感想 1
サマリー
このエピソードでは、「バナナブレッドのラジオ」のパーソナリティであるシカくんが、ポッドキャストの再始動にあたり、尊敬するjunebokuさん(じゅんぼくさん)と自身の妻であるあゆちゃんをゲストに迎え、深い対談を行います。 シカくんは、自身のポッドキャストが停滞していた理由として、内省モードに入ると落ち込んでしまい、発信が難しくなることを挙げます。junebokuさんは、自身の「雑」なスタイルとは対照的に、シカくんがポッドキャストに込める思いの深さを理解し、共感を示します。あゆちゃんは、自身の「正義感」や「危険察知能力」が、社会的な立場や経験と結びついていることを語り、怒りを表明することの重要性を説きます。 対談は、AIの台頭による仕事の変化、個人の意思の必要性、そして「俗人性」や「レスポンシビリティ」といった概念へと展開します。junebokuさんは、俗人性をコントロール可能なものと捉え、個人の「まなざし」や「OS」を様々な組織にインストールしていく生き方を語ります。あゆちゃんは、自身のキャリアや家庭での役割を通じて、他者との関わり方や「責任」の捉え方について考察します。シカくんは、自身の「無力感」や「発信できなくなる」課題と、ゲストたちの経験を結びつけ、対話を通じて新たな視点を得ていきます。特に、身体感覚や「土に近づく」ことの重要性、そして公務員という立場から見える社会のあり方についても語られ、多角的な視点から現代社会における個人のあり方やコミュニケーションの意義が探求されます。
ポッドキャスト再始動とゲスト紹介
すごい、あの、じゅんぼくさんとずっと話したくて。はい。
で、その意図としては、はい。 あの、ちょっとポッドキャスト、僕ずっとやってたんですけど。
バナナブレッドのラジオというポッドキャストをやってて、で、ちょっと一緒に話して、これはあのバナナブレッドのラジオで、ちょっと流させてもらいたいなと思って。
で、なんでお話ししたいかというと、あの、ちょっと途中でやめちゃってるというか、なんか、あれなんですよね、話すのが結構止まっちゃうというか、
僕、日記も最近あんまり書いてるときに、書けなくなっちゃうというか、なんかこう、
休日やるぞってなったときは、まあ1日2日ぐらいはちょっと書けるんですけど。 なるほど。
なんかこう、だんだんこう、内省のモードに入ってきちゃって。 なるほどなるほど。自分の内側で巡るのか。
なんかこう、書くのがしんどくなってくるというか、落ち込んじゃうんですよね、どんどん。 落ち込むんだ。落ち込む方に行くんだ。
そうなんです。バナナブレッドのラジオもちょっと撮ってみようと思って、あの一人でいるときにいくつかちょっと取りためたものがあったんですけど、
俺もうちょっと、後悔するに至らず、話してるうちにどんどん落ち込んできちゃって。
今じゃあ、四角として、自分と向き合うと結構矢印が下向きに行きがちってこと?
そうなんですよ。で、ちょっともう更新できなくなっちゃって。
ただ、何かこうインターネットに発信するみたいなことは、引き続きやりたいっていう気持ちがあるのと、無理やりやるもんじゃないと思うんですけど。
何かいいきっかけをずっと探してたんですよ。
そうだったんだ。それはまずね、ここまで聞いただけでももうなんかハッピーがすでにあって、やらなくていいと思ってやってないのか、やろうとしてるけどやれてないのかと結構違いがあるじゃないですか。
そこの見分けがついたので、もう早速、すごい今これはあまり世の中に知られてない情報を得たという喜びがあります。
ありがとうございます。
ちょっと、なのですいません、あの今回僕のバナナブレッドのラジオをもう一回再始動をしたいなと思って、その1回目に
じゅんぼくさん、そして僕のパートナーというか妻である。
三人でバナナブレッドのラジオを始動できるってこと?
もしよかったら、背中を押して、というか胸を借りたいなっていう気持ち。
そんなスペシャルな回なんですね。
すいません、それでちょっとあのポッドキャストエクスポで気軽にお声掛けした背景にそういう何かのきっかけを求めていたっていうのがあったじゃないですか。
結構、四角の中でパターンに力入ってる感じはそういう感じなんですね。
僕、じゅんぼく生活めちゃくちゃ雑を心掛けてるから、すごい雑に声掛けて雑に喋って雑に公開するみたいなのやってるんで、
エクスポでお二人と会って話した時もその雑モードって言ったんですけど、四角がもうちょっとこう込めてる思いがあったんだなってことが今分かりました。
すいません。
謝るようなことじゃない。
ちょっともしよかったらなんですけど、
ポッドキャスト全都するのも良くないと思いつつ、
これ僕のポッドキャストを聞いている方も、あんまり僕のこと知らない方も多いかなと思っていて、
じゅんぼくさんと、あと僕の妻の、今日会わせてもらっているこのお二人をですね、ちょっと紹介させてもらいたいなと思って。
すごいじゃん。すごい光栄です。
すいません。ちょっとギョーギョーしいんですけど。
今日はバナナベッドのラジオということで、ちょっとお二人とお話できたらいいなと思って、
ちょっとまずじゅんぼくさんのご紹介をさせていただければなと思うんですけれども。
ちょっと一回挟んでじゅんぼくさんって呼ぶことにした。
それも良いですよ、その収録の中でその話をしても良いぐらいどっちでも。
そうですよね。
私が言ってるからだよね、多分ね、家で。
でも、じゅんぼくさんが今自分をじゅんぼくと自己紹介しているのであれば、それに習うべきだと思って。
ありがとうございます。尊重の意思だったんですね。
僕はずっとじゅんさん、じゅん29さん。
そうですね、長いことそうだったので。
そうですね、もともと僕が今働いている会社の前の前職でご一緒させていただいたソフトウェアエンジニアというご紹介でもよろしいでしょうか。
ありがとうございます、100点です。元同僚でソフトウェアのことをやっています。
今は大阪府の納税者を立ち並んでおります。よろしくお願いします。
junebokuさんの生き方への尊敬
本当に僕、じゅんぼくさん、じゅんさん、改めじゅんぼくさんをすごい尊敬していて。
ありがとう、何か言ってくれる時ありますよね、それね。
まず、ちょっと生きる姿勢に本当に尊敬しているっていう。
まなざしに、物を見るときのまなざしについて尊敬をしているということと、あとちょっと自分にできないこと、生き方をされているなって思っているのが、
僕は会社員として、大学卒業後、自分の生き方を選んで、低額でその給料をもらって、会社のために働くというか、会社のためじゃないですね。
組織の一員として働いて、それを基に社会を良くしていきたいなというような価値観で働いているんですけれども、
じゅんぼくさんは、これは外から見てのことなんですけれども、自営業というか、
ご自身で様々な組織に自分を貸して、自分のリソースをちょっと貸して、つまり様々なチームにじゅんぼくさんとして参加して、
そのじゅんぼくさんのまなざしを他のチームにインストールしてまわっているようにちょっと思っていて。
なるほど。
僕はその一つの組織に自分の力を持って、社会に何かちょっと一個組織に入って、その組織のでっかいロボットみたいなイメージですね。
組織というロボットにちょっと乗り込んで、そこには何百人もの乗組員がいて、
俺は右腕の小指担当だみたいな感じで、自分はそこの一員として働くんだけど、それが全体的にでっかいロボットを動かして社会を良くしているみたいな気持ちで働いているんですけど、
そうじゃなくて、これは僕の勝手なちょっと思い込みだったら申し訳ないんですけど、
じゅんぼくさんはそういうふうに動いているたくさんのロボットにいっぱい乗り込んでですね、自分のOSをインストールしてまわっているっていう。
それによってなんか社会をちょっと良くしていこうっていうのは別に営利目的の団体じゃなくて、例えば小学校のボランティアであったりとか、
もしかしたら今フォトキャストのシステムエンジニアというとあれなんですけど、あるフォトキャストの裏側のソフトウェアが必要とされているっていうとあれなんですかね。
そういうところのエンジニアとして関わるってことで、そのチームを良くしようとしているというか、自分の営利目的に関わらず様々な組織に入ってて、自分のOSをインストールしてまわっているように思えていて、
それは長々としゃべって申し訳ないんですけど、住むところも変えて、2年おきですかね。
そうですね、今は2年ずつでやってます。
栃木県であったり長野県であったりとか、自分が住む場所も変えながら、その周囲の環境の人たちと関わりつつインストールしてまわっているっていうふうに見えて、そういう生き方に非常に尊敬しているっていう。
なるほど、ありがとうございます。
ちょっと申し訳ないです、僕のちょっと良くない癖で、スイッチ入ると独断状になっちゃうんですよね。
久しぶりにこの感じを体験できてとても嬉しい。
バナナブレッドっぽい。
いい感じ、いい感じ。
ありがとうございます。
僕、そういうふうに見ていただいてるんだなっていうのを改めて聞かせてもらうのはおそらく初めてだと思うので、それは嬉しいですけど、
僕は僕なりに、これしかできないかなっていう感じもあるので、逆に家買うとか僕体験したことないから、
それは逆にできないみたいな、いろんなことが確定、ある種固定する方には働くことじゃないですか、何かを決めるっていうか、ローンとかってまさに最大の問題。
逆に自分はそれを怖くて避けてるところがあるので、そういうことやってる身近な人をね、気づいたら結構同年代の友人たちが家を買うっていうのがカジュアルになってきてて、
それはそれで僕からすると、すごいなって自分にできない生き方されてる人たちがいるなと思うので、それはお互いね、自分と違うものを見るとそういう感情になるのかなと思いながら聞きました。
そうですよね。
だから住宅ローンに関しては本当に自分でもさらいながらちょっと、なんでこんなことしてんだろうっていう思いもありながら。
でも、一番いい選択肢だと思ってる人もあるんですけど。
ありますよね。だからその論理で思考の作法で考えて納得してることと一方で心が、心は心で反応するみたいなのもありますよね。
すいませんちょっと長くなっちゃったんですけど、そういう純木さんと今日お話できて嬉しいなっていう。
いや、これでいいじゃないですか。
あゆちゃんの「正義感」と「怒り」
ですいません、ちょっとこの場にもう一人、僕の妻がいるんで、ちょっとその妻の紹介もさせていただければ。
あれ、新たにバナナブレッドのラジオ的には別に初出しの。出演はしたことない。
出演はしたことないよね。
あれでもなんか。
1回あるんですよ。
公演で喋ってたのって。
あれバナナブレッド。
バナナブレッドのラジオ、何回か忘れましたけど、初めてこの妻と会った時に。
名前言ってくれてもいいんだよ。
名前がいろいろあるじゃないですか。
あ、そっか、それで躊躇ってたのね。
だから最初に出た時は、ハンドルネームとかそのポッドキャストの。
当時何だった?
イチコロさんとして呼んでたんじゃない?
