう項目があって。
それを受付で見せてた。これがカエですみたいな感じで。
見せてたし、ザックにも当然入れてたなって思い出して。
時代だなって。
時代ですね。
そうですよね。
そういう時代がございましたっていうの。
走ってみて、またアドベンチャーレースへの道は開けたんですか?
全然うまくいかなくて。雨降ったんですよ。
若いから行けるよ、行けるよってみんなに言われてたんだけど、全然行けない感じで。
そんな練習もしてないし、そういうノウハウとかも当時多分なかったので。
なんとか完走しましたレベルだったかなと思います。
だけどね、うまくいかないからこその、来年もっと頑張ろうみたいな感じではあった。
アドベンチャーの道っていう意味では、マウンテンバイクまではたどり着くんですよ、私。
マウンテンバイクは会社の先輩でやってる人たちが競技というか遊びというか山で遊んでるよみたいな人たちがいたので、
その人についてきてもらって自転車を買い、山に連れてってもらってやってみるとこまで行ったんだけど、
何せ下手れすぎて、怖くて。
登りは担いで登らなきゃいけないし、下りで行くぞってなったら怖いから、怖い怖いってなって。
21:01
で、降りるじゃん。降りてさ、そしたら周りも20代の女子なので怪我させちゃいけないってみんな思うらしくて、
いいよいいよって乗ってあげるとか言って乗ってくれて、私走って降りるみたいな。
これ何しに来たんだろうみたいな感じで、あんま上達せず、逆にトレランの方は面白くなっていったので、
自然とトレランに特化していくっていう感じになりましたね。
それでいろんなレースに。
そうですね。それから数年後くらいに、当時パワースポーツがOSJの大会をやるようになって、
それをシリーズ戦としてやるようになったんですよね。
そういうのでまず、私の中では第一次ブームくらいに思ってるんですけど、そこでわーっとトレランが第一次ブームで。
何年くらいになるんですか?
何年くらいなんだろうね。
スクラップされてる資料がすごいですよね。
各大会の番譜と記録書。
すごい。
シリーズ戦の最初の年に、
スペシャルパーティーって書いてあるんだ。
表彰されたんですよ。年代別でね。
そりゃさ、いないからさ、真面目に全部出てたら感想書みたいな感じ。
これが2008年にシリーズ戦が多分始まったんですね。
2008年。私が始めたのが2004年の説明ですけど、その4年後にOSJがシリーズ戦になっているっていう感じですかね。
すごい綺麗に整理されてる。
ひとつひとつ思い入れがあるという。
皆さんちゃんと整理されてます?こういう大会出たやつ。
これはもうさ、ポケットに入れていくだけなので。
入れていくだけって言ってたけど、入れていくだけができず、袋にバサッと入ってます。
封筒とかに入ってバサッと。
袋にガサッガサッガサッ。こんな順番通りじゃない。
絶賢とかもあんまり思い入れがないものとかは結構捨てる。
それは分かります。
これなんでここまで撮ってるのかちょっと分からない。
多分最初からやり始めちゃったからずっと癖で撮ってるんだと思うんだけど。
でもいいね。そうやって見るといい。
当時がいかに神の時代かが分かるよね。
今だとさ、こんなパンフレットみたいなものはないかったりするじゃないですか。大会で。
24:00
デジタルでご案内来たり、はがき一枚で終わったり。
でもそうやな。
絶賢だけでもこれやったらいいかもって思いました。
結構トレラーの大会の絶賢って可愛らしい。
しわくちゃのまんま袋に詰んでる。
どろどろになった感じがね。思い出がない。
これはすごく雨でさ。みたいな。
そうそうそう。
あれ?ありました。
どの通りだね。っていうのはすごいありますね。
そういうのは結構思い出ありますね。
リザルトもなんとなく当時もらってたものを入れてるんだと思うんだけど。
こうやって今見るとすごい面白かったです。
こんな人がこんな大会に出てるよ。みたいなのを見れたりしますよね。
その第一次期トレランブームあたりで一番印象深かったレースは何だったんですか?
一番印象深かったの?いろいろあるけどどうだろう。
第一回の御滝スカイとかはめちゃめちゃ思い出深いというか。
御滝スカイレースは今多分噴火してからなのか手前なのかなくなってしまってる大会ではあるんですけど。
私が一番好きだなと思っている大会。
それは何キロ走ったんですか?
距離は大したことない。30キロくらいかな。
大滝村から御滝をただひたすらに登ってお鉢巡りして帰ってくるって。
めちゃめちゃしんどいじゃん。みたいなレースで。
それの第一回がなぜ強烈だったかというと、6月に開催されて御滝3000メートルくらいあるので。
ありますね。
斬雪があったんですよ。上に。
前日のブリーフィングで竹川さんっていうプロデューサーが斬雪があったんでステップキット行きましたっていう説明をされて。
ステップキルって何のことだろうって。ちょっとよく分からなかった。
当日行ってみて理解ができたんだけど、雪の階段ができていて。
横にロープがたらーんって。このロープを伝って登れってことか。みたいな。
そういう感じのところがあったりとかして。
この時スカイランナーのワールドシリーズの冠がついてたんですよ。
なので、世界のスカイランナーが御滝スカイレースを出てたので、急に見たこともない外国の人たちを急に見ることになり。
27:06
私がようやく山岳区間に入って登ってたら、飛ぶように降りてくるわけ。1位の選手が。
すれ違うんだよね。
私は登山道の方を行ってたら、その選手は斬雪の石形を飛ぶようにスベっているのか飛んでいるのかよく分からないけど。
とにかく落ちてきたみたいな感じで降りて行って。
ミーハーだからファーってなって。観客だよね。
世界の選手を初めて見たという意味でも結構思い入れが強いというか、かなり衝撃的な大会だったんだけど、
あまりにも6月やべえだろうってことになって、翌年から8月末開催に変わったので、ある意味伝説だったかな。
2006年の御滝スカイレースですね。
面白いというか、むちゃくちゃ当たったなっていう大会ですね。
でもそれからずっと走り続けているってことですか?
