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月夜とメガネ
2024-10-05 17:04

月夜とメガネ

0106 241005 小川未明 月夜とメガネ :武田早絵
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おしゃべり本棚。
この時間は、福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
小川美名。月夜とメガネ。
町ものも、至る所、緑の葉に包まれている頃でありました。
穏やかな月のいい晩のことであります。
静かな町の外れに、おばあさんは住んでいましたが、
おばあさんはただ一人、窓の下に座って針仕事をしていました。
ランプの火が、あたりを平和に照らしていました。
おばあさんはもういい歳でありましたから、
目がかすんで、針の目どによく糸が通らないので、
ランプの火にいくたびも透かして眺めたり、
また、シワのよった指先で細い糸をよったりしていました。
月の光は薄青く、この世界を照らしていました。
生温かな水の中に、子達も、家も、丘も、みんな浸されたようであります。
おばあさんはこうして仕事をしながら、
自分の若い自分のことや、また遠方の親戚のことや、
離れて暮らしている孫娘のことなどを空想していたのであります。
目覚まし時計の音が、
カタ、コト、カタ、コトと棚の上で刻んでいる音がするばかりで、
あたりはしんと静まっていました。
おばあさんはぼんやりとして、
夢を見るように穏やかな気持ちで座っていました。
この時、外の戸をコトコト叩く音がしました。
おばあさんはだいぶ遠くなった耳を、
その音のする方に傾けました。
いま自分、誰も訪ねてくるはずがないからです。
きっとこれは風の音だろうと思いました。
風はこうしてあてもなく野原や町を通るのであります。
すると今度はすぐ窓の下に小さな足音がしました。
おばあさんはいつもに見ず、それを聞きつけました。
おばあさん、おばあさんと誰か呼ぶのであります。
03:02
おばあさんは最初は自分の耳のせいではないかと思いました。
そして手を動かすのをやめていました。
おばあさん、窓を開けてくださいとまた誰かが言いました。
おばあさんは誰がそういうのだろうと思って立って窓の戸を開けました。
外は青白い月の光があたりを昼間のように明るく照らしているのであります。
窓の下には背のあまり高くない男が立って上を向いていました。
男は黒い眼鏡をかけてひげがありました。
私はお前さんを知らないが誰ですかとおばあさんは言いました。
おばあさんは見知らない男の顔を見て、この人はどこか家を間違えて訪ねてきたのではないかと思いました。
私は眼鏡売りです。いろいろな眼鏡をたくさん持っています。
この町へは初めてですが実に気持ちのいい綺麗な町です。
今夜は月がいいからこうして打って歩くのですとその男は言いました。
おばあさんは目がかすんでよく針の目戸に糸が通らないで困っていた矢先でありましたから
私の目に合うようなよく見える眼鏡はありますかいとおばあさんは尋ねました。
男は手にぶら下げていた箱のふたを開きました。
そしてその中からおばあさんに向くような眼鏡をよっていましたが、
やがて一つのべっこうぶちの大きな眼鏡を取り出してこれを窓から顔を出したおばあさんの手に渡しました。
これなら何でもよく見えることはうけあいですと男は言いました。
窓の下の男が立っている足元の地面には白や赤や青や色々の草花が月の光を受けて黒ずんで咲いて匂っていました。
おばあさんはこの眼鏡をかけてみました。
そしてあちらの目覚まし時計の数字や小読みの字などを読んでみましたが、一字一字がはっきりとわかるのでした。
それはちょうど幾十年前の娘の自分にはおそらくこんなに何でもはっきりと目にうつったのであろうとおばあさんに思われたほどです。
06:00
おばあさんは大喜びでありました。
これをくれと言って早速おばあさんはこの眼鏡を買いました。
おばあさんがお金を渡すと黒い眼鏡をかけたひげのある眼鏡売りの男は立ち去ってしまいました。