あの頃は。
なんか公演、屋外で会話されてる録音でしたよね、確かね。
そうです、あの。
あの中で確かイチコロさんって呼んでた気がするけどな。
イチコロさん、それぐらいから名乗ってたのか。
まあイチコロでも、イチコロだったり。
でも一方で。
一方その頃だったり。
あとちょっとしたパーティーズの聞いてたらもうなんていうか。
アユちゃん。
最新のそうですね、タッシーとアユちゃん。
それでもう馴染んでる僕みたいなリスナーも。
すみません、ありがとうございます。
聞いていただいて。
2人でたまにやってるポッドキャストでは、私はシカ君のことタッシーと呼んでいて、
タッシーは私のことアユちゃんと呼んでますね。
そうですね。
アユミーと名乗ってたり、いろいろしてますが、
アユちゃんでいいですよ、じゃあ今日は。
じゃあ今日はちょっとアユちゃんで。
アユちゃん。
一番自然なんじゃ。
僕のこともタッシーと呼んでいただいて。
タッシーで、はい。
分かりました。
すみません、僕もタッシーで呼ばせて。
気恥ずかしいんですけど。
全員じゃ変わってるってことじゃない、呼び方が。
めちゃくちゃ全員2つ以上あるってことだから、僕だけじゃなかったもん。
本当だ。
確かに。すみません、ちょっとアユちゃんについてご紹介すると、
ただ見バレしない程度に。
僕も、すみません身内のことを言うとあれなんですけど、
アユちゃんのことを尊敬していて。
ありがとう。
僕はそのアユちゃんの、やっぱりまなざしですね。
お二人ともまなざしっていうのに片付けちゃうとあれなんですけど。
まなざしかいた。
すごくその自分がこれを言ってしまうとあれなん、
あのなんか誤解がないかあれなんですけど、
すごく正義、正義。
いいよ。
ジャスティスの話か。
いいよ。
なんだろう。
やっぱ僕はすごい諦めちゃう癖がどうしてもあって、
なんかこう思ってても場がそういう雰囲気じゃないときというか、
本当に会社とかで働いてて思うのが、
僕すごく今会社員向いてるなって思っていて、
そのなんでかっていうと、
求められてる役割というか、
求められてる役割に対応した振る舞いが自分の意思と関係なくできるから、
僕はすごく向いていると思うんですけど、
僕はそこがあんま弱いポイントだと思っていて、
アイちゃんは自分が正しいと思ったことを、
組織とかの都合関係なく考えて実践されてる方だなと思っていて、
本当にそこを僕は尊敬をしているというような、
でもこれもすいません、勝手に思い込んでるだけかもしれないんですけど。
今日、すいません、
アイちゃん的にはこれは合ってるんですかっていう。
なるほど、ここで答え合わせが。
組織が、
結構なんか今のだとちょっと褒められてるのかどうかちょっと、
わかりかねる感じがありましたけど、
そうだね、
正義感が強いというよりかは、
危険察知能力が、能力というか危険察知の位置が、
低いでいいのかな、位置だと。
位置が低い。
だからなんかいろんなことが危険に見えちゃうから、
それに対抗しようみたいな。
だから怒ってる時も多いですし、
怒ってる、そうね、なんかちゃんと怒ってるイメージあるな。
そう、ちゃんと怒れるってすごいスキルだと思うんですよね。
でも怒るって大事で、
喜怒哀楽だったら、
結構怒るの大事かなって思って、
っていうのは、私はなんかすごい自分が女性であるとか、
すごく農村部の生まれみたいな、
非常に地方の、すごく田舎の出身であることとか、
兄弟構成が上に兄、兄、自分とかで、
いろんなこう、
そうですね、女性棚みたいなことを意識することとか、
地方出身者であることを意識することとかが結構、
この30何年間かで、
でかいテーマ、
今後はどうかわからないけど、
これまではそういうところが、
強かったのもあって、
で、今、ただその、
生きていく中でいろんな変化とか、
自分の変化もあるけど、全体的な、世の中的な変化とか、
あと、住む場所とか、年代とかによっていろんな変化がある中で、
ちょっと長くなってるけど、何が言いたいかっていうと、
今こうして自分が平然とというか、
まあまあ平然と生きていられるのは、
これまで自分に近い立場だったりした、
主に女性の活動家の方だったりとか、
そういう人が怒りを、
怒りとして表明して出してたかわからないけど、
主にそういう怒り的なパワーを、
こう、なんか出してきてくれたから、
ということに軽量表したい、
みたいなのが結構あるかなと思います。
なんかバランス取ってるだけじゃダメって思って、
言いたいことは、言いたいことというか、
これはこの場で言った方がいいとか、やった方がいいとか、
自分がここまでだったら、今この場でできそうだな、
みたいなことはやりたい、という感じでしょうか。
じゃあバトン殺し受け取ってるような感触があるのかなと思って聞きました。
なんか当たり前じゃないなって思って。
神木さんの前でこう褒めるのもあれなんですけど、
「舐められる」構造と結婚生活
本当にめっちゃいいなと思ってて。
ありがとう。
で、もう一ついいなって思ってるのが、
ちょっと行動力があるなっていうのと、
これもちょっと住んでる場所が分かされない程度に話すと、
最近、この地域のボランティアに、
あやちゃんが参加してし始めた。
始めようとしてるから。
二歩手前みたいなこと。
講習会というか、
ボランティアをするための事前の知識を得るみたいなのに参加されてて、
そこで知った話とかを聞いたりとかして、
まずそういう会があるってことも知らなかったし、
その会に参加したことで、
一緒に住んでる僕まで知識が更新されたりみたいなところもあって、
本当にそれはめちゃくちゃ、
自分も本当はそうありたいよなと思いながら、
会社に行って帰るだけの毎日なんですけど。
面白い。
そうか、お二人の関係者とかもいてて、
なんか鹿くん、
いや、タッシーね、タッシー。
何でもいいですよ。
タッシーに起きてる変化と自分が経験した変化、
もしかしたら重なるところがあるのかもしれないなと思うことがあって、
それは僕も妻と結婚してから、
自分が怒らずにお機嫌に過ごせているのは、
妻が不当に舐められたりしてるのとかが、
自分には降りかかってないからなんだなっていうことに、
結婚してようやく気づいて、
すごく大いに反省したこともあるし、
それはでも、もしかしたらタッシーが、
あゆちゃんが怒ってるのを見て、
そういう怒らなきゃいけない理由とか、
構造があるんだなって気づいたりしてるのかなって、
そこはもしかしたら近いものがあるのかなって感じたりしてます。
なるほど、なるほどですね。
僕は生きてて、今舐められてるなって感じること、
僕個人に限ってはほとんどないですけど、
妻の話聞いてると、やっぱり小柄な女性は、
往々にして舐めてくるやつがいるんだなってことは、
妻と何年も一緒にいるとよく分かってきたので、
これは自分は怒らずに住んでる、
そういう目にあってないだけなんだなという思いが、
年々強くなってますね。
面白いって言うとあれですけど、
面白いですね。
面白いと思ってます。
神木さん、結婚されてから何年ぐらい?
えっとですね、11年半ぐらいかな。
AI時代における個人の役割と「俗人性」
今、結構自分自身の中でも、
一人で暮らしてきた期間と、
あえちゃんと一緒に暮らし始めてからのことで、
結構もう別人みたいな、
本質的には変わってないかもしれないんですけど、
結構第二の人生感がすごいあるんですよね。
なるほど。じゃあ、四角の人生が一冊の本になるとしたら、
第何部がそこで切り替わってるような感じ。
なんならもう髪の色も変わってるぐらい。
そっか、もう下官とかに突入してるかもしれないですね。
わかんないですけどね。
本から違うかもしれない。
そんなに違うんだ。
あえちゃんはそうではないんですか?
私ですか?
いや、相当違いますね。
そうなんだ。
こんなにわがままじゃなかった。
それはいつと比べてですか?
私と同居を始めるときぐらいかな。
多分、私もわかると思うけど、
ただ、同居してない交際状態と同居してからだと、
だいぶ違うと思う。
相当違いますね。
そこは一致した。
じゃあ、そこで第N章から第Nプラス1章ぐらいにはなってるのかもしれない。
お互い違ってたんですね。
すみません、新婚さんいらっしゃいみたいな。
しかも当事者たちが新婚してるから、
僕は別に藤井孝のポジションでもない新婚さんいらっしゃい。
聞いてもらってる感じがする。
嬉しいですよ。
この3人で話すから転がり方あるなって思ってるんで、
それがバナナブレッドのラジオに載せてもらえるんだと思って。
今のところ載せてもらえる見込みなんだと思ってワクワクします。
エンボークさんもめちゃくちゃ変わりました。
あんまり自分としては人が変わったっていう感覚はないですけれども、
でもインプットの種類が変わったので、
知識の幅は全然変わったし、
妻と一緒に暮らしてなかったら知らなかった、知ろうともしなかった領域、
蓋を開けてなかっただろうなっていう箱がバコバコ開いた感じがあるのと、
それに伴って人生観とか価値観とかにはすごい強い影響を受けてると思います。
特に妻と一緒にいたっていうのもそうだし、
自分の年齢を重ねてたとかもいろいろありますけど、
妻と結婚する前の自分は、
もうちょっと自己責任論を強く内面化してたと思うので、
今はもうちょっと、とはいえ全然、
努力すれば報われるって思えるのは、
そういう恵まれた環境にいた人だよねっていうと、
そっちの観念の方が強いので、
あんまり今はそんなに、
それは自己責任だよねって思うことはすごく減っていて、
これは妻と一緒にいた期間で大きく変化したことの一つだと思いますね。
でもまあ、いろいろ年を重ねたとかもいろいろ、
単純に勉強して知識が増えたとかもあるので、
妻だけの影響ではないと思いますけど、
でも結構妻と一緒にいた期間で変わっていったので、
重なりはあると思いますね、期間にね。
なるほど。
なんか、
誰かと暮らして、
結構自分を相対化してみれる、
自分にないものを相手にどんどん見ちゃって、
本当にそれを僕は尊敬するので、
相対的に自分に足りてないなっていう、
またこれも内戦につながっていっちゃうんですけど、
どうして自分は慣れないんだろうみたいなのを、
それはあやちゃんだけじゃなくて、会社の人に対しても、
ネットでフォローしてる人に対しても、
ジンボクさんに対しても、いろんな人に対しても、
すごい思っちゃう。
すいません、ここから自分が話したい話にどんどん持ってきちゃうんですけど、
さっき僕会社員向いてるって、
辞任してる話をしちゃったんですけど、
一方でもう会社員本当にしんどい。
会社員無理だなってちょっと思って。
どっちもあるんだ。
どっちも量あるんですよね。
なんでかっていうと、
すいません、でも別に会社辞めないし、
これからも会社員で自営業でやっていくみたいな判断は絶対ないかなと思って。
絶対ないな、それぐらい確信があるんだ。
多分これは性格的なもので、
住宅ローンもあるし、
現実的な話と、
自分の生き方として多分会社員っていうのが、
もともフィットしているっていうふうに思うから。
