リノーマルラジオ、パーソナリティーのけいです。 パーソナリティーのしんぺーです。この番組では、周りからちょっと普通じゃないよね、と言われがちな言語学研究者で大学教員のけいと、元上場企業の管理職、車椅子ユーザーのしんぺーの2人が、世の中にあふれる普通という言葉に突っ込みを入れながら、本当にこれって普通なの?と問い直し、解体して楽しんでいく雑談ラジオです。
おはこんばんちは、皆様。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。
いやー、暑いです。 暑いですか?
はい。 ということで、でも今回、いつものリノーマルラジオに比べてだいぶ熱いっすよ。
そっちの、はい。そっちの熱い。 熱い多義語だからね。
今日はなんと、リノーマルラジオ、初の、祝いすべき回となるかもしれません。ゲストが来ております。
今?これ。
今じゃねえ。SE使うの。
手でやります。
はい。ということで、では、ゲストの方にご登場いただきましょう。
お名前は、たぶんご自身でお話しされた方がいいかなと思うので、私の方から名は伏せて、そのままマイクをお渡ししたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。文具と当事者デザインの研究家、やまめと申します。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ちょっと、なんか、私フライングで笑っちゃってたんですけど、大丈夫ですか?
全然大丈夫です。
大丈夫ですか?
はい。グダグダしてすみません。
こらえきれなかったですね。
我々、噛んだとて撮り直しはしない主義なので。
その割り切り大事ですね。
ということで、ちょっと自己紹介いただいて。
はい。私も別でというか、ポッドキャストをやっているものでして、文具と当事者デザイン、インクルーシブデザインというのを中心にしたポッドキャスト。
波子とやまめの水辺でおしゃべりというポッドキャストをやっております。
これは波子さんっていう簡易電動車椅子を使っている車椅子ライターの波子さんという方がいらっしゃるんですけど、波子っていうのもウェーブの波にコと書いて波子さんなんですね。
私もやまめっていうので、魚の名前をやって使っているので、2人とも水に関わる名前だよねっていう話になって、そこから水辺でおしゃべりというタイトルがつき、今ちょいちょいお休み挟みつつではあるんですけど、ベースとしては週1を目指してポッドキャストを配信しているという感じです。
なんでやまめなんすか?
これすっごい気になったんですよね。釣りをする人間として聞かなきゃ。
あ、川釣りですか?
あ、海釣り…やまめを釣った経験はありますけど、なんでやまめなんやろうっていうのがすごい気になったんですよね。
なんか文字の形がそもそも丸くて好きだったんですよね。
確かにヤマ…
で、何だっけな、多分最初使ったのは別にそんな活動するでもなく、メルカリのハンドルネームみたいなのにしてたかなんかで。
その思いつきが知りたいっすね。めっちゃ面白いなと思って。
たぶん苗の下の名前の方がマ行というかMから始まるので、たぶんその丸っこい文字好きなんでしょうね。好きというかなんか親近感あるんでしょうね。
これめちゃめちゃ面白くて、マ行の音って人間って親近感湧くらしいんですよ。
両唇摩擦音って言うんですか、やめよっかこれ。
ごめんなさい、言語学習出ましたけど。
例えばママっていう音とか、お母さんを指す言葉だったり、あとは食べ物。生存上必要なものを呼ぶ音、最初に出せる音ってマ行多いんですよ。
確かに。
両唇を持って生まれてくる子供がすごい多いわけですよね。
でも歯はないわけですよ。ってなると歯音とか歯茎音とかって結構出しにくくて、指すせそとかそういう音を出しにくいわけで、
そうするとどんな国の子でも両唇がある場合には両唇摩擦音って出せるから、マミムメモが言いやすいと。
なんか裏付けができた。
もしかしたらそういうことがあるかもしれません。
はい、で、あれですよね、今回私からすり寄っていったっていう。
そうですね、お声掛けいただいて。
そうですね、しんぺーさんの、あれnoteの記事ですよね。
noteですね。
noteの記事にコメントをさせていただいたのが最初だったんでしたよね。
そうですね。
noteにインクルーシブデザインというか、派生系みたいなものの著書というか本があるので、
それについて書評を書いたところ、やまめさんからコンタクトいただいて、ちょっと話してみたところ、
あれなんかめちゃくちゃインクルーシブデザイン詳しい方だってなって、
ぜひお話ししましょうみたいになったっていう感じ。
そうですね。
むしろ原点というかね、本当に本流の方々というようなイメージを僕自身は持っていました。
そんな風に言われてるんだ。
だから今回波子とやまめの水辺でおしゃべり、文具や道具インクルーシブのことっていう副題つけてるんですけど、
2年ぐらい今配信をしていて、それをちょっとまとめたハイライト本、同人誌を作ったんですね。
これができたからちょっと声かける理由ができたなと思って、
ちょっとお話ししませんかの、やっぱりお手土産があった方が話しやすいじゃないですか。
最高の名刺ですよね。
どういうことを普段考えてるかとか、どういうことを思ったりとか、
またすごい軽快なんですよね、お二人のポッドキャストが。
僕も何話か拝聴させていただいたんですけど、めちゃくちゃ軽快で、
寝ながら聞けるポッドキャストを結構探してたんですけど、このポッドキャスト割といけるぞみたいな感じで、
嘘、割と文具の話してる時とか、置いてけぼりにされてるっていう話もちょいちょい聞くんですけど。
そうなんですか、わかんない、もしかしたら置いてけぼりが眠くなるかもしれない。
失礼、失礼。
そうだからさ、親戚のお家の今で、親戚が喋ってるのを横で、御座の上で昼寝するイメージで聞いてます。
環境音。
おもしろいなーって。
二人ともいいよね、すごいね。
なんかちょっと良さ言ってください、良さ。
良さ言ってください、おもろ。
