1. シゴタノ!ラジオ
  2. 音声026:倉下忠憲さんと「休..

倉下忠憲さん(@rashita2)をお招きし、前編に続き「休憩の取り方」について対談しました。

毎度台本等はいっさい用意せずに話していますが、今回は思わぬところに着地しました。

▼こんなお話をしています

* 喫煙は良い休憩になっていた

* 喫煙に代替となる「スイッチ」を探し続けている

* 「最近は休憩代わりにハンドドリップでコーヒーを淹れている」(倉下)

* 「少しでも時間が空くと耳からインプットをしたくなってしまう」(大橋)

* 「いや、それはやめたほうがいいw」(倉下)

* 「ところで、3月1日からシゴタノ!を9文縛りで毎日書くことを始めた」(大橋)

* 9文より多くても少なくてもいけない制約の効用

* ラーメンズのネタの作り方の影響

* たくさん書いてからどんどん削っていって9文に絞り込む

* 9文のメリットは推敲がめちゃくちゃラク

* 無理やり1文に押し込める

* 一方で、1文を「贅沢」に使う

* 言葉を使ったパズル感覚

* 短い記事は他の記事とつながりやすい

* すでにある記事のスピンオフ記事を書くイメージ

* 「スター・ウォーズ・エピソード4」に対する「ローグ・ワン」的

* 新しい映画を観る代わりに、一度観た映画をもう一度観る

* 新しい本を読む代わりに、一度読んだ本をもう一度読み返す

* 「もう一度」によって新たな意味が付与される

* 「もう一度」によって「味わう」ことができる

* 休憩とは「味わう」行為かもしれない

* 味わう=savor(セイバー)

