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#149「こぎみゅん」は人の本質を表している
2026-05-28 06:47

#149「こぎみゅん」は人の本質を表している

本内容では、サンリオのキャラクター「こぎみゅん」を通して、人が本当に求めているものについてやさしく考察しています。 こぎみゅんは小麦粉の妖精で、本来ならパンやパスタ、うどんなど、さまざまな姿になれる存在です。 それでも彼女は、「おにぎり」が何かも知らないまま、おにぎりになりたいと願っています。 その姿に、人間もまた「何にでもなれる可能性」を持ちながら、言葉では説明できない“本当に求めているもの”に惹かれて生きているのではないかと重ねています。 特に印象的なのは、「握られる」という感覚です。 小麦粉はこねられたり形を変えられたりはしても、そのまま手で優しく握られることは少ない存在です。 だからこそ、「条件付きではなく、そのまま受け止めてほしい」という愛やつながりへの願いが、おにぎりになりたいという夢に込められているのかもしれません。 人が本当に求めるものは、能力や可能性ではなく、“そのまま受け入れられること”なのではないか――。 そんな人間らしい温かさを感じさせてくれる内容となっています。 画像拝借元 UnsplashImmo Wegmannが撮影した写真のImmo Wegmannが撮影したイラスト素材 BGM拝借元 【BGM】ノクターン第2番 変ホ長調 Op.9-2(ショパン) https://pocket-se.info/archives/1495/ ポケットサウンド/効果音素材 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/67c149f59dcfb50335375e4a

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00:05
はい、今日のテーマは、こぎみゅんは人の本質を表している、ということについてお話ししていきます。
皆さんは、こぎみゅんというサンリオのキャラクターをご存知でしょうか? このこぎみゅんというキャラクターは小麦粉の妖精さんなんですが、
この子の夢はおにぎりになることなんですよね。 うーん、なんかすごい不思議ですよね。小麦粉がおにぎりになりたいんだっていう、
米じゃないところが僕は、味噌だなっていうふうに思っていて。 その、ただ重要なポイントが一つあって、このこぎみゅんというキャラクターは、
小麦粉でありながらおにぎりになりたい。 でも、本当のところ、おにぎりというものがどういうものかわからないということなんですよね。 そうなんですよ。
ここがすごい、ここもすごいポイントだなと思ってて。 その、小麦粉がおにぎりになりたいって聞いたときに、
あ、これ人じゃんって思ったんですよね。 あのもう、そっというか、もうこれ人の本質じゃね?って思っちゃったんですよね。
その、なんでかって、その小麦粉って何にでもなれるんですよね。 あの、本当に。
多分、好きなもの何ですか?って聞かれたときに、 6割7割の人って多分小麦粉製品をあげるんじゃないかなって僕は思っていて、
僕の好きなものはお寿司なんですけど、その、本当に小麦粉って何にでもなれるんですよね。 その、ピザとかうどんとかラーメンとかパスタとか餃子とかパンとか。
その、だいたい人が美味しいなって思うものっていうのは小麦粉からできていると言っても過言ではないんですが、
小麦粉はそういったすごく美味しいものになれるのに、その、おにぎりになりたい。
で、しかもおにぎりって何なのかわからないけどなりたい。 ここが本当に、あ、人間なんだなっていうのをすごい感じたポイント1つ目で、
その、多分人って本当になりたいものとか本当に自分が求めているものっていうのってなかなか自分自身だけでは言葉にできないし、
それって何なんだろうっていうのってなかなか本当に言葉まで落とし込みにくいと思うんですよ、僕はね。
で、この言葉では説明できないけどなりたいって思うのって、多分なんですけど、本当に魂レベルでわかってるっていうんですよね。
その、多分だけどわかってるんですよ。頭とか体じゃなくて、もう本当に魂が求めているっていうのがわかってるんだと僕は思うんですよね、その小麦粉は。
だから、その言葉では絶対に説明できない、絶対じゃないけど多分説明することはできない。
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でも、おにぎりになりたいっていうのを思ってるっていうことがまず人間だなって思ったポイント1つ目で、もう1個ポイントがあって、
それ何かっていうと、多分小麦粉がおにぎりになりたいっていうことが僕は大切なのかなって思ってるんですよ。
で、これって何でおにぎりなのかっていうと、その小麦粉ってそのまま食べてもらうことってできないんですよね。
で、しかもおにぎりっていうのがポイントで、握ってもらうことってないんですよね。
その、こねたりとか、丸めたりしてもらうことはできる。
だけどこうギュッと握ってもらうことはできないんですよね、小麦粉は。
まあできるかもしれないけど、でもそれで完成しないんですよね。
なんかそういう小義勉は、魂レベルで手で握ってもらいたいっていう、そういう愛のようなものを求めているのかもしれないっていうか、
しかもそのままの私を愛してほしいみたいな、小麦粉で何か変わった私じゃなくてっていうか、小麦粉のまま私を愛してほしいっていう、
なんか、私をそのまま握ってよっていう思いを僕はすごい感じてしまったんですよね。
だから確かに小義勉は何にでもなれるし、何にでも美味しいものにはなれる。
だけどきっとそれはもう私ではなくなってしまうっていうのがわかってるんですよね。
だからこそおにぎりが羨ましいというか、私もおにぎりになりたいっていう心の底から思っているように僕は感じたんですよね。
だからこれ考えた人、本当に小義勉がいるかもしれないし、ただ本当に人間の現実的な話をするってなると、
たぶんサンリオっていう会社さんの中に、たぶん人の本質がわかっている人がいるんじゃないかなっていうのを僕はすごい感じたんですよね。
この小義勉のバックボーンを僕は知ったときに、これ人間だなって思っちゃったんですよ。
だし、それこそが僕たちが人間だとたらしめているものなんじゃないかなっていうのをすごい感じたんですよ。
だって何にでもなれるもん。でも小義勉が求めているのはそこじゃないんですよね。
本当の意味で魂が求めているのはそこじゃないっていうか、
その、なんていうのかな、そのもどかしさとか人間味っていうのを小義勉から感じたんですよね。
だから本当の意味で、たぶんだけど僕たちが求めているものっていうのはそういうものなのかもしれない。
各々がもしかしたら別々のものを求めているし、言葉にできないっていうのはもちろんそうだけど、
でもそれをどうにかして言葉にしていきたいってひねり出した結果、小義勉にとっておにぎりになりたいだったんですよね。
もちろん小義勉にとっておにぎりに近しいものになることはできるけど、
06:03
やっぱりどうしてもそのままの私を愛してほしいっていうか、
結局愛してほしいっていうのも何だかんだ言ってやっぱりつながりっていう部分に収束してくるのかなっていうのを今の僕は思ってるんですよ。
そこはちょっと後で、後でというか愛に話したところなので、
割愛するんですけど、ただ今回僕が思ったのは小義勉は、
僕たち人が人間だなというか、すごい僕はそこに人間味を感じたっていう。
今日この頃でした。ここまで聞いてくださりありがとうございます。
それじゃあまたね。
06:47

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