なんか波子さんが、結構お茶目じゃないですか、お茶目というか無邪気というか元気いっぱいで、それに寄り添う感じの冷静なやまめさんみたいな、この構図。
それでと続き、熱入るやまめさんがおもろいけど。
そうそうそう、おもろいよね、文具の話になった時とかね。
そうなんだ、すごいなんかこういう、なんかそういう活動されてるんですねっていう以外の視点からの面白がられ方をなんかちょっと語られると恥ずかしいなと思って。
恥ずかしいですよね、わかりますわかります。
めっちゃリスナー目線になったもんね今ね。
僕らもその言われる時あるんで、そういう、なんていうんだろう、掛け合いがどうとか、ちょっと恥ずかしい、普通にはちょっと恥ずかしいなってなるんですけどいつも。
いじられるもんね、我々ね。
そういうのがね、楽しさですかね。
そうですね、なんかあの、私と波子さんは、もともと文房具の、文房具マニアオタク界隈というのがありまして、もともとそこのコミュニティの仲間というか、そこでつながった2人だったんですけど、
そこで私はデザインとかを勉強して、そのデザインを勉強してる中でインクルーシブデザインとかいうのを知ってたっていうのがあったっていう背景があるんですけど、
なんで、しんぺーさんはビジネスマネジメント的なことをご存知だったりとか、けいさんはアカデミックなというか、言語みたいなところからのアプローチができたりとかっていうのと、また違う、私はものづくりというか、形があるもののデザインを結構好きだったりとか、
勉強したりとか、やってきた身であるので、なんかインクルーシブデザインっていう単語でspotify検索すると出てくるのが3つぐらいあるみたいなやつで、いろいろ聞いてる中で、やっぱそのアプローチが違うところが、でもたぶん大事にしてる部分に似てるなみたいな、親近感を勝手に覚えていたので、
本当にお声掛けいただいて、ゲストにどうですかって言われたときめちゃくちゃ嬉しかったです。
いやもうありがたい限りですよ、こちらとしては。
これ以上ないもんね、本当に。
確かにそうやって言われてみれば、ビジネスとデザインとアカデミアの3視点から話せるっていうのは確かに有意義かなとは思いますけど、そうなんです、テーマがインクルーシブ、インクルーシブってなんだっけみたいな。
そう、なんかね、インクルーシブっていう言葉が今広がっちゃってる、なんかこう良くもあり、難しいところもあるみたいなところもある中で、私が大事にしてる部分だったり、それぞれスタンスがあって、それこそ普通がないよねっていう話になったんですよね。
そうですね、インクルーシブデザイン、僕らもトークイベントに登壇したときに、インクルーシブデザインわかります?って話しても、まあやっぱ一部は一部なんですけど。
二人くらいだったよね、手挙がったのが。 そうそう、ただまあそのインクルーシブっていう言葉自体は、まあそのめちゃくちゃメジャーではないものの、やっぱこうビジネス界隈でもある程度、なんて言うんでしょう、言葉だけは一人歩きしてるというか。
ちょっとね、流行っちゃってる感じありますよね。 DEIとかの名文で語られるみたいな部分はちょっと多くなってきたかなっていう感覚はあるので、ただまあそのインクルーシブする。
シンペさん、シンペさん、DEI解説しといた方がいいかもしれないです、多分ラジオ初出です。 あ、そうですか。 何のアクロディウムなんですか?ダイバーシティと、
Eなんだっけ、Eなんだった? エクイティ。 エクイティだ。ダイバーシティ、エクイティ、アンドインクルージョン。 インクルージョン、はい。
多様性と平等性と、包…包摂性かな、たぶん。
そういうその観点からDEIっていうキーワードにまとめられて、マネジメントを考えたりとか会社をしたりとか、制作の展開をしましょうみたいなね、時とかが多いからってことですよね。
そこと一緒くたに語られることが多いかなっていう感覚はありますね。ありますねというか、ちょっとごめんなさいね、僕がビジネス畑なのでし、あくまで感覚的な話でしかないけど、
うん。 そのDEIと、まあ一括にインクルーシブみたいなのが不随するものだよね、みたいな語られ方をしてて、どっちかっていうとこうなんか、あんまりこういう言い方よくないかもしれないですけど、弱者救済っぽいニュアンスがまかり通ってるかなって感覚はあるかなって感じですね。
なんかそこのメリット性とかっていうところは、特に日本企業はあんまり目をつけられず、言葉だけ一人歩きしてるかなって感覚はあるかなって感じ。
インクルージョンとかインクルーシブとかどうですか、皆さん。
なんか仲間外れにしてたけど、まあ入れてやるよみたいなさ。 そうそう、わかる。入れてやんよ的な感じありますよね。
そう、そう。
ああねえなかんとか、なんかインクルージョンって言った時に若干嫌な引っかかりを覚えるのはやっぱそこなのかなっていう。
俺たちは自分たちが歩み寄っていくでもなく、なんかその自分側に入れますよっていうのはすごい横柄な態度だなって思ってるけど、
なんかでもさ、社会的にインクルーシブデザインっていう風に通っちゃってるから、なんかそれを使わざるを得ないんだよね。
わかる。
僕自身インクルーシブデザインを自分が教えている大学の1年生の
初年度の教養教育として、グローバルな視点とか多様性とか共生みたいなものを、そういった力を培うための授業を最近始めたんですね。
うちの大学では。
で、その授業デザインにすごい、本当は全然ヒラだったはずなのに、いつの間にか中心的な部分になんか据えられていて。
すみません、なんか僕が巻き込んだみたいで。
ごめんなさい、違うんですけど、僕が勝手に巻き込まれていってしまって、勝手に自分が仕事を増やす症候群をね、本当に発揮しただけなんですけど。
提案してたもんね、けいちゃん。
インクルーシブデザイン、どうせだったら、自分も最近知ったばっかりだけど、すごく面白いなと思って教えるんですけど、でもその教えるときにインクルーシブってちょっと、
しかも、基本的に僕英語の先生で、その大学では通ってるんで、ちょっとインクルーシブ語感違うのよねっていうのはすごいありつつも、しょうがないから、