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ちなみに、大橋さんって喫煙歴ってあります?
ございます。
それの時は休憩してた感じはなかったですか?
休憩してました、それ。
ああ、そうか。
2006年6月まで吸ってましたけど。
日付がちゃんと出てくる。
日付も出てきます。
でもね、何度かやめては復縁を繰り返してたんですけどね。
まあ、そういうもんですよね、だいたい。
そういうもんですよね。不思議ですね、あれね。
当時住んでいたマンションが13階だったんですよ。
13階のベランダに出て、ベランダに椅子を出しておいてね。
そこに座って吸ってるわけですけど。
いや、確かにね、文章書いてて、ああっと思った時に一旦そこに出るんですよ。
その時は、やっぱりモードが変わるんですよ。
分かります、分かります。
だからあれが良かったんだよなと思って。
だから、あの喫煙に当たるこの努力なスイッチって今ないんですよ。
ないんですよね。
でもあれはね、あまりにも体のダメージが大きすぎるので。
そこに戻るのは、同じコンテキストを利用したいですね、何かしそうに。
時々それに当たる者としてスクワットをやってみたりするんですけど。
でもね、喫煙ほどスクワットって向かないと気持ちが向かないんですよね。
さっきやったばっかりだしな、とか思ってしまうし。
そうですね、タバコは吸うことが飽きないですけど、スクワットは飽きそうですよね。
飽きるというか、リアルにきついんで。
確かに。
ゲームとかはされます?
ゲームは、2019年にちょこっとだけiPhoneでドラクエ4をやったりしたんですけど。
あれはね、結構ハマってしまうので。
すぐに20分くらい、30分くらい消えてしまうので。
タバコで20分ってよっぽどだったんで。
タバコって実は有限化されてるんですよ。
燃え尽きるんで。
ゲームは逆なんですよね、あれ。
継続化の仕組みがたっぷりなんで。
方向性が逆なんですよね。
それじゃいつタバコを吸ってたんですか?
いつタバコを吸ってたかは明言しませんけど、20歳の俺に期限しました。
じゃあコンビニ自体は吸ってなかった?
コンビニ自体はもう吸ってないですね。
僕は学生時代と会社員時代に、断続的に吸ったりやめたりしてたんですよね。
僕はもう若い頃にお金がないという理由でも。
実際、もっと複合的な理由ですけど、一番大きかったのがお金がないということだったんですかね。
箱で3000円。僕どっちかというとチェーンスモーカーだったんで。
10個買って3000円だったら、いい本買えるやんとかいう計算が。
その頃の3000円は大金。今だったら3000円で箱買えないんだと思うんですけど、多分5000円くらいかかると思いますけど。
3000円は大金ですからね。
今ね、タバコすごい高くなってますよね。びっくりしました、この間見て。
03:02
めちゃくちゃ高くなってます。
倍以上になってる気がする。
散歩っていうのがそのものかきにとって一番リフレッシュというか気分転換なんですけど、
散歩って天候に激しく左右されるんですよね。実行可能性が。
週間化しづらいというか、2,3日いかへんともういいかってなってしまう危険性があるんですよね。
だからね、やっぱり難しいし。
あとゲームで言うと、iPhoneでゲームすると結局あんまりスイッチになってない気がするんですよ、僕は。
シャレじゃないですけど、任天堂スイッチとか端末を変えてやる方がよりコンテキストが変わると思うんですよね。
そうですね、確かに。
だからそういう意味で、iPhoneで全部何でもできるからっていうのは逆に息抜きになってないなぁと思う。
だから僕も一応ゲームセンターによく行ってたんですよ。
やっぱりゲームセンターに行くとスイッチは起こるんですよね。
ただもう最近アーケードでやるゲームがなくなってきてて、どんどんiPhoneというかパズドラとかになっちゃってるんで。
だからそこのコンテキストの単一化、均一化が起こってるのはまずいなと。
リングフィットアドベンチャーとかやりたいなと思ってるんですけど。
こういうテレビにつなぐゲームって言うんですかね。
それは持ちなんですか?
PS4を所有しております。
ただあんまりやってないですね。やっぱり起動時間が引っかかるんでしょうね。
そんなに時間かかるんですか?
やっぱりiPhoneとかのゲームに比べると、当然グラフィックがすごいから読み込む時間が必然なんですけど。
やろうと思ってから始まるまでのラグがあんまり短期での、タバコのようなクイックコンテキストスイッチャーにはなってくれないというか。
僕、恥ずかしながらゲーム最後の思い出がPCエンジン、CD-ROM-ROMっていうね。
あれもすごいグラフィック。当時からするとすごいグラフィックで、ローディングの時間結構あったんですよね。
CD系のCD、DVD、Blu-rayはやっぱりちょっと読み込む。ROMに比べると時間がかかるんですよね。