そうですね。
都内へ大会を出なくなった時期はあったんですよ。
というのが私が第二次ブームと言っている、ちょうど100マイルとかが出てきた頃なんですけど、
100マイルとかが出てきた時が第二次ブームだと思っているんですけど、
出たいという選手が急に増えて、いろんな大会がクリック合戦がひどくなったりとか、
ポイントがないと出れないとか、
今まで直前にエントリーしていたような、
行くと知り合いしかいないよ、ぐらいな感じでやってきた人間だったので、
ポイントがどうのとか、クリックで張り付いてないと出れないとか、
それってなんだろうなと思って、
だったら私は別にレースでなくても山は行くので、いいかと思って、
一旦100マイルが出始めた頃に大会に出るのをやめちゃったんですよ。
同時にその頃に三学会と出会って、
三学会の活動にハマるっていう時期があって、
名古屋にまだ住んでて三重県の三学会に入って、
登山道整備だったり、人を創作するとか、
山小屋のトイレを作るとか、
私の知らなかった世界の山のアクティビティの幅広さを
30:01
キノコ取りするとか、いろいろやって、すっごい面白かったの。
それが面白かったのもあって、
別に自分では山を走っていたので、
毎週山には行っていたので、
全然辞めてはいないんだけど、
レースにはとにかく出ていないっていう時期が4,5年あったのかな。
その間に今の活躍している選手がワーッと出てきているんですよね。
それを全然知らずに、トレーラン会の動きを全く知らずに4,5年間を過ごし、
山にはずっと行っていました。
そしたら転勤になって、
名古屋から神戸に引っ越すことになって、
それを機に100マイルとか出たことがなかったんですよね。
それまで100マイルがなかったっていうのもあって、
最長距離が110キロぐらいだったので、
出たことがなくて、ちょっと挑戦もしなくて、
私は出ないんだっていうのもどうだろうなと思って、
そこにちょっとした未練もあったので、
これを機に三学会の活動もあまりいけなくなるので、
だったらもう一回ちゃんとレースに出てみようかなと思ったのが、
神戸に転勤した年から、もう8年前くらいかな。
またちょっとレースに出てみようかなと思って、
そしたらこんなのやっぱりポイントがないんで、
どうしましょうってなって、
それで、その時にもやっぱりOSJは素晴らしいよね。
ポイントなく出れたので、
そこで実績を積むというか、50キロのレースとかのポイントというか、
最近の直近のレースに出たっていうのをつけて出ていこうと思ったら、
コロナがあったんで、そこら辺で足踏みがあったけど、
3、4年前くらいコロナが明ける頃から、
またしっかりレースに出るようになったかなという感じですね。
名古屋から神戸に来る前、一回東京挟んでないですか?
挟んでないです。
結局100マイルは?
100マイルは2年前、約2年前の霊首輪が初めて挑戦した100マイルだったんですよ。
ただそこが完走できなかったので、去年もう一回チャレンジしようと思っていて、
ただそれはさすがにやっぱり不安があって、それを本番にするのが。
だったので、5月の天川製薄っていうトレイルフェストさんのぐるぐる系の、
16キロを10周するっていう大会があって、
33:08
これでなんとかマイラーにはなりましたね。
16キロ10周?
16キロ10周、ひどかったね。
なので、一応100マイラーにはなっているんですけど、
私の宿題的にはちょっとその、
その参画会がちょうど鈴鹿野山だったんですよ。
今も入っているんですけど、
鈴鹿野山にも本当毎週通っていて、
そこが舞台のレースがレイクビュアなので、
やっぱりそこを完走したいなっていうのが私の今の強い目標なんですよね。
鈴鹿7もかなり歯ごたえありますね。
歯ごたえあるよね。
本当にアルプスなんかよりよっぽど鈴鹿野山の方が難しくて、
結局、アルプスって見通しが良いというか、
木も生えているところが2000メートル超えちゃうと、
分かりやすいじゃないですか、地形って。
鈴鹿はやっぱり木が生えているので、
どうひょうみたいなものがちょっと少ないかったりとか。
やっぱり荒れているというか、
そこまで整備が回らない部分っていうのがどうしてもあって、
登山の人って一個一個の山に登ると思うんですけど、
そういう登山道は割と整備はなんとなくできるんですけど、
重装ってなると山をつなぐ方になって、
そこって鈴鹿って実はトレイルランナー以外あんまり行かないんですよね。
なぜかというと、やっぱり登山の人って車で行くから、
やっぱりワンウェイでなかなか成立しないので、
となると重装っていうよりも、
単発で登ってからラウンドできるところであったりする程度なので、
そこをつないでいくルートって、意外とやっぱり人の手が入りにくい。
三重の山岳会は、相対教的なこともやってる?