アズノンアズというか、そのように知られているので、その名を使って導入をせざるを得ないっていうのが現状ですかね。
なんかそこって、
違和感めっちゃ感じてます。
さあ、なんかすごいむずいよね。むずい、なんかなんて言うんだろうな。前のインクルーシブデザインの回転も話したけど、インクルーシブデザインとユニバーサルデザインってやっぱ違うじゃない。
違う。
そっちにしないといけないみたいな。そうなってくると、なんかそこ違いのわかってない人が、DE&Iの名目で入ってきて、やり始めたらなんか違うみたいな現象起きるみたいなのが多分あるんだろうなみたいな、見てて思うんだけど。
そうですね。なんかウェブサイトとかだとアクセシビリティとかそういう言葉もありますし、なんかいろんなことが言われてると思うんですけど、言葉がこう乱立しててごっちゃになってるなぁとは思っていて、
なんか多分インクルーシブデザインっていう言葉の出自が結構この言葉の違和感みたいなのを形作ってるのにもつながってるかなと思っていて、インクルーシブデザインっていう言葉は私同い年で32年前にできてるんですね。
そう、同年なんですよ。イギリスのロイヤルカレッジオブアートっていう英国公立大学、芸術大学みたいなとこがあるんですけど、そこの教授の方が、公演というか学会の中でそういう、それこそインクルードされてる方、インクルードできていない人を仲間に、
入れていきましょうみたいな文脈で、インクルーシブデザインっていうのをやっていきましょう、そういうのが大事ですよっていう話を使ったのが最初らしくて、そこからそこで学んだ方々っていうのが、私の大学の時の教授でもありましたし、
日本でいろいろインクルーシブデザインを広める活動っていうのをされてきた、その中心的な方々って結構そのロイヤルカレッジオブアートに留学されてた方とか、提唱されてた方とも多分一緒に研究とかちょっとやってた人たち、時間に関わってた人たちなんですね。
そう、なんかそういう背景があって、なんかその入れて、なんか仲間に入れてあげるよみたいなのって、私神視点だと思ってて。
神視点。いいですね。
仲間に入ってる人ではないんだけど、あなたはこっち、あなたはあちらみたいなのを、なんか決める存在があるって、神なポジションだなと思っていて。
そう、で、そこに違和感を覚えたっていうのが、やっぱそのさっきも出た同人誌を書きながら結構どんどん違和感が募っていって、で、その私この同人誌の中には、なんかあの肩書きが迷子になっていて、すごいインクルーシブデザインの作家みたいなこととかもいろいろ書いてるんですけど。
そう、出した後に、これは違うなと思って、本を出したにも関わらず文具と当事者デザインの研究家っていう肩書きにまた変えたんですね。
で、やっぱ使いたかったのが当事者だな、当事者っていう言葉だなと思って。
そうですね、当事者だとなんかその参戦、参加している人がみんなその当事者を名乗れるから、インクルーシブだと、なんかどっかに中心があって、あのそこに入れてあげるよっていう、なんかそのエゴセントリックというか、自己中心主義みたいなところがすごい強いなっていうのをすごい違和感として持ってたんですよね。
なんでそっちが中心やねんみたいな感じ。
そうしたからこういう不自由って生まれてるんじゃないのっていうのとかも結構社会においては、いろんな場面で見受けられると思うんですけど、でも当事者っていうと全員同じスタンダードというか、同じ目線から物事を考えましょうねってなるから、当事者デザインっていうのはしっくりくるーってすごい思ったんですよね。
なんか今までの自分の中でも一番わりとしっくり目に来てて、今いい感じなんですけど、なんかやっぱその神視点を持っている方みたいな、今インクルーシブデザインを提唱している人たちが当事者意識がないっていうこと、
当事者の意識をすごく大事にする手法であるにもかかわらず、当事者意識がその提唱者にないっていうのはどうなんだっていうそこのちぐはぐさだと思うんですよ。
裏腹っていうか、すごいアンビバレントな存在ですよね。
なんかあんま関係ないと思ってないかいみたいな感じに。
あんた排除されないとでも思っとるんかい?みたいな感じですけど。
そんな感じです、そんな感じです。
明日は我が身じゃないですけど、あると思いますし。
僕も結構授業でやるときに学生にビビって欲しいなっていうのをちょっと思っていて、
インクルーシブデザインというか、当事者デザインと、名称はなんでもいいんですけど、
あるデザイン、あるプロダクトがあったときに、排除されてしまう瞬間っていうのは誰しもに訪れうるっていう。
例えば車のドアの取って一つ取っても、たとえば皆さん、割と多くの学生が健常者なので、
じゃあ普通に車のドアって乗れるでしょっていうふうに話をするんですよ。
荷物いっぱいだったときって簡単に乗れるとか、
じゃあ例えば10年後とかね、子供と行って抱っこしてそのまま乗れるって言ったら乗れないのよ。
自分自身は子供を抱っこして荷物抱えて、両手塞がった状態で、
ああどうしよう、これあんまり地面に置きたくないな、地べたに置きたくないな、
でも車のドア開けなきゃみたいなシーンって訪れるよねってなったときに、
その状況においては、その車のドアのノブをガチャって引いて開けるっていうデザインは、僕らを結構排除してるじゃん。
だからその状況によって誰でも排除されるんだよっていうことを結構話として持ってくるんですよね。
そうすると確かにそうやなみたいな顔をみんなしてくれるので、
言われてみればみたいな。
それは神視点に、気づかないうちにみんな立っちゃってることってすごい往々にしてあるなっていうのは、
元流の人たちがそうなっちゃってるのはちょっと問題だろうとは思うんですけど、
そうじゃなくて、みんな結構あることだぜっていうのを結構重要視して教えてますからね、インクルーシブデザインを話すときに。
これね、勝手なイメージだけど、さっき言ってもらった通り30年ちょいぐらいの歴史しかまだない思想で、
この30年なんて本当に、資本主義、民主主義全盛期みたいな、この時代じゃない?
