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非効率に生きるから生きる意味がある
2026-09-25 14:05

非効率に生きるから生きる意味がある

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サマリー

うつになってから疲労感が抜けず、学会参加後に何日も寝込むなど、以前できていたことが難しくなった実体験を語る。仕事は続けられているものの、無理をすれば翌日に響くと分かっている状態だという。それでも、家族との旅行や外出、勉強など、多少無理をしてでもやりたいことに向かうことが人間らしく生きる価値につながると考えている。病気や障害のある人には身体的・社会的な壁があるが、「無理をしない」で終わらせず、危険のない範囲で本人の決意と周囲の支援を得て行動することが大切だと述べる。

うつ後に続く疲労感と生活への影響
どうも、リハテツです。今日はですね、非効率に生きるから生きる意味があるというお話をしていこうと思います。
何なんだっていうちょっとね、あの難しいタイトルですけれども、僕もちょっと今回はね、何て言おうか分からないんですけど、
何て言えばこれいいのかなとか思ったんですけど、まあ中身としては、自分の実体験のもとに、なんかその、もうちょっとね、壮大な話になりますけど、
人生、どう生きていくかみたいな感じなんですけれども、まあいろんな考え方があると思いますけれども、一個の考え方としてね、持っていただければと思います。
あのですね、なんでこの話しようかなと思ったんですけど、僕自身がですね、やっぱうつになってから、疲労感ってものがすっごい溜まりやすくなったんですよ。
体的な疲労っていうかね、肉体的な疲労っていうのもそうかもしれないですけど、精神的な疲労っていうか、まあどっちがどっちなんだろうなっていうような感じなんですけれども、
とにかくね、疲労感が抜けないというか、今まではなんともなかったことなのに、やっぱうつになって急激になんかこうドッと疲れる感じが出てきているっていうような感じなんですよ。
なんかまあ年のせいなのかなって思うんですけど、でも30だからな、まだとって。全然まだね、いけるアレだと思うし。でも、明らかにうつになってからやっぱりこの症状が強くなっているなあっていう感じがあるので、多分そうなんだろうなっていうところ。
あまりそうですね、なんかやっぱり疲れやすいっていうとですね、あるんだろうなっていうところなんですけれども、まあそういう障害って言っちゃうとどうなのかわからないですけど、まあそういった症状が出てしまっている。
たぶんこれはしばらくなのか、一生付き合っていかなきゃいけないのかちょっとわかんないんですけれども、まあでも先生からも長い目でやっぱり見ていかないとって言われているので、まあそうなんだろうなと思ってるんですけれども。
とにかくね、本当に疲労感が抜けないというか、抜けないというかすごいんですよ。例えば、最近の話だとやっぱり学会ですね、参加して、一泊二日で行ったんですけれども、学会参加して、もうとにかく疲労感が半端じゃない。
次の日起きて、学会行って帰ってきた次の日、もうデランデラン。特にもう午前中予定が何も入ってなかったんで、余計になんかもうね、もうひたすら寝るみたいな感じで、朝だけちょっと起きて、まあ一仕事あるんで、そこだけやって、あと暇な時間というか、何も別に正直しなくていい時間だったので。
やりたいことはあるんですよ。やりたいことはあるんですけど、別に何もやらなくてもどうにもなるような時間だったので、もうひたすら午後は寝てました。
で、午後起きてから、そうですね、仕事があったんで仕事をします。まあでもね、また夕方になるともうドッと疲れるんですよね。もうグワーグワーみたいな感じで疲れちゃうんで、もう次の日ですね。
やっぱりできないっていう感じですね。次の日じゃない、その夜もう寝落ちしちゃうみたいな感じなんですよ。それがなんかね、もう1週間くらいそんな感じのサイクルが続く。
