1. Re:Normal Radio
  2. #14 「人に寄り添う」の普通
2025-12-22 58:11

#14 「人に寄り添う」の普通

==========今回のお話==========

人に何か相談された時、なぜかそれに苦手意識があるしんぺーのシンパシーとエンパシー能力とはなんなのかという話から、どういうところまで意識して寄り添えばいいのかというけいのアドバイスを聞きながら結論は出ないものの、ヒントとして手探りしていく回になりました。


【書き起こしをご覧になりたい方はLISTENから】

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サマリー

このエピソードでは、2人のパーソナリティーがエンパシーとシンパシーの違いについて議論し、他者に寄り添うことの難しさを掘り下げています。特に、感情的なつながりやコミュニケーションの在り方がどのように人間関係に影響を与えるかについて考察しています。 また、看護学科でのキャリアパスや感情に寄り添うコミュニケーションについても語られています。エンパシーとシンパシーの違いや、人それぞれの本気度に応じた対応の重要性が強調されています。 さらに、エンパシーとシンパシーの違いについて深く掘り下げ、特に感情的なサポートにおける良いエンパシーと悪いエンパシーについて考察されています。心のケアの重要性や感情を認識することの難しさについても語られています。 加えて、相手との理解のギャップや自身のコミュニケーションスタイルについても考えています。相手の立場に立つことの難しさや、相談における人間関係の複雑さも探求されています。 このエピソードでは、人に寄り添うことの重要性についても考察され、リスナー自身の共感能力を高める方法やサポートのあり方について問いかける内容となっています。

普通についての疑問
ReNormal Radio、パーソナリティーのKeiです。
パーソナリティーのShinpeiです。
この番組では、周りからちょっと普通じゃないよね、と言われがちな言語研究者で大学教員のKeiと、
車椅子ユーザーで元上場企業の管理職Shinpeiの2人が、世の中にあふれる普通という言葉にツッコミを入れながら、
本当にこれって普通なの?と問い直し解体して楽しんでいく雑談ラジオです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい。
寒くなりましたね、ずいぶん。
急にね。
ね、ほんとに。
急にね、とか言ってあげるの一週間後だからさ。
もう一週間後、本当に真冬みたいになってるかもしれないけど。
寒くなりました。
年末だしね。
みなさん、風邪ひいてないですか?
体調崩す人もね、多いしね。
体調悪かったし、俺、先週ぐらい。
あららら、そうなの?
やっちゃったなって感じで。
一瞬、週末、雨の中駅伝走って一瞬体調崩すかなって思ったけど、全然平気だった。
ね、ピンピンしてるね。
駅伝の後ちょっと喋ってたけど。
ピンピンしてます、今は。
よかったですよかったです。
はい。さてさて、今日のテーマは?
エンパシーとシンパシーの違い
今日は、えっとね、僕、人からの悩み相談とか。
うん。
なんか、なんていうのかな、寄り添うみたいなのが、
うん。
すんごい苦手で、
すんごい苦手なんですよ。
はい。
なんか、すぐ解決方法じゃないって言っちゃうし、
うんうん。
正論ぶちかますし、みたいな。
めっちゃ嫌なやつ。
めっちゃ嫌なやつなんですけど。
そうなんだ、なんか全然そんな印象ないんだけどね、正直。
ちょっと結婚してから結構意識するようにしてるから、
あー。
あのー、だいぶ緩和されたかなって感じあるけど、
はいはい。
でもまだ癖とかでやっちゃうのね。
で、その、要は共感とかさ、同情みたいな、
うん。
英語で言うとその、エンパシーとシンパシー。
はい。
っていうものがね、やっぱ欠如してるんだと思うんすよ。
ほう。
多分、その能力が。
で、どっちもってこと?
いやー、あのね、エンパシーに関しては、
うん。
努力できる。
あー、なるほど。
シンパシーは苦手。
シンパシー、要は相手のことをこうなんかかわいそうに思ったりとか、
そういうのはちょっと苦手ってこと?
そうだね、ちょっとエンパシーシンパシー何がちゃうねんっていうところの説明から、
うん。
しないといけないかもしんないけど、
はいはい。
えっと、シンパシーっていうのは、
うん。
なんかこう辛そうな人がいたときに、なんかかわいそうだねって言うみたいな、なんて言うんだろうな。
うん。
対象に対して、
うん。
客観的な感想をこっちから投げかけるみたいな。
あー。
イメージ。
要は相手がどう思ってるかはあんまり考えてないような感じかな。
うーん、厳密に言うと多分そうなんだろうけど、
でもそれが相手のためだと思ってやる場合もあるだろうし、
はいはい。
なんとも言えないんだけど、
まあでもどっちかっていうとこう外から見て、こう見えてますよねっていうのをこう同情してあげるみたいな。
なるほどね。
イメージかな。
え、今急にピンと来たのが1個あるんやけど、
うん。
あの、昔さ、家なき子ってあのドラマがあったじゃない。
あ、足立由美ね。
そうそうそうそう。
うん。
同情するなら金をくれっていう。
うん、懐かしいね。
あれってさ、もう本当に。
世代が。
世代が。
まあちょっと、バレますが。
ごじさんですからね、2人ともね。
はい、いいでしょう。
うんうん。
でもあれって、その主人公の女の子の本当の境遇とかを考えたら、かわいそうだっていう言葉なんかより、もう金の方が必要なんだってことでしょ。
あ、そうだね。
うんうんうん。
あれはつまり、シンパシーは向けなくていいよと。
エンパシーするんだったらわかるでしょ。
私必要なのは金よ。
結局、同情するなら金をくれなのかなって。
すごいね、何年越しでそこをさ、なんか考察みたいな。
考察みたいなことすることある。
そうそう、でもなんかそういうことだよね。
そうだね。
まあエンパシーは本当に、こうなんか、なんていうんだろうな、隣に立つというか。
はい。
その人の目線に立ったときに、こうだよねっていうところを解釈するみたいな。
あ、なるほどね。
だからまあ共感、どっちが共感かって言われたら多分エンパシーの方が共感なんだろうけど。
うん。
なんかそこがやっぱさ、結構曖昧というか難しいじゃない?線引きがすごく。
だからなんかこれをさ、これ結構さ、みんな結構自然にやるじゃん、自然にやるっていうかさ。
友達が悩んでたりとかしたらさ、なんか励ましたりとかさ、その寄り添ったりとか多分するだろうしさ。
会社でも全然あるじゃん、なんか上司部下でさ、うまくいってなかったらとかさ、
なんかどういうふうにマネジメントすればいいかみたいなところとかもさ、
このエンパシーシンパシーの問題ってめっちゃ出てくると思うんだけど。