その当時はやってたんですよ。
今ちょっといろいろあって、やらないというか、
やれなくなってしまった部分があったんですけど、
その時は、相難対策協議会っていうのが学連の組織としてあって、
36:02
それが警察とも連携していて、
三重県警自体が山岳救助隊を持っていないので、
やっぱり相難事案が発生した時に、
まずは警察で探してくれるんだけども、限界あるじゃないですか。
ルートぐらいは見ますけれども、みたいな感じになっちゃうじゃないですか。
その後に、結局捜索打ち切りってなってしまうので、
その後に相対に連絡が早い段階で入って、
道迷いの事案とか相談が来て、すぐ対応はしていたんですけど、
なので当時は無線を私も資格を取って、みんな無線で連絡を取ってとかをやってましたね。
話を戻すと、そんな思い入れがある。
鈴鹿が舞台だから、レイクビアンが。
そうなの。やっぱりそこの舞台、結構レイクビアンって厳しいじゃないですか。
そこを前半抜けていくんですね。
鈴鹿を抜けていって、ずっと県境を行って美和湖にゴールするっていうサーフェスの大会なので、
なんとかこれをやり遂げたいっていうのが、それをやったら自分を誇れるんじゃないかなと思っていて、
結局私アドベンチャーがやりたいって思ったきっかけは、冒険がしたいみたいなところがあって、
冒険の定義って難しいんですけど、自分が冒険だな、やれるかやれないかわからないけど、
行ってみようかなっていうところに冒険だと思っているので、今はそれが冒険かなと思って、
なんとか今年やりたいなって思っています。
私沼地と田中さんの近くにも冒険すごいしている人がいるんですけど、
今度チェコの600キロの大会に出るとか、アラスカの1600キロの大会に出るとか言っている冒険家がいるので、
ぜひそこにつなげたい。
そこまで行けばわかるでしょ。
一緒に。
そう、まこちゃんもよくご存知の方ですね。
それ多分、私の次元の違う冒険さん。
大丈夫です。淀川をタイヤを引っ張りながら走ったりするだけなんで、大丈夫です。
坂連を私たちと一緒にしたりするだけなんで、大丈夫です。
北田高雄って言うんですけど。
聞いたことがあるよ、随分と。
この部室にもサインが飾ってあります。
39:00
随分と聞いたことがあるよ。
プロアドベンチャーランナーって書かれてますね。
世界の端から端まで走っていく。
聞くよ、そういう話。
去年はグレートヒマルレース。
1700キロ、それこそ、ツトムン子とイワッチさんと。
そうですよね。
行かれてましたね。
一緒に3年ごらしですよ、次のグレートヒマルレース。
待って、待って。
まず、私にはやらないことがあるじゃないですか。
それをとりあえずこなしてから。
その先にあるのかな?
冒険が待ってる。
地球が舞台。
舞台は地球だね。
確かに確かに。
それから行くとそうですよね。
確かに確かに。
舞台は地球だ。
グレートヒマルレースは宇宙から見てもコースが分かるらしい。
すごい面白い。
そうでしたっけ?
それはね、何か巡り合わせかもしれない。
そうですね、はい、きっと。
何年か。
沈黙、沈黙しちゃうよ。
よし、やるぞ。
やれろとも言えない感じがするけど。
頑張ってみろ。
最後にじゃないけど、
そんな顔も広いし、昔から続けている感じの
長島さん、なんで小屋マウンテンクラブやってるんですか?
ってところが気になって仕方ないんですけど。
SMクラブは多分関西に引っ越してきて
つながりがあんまり全然ない中で
結構最初に、そうかな、2年前くらいから
ストラバをやるようになって
まず、ストラバで手当たり次第
フォローできる関西だろうっていう人
なんか居住地書いてあるじゃないですか。
なので、そういう人を結構フォローしたんですよ。
ランニングアプリのストラバで
勝手にフォローして。
この人は関西のランナーだ、みたいな。
公開してる人をどんどんフォローしてた中に
あらたくさんとかもいらっしゃったんですよね。
だからフォローしてたので。
っていうところから
SMクラブなんとなく
そういう情報が入ってくるじゃないですか。
すごい練習してるんだろうなっていうところがあったんですけど
もちろん、やっぱりみんな言うけど
なんか敷居が高い感じというか
ランニングチームだ!みたいな感じがしてたので
行くきっかけはあんまりなかったけど
42:01
ちょうど1年前ぐらいですかね。
ジャジャ君が行ってみるかっていうので
ちょうど誘ってくれて
行ってみたっていうのが
練習を走るぞ!みたいなのが
それまであんまり毎週やってるよ!みたいなところに所属してなかったので
それが結構新鮮で
で、行くと
私結構しらみつぶしに六甲さんは
いろんなルート行ったんですよ。
引っ越してきてから
まず大和高原地図買って
しらみつぶしに結構行ったんですよね。
なので、大和高原地図に乗ってるようなルートはほぼ行ってるんですよ。
行ってるという自負がある私なのに
結構みんな知らないルートを
結局乗ってないよな、ルート。
乗ってないですよね。
ルートを毎回皆さんが連れてってくれるので面白くて
こちら側にあんまり土地化も確かになかったので
面白くて
それで走ってるうちに
去年出たフェアリーで
登りが走れる自分に気づいて
それまで大嫌いだと思う
それまで登りは私は嫌いなんだっていうのを自負していて
別に頑張りもしてなかったんだと思うんですけど
それがあれ?私今まで絶対ここを歩いてるっていうところを
なんか私なりに走ってて
で、結構走り切ったっていう感じでゴールできたんですよね。
それがなんかすごい嬉しくて
やっぱりあの練習のおかげだと思って
そうなんですよ。
なので、本当にSMクラブには感謝してますし
来れるときは絶対に行きたいなって思ってます。
確かに強い人と練習してると知らん間に強くなってるっていうパターンですよね。
SMクラブの朝は登りも止まらないという
登りは止まらない
沼地さんに消しかけられるし
まだまだ行けるって
鬼教官ですかね
そうそう
なんかね、それまでの登りを
やっぱり走るとかが本当苦手だったんです。すぐ歩いてたけど
ね、SMクラブの日焼け線に来るとみんなが走るから
なんかちょっと走らなくて
なんか自分なりに走ると
ストラバのセグメントとしても自己ベストとか出たりするじゃないですか
45:03
それが励みになって
今日は自己ベスト出せるんじゃないかなっていう気持ちで
やっぱり参加したりとかできるので
本当にこれは力になります。私が断言します。
みんなで走るとちょっと自分も頑張る気になるので
ちょっと自分の限界を超えるというか
当然ね、前日疲れていっぱい走ってて
出せないときももちろんあるけれども
それでもみんなに引っ張られて
走らざるを得なかったりっていうのが
知らず知らずに力になってるなっていうのを実感してるので
はい、SMクラブ
そろそろ私もちゃんとTシャツ着て
名乗っていいんだなっていうのをなんとなく思って
所属をSMクラブで出たりしてますけど
そう、ありがたい
ということで皆さん
このポッドキャストになってる皆さんは
長前さんのインスタを見たことがあるのかどうかあれですけど
長前さんのインスタって
手帳にイラストを書いたものをアップしてますよね
日記?