最近始めたんですけど、コーヒーを自分で入れるようにしてまして。
豆をひいて?
一応豆はひいたものを買ってきて、お湯をドリッパーで入れるっていう。
一応コーヒーメーカーは持ってたんですけど、カポカポ入れてくれるやつ。
でも結局インスタントになってたんですよ。お湯入れるだけの。
ハードボールと探偵少子とかってガバガバコーヒーを飲むわけですけど、あれと同じような感じで。消耗品のような感じでコーヒーを飲んでたんですけど。
ドリップで入れるなんて、試行品っていう感じが強くなってきて、何よりいいのは時間がかかることなんですよね。
06:01
片手間にコーヒーって入れられないんですよね。コーヒー入れるときはコーヒー入れることに集中しないといけないんですよ、あれ。
あれはタバコにちょっと近いスイッチャーになるんですよね。
コーヒー飲みたいなって時にお湯が沸いたのをバーって戻ってくる。そのまま作業にするっていうわけじゃなくて、お湯沸いた後に20秒くらいまず蒸らして、それが終わったらゆっくりお湯を注いでいくっていうその瞬間が、タバコほど長くはないですけど、結構息抜きというか、頭を一瞬白紙にしてくれる効果があるなとちょっと最近思ってます。
あのね、そうやってこう仕事から離れている時間っていうのがあるじゃないですか。
はい。
で、僕ね、その時間がね、ちょっとこうこれは極めてこう臨食というかケチくさいんですけど、その時間もったいないと思ってしまうんですね。
わかります。わかります。わかります。
で、でも仕事をするわけじゃない空き時間だから、耳を開いとるわけですよ。
だからその辺にポッドキャストとかインスタペーパーにうめぎとかを聞かないと損した気がするんですよね。
はい、わかります。それをね、やめたほうがいい。
それはやめたほうがいい。結局、僕もだからポッドキャストめっちゃ面白いなと思って散歩の途中とかもずっと聞いてたんですけど、日が休まるねってことに気がついたんで。
だから最近は車乗ってるときぐらいですかね、カーステにiPhoneを接続してBluetoothで流すぐらいで散歩のときとかはもう聞いてないですね。
じゃあ無音ですか。
無音かクラスティック的なあんまりリテラルな情報が入ってこないやつのどっちかですね。
だからよく発電機とかがね、1回火を落とすと3日間かかるんですって。
はい、わかります。
そういう感じかなと思って。それは思い込みですけどね、もちろん。
マルチタスクが効率が悪いって話があって、注意を切り替えると戻すのにエネルギーがかかるっていうのは間違いなくあるんですけど、
例えば原稿を書いてても、1時間原稿を書いてても、1時間ずっと原稿のことだけを考えてるかっていうと結構怪しくて。
文字タイプする間考えてるんですけど、止まるときあるじゃないですか。
何かこうかなって考えてるときの思考の対象ってちょっとフワフワしてるんですよね。
で、そのことについて考えてなくて、別のことを考えてるときもあるんですよね、気がつくと。
そういうやったら1回休んだほうがいいと思うんだよね、そういう状況になったら。
ちょっとだからフォーカスを変える感じですかね。
そうですね。だから完全に休むというよりは、別のことにこの頭を使おうみたいな。
一時期調子が悪くなって、1日の作業時間をだいぶ減らしたんですよね。
今までこれまでは集中して原稿を書くのに、4時間プラスアルファとブログのようなライトな更新とか、その他雑務をまだ数時間で1日10時間以上の労働をしてたわけなんですけど。
09:17
で、作業時間をグッと減らして、雑務とかブログの更新とかを一旦やめて、本を書くことだけは精一杯やって、それ以外は知らんっていう風に切り替えたんですよね。
で、少しずつ元気になってきて、いろいろ更新を増やそうと、Rスタイルを更新する日もあるし、しない日もあるんですよね。
で、その2つで何か違うかっていうと、そんなに違わないんですよね。
Rスタイルを更新しない日は、例えば書籍の執筆時間が伸ばせるかっていうと、別に伸びないんですよ。
結局だから、書籍でちょっと執筆で疲れたから、気分転換にRスタイルを書くっていうようなことをやったんですよね、結局これまでも。
だから、別にやらなかったからどうになるわけでもないし、増やせないっていうか、最高集中時間を増やせないんで別に。
だから、休んだとしても損はしてないというか、いうように最近は感じますね。
どう頑張ってどう工夫しても、人間がマックス集中できる時間ってそんなに変わらないし、そのマックス集中しないでやる仕事って、こういうこと言ったらあれですけど、クリティカルではないんで。
やらなくてもいいって言うとあれですけど、やったほうがいいけど、やらなくたって致命的なことにはならない感じなんで、致命的じゃない感じを最大効率化するのは、本末転倒ではないんですけど、