はい。
これがね、多分欠如してるんすよ。
わかんないけど。
チンペさんは。
僕はね、そうそうそう。
でもなんか普通に、でもなんかその普通、自分が普通にやってることがなんかどういう感じなんだろうかって
あんまり言語化する機会もなかったし、
うんうん。
なんかその自分がされてることも、なんかその振り返る機会があんまなかったから、
はい。
まあいいテーマかなと思って選んでみましたって感じです。
だからなんかこう人に寄り添う普通とはみたいな感じかな。
感情的なつながり
うんうん、人に寄り添う普通。
なるほどね、面白そう。
けいちゃんなんか得意そうだよね、結構。
どっちも。
思われがちだし、なんか、
でもなんか自分の弱点としては、
そのエンパシーとかシンパシーが強すぎるのかな。
うんうんうん。
辛くなっちゃうんだよ。
あー、わかりすぎるみたいなことね。
多分エンパシーなんだろうかな、どっちかというと、
エンパシーだね。
相手の立場に立つと辛くなりすぎちゃって、
重ねちゃうんだね。
そう、ニュースとか見れないっていうか、
なんか割と大惨事とかが起きた時のニュースは、
なんか心が疲れすぎるから、結構見れない。
あーなるほどね。
いるよね、なんかこう、結構大規模な災害起きた時にさ、
全然関係ない立地にいても結構うつっぽくなっちゃう人とか、
いるもんね。
そっちだね、たぶん。
エンパシー力が強すぎるってやつね、たぶんね。
あのー、なんだろう、ウクライナとロシアの戦争が始まってしまった時も、
ほんとにいてもたってもいられなくて、
ほんとに夜なんかほんとに一人で泣いてしまったりとか、
まあ、もちろんそのウクライナに知人がいるっていうのもね、あるんだけど、
で、ロシア人の知人もいるしさ、
なんでよ、みたいな。どっちもいいやつやん、みたいな感じになってしまって。
いや、その別にその2人が喧嘩して戦争してるわけじゃないんだけど、
まあ、辛くなっちゃってね、ダメなんですね。
っていうのはなんかあるかもしれない。
だからある意味エンパシーの強めな人間かなっていうのは思うかな。
感受性が豊かみたいな人はだから、
結構ここら辺の能力が高い人なんだろうね。
そう、感受性が強いねとか感受性高いねってめっちゃ言われるのよ。
その、俺さ、ここ最近になってさ、
映画とかでさ、ちょっとブルっと来たりとかするようになったんだけどさ、
はいはいはい。
本当にその本読んで泣くとか、映画見て泣くとかって、
マジで理解できなかったね。
マジか。
僕はもうなんか勝手に泣けちゃうタイプだから。
だからその、本当にエンパシーの能力もなかったんだと思うんだよね。
なんかそのシンパシー、なんかでもどうなんだろうな、その、
重ねるのが下手なんだよね、たぶんね。
そう、なんかこういう感情になるんだろうなとか、
こういう感情なんだろうな、この人はみたいなのを、
こうなんか俯瞰で見るとか、想像するみたいなことはできるけど、
はいはい。
なんかその、言い表せない複雑な気持ちを、
自分と重ねてどうこうするみたいなことが苦手なんだと思う。
へー。
最近ちょっとできるようになってきたかなって感じ。
でもやっぱ、結婚筋肉ってのが一番大きいの?
うーん、いやでも年齢なのかな、経験とかそういうのもあるかもしれないけど。
そうなんだね。
逆に最近僕はそのエンパシーが強いっていうのを自分が認識してるから、
物語とかそういったものを避けることが多いかな。
うん。
なんか読めなくなっちゃうというかこう、
疲れるじゃんすごいその心動かれる。
逆にしんどいね、そうなんだ。
そうそうそうそう、だからあの、
なんていうんだろう、例えば小説読んでてさ、
あの思ってもみない泣ける小説だったりするとさ、
もうわーとか思うけど、続き気になるから読むじゃん。
うん。
電車の中でも読むわけよ。
うん。
でも電車の中で読んでてももう、
もうのめり込んでるから、人の目とか気にしないでボロボロ泣くわけね。
もう本当に、あの横に座った人気の毒だと思うんだけど。
聞いてるよ多分。
え?
ってなるよ。
この人超泣いてるって思っただろうよ。
うん。
でもだからもう、なんかそうするともうその日とか、
数日間ぐらいこうずーっとこう心がさ、
なんかもう、すごい疲れてしまうというか。
うん。
もちろん感動するときもね、いろいろあるんだけど。
うんうん。
そう、それがだからなんて言うんだろう。
だから、エンパシー能力を発揮しないように発揮しないように生きてるかもしれないな。
うん、なるほどね。
もちろんあの、人と会話したりするときとかは別だけど、
その物語とかそういうのでこう、心の体力を削ってしまわないようにっていうのは気をつけてるかもしれない。
うん。
ですね。
なるほどね。
うん。
え、そのさ、えっと、
うん。
対人だとどう?
例えば、えっと、学生とコミュニケーション取るときとかって、
うん。
なんか、
まあ、あの。
どう接してる?
いや、たぶんその、内容によるっていうのはやっぱりもちろんあるんだけど、
うん、たとえばね、
やっぱりその。
進路の相談されたときとかさ。
とかはたぶん、
あ、でもそういうときはどちらかというと結構、
あの、
その子が考えついてないようなことを言うみたいなことに結構、
注力するかもしれない。
あー、なるほどね。
だってこう、
うん、あの、たとえば、
よくあった例としては、
あの、看護師さんを目指してる学生に対して、
まあ、英語を教えてることがあったんだけど、
うん。
で、その子がこう、看護実習とかが始まって、
やっぱり人の命に関わる仕事の重みっていうのを、
うん。
結構、耐えかねてというか、
それで相談が来たことがあって、
うん。
うん。
やっぱり人の生き死に関わるっていうのは、
僕もちいちいを見てるから、
その大変さっていうのを何となく感じる部分があって、
うん。
だからじゃあ、
あの、辛いよねって言うんじゃなくて、
もしその、辛くなった時にこういう考え方もできるかもしれないよって言って、
たとえば、
あの、医学看護の知識があるっていう人が、
健康についてすごく詳しいわけじゃないと、
うん。
だったら、たとえば、
タニタとか、そういう健康をね、
あの、ものすごく意識してる会社に勤めて、
うん。
その知見から何かこうアイデアを出せるような人になっても面白いんじゃないって言ったら、
なんか、あ、なるほど、みたいな感じで、そっかって、
看護学科のキャリアパス
自分のその看護学科で勉強してるから、
看護師になる以外の、その、キャリアパスっていうのが描けないんだよ。
あー、なるほどね。
うん。
だから、いや、そんなことなくて、
その皆さんが持ってる知識を欲しいと思ってる企業だとか、
そういうのっていっぱいあるよ、みたいな感じの、
あの、アドバイスをしたりすることがあった。
え、その時ってさ、
その、
うん。
相手がこういうこと求めてるんだろうなぁを想定して話してる?
