ICTと言語発達支援の関係
今回はですね、ご提供いただいた資料、平林留美さんの新版原稿の第6章をもとに、「言語発達支援とICT」というテーマを一緒に深く見ていきたいと思います。
この資料を読んでみると、言語発達支援とICTって、少し前までは対立するものみたいに考えられてた時期もあったみたいですね。
そうですね、そういう見方もありました。
そこから障害に対する考え方がどう変わってきて、今は合理的配慮っていう権利の話ですとか、あとはICTがどうやって多様なコミュニケーションを支えていくのか、具体的な技術の話までかなり深い議論がされてるんです。
なので今回の目的はですね、ICT活用のメリット・デメリットだけじゃなくて、それが権利とかコミュニケーションの尊重にどうつながっているのか。
そのあたりを資料からしっかり掴んで、皆さんの理解をアップデートできたらなと。
なるほど。
ICTって発達の邪魔になるんじゃないの?みたいな、そういう疑問持ったことありませんか?
ありますね。よく聞く話かもしれません。
ですよね。でもこの資料を読むと、またちょっと違った景色が見えてくると思います。
早速見ていきましょうか。
はい、お願いします。
まず最初のポイントなんですけど、そもそもどうして言語発達支援とICTが対立するものみたいに見られてたんでしょうか?
資料によるとですね、一番大きな理由は、ICTを使うことで、本来体とか頭を使って経験するはずの機械が奪われてしまって発達が妨げられるんじゃないかっていう心配があったからなんですね。
なるほど。
例えばそのAAC、つまり話す言葉を補ったり変わったりするコミュニケーション手段ですね、これを使うと帰って話せるようにならないんじゃないかとか、あるいはパソコンで文字を打つと手で字を書く練習にならないみたいに思われたり、そういう懸念があったようです。
なるほど、なるほど。確かにそういう声って聞いたことある気がしますね。でも実際はどうなんですか、そのあたり。
そこがですね、非常に興味深いところで、近年の研究を見てみると、その心配っていうのは必ずしも当たらないというか、むしろ逆の効果もあるんじゃないかっていうことがわかってきてるんですね。
例えばAACの研究ですと、ミラーさんたちのメタ分析っていう、たくさんの研究をまとめた分析があるんですが、
それによると、AACを使っても発話が妨げられることはなくて、むしろ促すケースが多いと報告されてるんです。
むしろ促す。
あと、読み書きに関してもテキストトゥスピーチ、つまり文章を音声で読み上げる機能ですね、これを使うことで読むのが難しい生徒さんの読解レベルが上がった、なんていう研究報告もあったりします。
ああ、そうなんですね。
支援技術全体で見ても、生徒さんの読み書き能力の向上に役立つっていうレビュー論文も出てますね。もちろん効果の出方っていうのは状況によって様々ですけども。
データを見ると単純にICTイコール悪とは言えないと、そういうことですね。
そうですね。
ただこの資料が本当に問題提起してるのって、その効果があるかないかっていう点そのものよりも、もっと根本的なところにあるような気がしたんですよね。
まさにそこなんですよ。たとえ何らかの影響がある可能性がゼロではないとしても、それを理由にして必要な人がICTを使うことを支援者が制限するっていうのは、これは人権にかかる問題だと資料は強く指摘してるんですね。
障害のモデルと支援のあり方
人権ですか。
情報を得たり活動に参加したりするっていうのは基本的な権利ですから、ここですごく大事になってくるのが、障害そのものをどう捉えるかという視点の転換なんです。
出ましたね。障害の個人モデルと社会モデルの話ですね。
昔ながらの考え方、つまり障害の原因はその人自身の心とか体の機能にあるんだとするのが個人モデル。
そうですそうです。従来の言語発達支援もある意味ではこのモデルに基づいていた面があるかもしれません。
なるほど。
それに対して社会モデルというのは、障害は個人の問題じゃなくて社会の側の仕組み、例えば多数派に合わせて作られたルールとか環境とか、そういうものが少数派の人たちにとってのバリア、つまり障壁を生み出しているんだと考えるわけです。
資料に挙げられてた老文化宣言の例がすごくわかりやすかったです。
聞こえない人を単に耳が聞こえない障害者と捉えるんじゃなくて、これが個人モデル。
手話っていう言語と文化を持つ少数派なんだと捉えて、音声中心の社会の側がバリアを作ってるんだと考える。これが社会モデル。