だけど何か組織の中で、
話が繋がってるからちょっと不安になってきてるんですけど、
組織で働くってことって、
この組織の中で自分以外の人が、
自分と同じように働けるように、
整えていくことを求められると。
俗人化してる業務は悪で、
その他の人が同じ仕事ができるように、
ドキュメントも書くし、
いつもやってる作業があるなスクリプトも書くし、
業務のフローを整理して、
いつでも新しく入った人ができる、
いろいろ他のメンバーができるようにしておく。
ってなった時に、自分がやる、
これもう本当に新卒1年目みたいな話ですけど、
自分じゃなくていいじゃんっていう思いがいつもあって。
さっき言う巨大のロボットに乗り込んで、
そうやって働く組織の一員としてなることで、
社会を良くしてるためになるんだって思っていても、
ロボットの右手の小指を動かしてるのが自分だとしたら、
自分なりの小指の動かし方が絶対どうしてもあるみたいに思っちゃって、
他の人が小指を動かしたらこうはいかないぞみたいなことを、
全ての業務で僕はやってしまう。
自分の存在意義みたいなのを残そうとしちゃうっていうか。
でもそれって別に求められてないし、
会社の上には一切、ロボットの動きには一切関係がない。
小指の意思を込めちゃうっていうのが。
すみません、今なんでこんな話をしたのかというと、
じゅんぼくさん、そしてうえちゃんに聞きたいというか話したいのが、
こう思うことありますかって単純に聞きたいっていうのと、
あとこれでAIが最近台頭してきて、
自分じゃなくてAIに仕事をやらせるっていうのが、
どんどん僕とソフトウェアの世界、開発の世界では確実になってきて、
だんだん人間もいらなくなって、
支持するってこと自体もAIがAIにやらせてっていうのを
どんどん続けるようになりますよみたいなのが、
最近読んだアンソロピックのブログとかにも、
こういう方針になっていくんですみたいなのを語られていたのを見たりして、
結構革新に変わってるのが、
個人の意思っていうのがいらなくなってくるっていうのが、
今後どんどんなっていくっていうときに、
どう思われてるのかなっていうのを、
ちょっとお二人に聞きたかったんです。
これすいません、めっちゃ喋ってますけど、
この延長線上に僕、今自分が話せなくなってる、
受けなくなってるってことの、
繋がってる気がして、全然別のことのように思えてるのが、
お二人の話をもしかしたら聞いたら、
この接続がコネクティングドットができるんじゃないかっていう気になってて、
結構そのヒントにしたくて伺いたいんでした。
面白い。じゃあ僕から今の話を受けて、
思い浮かんだことがいくつかあるので、
それをちょっとつらつら話してみます。
まず俗人性みたいなものは、
俗人性という性質があって、
今この業務に対して俗人性、
20ぐらいだなとか80ぐらいだなっていうことを、
認識さえしてればいいと思っていて、
俗人性を常にゼロじゃなきゃいけないみたいに、
僕がそもそもあんまり思ってない。
ある時点ぐらいから思わなくなったみたいな感じがあります。
これはだから俗人性もそうだし、
ソフトウェアエンジニアリングの文脈で言うと、
技術的不採とかもそうなんですけど、
コントロールすればいいものだと思っていて、
不採ってもともと経営においては借り入れることで、
労働的な行為なんですよね、不採を借り入れる。
今月不採を借り入れて加速して、
3ヶ月間で返す計画ですみたいなのが不採であって、
経営が立ち行かなくなって借金まみれになるみたいなこととは、
そもそも結果的に借金がいっぱいになっちゃったことと、
労働的に不採を借り入れることは全然違うものだと思っていて、
技術的不採も俗人性も自分は結構、
労働的に付き合うことが多いです。
なのでこれ一時的に俗人性を高めることで、
短期的な超効率を得るんで、
今月は僕が全部やりますとか言い流しをすることもあります。
結果として追わなきゃいけないというものよりは、
自分がコントロールするものと思っているので、
あんまりネガティブなイメージがそもそもなかったりします。
あとは個性というものの定義を、
いろんな人が個性とか才能について論じられた本とかいっぱいあると思うんですけど、
化粧としても出ちゃうものが、
その人の個性だとかその人らしさだみたいなのがあると思うんで、
多分タッシーが業務において、
これは誰でもできるようにって書いたドキュメントとかに、
うわっ、これシカ君っぽいなみたいなのは多分、
香りとして出てるんじゃないかなと思う。
仕事の進め方とか。
僕はそれは目出る対象なので、
これは人っぽいドキュメントだなみたいなのに、
触れる瞬間は仕事においても仕事以外においても、
そういう瞬間は僕は好きなので、
それでいいじゃんと思っているところがあります。
なので結構ポジティブ。
今もしかしたらちょっと付き合ってくるのが難しいなとか、
こういうの本当はダメなんだけどなと思っているかもしれないものを、
僕は結構楽しく付き合っているかもなと話を聞いていて思いました。
泣いちゃいますね。
「レスポンシビリティ」と「身体性」
あとは、これ約3年前になんですけど、
日本語の責任という言葉と向き合い直した時があって、
責任って英語だとレスポンシビリティが対応させられることが多いと思っています。
英単語のレスポンシビリティと日本語の責任。
これが対応する概念として。
翻訳とかするとそうなりがち。
そうなんですね。
なんだけど、英単語のレスポンシビリティって、
言葉の作りとしてはレスポンスアビリティなんですよね。
反応可能能力というか。
僕が今この収録終わった後、
家の近所を散歩するとするじゃないですか。
そこで倒れているおじいちゃんを見かけた時に、
今ここに自分がいて、
別に今すぐ家に帰らなきゃいけないとかっていう事情もなくて、
今この人が倒れたという事情に反応できる能力があるなと思ったら、
助ける。
それのことを責任だと思うようになったんですよね。
3年くらい前にね。
だから今自分がここにいて、この事象に対応できる。
それに対応するってことが責任で。
だから、あ、ごめんなさい、今どうしても時間がないので、
ちょっと救急車だけは呼んで、救急車来るまではいますけど、
その後はごめんなさい、自分いなくなりますっていうのも、
できる限りのことでレスポンスをやりますってことだと思っていて。
なので、世の中全体とか言い出すと、
僕にしかできないことなんて本当にないと思ってるんですけど、
僕が今業務委託でお付き合いさせてもらってる会社で、
僕の目の前で起きた問題は、
今この場で解決できるのは自分しかいないかとか、
最近自治会のデジタル化推進をやってるんですけど、
今この自治会の回覧板をデジタル化できるのは、
自分しかいないかもなーみたいな感じでやってるので、
結構その時にそこにいるっていうことは、
かなり僕は大きな意味を見出しているので、
しかくんがいたミーティングで、
これはしかくんが言った方がいいこととかってあると思うんですよね。
この中だったら自分かなーみたいなことあると思うんですよね。
それにレスポンスに対してリクエスト。
世の中が常に何かしらのリクエストを発していて、
それに今自分レスポンスしたな、
これが責任ある生き方ってことでいいんじゃないかなって、
最近3年ぐらい思ってるんですよ。
それを思うとね、
これをすごいあり程に言うと、
目の前のことを一生懸命やるみたいな、
そういう本当にめちゃくちゃ普通のことになるんだけど、
でも今それは自分は結構しっかりしっくりきてますね。
なるほどー。
しかくんの話を聞いて思ったら、
そうかな。
責任ゼロにならないからいいじゃん。
自分らしい仕事をしたらニコニコで、
周りの人もしかくんぽいいい仕事だね。
ニコニコってなったらそれでいいと思ってるし、
その時そこにいる人でしかできないので、
それでみんなが現場がいい雰囲気ならいいじゃんって思ってますね。
これは別に会社の悪口を言うわけじゃないんですけど、
もしかしたらじゅんさんと一緒に働いてたら、
こんなことは思わなかったのかもしれないなって。
もしかしたら結構自分が軽んじられてるんじゃないかみたいなのが、
AIを使って仕事をしているっていうことが、
じわじわと自分の軽んじられ性につながって感じてるのかなって、
今ちょっとすいません、お話を伺っててすごい思えてきちゃってます。
それはあるかもですね。
でも本当にあれですね、
自治会とか行くとめっちゃLINEで業務の連絡して、
あとなんかあったら、じゃあ自治会官来てくださいってのがあるから、
全然AIに渡せないんですよね、自治会の業務。
素晴らしいな。
いいですよ、何だっけ、誰が言ってたんだっけな。
誰が言ったか忘れたけど、結局土に帰っていくしかないみたいなことを言って、
やっぱそのAIとか、僕らの業界のクラウドとかって、
めっちゃ土から遠い話をしてるじゃないですか。
でも畑で作物育てるとかって、
マジでAI云々じゃない世界があるので、
一回土に近づいた何かをやってみるとかすると、
結構捉え方変わる気もします。
小学校のグラウンドで鬼ごっこするとかなったときに、
全然自分レスポンスできるものまだまだあるわみたいな気持ちになるから、
もしかしたらアユちゃんが地域のボランティアとかのほうに行って、
そこにもそういう手触りはあるんじゃないかなという気もしますしね。
嬉しい。
嬉しいな。
コンピューターの中のことだけやってると辛いかもしれない、今時代に。
なんか、
結構欲付け口というか、
ちょっと弱ってる感じが、
自覚してて、
こんなこと言うのもあれなんですけど。
いや、言ったほうがいい。
しかもこの場ではそれが言えると思ってくれたんだったら、
すごい嬉しいことだから。どこにも言えないのが超怖いことだから。
いや、本当ですよ。
なんかこの場では言えるって思ってもらえたんだなという感じ。
すごい嬉しい。すごい嬉しいですね、今。
皆さん、なんかこんな質問しても、
あれなんですけど、アユちゃん、
僕の今の話、聞いててどう思いましたか?
すごいなんか、聞けないな。
僕が聞いていいのかっていうドキドキ感もありますね。
いやでも今難しかった。
純服さんの話を一生懸命聞きたいじゃん。
聞きながらさ、この後自分の番組。
ごめんね、急に。
多分ソフトウェア開発のその内情を知ってる、
純さんだからこそ伝わるなんかフィーリングみたいなのも、
きっとあるんだろうなと思うんですけど。
僕がカバーできる領域もあるけど、逆に僕がカバーできない領域もあると思うから、
そこはできないですね。
結構、
どう答えるかちょっと、
でも今さっき考えながら思いついては、
こういうことかなって思って、次にこういうことかなって思ってたら、
もうちょっと前のこと忘れちゃうみたいな。
何種類か多分、そもそも方向性というか、
前提があるので、
どのパターンがいいんでしょうね。
ごめんね。
いや、全然全然面白い。
例えば、あやちゃんも会社員だった時代があるわけじゃん。
そうですね。
そういう時に、自分なりの仕事、ここにいる意味みたいなことを考えたりしてたんですか?