うーん、
ま、でもその部分にももちろん、
それメールで来たからメールで返したと思うんだけど、
うん。
もちろんそこは触れてる。
やっぱりその、
あの人の生き死に関わることのね、
あの大変さっていうのすごくあると思う。
例えば僕も、
おばあちゃんが死んじゃった時とかに、
すごく悲しい気持ちになったとか、
うん。
感情移入をやっぱりどうしてもコミュニケーション取るからするわけじゃん。
その人が亡くなった時っていうのは本当にしんどいと思うんだって。
うん。
だから、ただその、
それからこう、
それで看護師の道を諦めるっていうのは決して逃げじゃないよっていう、
うん。
言葉をかけてあげた方がいいかなとか思ったかもしれない。
うん。
だからそれが求めてたものかはわかんないけど、
うん。
その人の感覚とか感情に寄り添ってというか、
同じような気持ちになってて、
こういう言葉?
ある意味ちょっと視野にないような、
うん。
パンチを飛ばしてあげて、
こういう角度の見方もあるのかっていう風に言ってあげた方が救いになるかなっていうのは思ったりはしてたかな。
感情に寄り添うコミュニケーション
うん。
確かにね。
うん。
その方向性なら行けるんだよな。
あははは。
でしょ?多分それしてそうな気がするんだけどね。
その方向性なら行ける。
うん。
ただいや確かに進路選ぶって超むずいよねとかができない。
うん。
だって超むずいよねって言っても何の解決にもなんないじゃん。
いやそうなんだよ。
うん。
ただなんかその解決策を提示するときも、
うん。
これなんかエンパシーシンパシーまた別の話になっちゃうけど、
うん。
どれぐらいの情報量を提供していいのかがわかんない。
あー。確かにね。
あのー。
うん。
毎回帰ってきてから、帰ってきてからってかその一人になってから、
うん。
なんかああ言った方が良かったかなこう言った方が良かったかなって反省するめっちゃ。
あ、そうなんだ。
うん。
え、てかそのー、相談をされるときってさ、
こうどれぐらいライトなのかどれぐらいディープなのかってちょっと測りかねるじゃない。
うん。わかんないときあるね。
そのー、例えば普通になんか飯とか友達と食べてて、
そこでパッて出てきた話とか。
うんうん。
で、その今まで得た知識とか経験とかでこうでこうでこうでこうしたらこういうこともあるんじゃないって言うことできるけど、
はいはいはい。
なんかそこまでこう親身になってやるべき内容なのか、
いや別にライトに、いやそれきついよね終わっていい内容なのかの判断ができない。
いやー。
めっちゃムズくないそれって。
なんか例えばさ、例えばよなんか最近めっちゃ太ったんだよねーってずっと言ってる人とかってたまにいない?
うんうんうんうん。
例えばよ、例えば友達とかと喋ってて、マジ太ったマジ太ったなーとか痩せたいなーとかって言ってるけど、
これ半年前も言っとったなーみたいなときとかはなんかもう相手にしないかも。
ちょっと冷たく聞こえるかもしれないけど。
いや本当にそのー痩せたいとかなんかこう思ってるんだったら僕結構運動してるからそう、なんかそういう相談も受けることはあるのよ。
うんうんうん。
じゃあもう筋トレしてから有酸素運動をする方がいいよとか、
こう、例えばこう食べ物買うときにお弁当買ったりするときとかに栄養表示を見るっていうのを結構癖づけると、
それだけでも自分がちょっと今今日脂肪多めになっちゃったかなーとか、
炭水化物足りてないなーとか、
タンパク質もっと摂んなきゃーとか考えられるんじゃないとかっていうアドバイスはするんだけど、
その人の本気度ってやっぱりこう、ずっと言ってて行動しない人だったら、
もうわざわざしない。
アドバイスは出さないかな。
なんかそこはシンパシーだよね。
なんかシンパシー能力が働いちゃうよね。
そのなんか気持ちはわかるけど、みたいな。
でもまあ、やってないしね、みたいな。
でもシンパシーも感じてないんじゃない?
なんかかわいそうとも思ってないもん。
まあそこはね、そこまで行くとね。
そうそうそうそう。
なんかその話題において、
なんか気持ちはわかるけど、こういうことやったほうがいいんじゃない?とか、
はなんかもうシンパシーだよね。
だからエンパシーじゃないよね。
なんかその人の感情がどうかっていうところは別によくて、
相手の本気度の重要性
なんかこう、なんていうんだろう、こうしたほうがいいんじゃない?って言っちゃう。
だからそのシンパシー能力はあるんじゃあるのかな、もしかしたら。
うん。
わかんないけどね。
なんかまずいんだよね、そこは。
なんか、そのなんだろうな、なぜ痩せられないかとかさ、
その、えっと、その例に劣るとちょっと難しいかもしれないけど。
ごめん。
あの、どういう背景があって、
その、痩せられないんだよねって言ってる裏に、
こうどういう感情があるかみたいなところまで行くとさ、
こうエンパシーっぽい内容になるんだろうけどさ。
ただ言ってるだけみたいなのってあるじゃん。
まあでもその、聞いてほしいんだよね。
その、目的は多分なんかあるじゃん。
その、痩せたいと思ってるんだよねっていう目的をさ。
うん、いやそう、本当に男とも、
友達にそうやって言ってきてさ、
俺LINEつなげて、もう筋トレ一緒にやろうって言って。
で、いいよって言って、俺も付き合うから、
一緒にこれ毎日やるみたいなメニューやろっかって言って、
やってあげたのよ。
すぐ辞めてさ。
なんだよこいつみたいになっちゃって。
なんかそうだね、そこさ、言葉通り受け取っていいのかどうかみたいな難しさもさ、
ある、なんかね、だから、
能力あるないとかじゃないのかもしれないね。
なんかシチュエーションによって自然にそっちに切り替えちゃうとか、
なんかそういう感じなのかもしれないな、もしかしたら。
相手の本気度じゃない?