そうですね。その捉え方の違いは大きいですよね。
捉え方が変わると支援のあり方とか目的も変わってきそうですよね。
まさに。ちなみに言語発達支援でよく使われるICF、国際生活機能分類というのがありますが、
はい、ありますね。
これは両方のモデルを取り入れた統合モデルだって言われることが多いんですけれども、資料では西倉さんの指摘を引いて、ICFも本質的には個人モデルの考え方を引き継いでる部分があって、社会モデルへの完全な転換とまでは言えないんじゃないかという注意喚起もしていますね。
なるほど。そこは注意が必要だと。
社会的要因ももちろん考慮はするんですが、やはり中心は個人の機能にあるという考え方が根強いというわけです。
その社会モデルの考え方っていうのが具体的な権利としての合理的配慮につながっていくわけですね。
合理的配慮の実践
そうなんです。国連の障害者権利条約があって、日本もこれを批准しています。
それに基づいて国内法として障害者差別解消法もできました。
最近これが改正されて、民間事業者にも合理的配慮の提供が義務になったというのは大きな変化ですよね。
そうですよね。義務化されましたね。合理的配慮って、改めて聞くと具体的にはどういうことなんでしょう?
ポイントはですね、社会的障壁を取り除くことなんです。
その人の障害の状態そのものに注目するんじゃなくて、何がその人の社会参加を邪魔しているのかっていうバリアの方に目を向けて、それを取り除くための調整を行うということです。
ふむふむ。バリアを取り除く調整。
そして何より大事なのが、その配慮をどうやって決めるかというプロセス。
法律の基本方針にも書かれていますけど、一方的に提供する側が決めるんじゃなくて、本人としっかり話し合う、建設的対話を通じてお互いに理解し合いながら進めることが求められているんですね。
建設的対話。対話が重要となると、そもそも自分の意思を伝えたり、相手の言っていることを理解したりする、そのコミュニケーションの部分で困難があると、配慮を求めること自体が難しくなっちゃいますよね。
おっしゃる通りです。まさにそこが課題で。
だたらこそ、言語発達支援の専門家が、その人に合ったコミュニケーション手段を一緒に見つけて意思表明をサポートする、そういう役割がすごく重要になってくるんですね。
ええ、本当にそう思います。特に読み書き障害のように、外から分かりにくい、見えない困難を抱えている場合、その権利を守る上で大きな課題があります。
と言いますと?
例えば、入試での配慮。問題文を読んでもらったり、パソコンで回答を書いたりとか、そういう配慮が必要な人は確実にいるはずなのに、実際に受けているケースっていうのはまだまだ非常に少ない、という現状が資料でも指摘されていますね。
それは、どうしてなんでしょうか?何か自由があるんですか?
背景には、いくつか課題があるようです。まず、本当にその配慮が必要なのかどうかを判断するのが難しい、という点。
うーん、判断の難しさ。
それから、判断するための客観的なルール作りが難しいとか、じゃあ具体的にどんな配慮内容が適切なのか、それを決めるのも難しいとか、そういうことがあるみたいです。
なるほど。
ただ、ここで一つ強調しておきたいのは、法律上は、合理的配慮を検討するのに必ずしも医師の診断書とか障害者手帳の提示が必須とされているわけではない、ということなんです。
あっ、そうなんですか。
資料のノート57にもありますが、あくまで個別の状況と、本人がどんな社会的障壁によって困っているのか、そこに応じて判断されるべきだ、とされています。
これはまさに、社会モデルの考え方に基づいていると言えますね。
なるほど。診断書がないとダメって結構思い込んじゃってるケースもありそうですよね。
そうかもしれませんね。
そういう状況の中で、言語発達支援の専門家、例えば言語聴覚師さんとかには、どういう役割が期待されるんでしょうか。
資料では大きく2つの役割が整理されていますね。
一つは心理検査なんかも有効なツールとして活用しつつ、でもそれだけじゃなくて、当事者との対話を通して、その見えない困難が具体的にどんな社会的障壁を生んでいるのか、それを可視化して分かりやすく記述するということです。
可視化して記述する。
はい。検査結果はあくまで機能の一側面であって、本人の困り感と社会の側のバリアを結びつける視点がすごく重要になります。
なるほど。もう一つは?