ここにいる意味は、
どうかな、でもあるんじゃないかな。
なんか、完全に誰でもいいとは思ってなかったのがあって、
ただなんか、ちょっと種類が違うと思うのは、
事務的な仕事が当時やっていたことで、
いわゆるJTCみたいな、
ジャパントラディショナルカンパニー的なものの中で、
総合職と一般職みたいなのがあったら、
私一般職側の人間だったんですよ。
で、それの入り口が、
4年生大学を出て、
大阪の会社だったんだけど、
わざわざ一般職を選ぶ意味みたいなのが、
多分人によっては思うかもしれないんですよ。
進学校の高校を出て、
別に大した大学には行けなかったが、
国立大学を受験して入学して、
4年間勉強あんまりしなかったけど卒業して、
そこで一般職的なところにエントリーして、
入社するっていうことが、
なんか変に思う人もいるかもしれないが、
私はそもそも総合職みたいなことが自分にはできると、
全く思ってなかったんだよね。
それはそういうふうに育てられてるからなんですよ。
もちろん自分が成長する過程とか、
ましてや大学に出てるんだから、
そこでもしかしたら切り替わるチャンスがあったかもしれないけど、
でも自分はそれこそシステムエンジニアだとか、
ウェブデザイナーだとか、
名前のある職業みたいなものに、
自分がその選択肢を持っていると思ってなかったので、
っていうのがあって、
そういう会社にそういう入り方をして、
だからなんか業務内容が、
こうなんだろうな、
能力的、スキル的なものをガンガン伸ばしたりとか、
広げたりとか、
それを活かして何かをっていうことよりかは、
いかにこう人と人との調整をするかとか、
っていう感じ、なんか工場だったので、
現場の人とブルーカラー的な人とホワイトカラーみたいな感じの人を、
両方がなるべく不快にならないように、
怒らせたりしないように、
あとトラブルが起こりそうだったら寝回しをするとか、
面倒事が起こらないように、
人の様子を見てそれを調整するのが、
最初のキャリアの5年間の一番シュタル業務だったかなと思う。
実際はパソコンもカタカタしてたりするんだけど、
電話でやりとりいっぱいしたりとか、
業者さんともやりとりいっぱいしたりとかするんだけど、
業者さんも含めて、
圧力がなるべく生じないようにする。
面白いな、それに一般職ってラベルついてるのめちゃくちゃ面白いな。
それが一般職、めちゃめちゃ専門職だった。
結構当時はその事務職に関しては誇りを持ってやっていたところがあって、
この総合職のジジイたちに、これはできないって思ってやって、
できるのかもしれないけど、
っていうのは、でも皮肉なことに、
それが自分的にできてるなみたいな、
ちょっとこいつがやるよりはできてるだろうみたいな風に思えるのも、
やっぱ私が女性として生きてきたから、
それができているっていう。
実際、総合職も基本的に男性でちょろっと女性がいるみたいな。
あと、主に営業さんとかで女性がいたりとか。
一般職は100%女性かな、たぶんね。
そこは割とカッチリジェンダーステレオタイプが反映されてる感じ。
そうですね。
当時、ちょっと話ずれちゃうけど、
私としては元どいなかの生まれで、
実際に工場自体は地元の付近にあったけれど、
大阪のそれなりに大きな会社の一部上場企業だみたいな、
ちょっともうなんか期待があった。
なんか違うんだろうって。
ちょっと進んでるんだろうみたいな気持ちがあったけど、
全然。
実際、総合職の人は地元の人たちっていうよりかは、
全国から配属されたっていうような感じだったから。
転勤とかもあるようなイメージですか。
そうですね、転勤がある。
なるほど、イメージついてきた。
別に同じ地域で育った人たちじゃないし、
だからもっと見えてるものも違ったりとかするのかな、
考え方が違ったりするのかなって思ってたけど、
そんなことはなくて、
そういうことにショックを受けながら、
5年間やってきて、ちょっと暗い話になってあれなんだけど。
いやいや、2人とも暗いか、大丈夫。
でもまあ、面白かった、いい経験ではあって、
で、ちょっとそれが前置きでちょっと長くなっちゃったんだけど、
だからなんかその、
自分がやってる意味はあるかなとは思いつつ、
もうこれが俗人的な仕事かどうかとか、
自分が辞めたら別に他の人が入って、
それで仕事が回るっていうことはもう明らかであったし、
なんかそういうことを、
そうだね。
もう考える余地がないみたいな。
考えもしなかったってこと、俗人かがどうか。
話だけ聞いてるとなんかね、
チームスポーツのスポーツ選手っぽいなっていう印象を持ちました。
だからサッカーの中で、
例えば右サイドバックみたいなディフェンスをやりましたって言ったら、
どうやったってその個性は出るじゃないですか。
足の速さ。
でも別に別の人がそのポジションになったら、
それでチームとして新しい形に、
細胞が入れ替わっても、
生物の体はそのままみたいな感じで、
だから俗人性があるってことと、
交換可能であるってことが、
あゆちゃんがいた環境で、
あゆちゃんの本人の感覚としても同居してるんだなと思った。
もしかしたらシカ君の観念で、
俗人性をなくして交換可能にするっていう、
なんかそこが連動してるのかもしれないと思いました。
確かにそう思いますね。
今自分整理うまかった気がするな。
いやすごい。かなり納得してしまいました。
よく今の話を聞いて整理できた。
いえいえ。
今自分びっくりした。
なんだっけ、今思ったこともう忘れちゃった、やばい。
認知能力か。なんだっけな、その、
いやむしろというか、
それでもポジティブに捉えてたってことだよね。
うん、誇りがあったって言ってたかな、さっき。
それは、あの、
ジジイへのムカつきがあると。
いや本当に有害、有害高齢男性。
やっぱりね、おかしかったんですよ。
相当あの会社はおかしくて、その、
他の会社がどうかわからないけど、やっぱおかし、相当おかしかったんです。
あの、
そう、だから結構言ってた。
その時も、ジャスティスを発揮してやりまくってた。
なので、やっぱちょっとめんどくせえやつにはなってましたけど。
だからそう思われても、
能力的にというか、その作業のスピードだとか、
性格性だとか、そういうところで舐められないようにというか、
あれいなくてもいいわ、みたいな風にならないように、
頑張ろうみたいな感じですからね。
なんかその後さ、あやちゃんは専門学校に行って、
その、資格を得て、で今、
さっき一般職ではない、その名前のある仕事について働いてるんだけど、
それは心持ちは一緒なのかな、ずっと。
えーとね、ちょっと待ってね、ちょっと前から、えーと、
なんて考えてたんだろう、私。
「コマ」としての意識と「一般職」経験
これは三島さんにちょっと映像もセットで伝えてあげる。
今、頭抱えちゃってる。
あのー、いや、えーと、えーと、
ちょっとなんでそう思ったのか忘れたんだけど、
その時代的には多分、独人性を排除して、
あの、みたいなのがさ、一般的にも良しとされる、
っていうかまあ、なんかその独人性の高いものに関して、
冷笑的な雰囲気が漂ってきているような世間かなと思うんですが、
なんかむしろ、独人、独人性というと、
まあ、賊、賊というほどではないが、
誰がやってるかとか、そこに誰がいるかっていうことが、
むしろ今の方が、私たちが20代だった時、
より高いように私は感じているかもしれない。
なるほど。
なので、まあちょっと今の仕事とは一旦関係ないことになっちゃったけど、
ただ、まあそれも、私が当時は岡山県の片田舎に住んでいましたっていうところと、
今、首都圏に出てきた、ここで仕事をして暮らしているっていうことによって、
あの、そういう感じ方になっている可能性もある。
うん、なるほど。
まあそう、変化がいくつか同時にあるよね。
そっかそっか、そうだよな。
なんか、今、危機感があるとしたら、
だから、最近私が家でもうだうだ悩んでると思うんですけど、
なんか、結構今の食料について、
で、今の食料って、そもそもちょっとここでは言わないんだけども、何かっていうのは、
あの、まあその認知度も低いし、一般的な知名度はあんまりない。
で、そんなに国内にたくさん、たくさんいないわけじゃないけど、
めちゃくちゃ、たとえばソフトウェアエンジニアとか学校の先生とか、
そういうたくさんいるものじゃない。
で、その食料の中でも、なんか分野が結構いろんな分野があって、
なんかデザイナーだったらUIなんちゃらとか、いろいろグラフィックがどうとかって思うんだけど、
その中でも、その少数派のニッチなところ、
ニッチな食料のニッチな分野でやっているんですよ。
で、すごく閉鎖的な感じがあって、
あと今の職場的に営利目的じゃないっていうのも大きいのかもしれないんですけど、
ちょっと公に寄っているところなので、
なんかあらゆる手段とかを検討することもできないとか、
なんかメンバーチェンジもあんまりないし、新しい風邪は吹かないとか、
本当にいろんな面で閉鎖的だなっていうふうに感じていて、
だから、その私生活で自分がいろいろボランティアなり動いていかないと、
このままじゃちょっとなんか取り残された人間になっちゃうなっていうのがあるから、
で、今例えば職場を変えたり仕事を変えたりするとしたら、
急に多分、本当にポンコツになっている。
もともと言うのじゃないかもだけど、
ポンコツ感が強まっているかなと思って、
そういう危機感があるんですけど、
だから、
なんかそうだね、誰がそこにいるかみたいなのは起きそうだなって、
ちょっと今わかんなくなっちゃったけど。
すごい、僕この話を非常に自分の個人的な、
なんかこう、やっぱりこうまとまった時間と関係性がないと話せない。
もしかしたらアヤちゃんにはポロポロ話してたかもしれないけど、
なんか無力感とか、ちょっと軽い欲打つ感とか、
こういうことを、まず僕すごい、なんか勝手にまとめモードに入っちゃうんですけど。
ここからまとめるのすごいぞ。
すごく今の時間が嬉しかったっていう。
なるほど。
この自分の気持ちをまず話せたってことと、
それについてのお二人の、尊敬してる二人からの観点があったっていうことが、
なんかこう、すごい一人のものだったものが、
なんかこう三人のものになった気がして、
なんかこう共有できたという気がして、
なんかこう話すって本当に感動してるんですよね、今。
人と話すってこういうことだよなって。
そうそう。
で、たぶん今この場においては、
なんか俗人でいいじゃんっていうなんか思いっきりあると思うんだけど、
別に僕しかこの役目やれないとは思ってないんだけど、
でも今日ここに着席してるのはこの三人しかいないから、
この三人それぞれ一生懸命聞いて思ったことを言うっていうことをやってるじゃないですか。
で、こうもう二度と再現不可能なセッションが今日この場にあって、
それめっちゃいいじゃんと思うんですよ。
はい。
だから別に仕事もそれで、
なんか今日のミーティングめっちゃ良かったよねとかってなったら、
なんかそれでいいじゃんって思ってるっていうのが、
まあさっきの話の補足というかね。
ありがとうございます。
この場の僕が感じた良さを絡めて言うと、
仕事もそれでいいじゃんって思ってるってこと。
あとさっき、
ちょっとさっきのさっきのさっきぐらいに考えてたこと思い出したんだけど。
やったぜ。
よかった。
あの、
えっと、
その、
えっとなんだっけ。
危ない危ない。
すぐに分かんなくなっちゃって。
あ、そうそう。
私の最初のお話が結構その、
会社の中で、
組織の中でどうかっていう話だったと思うんだけど、
だからその、
なんか、
一般職経験を話したんだけど、
まあそもそも、
うーん、
なんか、
コマとしての意識が当時は強かった。
まあ誇りは持ちつつ、
全体的に見るとコマとしての意識が強かったっていうのもあって、
その、
「正義感」の源泉と家庭での役割
まあそういう観点がなかったっていうのもあるんだけど、
その分、
その分というか、
仕事に対してというよりかは、
仕事以外のところに対して、
うーん、
あれかもしれないですね。
自分の役割というか、
この、
例えば家族だったら、
まあそれも一つの組織として、
この組織の中だったら、
私がこういうことを言っていくべきとか、
多分私の実家を想像してもらったら、
なんとなくわかると思うんだけど、
まあこの間、
あれか、
一緒に帰った時もなんか、
うちの母も言ってたと思うんだけど、
私ってやっぱ相当扱いづらいというかめんどくさい、
いろいろ言ってきて、
また、
またなんかそんなこと言ってるみたいな、
感じがある、