エンパシー能力が作動する、なんていうかきっかけっていうのかな。
あ、この子本当に悩んでるなとか。
ってなった時はやっぱりさ、どうしたってこう、
最善というか自分にできることなんでも、
出してみようっていうふうに思うんだよね、自分の場合には。
例えばさっきのあの看護学校に、看護師を目指して勉強してた学生に対してはやっぱり、
本気度っていうのがなんかこう伝わってきたような気がしたから、
一生懸命こうじゃない、ああじゃないっていうのを説明してあげる。
大人、大人だとそうか。
いまいちなんかこう概念がしっくりこないんだよな、このシンパシーとエンパシーの。
映画とかになってくるとさ、また話別じゃん、それって。
映画じゃないんだよね。
何が欠如してるのかわかんないんだよね。
映画?
そうそう。
だからね、難しいんだよね。
友人がこういうの経営、友人っていうか知り合いがこういうの経営してて、
たまたまその経営してる内容の授業に俺がお客さんとして入ってて、
なんでそこのお店選んだんですかとかって聞かれたときにさ、
どれぐらいそこに対してアンサーを出してあげたほうがいいのか、
ヒントを出してあげたほうがいいのか、
なんかそうじゃなくて、なんかもっと感情的な寄り添いが欲しいのか、
友達のこと考えてて偉いねとか、そういう言葉が欲しいのか、
そこがね、わかんないんだよね、ほんとに。
相手も人によるじゃんだって、しかも相手もさ、答えが欲しくて言ってる人もいれば、
なんかただ単に共感して欲しいっていう人もいるみたいなさ、
パターンもあるしさ。
それつらいねとかが言えないんだよ。
なんかその話を聞いてて、あーそれつらかったねとかっていう感情をさ、
こうだったよねって伝えてあげるみたいなことができなくて、
それって多分、俺が逆のことされてて嫌だからだと思うの多分。
あーなるほどね。
っていうのもめっちゃシンパシー向けられるのよ、障害者って。
どれぐらい前にやったんですか交通事故みたいな、
これぐらい前でこういう事故で、あーそれはつらかったですねみたいな。
つらーってなったことは別にそんなないっすわ。
それはそれで特殊なのかもしれないけど、
なんか、あーそれでも今もしんどいよねみたいなさ。
別に今しんどくないんだよ別にみたいな。
なんかその、マジでこの人俺の感情分かってないんだなって思っちゃうね。
あーてかそういう意味で言うとさ、僕自身心平に対してシンパシー向けたっけなっていう感じがある。
なくないと。
いいよ。いいよね。
あのー。
シンパシー的なのはね、なんかいろいろ説明して語ってあると思うけど。
うんうんうん。
その、多分心平の感覚とかっていうのが分かってて、
多分シンパシー必要ないんだろうなっていうのも察知してたのかもしれない。
なんかそういう意味でうまくってんだね。
あーかもしんないね。
うまくってんだねとか。
人による、人によるんだねやっぱり。
ほんとね。
そう、結構あるんだよね。
なんかその、体の事情でこういうことが起きるとかさ。
はいはいはい。
まあその一般的には辛そうなこととかをさ、まあ一応説明として喋るんだけどさ。
うん。
あーそれはしんどいねとか言ってもさ、
いやなんか別にしんどいねって言ってほしくて俺喋ってるわけじゃなくてみたいな。
その、理解してほしいだけで。
そうだよな。
別に。
でも心平の場合そういう。
表情してくれなくていいんだよねみたいな。
でもどうなんだろう心平の場合は特にまあシンパシーは必要ないよっていう立場かもしれないけどさ、
人によってはやっぱりこうシンパシー。
いるよね。
を、なんて言うんだろう向けてほしいっていう人っていうのは少なからずいるよね。
いると思う。
なんかそれがなんか前にあのいろんなさ、あの障害者にとってこういう場所が大変だとかっていう話とかをしたじゃない。
うん。
こういう時困ったりこういうことがあるんだよとかっていう話をしたときにさ、
その行き過ぎたその、俺障害者なんだから、私障害者なんだからこれぐらいいいでしょっていうのが行き過ぎるみたいな話をしたことがあったと思うんだけど、
なんかそういう風になりがちな人って結構シンパシーを要求してる人だったりするのかな。
どうなんだろうね。難しいね。
でもかわいそうって思われたくないとかはあるだろうしね。
難しいね。
難しい感情だと思うよすごい。
かわいそうって思われたくないっていうのはあるよな。
これね、なんか障害語になっちゃうからあんまり嫌だけど、難しい感情なんだよ本当に。
うん。
その、例えば例に出していいかとかわかんないけど、その親がいないとかさ。
はいはいはい。
その片親で育ってきたとか。
うんうん。
とかも多分類似すると思うんだけど、
うんうん。
なんかそのシチュエーションによるわけ、しんどいかどうかは。
そうだよね。
そう、どういうシチュエーションでしんどいかどうかは決まってて、別にその片親であるとか障害があるみたいなことがしんどいかどうかはまた話別なわけよ。
なるほど。
エンパシーとシンパシーの違い
そうそうそう。だからそこを、なんかこう複雑な感情をひとまとめにしんどいねって言われても、いや別にそういうわけじゃないんだよなってなっちゃうから、
だからなんか逆にやれないんだよね。
なんかその、なんかこういうしんどいことがあったみたいな話を聞いたときに、
うん。
いやそれしんどいねって、意識すれば言えるんだけど、
うん。
しんどいのかこいつってなる。
本当にしんどいのかって。
本当にしんどいのかっていうのは、しんどくないのにしんどいって言ってんじゃないとかじゃなくて。
あ、わかってきたかもしれない。なんかシンプペがこう、なんか自分がそのこれらの能力が欠如してるのかなーとかって悩むシーンって、相手がシンパシーを過度に要求してる場合だけじゃないの?