ゲームで言うと隠しコインを全部集めるまで終わらないみたいな、いやそうなのかっていう、それはそれで楽しいかもしれないけどっていうような、クッパを倒せばとりあえずいいじゃないかっていうような感じに最近なってますね。
確かに、途中でコインを取り延ばすと悔しいみたいなね、クリアできているのに。
だからこうね、難しいんですけど、昔よりは本当に仕事をしなければならないっていう観念はだいぶ薄れてますね。
朝一に2時間ほど作業して、一回ご飯食べて、午後から2時間ぐらい原稿書いたら、もう僕の中で割に満足度高くない1日ですね。
あとは何してても別に変わらないですね。
そうなると、例えば午後に妻と出かける予定があって、僕は出先で仕事をしようかなと思っているときに、妻がグダグダしてなかなか出かけなかったら、昔はすごいイライラしてたんですよ。
僕はその間待ってるわけですから、仕事をしてない時間がそこで発生するわけですけど、でも今はもう全然そんなことはないですね。
12:05
もう午前に今日の自分の仕事は終わった感があるんで。
だからそうですね、目いっぱい自分のリソースを全て使わないともったいないっていうような気持ちは排除していくっていう方が良いのかなと。
難しいですね。
僕は調子を悪くした期間があって、そのときは本当に文章を書けないところ、本も読めない時期があったんで。
これはもう暮らしたたどり価値観があるときはほとんど地獄のような期間だったんで、もう絶対そこには戻らんとこうという強い決意があるわけですね。
そういうだから、何だろうな、今しめタイムがあったからっていうことですね。
それから自分のこっちの方向を肯定できるというか、リソースの分配についてほどほどがいいよっていう、つめつめはいずれ渋滞を引き起こすよっていうことを体感できてるというか。
だからちょっと今価値観が変えられつつあるなと。
今僕は劇場版のエヴァンゲリオンを気になってるわけですよ。
でもそれを見ようとしたときに、やっぱり損したくないわけですよ。
分かります。
だから万全の準備で臨みたいと思ったときに、下手な準備で臨んでその2時間の時間を進めたくないと思うと、すごい時間の準備がひたたらだと思うと嫌になってしまう。
変なのかとか。
同じようなことは仕事にもあるんだろうなと思って。
まああるでしょうね、おそらくは。
それはだからいわゆるフットワークを重くしてしまうんですよね、そういう考え方だと。
次ではね、実は3月1日から始めたことがあって、それは仕事の短く書くと。
最近ショートな技術が多いなと思ってたんですけど。
要するにね、今まではこれは絶対仕事の中に書こうと思ってたネタが大量に各社にあるんですよ。
分かります。
でね、気づいたのは、蓄積するスピードと仕事の拭くスピードがあまりにも違うので、
違いますね、はい。
生きてる間に書けないなと思ったんですね。
はい。
だったら、仕事の拭くというのを見つけるのと同じスピードにはできないまでも近づけることはできるのかなと。
なので、仕事のボリュームを極端に減らすことによって、蓄積したネタを活用するというところに、
視点を変えたんですよね。レバレッジの視点ね。
そうするとね、これだけでこんなにあるんだっていう一つの発見が。
それ結構スムーズにできました?
うん、できました。
僕はね、同じことをRサイドでやろうと思ってもやっぱり無理だったんですよね。
だから、発想工房っていうスクラップボックスの、メディアそのものを変えたことで初めてできるようになりましたね。
15:04
でもね、確かに初めは、その、今までのあれがあるから、何度かクラシタさんが言ってるようにですね、
Rサイドに対してこういう記事を期待してるっていうのを裏切ってはならんというね。
はい。
そうそうそう。だけど、僕はそれはないというふうに決めてしまったんですよ。
なるほど、なるほど。
うん。期待してるのは他でもない自分だということに気づいたので。
そうですよね、おそらくは。
そう。だから、自分だったら自分で変えればもうおしまいだなと思って。
確かに。
うん。仕事のってこうだからっていうふうに書き換えたんですよね。
なるほど。
うん。
まあ確かにだから、ちょっとなんか、最初に一回短い記事読んだときは特に何も思わなくて、
2、3回あったときに、あ、なんか短いなと初めて認識したんですけど、
だから、多分自分があらかじめ予想するようながっかり感というのはなかったんですね。
おお、そうですか。
結局、こういう記事になったんやと思ったっていうだけであって、
だから、まあ結局その思い込みに書いてる。
だって今、そのブログに一番思い込みがあるのは間違いなく自分ですからね。
いや、ほんとそうです。
でね、短くするっていうだけだと短くなんないんですよ。
ほうほうほう。
それで、まあ一つはきっかけはあったんですけど、
そのね、必ずキューブに収めるっていうふうにしたの。
ほう。
だから、キューブしか書いていけないんですよ。
ああ、だからそういうルールというか制約があったから、なるほど。