あったと思うんだよね。
その、
うーん、
正義を訴えだしたら、
正義というか、
まあ正義感の強い子だっていうふうに、
その昔のことを思い出したって言ってたね。
やっぱその、
会社の、
ジジイのセクハラが、
とにかく許せないんだみたいなことを、
言ってても、
許せないよ。
いやそういう、
いやそんなもんだよみたいなふうに、
なる世の中がそこにあったけど、
それでも、
なんかこいつらに屈さないみたいな、
感じが、
まあ家の中でも同じように、
あった、
んですよ。
でなんか、
兄との比較で、
こういうことを私が言われるのはおかしいとか、
あの、
ちょっとそういう、
なんかそういう系の課題に寄っちゃうんだけど、
まあ逆に、
その母親の悩みとか、
愚痴っていうのは、
母親は兄に対してより私に対して、
話したがっているのはもう明らかであると。
女性同士で、
なるほどね。
やりたい、
みたいんだなって、
思うから、
聞き続けてきたとか、
とかまあその、
兄の配偶者とかに対する振る舞いで思うことがあったら、
私が、
兄ちゃんたちが言うよりかは、
私が、
言うんだとか、
それもなんか役割意識というか、
その、
さっき純木さんが言ってたその、
目の前でも人が倒れたらどうかとか、
そういう責任の話、
みたいな感じかなと思うんだけど、
この場で、
友達付き合いの集団であっても、
この中で、
こういうことを多分今は言った方が良くて、
それを言うのが、
責任っぽいのは、
今は自分じゃないなとか、
今、この内容だったら私が一番言いやすそうとか、
あとなんか、
お茶あらけて面白く言えそう、
これだったら面白く言えそうとか、
そういうのが仕事以外での方が多分常にある。
で、そこでなんか自分の人間を感じる、
っていうのを、
なんかさっきちょっと考えながら、
AIによる「軽んじられ性」と「特権」
っていうのもあって、
なんかタッシーが、
やっぱ軽んじられてるんじゃないかっていう、
感情になることにしたりして、
私がもう結構確信に近く思ってるのは、
結構私がタッシーを軽んじてしまっている盾の中で、
っていうのは、
あのね、やっぱりそれはなんかね、
否定できないことで、
私がすごく気をつけなきゃいけないことだし、
なんかその切り分けないときゃいけない問題、
なんかこれは分かってほしいから言い続けるんだっていう、
私のこだわりがあるところと、
そうじゃないところ。
たまにさ、なんかお礼を言ったりすると、
なんかジーンってしてるじゃん。
会社でお礼言われないんだとか言って。
なんかこう、これ話してても本当、
自分の所属してる組織がどんどんあれですけど。
でも、なんか国内のソフトウェア会社、
開発会社、
すみません、僕もそんな2社しかいないんですけど、
なんか今こういう傾向あるんじゃないかなっていう、
なんか全然その大きな波の中で、
AIを活用して、
活用し遅れたら、
私たちは生き残れないみたいなこの流れの中で、
なんかこう、人が軽んじられていく傾向を
すごい感じちゃう。
なんかその人件費とその
AIのトークン使用料を比べたりとかですかね。
パソコン上で全部完結してしまう仕事っていうのが、
今後置き換えられるのは確実。
そうですね、それはそうか。
そういう時にその人間としてのその
認められているものが、
なんかトークンの、
トークンに置き換え可能ですよみたいなことをこう、
やっぱ毎日言われる環境にどんどんなっていってると思うんですよ。
なるほど、それはね。
ごめんね。
別にあの、あゆちゃん家庭の中で僕は
勘じられてるとは一切思ってなくて。
尊重されて大切にされてるっていう風な。
違うのよ、でも。
僕、会社からその1日8時間働いてる会社から受けてる影響っていうのは
すごく大きいんじゃないかなとはすごい思うんだよね。
ごめん、でもなんかそういう問題意識があるんだってことを
全然知らなかったので。
ちょっとそこはそこで掘りたいけどね。
なんかね、あると思うよ。
私がドヤっていうことじゃないんだけど。
僕が男だからみたいなとこもあるのか。
そこは関係ないんだ。
そこは関係なくはないよ。
基本的なところで、
男だからこの話が伝わらないんだなっていうことはたくさんあります。
だけど、分かろうとしてくれるし、知ろうとしてくれるし、
歩み寄ってくれるので、ただ途中からだね、それも。
やっぱ一緒に住み始めて、
結構何回か私がブチギレてるというか。
何も分かってなかった時あった。
あったよね。
それは本当にそうだなと思ってて、
でもやっと話を対話してくれるようになったんだなって思うタイミングは何度かありながら
そこはやっぱりものすごく変わっていって、
最近そういうことに関しては思うことがなくなったぐらい、
すごく変わって嬉しいなって思う。
やっぱ僕は別人になったんだね。
どんどん毎日ちょっとずつ。
それはでもいい意味で。
要素としてはあるじゃないですか、やっぱり。
男性であるということは確かにあると思うよね。
属性的にはかなりマジョリティー側という資格があって、
あんまり真ん中の道も全然歩けるしみたいな。
マイノリティ的な苦労をすることは少ない。
僕もそう。
あえて自分が少数派になるところに行くようにしてたりもするけど、
普通にしてるとあんまり特権も定義があるけど、
ある人が払っているコストを払わなくていいことを特権脱するならば、
自分はかなり特権があるなと感じるので、
中年男性であることで、日本社会で。
特権あるなとは思っている。
面白いな。
最初の方に一緒に暮らすようになったあたりから、
わがままが加速したみたいな話があって、
それと今の話の連動も気になるし、
そこ掘ったらそこ掘ったで、発見はありそうだなと思うんだけど、
でも小さい話ではなさそうだから、
ちょっと今まだそのカードはめくってはない。
興味があります。
でもまさしくそこにつながる話だなと思ってます。
僕ちゃんと話聞いてて偉いな。
素晴らしい。ありがたい。
すいません、こんな個人的な。
いやいや、個人的なことを話さないでどうするんだよ、これから。
個人的なことからなんだよ。
一般論90分のコンテンツとかきついて、
個人的なことをやりましょうよ、ポッドキャストなんだし。
僕そこをもっと話したくて、
今日ちょっともう一つ話したいことがあるんです。
すごいな、いいじゃない。
ちょっと待って、トイレ行ってこようかな、一回。
すいません。
私もトイレ行きたい。
じゃあ一旦6分くらいを切るんで、
5分、10分休憩しましょうか。
ありがとうございます。
いい状態で聞きたいですから。
お願いします。
ありがとうございます。
僕の手元に保存されてるんで、
後で終わり次第丸ごと共有しますね。
ありがとうございます。
すいません。
ごめんごめん、さっき。
ごめんごめん。
もう一個話したいって言ってた話の前に、
ちょっとさっきのさ、
簡潔にアンサーだけできそう。
アンサーだけできそう。
だから、
それを答えておいてもいい?
うん。
いいですか?
なんかありません。
これ今録音されてるんですよね。
タシーを家庭内で軽んじっている可能性。
擬態が。
男性であるっていうことはさっき話した。
薄く要素としては当然あると思うんだけど、
それ以上にですね、
深掘りはしないけれど、
私が家庭内で特権を持っていることかなと思ってます。
だから、なぜかというと、
まず、私はタシーのこと大好きだよっていうことは前提として、
タシーは私のことをかなり好きである。
すごいね、録音されてましたね。
確認してからこの話が始まる。
面白い。
大事なこと考えてる。
大事なこと。
忘れないうちに話さないとと思って。
すごい大事。
だから、感情もサイズ感がかなりでかいような、
質量が大きいような感じがずっとあるじゃないですか、
出会ってから。
だから、非常にタシーの性格的にもたまたま、
まずすごく優しいんだっていうこととか、
優しいっていうのがよく言われると思うんだけど、
誰がどう見てもそれはそうだなと思うんだよね。
だから、優しい人が私のことをめっちゃ好き。
で、私がどっちかっていうと、
優等生的に生きてきたこれまでの人生の中で、
突然都会の方に出てきて、
それと同時に新宿の外で話した時が初対面だったかと思いますけど、
そういう人が急に、本当に状況1ヶ月ぐらいで現れた。
この人は私のこと大好きみたいなことで、
何言っても受け入れられちゃうというか、
OK、言ったらそのまま議会通過みたいな。
衆議院。
衆議院、参議院というか。
感じに、
信用してもらってるっていうのもあって、
私が言った、どんなことでも結構要求がかなってしまう。
会議なしにかなってしまうっていうのがあって、
それって、マジョリティの特権みたいなところって普段意識されない。
だからマイノリティ側というか、
ここで言うと、
私側からあまり意識されないかもしれないけど、
私はすごく特権的に、
この数年間もしかしたら振る舞っているんじゃないかなと思って、
だからちょっとそういう現象が、
このお家の中で起こっている可能性は非常にある。
私が感じていなくてもあるし、
感じさせないような構造になっているっていうところにもやっぱり課題はあって、
そこは私側が調整をしたりとか、
こういう今話しているように分かる形にして、
私が訴えやすいというか、
会った時とかに、
これは無条件なものじゃないっていうことも明らかに常にしていった方がいいし、
でもやってくれてると思うんだよ。
多分私の言ったことに賛同しているから応じてくれるっていうことも大いにあると思うけど、
でもそうじゃない時も多分小さなことはたくさんあると思う。
ただの本当にただのわがままみたいなこともたくさんあるし、
理不尽なものを言い寄せることもあって、
喰らっている時もやっぱりあるなって思うから、
そこは私がちょっと気をつけますっていう話でした。
大事な話。
すごい大事な話をありがとう。
よく僕この話に混ぜてもらえて家庭会議にならせん。
やっぱりその第三者がいないと立場が明確になりにくいとか、
自分が自分の立場を意識しにくいし、
特権を持っている側がそれも気づいて、
気づいたとして、
2人の間だけだったらわざわざ言わなくったって、
そういう時は振りかざしまくっていれば生きていけるし、
自分は心地よく。
だからやっぱりたまに人に入ってもらったりとか、
夫婦として、ここでも夫婦という単位としても、
人と関わっていくっていうのは大事なことかなと。
本当にじゅんぼくさん付き合っていただいてありがとうございます。
僕はまじラッキー。
こんなに参加させてもらっていいんだって、
嬉しい得することばっかりなんで、
自分はラッキーなポジションになることが多いなと思っています。
でも本当に日本社会って家族のことをかなり第三者を入れたがらない傾向がかなり強いと思っているので、
夫婦とか家族とか親子とかで、
カウンセリングを受けるとかが一般化したらいいなと思っているんですよ。
閉じることで解決が難しくなっちゃうことってすごくたくさんあると思うから。
今日のこのコンテンツがどういう形で世に出るかは分かってないんだけど、
出る部分出ない部分とか終わってから、
みんなが嫌な気持ちじゃないように選びたいと思ってるんだけど、
今日のこの3人で、謎の3人じゃないですか。
なんでこうなってるのかもよく分からないような感じだけど、
こういうのが出ることで、家族プラス家族じゃない人とか、
3人で話すとこういうこと起きるんだよっていうのが、
世に何かこういうのをうちもやった方がいいのかもなって、
どっか1個の家庭でも思って何か繋がったら、
それはめちゃくちゃ意味のあることだと思うので、
そういう場が今生まれていることが嬉しいです。
ありがとうございます。本当にそう言っていただける。
「公開できる権限」とモチベーション
ちょっとこれは、
すみません、さっき休憩したのを切って、
1回2回にもし分けるとしたらっていう感じで、
改めてアナウンスさせてもらいたいなと思うんですけど、
これはバナナブレッドのラジオなどと称してやっている、
ポッドキャストをもう1回改めて指導するにあたって、
前の会社で一緒に働いていた純木さんという方と、
あと僕の妻のあゆちゃんという方の尊敬するお二人と、
最初に話しているっていうのをお伝えした上で、
今日前編前の話の方で話したのの引き続きで、
後半でもう1つ僕がお話ししたいなと思ってたのが、
前編の最後の方で、
個人的なことを話すべきなんだよっていうような流れがあったかなと思って、
それを受けて前もって話したいなと思ってたことを、
起案したいなって思うんですけど。
なるほどな、本当のこと系か?