本当にね、仕事しなきゃいけないよっていう時間になったらしっかりと仕事できるんですけど、なんかもうね、それ以外の時ってもう本当にもう何もしたくないみたいな感じで、もうデロンデロンの状況になっちゃってますよね。
そんな感じなんです。もうなんとなくね、打つなってからしばらくはね、もうそこなんなんだろうなっていう感じになってしょうがないなっていうのはあったんですけど、
5個まで続くとやっぱそうなんだろうなっていう確信に至っている。なんとなくなんかやっぱり疲労感が抜けないっていうところ、疲れちゃうっていうところが残ってるのは、やっぱこれは打つのせいなんじゃないかなっていう、ほぼほぼ確信に迫っているような状況なんですけれども。
まあとにかくね、それが辛いには辛いんですよ。
それこそシルバーウィークも結構やっぱりね、ワンオペとかあったりとかして、今日とかやっぱり結構眠いって感じが朝あったりとか、ダメだなーって感じがやっぱあったりとかしていますし。
とにかくね、今まで普通にできたことができなくなっているっていうのは感覚はありますし、多分これ年のせいじゃねえだろうなって思うんですよ。
30でここまでデロンデロンになるのかなっていうのはあるんで、だってもっともっと正直、気持ち的にはバリバリ働きたい気持ちがあるんで。
なんですけど、やっぱりそういかないというか。
無知入れではまだ働けるんですけれども、どうしても全然ダメ、全く動けませんみたいな感じまではならないですけど、
そこでもう仕事を休まざるを得ないみたいな感じではないんですけど。
でもね、仕事には支障は出てないんですけど、明らかにちょっと調子が悪いなっていうのはあります。
というところ、しょうがないんだろうなって思うんですけど、しょうがないけどやっぱりしょうがないで済ましたくない部分がいたりとかありますし。
効率よりも無理をすることの生きる価値
だからそうなっているのがわかっているんですよ。
もう正直ここをやっぱり無理したら多分次の日響くんだろうなとか。
正直ね、のんびりしていればいいのに、あえてここの時間を過ごすことで無理。
無理なんですよ。無理をしているんですよ。
絶対その次の日響くなっていうのはわかっているんですけど。
でもその無理をしないとやっぱり人間として生きている意味がなくなってしまうというか、難しいですねこれ。
効率的に生きるのであれば全然無理しなくて、家でのんびり過ごしていればいいんですよ。
別にどっか行くとかしなくたっていいんですよ。
ただそれをやってしまうと、やっぱり人間として生きる意味、価値観っていうところが損なわれちゃう気がするんですね。
難しいところなんですけれども、僕はそう思うんです。
だからやっぱり無理をするっていうことがたまにはやっぱり必要であったりとかすると思うんです。
病気や障害がある人の壁と行動の選択
特に健常人だとなかなかちょっとわからない。
これが僕がちょっと言っていいのかわかんないんですけど、立場的に別に障害を持っているわけじゃないんですけど。
ただ、無理をね、障害を持っている人、病気を持っている人、一応僕病気持ちの人間なんであれなんですけど。
やっぱり病気とか障害を持っている人にとって、やっぱり効率的に生きるならこうした方がいいよっていう瞬間はたくさんあると思うんですよ。
ある意味、社会的な壁とかってのもあったりとかしますし。
社会的な壁があるのはよろしくないんですけど、あるっちゃあるんですよ。
物理的な社会的な壁っていうのもあると思います。
要はバリアフリーみたいな感じじゃないなっていうところとか。
あとは症状的に無理はできないような人。
やっぱり僕みたいに、僕みたいにって言っちゃっていいのかわかんないですけど。
僕が思っているような、これをやると絶対体に響くよっていう人。
なんていうのかな、難しいですね。
疲労感っていうところとかですね。
今ちょっと思いついたところですと、COPDの人とか肺とかに疾患がある人とか。
やっぱり無理して動くと結構疲れちゃうっていうのがあるんです。
