教科書を捨てる決断
おはようございます。 助産師の香里です。
このラジオでは、助産師である私が、揺るごく女性の体と心、仕事や子育て、日々の気づき、大好きな星にあった暮らし方をお話しします。
今日は12月3日水曜日。 皆さん今日は寒いですね。
風邪とかインフルエンザとかひかれてないですか?
断捨離をしているって話は多分昨日配信でしたと思うんですけども、捨てれなかったものを捨てたお話を今日もちょっとしていきたいなと思ってます。
今回捨てたものというのは、助産師、
当時助産婦でしたけど、助産婦学校に通っている時の教科書です。
もう実は30年前になるんですけども、
結構高いんですよね。お金の話を言うのもあれなんですけど、
教科書だけでやっぱ30万ぐらいかかった記憶があるのと、
やっぱりちょっと自分が身につけた時の教科書、すごい大事とかと思ってたわけではないんですけど、
なんだか捨てれなくて、本棚の中でもなかなかな場所をとっていたわけです。
その前の看護師になる時の教科書もすっごいあったんですけど、
もっとありましたもんだって、何かみたいなやつとかもいっぱいあったので、それも確か15年前ぐらいに処分をしてるんですよね。
いずれにしても医療ってすごい発展していますし、
私が助産婦になった時の常識が今の非常識なんて本当に山ほどあるわけです。
例えば、お産で入院してきた人には必ずルーティーンで、
肝調して、お股の毛の底毛、毛を剃ってっていうのは全員にやってたわけです。
それが大学病院で普通に関東圏でやってて、たぶん当時は当たり前なことだったんだと思うんですよね。
そういうの一つ取っても、今はもう絶対にやらないと思うので、そういうことが書いてある教科書なわけですよ。
いらないんですよね。
ただ、私の母も看護師だったんですけども、
母の大昔の教科書が一冊だけ残ってて、それはちょっと見たら楽しかったんですよね。
それも絶対ありえないんですけど、ガラスの注射器を消毒して使うとか、そんなの絶対今ないじゃないですか。
そういうのとかも書いてあって、なかなか歴史を感じて楽しかったので、それも思って悩んでたんですけど、
まあ、昔のことは今の私の思い出にあるしなとか、相当幅取ってるから、
新しい医療は、医療って本当に勉強し続けていかないといけないものなので、もういいかなと思って思い切って捨てました。
勉強し続ける重要性
なので、大事だって、大事ってその教科書を当時そういうふうに思ってたかどうかってちょっと疑問なんですよね。
これ大事なやつとかって別にあんまり意識はしてなかったと思うんですけども、やっぱり助産婦になった時にね、
私は国立の学校を出ているので、そして1年間通ったというか、全寮制だったので寮にいて世田谷に住んでたんですけど、
とにかく必死に1年間こらえて勉強してたんですよね。
先生に卒業する時にこう言われたんですよね、助産婦の勉強は一生ですって、ずっと勉強し続けてくださいって言われました。
私は当時はもう死ぬほどしたわって思って、本当にもう無理と思ったんですけども、
今30年働いてみて思うことは本当その通りだったなと、勉強し続けないと医療なんてもう絶対できないですし、
先生ありがとうございます、その通りでしたっていうことをお伝えしつつ、心に思いつつ教科書の方はありがとうございましたとさよならさせていただきました。
なので私にとったら助産師であるっていうことはアイデンティティの大事な一つになるんですけども、勉強は続けていきます。
古い情報、教科書ありがとうございましたっていう気持ちでした。
すごいすっきりしました、でも何で取ってたんだろうって今思うぐらいにさっぱりいたしました。
皆さんも奥底に眠ってる、なんか捨てちゃダメかなって一見思ってしまいがちなものはないですか。
片付ける時かもしれませんよ。
でもなんかあれです、写真とか撮っておいてもいいかなと思いました。
なんかその拍子とか、なんかこんなんだったなーっていうふうに思い浮かせるように、私はこう横から重ねたやつの横からの写真を撮って残しておきました。
はい、この先も私の断捨離は続きますし、この12月の配信チャレンジもちょっと頑張って続けていきたいなと思っています。
では皆さん今日もあったかくしてお出かけください。
では気をつけて行ってらっしゃい。