自分のことを話すとか書くっていうことが、
課題感としてできなくなっているっていうのがあって、
軽い抑鬱傾向だったりとか無力感みたいなものも関わっていると思うんですけど、
それだけじゃないと思っていて、
その延長上にあるのかもしれないんですけど、
じゅんぼくさんは毎日スクラップボックスじゃない今コセンスに、
ご自身の日常とか思われたこととかっていうのを、
もう1つの自分の脳みたいな、
もちろん書くことを書けないこともたくさんあると思って、
その中でもパブリックにできる権限のものを公開されているとは思うんですけど、
とはいえかなり踏み込んだご自身の中に、
公開できる権限の領域が増やしてやられているように思って、
あとご自身が1人で喋るポッドキャスト、
じゅんぼく生活もあるし、
気まぐれFMですとか、
そういう話すとか、
そういうことを公開するってことを、
結構もうライフワークとして、
習慣化してできる状態になられているのかなと思っていて、
僕、それと相対的に考えたときに、
自分の中の公開できる権限を、
コンピューターの中のパブリックの、
他の第三者がアクセスできる権限を付与できるフォルダが、
自分少ないんじゃないかなっていう。
ほうほう。
それは、別に隠しておきたいってわけじゃなくて、
言わないでおくほうが良いと思っている。
もともと自分も日記をウェブに書くとかは、
高校生からやってましたし。
そうだったら僕より長い。
歴史で言ったら多分僕より書くのが長い。
インターネットに本名と自分の顔写真を載せるのも何も良いと思う。
別に何も思わないし。
ポッドキャストだって数年やってきたという中で、
最近のやっぱりできなくなっちゃってるっていうのは、
権限設定のかなり変わっていってるんじゃないかなって。
なるほど。
という時に、
これは一個の仮説ですけど、
自分を肯定できない、
何か自分のことを書いたり話したりするのを公開するっていうのって、
今そうやってる自分のことを肯定してやられてるように思えて、
なるほど。
公開に資する考えだったりとか。
なるほど。
これが結構前編の方で話してた、
自分に今あんまり価値がないと思えてる、
軽んじられてる延長に自分自身も自分のことに価値があんまりなくなる。
なるほど。
公開に資する情報じゃないとか、
これはすいません、今僕話してる中であんまり、
自分が思ってることをどんどん拡張して、
過剰になっちゃってるところがあるんで、
本当のことを話してないっていう。
すいません、あの本読んでないんで。
そう、2人とも読んでないって話しちゃう。
読まなきゃと思いつつ、
何でこうなっちゃったんだろうって。
あー、それは。
じゅんぼくさんのどういう心持ちでやられてるのかっていうのを聞きたかったですね。
ちょっとまず答えてみますね。
「日記を書きたい日」を生きる
興味あるのは四角がいつからそうなったんだろうとか、
そうじゃなかった時点があるのか、
そうじゃない時点から今の時点で、
一旦坂道を下ったのだとすると、
その下り坂は何だったんだろうなっていうのが興味があるので、
それを聞いてみたいっていうのは、
1個目紋帳に一義を書いたとして。
僕は直近3年ぐらいはめちゃくちゃ調子がいいので、
悩みないし、
最高。
だから毎日楽しい、めっちゃ楽しいって感じだから、
だから書けてるんじゃないかって言われたら、
そうかもって思いましたね、今ね、仮説を受けて。
一方で日記を書きたくなるような日を過ごそうという、
逆向きの矢印もあるので、
だからある日、最近ないんですけど、
フルタイムで労働をやった時は、
よし昨日の日記書こう、あるいは今日の日記書こうと思った時に、
カメラロールに写真が1枚もない日とか、
めっちゃ危機感を覚えて、
今日写真を撮りたくなる瞬間に一度も出会ってなかったんだっていうのは、
自分の生活者の自分としてはかなりまずいシグナルなんですよね。
だから日記に書きたいことがあるように日々を生きようっていう、
逆のフィードバックもあるんですよ。
調子いいから日記書けてるけど、
日記をバロメーターとして、
日々の方をそうなるようにしてるのもあるので、
だから指摘はそうなんだけど、
お機嫌だから書けてるんじゃねえか、
喋れてるんじゃねえかそうなんだけど、
そうなるように結構頑張ってますっていうのも、
嘘じゃなく言えるかな。
素晴らしい。
で、これですごいなんだかなと思ってるのは、
フルタイムの労働をしない生活にしてると、
こういうことがすごいやりやすいなと思っていて、
本当にフルタイムの労働、
ここで言ってるフルタイムっていうのは、
30年後の人がこの音源を聞いた年からに向けて言うけど、
今我々が生きてる2026年の日本社会においては、
月から金まで8時間かける5日、
週40時間くらい働くことをおおむねフルタイムの労働と言っています。
ありがとうございます。
週に40時間働くと、
結構今日は何もなかったなみたいな日が生じやすくなるので、
悩ましい、悩ましいなと思っていますし、
加えて言うと最近、
僕一つ前に住んでいた長野県松本市で、
小学校の学習支援ボランティアかかったりとか、
今自治会、住んでる地域の自治会のデジタル化推進委員に、
4月、今年度からなったので、
よく自治会館に行くんですけど、
3,40代男性みたいな、
いわゆる日本社会に強い根強い規範として働き盛りと言われるような人は、
そういう場に全然いないくて、
近代化して住む場所と働く場所っていうのが別になってからの、
中年男性は仕事を一生懸命やればやるほど、
地域社会とも相縁になりがちな構造があって、
日記に書くこともなくなったりして、
それって一生懸命やってるのに、
僕からするとデメリットも大きくなるよなと思っていて、
かなりその構造に抗うの難しいなと思うけど、
30年後、50年後もこうだったらすごい嫌だなっていう、
漠然とした危機感はあります。
自分一人の実践としては抗うために、
じゃあこれはこうしようって、個人としてできることたくさんあるんで、
本当はもうちょっというとムーブメントにしたいとは思ってるんだけど、
自分はあんまり影響力をたくさん持ちたいとも思ってないので、
影響力を持たずにムーブメント作るのは難しいから、
こういう生き方をしてる人がいますよっていうのを静かに発信するぐらいに、
とどまってるっていうのが自分の今現状でしょうね。
めっちゃムーブメントを感じる。
最近僕の純木生活聞いて、
ボランティアとかやってみようかなって言ってくれてる人がいたので、
そういうのはすごい嬉しいんですよね。
みんなで生活良くしてこみたいな気持ちはあるので、
何かちょっとでも響き合う音叉のように、
僕の声がビーンと響く、レシーブしてくれる人が一人でもいたらめっちゃ嬉しいと思ってます。
僕自身そういう本を読むことはないんですけど、
例えばファイヤーするみたいな考え方とかも、
めちゃめちゃお金稼いで、
今の労働から解放されたいみたいな、
どういう内容が書いてあるのかその本とか読んでないんで、
分かんないように話してますけど、
もしかしたらそういうとこを目的に、
じゃあその時間何するってなったときの、
働く会社に行ってフルタイムで働くじゃない生き方をどうやって手に入れて、
それを手に入れた後何をするかっていう話とセットで、
もしかしたら話されなきゃいけないかもしれなくて、
ちょっとムーブメントにしたい。
自分自身ができるかと言われるとそれは難しいんですけど、
でもいろいろ関わり方はいろいろあるので、
これがバナナブレッドラジオに乗るんであれば、
僕的にはすごく嬉しいことなんで。
それこそ愛ちゃんが参加してるボランティアに、
僕も関わってみたりとかもあるのかもしれないし。
試しにやるとかね。
あと僕らの身近なところで言うと、
ユータさんがシュアをやってて、
そういうコミュニティに行っているのを見て、
僕はそういうのがすごく嬉しくて、
専門職的な軸足っていう意味では、
シカ君とかユータさんと、
なんとなくソフトウェア開発の業界にいる、
いくらか体重の何パーセントかそこにあるって感覚はあるんだけど、
その外側に僕の友達とか繋がれる人が、
それぞれ僕の知らないところに行って、
その様子を共有してくれるっていうのが、
なんかめっちゃ楽しいんですよね。
なるほど。
そうそう。
ああ、そういう世界もあるんだみたいな。
「レスポンス」と「手触り」
なんか小さげにそういう話が好き。
大きい。
大陸にはみんないるんだけど、
なんか島を手分けして見て回って、
ああ、そういうのもあるんだ。
めっちゃいいねみたいな。
それをすごく今は大事に思ってるかな。
アイちゃんのお母さんが、
お仕事定年退職された後に、
ジェッカの中で、
小さなお菓子屋さんを、
調理士免許持ってらっしゃるっていうところで、
お菓子屋さんを始めたんですよね。
それで、
個人事業主として、
お菓子屋さんをやるにあたって、
収支の青色申告をするわけじゃないので、
応募をつけなきゃいけないってときに、
大掛かりな会計システムを入れるほどでもないので、
ただ手書きでやるのは大変だっていうところで、
僕がご自家に行ったときに、
Googleフォームとスプレッドシートで、
簡易的な現金、水遁帳みたいなのを作って、
お菓子の材料を買ったりとか、売り上げがあったりしたのを、
携帯からiPhoneからフォームに入れると、
スプレッドシートにまとまって、
確定申告がしやすくするみたいなのを作ったことがあって、
最高に楽しかったというか、
自分が持っている知識を、
誰かのめちゃめちゃ直に役に立てたみたいな実感がすごいあって、
あやちゃんのお母さんだったっていうのももちろんあるんですけど、
本当はもっとこういう役に立ち方って、
ウェブデザインやってたりUIデザインやってたりっていうか、
そういう知見とかウェブフロントエンドに関する知識とかが、
もしかしたらもっと活かせたら、
今の自分の生き方も違うんじゃないかとかはすごい、
ただそれをどうやって活かせばいいかとかはまだ全然わかってないんですけど、
そこはちっちゃい実感があったんですよね。
そう、さっき話したレスポンスするっていうのは、
まさにそういうこと。
今その場にいたのが自分だったから、
リクエストにレスポンスしました。
それがレスポンシビリティっていうことなので、
僕はそういうことが責任を持って生きるっていうことだと思って、
そういう一つ一つを積み重ねていくことが、
だから別に否定的に聞こえないように話したいんだけど、
社会通念として責任ある生き方っていろいろあると思うんですけど、
それが僕らの一世代前であれば、
一つの会社に勤め上げるとか、家族を養うとかって、
割と責任あるって評価されやすいと思うんですけど、
そういうことでよりは本当に、
目の前歩いてる人がポケットから落ちたときに、
落ちましたよって言うってこととか、
身近な人が困ってるときに、
自分のできる限りのことで何か応じるとか、
それが責任ある生き方、人生って感じがしていて、
そういう手触りを一つ一つ拾い集めていくこと、
だから鹿くんが今話してくれたときにすごく熱を帯びてる印象は受けたので、
その一つ一つだよな、
それが重なっていったものが、
結果的にその人の人生だったって言われる、
1ページになる部分だと思うので、
そういうページがたくさんあったら嬉しいよね。
最高ですね。
この今の無力感とか、
やってなさみたいなのって、
もしかしたらそういう実感が全然、
持ててないからなのかな?