そうですね、日記というか
もともとほぼ日手帳っていう手帳をやってるんですけど
これに走ったログ、山のログを書いて
そこで見た何かとか
そういうのを記録するっていうのを
いつからかちょっとインスタに載せるようになって
インスタの写真とか皆さんどんばんばん上げると思うんですけど
自分で特色を出せるのはそこぐらいかなと思って
それを載せるように今してるんですけど
そのインスタは
カギ付きとかじゃなくて誰でも見れる?
本名で全世界に公開しております
なんて検索したデフですか?
ハセマイですね
検索したデフですか?
アカウントはハセマイ
ハセマイで検索です
すみません
今回はそれがインスタに載せている
もととなってる手帳だけですね
これが走り始めた2003年くらいって言ったんですけど
日本日手帳自体をやり始めたのが2013年からでしたね
48:07
いろんなこと書くんですけど
山のログとかを書くようになったのが
その1年後の2014年からだなっていうのを
手帳見返すと分かったので
2014年のものと
この頃暇だったんでしょうね
めっちゃ力入れて書いてたので
これが一番綺麗に色とかも
めっちゃカラフル
そう、塗ってるなみたいな
結構いろんなことがあった年だったんですよね
富士
富士、そうそう
UTMFこれ応援に行って
サポートとかの応援に行って
これはもうログを
ログの原型というかパンフレットを自家張りして
周りにいろいろ書くっていうスタイルですよね
また富士山を一周歩いてた頃の
そうそう
その第1回かな
第1回か第2回かその辺なんすかね
の応援と思います
ちゃんとここが今写真になりました
そうですね
これでちょっとログというか
面白いなって多分思ったんでしょうね
自分でね
確かに最初の方は文字が多いですね
そうそうそう
イラストルーティーよりは文字で説明してたりが
これはもう文字がいっぱいあって
この後に、そうですね
これログとして本当に描いたのは
この辺の5月ぐらいの自分で行った
鈴鹿の山ですかね
もうイラストってない
ちょっと楽しげなイベントをやってたので
いろいろペタペタ貼ったりとか書いたりとかして
イラストは完全に自己流ですか
イラストは私オリジナリティがないので
割と写真を模写したりとか
なんかそこで見たキャラクターを
真似して書いたりとかしてる感じですね
なので自分で生み出したようなものはほとんどないです
でも上手ですよね
で、花とか
当時は花とか見たもの
そうそう
これよく
山の看板にいる
リスの日の妖人の
日の妖人リズ
これ東海自然ほどよくいるので
これを書いたりとかね
この当時の自分がすごいなと思うのは
今みたいにGPSの時計を持ってなかったので
これは地図から本当にリアルにルートを一生懸命
見ながらこう通ったなっていうのを辿って書いてたので
この頃の方がすごい労力がかかってるんですよね
51:05
スタート地点からゴール地点までの
だいたいの
地図というか
ログを
今だとピーンと勝手に浮かび上がってくれるんですけど
そういうのがない時なので
すごい虫の絵とかもすごい細かい
毛虫見てリアル
気持ち悪い毛虫がめちゃめちゃいたっていう
絵を習われたわけではないですか?
ないですね
この絵とかもポイントがあって
書くと大したことのない絵になっちゃうんだけど
色を塗ると
これそれなりに見えるなみたいな感じになるのが
結構おすすめ
この中途半端に止まってる時点では
大根ですらかわいい
書くのにすごい時間かかりますよね
大体書くのにどれくらい時間かかるんですかね
どうなんですかね
多分この年のTJRの応援は
かなり時間かけて書いてると思いますね
これはかなり自分でも思い入れもあって
妄想応援団って書いてある
そろそろ来るんじゃないかっていうのが
めちゃめちゃずっと待ってる間あって
はたなぎ1.1一流とか書いてある
この頃は息吹も使ってないから
いつ来るかわかんないみたいな
自分たちの電波も悪すぎて
よくわかんないんだよ
なかなかその情報がつかめなくて
ひたすらに誰かが見張りをして待ってるみたいな感じで
待ってた気がする
これは仲間と行って
その前に
ここどこだ
日光寺出てきたところ
トンネル越えて出てくるところか
一般道路
そこに一人で応援に行ったんだけど
すごい暗闇の中ずっと一人で待って
可愛いよそれ書いてます
だけどカメラマンの藤巻翔くんにたまたま会えて
よかったみたいな感じで
そういう思い出が
コーヒーご馳走になるって
嬉しかったんだよね
とかいうのが
この辺は思い入れがあるので
多分時間もかけて書いてるんじゃないかなと思いますね
本の一節まで書いてるもんね
スーパーマーケットマルトの
マルトのくだりをね
本を書いてますね
54:02
なのでこの年はかなり時間をかけて書いてると思います
この頃は雑誌の切り張りとかもしたり
そうですね
これ私結構
全然取れるんじゃないことも書くので
もらったお菓子の放送紙とか
貼ったりとかするんですよ
新聞に可愛いデザインが載ってたりとか
なんか本読んだ分の
これはビールじゃない?