マーケットを見て、いわゆるマーケティングっていうことをするみたいなことがかなり確立された30年ではあって、
その中で、どうセグメントして、どうカテゴライズしてそこに当てていくかみたいなことが、
あまりに多分行き過ぎた感はあるんだよね。
カテゴライズするっていうところが、ビジネス界隈も含め、いろんな人たちから抜けなくて、
どうしてもインクルーシブデザインみたいなのが、排除されてるとされるカテゴリーの人を入れるんだみたいな思想になってしまった感がすごいあるのよ。
そうじゃなくて、もっと個人個人の問題って、障害者をインクルードするんだとか、別にそういう話じゃないんだよなみたいな、
あんま伝わってないよなって感じがすごいある。
自分ごとで考えるみたいなこともよくフレーズで出てくるんですけど、障害者に明日なるかもしれないよみたいな話とはちょっと違うと思うんですよ。
すでに何かの当事者であることを意識するっていうのが、目指すところなのかなとは思っていて、
それこそお子さんがいらっしゃってみたいな、さっきのお子さん抱えて荷物持って、さらに雨とか降ってたら最悪じゃないですか。
ああいう傘とかいう存在も持ってたら片手がふさがるわけであって、そういう境遇もそうだし、何かができないとか、そういうことじゃなくて、
多いか少ないかみたいな数で決められていく社会だったからっていうのはそうなんだろうなと思うし、
インクルーシブデザインっていう言葉がデザイン側から出てきたっていうのも、デザインがすごく大量生産の時代だったからっていうことなんですよね。
大量生産前提で設計をする。設計するっていうのは、人が必ず設計図って線を引いているので、
結構プロダクトデザインとかやるときには、設計図とか物を分解するとかそういうことをすると、この設計者が何をしたかったのかとか、
こういう人のことは考えてて、こういう人のことは考えてないなとかが分かるようになるんですね。読み取れるようになるんですね。
で、そこを、なんていうかな、そういうのがしなきゃいけなかった。大量生産じゃないと物が作れなかったから。
それが、でも含められてない人がいるよね。その線を引いたときに、考えられてない人がいるよねっていうところの気づきからできたインクルーシブデザインという言葉があって、
その時代、30何年前っていうときから、物作りのあり方みたいなのも結構変わってきているので、マーケティングのやり方にしろ。
次のフェーズに行ってもいいんじゃないみたいな、弟子の時代にちょっと引き継いでもいいんじゃないみたいな感じ。
物とかサービスあふれてますからね。こう言ったら、飽和状態にあるというか、そこでまた同じものを入れようとしても結局その世界とか社会に溶けないよねっていう感じはあるので、
そうしたら異物を投入してあげなきゃいけないっていう気もするし、もちろん今我々ちょっと入れてあげますよとか、排除に気づきますっていう時の神視点的なのを批判的には話しつつも、でもその視点も大事は大事なので、無理に叩けないっていう難しさもあるんですよね。
これね、ここまでのインクルーシブデザイン、ちょっとね、ごめんなさい、かなり専門的な話というか、超インクルーシブデザインの話になっちゃうけど、やっぱね、ビジネスのここが良くないよなっていう、経済的な市場のここが良くないなっていうところが、今のインクルーシブデザインってすごい出てるなと思って。
なんかそれがいわゆる、さっきさんもおっしゃっていただいてたようなところに似通ってくるんだけど、リードユーザーって概念だと思うね。
リードユーザーって何かっていうと、要するにインクルーシブデザインっていうのは、排除を今されている人たちから始めますと。そこから、今まで見つかってなかったインサイトみたいなことを見つけて、反省させて市場に入れてくんだみたいな話の中で、今まで排除されていた人って誰なんだ、障害者多いですよねみたいな文脈。
やっぱりビジネスってお金になるようにナラティブ作らないといけないから、どうしてもそっち方向にバイアスかかっていっちゃうんですよ。これはもうこのインクルーシブデザインに関わらず皆さん気をつけてほしいですけど、どうしてもそっち方向にいっちゃうんですよね。
リードユーザーっていうのがどう生まれてきたかって、障害者っていうのは、これから日本に限らず韓国とかもそうだし、他の経済大国が経験していく超高齢化社会において、彼らがいち早くその市場で困ることっていうのを経験してるんだと。だからリードしてるんだ、彼らが。
だから彼らの言うことを聞いて、これから出てくる課題に対して市場浸透できるような商品を作るには、そういう目線のところから商品を作っていかないと、10年後20年後30年後みたいなところの市場競争において勝てませんよみたいな語り口をするわけ。わかるかな。それでリードユーザーなわけ。
言われてる側からすれば、どの口が言うとんじゃいになりますよね(笑)
本当にね、僕当事者なんで、当事者っていうか障害者なんで、別にそうじゃないんだよなみたいな感じはすごいある。わかるんですけどね。その方があまりにまだノウハウがないというか、インクルーシブデザインに触れてないビジネス、ビジネス界隈なんて言うたらほとんど7割8割の20代から60代がそうじゃん。
まあそうね、ビジネスに関わってる人。
そこにどうやって受け入れてもらえるかみたいなストーリーを一生懸命考えるわけよ。やっぱそうなるよね。
