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はい、今日のテーマは、がんばらない。くらいがちょうどいい、ということについてお話ししていきます。
僕は特にそうなんですけど、何か気づいたら、いろいろ頑張ってしまうというか、
自分ではそんなつもりがないのに、何かと周りからは頑張ってるねみたいな、自分はそんなつもりないんですけどっていう感覚が僕はあるんですけど、
なんか気づいたら頑張ってしまう。そんな頑張らなくていいのにっていうか、何をそんなに頑張る必要があるんだろうというか、
なんか頑張ってない自分は価値がないんじゃないかというか、
なんか深層心理というか、胸の奥の方では、なんかそういう頑張ってないといけないんじゃないかみたいな、その脅迫的な思いがあるような気がしたんですよね。
ただ、本当にそんなに頑張る必要があるんだろうかというか、むしろそんなに頑張らなきゃいけないことって何があるんだろうかっていう気がしたんですよね。
今、春、初夏ですけど、お花だったり虫だったりいろんな生き物たちが、ここぞとばかりに生きるということを謳歌していると思うんですけど、
その中でもちろん精一杯生きていると思うんですけど、そういった生き物たちっていうのは頑張って生きているんだろうかというか、
頑張って生きているって、お花とか虫さんとかっていうのは頑張って生きることってあるのかなっていうのをちょっと疑問に思ったんですよね。
なんで人間だけこんなに頑張って生きないといけないんだろうというか、何を頑張らされてしまっているのかなっていうか、
何かそういう価値のあるものを提供しなきゃいけないとか、何か人の役に立たないといけない、何か自分が生きていていい理由っていうのを頑張らなきゃいけないような気がしてしまったんですよね。
頑張って生きないといけないっていうか、そういう頑張って生きないといけないっていうことに、どこか染められてしまっているというか、
そんなに頑張って生きる必要ってあるのかなっていうか、もちろん生きるっていうことを指定しているわけではなくて、
じゃあみんな、生きなくていいじゃんっていうわけではなくて、僕がここで言いたいっていうのは、頑張って生きる必要があるのかなっていうことをちょっと、
僕自身ちょっと疑問に思ったというか、何をそんなに僕は頑張って生きているんだろうかというか、そんな頑張って生きる必要というか、頑張って生きなくてもいいんじゃないかなっていうか、
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もちろん生活を保たないといけないとか、働いたりとかっていう部分ももちろん人が人として生きていくためにというか、社会で人が生きていくためにっていうのはしないといけないことっていうのはもちろんあるし、
そのために頑張ったりとかっていうふうにしないといけない場面ももちろんあると思うんですけど、
ただ、その常日頃というか、毎時間この生きている瞬間すべてを頑張る必要っていうか、頑張る…頑張らなきゃいけないのかなっていうか、なんかっていうのをちょっと思ったんですよ。
で、そのじゃあ頑張るって何だろうなっていうのを、僕の中で考えた時に、力が入ることだなって思ったんですよ。何事に関しても力が入るっていう。もちろん力が入ることが良い悪いって言っているのではなく、
そんなに毎秒毎秒その力を入れていけなくてもいいんじゃないかなというか、何かその自分の決断とか自分がしなきゃいけないこととか自分がすることに関して全てに頑張らなくていいんじゃないかっていうか、
そのじゃあ頑張らなくていいって、そのじゃあ実際にどうしたらいいんだろうかっていう、なんか悩みも出てくるなぁと思ったんですよね。僕が実際にじゃあ頑張らなくていいよって言われたら、じゃあどうしたらいいんだろうってなっちゃったんですよ、自分自身に対して。
その、じゃあ頑張らなくていいって、じゃあ具体的にどうしたらいいんだろうかなみたいな感じになった時に、やっぱ頭で考えすぎてんのかなっていうのをちょっとやっぱ思ったんですよ。
いろいろその、頭で何か考えて、こうしようああしようとかっていうのももちろんもうこの一つ一つがもしかすると頑張ってしまっている状態なのかなというか、なんかもっと何も考えなくていい、
まあ考えた方がいいんですけど、考えた方がいいっていうのもあれですけど、なんかそんな頑張らなくていい、頑張って考えなくていいっていうか、なんかむしろもっとぽっと出てきた考えとかっていうのを大切にした方がいいような気もしたんですよ。
もちろんその考えるなって言っているわけではなくて、もちろんそのいろいろな生きていくわけで考えたり、何か物事を成したりっていうか、その何かすることに関してのその計算をしていかなきゃいけない場面ももちろんあるとは思うんですけど、
ただ、そんなに考えて頑張る必要ってあるのかなっていうか、もっと肩の力を抜いて頑張らなくていいんじゃないかなっていう気がしてしまったんですよね。
だからこそなんかその、頑張らないくらいがちょうどいいのかなって思ったんですよ。その頑張らない、そのどうしても頑張ってしまうんだったら、なんかその言葉として頑張らないっていうのをその、なんていうのかな、言葉として持っているっていうだけでもいいのかなって思ったんですよね。
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なんかどうせ頑張っちゃうんだったら頑張らないっていうのを胸にそのつけておくことによって何かちょっとブレーキがかかるんじゃないかなというか、走っていってしまうことに関してというか、もっと歩いていっていいんじゃないかっていうか、なんかそんなに力を入れなくてもいいんじゃないかなっていうのを感じたんですよね。
じゃあそのなんかでも頑張らなくていいって聞くと、僕の中ではじゃあなんか怠けていいんですかとか、なんか頑張らないってなんかその周りの目とか気にならないっていう風になると思うんですけど、まあやっぱその気になりますよねと思ってて、多分これも頑張らなくていいっていうのはそのなんか自分の中でのその基準っていうのをもう少し下げてもいいのかなっていうか、そのもう少しその頑張らなくていい場面っていうのを増やしていってもいいのかもしれないというか。
その常日頃頑張っていけないわけじゃないっていうか、もっとこう頑張らない、頑張らないくらいがちょうどいいなくらいのこのスタンスを持ち続けるっていうか、その全てに対して頑張らないを適用するんじゃなくてというか、そのある程度その歩いていくスタンスというか、自分の人生で歩いていくスタンスはまあ頑張らないくらいがちょうどいいよねくらいのスタンスの方がもしくすると頑張ってしまう人たちに対して、
というか、なんか常日頃頑張って生きている私たち人に関してはそれくらいがちょうどいいんじゃないかなっていうのを感じたんですよね。
なんかさっきその生き物って頑張って生きようとしてるのかなっていう話を話してたと思うんですけど、それっていうのもその水って頑張って何かをしようとしてるのかなってちょっと考えたんですよ。
でも水って生き物じゃないから何言ってんですかみたいな思われるかもしれないですけど、でもなんか水のように流れるように頑張らなくていいっていうか、そのなんか水は頑張って上に登ろうとしないんですよね。
だからなんていうのかな。
水のように生きられたらどれだけいいかなっていうのを感じたんですよ。
だから水のように頑張って何かをしようとしないっていうか、頑張らなくていい、水のように流れていこうっていうか、だからって流されていいわけではなくてっていうか、
そのどこかにちゃんと流れるようになってる水のようにあるというか、その水は頑張って流れようとしないっていうか、だからこそ僕たちも頑張って生きようとしない方の方がもしかすると結果的に近道になっていくんじゃないかなっていうような気がしたっていう。
だから頑張らない、頑張らなくていい、もしかするとそれくらいがちょうどいいんじゃないかなっていうのを感じた今日この頃でした。
ここまで聞いてくださりありがとうございます。
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それじゃあまたね。