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はい、今日のテーマは、永遠に走り続けられると思っていた、青い春、
頑張り続けることが正しいと信じていた頃と、立ち止まることを覚えた今についてのお話です。
それでは、いきます。
学生の頃、全力で走り続ければ全てうまくいくと本気で思ってました。
頑張れば報われる。休む暇なんていらない。無理をしてでも走り続けなきゃいけない。
大学生の頃の口癖は、無理してなんぼでした。
でも、マラソン選手だって永遠には走れないのに、どうして自分だけは走り続けられると思っていたんでしょうね。
気づけば、立ち止まることも、その場を楽しむことも、すっかり忘れていました。
子供の頃はお菓子売り場のおまけにワクワクして、アニメの続きが楽しみで、ただそれだけで心が満たされていたのに、
大人になるにつれて、間違えないように、迷惑をかけないように、期待に応えられるように、
そんなことばかり考えて、その人生の中に自分自身がいなかった。
置いていかれていたのは他でもない、自分でした。
だから走れなくなったのかもしれません。
今は立ち止まってもいいと思っています。
休んでもいい。歩いてもいい。早くなくていい。
それが私のペースだから。
はい。えー、ちょっとね補足していければと思うんですけど、その…
まあ、なんて言うんですかね。続けることってすごいことだと思いますし、
どうぞっていう感じはあるんですけど、
頑張り続けることっていうのが美徳のように語られる部分もあると思うんですよね。
何、絶対続けるんだみたいなとか。
ただ、その頑張ることっていうことに関しても、
頑張るっていう中に自分がいないっていう風になってしまうと、
心と体ってどうしてもついていけないというか、
必ず置いてけぼれになっちゃうかなって思うんですよね。
頭ではまだ大丈夫、まだいけるっていう風に思ってたり言ってたりしたとしても、
体だったり、心って結構限界の部分があるのかなと思って、
肩がこわばってたりとか、歯を食い縛ったりとか、
呼吸がどうしても浅くなってたりとか、
体に意識を向ければ、あ、こんなにサイン出してたんだというか、
もう体が素直に反応してくれてるんだなっていうことが多々あると思うんですよね。
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だからこそ、時々自分自身に聞いてあげてほしいんですよね。
頭にもちろん聞くこともいいんですけど、
体とか心に、今はどうしたい?だったり、走りたい?それとも休みたい?っていうような、
今の自分はどうしたいかっていうことを大切にしてほしいなと思いまして、
僕もそういったものをすごい大切にしたいなと思うんですよね。
だからこそ、今は走っていかなくてもいいんだなとか、
今は歩いていこうっていうような、
でもそれって交代っていうことじゃなくて、
ちゃんと生きているっていう証なのかなと思うんですよね。
走らなくてもいいし、立ち止まったっていいし、
だからこそ、社会や誰かのペースじゃなくて、
あなた自身の、僕自身のリズムでいいのかなっていうふうに思うんです。
その風だったり水が無理なく流れていったり吹いていくように、
優しさだったり愛も自然にあなたのもとへ流れていったりもするのかなっていうふうに思ったりもします。
なので、何というか、無理に…無理してたんでしょうね、きっとね。
学生時代はね。
でもそういうふうに生きればいいんだみたいな、
ある意味でどうしても青い春の時って視野強策になりがちだと思うんですよね。
一歩引けないっていうか、でもそれが僕は美しいというか、
それこそが青さになるのかなと思うんですよね。
そのまっすぐさとかっていうのが。
だから大人が視野強策っていうのはちょっと冷めすぎかなと思っちゃいますけどね。
なんかそのまっすぐ進んでいくんだっていう熱量とかエネルギーってやっぱり、
その青さだからこそ出せるのかなっていうふうにも思ったりもしました。
じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
どうか急がなくていい。あなたのペースであなたの人生を歩いてください。
それだけで十分です。
今日の放送はここまでにしたいと思います。
それじゃあまたね。