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はい、今日のテーマは、嫌いな人は自分で作っているということについてお話ししていきます。
僕たちは各々が自分の価値観,自分の人生,自分の物語を生きていると思います。
その自分という登場人物,ある人には主人公に,ある人には脇役に自分を見ていたり,
そんな中で登場人物というのは自分で作り上げているものだと僕は思うんですね。
その物語に出てくる僕自身ですら作り上げているという部分が僕はあると思います。
ただこれっていうのは外部の影響だったり,いろいろな遺伝だったりっていういろいろな要素で自分というものを作り上げていると思うし,
自分という物語,自分という人生を作り上げていると思います。
じゃあそういうことがあるんだとしたら,
物語を作っていく,私という人物さえも作っているものなんだとしたら,
もしそうなんだとしたら,
嫌いな人だったり,嫌な人物,敵だなって思われる人っていうのも,
これは出会っているというよりかは自分で作っている部分の方が強いのかなっていうのを僕は思ったんですね。
だって自分という人生の主人公を自分で作っているんだったら,
それは嫌いな人物っていうのを主人公と相入れない人物で登場させるようなというか,
勝手に出来上がってきてしまうものだと思うんですよね。
これこれこういう人だから,これこれこういう人格があって価値観があってっていう,
それっていうのも一概には固定できないし,その人を決めつけるものでもないと思うけど,
仮に例えばそういう要素として決められるものがあったとして,
そういう人物像というのが立ち上がってきたとすると,どうしてもその立ち上がってきた人物像に,
会わないというか,どうしてもぶつかってしまう人物っていうのはどうしても出来上がってしまうんですよね。
その,なんていうか,
ね,だって嫌いなことってどうしてもあると思うし,その苦手なことってどうしてもあると思うんですよ。
それっていうのも自分が得意なことだったり,自分が好きだなって思っていることがある分見えてくる部分でもあって,
だからある意味嫌いな人物とか敵だなって思う人物っていうのは,
心理学でも投影とか呼ばれたり,シャドウだったりっていう色々な言い方があるとは思うけど,
やっぱそれって自分で作っている部分がすごく大きいんだなっていうのを感じたんですよね。
だって自分ですら作っていくものだからさ,
だったらその中で嫌いな人物っていうのもどうしても作り上げてしまうんですよね。
その,相反するというか,相反するというか,どうしても背中合わせで出来てしまうというか,
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いい部分もあるし,悪い部分もあるっていうか,
よしよしで一概には言えない部分ですけど,自然なことだなっていうか,
だから思ったのは,人生という物語で出会う人たちっていうのは全部自分が作り上げてきたというか,
いいように見てるっていうのがあるんですよね。
自分という人生を通してでしか見られないというか,
自分という人生を通してその人を見てしまう。
だから自分という人生が少し変わっただけでも人の見方って随分変わると思うんですよね。
だからどういう出会い方をしているかというか,
自分が自分の人生を通して見てみた時に,
その人をどう見てしまっているかっていうのはすごいとても重要だなというか,
出会った状態だったり,
タイミングってすごいやっぱりあるんだなっていうのを感じたんですよね。
作り上げてしまうというよりかは,
登場させてるっていう方の方が早いかな?
作ってるというよりかは登場させてしまっているっていうか,
だから作者が作った人々でもあるのかなっていうのを感じたんですよね。
だからどうしてもそういう自分の物語という意味を通してでしか見られない,
もうそれはしょうがないことだと思うんですよね。
だったらこの見方っていうのを少しでも変えることができたら,
いや敵とか嫌いな奴なんて本当はいないのかもしれない。
だってそれは僕が勝手に作り上げているだけだから。
だったらこれって主人公が変われば,
作者が変われば,
すべて物語は一変するんですよね。
だからこそそういう,なんていうか,
人が変わる,なかなか人が変わらない内面とか,
価値観とか,人ってなかなか変わらないよねって思うことって確かにあると思うんですよね。
でも作者が例えば本当にそれってそうなのかなっていう問いを持った瞬間に,
僕は人は変われると思うんですよね。
その瞬間すぐに変わるというわけではないですけど,
一回立ち止まるというか,
その問いを持つことによって,
あれ本当にそうなのかなっていうか,
疑問でもいいんですけど,
だから人が生きていく中で,もうこれ人生変わらないとか,
もう僕これどうやったら人生変えればいいですかっていう時に,
いろいろやることはあると思うし,いろいろできることもあると思うけど,
今までやってきたこととか,
本当に自分が当たり前に思ってきたことっていうのに問いを立てるだけでも,
僕は変わるんじゃないかなっていうか,
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人生というか人生の物語すら一変してしまうんじゃないかなっていうのを感じたんですよね。
だからこそ登場人物も作ってる,自分も作ってる,
だからこそ本当にそうなのかなっていう部分も大切だと思うし,
自分っていうものを固定しすぎないっていうこともまた大切なのかなっていうのを思ったんですね,
その人を見るっていうことに関しても,
その人を見る,自分を見ることに関しても固定しすぎない,
変わるかもしれない,状況で本当に変わるっていうか,
立ち上がってくる人物像だったり,自分っていうのも変わってきてしまうので,
だから自分が作っている登場人物でさえも,
そういう物語で通してしまうなら本当にそうなのかという問いを立てた瞬間に,
僕たち,世界っていうものは絶やすく変わって見えるのかなっていうのを今日思ったという,
今日この頃でした。
ここまで聞いてくださりありがとうございます。
それじゃあまたね。