めちゃくちゃ高くなってます。
倍以上になってる気がする。
散歩っていうのがそのものかきにとって一番リフレッシュというか気分転換なんですけど、
散歩って天候に激しく左右されるんですよね。実行可能性が。
週間化しづらいというか、2,3日いかへんともういいかってなってしまう危険性があるんですよね。
だからね、やっぱり難しいし。
あとゲームで言うと、iPhoneでゲームすると結局あんまりスイッチになってない気がするんですよ、僕は。
シャレじゃないですけど、任天堂スイッチとか端末を変えてやる方がよりコンテキストが変わると思うんですよね。
そうですね、確かに。
だからそういう意味で、iPhoneで全部何でもできるからっていうのは逆に息抜きになってないなぁと思う。
だから僕も一応ゲームセンターによく行ってたんですよ。
やっぱりゲームセンターに行くとスイッチは起こるんですよね。
ただもう最近アーケードでやるゲームがなくなってきてて、どんどんiPhoneというかパズドラとかになっちゃってるんで。
だからそこのコンテキストの単一化、均一化が起こってるのはまずいなと。
リングフィットアドベンチャーとかやりたいなと思ってるんですけど。
こういうテレビにつなぐゲームって言うんですかね。
それは持ちなんですか?
PS4を所有しております。
ただあんまりやってないですね。やっぱり起動時間が引っかかるんでしょうね。
そんなに時間かかるんですか?
やっぱりiPhoneとかのゲームに比べると、当然グラフィックがすごいから読み込む時間が必然なんですけど。
やろうと思ってから始まるまでのラグがあんまり短期での、タバコのようなクイックコンテキストスイッチャーにはなってくれないというか。
僕、恥ずかしながらゲーム最後の思い出がPCエンジン、CD-ROM-ROMっていうね。
あれもすごいグラフィック。当時からするとすごいグラフィックで、ローディングの時間結構あったんですよね。
CD系のCD、DVD、Blu-rayはやっぱりちょっと読み込む。ROMに比べると時間がかかるんですよね。
最近始めたんですけど、コーヒーを自分で入れるようにしてまして。
豆をひいて?
一応豆はひいたものを買ってきて、お湯をドリッパーで入れるっていう。
一応コーヒーメーカーは持ってたんですけど、カポカポ入れてくれるやつ。
でも結局インスタントになってたんですよ。お湯入れるだけの。
ハードボールと探偵少子とかってガバガバコーヒーを飲むわけですけど、あれと同じような感じで。消耗品のような感じでコーヒーを飲んでたんですけど。
ドリップで入れるなんて、試行品っていう感じが強くなってきて、何よりいいのは時間がかかることなんですよね。
片手間にコーヒーって入れられないんですよね。コーヒー入れるときはコーヒー入れることに集中しないといけないんですよ、あれ。
あれはタバコにちょっと近いスイッチャーになるんですよね。
コーヒー飲みたいなって時にお湯が沸いたのをバーって戻ってくる。そのまま作業にするっていうわけじゃなくて、お湯沸いた後に20秒くらいまず蒸らして、それが終わったらゆっくりお湯を注いでいくっていうその瞬間が、タバコほど長くはないですけど、結構息抜きというか、頭を一瞬白紙にしてくれる効果があるなとちょっと最近思ってます。
あのね、そうやってこう仕事から離れている時間っていうのがあるじゃないですか。
はい。
で、僕ね、その時間がね、ちょっとこうこれは極めてこう臨食というかケチくさいんですけど、その時間もったいないと思ってしまうんですね。
わかります。わかります。わかります。
で、でも仕事をするわけじゃない空き時間だから、耳を開いとるわけですよ。
だからその辺にポッドキャストとかインスタペーパーにうめぎとかを聞かないと損した気がするんですよね。
はい、わかります。それをね、やめたほうがいい。
それはやめたほうがいい。結局、僕もだからポッドキャストめっちゃ面白いなと思って散歩の途中とかもずっと聞いてたんですけど、日が休まるねってことに気がついたんで。
だから最近は車乗ってるときぐらいですかね、カーステにiPhoneを接続してBluetoothで流すぐらいで散歩のときとかはもう聞いてないですね。
じゃあ無音ですか。
無音かクラスティック的なあんまりリテラルな情報が入ってこないやつのどっちかですね。
