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#133 タナカカツキさんが考える「AI時代のサウナ」| ゲスト:タナカカツキさん
2026-06-19 22:17

#133 タナカカツキさんが考える「AI時代のサウナ」| ゲスト:タナカカツキさん

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ゲスト:タナカカツキさん

マンガ『サ道』の原作者、「日本サウナ・スパ協会」が公式に任命する
日本でただ一人の「サウナ大使」の肩書きを持つ。
「渋谷SAUNAS」 や2026年2月に誕生した「高輪SAUNAS」の総合プロデュースを手掛ける。
幅広く活躍。


【今週のテーマ】

・AIにはない“熱・香り・手触り”の話

・サウナは、身体感覚を取り戻す場所になる

・情報を減らすと、人は感覚を取り戻せる

・だらだらするのがリラックスじゃない?「本当のリラックス」とは


ドラマ「サ道」のプロデューサー五箇公貴さんを中心に、地元東京都北区で日本版公衆サウナ= 「コミュニティサウナ」を実現するためのプロジェクトが動き出します!

▼しぶさわくんFM公式サイト

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サマリー

漫画家タナカカツキ氏がAI時代のサウナのあり方について語る。AIにはない人間の身体感覚、特に熱、香り、手触りの重要性を強調し、サウナが身体感覚を取り戻す場所になると提唱。情報を減らし、緊張感のあるリラックスこそが真のリラックスであり、都市に作られるサウナは自然の役割を担い、現実の手触りを提供することで、虚構の世界で生きる私たちに安心感を与えると論じている。