ビールだね
ビール発見
ビールの特集かなんかの
記録更新
会社のビールのイベントがあって
それを書いてみたりとか
結構よかった文章の一節も書いたり
もらったものとか
お土産の何かとか
これもそう貼ってる
うまく切る
これなんか
これ切るのも大変じゃない?
あーそうね
なんかお土産の
なんかしおりみたいのが入ってるじゃない?
おまんじゅうとかって
それを切ったんじゃないかな
ほぼ日手帳がこれ多分B6サイズぐらいですよね
そうそうこれB5かな?
違うA5だ!A5
A5ですかね
A4のさらに半分
A4のさらに半分
ちっちゃいっす
見てるより細かい
細かいですね
見開きで英語でその半分
半分ですね
ですからA6ですね
結構近年はですね
結構近年はちょっとサボり気味というか
ちょっとあんまり
あんまりだなっていう感じになって
こういう肯定さに至っては貼ってみるみたいなね
いやーでも綺麗にして貼るから
センスがいい
センスがいいですよね
これねポイントもう一個あって
隙間が出るじゃないですかどうしても
わーって書きたいことわーって書いていった後に
隙間をマステで埋めるっていう戦法なんです
マスキングテープ
そうするとなんとなく
なんとなくもうできてるんじゃない?みたいな感じになるっていう
だんだん自分なりの手法みたいなのが出てきて
最近だともうそんな
これOMM
OMMだ
OMM
シール貼ってたりコントローラー
そうそうそうそう
これさリストバンド
あーリストバンド
貼ってたりとか
そんなもう速攻捨てた
そうでしょ
こういうのを目指っとく取っとくの
ステージに
なんかもらったアイテムは
これ使えると思ったらとりあえず持って帰って
これもうマステの表のシールだったんだよね
これも?
これマステのさ蓋のところになんかついてるじゃん
57:01
ついてるやつですよね
そこ
あーフラットの
これをこうやってこう剥がしてのりで貼るみたいな
剥がしシールあったっけと思ったら
封を解いたら最初捨てるやつですよね
そうそうそうそこののが
捨てずにとっておくっていうのが
こういういいのが書いてあると思ったら
取っといたりして使うんすよ
発想がすごい
放送がかわいいやつとかめっちゃ嬉しくなるみたいな
お菓子とかこれもお菓子のやつ
すごい
すごいこの大会の記録もそうですけど
ほぼ日記のこの漢字もすごい貴重面な漢字出てますけど
これで家が汚かったらめっちゃ笑いますけどね
家がめちゃくちゃ汚い
こんな綺麗じゃないかな
本当んとして
確かに余計なものは多分いろいろあると思います
こういうのを貯めがちみたいな
シールだ使えるとか思ったら貯めがちみたいな
これ書き貯めずに毎日というか
終わったらすぐ書くとかそういうのしてるんですか
これがねやっぱりあんまり時間経つと
書けなくなっちゃうっていうのがあるので
やっぱ書きたかったのに書けなかった
あとね結構見ると書いてないページあるんだねって言われるんだけど
それは自分の中で良しとしていて
ほぼ日でもねそれは書いてもいいし書かなくてもいいって言ってるんですよ
そうじゃないと辛くなりません
やらなきゃっていう義務感になった途端に
しんどいし続かない原因だと思っていて
私はだったら毎日1ページじゃなくてもいいんじゃないとかも思うんだけど
白紙はこの辺忙しかったんだなとか
私暇すぎても書かないし
忙しくても書けないので
結構やっぱ空いてるところとか
平日とかは結構空きがちなんですけど
そこはもういいんだって思うことにしてる感じですね
じゃあ例えばLBとかで
礼首はね
これよっしゃ書くぞってなった時はどれぐらいで仕上がるもの?
えっと結構
まずログを書くのに
それはね30分かからずにパパパーっと書けるんですよ
そこに何のアイテムを載せていくか
空いてるところに書きたいことと
それは結構ね
2時間くらいなのかな全部で
日によります本当に
想像よりは短かった
もっとかかりそう
まずこのログだけを書いて
大体これを書こうみたいなのはあるんですよ
頭の中でこういう風にですね
1:00:02
この側文句は絶対書きたいよねみたいなのが
たぶん走ってる間に
例えばマウントチョップだったらこのキャラクターは絶対書きたいみたいなのが
なんとなくあるので
それを次に書いて
あとはその時あったこととか
思ったこととかを書いて
するかな
最後マステをペタペタ買って
色塗ったりして
っていう感じです
早いと本当に翌日翌翌日ぐらいにアップできるんですけど
これはでも本当100文は一見にしかず
検索してみていただきたい
カラフルだし面白いし
自分でもねすぐ忘れちゃうので
結構見返したら
あ、そっかそっかみたいな
見返したりするんですよ
するする
やっぱりほぼ日手帳のコンセプトとしても
見返して楽しい手帳みたいなことなんですよね
なんで
おーそっかそっかみたいな
結構私メイコーイッコーが言ったかわいい一言とかも書いてたりするんですけど
そういうのって結構忘れちゃうので
パーッと開いて
こんなかわいいこと言ってる?みたいな
思い出すと楽しいですね
デジタルにこうイコーする日々というか
あー確かに
紙で書いておくことで
振り返れたり
あーそうですね
やってるっていうのがいいなと思いますね
やっぱりね自分でもちょっと
あー楽に流れてはいるなーと思うけど
でもやっぱり見返したり
あーそうだったとこ気になったこととか
その時どうだった?
