月と影の感情
月の夜、むらくも少しあるもよし、
亡きもよし、磨き立てたるようの月の陰に、
尺八の音の聞こえたる、上手ならば糸をかしかるべし、
さみも同じこと。ことは西方町あたりの垣根越しに聞きたるが、
いとよき月にひく人の影も見まおしく、
物語めきてゆかしかりし、親しきともに別れたる頃の月、
いと慰めが遠もあるかな。地里の他までと思いやるに、
そいてもゆかれぬものなれば、ただうらやましうて。
これを仮に鏡となしたらば、人の影も映るべしやなど、
はかなきことさえ思い入れらる。ささやかなる庭の池水に揺られて、
見ゆる影、ものゆうようにて、手すりめきたるところによりて、
久しう見入れれば、はじめは浮きたるようなりしも、
次第に底深く、この池の深さ、いくばくとも測られぬ心地になりて、
月はその底の底の、いと深くにすむらんもののように思われぬ。
久しうありて仰ぎ見るに、空なる月と水の影と、いずれをまことの形とも思われず、
ものぐるおしけれど、箱庭に作りたる石ひとつ、水の表にそっと取り落せば、
さざ波少しわかれて、これにぞ月の影漂いぬ。
かくはかなきことして見せつれば、おいなるこの小さきがまねて、
姉さまのすることわれもす、とて、すずりの石いつのほどにもていでつらむ。
われもお月さま砕くのなりとて、はたと捨てつ。
それは、亡き兄の者なりしを身に伝えて、いと大事と思いたりしに、
はかなきことにて、失いつる罪えがましきことと思う。
この池かえさせて、などいえども、まださながらにてなむ。
あけぬれば、月は空にかえりて、なごりもとどめぬお、すずりはいかさまになりぬらん。
よなよな影やまちとるらんと、あわれなり。
うれしきは月のよの稀人。
常はうとうとしくなどある人の心やすげに、問いよりたる。
男にてもうれしきよ。まして、女の友に去る人あらば、いかばかりうれしからん。
みずからいずるに肩からば、踏みにてもおこせかし。
うたよみがましきは憎き者なれど。
かかるよの一言には、身にしみて思う友ともなりぬべし。
応じゆく辻裏うりの声。
汽車の笛の遠く響きたるも、何とはなしに、魂あくがるる心地す。