男の姿が見えなくなった時には草花だけがやはり元のように夜の空気の中に匂っていました。
おばあさんは窓を閉めてまた元のところに座りました。
今度はらくらくと針の目戸に糸を通すことができました。
おばあさんは眼鏡をかけたり外したりしました。
それを棚の上の目覚まし時計のそばにのせて、もう時刻もだいぶ遅いから休もうと仕事を片付けにかかりました。
この時また外の戸をトントンと叩くものがありました。
おばあさんは耳を傾けました。
なんという不思議な晩だろうまた誰か来たようだもうこんなに
とおばあさんは言って時計を見ますと外は月の光に明るいけれど時刻はもうだいぶ更けていました。
おばあさんは立ち上がって入口の方に行きました。
小さな手で叩くと見えてトントンという可愛らしい音がしていたのであります。
こんなに遅くなってからとおばあさんは口の内で言いながら戸を開けてみました。
するとそこには十二三の美しい女の子が目をうるませて立っていました。
どこの子か知らないがどうしてこんなに遅く訪ねてきましたとおばあさんはいぶかりながら問いました。
私は町の香水製造所に雇われています。
毎日毎日白バラの花からとった香水を瓶に詰めています。
そして夜遅く家に帰ります。
今夜も働いて一人ぶらぶら月がいいので歩いてきますと石につまずいて指をこんなに傷つけてしまいました。
私は痛くて痛くて我慢ができないのです。血が出て止まりません。
もうどの家もみんな眠ってしまいました。
この家の前を通るとまだおばあさんが起きておいでなさいます。
09:00
私はおばあさんがご親切な優しい良い方だということを知っています。
それでつい戸を叩く気になったのであります。
と髪の毛の長い美しい少女は言いました。
おばあさんはいい香水の匂いが少女の体に染みていると見えて、こうして話している間にぷんぷんと鼻にくるのを感じました。
そんならお前は私を知っているのですかとおばあさんは尋ねました。
私はこの家の前をこれまでたびたび通っておばあさんが窓の下で張り仕事をなさっているのを見て知っています。
と少女は答えました。
まあそれはいい子だ。
どれそのおけがをした指を私に見せなさい。何か薬をつけてあげようとおばあさんは言いました。
そして少女をランプの近くまで連れてきました。
少女は可愛らしい指を出して見せました。
すると真っ白な指から赤い血が流れていました。
ああかわいそうに石ですりむいて切ったんだろうとおばあさんは口の内で言いましたが、
目がかすんでどこから血が出ているのかよくわかりませんでした。
さっきの眼鏡はどこへ行ったとおばあさんは棚の上を探しました。
眼鏡は目覚まし時計のそばにあったので早速それをかけてよく少女の傷口を見てやろうと思いました。
おばあさんは眼鏡をかけてこの美しいたびたび自分の家の前を通ったという娘の顔をよく見ようとしました。
するとおばあさんはたまげてしまいました。
それは娘ではなくきれいな一つの小鳥でありました。
おばあさんはこんな穏やかな月夜の晩にはよく小鳥が人間に化けて夜遅くまで起きている家を訪ねることがあるものだという話を思い出しました。
その小鳥は足を痛めていたのです。
いい子だからこちらへおいでとおばあさんは優しく言いました。
そしておばあさんは先に立って戸口から出て裏の花園の方へと回りました。
少女は黙っておばあさんの後についていきました。
12:04
花園にはいろいろな花がいまをさかりと咲いていました。
昼間はそこに蝶や蜜蜂が集まっていてにぎやかでありましたけれど、
いまははかげで楽しい夢を見ながら休んでいるとみえてまったく静かでした。
ただ水のように月の青白い光が流れていました。
あちらの垣根には白い野原の花がこんもりと固まって雪のように咲いています。
娘はどこへ行ったとおばあさんはふいに立ち止まって振り向きました。
あとからついてきた少女はいつのまにかどこへ姿を消したものか足音もなく見えなくなってしまいました。
みんなおやすみどれ私も寝ようとおばあさんは言って家の中へ入っていきました。
本当にいい月夜でした。
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