キューブにするとね、いかに自分が余計なことを書いてるかっていうことに気づいていったんですよね。
まあそうですよね、きっと。
で、そのキューブに収める。
別にだからキューブっていうものに何か意味があるわけじゃないんですけど、
キューブで抑えるためには毎回キューブで書いてるとね、
ああ、はいはいはい。
リズムというか呼吸が見えてきてね。
はい。
だんだん書くのが楽になってくるというか、
ああ、これは収まらないな、このネタだったら多分無理だなとかそういうのはわかるようになるので、
はいはいはい。
うん、なんか多分、ちょっとまあ僕はやったことないからわかんないけど、
俳句とか短歌に近いんじゃないかなって。
ああ、なるほどね。
うん、潜流とかね。
結局だからその規模の違い、僕もだいたい2センチぐらいってあるスタイル決めてるんで、
やっぱりその2センチの呼吸っていうのがあるんですよね。
そうですね、呼吸。
このぐらいのネタならまあおそらく一記事書けるだろうっていう、
その経験に基づく直感っていうのがあって、
それが逆にその記事の枠組みを決めるんですよね。
その書きやすいんですけど、僕は思うにその逆に、
なんていうのかな、話題をそのあれにまとめてしまいがちというか、
きれいにまとめてしまいがちというか、
本来ならばなんか6センチぐらい書けることを、
まあ2センチでいいかっていう風になってしまうデメリットもあるなと思うんですけど、
まあ慣れることはやっぱり大切ですね、そういうことに最初に。
以前、ラーメンズってご存知ですか?
はい、もちろん。
彼らがまだデビューしたて数年ぐらいの頃に、
NHKのネットプランナーかなっていう、今はもうない番組ですけど、
18:04
に出演していて、
だからあれってインタビュー番組みたいなものなんですけど、
その中でね、ラーメンズのネタどうやって作ってるかというと、
あのネタに現れるところ以外のところを作り込んで、
ネタには出ない世界観までも全部作り込んだ上で、
ネタになるのはその一部分だけという風に、
大きな世界観がある中で一部分だけを見せてるんですよっていう感じが、
ネタから伝わるようにしてるっていう風な、
ちょっと極めて威圧的に言うとそういうことなんですけど、
それをね、多分2001年ぐらいに見たんですよ。
それがね、強烈にインパクトがあって、
だから何か出そうと思ってることは、
出そうと思ってることだけは作っても伝わらないっていう。
だから休業っていうのは、あくまでも何百行もある中での休業なんだぜっていう風にしないと、
その休業がね、輝かないというか。
はい、わかります。
だから書く過程でやっぱりこの、いきなり休業をかけることもあるんですけど、
10行、20行書く時もあるんですよ。
それをどんどん削っていって休業にすると、
その削った痕跡というか、
本当はこういう広がりがあったところのこれなんだろうなみたいな。
読者が想像で埋めてくれるというか。
そういう風な書き方の休業は非常にいいんですよ。
多分ね、この話はね、たくさんが入ったら多分大いに盛り上げると思いますよ、きっと。
削っていくタイプの人なんで。
そうなんです。だからね、ケーキとかもそうだと思うんだけど、
ケーキ作って削るじゃないですか、クリーム。
あの感覚に近いの。
なるほどね、なるほど。
初めに過剰にある程度出さないと、きれいにまとまらないんですよ。
そうですね、確かに。
だからそう、9行めっちゃ頑張って1行ずつ増えて、
なんとか9行になりましたではダメなんですね。
全然ダメです。
だから9行書けばいいから楽っていう風に初めは思ったんだけど、
違うということに、薄々響いてはいたんですけどね。
けど、9行のメリットは、
あのね、遂行がめちゃくちゃ楽なんですよ。
いや、それはね、でもものすごい重要なことだと思います。
めっちゃだから、なんで僕長文の記事いっぱいかなと思ったら、
まあ辛かったわけなんですけど、
あの、遂行が終わらない。
問題そうですね。だから2000字の記事、
自分で1回書いたものをもう1回長文を読まなきゃならないっていうのは、
ツイートぐらいだったら何段階遂行するのは全然問題ないですけど。
そうそう。
2ツイートぐらいですよ、9行って。
いや、あと多分遂行がしやすいと、さっき言った原稿の呼吸をつかむのも多分早いですね。
結局フィードバックサイクルが早いってことなので。
うん、そうそう。
ああ、そうか。
だからね、それで書いてて気づくのが、いっぱい意味を込めたいから、
21:04
1文がちょっと長めになるというね。
そうか、そうやな、そうですね、確かに。
これはちょっとね、若干こう、なんていうのかな、無理やり感が出てしまうというかね。
読んでる人はもしかしたら気づくかもしれない。
逆に言うとそこはだから、その9行スタイルの中級編みたいなところじゃないですか。
もっと慣れてくると、もっと切断できるじゃないですか、きっと。
そう、だから2文だったものを、