でもそれって全然無視してるなって。その語り口じゃないと刺さんないかもっていうのはなんとなくわかるけど。
レッドオーシャン開拓したいぜっていう症候群というか、今まで手つけてこなかったマーケットがあると、市場があるよっていう風になった時にそれを気づくのに有用ですって言ったら、それはなんかやったーって思うもんね、ビジネスとしてはね。
そうそう、ブルーオーシャンのところから攻めてこうみたいな文脈もあるにはせよ。なんか多分そういう語り口じゃない、まあこの語り口ならいけるだろうって誰かが多分なったんだと思うけど。
多分そうじゃないよね。そんな伝え方するより、なんかなんて言うんだろう、もっと簡単な伝え方あんのになみたいなのはなんかすごい思うっていうか、マーケティングの勉強してたらまあわかると思うけど、ニッチ戦略ってやっぱあるじゃんね。
あるね。 要はそのニッチなところ、要するにその市場のパイがでかいところってどうしてもこう金銭力の強いとか経済力強いところが規模の経済性で持ってっから、そうじゃなくてこうニッチなところの需要に関して商品当てていきましょうっていうニッチ戦略ってマーケティング上あるし、ほとんどのビジネスマンがおそらく知ってるはずで。
要はそれイコールそれですとは言えないけど、考え方としてはそれなんだよね。経済要はそのマーケティングとしてこう受け入れてもらおうと思ったらそれで、なんか今日もなんかないかなと思って調べてたんだけど。
インクルーシブデザインのでもその一番面白いところっていうかはニッチ戦略じゃなくてニッチプラスマジョリティに訴えかけられるよねっていうのが面白いところだよねっていう、でもなんかその売り文句がニッチ産業ですみたいな。
やめてほしいよね。
なんかそれでさ、これなんかもっと刺さりやすい言い方ないのかなと思って調べててずっと。調べてたんですよ。で、今日もなんかそれ調べてて、ではなんかそのインクルーシブデザインをいい事例として出していくみたいな話になると出てくるものは限られてくるじゃんね。
インクルーシブデザインを使ってこれやりましたって商品なんてまだまだないから、全然限られてきてて、これニッチ戦略の方から探した方が早いんじゃね?と思ってニッチ戦略の方から探したのよ。そしたらいや見事にそれってのもあってやっぱ。
これインクルーシブやんみたいなのがニッチ戦略の中で生まれてきたプロダクトってこと?
Wii。
ニンテンドー?
ニンテンドーWii。
おー。
Wii。
ゲーム市場っていうものをブワーって広げたわけ。あの人たちあれで。
うん。
あーそうかー。
うん。今まで排除されてる本当にちっちゃくてできない子供とか、ゲームとか慣れてないからやんないっていうおじいちゃんおばあちゃんとかが一緒にゲームできるみたいな市場にしちゃったわけ。
そうだね。あのWiiのCMがそうだったもんね。
そうそうそう。
おじいちゃんおじいちゃんみたいな。やろうよーみたいになってね。
いやそういうことってなって。
任天堂すげーなー。
いやすげーんだよ。ビジネス的に刺そうと思ったらやっぱそういうことなんだと思う。ただまあ果たしてそれがインクルーシブデザインとイコールかって言われたら、多分なんかもっと踏まないといけないプロセスは違うと思うし、難しいところではあるけど。
でもなんかこうビジネス、もう僕はこの3人の中で言ったらビジネス畑なんで。刺さるって言ったら多分そこだろうなんて。
なるほど。
それってなんかどうやって発見するんだっけっていう、たまたま任天堂さんが発見しただけなのか、インクルーシブデザインを使ったのかはわかんないけど、そこに市場があるよねってどうやって発見するんだっけって、今まで自社のプロダクト使ってなかったユーザーのところから広げていくっていうのがいいよねってしそうだと思った。ビジネス的に当てようと思ったらね。
なんかビジネスの文脈の人にインクルーシブデザインっていうのが面白くてねみたいな話をしようとしたときに、一番やっぱ伝わらないのって困ってる人の、さっきから言ってる当事者感というか。
困ってる人が持っている感覚、困っている人っていうか、ある状況においてちょっと不便を感じることが、誰しも本当はあるはずなのに、あんま困ってない人が多かったりして、自信がある人みたいな。これはね、たぶんビジネス畑に対する偏見が含まれている気がする。
でもあるある。あると思いますね。
ビジネス陽の、陽キャというかですね。
わかりますよ。言いたいことは。
マッチョな人たちですね。
元気だなと思ってて。困ってない人に困ってることを伝えるのってすごく難しいなと思って。
今困ってませんみたいな人に対して、困っている感覚を伝えたりであったりとか、それを字面だけじゃなく感覚として持ってもらうみたいな、やっぱり伝わりきらないもどかしさみたいなところがすごくあるなと思っていて。
それってたぶんそのものを作るときに、誰のことは含めて考えていて、誰のことは今回は含めていませんっていうその外側みたいなところに人がいるってことを認知してるかしてないか。
その存在を知っているかどうかみたいなところを、知ってる人と知ってない人とで話したりとか、一緒にものを作ったりとかしてるときに感覚が違うなっていうのは私の中では体感としてあるんですよね。