もう一つは、例えば診断書の提出を過剰に求められたりするような場面で、ちゃんと当事者の権利を守る役割ですね。診断を受けるのにも負担が伴いますから。
そうですよね。
ICTと合理的配慮の関係
学校での個別の教育支援計画とか、他にも使える情報はあるはずなので、法律の趣旨を関係者にきちんと説明して、権利擁護につなげていくことも期待されていると思います。
なるほどな。では、その合理的配慮の具体的な手段としてのICT、支援技術アシスティブテクノロジー、ATの話に移りましょうか。
はい、そうしましょう。支援技術、ATですね。
ATというと、専門的な機器をイメージしますよね。例えば画面の文字を読み上げるスクリーンリーダーとか。
防火と呼ばれる音声補助装置とか、補聴器とか、あと体の動きが少ない人でもパソコンとかを操作できる外部スイッチとか。
はいはい。
そういった専門的な機器に関する情報を集めたデータベース、AT to EDっていうのがあることや、相談できる支援センター、例えば東京都障害者IT地域支援センターみたいな場所があること、それから公的な給付制度、補聴具とか日常生活用具とか、そういうことにも資料では触れられていますね。
ふむふむ。でも最近特に注目されているのって、もっと身近なものなんですよね。
そうなんですよ。それがスマートフォンとかタブレットに標準で入っている機能、いわゆるアクセシビリティ機能ですね。資料では通称アルテク、身近にあるテクノロジーと呼んでいます。
アルテク、なんか面白い呼び方ですね。具体的にはどんな機能があるんですか?
例えばスマホの画面読み上げ機能。これはもう視覚障害のある方のスマホ利用を一気に広げましたよね。
確かに。
あと音声認識。話した言葉を文字にしてくれるので、キーボード入力が苦手な人の文章作成を助けたり、会議の文字起こしなんかにも活用されています。
ほかにも資料の表を見ると、iPhoneとかiPad、つまりiOSには本当にたくさんの機能が標準で入っているんですよ。
へー。
見るのを助けるための画面拡大とか色の調整。読むのを助けるための読み上げとか辞書機能。
聞くのを助ける字幕表示とか周囲の音の認識。話すのを助けるテキストの読み上げ。
書くのを助ける音声入力とか視線入力とか。もう上げきれないくらい多様な機能が特別なアプリを入れなくても使えるようになっているんです。
すごいですね。これらがアクセシビリティ機能とかユーザー補助機能と呼ばれているものですね。
つまり多数派向けに作られた機器をより多くの人が使えるようにするための工夫ということか。
その通りです。そして、こういう機能が標準搭載されるようになった背景には、アメリカのリハビリテーション法508条っていう法律の影響が大きいんだと資料は指摘していますね。
法律の影響?
はい。アメリカの連邦政府がIT機器を購入する際の要件として、アクセシビリティ基準を満たすことを義務付けたんです。
その結果、アメリカ発の多くのICT製品にはアクセシビリティ機能が標準で搭載されるようになったと。
へー、なるほど。法律とか制度が技術によるインクルージョン、つまり誰もが参加できる社会づくりを後押ししてきた、そういう側面があるわけですね。
そういうことになりますね。大局的に見れば、法制度が技術的なインクルージョンを推進してきたと言えるかもしれません。
ということは、ICTって単に便利な道具っていうだけじゃなくて、障害者権利条約が目指している機械の平等とかアクセシビリティ、つまり情報へのアクセスしやすさ、これを実現するためのかなり重要な鍵と言えそうですね。
まさにそうだと思います。ICTは、例えば音と文字を相互に変換したりすることで、音とか文字が中心になっている今の社会の情報提供の偏りを補って、多様な人がアクセスできる形に変える力を持っていますよね。
ただ、ここで一つ注意したいのは、ICTが単に多数派のやり方を補うっていうだけだと、少数派の人はずっと合わせる側のままになってしまうということなんです。
なるほど。どういうことでしょう?