暑かった寒かったとか
そういうのってまた見返すと
いいなーと思ってるので
この趣味はきっと続けていくんだろうなと思ってます
じゃあ塩屋マウンテンクラブの
日朝練習初めて行った日の
あー
それ
見せてもらってもいいですか?
そうだね
あるかな?
あるかな?
2023…え?
あ、4年か
4年だ
4でした
444のね1月のね末なんだよね
えー
あ、そっか
いやあると思う
ちょうど1年前
はるかちゃん自分がSM初めて参加した時とか覚えてます?
えー多分インスタに上げてると思う
あーそうなんすか
あーそっか
その前にNOT12のね
あーナオタが主催する
応援も行ってるんですよ
草レースの
っていうのが書いてあるよね
へー
そうだね
100マイル
そうだ
あーこれだー
朝練デゲエコーって書いてありますよ1月1日
デゲエコー
デゲエコーのつもりですねこの時はね
見せて見せて
はいはいどうぞ
1:03:03
えーどんなこと書いてあるんですか?
これどんなこと書いてある?
えーっと
ジェームス山
あっ
スマデラに帰
あーほんとだ結構いろんなとこ連れてってもらう
スマデラに行って
タイラーのあつ森像の首塚があったよとか
この日大阪国際の応援の直前に行ってるんだね
へー
ジェームス山にも連れてってもらったので
あのライオンの絵を描いてますね
すごいかわいい
息づきキックな
そうそうそうそう
あの坂は上がったのかな
なんかそういう文章を
なんかジャジャ君が書いてなかったかな
そのエキゾチックなんとか
っていうのを読んだ気がします
あーそう
そうですね
あっ
持ってたヘッテンが暗すぎて
すっごろんだって書いてますね
それは知らんかった
あーでアイヘンバームさんも
あー行って
行ってる
あー行ってる
あーパン屋さんに
行ってる
なるほど
今日食べたパリパリチーズも食べてる
あーほんとだ
今日はパリパリチーズ食べたけど
面白いねやっぱそういうの
面白いね忘れてるね
なんかほんとだね
ジェームス山っていうのが何なのかを初めて知る
あー
ジェームスさんが住んでたとこですからね
そうそう
そうだそうだこれねなんかね
あーそうそう
今日帰りに
えーとビッグボスのお家の前のすごい坂を行くみたいな
っていう何故か終わりがそこだった
えー
面白
そうそうそうだった
でもこの翌日にじゃあ田中さんが
大阪国際女子を走ってるんですか
この日この日
この日に走ってるってことですか
この後に私応援行ってるんです
あーなるほど
でもその頃はまだ全然
まだ出会ってる?
出会ってない
出会ってない出会ってない
私は違う友達の応援で行ってたので
まあね懐かしいというか
まだ1年経ってないんですけど
なるほど
そうですね
すごいなあそうやって振り返る
そうそういうことですね
うん
確かに初めて
そんな感じで色々調べていただきつつ
あせまやさんの日記にもたどり着いていただければ
ですね
はいお願いします
私はヤマテンクラブのインスタアカウントからも
はい
紹介したいと思います
ありがとうございます
すごいこれは結局2014年から続けてるってことですか
2013年から続けてる
2013年からずっと日記を
すごい
すごい
それも10年経っとるような
そうなんです
すごい
私結構1回好きになるとずっと好きっていう
えー
なんか割とそういう感じですよね
素晴らしい
1つのことを10年以上続けるっていうこと
1:06:02
いやすごいですね
すごい
すごいです
ずっと楽しいなって思ってるっていう
進歩がないのかもしれないけど
いやいやいやさすがね
キャリアウマ
キャリアウマですね
キャリア重ねていってますね
さすがです
さすがです
続けること楽しいことを続けてればこう
もう形になるみたいな
そうかもしれないね
びっくりしましたかつてその読者ランナーとして
そのトレイルランナー雑誌に出てるってのびっくりしましたし
本当に
すごいね
ちらっと
そんな時代の
トレイルランナー雑誌
で海外レース行ったんですよね
そうですね
読者ランナーとして
読者ランナーとして
サイパンに
全部
無料で行くっていう
すごいその
無料で
賞金もらってる
賞金もらって
キャリアウマの経歴に箱をつけた
すごい
すごい
すごい
それで続いてるのが
すごいですよね
確かにそうなんですよね周りも
意外とずっと続けてる人があんまりいないくて
何人かはいるんですけど
元気でレッスン出てるよねっていう人
あんまり確かにいないかなって思いますね
すごいね
なんか貴重なやっぱりあれだと思うので
ぜひぜひ
発信を持って続けていってほしいな
ありがとうございます
陸上部時代で仲間とかで本当に続けてる人が
もっと少ないですよね
いやー少ない少ない
そうそう
私ね陸上部でも本当落ちこぼれだったんですよ
短距離?