サウナ大使タナカカツキ氏の登場
みんなでサウナ。
はい、ということで、今週も引き続きこの方に来ていただいております。
佐藤原作者、タナカカツキさんです。
はい、漫画家のタナカカツキです。
またまた続きのね、おしゃべりさせていただきますけれども。
楽しいですね、やっぱり。
いやいや、ありがとうございます。
楽しいです。
あの、サウナの話はいくらでもできますよね。
そうですね。
それで、あの。
はいはい、それで。
サウナスのこともやられているので。
いや、そうなんですよね。
サウナの漫画を描いているようなね、漫画家が施設をプロデュースするなんてね。
そんなに想像しないですよね。
いや、もう素晴らしいですね。
すごい。
AI時代におけるサウナの役割
渋谷サウナスでね、最初にやられていたじゃないですか。
ああ、そうですね。
もう、はいはい、2022年になりますけれども。
その後、高輪に行った時に、めちゃめちゃアップデートされていると思った。
めっちゃアップデートされている。
ああ、そうですか。はい。
渋谷サウナスでやった経験が全部、高輪に入っているじゃないですか。
そうですね。渋谷サウナスの頃はですね、あの時はまだ、やっぱりこう、欧州型サウナ。
フィンランド式のサウナっていうところに、最初特化して作ろうと思ってたんですよ。
ところがですね、コロナ禍を経てですね、私がちょっとそのヨーロッパのサウナに、やっぱり影響を受けすぎた部分もあるんですけれども。
時はですね、ちょうどその頃ですね、ちゃんとGPTとか出てきたんですよね。
そうですね。AIでサウナ誌ずっと書かれてましたもんね。
いやいや、そうなんですよ。で、やっぱりこれは偉いことになったなと思って。
一人でゆっくり入るサウナもいいけれども、やっぱりこういうそのAIみたいなのが来た時に、どんな人の生活がその後来るのかなって想像した時にですね。
やっぱり仕事の問題性があるかなと思って。
なるほど。それはどういう。
やっぱりこの仕事の内容がもうずいぶんきっと変わるだろうし。
おおよそこう人間がやるサービスっていうか、そういう職人ですよね。
例えば対話のサービスとか、あるいはお寿司職人とか美容師とか。
人間ならではのこの仕事、あるいはケア産業とか、そういうところがつぶだってくるのかなってやっぱり当時思って。
で、慌ててフィンランド式まずいんじゃないかなってちょっと思って。
フィンランド式をベースにした、やっぱり人が何かやるサービスっていうのを、やっぱりもっと積極的にやらないといけないんじゃないかなって思い直しまして。
本当はアウフグースやるつもりで設計してなかったんですよ。最初は。
でギリギリになって、やっぱりアウフグースやりたいし、なんならウイスキングもがっつりやっていきたいということで。
ウイスキングはマストで考えてたんですが、やっぱりこれアウフグースもやろうと。
そこに行ったらやっぱり人間のこの息吹とかエネルギーの交換があるような場所にしたいということになったんですよね。
もうちょっと解像度を上げると、AIがこれだけチャットGPTとかもうもはやみんな誰でも使えるようになってきたときを想定したときに、ウイスキングもそうだしアウフグースを絶対入れなきゃいけないと思った理由っていうのがどういうところにあったんですか。
やっぱりちょっと繰り返しになりますが、これからきっとああいうもう意識みたいなものがね。
意識は一応ないっていう体になってますけれども、まるで意識があるような振る舞いしてくると思うんですよ、これは。
今はまだ、そうですね。今はまだ汎用性とか言って、おおよそ独創的なアイディアがまだ出にくいとかね。
いろいろ言ってますけれども、いやそれ今だけでしょうって私は思うんですよ。
やっぱこれまでのテクノロジー見ててもとんでもないところまでやっぱり行くんで結果、やっぱりAI恋人やAIメンターとかね。
もう本当に親友がもうAI、もうそれか人間かどうか分かれへんみたいなね。
そういう意識の世界がどんどん肥大化してくるんやろうと。
ってなるとですね、私たちが何を置き去りにするかっていうと、やっぱりこの体、身体、感覚みたいなものなんじゃないかなっていうね。
感覚をやっぱり満たすものっていうのがやっぱりつぶたってくるなってやっぱり思いました。
それは自分がサウナが好きっていうところもそうですし、やっぱり意識ややっぱりシステム、社会システムから一旦外に出ることができる。
やっぱり暑いとかね、冷たい、いい香りとか、やっぱり意味の世界の外側じゃないですか。
ちょっと意味を超えたところの感覚の世界。
