熊様はどう捉えますか、テクノロジーのデザイン関係というのは。
僕自身のテクノロジーとの出会いって言うと、コロンビニヨークのコロンビニ大学で、85年からディテニス科学というのを行って、その後ドキドキ歴史学を行くっていう関係で、
ちょうどそのときにコロンビニヨーク初めて、ペーパーレススタジオっていうのがあったんですよ。
それはバーナー・ダ・ジュミっていうのが出てきて、彼がヨーロッパから来たから、
アメリカに行ったらかなり強制的に、それこそハーバードプレミアムとかそういうような建築界の中で自分の存在感を出すために、
もうペーパーレスって言って、もう噛みつかないで。
それ、彼が来たのが87年かな。
すごい早いわけよ。
それを分けて見てて、それで僕らの仲間はみんなすごい興奮してたわけよね。
やっぱりジュミがやってくれたな、みたいな感じで。
でもそれに対してのリアクションで言うと、やっぱり形を作るためのツールっていう感じでコンピューターを使うわけ。
そこでパラメーターを入れて、パラメーターをこういう形に変化していくと、
見たことがないようにしてきたぐちゃぐちゃした形ができる。
その後のパラメトリックデザインとかコロンデザインとかいうのがあるけど、
それを見てて、今回ちょっと違うなと思う。
最初このものがあったわけね。
それでこういうグニャグニャなすげえ形に見えるけど、
でもこういうグニャグニャな形を作るっていうのは、ある意味では20世紀の最初に、
それこそスプリングデザイン、スプリングラインデザイン、優先経営のデザインみたいなので始まったのの、
もうちょっとコンピューターでその形が自由になってるけど、
基本的にはそれとどこが違うかと思う。
要するに今のパラメーターの話でいうと、トランスフォーメーションになってないという感じがしたわけよ。
だからそれは建築っていうのは形を作る人だっていう定義は変えないで、
その定義の中で新しい部分を手に入れて形がグニャグニャになってるだけで、
その建築とは何かというと建築とは何かっていうところを問い正してないわけよね。
そういうのは面白くないなと思ってたわけで、
なんかそのテクノロジーが建築家の在り方を変えるとか、
あるいは建築生産の在り方も変える可能性があるんじゃないか。
だからそれは建築家が図面を描いて、それを製工業者に渡して作るっていうやり方を変える可能性が本当はあるはずなのに、
そっちが介入しないで、ただ自分の図面の世界だけでグニャグニャと遊んでるっていうのはつまらないなと思ってて。
そしたら90年代からそういう感じで考えるやつが同じような仲間が出てきてさ、
ファーストコンピューターエッジって言ってもセカンドコンピューターエッジって言っても分離するような歴史ってあるし、
それは20世紀の最初にマシンエッジっていうのが出てきて、
機械時代って言ったときにファーストマシンエッジとセカンドマシンエッジってなって、
ファーストマシンエッジって言うのは船とか飛行機とか、
セカンドマシンエッジって言うのはラジオとかテレビとかそういう通信も含んで社会を通り、
セカンドマシンエッジが出てきた展開にあたらせるようにコンピューターの時もコンピューターのデザイン、
セカンドコンピューターのデザインが出てくるっていう話に成立してくれてて、
そのセカンドコンピューターのデザインっていうものは、
エヴォレーション・トランスフォンデーションっていうところに関わっているんじゃないかっていう風に見て、
そっちに関心を持ち始めて、僕が最初に、
そういうのに絡み出したランスケープっていう、
SDって言う出しが今は無くなってる出しに特集を作ったときに、
そういう感じの考え方等を作品でも発表して、
それが公演なんだけど、公演の中にそういうデジタルの仕組みが入っていて、
その公演がいろんな人のお墓の情報が全部入っているんだけど、
見た目はただ公演なんだけど、そこにこういう情報が集積しているみたいなものをやっているっていう風なものをして、
自分のテクノロジーに対するステートメントにしてみた。
だからそういうことを、だんだんとザハ達のパラメトリックな形のフォルマリズムのものと、
それからアンチフォルマルなテクノロジーに対するタイトルみたいなものっていうのが、
2つの流れがあった。
もちろんパラメトリックデザインの世界をすごく大きく変えたと僕は思う。
それは建築としての形っていうのは、すごく自由になっているんですよ。
そういうコンピューターがあったら、自由な建築って言っていなかったんだけど、
その一方で、僕が考えている形じゃないみたいなのをやっているのですが、
それが結局、建築のメトロバスとかそういった流れが来たところに、
またそういう形でそこの部分に焦点が当たっているっていうのが今の状況かなと。
物理的なところに情報という形のないレジェンダーだったりとか、
物理的なところに文字だったりとか、
そういう新しい次元を付け加えることによって意味が変わってくるんじゃないかなっていうのを聞いていましたね。
それは最近台湾から、墓地のデザインを頼まれたら、
実際にもうそっちの世界に墓地の方に行ってて、
墓地の隙間がある、実際に墓石を建てるなんて場所ももうなくなってきている。
そういう墓石なんか建てるんじゃなくて、
デジタルなもので過去の人のメモリーをどうアクセスするか。
それが全体として、緑の楽しい公園に家族で行って、
そこで何かあるきっかけからおじいちゃんにとって会えるみたいな。
そういう考え方が、それはお墓っていうものだけが、
都市全体にそういう考え方がある。
デジタルの考え方みたいなのができると思っていて、
それを僕は地球のOSを書き換えて作ったっていうふうに。
これはハーバーミッシュセールとかそういう文章が書いてあったじゃないですか。
そしたらそれを見て連絡してきた、
なんというか東北で送ってくれたボスがさ、
ぜひこの地球OSを書き換えて一緒になって、
いろんな実際の事実を知った。
それで彼らがいろんな仲間を集めてくれたわけで、
それでその中にはバーチャルリアリティの東大の一生。
実は僕は中学の頃から同級生で、
腐れんでさ、こっちは建築でリアル役で、
広瀬はバーチャルリアル役。
中学の頃から半画で描いててさ、
デジタルの世界に関心がなくて、
自分が描く漫画しか関心がない。
バーチャルオタクだったんだけど、
それがずっと報じて卒業。
VRでは今日本の第一社員。
その広瀬の一緒の仲間に入れて、