わかります、わかります、わかります。
あえて、そういう長い文の後に、1行を贅沢に使うってこともあるわけですよね。
いいですよね、その贅沢に使うっていう感覚がね、とてもいいと思います。
これをね、2000文字、3000文字書いてると、そういう感覚生まれないんですよ。
そうですね、もっと言うと、好きなだけ書けばいいっていうつもりで書くと、そういうのは生まれないですね。
余計なエピソードを後から気づくんですけど、余計なエピソードを入れて、越に入ってしまうんですよね。
越に入りたいんですよね、だからね。
越に入りたいから、自前のメディアをやってるってとこはあるんで。
だからそうなんですよね。
そうか。
だから、そういう意味ではね、この9行の仕事の書くっていうのは、1日の最後に書くようにしてるんだけど、
これがね、僕にとってはね、なんか休憩になってるんですよ。
なんかね、もちろん仕事といえば仕事ではあるんですけど、
でも、言葉を使ったパズルみたいな感じがありますよね。
そうそう、パズルですね、確かに。
その日1日のいろんな出来事がメタにそこに入るので、
なるほど。
読んでる本人はわかる。
仕上げというか、まとめというか、
何もしない休憩には程遠くなっていくという。
だからそうなんですよね。
だからここの休憩を何もしないに定義するのか、
普段の仕事とは違う頭の働き方すらも含めるのかによって話が分岐すると思うんですけど。
なるほど、そうか。
だから何もしないっていうのは多分無理なんですよね。
何もしないってことはできない。何もしないことしてしまうんだよ、おそらくは。
普段、同じことを続けていると脳に負荷がかかってしまうことをやめることができたらいいと思うんですよ。
それができているんやったら、広い意味での休憩にしてしまおうと思う。
いうぐらいなら、たぶん僕たちのような人たちも休憩と仲良くなれるんではないでしょうかね。
休業メソッドは意外な話でしたね。
気づかなかった。
ツイッターでは見てたんですけど、もちろんその休業の云々感の。あまり深くは考えてなかったんだけど。
2月の28日に、まさにだから、休業以内で言い切れないことは自分の手に負えることじゃないよって過去に報道者メルマガの人が言っていたので、
24:05
それがいっぱいあったような形ですね。
僕は中で長く書きたい病があるので、そのツイッターはたぶん見てなかったですね。
スルーしたわけですね。
自分が使うことはおそらくないだろうという気持ちで読み飛ばしてたと思うんですけど。
でも確かにテーマの出社選択と言葉の密度を上げるっていう2つの要素があって、両方重要なんですよね結局。
役者の人がプライベートで何かトレーニングしてるみたいな感じかもしれない。
プライベートなので休みなんだけど、やっぱりそういう時だからこそインプットができるみたいなのがあるじゃないですか。
まず休業っていう数字が固定されていることで出社選択が進むという話が、
IBDのリストに構図が似てるなって思ったのが一つと、
言葉パズル的なものに収めることで発生している知的作用が文章力の向上のためには多分必要だろうなと思って、
結局、僕ブログでたくさん記事書きましたって言っても、その人が5記事目以降全然文章力が向上してない可能性があるわけなんですよね。
制約がないからなんですよ結局。
制約を求めて書くっていう経験を繰り返していかないと、いくらたくさん記事を書いても文章力は上がらないだろうし、
ただその中で休業かいいかとか別に何か決めておくっていうのは長期的に続ける上で、
多分そこがレバレッジになってくるだろうなと。
そうですね。
いやでも、こんだけブログ続けてもやっぱり学ぶことはあるんですよね、ブログを書くことについて。
いや本当だから、これが結局の自己経営だと思うんですよ。
そうですね、確かに。
自己管理というか、セルフマネジメントですね。
だって書いてもらわないと振り返れないですね。
そうなんですね。あとそうそうそう、思ったのあの短い記事やと、これスクロープボックスと同じなんですけど、リンクがね、こうあって、過去記事に。
でそれがね、いい感じがするんですよね。
ほうほう。
なんかつながってる感というか、概念的に言うと一つの文章の中にたくさんのメッセージがあったほうが、なんか多ノードが生まれやすい、たくさんのノードが生まれやすいイメージがあるんですけど、逆にリンクしにくくなるんですよね、あれ。
そうですね。
だから短くしたことによって記事同士のつながりが生まれやすくなってるのではないか仮説を持ったんですけど。
27:03
あれはね、言ってみれば過去の記事は、映画で言えばスターウォーズエピソード1から6があったら、その概念的なね、ログアンみたいなものを作ったときに、ログアンはエピソード4につながるじゃないですか。
はいはいはいはい。
それと改めてエピソード4というものが新しい切り口を見せられてる。
あーなるほど。
だから概念を書いてるイメージかも。
