怪しい黒マントの男
赤いカブトムシ
江戸川乱歩
1.春日曜日の午後
田毛さと子ちゃんと木村みどりちゃんと野崎さゆりちゃんの3人が
友達のところへ遊びに行った帰りに
世田谷区の寂しい町を手をつないで歩いていました。
3人とも小学校3年生の仲良しです。
あら、さと子ちゃんが何を見たのかギョッとしたように立ち止まりました。
みどりちゃんもさゆりちゃんもびっくりして、さと子ちゃんの見つめている方を眺めました。
すると道の真ん中に妙なことが起こっていたのです。
向こうのマンホールの鉄のふたがじりり、じりりと持ち上がっているのです。
誰かマンホールの中にいるのでしょうか。
マンホールのふたはすっかり開いていました。
そしてその下から黒いマントを着た男の人がぬーっと現れたのです。
その人は唾のひどい真っ黒な帽子をかぶり大きな眼鏡をかけ口ひげがピンと両方にはね上がっていて黒い三角のあごひげを生やしていました。
西洋悪魔みたいな気味の悪い人です。
その人はマンホールから這い出して地面にすっくと立ち上がると三人の方を見てにやりと笑いました。
そして黒いマントをコウモリのようにひらひらさせながら向こうの方へ歩いていくのです。
怪しい人だわ。
ねえみんなであの人の跡をつけてみましょうよ。
みどりちゃんが小さい声で言いました。
みどりちゃんの兄さんの俊夫くんは少年探偵団員なのでみどりちゃんもそういう探偵みたいなことが好きなのです。
さとこちゃんもさゆりちゃんもみどりちゃんの言うことは何でも聞く癖なのでそのまま三人で黒マントの男の跡をつけていきました。
黒マントはひどい原っぱを通って向こうの森の中へ入っていきます。
世田谷区のはずれには畑もあれば森もあるのです。
昼間ですから森へ入るのも恐ろしくはありません。
三人は怖いもの見たさでどこまでも跡をつけました。
森の中に一軒の古い西洋館が建っていました。
あらあれはお化け屋敷よ。
まあ怖いどうしましょう。
その西洋館は昔西洋人が住んでいたのですが今は空き家になっていてその辺ではお化け屋敷と呼ばれています。
三人は近くに住んでいるのでそれをよく知っていました。
夜西洋館の2階の窓から赤い人玉がスーッと出ていったのを見た人があるということでした。
また誰もいない西洋館の中から気味の悪い女の泣き声が聞こえてくるという噂もありました。
三人の少女が逃げ出そうとしていますとあっと驚くようなことが起こりました。
黒マントの男が西洋館の外側をスルスルと登っていくではありませんか。
はしごもないのにまるで蛇のように登っていくと2階の窓の中に姿を消してしまいました。
三人はぞっとしていきなり駆け出そうとしましたがその時西洋館の方からけたたましい叫び声が聞こえてきました。
西洋館の恐ろしい噂
それを聞くと三人とも思わず後ろを振り向きました。
2階の窓から白い顔が覗いていました。
その顔がキャーッと叫んでいるのです。
遠いのではっきりわかりませんが三人と同じくらいの年頃のオカッパの女の子です。
その子が今にも殺されそうに叫んでいるのです。
きっとあの女の子は西洋館の女の子だと思っていました。
その子が今にも殺されそうに叫んでいるのです。
きっとあの黒マントの男がいじめているんだわ。
三人とも同じことを考えました。
窓の女の子は何者かの手から逃れようとしてもがいていましたがとうとうずるずると後ろへ引っ張られて窓から消えてしまいました。
その時泣き声がぱったり止まったのは男に口を押さえられたからかもしれません。
三人は無我夢中で駆け出しました。
そして近くのめいめいの家へ帰ったのですが
みどりちゃんはすぐにこのことをお父さんと兄さんの俊夫くんに知らせました。
惜しいことをしたなあ。僕がそこにいればきっと手がかりをつかんだのに。
少年探偵団員の俊夫くんが残念そうに言いました。
みどりちゃんのお父さんが警察に電話をかけたので警官たちが森の中の西洋館に駆けつけて中を調べましたが
全くの空き家で人の影さえ見えないのでした。
西洋悪魔のような黒マントの男は一体何者でしょうか。
そしてあのかわいそうな女の子はどうなったのでしょうか。
赤いカブトムシ。江戸川乱歩。
朗読は吉村ジョナサンがお送りいたしました。