あーそういうことなのかなー。
なんかそんな気がするけどね。
エンパシー、でもさ、そのシンパシーを要求されてる場合でもさ、
うん。
エンパシーを向けたら気持ちいいパターンもあるじゃん。
あーエンパシー。
気持ちいいというかまあ、よく働くパターンもあるじゃない。
あると思うあると思う、もちろん。
多分そっちも欠けてんだよね。
多分。
だからなんかその多分なんかこれどういう感じなんだろうな、えっと多分その4つに分けると多分よくて、
はいはい。
その良いシンパシー、悪いシンパシーと良いエンパシー、悪いエンパシーが多分あって、
ほうほう、面白いよ。
これなんか今パッとフラッシュアイデアで思いついた次論ね。
はいはい。
その良いシンパシーっていうのは、
うん。
要はその、なんだろうな、えっと優しさが欲しい、
うん。
その優しさが欲しいことに対して応えられるのが多分シンパシーだと思うね。
悪いシンパシーは多分的外れなんだよね。
その、
そうだね。
ステレオタイプ的にこういう感情だろうって予測で片付けるっていうのが多分悪いシンパシー。
エンパシーは、良いエンパシーはなんか本当に寄り添える、寄り添えるというか、
その人だったら多分こういうふうに、
同じ方向、
その対人じゃなくて同じ方向を向いたときに、
その人の視点に立ったときに、
なんかこういう感情で、
その言語化できるかどうかさておき、
なんかそこを理解してあげられるっていう、
はいはいはい。
そういうのが多分良いエンパシーで、
悪いエンパシーは多分さっき言ってたみたいにそこに角に入り込んで自分が疲れちゃうパターンなんだよね。
あー悪いエンパシーだね。
うん。
その角にそこに入りすぎて境界が壊れてどっちも疲労しちゃうみたいな。
あー。
その二個対立、自分と相手っていう二個対立だったのに、
なんかいきなりそこの境目なくなって、
自分と相手が分かんなくなるみたいな状況。
うんうんうん。面白い。
と、別に悪いって言い方はちょっとあれかもしれないけど、
しんどいよね多分ね。
どっちもっていうか。
相談してる人にとってその悪いエンパシーも嬉しかったりはするんだろうけど、
相談受けた側のその疲弊とかを考えると、
確かに悪いシンパシーっていう言い方はしっくりくるかもしれない。
なんかそのなんて言うんだろうな、
そのエンパシー、
その悪いエンパシーというかその同じ、
二人とも抜刀に入っちゃうみたいなことで、要は。
そうそうそう。
別になんか一緒に悲しんでほしいわけじゃなくてみたいなパターン。
二人で落ち込んじゃうみたいなね。
そうそうそうそう。
感情サポートの重要性
はいはい、面白いな。
なんかその気持ちを言語化してくれるとか代弁してくれるみたいなのがいいエンパシーなのかもしれないね。
代弁じゃないかもしれないけどね、語らせるとかもあるかもしれないけど。
そうだね、そうだね。
それができるってやっぱ強いよな。
どうやってそれやったらいいかわかんないけど、
多分そういう感じなんだろうな。
すごいだからむずいんだよね。
それがめっちゃ意識するようになったけど、
よくみんな俺と友達やってたなって思うもん、ほんとに。
その20、前半から後半ぐらいまでの、
まだこの状況がわかってないときとかの、
結構はっきり言うからさ、
大学生のときとかに、
友達に恋愛の相談とかされても、
バンって言うし。
それ無理じゃないって。
そうそうそう、それもう多分やめたほうがいいみたいなの言うし。
でもそういうことじゃないじゃん、多分求められてるのって。
何が求められてるのかっていうのが、
やっぱすごい測るのが下手なんだろうなって思うね。
リジネス向いてないかもしんないね。
急に怖いんだけど。
結構マーケティングとかでさ、
エンパシーマップっていうのを作ったりする、
実際にやったことはないけど、
方法論としてあってさ、
ペルソナを描いて、
ペルソナがどういうことを考えてどういう行動をとってっていう、
要はペルソナ目線での、
目線にエンパシーちゃんとして、
こういう思考でこういう想起をして、
こういう行動をとって、こういう考えでこういう思いを抱いて、
こうだよねっていうところを、
ちゃんとエンパシーして、
落とし込んでアクションするっていう、
プロセスがあるんだけどさ。
なんかそれとかも、
なんか不安になるよね。
できてたのかなみたいな。
大丈夫じゃない?それは。
マジョリティーは取れるでしょ。そうやっておけば。
ビジネスライクなのとはちょっと違うしね、これはね。
いやーでもなんかその、上司部下のとかさ、
やっぱムズイと思う。ほんとムズイと思うよ。
このエンパシーとシンパシーの使い分けみたいなの。
いやさ、あの、
エンパシーでもシンパシーでも、
どっちなのかな。
落ち込んでる人に対してさ、
もっとも無意味な言葉ってこう、
元気出すようだと思うんだよ。
あーなるほどね。
頑張ろうとか元気出せみたいな。
あれでどっちなの?シンパシーなの?エンパシーなの?
シンパシーじゃない。
そうだよね。
気持ちはわかるし、辛いけど、まあ頑張ろうぜって言うんですよね。
外側ってことだよね、外から見て。
そうだねそうだね。
寄り添ってね。
僕これはやっちゃいけないんだって思ったことがあって、
精神病だったり、なんかの本だったと思うんだけど、
何だったんだろうな。
臨床心理士さんが使わない言葉と仕上げられてたのかわからないけど、
例えば鬱病の時っていうのは、
例えばさ、心が回る病気なわけじゃん。
精神的な病気って、
要はさ、精神的な病気だから外には現れないし、
体はもちろん通常に稼働してるわけだよね。
でもそういう人に向かって平気で結構世の人々って頑張ろうよとか、
なんか楽しいことしようよとかって言うわけ。
でも心のエネルギーゼロの状態でさ、
楽しむためのエネルギーすらないっていうことを結構理解してない人が多いんだって。
なるほどね。
例えば風邪ひいて熱出てる人にさ、
元気出そうぜって。風邪ひいてね、
嫌だったねって。
でも楽しいことしたらいいよって言わないじゃん。
それは体力のエネルギーゼロだから楽しむエネルギーがないっていうのは、
もう見た目とかその状況でわかるわけよ。
でもことそのメンタルのエネルギーがゼロな人に向かっては言っちゃうんだってさ。
僕それ結構ような時に、あ、なるほどみたいな。
で、あと超落ち込んでる人とかに対して僕言うのは、
もう泣きたいだけ泣けばいいよっていう風にしてる。
それは泣くっていうのが発散になって、
感情リセットするに繋がると思うけど、
泣くことってダメみたいなさ、風潮とかってあるじゃない。
心のケアと感情の理解
だからそれはそういうふうに自分に心の制御をかけてる人がいたら、
泣くだけ泣いたらいいよって。
とことん、例えば失礼したい悲しいんだったら、
もう失礼物の映画バンバン見て、
もうそうだよって思いながら泣けばいいよって。
で、いっぱい泣いた後に、
心のエネルギーが回復してることがあるっていうのを読んだことがあって。
だからそういうふうにしなっていうことを言うようにした。
大事だよね。
泣いていいんだよって。
それさ、でもなんでなんだろうね。
その失恋したときにさ、
なんか失恋ソング聞きたくなるとかさ、
失恋の映画見たくなるみたいなさ、
何を求めてるんだろうね。
たぶん心がその回復したり発散するために求めてるんじゃないのかな。
共感があって、
いやーわかんないけどね。
なんかでもそのレジリエンスとかっていう言葉があるじゃん。
へこんだものが元に戻る力みたいな。
回復力とか言われたりするけど、
そのレジリエンスを発揮するときにはね、
とことん下げて、またその反応で戻ってくるのがいいっていう。
あーそうなんだ。
その反応で戻ってくるのがいいっていう。
その反応で戻ってくるのがいいっていう。
なんかそれをこう、人間は結構自然と求めることができてるんじゃないのかな。
あーやっぱメカニズム的に求めてるのね、ちゃんとそれを。
のかなってちょっと思うね。
鬱っぽいなーとかマジ憂鬱だなーみたいなときめっちゃレディウェッドとか聞くもんね。
やっぱり。
あらークリープってやってるの?
