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2026-02-03 16:02

本当の自分はいるのか〜コンビニ人間から考えたこと。

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サマリー

このエピソードでは、村田沙耶香の小説『コンビニ人間』を通じて、自己アイデンティティの探求がテーマとなっています。主人公は社会に馴染めず、コンビニでの仕事を通じて自己を見失っています。このことを通じて、自己理解の重要性について語られています。また、主人公の立場や環境が性格にどのように影響を与えるのかについて考察されています。彼女の体験から、相対的な人間関係が本当の自分を形成する様子が掘り下げられています。

コンビニ人間のテーマ
皆さんどうもこんばんは、蒼葉レイです。
今日のテーマは、本当の自分は存在するのか、コンビニ人間という小説を読んで考えたことというテーマで話していきます。
今回のテーマとしては、最近自分は人生最大の小説ブームになっていて、
かなりのペースで、信じられないくらいたくさん本を読んでるんですけど、
なんでそういう気になったのか、成り行きというか、たまたまというか、
大学に行くまでの通学時間が高校の時とかと比べると長くなったのもあって、
その時間、有効利用したいなというか、いい感じに時間潰せないかなみたいな感じで、
小説を読み始めたら、結構ずっと読んでるっていう感じですね。
今回は、その小説史実第一弾ということで、
それがコンビニ人間という村田沙耶香さんという方の本を取り上げながら話していこうと思います。
村田沙耶香さん、皆さんご存知ですかね。
僕はなんとなく聞いたことはあったんですけど、あんまりちゃんと知らなくて、
昔、教科書とかに今思えば村田沙耶香さんの小説か何かって上がっていたような気もするので、
業界的にすごい有名な人らしいんですよ。
芥川賞か何かも受賞されてたりとか、だからすごい有名な人なんですけど、
自分はあんまりちゃんと意識して読んだことはなかったので、今回初めてちゃんと読んだ感じなんですけど、
今回のこのコンビニ人間ってどういう話かっていうと、
すごく端的に言うと、社会に馴染めなかった人がコンビニで働き始めたことによって、
コンビニ店員っていうアイデンティティを手に入れたことで、
そこで周りから信用されるというか、親しみが持てるような自分っていうものが手に入れられたんだけど、
同時にそこのコンビニ店員であるっていうアイデンティティがないと、
自分が何者なのかわからないというか、自分が何をして生きていけばいいのかわからなくなるみたいな、
そういうことをテーマにした話なんですよね。
この話自体はめちゃくちゃ細かく、ストーリーとか僕は全部話すとめんどくさいので読んでほしいんですけど、
自己アイデンティティの探求
この話を読んで自分がすごく思ったのが、
まず主人公と結構似てると思ったところと、これは似てないなと思ったのが、
主人公が元々は結構自分の感情に素直に行動したりとか思ったことを話すタイプで、
そこの行動っていうのがちょっと周りからすると惹かれるので、
それを意識し始めてからは周りが受け入れられるような、
あんまり目立たずに、かといっていじめの対象とかにならずに済むような自分でいるっていうことを
お意識して生きてきたっていうところ。
ここに関して、まず僕自身もそういう周りが刺激を受けすぎないような性格というか、
周りが受け入れられる自分でいいよっていうふうな意識は小学生くらいの時からあったなと思うんですよね。
僕の場合は上手く立ち回るっていなくて、すごいいじめられたとかはそんなないですけど、
ただ、なぜんでない感が出過ぎちゃった時もあるなと思います。
でもそれと同時に、別の部分でそれを補いながら人間関係とか、
意外と小学生の時とかは全然ない時もあれば、
そういうすごい目立っている子たちと一緒に遊んでいる時もあって、
そういうちょっと波が激しい人間関係を歩んだ人生だったなと思いますね。
人生全部語るのも早くないっていうことなんですけど、小学生の時はそうだったって感じですね。
それで、そういうふうになってくると自我を失っていくみたいな、
主人公はそういうタイプで、
でも自分の場合は、その時はそういうふうに立ち回っているっていう意識はあったので、
でも主人公も自我は完全に失ってないのか、
そういう自分の本当の感情って何なのかみたいなことになっていくっていうところが、
この小説のテーマなんですけど、
僕の場合はそういう時もあったかもしれないし、
でも完全に自我を失ったりとか、自分が何したいか全くわからないとか、
まではあんまり言ってなかった気もしますね。
縁起をしていたっていうことでもないですけど、
こういう時はこういう自分でいようっていうのは何となくあったんだと思います。
それは結構自分の場合、小さい頃から自分をちゃんとしていた方がいい人間なんだっていうふうに思ってたんですよ。
それはちゃんとしなきゃっていうよりかは、
そういうポジションの人間なんだとある種傲慢に思っていた感じがあって、
だからそういうことを別に表に出して当然言わないですし、
言ったら成立してないわけですよ。
ただ嫌なやつなんで。
でもなんか完全に馴染もうとしない感じはあったのかもしれないです。
だからちゃんとしていた方がいいっていうことと、
ある種自分のプライドの高さも同時にあったのかなと思ったりもしますね。
別にプライド高いよねとか言われたことはないんですよ。
逆にもっと目立たない感じで生きていった感じなんですけど、
でもそれって今思えばプライドの高さから来ているものでもあったのかなと思ったり、
でもそういう自分と同時にすごく周りに刺激を受けやすい自分もいて、
例えばすごい緊張しやすかったりするとか、
