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はい、今日は何もないなんて、ないっていうことについてお話ししていこうかなっていうふうに思います。
何もしないをする。ふうさんの言葉をふと思い出しました。
きっと日々の中で心の威迫が必要なんだと思います。
でも、それはただ何もせず止めることではなく、小さな音差をそっと鳴らすような、自分を整える時間なのかもしれません。
そんなことを考えていたとき、X・旧ツイッターで田舎の風景が流れてきました。
青空、遠くの山陰、風のそよぐ音。何もないけど、こういう場所を歩きたいな。そう思ったけれど、本当は何もないなんてことはない。
そこには空気があって、匂いがあって、自然が息づいていて、虫も鳥も、動物も生きようとしている。
私たちが当たり前だと思いすぎて見過ごしているだけで、本当は大事なものばかりが集まっている世界。
その風景は静かに語りかける。当たり前を忘れないでね、と。
大切なものは文字でも形でもなく、一人一人の心の中にある世界だよ、と問いかけるようでした。
だから本当に何もないとは、光も風も感じられない真っ白か真っ黒な世界のことなのかもしれません。
私たちが好きだなと思う場所には必ず心のどこかに理由がある。その奥には感じたいという願いが息づいています。
何もないなんてことはない。あなたの心の中にもちゃんとある。
だから今日は少しだけゆっくりしてぼーっとしてみましょう。何かがある世界で感じながら生きていきましょう。
はい。ちょっとね、このことについて補足していこうかなというふうに思います。
画面とか、目を最近というかこの世界で生きている中でだと、どうしても目を重点的に使うことって多いなっていうふうに感じていて、
でも目だけだとどうしても何もないっていうのを感じるときにちょっと難しいなっていうふうに思っていて、
ただ、何もないなっていうふうに感じるときっていうのも心が少し疲れているサインだったりもするのかなと思っていて、
人って余裕がなくなってくるとどうしても景色だったり、こんなとこにこういうのあったんだっていう、
なんとなくの彩りっていうのが見えにくくなってくるのかなと思っていて、
本当は世界は何も変わってないのに心のピントが合わなくなって、どうしても空白に見えてしまうのかなと思っていて、
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空白というかなんというか、曇りというか視野を狭めてしまっているのかなっていうふうに思うんですよね。
でも、ただその空白って実は悪いものじゃないと思っていて、
なんていうか、言葉になっていない感情とかそういったものがゆっくり満ちてくるっていうのを気づくと、
あなたを癒す小さな目のようなものがそこに潜んでいたりもするのかなっていうふうに思ったりもします。
またちょっと田舎の風景に惹かれるっていうのも、
その静けさだったり余白の中で心が自然に呼吸を取り戻すっていう意味合いもあったりするのかなと思っていて、
なんていうか、人は静かな場所に行くと自分の内側の小さな声がふっと聞こえやすくもなったりするのかなっていうふうに思ったりもします。
何もしない時間っていうのは心の温度だったりっていうのを戻す働きがあったり、
スマホを手放してぼーっと空を見るとか、風が吹けば風に吹かれてみるとか、
感情が動けばそのまま感じてみるっていうような、
そんなシンプルなことで心は勝手に整っていったりするのかなと思ったりするんですよね。
田舎の景色がいいなって思うのって、きっとそういう言葉とか看板とか広告とか他人から押し付けられる言葉っていうのが全くないっていうのが、
強いという表現はあれですけど、
なんか綺麗に見えるような感じがするんですよね。
その、なんか、
何もないがないけど何もないがあるっていうか、何もないがあるっていう方もあれですけど、
本当になんか、ただそこにあるっていう。
だからこそ大事なことって何かをするんじゃなくてどう感じるかだと思うんですよね。
この話もそうですけど、
だからこそなんていうか、
僕もそうだしあなたの世界にもちゃんとあるっていう、
それに気づくための時間だったり余白だったり、
そういう間を空けるっていうことが今はちょっと難しくなっているのかなっていうふうには思ったりします。
じゃあ最後に一言言って終わりたいと思います。
どうか今日は少しだけ心の余白を作ってあげてください。
そこにはあなたが忘れていた優しい世界がちゃんとあります。
今日はここまでにしたいと思います。
それじゃあ、またね。