かもしれない。
手触りとかの話かもしれない。
そこにおいて僕が直近3年ぐらいで言うと、
小学校に行って、
休み時間だったら鬼ごっこに応じるとかやってたときは、
めちゃくちゃダイレクトに生きてる実感がありましたね。
あれは修行式とか、今でも思い出すときがあるからな。
あと畑授業とかもいいとか、
障がい者学院にとってのダイレクトなのが、
とにかくやっぱりね、
土に近づいていったらいいとか。
もしかしたら誰かにとってはそれが子育てだったり?
ああ、そうだと思います。
犬を飼う。
それでスイッチ入ってめちゃくちゃ生き生きする人とかもいるので、
あとは僕の反省。
26歳ぐらいから38歳ぐらいまでの自分の人生の反省は、
身体勢を軽視していたことなんですよね。
なんていうの、こうやってキーボードでちょちょちょってやったら、
結構お金もらえるし、いいじゃん。
それが俺スマートな生き方してるぜ、みたいな。
そこへの経営と汗を濡らすじゃなく、
稼げちゃうっていう、たまたまそういう時代に、
そういうポジションにいたことに対して、
なんか誇らしい気持ちはあったと思うんだけど、
それがちょっと生きすぎて、身体勢を軽視するっていうことには繋がったなと思っていて、
40歳になってから身体勢はもうちょっと取り戻さなきゃいけないと思っているので、
ダンス教室に帰ったりしてます。
小学校に行くときに思いましたね。
もう好み一つでやるしかない。
目の前の人たちの信頼を勝ち取るには、
もう体で行くしかないんだなっていうことが分かって、
僕がソフトウェア作れるとかは何にも役に立たないんですよね、
小学校の教室においてはね。
「新体値」とインターネット
経歴とか職責とか知らんでしょ、誰も。
こいつは休み時間に一緒に遊びたいと思うやつなのかどうかは、
もうかなりダイレクトな体のぶつかりとか、
何ていうか、よじ登ってきたりさ、
おんぶしてほしくて、
おんぶにしてくる子供とかさ、
全力でタイあたりしてくる人とか、
サッカーやろうとか言ってくる人いて、
新体制を軽視してたんだなって、
その時に思ったので、今は。
その新体制の軽視って、
時代も絶対あって、
スタートアップがめちゃ乱立して、
サービスがいっぱいできて、
ニュースピックスがどうなのとか、
なんかそういう。
具体例が上がったのかもしれない。
分かんないですけど、
結構その、
新体制を軽視して、
ただめっちゃスマートに起業するとかって、
結構時代の流れだったのかなとか、
あとiPhoneだったりとか、
インターネットの進化だったりとか、
そういうデバイスの進化とかって、
そういうのに裏付けされてるもので、
今、分かんないですけど、
僕も見てないんですけど、
ケンカがやっぱりコンテンツとして、
殴り合いのケンカをYouTubeで見るみたいなのが、
結構普通に、
戦争もそうかなと思うんですけど、
やっぱ力が強いやつが、
強いよねみたいなのの、
揺り戻し的なところも、
結構時代の背景として、
新体制の軽視っていうのが、
この十数年あったんじゃないかなというのを、
今お話伺ってて。
そうですね。
新体制に通じてる人は多分、
AIエージェントにそんなに脅かされてないなっていう、
実感もあって、
逆に新体制ない領域で、
デスクワークにあって100%に近い人ほど、
あれ、これやばくない?みたいなことになるわけじゃないですか。
だから自分それに対する、
AIエージェントが仕事奪ってくんじゃないかに対しては、
多分、でも俺ダンスやってるしなみたいな、
なんか謎の、
俺には体があるっていう、
謎の防御策が機能してる感じがするんで。
あと自治会館に呼ばれていけるしなみたいな。
そこはなんか、
馬鹿にならない気はしてます。
あとね、なんだっけな、
2年前くらいに、
アジャイルソフトウェア開発って、
これ新体制だなって思った時があったんですよね。
なんかこうミーティングで、
なんかこれ変な感じするから、
とか何でしょうね、
例えばなんか、
ちょっと一旦資格向けに特化してしゃべっちゃうけど、
なんかプルリクエストで、
なんかコメントの応酬とかが紛糾して、
なんか全然マージできないまま、
なんかコメント100とかになっちゃうのを眺めてる時に、
いやこれ絶対時間とって、
もう喋ったら10分とかで解決するじゃんみたいなのって、
なんか新体感覚だなと思ったんですよね。
なんかこのミーティング、
なんか開始10分くらいで、
あ、なんかこのまま行ったら、
この1時間無駄に終わりそうみたいなことを、
なんか肌で感じる時あって、
そういう時自分、
新体値で場を回してるなって、
なんか客観的にそう思った時があって、
新体値めっちゃ大事だと。
これ形式値で自分動いてないわみたいな。
だからこの場で鹿くんがなんか言いたそうとか、
あゆちゃんがこの後話すことあるでしょみたいなのも、
これ全部新体値で回してると思うんですよね。
体感でやってるじゃないですか。
だから自分の体のことをもっと知った方が、
これは良いことがきっとあるだろうなっていう感覚は、
直近数年すごくあります。
結局体なんだ。
なんか意外と自分の仕事を一旦見てみても、
形式値です。
そんなにやってない。
新体値めっちゃ使ってるっていう。
明確にそうだなって感じた瞬間があったんですよ。
それ以来は体の動かし方とか、
自分の体がどういう風になってるとか、
ストレッチとかした時には、
今なんか昔みたいにここも伸びないんだなみたいなのを、
やるのはめっちゃ面白いですね。
毎日20時間くらいインターネットに接続して、
自分の意識がウェブ上にあるみたいな。
ここ十数年、
自分がインターネットとともにあったという自負が、
別にその大した何かはやってるわけじゃないんですけど、
仕事もインターネット関連だし、
考えることはずっとアップロードダウンロードを繰り返している中であって、
自分はインターネットに繋がったデバイスだというような感覚があったんですよね。
本当に。
でもそれも分かりますよ。
僕もそうだし。
その感覚があるっていうのもね、
身体値なんだよな。
身体感覚のはずなんだよな、それ。
その感覚なんか大事にしてほしいんだよなと。
キャッチしてほしいんだよな。
突飛な話に聞こえるかもしれないですけど、
ヒゲの脱毛とか、
すね毛の脚の脱毛とかも今してるんですけど、
めちゃめちゃ体がそこにあるっていうのを、
レーザーで撃たれたときに感じるというか。
で、毛の焦げた匂いを嗅ぐときに、
自分には嗅覚があると思うよね。
本当に感動するんですよね。
自分の輪郭がレンダリングされていく感覚が
レーザーで撃たれてるときに、
ここに皮膚があるってことを
今まで37年間自分は知らなかったってことを
一発一発レーザー撃たれる度に感じることがあって。
だから今まで青いヒゲがあっても全然気にならなかったし、
眉毛が繋がってても別にどうとも思わなかったし、
化粧水もつけなかったっていうのも、
自分のセルフケアをネグレクトしてたみたいなのも、
全然自分が自分の体を見てなかった、
そこにあるって思ってなかったっていう感じが
現れてるように思えて、
今の体の話にすごく繋がって、
めっちゃおもろいなっていう。
インターネットに接続して
体があるっていうことがめっちゃいいなと思っていて。
インターネットに繋がって、
かつ自由に動ける体があるっていうのは、
めっちゃ面白い、
この世界の生態系の中で
面白いポジションになるなと思ってるので、
なんで僕は今日もダンス教室行ってきて、
ヘトヘトになったから夕方昼寝して、
ダンス教室通じて感じたことを
「音読」と「体全体」での情報摂取
デジタルテキスト日記に書くとか、
インターネットと現実世界の間に立ちたいっていう感覚が
すごいありますね。
40代になってからその感覚がすごいあるな。
おもしろい。
僕もう一つ、あいちゃんのすごい面白い習性というか、
一緒に暮らしてておもしろいなと思っているのが、
本を読むときに文字を目だけで読めないと。
ずっとあいちゃんって本読むときに音読してるんですよ。
自分の耳に入れる効果があるんですか?
それとも口が動いてることが大事ですか?
どこに大事な成分があるんでしょうね。
なんか目読してると全く読めないわけじゃないんですけど、
あと独自障害があるとかそういうことではないんですけど、
注意がそれちゃうが一番大きいかなと。
意識をここに留めていくためにリソースをあえて使ってるって感じか。
あと読み上げ機能で聞くとかでもだいぶ入ってくる。
基本的に聴覚有意な理解力というか、そういうとこはかなりあって、
聞くのが大事ですね。
頭にも入ってくるし注意も持続するので、
ただ読んでたら2行目ぐらいでとかも違うこと言っちゃう。
考えも違うとこ行っちゃうみたいな。
今もなんで、さっきもいろいろ2人の話を聞きながら、
その場でその場でいろんなことを思いつきながら、
こういうのをメモ、キーワードだけメモっとけば思い出せるんだけど、
それを知らなかったから全部忘れて、
もう頭が違うとこに行っちゃってるみたいな感じ。
熱中して2人で話しちゃって。
いやいやいや、でも面白い。
ただそのあやちゃんの書かれてる文字をやっぱり1回自分の体に取り込んで、
自分を1本の管として空気を出すっていうことによって、
自分の吸収していくみたいなのがすごい面白い。
自分の体を全体を使って情報を取り込んでいくみたいなのって、
体がないとできない。
僕はやっぱりそれは無理で、
テキストってずっと目読の方が読めるし、
あと本じゃなくて電子書籍の方が僕読めるっていう得意なところもあったりとか、
ディスプレイに光っているものの方が自分は収集できるとか、
人によって多分いろいろ違うんだろうなと思うんですけど、
自分の意図してない体との付き合い方、
自分が持っている体の視力だったり聴力だったり、
センサーの力、過敏さっていうものと、
こう扱いと思ってもうまく動かない体っていうものとやっていくっていうこと。
この話の出発点としては、
個人的なことを公開するっていうことの意義というか、
やる気、モチベーションがなくなってきてるっていうところの、
すごいお話ししてて気づいたところがあって、
それがやっぱり自分がここにいる意味みたいなことを求めちゃうとか、
繋がってきてどんどん。
自分の責任ある生き方を、
今やっぱりしてない、
もっとできるふうに考えてるんだろうなっていう。
そこで自分にどんどん自信がなくなっていって、
できてないって思ってるからこそなくなっていってて、
それを誰かに話すってことも、
テキストに書き残しておくみたいなことも、
モチベーションが下がっていってるんじゃないかなっていう仮説です。
なるほど。
面白いな。
繋がってそうな気はしますよね。
「逆かつまかず用」と製品レビュー
でも僕、本当に友人たちには、
今日歩いてたら植物のこの匂いがしたとかを、
一行でもいいから書いてもらえたら、
僕が読めて楽しくて嬉しいなと思って。
それも役割なんだよな。
匂いを感じられる個体なんだから、
感じた匂いの話をしようよとか、
それはめっちゃ思いますね。
これ食べて美味しかったとかね。
2人も日々楽しい会話、
それはちょっとしたパーティーとして、
それとかに触れられるときに、
そうそう、これがAIに聞いても出てこない話なんだよなって思いながら、
やっぱりお二人の話とか聞いてるから、
そういうものになるべく時間を使いたいですね。
僕は最近ね。
この人たちしか話してないこととかね。
なんでこの家具買ったのかとか話する?