あーなるほどね。
長いことブログを書いてると当然自分も書いたことを忘れてて、忘れてると当然リンクもできないじゃないですか。
でもねやっぱりね、過去書いた記事を読んでもう一回考え直すってことがすげー重要やなっていうのを最近感じるんですよね。
なんかよく最近過去記事をリピートしてますもんね。
はいそうそう。だから今まで書きっぱなしジャーマンというか、書きっぱなしフローをずっと流してたんですけど、だからそれも結局リソースもったいない問題と多分関連してるんですよね。
文章を書ける時間があったら新しく書いた方がいいじゃないかみたいな感じがあったんですよ。
でもやっぱりその、読み返してもう一回そのことについて考え直すとか言及し直すことの方が根が太くなるというか。
成長の方向として枝を増やす時期もあれば多分その根っこをちゃんと太くしていくっていう時期も多分必要で、今こんだけ記事がたくさんあるんやから時間の使い方としてはそっちの方がいいんではないかなという感じがしてますね。
それはだからね、僕もう47歳になってしまいましたので、これからいろいろと見たい映画とか読みたい本を読むリソースは半分ぐらいにして、残り半分は一応見た映画、読んだ本を読み返すことに当てたいなと思って。
あーわかります。
その方が多分リゾームがよくなる。リゾームが育つというかね。結局それは巡り巡って新しいコンテンツに触れる時の助力になるというか。
そう思います僕も。
ちなみにそういうような決意をするまでに単に単純に何回も見たい映画ってどのくらいあります?何か思い出せるものあります?
そうですね。天使がくれた時間とか、あとはポリストガンプとか。
ポリストガンプについてはね、町山さんっていう映画評論家の方がちょっとこうネガティブな評価をしていてね。
別にこれは白人目線だから。
黒人目線で同じような時代の話を書いた大統領羊の涙かな。
そういう同じ時代を描きつつも黒人の方が大統領の羊まで登り詰めたというヒストリーの映画なんですけど。
これがね非常にこのポリストガンプと交代賞というか。
そういうのを知るとまたポリストガンプ見たくなるし。
そうですね。わかります。
30:01
そういう扱い方がすごくいいなと思って。
確かに。
だからそうですね、同じ映画を見るっていうのはすごくコンテクストが全く違う良い見方かなと思ってます。
そうですね。だから自分が書いた本、書いた記事を読み直すとか、自分が昔感動した本をもう一回読み直すっていうことで。
カイコ主義というよりは、未開のジャングルに行くわけではないけど、新発見が期待される。
っていうような感じで。
多分だからこれはある程度年を取らないと、言っても共感すると思うんですけど。
そういう時期なんでしょうね。
おそらくそういう時期なんでしょうね。
だから改めてその振り返り、たどり直してみることでまた違う道が開けそうな予感がしてますね、今。
その時にはなぜこれ気づかなかったんだろうっていう、その発見の楽しさというかね。
これは新しい作品見ていても気づけないことだし。
確かに。
でもそれどっちが良い悪いとかではなくてね。
だからそういう楽しみ方を新しいものが読めなくてストレスに感じてる人は、これまで読んだものを読み返すといいよみたいなね。
若干ライフハックに寄せるとそういう話になると思う。
そうですね、きつそう。
でもそれを伝えることは結構意義のあることだと思えるので。
特にね、現代は特にそうなんですけど、よくよく考えてみると、お砂箱を辞めざるを得ないぐらいにお金がなかった頃って、1回買った本何回も読んでたんですよね。
なるほどね。
で、やっぱりその頃に読んだ本の根付き方っていうのは、やっぱり今読む本の日じゃないんで。
で、やっぱり今は経済的に高くなったおかげで、新しい興味のある本はどんどん買うようになってますし、インターネットが僕たちに新しい情報をどんどんフローしてくれるんで、
同じ本を読み返すインセンティブというか環境設計がないんですよね。
はいですね。
だから意図的にやらないとダメなんですよね、きっと。
古い、1回読んだ本とか見た映画のレビューというか、見直し読み直しは休憩に入りますか?
これはだから、脳の働き方は変わってるという意味では、シフトになってるんじゃないですかね、きっと。
だからなんか、今書いてる原稿を生かしちゃろうとかっていう、したい心を持って読むとちょっと休憩にならないけど。
でも結構、避けようが避けまいが生かされることに僕はなると思いますけどね。
そうですね。だけど、なるべくそういうフリはせずに、何も知らないフリで読み返すと。
だからさっきのエヴァンゲリオンの話にも、別に損してもいいじゃないかぐらいの。
ていうかね、あなたが与えるっていう本がありまして。
ギバーの本ですか?
そう、ギバーに関する本ですね。小説仕立てになってるやつで。
33:01
大富豪のピンダーさんが、いわゆる教え子になっている主人公に対して言うんですけど、君に僕の時間を無駄にさせる力はないよって言うんですよね。