クリープってやってるの?
クリープってやってるの?
やっぱり。
あらークリープってやってるの?
あの曲聴くかって言われたらあれかもしんないけど。
なんか鬱曲だなーって感じするよね。
なんかそういうのでも聴きに行っちゃったりするもんな。
あれ何なんだろうね。何求めてるのかな。
アノリアムですらちょっと鬱っぽくなるって言ってたもんね。
あれはね、ちょっとなんかアイロニックすぎるけど。
そうねー。
まあでもなんか不思議だね。
なんかそっちの逆方向に行くんじゃなくて、
とことんそっちの方向に行くんで。
の方がいいっていう聞いたことがあって。
あれ本当に謎だよ。
アドバイスするときとか結構それすごく意識してる。
なんか元気出ること考えようとかしちゃうじゃん。やっぱ最初は。
ストレスすごいけど楽しいことを先に持ってるから楽しいこと考えようとかさ、
よくあるあるだけどさ、逆に行った方がやっぱいいのかなみたいな。
だってその人はだって今そのエネルギーゼロでさ、
風邪で高熱が出て寝てるような状態なわけよ。
メンタル的にやられちゃってる状態って。
そしたら楽しむエネルギーなんてないわけじゃん。
だからそしたら本当にとことんエネルギーを回復させるようにするには、
もっと今の感情を発散というか爆発させて、
泣くだけ泣いてとかの方がいい。
抗わないみたいなのが大事なのかな。
そうだと思う。
っていうのを読んだことがありました。
そうか、それもどうやって声かけるかってなんかむずいね。
むずいけど、そっちに行った方がいいんじゃないって感じじゃない?
そこでシンパシーよりかはエンパシーの方が絶対いいんだろうね。
そうそうそう、だから一緒に見るかとかさ。
これ見ようぜとかって言ってみたいな。
寄り添ってるね。
偉いね。
マジでやっぱその能力ないんだなと思うわ。
いや、でもこれはやっぱ知恵を得たからだと思うよ。
本かなって読んで、あ、そうなんだと。
頑張ろうっていう言葉のその功罪というか罪をね、
見た時に怖いなと思って。
心境になるね。
口ついて出ちゃうもん、人間。
やっぱり、いや元気出せよとか、きっといいことあるよとか楽しいことしようぜとか、
飲み行こうぜとか言っちゃうけど、違うんだってっていう。
なるほどね。
はい、それは結構ね、僕はなんか意識してるかもしれない。
意識しよう。
うん。
ちょっと意識してみるわ。
なんか、すごい凹んだって言ったら、
シンパシーとエンパシー
まあとりあえず今日はもうしっかり泣くだけ泣きなって、
もしなんか飲みにでも行こうかなって思えた時は声かけてとか、
っていうのがなんか嬉しいんじゃないのかなというか、
一応その、僕が昔得た知恵に従うとそれが正しい。
なるほどね。
対応なんじゃないのかなと思うので。
こうしたら悲しくなくなるんじゃないとかじゃないってことね。
そうそうそう。
うん。
いい勉強になりました、なんか。
いや、そんな。
いやーこれ難しいね、ほんとに。
うん。
でもやっぱそう思うよ、シンパシー、
いいシンパシーが欲しいよっていう時に、
いいシンパシーを向けてないだけだ気がするね、新兵の場合には。
うん、そうだね。
いいシンパシーが苦手なんだね。
多分エンパシーは上手なんじゃない?本来は。
でもさ、エンパシーもさ、
パースペクティブを、
視点をさ、相手と同じところに持っていった時の、
理解するスピードがめっちゃ遅いの。
え、新兵?
うん。
相手の立場に立って物事を考えた時に、
いやこれってこうなのかな、いやでも違うよな、
っていうか、仮説をめっちゃ立てるみたいなことするわけよ。
だから、答えるまでの時間がすっごい長いの、俺。
うん。
考えてる時間が長くて、
なんか言葉に出すみたいなことができない、
とにかく言葉に出すみたいなことができないから、
はいはい。
すっごいなんか考える時間が長くて、
うーん、みたいな。
なんかその、真剣に考えてないように見えちゃうみたいなことが多分ある。
で、欲してる人はさ、しっかり考えてほしいとか、理解してほしいっていうわけじゃん。
理解のギャップ
だから別にその、アクションがあるないっていうのはそこまで重要じゃなくて、
そのアクションで示してほしいとかっていうのってさ、
やっぱどっちかというと、シンパシー求めてる人の対応なんじゃん、それ。
あー、そっちなのかな。
なんかそんな気するけどな。
なんか言ってあげた方がいいんだろうね。
なんか今その立場に立ったときにどういう感じになるかなって考えてるんだけどとか、
って言ってあげた方が多分、
そうさ間がさ、間がすごいのよ。
多分。
耐えられない間を考えてる時間で多分繰り出してるんだけどさ。
なるほどね。
普通に喋るときもそうなんだけど、
なんかこう結構組み立ててから喋るみたいなことするから、
喋ってる途中のこの間が長すぎて、
なんか相手がううってなるみたいなのも結構あるから。
あー、そうなのね。
そうそうそう。
どういう風に言ったら簡単に理解してもらえるかなとか、
こう考えながら喋りだしたりとかすると、
すごいなんか詰まるんだよね。
なんでこれ最初に言っちゃったんだろうみたいなことを言っちゃうとか。
多分さ、前僕のことをしんぺいは気にしいと言ったけど、
たぶんしんぺいの方が気にしいなんじゃね?