やっぱりこういうものをやっぱり届けるっていう仕事っていうのがこれからもっと尊くなるでしょうし、もっと注目されるんじゃないかなっていうのがやっぱり一つあったんですよね。
身体感覚の喪失とサウナの必要性
めちゃめちゃ面白いと思うんですけど、土井さんどうですか?
そこまで考えて次のサウナを作るっていうかつきさんの考え、まじですごい。
いやもうね、変態だと。
いやでもすごくよく分かるのが、それって気持ちいいっていうことだけじゃないような気がしているっていうか。
痛さとか痛みとか。
そうですね。
苦しさみたいなこともやっぱり今経験がない方向ない方向行くじゃないですか。便利さというのは。
香りなんか無臭無臭の方に行きますし、ウイルスも無菌無菌の方に行きますから、やっぱりこれはね、やっぱり身体、自分たちの生理機能がついていけないんじゃないかなっていうのは一つありますよね。
なんかだから気持ちよさと同時に、ある意味生きている実感みたいなものが湧きづらい?
相当湧きづらいでしょうね。
そうですね。
またこれ立ち悪いのが、この実感っていうのがあんまりね、その意識に昇ってこないっていうか、結構AIと喋ってるだけで一日面白いんで、なんかこう充足感もそれなりにあるんですよ。
ただしですね、この身体の充足感っていうのがやっぱり置き去りになる。
それはめちゃめちゃあると思うんですよ。
マジでそうです。
それがおやもやとして残るっていう気がするっていうか。
それはね、疾患として出てくると思うんですよね。
疾患として出てきますか?
やっぱり体の不調を訴えるようになるんじゃないかなって思います。
やっぱり自分の体の中で起こってくることってあんまり意識ができないと思うんですよ。
やっぱり無自覚に何か悪いものが進行していくっていうね。
これを早急にキャッチするためには、やっぱり身体感覚っていうのはまひってる場合じゃないなって思うんですよね。
これをやっぱりいつでもクリアにしておく必要がある。
でなるとやっぱりこの身体の反応っていうのは積極的にとっていかなきゃいけない。
でなるとそういう仕事が爆増するんじゃないかなって私はそういう見たてなんですよね。
身体の感覚をそれぞれがキャッチできるためにフィジカルというか、
何か物理で人に対して何かを施すような仕事っていうことですかね。
情報過多な現代とサウナ
その要はアウスグースマスターとかもそうですけど。
そうですね。
蒸気や香りを届けたり。
例えば始発の人とかも。
マッサージもケアもそうですね。
でもっと行くとですね、やっぱり人間そのもののエネルギーってあるじゃないですか。
生き物の持っている。
何かやっぱり舞台を私たちが見て、ステージを見て何か元気になる。
おしかつを代表する。
何かああいう人間の同じ身体を持つ者同士の何かこの共感とかね。
あるいはサウナ室内で行われているその気遣いとかね。
ああいうのって非常に心地いいですよね。
そういうのがねバシッバシッと伝わってくるじゃないですか。
サウナ施設って。
ああいうものがもっともっと際立ってくるというか。
そういうものに意識が向くようになると思うんですよ。
そういうものを普段ちょっと忘れてたなってなると思うんですよね。
手触りですよね。
忘れてたっていうのもあるし、触れられないっていう感覚もあるなというか。
手触り的なものが何だろう。
触れるチャンスがどんどん減ってる気がする。
いやもう全然ないでしょ。
もうぺたーんとした平行のところを私たち歩いてますし。
そんな人類史上初ですからね。
ずっとデバイスを見てるというのもそうですし。
相当なんかユニークといえばユニークなアンバランスっちゃアンバランスなことになってるんで。
やっぱりそこはちょっと多少自覚しながらですね。
なんかこう生活ができたらなと思うんですよ。
これをねまだしっかり言ってるところってあんまりないなと思うんですよ。
ないですね。ないような気がしますね確かに。
本当のリラックスとは
やっぱりこれは特に私はヨーロッパではやっぱりそういう経験非常にやっぱりします。
そのサウナ施設内で。
そうですか。
やっぱり彼らっていうのはサウナ施設を作るときにいかにそこで情報を減らしてあげるかっていうようなアプローチをしてきます。
情報を減らすんですか。
一見なんか増やしそうな感じがすごいじゃないですか。
日本のやっぱり温浴産業っていうのはレジャー産業としてアップデートしたんでプラス志向なんですよ。
全部プラスプラス。
サウナがビールおいしいですよっていうことはそうだと思うんですよ。
なるほどこれができたらいいんじゃないか。これができたらいいんじゃってどんどん足していく。
どんどん足していきますよね。
向こうはやっぱコースター1枚ないですから。