だからその感じを伝えたいし、大事にしたいし、これが結構鍵なんじゃないかなみたいな思いながら、私も模索してるところではあるんですけど。
インタビューの仕方みたいなのは、もうちょっとどっちも折り下げた方がいいな。インクルーシブデザインやってる人も、普通のビジネスでマーケティングやってても、インタビューとか市場調査でアンケート取るとかは普通にやるし、そこの対人コミュニケーションみたいなところがあんまり成熟しきってないんだろうなっていう感じはものすごいある。
ある種、中小とか町工場とか、そういうところではむしろ対人じゃないとできないコミュニケーションをずっとやってるので、そこって現場のノウハウとか、テキスト化されてない、データ化されてないなんやかしがいっぱいあって。
そこってすごく、共通言語を持ってない人が話し聞きに行ってもなんもわかんないんですよね。
なるほど、確かに。
そういう、知ってるか知ってないかとか、共通認識とか共通用語とか、同じスタンスに立てるかどうかみたいなところが、インタビュアーってすごい重要っていうところは、いろんなジャンルでも言われてますよね。
そうですね、まあでも確かにそれがないとやっぱきついっすよね。
その、掘り下げられないっていうか、会話にならないみたいなことが発生しちゃう。
ね、ほんとにほんとに。
それってやっぱ、市場調査とかってそうだけどさ、どうしても数字の世界だから、10段階で評価してくださいとかいうアンケートを聞きたい。
難しい、なんか難しいけど、インタビューする人、回答者が、回答者個人として答えられるか、そのカテゴリーの中に含まれている一人としての回答しか返ってこないから。
なんかカテゴライズの普通の回みたいになりだしたね、大丈夫ですか。(笑)
でも、前者じゃないとやっぱいいインサイトって出てこないよなと思う。
うん。
し、いくらインクルーシブデザインっていうフレームを当てはめたところで、そこで破綻しちゃうよなって思う。
しんぺーと僕とよく話しているのが、インクルーシブデザインっていうのはある意味テーラーメイドだと、
一人一人に見立てたり仕立てたものを作っていく作業っていうのが、結局はいろんな人にとってもすごくいいデザインだったり、いいものだったっていうのがインクルーシブよね、ということに結構話が落ち着くことが多い。
造る側というか発想する側なのかもしれないけど、想像力もしくは実体験のどちらかが絶対必要だと思うんですよ。
これすごい遠いアナロジーで類推というか、似たものを探して申し訳ないんですけど、
サッカーのワールドカップがあった時とかに、チームを批判する人ってむちゃくちゃ批判するじゃないですか。
誰が戦犯だとか、あのプレーがクソだったとか、お前みたいな感じの物言いをする人たちいるんですよ。
僕はその人たちに言いたいのは、本気で一回サッカーやったことあるっていうのをすごく言いたいんですよ。
僕は息子がサッカーし始めたからフットサル、趣味でやりたい人とか歓迎ですみたいなフットサルとかに行くんですよ。
で、そうすると経験者にボッコボコにされるわけですよね。爪も剥がれたし。
でもそれが痛気持ちいいんですよ。サッカー…めっちゃマゾヒストっていうことを言いたいんではなくて。(笑)
ちょっと語弊ある。
語弊ありすぎるんですよ。
マジでその状況を知ると、あの時パッてボール来た時に蹴れるかみたいな。
例えば2006年かな、柳沢にすごくいいボール来たけど、ボール吹かしちゃって、急にボールが来たからってインタビューで答えたせいでQBKみたいな頭つけられて、
急にボールが来たからできなかったみたいな言い訳をして、脱勢みたいな感じになってるけど、急にボール来ても蹴れないんですよ。
っていう、本当に当事者になると見えることってめちゃくちゃあって、僕それからサッカー見た時に応援とかしてて、下手くそって絶対言わないって決めてて。
言わないっていうか言えなくなりません? 言えない、そうそうそう、それがめちゃくちゃ必要だと思ってて、それを想像力でできる人って結構スケールだと思うんですよね。
そうなると全部経験にしろってことなのかみたいな話になったりするじゃないですか、そういうことじゃなくて、その人にはその人にしかわからない感覚があるってことを、そこを持っておくことで一個持っておけば、わかんないよもうみたいな。
そう、そこを持っておくための労力って結構いるんですよね、例えば爪が剥がれる経験をするじゃないけど、ガチガチに一回やってみるってすごく重要で、だからといって、よく障害学の授業とかである、車椅子の方の体験をしてみましょうとか、目が見えない方の体験してみましょうで、
自分の目が見えないから自分の体験をしましょうっていうことで、僕の体験をしてみたら、自分が自分の体験をしてみて、自分が自分の体験をしてみたら自分の体験ができるっていうことになります。
それもね なんかあれだよね その寄り添うと理解するは違うからね
そうそう 寄り添うは 寄り添った気になんていくらでもなれんだよね
そうそうそう 寄り添うと理解するのはねやっぱ違うから
すごい毒吐いた人みたいになっちゃったけどね
でもなんか本当にそうだと思うね
理解するってなるまでって結構時間とか
時間かかる
手数がいるんだよねっていうのを理解しないとすごく本質を書くなっていうのを
でも行くところまで行くとなんかその理解できないなって理解するみたいなところ落ち着きません?