だからよく発電機とかがね、1回火を落とすと3日間かかるんですって。
はい、わかります。
そういう感じかなと思って。それは思い込みですけどね、もちろん。
マルチタスクが効率が悪いって話があって、注意を切り替えると戻すのにエネルギーがかかるっていうのは間違いなくあるんですけど、
例えば原稿を書いてても、1時間原稿を書いてても、1時間ずっと原稿のことだけを考えてるかっていうと結構怪しくて。
文字タイプする間考えてるんですけど、止まるときあるじゃないですか。
何かこうかなって考えてるときの思考の対象ってちょっとフワフワしてるんですよね。
で、そのことについて考えてなくて、別のことを考えてるときもあるんですよね、気がつくと。
そういうやったら1回休んだほうがいいと思うんだよね、そういう状況になったら。
ちょっとだからフォーカスを変える感じですかね。
そうですね。だから完全に休むというよりは、別のことにこの頭を使おうみたいな。
一時期調子が悪くなって、1日の作業時間をだいぶ減らしたんですよね。
今までこれまでは集中して原稿を書くのに、4時間プラスアルファとブログのようなライトな更新とか、その他雑務をまだ数時間で1日10時間以上の労働をしてたわけなんですけど。
でもね、確かに初めは、その、今までのあれがあるから、何度かクラシタさんが言ってるようにですね、
Rサイドに対してこういう記事を期待してるっていうのを裏切ってはならんというね。
はい。
そうそうそう。だけど、僕はそれはないというふうに決めてしまったんですよ。
なるほど、なるほど。
うん。期待してるのは他でもない自分だということに気づいたので。
そうですよね、おそらくは。
そう。だから、自分だったら自分で変えればもうおしまいだなと思って。
確かに。
うん。仕事のってこうだからっていうふうに書き換えたんですよね。
なるほど。
うん。
まあ確かにだから、ちょっとなんか、最初に一回短い記事読んだときは特に何も思わなくて、
2、3回あったときに、あ、なんか短いなと初めて認識したんですけど、
だから、多分自分があらかじめ予想するようながっかり感というのはなかったんですね。
おお、そうですか。
結局、こういう記事になったんやと思ったっていうだけであって、
だから、まあ結局その思い込みに書いてる。
だって今、そのブログに一番思い込みがあるのは間違いなく自分ですからね。
いや、ほんとそうです。
でね、短くするっていうだけだと短くなんないんですよ。
ほうほうほう。
それで、まあ一つはきっかけはあったんですけど、
そのね、必ずキューブに収めるっていうふうにしたの。
ほう。
だから、キューブしか書いていけないんですよ。
ああ、だからそういうルールというか制約があったから、なるほど。
キューブにするとね、いかに自分が余計なことを書いてるかっていうことに気づいていったんですよね。
まあそうですよね、きっと。
で、そのキューブに収める。
別にだからキューブっていうものに何か意味があるわけじゃないんですけど、
キューブで抑えるためには毎回キューブで書いてるとね、
ああ、はいはいはい。
リズムというか呼吸が見えてきてね。
はい。
だんだん書くのが楽になってくるというか、
ああ、これは収まらないな、このネタだったら多分無理だなとかそういうのはわかるようになるので、
はいはいはい。
うん、なんか多分、ちょっとまあ僕はやったことないからわかんないけど、
俳句とか短歌に近いんじゃないかなって。
ああ、なるほどね。
うん、潜流とかね。
結局だからその規模の違い、僕もだいたい2センチぐらいってあるスタイル決めてるんで、
やっぱりその2センチの呼吸っていうのがあるんですよね。
そうですね、呼吸。
このぐらいのネタならまあおそらく一記事書けるだろうっていう、
その経験に基づく直感っていうのがあって、
それが逆にその記事の枠組みを決めるんですよね。
その書きやすいんですけど、僕は思うにその逆に、
なんていうのかな、話題をそのあれにまとめてしまいがちというか、
きれいにまとめてしまいがちというか、
本来ならばなんか6センチぐらい書けることを、
まあ2センチでいいかっていう風になってしまうデメリットもあるなと思うんですけど、
まあ慣れることはやっぱり大切ですね、そういうことに最初に。
以前、ラーメンズってご存知ですか?