気にしいは気にしいだね。
アドバイスの反省とかあんましたことないかもしんない。
すげえ無責任かも、僕は。
だって自分にしか言えないことしか言えないから、
で、その時は最大限考えて全部言ったから、
もうこれで無理なら無理やと思ってる。
それのなんかアクション一つなんか撮ってみてくれみたいな、
オプションに加えてくれるぐらいでもいいよ、本当に。
それでも、僕はお手上げだってなっちゃう。
あー、なるほどね。
これ以上出ないっすってなっちゃうんだよね。
ギブしたい欲はめっちゃ強いんだよ。
ギブしてあげたいっていう欲はめちゃくちゃ強くて、
ただなんかそこに、
こうした方があなたのためなんじゃないっていうエゴが入ってくると、
悪いシンパシーっぽくなるんだよね。
あー、なるほど。
悪いシンパシーになるのはちょっと違うかもしんないけど、
そういうことじゃないみたいになる。
要はなんかその、否定されてるみたいになっちゃう、向こうが。
なんかこっちは良かれと思ってたんだけど、
向こうにとってはなんか否定されてるみたいになっちゃうみたいなケースが、
今までに結構あったんだろうなって思う。
なんかあんまり覚えてないけど、
コミュニケーションのスタイル
なんか多分こうした方がいいんじゃないですかとか、
なんかそこがね、難しいんだよね。
愛ゆえになるのをわかってほしいんだけど。
でもなんかそれをわかれっていうのもなんかエゴだし。
あ、そこかもしれない。
こうした方がいいんじゃないっていうのってさ、めっちゃ思うんだよ、僕も。
ちょっと今自分が違うなって思ったのが、
もう好きなもってけ状態で相手出すタイプ。
あー、一旦風呂敷広げてみるって感じね。
そうそう。こういうこともできるし、こういうこともできると思うし、こういうこともできると思うみたいな。
なんか気に入ったのあったら持ってきなみたいな感じのことはする。
ただもちろんその相手の立場に至って考えたりとか、
その確認っていうのはすごい都度都度入れてる。
こういうの嫌なの?みたいなのとか。
とかはしてるかもしれないな。
そうね。
なんかそこのなんかエゴとのバランスを取り兼ねてるのかもしれないね。
なんか中途半端になってるのかもしれない。なんかすごい。
いや優しいんだと思う。たぶんしんぺいのほうが実はそのなんていうんだろうな、
いい意味で本当に優しくて、僕のほうがたぶん冷たい気がしてきた。
いやでもなんか本当はそっちのほうがいいよなって思う。
バンバンバンバンって選択肢出して、どうぞっていうのがたぶん一番いいんだよなと思うね。
なんか私以外私じゃないのであなた以外あなたじゃないのよ。
それは確かにそうね本当に。
どっかのなんか歌詞みたいになりましたけども。
だからたぶんその自分は自分にしか考えられないことがある。
で、それがだからたぶんあのさっきさ、
相手を相手じゃない相談を受けたときに相手が思いつかないようなことをとりあえず言うことにとどめようとするって言ったじゃない。
そこに結構自分のそのスタンスが現れてるかも。
自分はこういう考えしかできない。
で、もし気に入ったりとか自分にも合うなって思ったのがあったらそのアイディア採用してみてっていう。
で、そのアイディア何本、いつもいろいろ手を返しなおかいろいろなアイディア出すけど、
一個も試してみないでまた同じ相談してくる人を僕は心の中で結構スパッて切ってるかもしれない。
あーなるほどね。
うん。
まあそれ言ってもそうなるよな。
おだじゃーみたいな。
いやーそうか、でもなんか逆の立場だったときにそれが響いたからだろうね、たぶんね。
自分がなんか悩んだときに風呂敷広げてヒントをバーって出してくれた人がいて、
まあ俺も実際そうだしね。
俺もどっちかって言ったらそっちの方がやっぱ嬉しいしね。
あれはあれはって聞かれて、
みたいなのを、が欲しくて聞いてるみたいな、相談してるみたいなね、なんかその訳もあるからさ。
そうだね、心平どっちかってそういうタイプな気はするもんな。
うん。
なんかそうしてもらいたいって感じは確かにあるかな。
それはそれであるよね。
面白いね、こんなに違うというか。
いやー違うよね、ほんと人それぞれ違う。
なんかこれをさ、オーダーメイドしないといけないっていうのがやっぱ苦手なんだよ、たぶん。
確かにね、その場とかその人の感覚とか感性とかに合わせなきゃいけないっていうのがあるもんね。
そう、だから単純にやっぱ苦手なんだと思う。
その人が何を求めてるかっていうことを察するってことが。
それが苦手なんだろうなーって思うわ。
人の気持ちってどうやって察してるのかわかんなくなっちゃった。
なんかできてるつもりでいるけど意外とできてないかもってなるよね。
なるなる。
めっちゃなるんだよな、それ。
なんかだいたい考えてることわかるって思ってたけど、意外と全然わかってねえんだなってなるんだよな。
いや、わかった、たぶん。人の気持ち考えたりはするけどもちろんね。
うん。
自分はその人じゃないとか、人の相手とか他人のことなんて多分、本当に分かりきることなんて多分ないっていう、なんかどっかにそういう信念があるかもしれない。
自分の場合には。
その割り切りをすればいいのかな。確かにね。
だから全くもっと同じ気持ちにはなれないよっていう部分はあるのよ。
でもそれでもやっぱりさ、エンパシーというか相手の立場に立ってるとさ、すごくかわいそうな身の話を聞かされたらやっぱりどうしてもこう義憤というか怒りがこうこみ上げてくるじゃん。
でも分かんないけど、僕はその、僕だったら許せないわ、それみたいな感じで。
たぶん僕だったらとか自分だったらっていうことを結構相談してるときに言ってるね。
うーん、なるほどね。
うん。
まあそれがいいのかもな。自分だったらどう思うかみたいなのは結構大事かもね。
うん。
必要だよね。
見つけたね自分、今初めて自分のその相談されたときのスタイルに気づけた。自分だったらっていう言葉を言ってる。
こうしてるわっていう。
うん。
そうか。
それがな、なんか相手の立場だったらこういうことをしてみたらいいんじゃないとかって言っちゃうんだよな。
無責任に聞こえるのかもしれないよ。こうしてみたらってさ、いくらでも言えそうじゃん。
うん。
でもさ、俺だったらこうするよ、だとさ、コミットメントっていうのか、その出してる間に対するさ。