例えばですね、周りが紙の資料ばっかりの環境で、いくら手元に読み上げソフト、TTSがあっても、元になるデジタルデータがなければ結局使えないですよね。
確かに。
だから、技術だけじゃなくて、社会の仕組みとか制度そのものが変わっていく必要があるということです。
その具体的な例として挙げられているのが、教科書バリアフリ法なんですね。
はい、そうです。この法律によって、教科書のデジタルデータ提供が制度化されて、紙の教科書を読むのが難しい子どもたちも音声で聞いたり、文字を拡大したりできる音声教材を利用できるようになったんです。
アクセシビリティ機能の重要性
それは大きいですね。
ただ、この申請にも困難さの説明が必要なので、ここでもやはり言語聴覚師のような専門家の役割が重要になってきます。
ちなみに、今はマルチメディアデイジー形式など、いくつかの種類の音声教材が提供されているようですね。
なるほど。でも資料を読み進めていくと、話は単なるアクセス保障、その使いやすさの保障だけにとどまらないんですよね。もっと深い話になっていく。
ええ。
障害者権利条約の人をそのままの状態で保護する、つまりありのままを尊重される権利という視点が出てきます。
そうなんです。ここが非常に重要なポイントだと思います。
これは言語発達支援のあり方自体が、これまでの個人モデル的な発想、つまり訓練とかICTを使って多数派のやり方に合わせてもらうということからですね。
はい。
社会モデル的な発想、つまり当事者の方と一緒にその人にとって一番アクセスしやすい方法を見つけて、
さらに社会に対しても、もっと多様なコミュニケーションのあり方があるんだよと働きかけていく、そういう方向へとシフトしていく必要性を示唆しているんだと思うんです。
うーん。
もっと言うと、音とか文字がコミュニケーションの中心なんだっていう、その前提自体を問い直す必要があるんじゃないかということです。
前提を問い直す。その点で資料で紹介されている神山さんというディスレクシア当事者の方の言葉がすごく印象的でした。
ああ、神山さんの言葉ですね。
ICTをものづくりとか文字の調整に使ったり、読み上げで情報にもアクセスできるようになったと。これはアクセシビリティの保障ですよね。
ええ。
でも彼は言うんですよね。ウェブの文字情報は読み上げで知ることはできる。でもそれは自分の第一言語じゃないって。
うーん、第一言語じゃない。
むしろパッと見て視覚的に理解できる画像とか動画で情報を得たいんだと。
この第一言語っていう考え方、非常に示唆に富んでいますよね。つまりICTっていうのは多数派の言語である文字情報へのアクセスを助けるだけじゃなくて、その人にとっての第一言語。
それが例えば資格情報かもしれないし、他の何かかもしれない。それを尊重して活用する可能性も持っているんだということです。
なるほどな。
ですから今後の支援というのは、学習とか表現の手段として文字が中心なのか、資格情報が中心なのか、あるいは他の何かなのか、そういった個々の特性をしっかり考慮する必要がある。
そうなると、もはや言語発達支援という枠組みを超えて、人間の情報コミュニケーションの多様性全体を視野に入れたコミュニケーション発達支援へと進化していくべきなんじゃないかと資料は結論づけているんですね。
代替手段の影響
いやー深いですね。とはいえですよ、現実問題として、やっぱり読み書きを別の方法で代替するなんて、なんか楽してるだけじゃないの?とかそういう見方とか、あとやっぱり発達への影響を心配する声って根強いと思うんですよ。どうなんでしょうそのあたりは。
その点についても、資料はそれは誤解だとかなり明確に述べていますね。
誤解。
だいたい手段を使う学びも決して楽なわけではないと。例えば読むことについて考えてみると、文章を理解するのって単に文字が終えればいいわけじゃないですよね。