はい、もちろん。
彼らがまだデビューしたて数年ぐらいの頃に、
NHKのネットプランナーかなっていう、今はもうない番組ですけど、
1文がちょっと長めになるというね。
そうか、そうやな、そうですね、確かに。
これはちょっとね、若干こう、なんていうのかな、無理やり感が出てしまうというかね。
読んでる人はもしかしたら気づくかもしれない。
逆に言うとそこはだから、その9行スタイルの中級編みたいなところじゃないですか。
もっと慣れてくると、もっと切断できるじゃないですか、きっと。
そう、だから2文だったものを、
わかります、わかります、わかります。
あえて、そういう長い文の後に、1行を贅沢に使うってこともあるわけですよね。
いいですよね、その贅沢に使うっていう感覚がね、とてもいいと思います。
これをね、2000文字、3000文字書いてると、そういう感覚生まれないんですよ。
そうですね、もっと言うと、好きなだけ書けばいいっていうつもりで書くと、そういうのは生まれないですね。
余計なエピソードを後から気づくんですけど、余計なエピソードを入れて、越に入ってしまうんですよね。
越に入りたいんですよね、だからね。
越に入りたいから、自前のメディアをやってるってとこはあるんで。
だからそうなんですよね。
そうか。
だから、そういう意味ではね、この9行の仕事の書くっていうのは、1日の最後に書くようにしてるんだけど、
これがね、僕にとってはね、なんか休憩になってるんですよ。
なんかね、もちろん仕事といえば仕事ではあるんですけど、
でも、言葉を使ったパズルみたいな感じがありますよね。
そうそう、パズルですね、確かに。
その日1日のいろんな出来事がメタにそこに入るので、
なるほど。
読んでる本人はわかる。
仕上げというか、まとめというか、
何もしない休憩には程遠くなっていくという。
だからそうなんですよね。
だからここの休憩を何もしないに定義するのか、
普段の仕事とは違う頭の働き方すらも含めるのかによって話が分岐すると思うんですけど。
なるほど、そうか。
だから何もしないっていうのは多分無理なんですよね。
何もしないってことはできない。何もしないことしてしまうんだよ、おそらくは。
普段、同じことを続けていると脳に負荷がかかってしまうことをやめることができたらいいと思うんですよ。
それができているんやったら、広い意味での休憩にしてしまおうと思う。
いうぐらいなら、たぶん僕たちのような人たちも休憩と仲良くなれるんではないでしょうかね。
休業メソッドは意外な話でしたね。
気づかなかった。
ツイッターでは見てたんですけど、もちろんその休業の云々感の。あまり深くは考えてなかったんだけど。
2月の28日に、まさにだから、休業以内で言い切れないことは自分の手に負えることじゃないよって過去に報道者メルマガの人が言っていたので、
そういう扱い方がすごくいいなと思って。
確かに。
だからそうですね、同じ映画を見るっていうのはすごくコンテクストが全く違う良い見方かなと思ってます。
そうですね。だから自分が書いた本、書いた記事を読み直すとか、自分が昔感動した本をもう一回読み直すっていうことで。
カイコ主義というよりは、未開のジャングルに行くわけではないけど、新発見が期待される。
っていうような感じで。
多分だからこれはある程度年を取らないと、言っても共感すると思うんですけど。
そういう時期なんでしょうね。
おそらくそういう時期なんでしょうね。
だから改めてその振り返り、たどり直してみることでまた違う道が開けそうな予感がしてますね、今。
その時にはなぜこれ気づかなかったんだろうっていう、その発見の楽しさというかね。
これは新しい作品見ていても気づけないことだし。
確かに。
でもそれどっちが良い悪いとかではなくてね。
だからそういう楽しみ方を新しいものが読めなくてストレスに感じてる人は、これまで読んだものを読み返すといいよみたいなね。
若干ライフハックに寄せるとそういう話になると思う。
そうですね、きつそう。
でもそれを伝えることは結構意義のあることだと思えるので。
特にね、現代は特にそうなんですけど、よくよく考えてみると、お砂箱を辞めざるを得ないぐらいにお金がなかった頃って、1回買った本何回も読んでたんですよね。
なるほどね。
で、やっぱりその頃に読んだ本の根付き方っていうのは、やっぱり今読む本の日じゃないんで。
で、やっぱり今は経済的に高くなったおかげで、新しい興味のある本はどんどん買うようになってますし、インターネットが僕たちに新しい情報をどんどんフローしてくれるんで、
同じ本を読み返すインセンティブというか環境設計がないんですよね。
はいですね。
だから意図的にやらないとダメなんですよね、きっと。
古い、1回読んだ本とか見た映画のレビューというか、見直し読み直しは休憩に入りますか?
これはだから、脳の働き方は変わってるという意味では、シフトになってるんじゃないですかね、きっと。
だからなんか、今書いてる原稿を生かしちゃろうとかっていう、したい心を持って読むとちょっと休憩にならないけど。
でも結構、避けようが避けまいが生かされることに僕はなると思いますけどね。
そうですね。だけど、なるべくそういうフリはせずに、何も知らないフリで読み返すと。
だからさっきのエヴァンゲリオンの話にも、別に損してもいいじゃないかぐらいの。
ていうかね、あなたが与えるっていう本がありまして。
ギバーの本ですか?
そう、ギバーに関する本ですね。小説仕立てになってるやつで。