ずっと自分と合わない人といるとメンタル的にすごく疲れる感覚とか、
そういういろんな弱い自分と、かといってその弱い自分を補うような、
並立しない、共存しないような自分も同時にいて、
それは例えば地位を求めたいとか立場を求めようとするというところ、
それは自分がなんでちゃんとした人じゃなきゃいけないのかっていうのは、
そういう立場にいるからだと思っていたっていうと、
めちゃくちゃ語弊があるんですけど、
ちょっと後付きもあると思います。
小学生の時にそこまで細かくは考えてないんですけど、
どちらかというとちゃんとした人っていうポジション、
真面目な子みたいなところでいた方がいいっていう意識がかなり強くあって、
常にそっち側でいなきゃいけないものだと思って、
ある種プライドが高いところもあるし、
私に自分の中で全然自分のそういう刺激が刺激に弱いというか、
メンタル的に疲弊しやすいっていう性格と
全然一致しないような行動を突然取る時が自分の人生で何度かあるんですよ。
それがすごい運動会とか文化祭みたいな時に、
専攻生と自分のところ500人くらいって、
でも運動会とか文化祭ってなったら保護者の方とか地域のいろんな方とかも来るので、
800人とか1000人とか、それ以上くらい学校に集まったりするわけですけど、
それくらいの人の前で一人というか代表者、もうちょっと、
もう2人から言いましたけど、
1000人くらいの視線が集まるような場所で話すっていう立場に立候補したりもしてて、
そこが全然、なんでそれはできるのかも。
今思えばわけ分からないというか、目立ちたいのか目立ちたくないのかもよく分からなかったんですけど、
でもそういうどっちが本当の自分か分からないにしても、
コンビニ人間と自分の立場
その時々に自分の立場を相対的に考えながら生きてきたんだと思うんですよね。
この小説の主人公とかも、
コンビニの店員でいられるときはいい人になれるというか、
周りから親しみが持ちやすいような自分になれるんですよ。
それはまずコンビニってマニュアルがあったりするじゃないですか。
明るく大きな声で挨拶するとか、笑顔で接客するとか、
そういうマニュアルと自分の立場、環境っていうのがだんだん自分の性格を矯正していくみたいな。
そうなっていくと、結果的に最初は周りとどういう風に関係を持っていったらいいのか分からないとかだったのが、
コンビニ店員でいられるときだけは、自分にその立場というかポジションが与えられているので、
その自分になりきればいいっていう風に思えるっていう。
それが主人公を変えていく部分もあるんですけど、
当然それがないときは、本当にただそれが喪失した感覚にまた戻るっていう感じで、
そこの感覚が本当の自分っていうものがあるわけじゃなくて、
自分の性格とかそういうもの自体も、自分が常に一つ同じ性格があるわけじゃなくて、
周りとの人間関係とか、相対的なものでそういう性格って生まれるのかなみたいな、
そういう風に思ったりもしましたね。
だから自分の中にも優しいところとある種残酷なところが多分あって、
それは誰とどういう時に会うかで変わるんだろうなって思うし、
でもどっちも本当なんだと思うんですよ。
でもそういう中で本当の自分はこうじゃないみたいな風に考える人もいると思うんですけど、
もし自分が今考えている、もっとこういう自分でありたいと思うんだとしたら、
それは自分がそういう風な立場になれるような環境で生きるしかないというか、
そういう風にも感じたりしましたね。
別にこれの解釈だけが正しいわけではないんですけど、
自分が少し印象に残っているのが、意味合いが変わりますが、
自分が昔ハンドボールをやってた時に、最初に組んだグループは結構自分がシュートを決められる立場に行って、
周りから自分が目立つ立場に入れたんですよ。
その時は周りから褒められたりとかするんですけど、
次に組んだグループになると運動神経がいい扱いをされたので、
運動神経がいい系のグループの人たちに、
なんかうちのグループ入れないみたいな感じになって、
次はそのグループに入ったんですよ。
でもそしたら今度、自分よりもっと上手い人もいるし、
別に自分が目立たなくなるというか、数あるうちの一人になって、
そうなると自分がシュートを決めるんじゃなくて、
自分よりシュートを打つのが上手い子にパスを回す側になったりとかすると、
今度は自分は全然目立たなくなったりとかもして、
それって結局誰と組むのか、どういう環境で勝負しているかによって、
どれくらい自分が特別な立場になるかどうかも変わるんだろうなっていうことを思ったし、
あくまでそういう、さっき言ったように、
自分がどういう性格とか立場になるかは、
本当の自分っていうものがあるというよりかは、
あくまで相対的な中で形成されていくものなのかなっていうことを、
この小説を読んで自分が感じたことですね。
人間関係と本当の自分
なんか青葉玲として今話しているときも、
それは家族と話してたりとか、同級生と話すときに自分とは、
また完全に一緒ではないと思いますし、
その立場に応じて性格が一致しているのかすらわからない。
というか、いろいろわからないですが、
考えさせられる話だったなと思ったりしました。
皆さんは何か好きな小説とか、最近読んだ小説あるでしょうか?
なんかこの小説シリーズ、面白いかなと個人的に思ったので、
他にもいくつか取り上げていこうかなと思います。
今回はその一つ、コンビニ人間編ということで、
皆さんまた聞いてくださると嬉しいです。
今日も最後までお聞きいただきありがとうございました。
あと僕はX、インスタ、ノート、YouTubeでも発信をしているので、
よければそちらもご覧ください。
それでは失礼します。
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