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2025-05-17 12:01

トーク511[日本史]鎖国 from Radiotalk

サマリー

このエピソードでは、鎖国の背景や徳川幕府の動機について考察されています。また、大航海時代の影響や当時の軍事力についても触れられています。

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おはようございます。今日は5月17日、トークの511回です。
昨日、日本史のお話をしたんですよね。
どうやって話そうかと思ったんですが、いきなり話してみたんですよね。
そしたら、わからないことが出てきて、いきなり喋ってもいいんだ。
だから、何かを調べてまとめて喋るんじゃなくて、いきなり喋って、わからないことを後で調べるみたいな。
そういう方式もありかなと思いました。
今日は、最近、野望があってですね。
どういう野望かというと、トーク配信をするじゃないですか。
それを文字にして、それを上手い形でまとめあげて、電子書籍にしたいと。
あやうくば売りたいと。
まあまあいいんですけどね。
本のタイトル、歴史もこれね。
歴史もこれ、なんていうタイトルにしようかな。
学校の歴史の授業は、歴史嫌いを作るためにある。
それはダメだな。そんな本は売れないわ。
でも、何かいいタイトルを探しつつ。
鎖国の動機
鎖国の話を今日してみたいと思います。
昨日、徳川家康の話。
徳川家康の偉業の一つに、鎖国したのは徳川家康じゃないみたいですけどね。
まあまあでも、徳川幕府ということでいいじゃないですか。
正確にはね、鎖国っていうのがちゃんと形になったのは、三大将軍家光さんの時代だったみたいだね。
とはいえ、徳川家康さんの意向を受け継いだというか、徳川幕府はなぜ鎖国をしたか。
そういうことを考えてみたいなと思います。
一つは保守ですね。
自分たち一族の保身というか。
これはですね、懺悔両論ありますよね。
この時代の人っていうのは、今の時代もそうですよ。
自分たちが良ければそれでいいという時代なわけですよ。
今でもそうですよ。
会社っていうのは、社員と社員の家族。
正確には株主だと思うんだけど、幸せのために存在している。
社会を良くしようというのが。
そういう考え方っていうのは弱かったのかもしれないですね。
でもまあまあ、それは良いとして。
ただ、そういう社会を良くするっていう考えもないと、
自分たちの徳川幕府存続も早うかったというのも事実ですよね。
ちょっと言葉が難しいな。
要は鎖国というのは、一つは自分たちの保守のため。
大航海時代と軍事力
もう一つは、やっぱり日本のことを考えてたと思うんですよ。
日本のことで鎖国って、要は外国と縁を切る。
一応ね、始まったのが1639年から215年続いたそうですね。
そこだけちょっと調べたんだけど。
当時の外国で、外国と言っても一部の外国とは別に取引してたわけですからね。
全く外人本築商というわけじゃなくて、取引する相手を選んでちゃんと取引はしてましたよ。
全く全く他の国と孤立してたわけじゃないですよ。
他の国ってストレートに言えばですね、ヨーロッパだと思うんですよ。
ヨーロッパ、大航海時代。大航海時代って言ったら聞こえはいいですよね。
ワンピースみたいに。ワンピースじゃないか。
大航海時代。大航海時代っていつを言うんだろうな。
大航海時代というのは15世紀から17世紀を言いますね。
大航海時代は真っ只中ですね、鎖国をやろうとした日本はね。
大航海時代、夢とロマンにあふれてるような言葉。かっこいいですね、大航海時代。
でも実際はやばかった時代なんですよ。
何がやばかったかというと、何がやばかったと言うとですね。
何がやばかったんだろうな。
なんかね、よその国ぶんどり時代ですからね。
だから適当なよその国に行ってですね。
その国は別にずっと幸せにのんびり暮らしてるんですよ。
暮らしてるんだけど。
暮らしてるんだけど、武器を持ってですね、乗り込んで行ってですね。
やれ、やれ、何かよこせ。
やれ、言うこと聞け。
やれ、働け、みたいな。
ちょっとひどい時代だったわけですよ、大航海時代ってね。
そいつらと縁を切りたかったんじゃないかなっていうのが考えられますね。
というか、その通りなんですよね。
この大航海時代、今も続いてますからね。
今も続いてるというところが怖いところだな。
でもね、当時は言えたんですよ。
お前ら来るなっていうことを言えたんですよ。
なぜ言えたかというと、軍事力を持ってたわけですよ。
戦国時代。
戦国時代っていうのはですね、日本の戦国時代っていうのは世界的に見てもかなり野蛮な奴らの集まりで。
海外こんな野郎って言えないぐらい、結構ヤバいヤバい人の集まりで戦国時代ってね。
武器も結構持ってたんですよね。
当時は鉄砲という武器でしたね。
しかも日本は海外から攻めてこようと思っても島国だから、
なかなか攻めにくいわけですよ。
取った戦略というのが、まずはキリスト教というのを送り込んで、
キリスト教を日本で増やして、内部反乱をさそうとしたわけですよ。
その増えたキリスト教と元々の日本人を戦わせて、国をごちゃごちゃにして、
その隙にちょっといろんなものを掠めとってやろうみたいな、そういう戦略があったわけですよ。
そういう戦略があったわけで、それをいち早く見抜いたのが豊臣秀吉。
それを引き継いだのは徳川家康で徳川幕府ということになりますね。
そういうことですね。
今の時代に置き換えたら、軍事をもとうとか、軍備を強くしようとか、
そういう言い方をしてるわけじゃないんですよね。そういうことはあまり言いたくないですよね。
とはいえ、よからぬ奴から守ることっていうのは、今の日本はすごく大事だと思うんですよね。
その方法というのは、もっといろいろあると思うんですよね。
僕の話をしてもしょうがない。
アニメとかね、アニメを世界にもっと広げて、
日本の文化を世界に広げるって、そしたらそんな文化がある国、あまり攻められないじゃないですか。
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