ああ、そういうこと。
うん。
まあ雰囲気って変わらん。
確かに。
俺だったら今こうしてたなって言われたら、そうなんだ、じゃあそれやってみようかなってなるじゃん。
うん。
でもこう話したって聞いたら、そっかそっかそっか、じゃあこうしてみたらって言われたら、え、もうそうなんだけどみたいな。
まあそうなるよね、確かに。
本気度っていうかさ、おすすめの本気度がちょっと違って聞こえると。
うんうんうん。えー使ってみようかな。
これはね、ずいぶん悩まされてますね、ずっと。
えー、英語で言ったら、If I were youってやつでしょ。
そうそうそう。
あれを俺言ってるってことで。
そうだね。
しっぺの場合ね、You'd better do somethingを言ってるってことでしょ。
そう、You shouldとか、こういう感じだよねってなったらね、一斉に好きとか。
あー面白い。
なんかそういう話しちゃうよね。
あーなるほどね。
まあ人それぞれなんだけどね。
まとめて。
なんかね、その、人を選んで相談しようって思ったの。
俺も今。
それはそうね。
うん。
相談、あれ相談。
まあむずいよね。でも本当は話聞いてほしいだけっていうのもあるしね。
うんうん。
うん。
相談受けるタイプなんだよなでもほんと。
いやー羨ましいよ。
いやいやいや。
誰も相談してこない多分。
むしろそっちの方が羨ましいんだけど。
もう多分相談してこないと思う。
みんなあれだからね、大学の中の仕事で学生相談員やってるからね。
あーそっかそっか。
うん。
いやなんかどこまでは本当にむずいんだよな。
なんかその、特にさ、そのなんか読書して得た知識とか。
うんうん。
なんかその複合的なものとかね。
その、例えば一冊の本読んだだけじゃわかんないこととかさ。
はいはいはい。
そういう知識を伝えるみたいなのがな、やっぱ。
むずいからあんまり深入りしんとこうとかなっちゃうんだよな。
なんか伝えづらい。
なるほど。
なるほどなるほど。
はいはいはい。
とかねー。
まあいろいろあるよね。
いろいろあるわ。
また一時停止しちゃった。
あれもうそもそもなる?
うんなるよ。
怖いねー。
いやほんとにね。
これねー。
これずっと、これ2時間くらいこの話できるんだよな。
やる?
いろいろやんないけど。
シンパシーとエンパシーの違い
聞いてらんないだろさすがに。
全然公平にね、分けないといけなくなっちゃう。
そうそうそう。
でもなんか悩んでる人とかいると、やっぱこうなんかそういうねヒントとか与えてあげたいなーってなっちゃうし、
でもなんかそうじゃないパターンもあるんだよなーみたいなことを、
皆さんはどれくらい意識されてますか?って話ですね。
そうですね。
だって意識してなかったからね俺20代の時は、こんなこと。
あーそっかそっか。
うん。
あれちょっと待って、今すごいこの全体の構造を通してね、
さあ果たして私は新編に対してエンパシーしたのかシンパシーしたのかというのを問い詰めたくなってきて、
つまり自分はエンパシーとかシンパシー能力は欠如してるんじゃないかという相談としてね、今回の回を見てたところを。
さあ果たして私は、僕は新編に対してエンパシーしてたのかなーっていう。
でも多分その自分が発見した自分のエンパシーのパターンにずっとハマってたなって思う。
あーなるほどね。
うん。僕だったらこうするとか。
でもルート的にはエンパシーだったね。
ルート的にはね。
こういうことなんじゃない?こういうことなんじゃない?って深掘りしてもらうっていうかさ、
語らせてもらうみたいなのはなんかエンパシーっぽいよね。
確かに確かに。
こういうことでしょって決めつけられるわけじゃなくて。
確かに。あーそうだね、新編ってそういうとこあるもんね、大変だねーって言ってないもんね。
そうそうそうそう。それで終わらないみたいな。
いやー本当にどうしてますか、皆さん。
これが上手い人。
これが上手い人いるのかな?私自信持ってできてますって人いるのかな?
そういう人は是非コメントに来て、次回のエンパシーシンパシー会に来てもらって。
あーもう出てほしいよね。こういうこと意識しちゃってますってね。
我々、そうそうそう。もう僕らがこうなんか喋ったらそうだねーって言って。
こういうふうに考えるねーみたいな。
上手この人みたいな。
めっちゃ俺のことわかってるみたいな。
いやー、でもなかなかいないよね。自信持ってこれできますっていう人もね。
だから、あんまりこうエンパシーとかシンパシーって分けずに、普段ね、いろいろやってるけど、
なんか実は方法論として使い分けちゃんとしないと危ないよみたいな話だね。
そうですね、確かに。
でもいろいろね、こうなんかシンパシーだけじゃダメとかさ、
エンパシーだけじゃダメっていう言葉とか、
あとはその悩んでる人に対してどういう言葉分けをするべきかみたいな話も及んだので、
何か聞いてる方のね、日常にもなんか一つでも有益なことが見つかればいいなと。
そうだね。
っていう感じですかね、今回は。
はい、さあでは、しんぺいさん最後に言い残したことはありませんか?
言い残したことですか?
はい。
まあ、まだ悩んでます。
まあ、解決しないからね、これってね。
ああ、できるようになったなんてことはたぶん一生来ないと思うなと思うけど。
10年後、同じテーマで撮りたいね。
ああ、確かにね。
寄り添うことの重要性
いくつになる?50手前になってんのか、我々。
ああ、あの時はダメダメだったねとかいう話するのかもね。
シンパシー、エンパシー、どうでもいいよねとか言い出すかもね。
人のことなんかもう気にしてられんもんとか言い出す。
自分のことで考えてりゃいいよみたいなこと言い出すかもしんない。
怖い怖い。
まあ、そんなとこですね。
はい、ということで今回はシンパシーとエンパシーというか、人に共感することの普通というようなテーマでお送りしました。
何かこう、コメントだとか感想があれば、ぜひドシドシコメント欄の方に、はい、お願いいたします。
お寄せください。
では、ありがとうございました。
はーい、ありがとうございます。
58:11

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