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高見知英
本当に自分もそうですね、その時には
本当にこういうようなところでやっている ところがあるんだなと、すごく
他の団体の話を聞いててもすごく思ってはい たんですけれども
本当にSIDE BEACH CITY.、その中の一つの団体に 関わることになるんだなっていうのは
正直自分もあまり考えてなかったんですけども そこで関わることになったのは良かったなというふうに思います。
山口良介
そうですね。あれ、高見さんってラボとの きっかけって何でしたっけ?
高見知英
もともとは政治家さんと対談をするというような イベントをこの横浜コミュニティデザインラボが
何回かやっていたので そこに関わり始めたのがきっかけだったかなというふうに思います。
自分自身も横須賀で仕事をしてて、横浜に何かちょっと あんまりそこまでいちいち横須賀に行ったり東京に行ったり
コミュニティイベントの参加するのに 移動するの大変だなと思ってて
そのあたりに横浜で何かないかなと思って 探してたという形ですよね。
山口良介
そうですね。なのできっかけは関内ら辺のようは、
シェアスペースとかそういったイベントが きっかけで出会って、
志田さんからお声掛けいただいたっていうのが 大きなところで、
あとこの後、じゃあなんでNPO法人にしたのか っていうお話もちょっとしたいなと思いまして、
志田さん自身もやっぱり任意団体でやってると 限界があるというような相談があったと思います。
で、どうせやるならあればNPO法人ですね。
にしたいと。
そういうような意向を受けて、
私は当時は独立して、いわゆる株式会社は やっていたので、
NPO法人っていうものがどういうものなのか っていう興味を持って、
確かにNPO法人でやってみたいなっていうふうに 思ったのがこの次のステップですよね。
SIDE BEACH CITY.がNPO法人になるきっかけの その一つだったかなというふうに思いますね。
高見知英
ありがとうございます。任意団体の限界を 感じていたというお話でしたもんね。
確かにそういうようなところで、
株式会社を経営されている方が、
もうちょっと別の軸で活動したいというところで NPO法人っていうのは
興味を持たれるっていう話はよく聞きますね。
山口良介
そうですね。
結果として、志田さんは要は創設者だけれども 勤めていらっしゃるので、
代表として表に出るのは厳しいっていう話から、
私が代表でどうかっていう話をいただいて、
高見さんが理事で、副理事で志田さんという 3人でやっていこうという話が
多分最終的にまとまったんですけど、
私の記憶だと多分NPO法人にしようって 言い出してから、
結構いろいろ話し合ったりとか、
いろいろじゃあどうしようかっていうのがあって、
なんだかんだで1年ぐらい準備が必要だったかな っていうふうに記憶してますね。