分からないが分かるが大事
公文式みたいになってますけどね
でもそれもすごい大事で
分からないが分かるってやっぱりとても大事なことだから
でも分からないが分かるに至るのもものすごい段階がいること
手を動かしてみる体を動かしてみるってして初めて得られる体験というか気づきだから
それを怠っちゃいけないしそれをないがしろにするようなものだと
多分その今割と乗ってきてるというか
ビジネス界でも注目されているインクルーシブデザインっていう概念だけど
それが本当にあの一過性のものになっちゃう
それは多分僕もしんぺーもやまめさんも多分嫌だなって思うことだと思うから
一過性のものにしないために痛い体験しなきゃいけないというか
必ずしも痛いとは限らないけど
ちゃんと体験する
それね一番危惧してるのは
要するにそのフレーム使うじゃない?
要するにそのインクルーシブデザインっていう言葉がいいかどうか置いといて
方法論としてはめちゃくちゃ有用だと思う
ピンとくるビジネスマンだったらピンとくると思う
ただそこのインタビューする
要するにそのインサイト掘るっていう部分で
あまりに業務委託した業者ができないと
全然いいもん出てこないじゃんインクルーシブデザインってなるじゃん
なると思う
そこが危ないんだよね
事例作りたいのもわかるし
いい事例がないとインクルーシブデザインが広がっていかないっていう
その部分もものすごく理解できるけど
一回そこ詰めないと結局使えないじゃんみたいなことになるよねって思っちゃう
ChatGPTの直前のAIブームってわかる?
わかるわかる
機械学習ブームみたいなときのことですか?
ディープラーニングが流行った頃の
LLMまで行ってないディープラーニングの時の
研究者はそのすごさがすごいわかるし
やべえの出てきたってなるんですよ
ビジネスもそこに乗っかって
AIとか言ってればめっちゃ儲かるかもみたいな感じで
AIとかそういうものに任せとけば全部オッケーみたいな
脳天気な野郎がめちゃくちゃいるんですよね
怒りを感じる
これは良くないな
これは良くない
めっちゃどこかに入りかけて
大丈夫ですよ
アカデミックの勇気なんでケイちゃんは
今危ないところです
でもそのIBMがAIに対する
いくつかの誤解みたいな
十箇条とか出したりするのに
それを全部片っ端から破っていくような
おじさんおばさんの
そこがねやっぱビジネスに入れる悪いとこなのよ
百鬼夜行よあんな
同じ構造なんだよね結局
同じ構造的な問題で
デザイン思考だってそうだし
最初のAIブームだってそうだし
今回のインクルーシブデザインが仮にビジネスに受け入れられたとしても
同じ現象起きるし必ず
そこがすごく危惧されるかなって感じ
結局そのインタビューのところがあんまり深掘りされてなくて
本来であればインサイトを得られるはずなのに
全然そこができなくて
全然良い結果を得られないみたいな
触りのマーケティングだけやってみたけど
全然別に良い結果出ないのと一緒みたいな
そうなったら嫌だね
それぞれの役割があるじゃないですか
ワークショップに参加したりする
意見を聞かれる立場の人と
インタビューをする立場の人と
インタビューする人と形に落とし込んだりする人と
一緒のパターンもありますけど
アウトプットにする人と
マネタイズする人というか
ビジネスで最初に導入しましょうという
意思決定をする人みたいな
いろんなレイヤーがあると思うんですけど
それぞれに求められていることというか
そこの条件をクリアしないと
インクルーシブデザインという
本来面白い魅力的って思っている部分が
崩れるみたいなのが結構危うい
条件厳しめなところがちょっとあって
デザイン思考とか
付箋に
正方形の付箋にいっぱい書く
今飛んじゃったブレインストーミングとか
そういういろんなフレームがあると思うんですけど
あると思うんですけど
ああいうものって
誰も不幸にはしないんですよ
やった気になって気持ちよくなればいい
みたいなところもあると思うんですけど
質がそれをやった結果
質がそれでも低くても
お金にならなかったねだけなんですけど
そこでインクルーシブデザインにおいて
危ういなと思うのは
実際に人を巻き込むので
それこそ神視点で
あなたたちを仲間に入れますよっていう
たてつけで呼んでいる方々を
使うだけ使って
あれ私が言ったこと何も聞かれてなかったのかな
結局役に立てないんだねって思う
みたいなのが
その気持ちにするっていうのが
掲げている建前と真逆のことをしてしまうっていう
のが私の一番危惧しているところかなと思っていて
でも起こり得ますよね
起こり得るしすぐに起こってる
起きている
さっき言ってた結果が出ないみたいなところが
どうしても今で言うと
障害者をリードユーザーとして入れてるけど
障害者側にスケープゴートされちゃうっていうことは
絶対起こり得るよなって思う
回答者側が悪いよねっていう
聞き手のレベル不足なのに
回答者のレベル不足だって言っちゃう
聞き手のレベル不足というか
インクルーシブデザインの概念から
インタビューが大事だよねってことを理解せずに
フレームだけ当てはめると
そういうこと起こり得るよねっていう
怖いね
結構シビアなフレームっぽくなってますけど
さっき極端なニッチなものを出したときに
思ったより同じ不便を抱えてて便利だ
これが便利だって思ってくれる人っていうのが
案外いるみたいなのが理想型じゃないですか
ニッチな商品みたいなのって
それの話を聞いてて思い出したのが
私大学の授業の中で
全然インクルーシブデザインとか
そういうのとは関係ない授業だったんですけど
誰か質問ありませんかみたいなときに
やっぱ手あげるのって勇気いるじゃないですか
なんですけど
なんか気になってることがあったら
50人教室に学生がいたら
1人が思ってることって
7人くらい同じことを
同じ疑問を持ってるっていう
