古代史と現代社会の類似点
こんにちは。9月の5日、619回目のトークです。
古代史と現代社会、似てるとこ。
古代史と現代社会、似てるとこ。
似てるところに気がついたわけです。
どういうところが似てるかというとですね、
嘘ばっかりだなぁと思いましてね。
嘘ばっかりだなぁ。
いやぁ、別にこれ、古代史に限ったもんじゃないな。
歴史っていうのは、嘘ばっかり。
嘘ばっかり。
で、でーですね。
で、現代社会も嘘ばっかり。
なんか、すごい似てるなぁと思って。
で、なんとなく確からしいことをやっぱり探していくしかないんですよね。
なんとなく確からしいことを探していく。
で、そういうなんとなく確からしいことを考えていくような
思考訓練が歴史を勉強していたらできるのかなぁと思ってですね。
なんとなく確からしいことしかわかんないわけですよ、僕たち。正解なんかわかんないわけですよ。
だって、もうわかんないことだらけで。
で、歴史をちょっと、古代史を今勉強しているんですけど、
勉強すればするほどですね、わかんないことが増えてくるわけですよ。
で、現代社会も一緒ですよね。なんかわかんないこと。
例えばですね、なんだろう、現代社会ってわかんないこと。
例えば積極財政と緊縮財政、どっちがいいかなんかわかんないでしょ。
わかんないんですよ。わかんないんですよ。
でも、でもなんとなく確からしいことはわかりますよね。
で、なんとなく確からしいことって、僕はね、どっちでもいいじゃんっていうことなんですよね。
より、よりに公平な心っていうか、公平な心っていうか、
本当に世の中を良くしていこうという、そういう気持ちを持った人が、
積極財政と緊縮財政、うまくコントロールしながらやっていくのが一番いいと思いますよね。
そんな感じで、あと歴史っていうのはですね、勝者、勝者が作り変えたものなんですよ。
で、それも今と似てますよね。今も勝者が作り変えている今を見せられているわけですよ。
よく似てるなぁと思って。だから、よくよく今僕たちが見ているものって、作り変えられたもんなんだなぁということですね。
で、じゃああなたは陰謀論ですかと言われたら、いや、陰謀論でもいいわけですよ。別に陰謀論でもいいわけです。
歴史を通じた学び
僕は陰謀論の何が嫌かというとですね、発展性がないことですよね。発展性がないというか、
陰謀論があったとしましょう。で、あなたの人生をどうやって良くしていきましょうか。で、私たちの人生をどうやって良くしていきましょうかという視点がないのが陰謀論の嫌なことです。
でも、それがある陰謀論って僕は全然いいと思いますよね。
だから、賛成党とか陰謀論的なことを言ってるけど、でもあの人たちは自分で政党を作って行動していますからね。
で、とはいえ僕は別に賛成党ファンでもないんですけど、
ただ、全然そういう、どちらかというと賛成党怪しいなと思ってるぐらいなんですけど、
とはいえ賛成党のやってることっていうのは評価してもいいのかな。
何をやってるかというとすごく勉強してますね。すごく勉強してます。
そういうことは評価していいと思います。
でも僕たち一人ずつ、一人ずつ、もっと一人ずつ、今の時代って誰かがいいように書き換えられた社会を見せられてるっていう認識をしたらいいかと思います。
ところがですね、じゃあ陰謀論ですかって言われちゃうんですよ。道道巡りじゃないですか。
どういうふうに書き換えられるのか、書き換えるってどういうことなのっていうのはですね、歴史を勉強しているとよくわかりますね。
書き換えるって、そもそもどういうことかっていうことがですね、なかなかわからないと思うんですよ。
薄っぺらくなるとただの陰謀論になってしまう。ただの文句言うだけになってしまう。
でもちょっとそこに思考の深みを持たそうと思ったら、それなりの基礎的な学力、学力って言ったらおかしいな、基礎的な知識が必要になるのかなと思うんですね。
それはどうやって勉強するんですかっていうのが僕は歴史を勉強、学ぶことだと思うんですよね。
歴史の学び方なんですから、ちょっと時間がかかるっていうことでね。年号を覚えることじゃないですからね。
どういう視点があるのかなといってですね、複数の視点を探すっていうことかな。
例えばですね、複数の視点を見ながら、僕たちが社会の事業で教えられたこと、社会の事業で教えられること、常識ですよね。
常識的なことを疑う視点がいるのかなと思います。
疑うでも反抗的でもいいんだけど、攻撃的に疑うんじゃなくて、緩やかに疑うっていう。
緩やかに疑いながら、楽しみながら疑うっていうかね。楽しみながら疑うという感覚がですね、歴史を通して分かってくるんじゃないかなと思います。
そうするとですね、今今世の中、今今今起こっていることがですね、そんな感じで楽しみながら疑うっていうことができるようになるんじゃないかなと思います。
楽しみながら歌う。例えば大和の戒心とはね。楽しみながら歌う。中の大江戸の王子、天地天皇。中富の鎌足。誰?誰?ってことなんですけど。
そがのイルカ。そがのイルカが悪者にされすぎ感がないです。悪者にされすぎ感がない。悪者にされすぎ感があって、誰が悪者にしたかというと、
日本初期か。日本の歴史書で悪者にされ感がない。もう一つは天地悪者に。もう一つは悪者に。こいつ悪いやつって言うと同時にこいついいやつっていう反動まで天地天皇を言いようにした。
誰がしたかというと、藤原の夫人。要は中富の鎌足の子孫です。
そこだけで怪しいな。実際その通りかもしれないけど、第一感怪しいなじゃないですか。そういう感覚がいるのかなと思いますね。
ガソリン税を下げません。でも自民党はそういうガソリン関係にすごく献金をもらってるなーとかね。
誰かの利害があるっていうことはチェック。石破さんは確かにそうだけど、それによって何らか変わることはありませんって言ってるけど、本当ですかね。
はい、ということでですね。古代史と現代社会に似てるっていうことをちょっと話してみました。楽しみながら疑うっていう感覚かな。はい、すいません。失礼します。