結局、本人が何か価値を見出す力があったら、あるいとあらゆることに価値を見出せてしまうと。
だから、他者が僕の時間を無駄にすることなんてできないよって言ってるんですけど、結局映画を見ることも同じで、何か得てしまうわけです、きっと。
無駄には多分なり得ないんで。
だから別に、僕はもう、全然エヴァンゲリオン見たことない人が見に行く作品ではないと思いますけど。
テレビ版をちょっと触れたことがあって、よくわからない世界観で進んでいく作品であることが分かってたら、全然重要できると思いますけど。
これだけの人が夢中になるっていうのは、やっぱりね、追っておけない感がありますよね。
話題性の意味も当然ありますし、僕の場合はもう、エヴァンゲリオンのテレビ放送って中学生ぐらいの頃だったんですけど、超たかんな時期に見たんで。
だから全ての作品見てますけど、そういう意味での最後の絶対に見なければならないって感じですね。
世間が多分見なくても見に行ったでしょうけど、そんなことはないんですけどね。
ジョーカーって見られました?
見ました見ました。
あれはすごかったですね。
僕は感動しました。
分かります。
僕はホワキンフィニックス自体が結構注目してる人なので、あの人の、なんて言ったろうな、全然作品ごとにキャラが違くて。
そうなんですね。
この人がこう?とかっていう驚き。
セミでは映画っていうよりもホワキンフィニックスの演技に奪われた感じですね。
なるほど。
でも分かります。
脚本もすごかったし、演技もすごかったし、あのエンディングに持っていくにはって思いました。
一応ダークナイトシリーズに繋がってるんで、ああなるのは覚醒とはいえ、そうかと思って、ネタバレなので内容は言えませんけども。
あれもやっぱり多情の意味があるからね。
はいはいはい。
この多情の意味が分かることに対する見合ってする感じっていうか。
分かります分かります。
そうなるとやっぱりまたダークナイト見たくなっていくし。
普通に僕も見直す計画立ててますからね。
僕はクリスタファー・ノーラン大好きっ子なんで。
だから確実に見るとは思いましたけど、ジョーカーが出てくるシーンをもっと意味深に見るんだろうなとは思いますけどね。
そうですね。
だから意味が付与されていく感じですね。
ジョーカーがバットマンとかに出てきて、なんかシリアスな場面でよく笑うんですけど、今までの捉え方とは笑い方が違うように感じられるなとは思いましたね。
36:03
そうですね。意味が分かりますからね。
そうやってね、深い意味が分かるようになることが風景から得られるメリットじゃないですかね。
確かにそうですね。
だから進んでばっかりいると味わう暇がない。
そうですね。まさに。
作ってばっかりで全然食べる暇がないみたいで腐っていくみたいなね。
リソースを無駄にしてはいけないっていう合理主義って実は何かの中毒なんですよね。全身中毒と仮に呼びますけど。
それはやっぱりどちらかというと抑制した方がいいことなんですよね。
まとめ的に言うと、そういう焦りに気づいたらおいしいところを逃してるんですか?
多分ね。多分そうだと思います。
だから休憩とは味わう行為であるという感じですかね。
味わうって英語で何でしょうね?テイスト?
テイストになるとね、何かを試すみたいな感じになるんですよね。
味わうってエンジョイだね。
あ、なるほど。
まささん楽しみですよ。
落下主義か。落下主義になるのか。そうかそうか。
すごいな、エンジョイ。
エンジョイは強いと。やっぱり人間の活動の中でエンジョイってかなり独特やなと思うんですよね。
これもありますね。ワインを味わうっていうのはね。
試飲するはテイストワインで、味わうはセイバー・ダ・ワイン。
へー。
セイバーって何や。セイバーって多分西部の酒製で。
そういうことか。
堪能するっていう意味があるんや。
へー。
これは知らんかったな。このセイバーってちょっと今日の結論じゃないですか。
セイバーでいいんですね。レッツセイバーぐらいで。
レッツセイバー。いやー伝わらんなー。セイバーってなんすかって言われちゃいそう。
日本語だとセイバーって剣士みたいなイメージがあるんで。
そうですね。なんとかセイバーってあるもんね。
そうそうそうそう。
全く予期しないけど、いい結論に辿り着いたんじゃなかったでしょうか。
そうですね。これがポッドキャストの面白さですね。
僕はね、始める当初は、くやさん休憩の仕方わからないんで教えてくださいぐらいの感じだったんでね。
でも僕もわからないわけじゃない。
はい。じゃあ休憩が苦手な人は味わうということをちょっと意識していただければということで、今日終わりたいと思います。
はーい。
じゃあありがとうございました。
ありがとうございます。
38:35

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