日本通史の概要
おはようございます。今日は10月3日ですね、トークの645回目です。
日本通史ということを話してみたいと思います。
全体像をちょっとここで話しておこうかな。
日本のサブタイトルはですね、歴史は壮大なる嘘800という感じで、
サブタイトルをつけてみようかなとは思ってるんですけど。
一応区分を分けとこうかなと思ってね。
古代、古代、貴族編、古代編、貴族編、武士編、禁言編としましょうか。
根底に流れるのは嘘ばっかりです。僕たちが知っていることは嘘ばっかりですということですね。
多くの教育者とか多くの人から非難されるような感じのものになればいいなと思っているんですけどね。
だから入試とかテスト用には全くならないですね。むしろ入試とかテスト対策には効かない方がいいぐらいの内容になるかと思っております。
ただね、歴史は壮大な嘘800。嘘は誰がついたんですか。
何のためについたんですかということを考えてみたら、そりゃそうだわねなんですよね。
嘘をついた人は時の権力者です。何のためについたかというと、搾取するためです。
それがあらゆる分野で行われているわけですよ。
例えばキリスト教という世界があったとしましょう。
カトリックというローマ教会を頂点にしたピラミッド構造があったわけですよ。
そこは嘘ばっかりじゃないですかって言った人がプロテスタンという宗派を作った人たちですね。
そんな感じなわけですよ。
原始宗教と言われている人はですね、プロテスタンというのは原始宗教と言われる感じかもしれないですね。
僕もね、あなたの宗派はどこですかと言われたら、原始仏教という感じで言うのかなと思います。
人に聞かれたら、あなたの宗教は何ですかと聞かれたら、原始仏教ですという感じで言うと思うんですよ。
原始仏教というのは何かというと、今僕たちが知っている仏教って嘘ばっかりじゃないですか。
お釈迦さんが本当に言いたかったことは何だったんでしょうね。
原始キリスト教もそうですよね。
あなたたちカトリックの人は嘘ばっかりついてませんか。イエスキリストは本当にそんなことを言ったんですか。
原始キリスト教にしろ、原始仏教にしろ、文句を言ってるわけじゃないんですよ。
文句を言ってるけど、私たちの人生を良くしていきましょうよ。
そのためには、もう一度よく考えてみたらいいんじゃないですか。
そういうことなんですよね。
真っ向否定はしてないと思うんですよ。真っ向否定してるのかな。ちょっとわかんないけど。
そこはどうなんだろうみたいなね。そういうのはあるかもしれないけど、真っ向否定はしてないわけですよ。
僕も割とそういう感じで歴史と向き合っていきたいなと思ったわけですよ。
一つは人生を良くしていくために歴史を学ぶということですよね。
ついでに誰かの人生も良くなったらいいなというのはありますよね。
ここからですね、この歴史を学びながらですね。
歴史を見たら人間のやってきたことが最悪だなというのが多々あるわけですよ。
日本の歴史は割とそこまでひどくないな。そこまでひどくないと思うけど。
西洋史とか学んだらもう人間でいるの嫌になりますよね。
社会的洗脳についての考察
でもね、その中からね、美しいものを探していきたいなという思いはありますよね。
と同時に、じゃあその時の権力者と戦うってどういうことなんだろうという戦い方を学んでいくということでもあるのかなと思うんですよね。
だから二つの方向がある。
それでも何があっても僕たちは楽しく、楽しくというか幸せに生きていかないといけないわけですよ。
もう一つは、戦う。
両二つあっていいと思う。戦わない道と戦う。両立していいと思います。
戦うといっても、僕たち武器を持って戦うという時代には生きていないわけですよ。
だから戦い方は、戦うといっても全然意味は違いますよね。
で、何と戦うかですよね。
何と戦うかって、最近ね、民族学っていうのをちょっと勉強してみたら、民族学の先生が言うんですよ。
昔はね、狐や狸がいたんですよみたいな。
で、みんなに見えてたそうなんですよ。
みんなに見えた。
トトロだっていたんですよ。
みんなに見えてたわけですよ。
で、ある時見えなくなったわけですよ。
西洋という文化が入ってきた。
集合式ってあるわけですよ。
狸や狐が、あ、狸や狐がいたっていうか、
狸や狐、妖怪とか妖精とか、妖精は西洋か、妖怪とかはいたんですよね。
狸が人をばかすとか、狸が人をばかすとか、そういうことはあったわけですよ。
雑誌気晴らしもいたわけですよ。
ゲゲゲの鬼太郎みたいな世界もあったわけですよ。
で、みんなに見えてたわけですよ。雑誌気晴らしはみんなに見えてたわけですよ。
みんなかどうかちょっとわかんないけど、いたんですよね。
で、ある時見えなくなった。で、それは何?って言ったら、
西洋文化が入ってきた、西洋文明が入ってきたっていうことを言うわけですよ。
民族学者の世界ではね。
集合式っていうのはありまして、
みんなが見える土壌で生活をする。
で、日本っていうのは比較的みんなそうやって楽しく暮らしてた。
楽しく暮らしてた。
お百姓さんも、西洋の濃度、西洋は奴隷ですからね。
本当にね。本当に明日から晩まで空気使われて。
日本っていうのはそんな感じじゃなくて、
なんとなく楽しく暮らしてた。
そこには妖怪もいたりして、雑誌気晴らしもいたりして、
狐に馬鹿されたり、狸に馬鹿されたりしながら楽しく暮らしてたという、
という世界があったわけですよ。
西洋文明が入ってきたとか、
で、だんだん狸も狐も見えなくなって、
妖怪もいなくなって、雑誌気晴らしもいなくなってみたいな、
称号意識が見させてるもんっていうのがあったと言ってましたね。
で、僕たち今ね、
称号意識で、物欲主義、お金主義、
主義っていうのかな?
お金の世界、
妖怪とか雑誌気晴らしがいたかのように、
お金っていうのがものすごく大事なもんだという、
社会的、
称号意識の中にいるわけですよ。
で、僕たちはお金っていうのは大事だと思います。
でも一つです。一つ。
だから大事なものが10個あったうちの一つがお金でもいいと思うんです。
まあ5個でもいいですけど、その一つがお金でもあってもいいと思うんですよ。
ただ、
全てがお金になって、
お金が全てです。
豊かさが全てです。
みたいな、表面的な豊かさね。
物が豊かなのは全てです。
そういった社会洗脳になってるわけですよ。
ということをですね、ちょっといまいちと
考えてみたいなというのが、
僕が今から歴史を学んでいく根底になりますね。
で、戦っていくべきものは社会的洗脳ですね。
社会的洗脳。
物欲主義が社会的洗脳になってませんか?
みたいなね。
はい、うまく全然まとまらなかったけどこんな感じにします。