それはめっちゃいいじゃん。
だから大好物だからね。
そういうのを吸う妖怪として生きていきたいからもう。
今日もさ、私がなぜドラム式洗濯機を選ばないのか。
逆かつまかず用みたいな。
歩きながらしたじゃん、外で。
知ってた?
そういうのがいいよね。
それはやっぱその、
うちは浴室乾燥機で乾かしてるんですけど、
乾燥まで機械でしちゃえば楽かもしれないけど、
私的には火事の中である程度の運動をするっていうことを重視しているので、
洗濯ホスっていうことが結構、
毎日積み重ねれば非常に大きな運動だと、運動習慣。
老化していく人生の中で大事な、維持した方がいい活動だと思っているので、
洗濯機は洗濯だっけ?みたいな、
そういう小ネタみたいな。
逆かつまかず用で言うと、確かに、
私たち一人ずつホットクック持ってたけど、
引っ越し前に1台メルカリンで売って、
今もう1台、もういらねーって言って、
使ってない部屋の隅に置いて、そのうち売るかとか言って、
あと炊飯器もいらねーって言って、部屋の隅に置いているとか、
それこそマジで僕、かつまかず用のブログを読んでホットクック買ってるからね。
私もかつまかず用のレシピを見て、
でも、いらなくて、フォーローナベ、バーミキュラっていう鍋を買って、
ホットクックでは全く好きになれなかった料理が、今とても楽しく実水。
バーミキュラ楽しい。
なってたりする話?
そうそう、製品レビューに楽しいが出てくるっていうのがもうね、最高というかね。
確かにね。
今私はこれが楽しいっていうさ、それが聞きたくて、
ソーシャルメディアに夢を見てた世代の人間なのでね、
今みたいな話でも最高ですよ、本当に。
そういうのをXとかに変えちゃうと知らない人が、
なんかバカなこと言ってこいつ、みたいな感じで言ってくるけど、
ポッドキャストはまだ今のところ安全で、
アンチとかが来たら悲しいけど、
なんか物好きで聞いてる人は聞いてるから、いいか。
まあ私たちは出会ったのもポッドキャストだし、
ポッドキャスト本だからね、そう。
そういえばそうなんですよ。
そう思うのと、あとまあそのタイミングで、
まあ共有必ずしもしなくていいけど、
共有してくれる人がいて、それをなんか読んだり見たりできるのがすごくありがたくて、
本当はもっとフィードバックをしないといけないけど、
フィードバック機能がちょっと弱くてできてないけど、
例えばそのゆうたさんの手話通訳の講座とかって、
いろんな自治体でやっていることではあるし、
私たちの住んでいる自治体でももちろんやっているんだけど、
やっぱ私も毎年行きたいなって思ってても、
平日の日中であったりとか午前中であったりとか、
あとなんかカルチャースクールとかでちょっと安価に手軽に、
ちょっとした趣味を始めたいなって思っても、
やっぱり平日の午前中だなとか、
そういうことで今の自分にはできないみたいなこともあったりするけど、
それをたまたまできるとか、そういう立場にあったとか、
タイミングがあったとかっていう人が書いてくれたりすることで、
それを見て、この人はこんなにやっているのに私は何もできないって思う日もあるけど、
なんか楽しいなって、ありがとうって思える。
自分の代わりにやってくれてる感とかもあるよね。
あるある。
ゆうたさんのやつとか、本当は自分も行けたらいいなと思ってたけど、
公務員の「動きにくさ」と「意義」
行った世界にはこんなことが素敵なことがあるんだっていうのを知れただけでも、
なんかこう、病に尽きるというか、やれよって感じなんですよね。
いい、やれるタイミングがあるから、
やる人やらない人がいるというよりは、
人にはやれる状況やれない状況とか、やりやすい状況やりにくい状況とかあるんで、
僕は今いろんなことやりやすい状況だから、
今は私めがと思ってやってるところもあるし、
僕ができなくなったときは他の人やってくれよと思ってるところもある。
あと逆に言えば、会社員でフルタイムで働いてるからこそ、
辿り着ける領域がもしかしたらあって、
それをやっぱり書かなきゃいけないし、話さなきゃいけないんですよね。
会社員S系は、それはそれで僕は好物なので、
その人が体で感じたことを書いてくれたら、僕は読みたいので、
だから、やっぱ体がある人はぜひ書いたり喋ったりしてほしいんですよね。
体が悪い人。
それはすごい方法があるな。
そうなんだよな。
今私、公務員、立場上は公務員なんですよ。
これは言ってもいいかなと思って。
公務員だからできないことがめっちゃいっぱいあるけど、
公務員だから出会えるお客さんがたくさんいるっていうか、
役割は感じながら、いろいろ思うことはあるけど、
役割は感じながらやるし、
初めて公務員の業界っていうのかな、世界に入ってきて、
いろんな公務員の方が国内にはいると思うから怒られちゃうかもしれないけど、
ちょっと動きにくさが強すぎて、
効率よくとかそういうこともないし、ないわけじゃないけど、
次元がちょっと多分民間企業とは違うんじゃないかなとか、
意思決定の遅さとか、
これが公務員か、いろいろあるけど、
あと、結局稼ぐことが目的じゃないっていうことの意義みたいな、
その環境で働いている人の認知するものとか、
そういうものはすごく感じて、
これはないといけないなって思うことがたくさんあって、
それこそ業務効率を上げて人件費を減らしましょうとか、
もちろん公務員の中にもそういう動きはあると思いますけど、
そういうことじゃないなとか、
このある種、長時間労働とかをしていないってことは全くないけれど、
ある種ゆとりのある労働環境が、
世の中からなくなったらまずいけど、
多分行政的な税金が入ってないと、
そういう場は維持されないと思うので、
これはすごく大事な、
もし仕事の内容的に、
本当はコンピューターとかをもっとうまく使えば一瞬でなくなりそうなことであっても、
残し続けないといけない、
古い建物とかが残ってないのなんていうんだっけ、
保存地区みたいな、
そういう指定的建物みたいなとか、
そういうものと同じような存在として、
継続されていてほしいものだなって思うことがあるよ。
何の話でこうなったかちょっと忘れちゃった。
やっぱり今日2人の話聞いてて、
こんなに大げさに捉えられなくてもいいかもしれないんですけど、
何かを書いたり話したりすることって、
自分がいる場に対する責任とも言えるんだなって思えてきて、
これは強制されるものではないんですけど、
基本的にウェルカムなんだよっていう。
誰にたっても無駄なトークンなんて一切ないんだよっていう。
「責任」としての発信と自信
すごい自信が持てる1時間でした。
すごい自信が持てる1時間、すごい。
トータル2時間でしたね。
かなりすごい発見がありました。
ありますね、面白い。
また会社員公務員個人事業主みたいな、
労働ステータス的な立場の違いもあるし、
生まれ育った地もみんなバラバラだし、
それが今同期的にコミュニケーションを取ったのはすごいことですね。
ちょっとやっぱりポッドキャストもう1回やろうっていう気持ちになってきて、
この再始動の1発目として今日お話できたのが本当に。
でもこの次のエピソードやりにくくないか。
本当にどういうエピソードやったほうがいいか。
3秒ぐらいの。
あーダメだ、お腹痛い、それでは。
それぐらいでやらないとこの助走の次って、
力入っちゃったらもう止まっちゃう気がするから、
次のエピソードがちょっと、次でどう抜くかが大事かもしれない。
やっぱなんか毎週いつとか、
自分の中で習慣ができるようにルールを決めて。
確かにいいかも。
もう週1とかにしちゃうのがいいかも。
ただいいなって。
僕が喜んで聞きに行くことは確定してるわけだから。
いや本当に今日ジェンさん、そしてあゆちゃんと改まって話せって。
改まって話しました。
嬉しかった、嬉しかったです。
嬉しいな。
お二人とセットログをやってみたい気持ちも出たな。
なんか微量感の。
今後の展望と感謝
そうそう。なんかね、あれちょっと3日とか一緒にやってみると、
なんか感じるものがあって、
生活とか身体についてちょっとおって思うことがあるので、
1週間だけとかでもいいので、
ちょっと二人とやってみたい気もしましたね。
ぜひちょっと試したいです、何でも。
とにかくここから抜け出して。
アプリインストールしたら教えてください。
招待リンク送るんで。
ありがとうございます。
グループ作って招待リンク送るんで。
リハビリにいいと思います。
微量の動画を撮るだけなんで。
なんか面白いです。
頑張れたらやります。
やらなくても大丈夫。
やれたら、僕はなんか淡々と撮ってるんで、
なんかそれを共有できるだけでも。
確かになんかきっかけは必要で、
私はあんまりなんか写真とかも撮らない。
撮ることがないから。
うん。
なんかね、そう。
だから、なんか誘われたからやるかみたいな。
渋々やるところから始まるとかが大事だったりもするんでね。
全てにおいてデブ塩だから、
デジタル上でも多分ちょっとそういう感じがあって。
調整というか、なんかやろうよってなったら結構できやすいかも。
ありがとうございます。
ちょっと勇気が出ました。
すごい。
ちょっとバナナブレッドのラジオ、
最後お決まりの文句があるんで、
言ってもいいですか。
大事にしましょう。
本当は本当に今日は、
じゅんぼくさん、そしてあゆちゃんに付き合っていただいて、
ありがとうございました。
結婚式の会議。
さっきじゅんちゃんになって、
自然な感じが持ってくると思ったら、
締めで力入ったらまたじゅんぼくさんになった。
このバナナブレッドのラジオなどとしてやっている
Podcastではお便りを募集していまして、
もし何か感じられることがあれば、
ぜひお気軽にお寄せいただけると嬉しいです。
URLはhttps://shikakun.com/.banana
SHIKAKUNのスペルはSHIKAKUNです。
というところで、
最後謎のアナウンスしちゃったんですけど、
お二人ありがとうございました。
ありがとうございました。
めっちゃよかったです。
またお話しさせてください。
ぜひお願いします。
お願いします。
それではまた次回。
02:07:36
コメント
バナナブレッドもちょっとしたパーティも聴いていて心地よいので、今後も配信楽しみにしています(^^)
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