絶対こう目に入るような情報も極力こう無に近い。
サウナも本当にそうだよね。
話しましたよね一回。もう本当にサウナ目だけとかもう必要以上の情報が最低限に抑えられてるなって思った。
それでやっぱすごいさすがだなと思ったのが今目浴ですって言ってないですよね。
サウナで静かに居たい人もいるから協力してくださいっていう張り紙1枚だけあって。
そう。
えー。
でね張り紙っていうのが私あんまり好きじゃなくてそれをプレートにしてるんですよ。
そうかプレートですよね。
できるだけ情報にタッチしないような。
情報っていうのは文字情報ですよね。
文字情報はもう普段からもう目に入りすぎてるんで。
嫌ですからね。
ここはもう感覚だけの世界になってくださいっていうことでできるだけ案内も少なく。
でねある程度案内少ない方が実はですねちょっとこう緊張感もあるんでダラダラするような気分にならないですよ。
で実はダラダラするって意外と大変で意外と疲れたりするんですよね。
でも一方でやっぱりダラダラしに行きたいという意識がどこかにある人もいると思うし
そのようなダラダラするということによって自分がリラックスできるって思うこともあるじゃないですか。
そうですね。
それをあの要は本当にそうなのか思い込みなのかもしれないし。
そうですね。
ダラダラという言葉が持つ何か特異性というか。
そうですね。私もダラダラするのすごい好きですけれども。
じゃあ実際に部屋でダラダラしましたってなった時にうっすら疲れてるんですよ。
なんか部屋でソファに座ってダラダラしてても意外と次なんかよっこらしょって起きないとダメですし。
そうですね。
私の考えるリラックスっていうのはもうちょっと緊張感がある神社とか美術館ってちょっと例えたらいいかもしれないですけど。
少しなんかあんまり体を横たえてダラっていうかはちゃんと起こして体をちゃんと呼吸しやすいようにして。
血の巡りをある程度良くした状態っていうのがなんかリラックスにつながるんじゃないかなっていう考えがあるんですね。
これはですねエビデンスも実はありまして。
例えば結構私受け売りなんですがやっぱ狩猟を最初民族やった頃のリラックスっていうのはじゃあダラダラしてたのかってことなんですよ。
彼らがやってたことっていうのはやっぱり例えば森の中でちょっと囲われた中で火を中心に置いて竹木を車座で囲んでトークするみたいなね。
でそこにはいつなんか獣が襲ってくるかわかんないじゃないですか。
だから実はうっすらと緊張しながら談話するっていうことをずっと人類やってきたんで。
やっぱうっすら緊張するっていうのはこれはある程度なんか理にかなってるのかなって思ったりするんですよね。
すると次の立ち上がりが早いっていうかね。
なんか一方で心理的安全性みたいな言葉はよく言うじゃないですか。
そうですね。
だからそれはなんか囲われている場所っていうのは一つ大事かもしれないですね。
あるいはそこに揺らぎがあったりね。
あんまりこの人工物の中にいるとちょっと見慣れない素材ですからね。
無機物なんていうのは人間にとって。
やっぱり森の中で。
でまあそれは目翼にも関係する話かもしれないですけどうっすら人の声っていうのは私安心すると思うんですね。
水の音とか。
はい。水の音もそうですし人間の声。
これもなんか話の内容が入ってこないぐらいの人間の声って実はリラックスにつながる。
生き物の気配というか。
それはずっとなんか自分たちの生理機能に組み込まれたなんかリラックス法かなと思ったりしますよね。
なんかその話につながるかわからないですけどやっぱサーナス行った時に目の前にまだこれから開発されるとする工事現場と放送ビルあったじゃないですか。
都市とサウナの境界線
ありましたね。
あれがものすごい独特だなと思って。
そうですね。
確かに確かに。
でなんかあれを見た時に僕はなんかそのなんかディストピア感という言葉が自分でじっくり聞きますけど。
週末終わっていく感じがすごいするのとちょっとしたその教習みたいな東京の懐かしさみたいなものとなんかいろんな感情がごちゃごちゃになったというか。
でもこっち側は守られている。
裸でいるわけですよ。
あんなものが目の前にあるのに自分は裸でいてここは安全な場所という。
そうですよね。
そのものすごい不思議な感覚っていう。
確かに。
やっぱり境界線っていうだけで少し私たち安心するっていう部分あると思うんですよね。
やっぱりなんかこうみんなと私たちが溶け合ってっていう世界も素敵なんですけど。
その前に自分が自分でいられる場所みたいなそういう自分の部屋みたいなそういう境界線があってのみんなかなと思うんですよ。