中距離で全然見てなかったんだけど
それも本当驚きなんですけど
その当時よくちょっと新スプリントみたいになったとか言って
よくサボってというか見学とか言って
本当に大会出ても県予選の予選で
後ろビリになりたくないぐらいの気持ちで走ってて
なんか全然記録を覚えてないぐらい全然記録ないんですよ
当然予選の一本走って終わりみたいな
終わったから早くゼリーを食べようみたいな
そんな感じで
でもなんかそれが良かったような気もしていて
そこで自分のトップを
自分のすごい花々しい記録を見ていたら
社会人になって始めるとそれよりダメな自分じゃないですか
そういうのが全然なかったので
田中さんもそれは
めっちゃ思います
私ももともと短距離してたんですよね
短距離してて本当は病気でやらなくなって
1:09:04
でももう一回しようと思ったんですけど
やっぱりもう一回いい成績を出してしまってるから
今それと比べたら全然できないから
やっぱ悔しい思いをしたくなかったんですよね
だからなんかやる勇気がなくて
それで全然してなかったマラソンとか
そっちの方だったら昔と比べることもないじゃないですか
なんでそっちの方がやりやすかったっていうのもありますね
私も一緒で
多分高校の時にやり尽くしてしまった人が多いんで
だからみんな走ってないと思います
陸上部の友達って
みんなやり切ってるから
やり切ってる人はもうやってないと思います
これが自己ベスト
だから逆にあの時やらなかったから今があるかな
みたいな風には思いますかね
全然いないですよね走ってる友達
いないです
唯一陸上部の友達で一人
いまだにやってる子が
一人二人とかぐらいじゃないですか
すごいなってその子はマスターズとかやってて
いまだに幅跳びとかをやってるけど
それはすごいなと思うけど
でもその子は昔からすごかったけど
このすごくなかった私が実は一番長く続けてるっていうのは
なんか一つ誇れることなのかなと思ってますね
そうですね
楽しいが原点にある二人がそうおっしゃってるっていうのは
すごく気持ちが湧くというか
今後のそういうところにもコツがあるのかなって思いますね
次はちゃんまこさんですかね
そうですね
ちゃんまこの楽しいよね
ママちゃんは今ね
今は楽しいですよ
今はもう何やっても楽しいですけどね
いいですねめっちゃいいと思います
そこの先にきっと何かありそうだと思います
賑やかししながら写真撮りながら
何か食べながら
飲みながら
めっちゃいい
なんだけどちょっと今は
そこからもうちょっと早くなったらいいなの
って気持ちになってきてはいるかな
目標何か定めてますか
直近だったら笹山マラソン
笹山ABCフル
笹山昨年
フルマラソン
昨年が32キロしし汁の誘惑に負けて
余裕ないのに食べちゃってダメだったんですよ
なぜ食う
しし汁
なぜ食うなんです
なので次の目標としては
しし汁我慢したくないと思うから
多分食べたいんだけど
食べても
まず関門引っかからずに
1:12:00
1時間ぐらい早く走りたいね
1時間縮めるのは大変
1時間ってあれですよ
6時間があれなんで
今回伸びたんですよ
関門時間が
関門伸びて最後
去年は5時間以内に行かなきゃいけなくて
今年6時間になってるけど
5時間以内に行くっていう
なるほど
じゃあ今年関門が迫ってて
しし汁のところになってきたらどうしますか
迫ってて
迫っててしし汁の営業が近づいてきたらどうしますか
やったら
その時は
同じことは繰り返したらダメなんで
我慢
我慢して
去年はバカだった
去年は
いつもバカですけど
2回ポイントがあって
1回目のしし汁は我慢して通り過ぎたので戻っちゃって
戻る?
古原さんで戻る?
やばらしい
そんな人いる?
いたんですよ
その時にちょうど
それこそ北田孝夫さんからも
頑張ってねって言ってもらってたんですけど
孝夫ちゃんなんかモッテるなーって
テレビまた出てたよーって
連絡くれあったやつを呼んでしまい
嬉しくなって
しし汁飲んでる写真とか送ってた
早く走りよーって
フルバラ撮影に写真を送ってる?
だいぶ余裕あるな
食べてたんです
計算間違ってたんですよ
後で分かったのが
スライドの時に
自分は結構足止まりかけてて
やっぱ初めてぶっ込んでいったんで
自分キロ7から7半で
フルマラソン走ったこと
それで走ったことしかなかったから
でもそれで行くと捕まるよって
カモイ引っかかるよって
いろんな周りのラントモさんとか
Kさんとか一緒にやってくれて
そしたら最初にぶっ込んでいかないと
十何キロかでも
カモイ引っかかるっていう計算だったんです
だから走れても
完走できなくても
ぶっ込むしかなくて
6分くらいかな
6分から6分半で
だいぶ早いんですよ
だから足持たへんかもなって
思いつつ行って
なんとかスライドの時に
サブ3とかサブ4の人
結構みんなしんどそうやって
こっちはおいなんとかちゃん頑張れ
とか言いながら
自分はヨタヨタですけど
そしたらね
しし汁食べて気づいた
向かい風の上りだったっていう
だからみんな
しんどそうやな
もうしんどそうで
あっ!ってなって
もうその時すでに遅しですね
黄色7で走っても間に合うわ
っていう計算が
もうただでもポンコツやのに
計算も全然追ってないし
1:15:01
向かい風やし
しし汁食べても遠し
でもうアウト
目の前でバンって
3秒くらい足りなくて
3秒まで?
