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はい、今日はテーマについて話すっていうわけではないんですけど、 ちょっと思ったことを話していこうかなというふうに思います。
今日は、「大丈夫」ということについてお話ししていきます。
僕たちは、何と言うか、何かをしなきゃいけないとか、何かを未来に不安だったりとか、
何かして、何もしないことへの不安というか、頑張らなきゃいけないよねっていうのが、僕の中では結構あるのかなと思ったんですね。
みんなもそういうのがあるのかなとも思ったし、
未来に対して不安なこととか、先行ってどうなっちゃうんだろうっていうふうに、何か怖いなとか、そういう恐れっていうのをもしかしたら抱いてしまう時なのかなっていうのをちょっと思ったんですよ。
ただ僕が言いたいのは、それも含めて大丈夫というか、
大丈夫っていうのは何もしなくていいのかっていうわけとかそういうわけではなく、とりあえず大丈夫ですっていうこと。大丈夫。本当に。
オールオッケーというか、大丈夫。大丈夫だよっていうことというか、
やっぱその人としての価値というか、何かをしなきゃいけないっていうのはもちろんわかるし、何もしない自分なんて価値がないんじゃないかとか、
っていうふうになってしまう時もあると思うんですけど、でもそうじゃなくてというか、
人と人がというか、人って人じゃなくてもそうなんですけど、
その人の価値とか、何かその人自身を認めるっていうか、分かち合うとかそういう時って、
その人の認める部分って何かこうできるから、
何かこういうメリットがとかそういう部分じゃないんですよね。その人の価値って言われているものっていうのは。
だから行動とかそういう言葉があるとか何かがあるからその人に価値があるんじゃないっていうか、
本当にはもう究極的な話しちゃうと存在そのものに価値がある。もうそれだけに価値があるんですよね。
この前その大犬のフグリの話をしたと思うんですけど、その大犬のフグリって、
大犬のフグリの花すごい僕は美しいなと思ったんですよ。
で、その大犬のフグリって言葉の花の意味というか、花の名前の意味ってその犬の陰能っていう意味なんですけど、
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でもそうだったとしても大犬のフグリっていう名前がついてるけどその花自体の美しさって変わらないんですよね。
だからその名前でとかその花の色とか花自身の行動というかそれ自身で価値があるわけじゃない。
本当にもうただそこに花があるだけで価値がある。花が咲いているだけの美しさだけがある。
それだけでそこに存在してくれるだけでいいっていうか、
そのだからこそ人間もそうなのかもしれないなというか、
人間がじゃあ例えば誰かのために役立たなきゃいけないとか、何かしなきゃいけない、何か言葉を出していかなきゃいけない、何か働かなきゃいけない、
何かを自分の価値を示さなきゃいけない、何が頑張らなきゃいけない、そうじゃないっていうかもう大丈夫なんだよっていうか、
大丈夫。もうそこに存在しているだけで何というかもう素晴らしいというか、
もう行動とか言葉とか力とかそういうのじゃないんですよね。
もう存在にあるんですよ価値って。だから大丈夫だよっていうことを僕は言いたいなって思ったし、
何ていうかそんな、もちろんそのいろいろね人にはあると思うし、何か僕がしてあげられることっていうのも、
もしかしたら本当に少ないかもしれないけど、僕はこうやって言葉を紡いだり音声を取ったりしていく中で何か、
うーん、そういう目の前にある暗い見っていうのを少しでも
あ、違う見え方もできるんだみたいな、そういうのをちょっとやっていきたいなと思ってるので、
だからこそ大丈夫っていうことの問題だよっていうか、問題なんてなかったんだというか、
むしろもうそこにあるだけでいいんだっていうようなことを思っていたという。
はい、今日この頃でした。
今日はここまで聞いてくださりありがとうございます。
それじゃあまたね。