だからやっぱりこのみんなだけだとやっぱり自分を失っていくっていうこともやっぱりありますから私はなんかある程度の境界線は必要なのかなと思って。
でその高輪サウナースではその都市が出来上がっていく。
いわゆる私たちが本来あそこで暮らしている社会の代表ですよね代表格があって。
でそれがきっとあの自分は今は裸だけどガラス扉の向こうではきっと自分も何かの役割があって何かを演じてて。
それが実はほとんど虚構でね極端な話をするとフィクションで虚構で実態がないようなことをずっと24時間晒されてるわけですよね。
でもこの扉のこの境界線の内側だけは自分は裸でそこは木に囲まれてて温かい冷たいいい香りっていう現実の手触りっていうのがそこにはある。
やっぱこういうものをやっぱり1日の中にどっかに持っておくことによって何かちょっと安心して暮らせるのかなと思ったりするんですよね。
なんかそれめちゃめちゃ面白いっていうか何かだからかっていう外が本当虚構の世界すぎて
その中で生きてる実感みたいなものもある意味それ緊張感があるっていうのは
やっぱりそのなんだろう外では人が働いている社会が回っているっていうのって
なんか今自分がいるところとは全然違うしそこっていわゆるそのある意味
昔の人たちでいうと敵だらけというか敵だらけの中に晒されている社会主義というものと一方で今は裸だっていう自分たちのその感覚を同居するって異常だなと思ったわけですよ。
だから年型サウナのやっぱ面白いところってそこなんですよ。私やっぱり年にサウナ作りたいですね。
やっぱりそれは都市という虚構がはっきりと浮かび上がるからということがあるんですね。
やっぱりサウナっていうのは森や自然の役割これをサウナが担っている。
だから都市に作れば作るほど私は面白いと思ってるんですよね。
そういうこと森とかの役割がサウナ。
サウナなんですね。それはやっぱり感覚の世界です。
フィクションと現実
なんかふとこうわかんないですけどよく宇宙飛行士の人が外から地球見るとなんか我に帰るじゃなくて出家するとか。
そういう話昔聞きましたし。
なんか何かを成したね前沢さんとか何かを成した人が究極にもうこれ以上やることないから行くみたいな感覚の一端を見るような感じするというか。
なんかそういう気分になって何やってるんだっけっていうことをパッと冷静になる感じがあったりとか。
だから私たちはなんかやっぱり旅行に行ったりするのもそうだと思うんですよ。
やっぱりなんか海で泳ぐとかってやっぱりそこに自然と結局触れ合いに行くわけですからね。
そこでなんか普段の自分と違う。本来人間の喜びってこんなことやったかもみたいなね。
ビーチを歩きながら貝を拾って貝の模様と形に溶け合う時間とかね。
そういう時にふと普段ってフィクションやんと。
それをやっぱりしっかり受け取りながら引き受けながらまたフィクションに変えていくっていうね。
こうするといいのかななんて思ってね。
フィクションはフィクションで私好きなんでしょこれ立ち悪いことに。
一歩外に出たらニューマンだってすぐフィクションじゃないですか。
そうなんです。
目の前にフィクションが迫ってるじゃん。
目の前。
いろんなオシャレなお店がバッとあって。
本当にそう。
あれはフィクション極みじゃないですか。
極みですよ。服買うところですからねあそこ。
ニューマンの建物の近未来感とかのフィクション感ってあるいはないっていう。
そうですよ。
今までにないフロア構成だったりとかお店の陳列だったりするっていうのも含めて。
そこからも8Aの駅もめっちゃフィクションっぽいじゃないですか。
そもそも近未来感すごいですね。
近未来感そうですから。
街中っていう。
そうですよね。
ただやっぱりニューマンも中を歩くとちょっと気づくんですけども。
やっぱり床がいちいち数歩歩いたら質感変わるんですよ。
石のところを歩いてたなと思って。
数歩歩くと木のゾーンに来たりあるいはタオルのゾーンに来たり。
高縄ニューマンも一応都市型ウェルネスっていうのをちょっと考えてらっしゃるので。
やっぱり足裏から来るような感覚がやっぱり違うんですよね。
これがやっぱりなかなか面白いなって私も思いまして。
そこがなんか声かけていただいたところかなと思ってます。
今後の展望
面白いね。
すごいですね。
なんかこっちの話聞くと止まらないんですけど。
大丈夫ですかかずきさん的に。
私もめちゃめちゃ大好きです。
そういう話が好きです。
そんな話を引き続きしたいなと思いますので。
ぜひぜひ。
ガンガンやりたいです。
よろしくお願いします。
22:17

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