統計的な確率の話があるんですって
めっちゃおもろ
だから1人が頑張って勇気を出して質問してくれたら
あなたは7人を救うことになるから
手あげて質問しましょうやみたいなことを
言ってくれる先生だったんですね
明日から使っていいですかそれ
明日から使える
今日中はとりあえず
違う当事者がいる
でも本当にそれいいよなと思うんですよね
大勢に対して何かを言わなきゃいけないときに
案外いるんですよっていうことを言ってあげるのって
すごい安心感が得られるなと思っていて
それって多くの人に売れますよであったりとか
それを売れるために
お金にするために
言い方とかアプローチの仕方とか
工夫できることってもっとあるんじゃないですか
であったりとか
足掛かりになるというかビジネスにつなげる感覚として
自分がその感覚を持ってるのって
すごい自信になるなと思って
確かに本当にそうですね
めちゃくちゃ大事かもしれない
自分も本当は授業してて思うんですけど
意見を言える子とかって
結構少ない時とかがやっぱりどうしてもあって
でもその子が質問すると
うなずいてる子結構いるんですよね
そういうことですよね
インクルーシブデザインとかも
僕自身がインクルーシブデザインで
この後仮に実践しますよ
ワークショップやりますとかってなった時に
ものすごく壁になるなと思ってるのが
人間の順応力の高さなんですよね
適応能力の高さというか
生き延びるために
こういう形として僕らは生き延びてるじゃないですか
人間という種として
人という種として
っていうのは結局その順応の成れの果てなわけですよ
多分いろんな個性を抱えている人とか
障害を持っている人とかっていうのも
今のその状況にすごく順応してしまっていて
ちょっとの不便を不便とも思わないっていうのが
ものすごい壁になりそうやなとは思っていて
だから本当に何でもいいからもう
ケチつける天才にでもなったつもりで
もうケチつけていくというか
なんていうんですかね
わかるよ
わかる?言いたいこと
ちょっとわがままだけど
言った方がいいよねってところの
ラインを越えた方がいいよってことだよね
まあでもそうなんだけど
でもそれを引き出す
インタビュアーの能力もやっぱ必要なのよ
このフレームに関しては
何回かインタビュー
インタビューというかね
私もワークショップやったりとか
インタビューとかいろいろする中で
よくやるのは
よくやるというか
こう言えばいいんだなって
1個私が持ってるのは
工夫を聞く
ネガティブなことを聞くと
申し訳ないなってなって
わがままじゃないかなってなったりするんですけど
こういうやり方して
今んとこ頑張ってるみたいな
その人の頑張りのアプローチで
聞き始めるっていうのを
取っ掛かりとしてやることは多いですね
そうすると
話し始めてくださるので
面白いそれ
こういう時どうしてたっていうのを
聞くってことですよね
そうですね
やっぱり自分の想像できる範囲で
ここが不便なんじゃないかな
みたいなことって想像つくんですけど
その想像つく範囲みたいなのって
大したことなくて
自分なんか立場が違うと
そのレベルは超えてるはずなんですよ
大体
そこはもうクリアしてます
みたいな感じになるから
まだ知らない部分を聞きたいなんでしょうけど
じゃあその乗り越えたのは
どういう方法で乗り越えてるのっていうのを
聞くと
やっぱもうすでに工夫が積み重なっているので
そこにも十分得られるものってあるんですよね
面白い
やっぱ実際やってる人違うね
違うね
あれですよ
それもサッカーと同じで
やってみたらいいですよ
インクルーシブデザインワークショップ
やりたいですね
やってみたいなと思ってて
僕まだ爪剥げてないんで
そのインクルーシブデザインワークショップ
多分
爪剥ぐとかになると
聞いてる人痛いから(笑)
怖いじゃないですか
ごめんなさい
脳筋が過ぎた
体験は必要だよね
そこは本当にそうだと思うな
そこがやっぱベラボーに上手いなと思うのが
本当に伊藤亜紗さんだと思う
あの人はやっぱすごい
伊藤亜紗さんのダイアログを言語学的に研究してみて
面白そうだよな
めっちゃおもろいと思うよ
なんであんなに
みんなの
なんていうのかな
安っぽい言葉になっちゃうけど
心の内から出てくる
感情みたいなのを
どうしたらこんなに吐露させられるんだろう
この人はと思う
なんでなんだろうって
すごいね
柔らかいところに触れる
柔らかいところに触れるというか
滑り込んでいくのが上手なんですね
聞き方が上手いっていうのもやっぱ
あるんだけど
二人は喋ったことあるってこと?
伊藤亜紗さんとやまめさんも
しんぺーが喋ったことあるんだけど
私はないですね
僕だけかな
他の人のインタビューとか見てても
他の人のインタビュー見てから
喋りに行ったんだけど
どうしてこんなにみんな
うまく言語化できてるんだろうか
すごい不思議だったの
身体感覚を言語化するって
超むずいから
自分の体験してきたこととか
そういう時どういう感情だったかみたいな話って
質問の仕方によっては
出てこないじゃんね
なんでって思ってたんだけど
初めてメールでやり取りした時に納得した
質問が上手い
メールでわかるんですね
メールであらかじめ10項目ぐらい
先に答えてくださいっていう
フリーテキストで答えてくださいっていう質問が
飛んでくるんですけど
それが上手い
質問の仕方が
ここで詳しく言うのは
だからあれだけど
やっぱべらぼうに上手いなと思う
ちょっと話聞いてどうやってインタビューしてるんですか
みたいな話しててもテクニック持ってるし
あえて間違ったこと
聞くとかも言ってたし
違いますって
言わせてじゃあ何なのか
っていうことを語らせるとかっていう
そこのインタビュー力みたいなのが
ものすごい強くて
それにでも影響を受けて
やまめさんと知り合うきっかけになった本を読んだときに
それそれってなった