30何キロだっけ
37
37でバンって降りて
アーム城が流れました
アンルイスの
アンルイスだっけ
アーム城
でそっから
37キロがなんとなく
良くないというか
その後の10月
金沢も暑すぎて
なんか
めっちゃ元気だったのに
なんか足場も全然動かない
ってなったから
ちょっとそういうのの
リベンジ含め
まあまあまあ
2月に1個もう1個
高知寮もあるんで
それを
本当はそれも5時間以内で
行けると一番いいんですけど
行きたくて今
練習もる
もらっちゃいます
ありがとうございます
はいすいません
私ごとき
はい
めっちゃ練習してる
ねえ
まこちゃんめっちゃ頑張ってます
初めてですね
こういうなんか練習っていう
やった感みたい
そういうの見たことなかったから
成果を試す
試すっていうのもちょっとあれですけど
発揮できる
良い機会ですね
楽しみですね
ちょっと今約束しちゃったから
タイムやばいときは
しし汁を飲まない
飲まない
そこ約束しちゃった
みんなの顔を覚えて
思い出して
誘惑に負けないように
頑張ります
まずしし汁
まずしし汁
聞いてね
頑張ります
タンカーコーチは
ゴールでしし汁用意してた方が
多分早い
私のゴールで
しし汁は持っとくんで
ゴールしてから飲みましょうか
早くに
それやったら
頑張れ
去年だって売り切れてたの
ゴールしても飲めるのにって
いろんな人に言われたけど
自分のゴールした時は
もう既に無かったです
さっきもらっときます
さっきもらってます
楽しいやん
まこちゃんために
お願い
面白い
こんな目標で良かったのかな
良いと思います
良いよ
良いと思います
楽しいの先に底があるんだ
頑張ろう
楽しく走る先に目標があって
良い感じだと思います
結構長く撮っちゃいましたけど
とりあえず一旦こちらで
締めますね
ありがとうございます
ありがとうございます
ここで
汐谷マウンテンクラブからお知らせです
汐谷マウンテンクラブでは
毎週日曜日
1:18:00
朝6時から日朝例を開催しております
朝6時
潮屋駅北口
魚屋さんのある方に集まって
旗振山
鉄塊山と登った後
まだ時間に余裕のある方は
いろんなところへ行って
いろんな練習をすることができます
朝からヒーハーで来て
有意義な一日の始まりになること
間違いなし
興味のある方は
ぜひ作家してみてください
夏はドボーンしたり
いろいろありますし
アドベンチャーなコースを行ったり
砂浜でお相撲を取ったり
ビーチフラッグ的なね
仲間の家の訪問をして
それ楽しいやつ
スマデラさんに立ち寄ったり
その会にしかない楽しみがありますから
ぜひね
ちゃんまこも参加してくださいね
泊りがけで
部室にね
部室にも来てください
毎週水曜日は
山本ビッグボスと
上坂近子さんによる
四五枚ロードレーンがございます
こちらも毎週水曜朝6時に
塩屋駅北口に集まって
塩屋から舞妓公園の方まで
往復10キロぐらい走ります
結構高速化が進んでいるとか
聞いたり
なんなりしてますけど
そうですね
やっぱり田中コーチがですね
スピードは大事だと
私ですか
そんなこと言ったかな
ロードのスピードを上げなさいと
このマラソンね
2月以降のマラソンシーズンに向けて
良い練習になるんじゃないかと
思いますので
ぜひ
毎週水曜日
ロードレーンの方にも
ご参加ください
もろさんは
毎週火曜日と土曜日
大阪城で練習会をしておりまして
金曜日は
まやとねこさんですね
19時から練習会しておりますので
そちらもぜひご参加ください
クローバーランニングクラブで
調べて
はい、調べてください
申し込むから申し込みいただけます
まやとねこさんの練習会の方は
まやとねこさんのインスタとか
そちらも申し込むで
大丈夫です
私からの
大丈夫です
場所は王子公園ですね
王子公園ですね
まやとねこ集合で
そこからみんなで王子公園に行ってます
ありがとうございます
みんなに
2025年の抱負を聞いて
締めたいと思います
さっきまこさんね
まこちゃんね
と言ってたからね
しし汁を食べて
ささやま
沼地さんは
私は
やっぱり
前YouTube見ていた間は分かるんですけど
北田孝夫くんと
私のマッチと
田中選手が走って
ロードで田中選手にひたすらぶっちぎられる
1:21:02
というのを経験したので
総力を本当に上げないとダメだなと
TJRのこともあるんですけども
根本的に総力を上げないとダメだな
というのがあるんで
ちゃんとペース走とか
インターバル走をやって
総力を上げるというのが
今年の目標です
私は
さっきも言ってましたけど
レイクビアの宿題があるので
笑って
圧倒的に元気に完走
というのが目標です
素晴らしい
マロさんは
私は直近だと
1月26日に
大阪国際女子マラソンがあるので
そちらでベストを出したいです
その後の目標としては
世界選手権の日本代表と
ゴールデントレイルで
もう一度世界に行きたい
行くのが目標です
遥ちゃん
私はぼんやりとしていますけど
今年は長く走れるように
なりたいなと思っているので
距離を伸ばしたい
時間?距離?
かなと思います
何キロくらい?
とりあえず
フルマラソンではなくて
ウルトラマラソンのほうに
出ようと思って
70キロとか100キロとか?
100キロ
具体的にレースとか
考えてるんですか?
富士ゴコ
富士ゴコ100キロ
とりあえず
時間とかはまだ置いといて
長く走ろうと
思っています
いいですね
って感じです
新年目標を
口にしてしまったことで
どんどん
愛香ちゃんの声が
どんどん小さくなっていく
どんどん小さくなっていく
自分で言ったものの
楽しみながら
それをみんな元に向かって
進んでいければと思います
楽しむのはコツだな
というのを今回
主役で話せてもらったので
辛い時もあるけれども
みんな頑張っているんだな
という仲間の顔を思い浮かべながら
頑張ろうかなと思います
そんな感じで
今回は締めたいと思います
それではこの先も
ひいはーな週末をお過ごしください
塩屋マウンテンクラブの
はるかと
沼っちと
はせまいと
もろうと
ちゃんまこ
でした
せーの
ごきげんよう
01:24:00

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