まあそうですね、語彙力とか背景知識とか。
言葉の知識、背景知識、文の構造の理解とか、いろんな力が必要です。文字で読む人がたくさんの読書経験を通して読解力を育んでいくように、音で読む人、いわゆる音声ユーザーも、ただ単に音声を聞いているだけじゃなくて、音声を通して言葉にたくさん触れて、それを自分の様々な経験と結びつけながら理解を深めていく、そういうプロセスが必要なんです。
それは、読まないんじゃなくて、音で読むっていう経験を重ねていくことなんだと資料は言っています。聞く読書のためのアプリも今はいろいろありますしね。
確かに。書くことについても、キーボードとか音声入力を使えば、すぐにすらすら作文が書けるようになるってわけじゃないですもんね。
ええ、もちろんです。でも、手書きの負担、例えば漢字を思い出せないとか、書くのに時間がかかりすぎるとか、そういう負担が減ることで、内容を考えたり、どういう構成にするかとか、そっちに集中しやすくなる。
ああ、なるほど。
結果的に、書くっていう活動そのものに参加できるようになって、できたっていう成功体験にもつながりやすくなるわけです。
うーん。
それに、代替手段を使うからといって、手書きが完全になくなるわけでもないですよね。場面に応じて使い分ければいいんです。例えば、下書きはパソコンでやって、継承は手書きにするとか。
ああ、そういう使い分け。
アクセシビリティと権利の重要性
短いメモは手書きだけど、長いレポートはワープロで書くとか、そういう柔軟な使い方ができるはずです。
なるほど。要は、目的とか状況に応じて、自分に合った手段を選んで活動に参加できるようにする。それこそがアクセシビリティが保障しようとしている機械の保障なんだということですね。
まさにその通りです。だから、資料が強く訴えているのは、アクセシビリティを保障することと、例えば手書きの機械が減ることを天秤にかけるべきではないということなんですね。
天秤にかけるべきではない。
そもそもアクセスできなければ、参加する機械すらないわけですから。もし手書きの練習がその人にとって必要なのであれば、それはリハビリテーションとか別の訓練として別途を行えばいい。
なるほど。
日常生活での活動へのアクセス保障と特定の機能訓練っていうのは、きちんと分けて考えるべきで、アクセシビリティの方は基本的人権の問題なんだと、そういう視点が重要だと資料は締めくくっています。
いやー、今回は言語発達支援とICTをテーマに提供いただいた資料をかなり深く掘り下げてきましたけど、当初の対立っていう見方から始まって、障害感の転換、それから合理的配慮という権利の話、そしてICTがたくアクセシビリティと、さらにその先の多様なコミュニケーション尊重の可能性まで、本当に視野が広がるというか、考えさせられる内容でしたね。
そうですね。特に障害を個人の中の問題として捉えるんじゃなくて、社会との関係性の中で捉える社会モデルへの視点の転換と、一方的に支援方法を決めるんじゃなくて、当事者の方との対話を通じて、その人にとっての第一言語も含めたコミュニケーションを尊重していくっていうことの重要性が強く印象に残りました。
本当にそうですね。最後に今回のこの探求を踏まえて、リスナーの皆さんにこんな問いを投げかけて終わりたいなと思います。
あなたの周りで当たり前とされているコミュニケーションの方法とか情報の伝え方ってありますよね。それがもしかしたら誰かの参加を難しくしている壁になってしまってはいないでしょうか。
そしてICTのような技術がその壁を取り除くだけじゃなくて、もっと多様な当たり前が共存できるような社会を作るその鍵になるとしたら、どんな可能性が見えてくるでしょう。
そんなことをちょっと立ち止まって考えてみる。そんなきっかけに今回の話がなれば嬉しいなと思います。