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#43魔法“少女”にはならないで。他者の幸せを願って、他者を呪わないために
2026-01-14 07:14

#43魔法“少女”にはならないで。他者の幸せを願って、他者を呪わないために

今回の放送では、「魔法“少女”にはならないで」という少し印象的な言葉を手がかりに、誰かを強く想うことと、自分をすり減らしてしまうことの境目について静かに考えていきます。
『まどか☆マギカ』の魔法少女の契約を例に、他者の幸せを願うという美しい行為が、まだ自分が満たされていない段階では、思わぬ苦しさや反転を生んでしまうかもしれない、という視点を共有します。
思春期や若い時期は、まず世界を信じ、愛を受け取る練習の時間。愛は先に差し出すものではなく、育ち、あふれてからでいいのだと語ります。
推し活や応援にも触れながら、尊い願いが呪いに変わらないために大切な「余白」と「自分を満たすこと」を、やさしい言葉で見つめ直す放送です。

画像拝借元
https://www.madoka-magica.com/anime/still/
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はい、今日のテーマは、魔法少女にはならないで。他者の幸せを願って、他者を呪わないために。
誰かを強く思うことと、自分をすり減らしてしまうことの、その境界についてのお話です。
最近、「愛は溢れてくるものだ。」というお話をしました。
そのことを考えていた時、ふと、窓かまぎかの魔法少女の契約を思い出したんです。
願いを一つ叶えてもらう代わりに、魔法少女になる。もしそこで、他者の幸せを願ってしまったら、それはとても美しく見えるけれど、同時に、とても危うい選択なんじゃないか、そう感じました。
少女や少年の時期って、本当は、愛を与える前に、まず、愛を受け取る時間なんだと僕は思っています。
世界を信じる練習をして、自分が満たされていく、ということで、ようやく、他者へ向かう準備が整う。
でも、魔法少女は、その段階を一気に飛び越えてしまう。まだ溢れていない愛を、先に差し出してしまう。
そうすると、他者の幸せを願ったはずなのに、自分はどんどん空っぽになっていく。
満たされない苦しさは、やがて反転して、呪いの形をとってしまうのかもしれません。
はい、少し補足していければと思うんですけど、
まあ、よくできてるなというか、さすがだなっていうことをちょっと思いつつ、
やっぱり、キューベがすごいいい立ち位置だなというか、さすがよくわかってるなというか、
キューベが契約するのって、思春期の少女じゃなきゃいけないんですよね、あそこって多分。
大人じゃダメなんですよね。っていうのがキューベ、アニメの中でも語られていると思うんですけど、
その思春期の少女が持つ爆発的なエネルギーっていうのがすごい重要というか、
それを得るためにキューベは契約してるとは思うんですけど、
あの年頃、無限に溢れてくる感情というか、いい面も悪い面も、よしよしではないですけど、
制御されていない、爆発的なエネルギーっていうのがあるなと思って、
それを大人になると、どうしても自分を守る術だったり、制御だったり、
いろいろな自分をコントロールできる術っていうのを学んでくるはずなんですよね。
大人になるにつれて、歳を重ねるにつれて。
それができないからこそ、そのエネルギーが欲しいっていうキューベだと思うんですよね。
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だからこそ少女と契約したいんですよね。
そこがちょっとずるいなと思いつつ、さすがだなと思ったというか、
僕もキューベの立場だったら確かに、エネルギーを効率的にじゃあ得ようってなったら、
確かに僕も少女と契約するかってはなるけど、
キューベは確かによしやしっていうか善悪のよしやしがないところにいる方なので、
人間が勝手に決めてるだけなんでそれもあれなんですけど、さすがだなと思いました。
だからこそどうしても未熟さゆえの反転してしまう思いとかっていうのも上手く使ってるんだなと思いつつ、
だから僕からしたらもし契約をするなら大人になってからがいいなと思いました。
しかもちゃんと契約内容を聞いてからキューベと契約するなっていうのを思ったっていうか、
どうしても他者の願い、未熟な段階で相手の他者の願いっていうのを、
幸せを願ってしまうっていうのはどうしても自分の心が空っぽになってしまうというか、
ただでさえ喉が渇いているのに他者に水を渡す行為なのかなっていうふうには思ったということです。
ちょっと余談なんですけど、さやかちゃんが反転してしまうことに関して、
昨今言われてる推し勝つっていうものに対しても少し重なる部分が僕はあるなっていうふうに思ったんですよね。
誰かの幸せを願って全力で愛を注ぐこと。
それってすごい尊いというか、僕は成長するにあたってもそうですし、
人間として必要な部分だと思うんですよ。
だけど自分がまだ育ちきっていない段階で推しと言われるものに愛を全て差し出してしまうと、
自分が思っていた願いが叶わなかったときに、
推しに対しての苦しさが愛から憎しみだったりいろんなものに反転してしまう可能性があるなって僕は思ったんですよね。
推しの幸せを願っただけなのにどうして満たされないんだろうっていうような、
そういった思いが誰かを攻めるというか、攻撃する気持ちに変わってしまう時があるのかなって思ったんですよね。
だからこそ、それが悪いとかいいとかじゃなくて、もちろん応援することってすごい素晴らしいことだと思うので、
愛はまず自分の中で育てていってほしいなというか、まずは余白を残していってほしいなというか、
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推し勝つが、自分が生きる力を枯渇というか、失わない形で続けられたらいいんですよね。
自分の全てを渡し続けちゃうと多分自分が枯渇しちゃうというか、苦しいなって思っちゃう時があるのかなって思ったんですよね。
だからこそ、その分の余白を残していってほしいなって思ったというか、
何様だよって思うかもしれないですけど、その尊い願いっていうものがどうか呪いに変わらないでほしいなっていうか、そう思ったっていうお話でした。
じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
誰かを思う前に、まず自分を満たされていていい。
急いで魔法少女にならなくていい。
愛は溢れてからできっと間に合います。
今日もあなたの願いが優しいままでありますように。
はい、今日の放送はここまでにしたいと思います。
それじゃあ、またね。
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