無理せない程度に動くっていうところも非常に大事かなと思いますけれども、
でも無理する必要もあると思うんですよ。
何かやるっていう時、人生においてどっか行きたいとかってあるじゃないですか。
正直無理するじゃないですか、正直な話。
早起きするとか、簡単なところで言うとそういうところとかにおくと、
ここは早くしていくんだっていう時もありますし、
ちょっとお金に無理があっても行きたいなって思う時もあります。
それは多分どんな人にもあるようなところとか。
時間を無理して作ってとかもあります。
やっぱりとにかく病気とか障害がある人にとっては、
さらに身体的な壁とか社会的な壁とか物理的な壁とかいろいろ持っていると思うんです。
でもそれでも壁があるから行かないっていうのは多分違うと思うというか、
そういう人もいると思うんですけど、
多分壁があるからやっぱり行かない。
ダメだよねって100%思えるってなかなかないと思うんですよ。
多少無理してでも行こうかなっていう気持ちがあったりとかすると思うんです。
人それぞれですけども。
でもそっちの方が人間として生きる意味というか価値っていうか、
難しいですね。
っていうのがあると思うんです。
人間として生きるのであれば、そういった無理をしてでも
行く必要とか行く価値っていうのがあると思うんですよ。
家族との旅行や外出に向かう決意
それは周りの人と一緒に過ごしたいっていうのもありますし、
誰かの笑顔を見たいとか、何でもありますよ。
何とかいろいろありますけれども、
多少無理する瞬間ってあると思うんです。
その無理する瞬間をやっぱり受け入れないといけないんだろうなと思います。
自分自身もそう、やっぱりこれ無理かもしんないけど、
やっぱりそれやっぱり無理だけど行くっていう決意というか、
そういうのも大事になりますし、
その無理を受け入れるっていうところも
社会的に必要だったりとかもするのかなと思うんです。
無理をしない、もちろん無理をしないのが一番なんですけども、
でも多少何かやっぱりやりたいっていうこと、
何かこれを成し遂げたいというか、
どっか行きたいとか何でもいいですよ、その欲求とかに関してですね。
それにある意味正直になる瞬間は必要だと思うんです。
だからその瞬間にとって無理をするってこと、
もちろんね、ものすげえ高い壁があって、
命に危険があるっていうとちょっとまた話が別かもしれないですし、
それはまたその状況によってちょっと各々違ってくるんですけど、
多少の無理であったらやっぱそれを頑張ろうっていう自分の決意であったりとか、
周りの支援っていうのが非常に大切なのかなと思います。
だから無理だから、無理してでもやっぱり行くっていう、
やるっていうことに非常に何か意味があるのかなと思います。
僕でいうとそういう無理してでも家族と旅行に行くとか、
思い出を作るためにちょっと外出するとか、
勉強しに行くっていうところとかね。
多少無理してでもやっぱり行って、
次の日響くのは十分承知なんですけど、
でもそこで行くからこそ価値が生まれるっていう瞬間はあると思うんです。
正直その後の無理、難題っていうか、
リハビリテーションにつながる考え方
その後ね、ちょっとね、
調子が悪くなってもそれは調子で合わせるしかないなっていうところもあったりとかします。
そうできるのは今の仕事の働き方のおかげなのかなっていう部分もありますけれども、
誰しもそういった無理をする瞬間あると思うんですけど、
とにかくそれはね、
無理しちゃダメだよねっていうだけで片付けるんじゃなくて、
ちょっとね、無理してでも行ってみようかっていうところ、
そういう考えさっていうところがあると、
自分のやっぱり人生っていうところですね、
ちょっと違ってくるんじゃないのかなと思ってお話ししました。
これはですね、たぶんね、
僕のリハビリっていう世界、リハビリテーションとは何ぞやっていうところにね、
繋がってくるくらいの話になるんです。
そんな話すると膨大な話になるんでやめます。
誰も聞きたくない話だと思うんで、
ここまでね、だいぶ喋っちゃいましたし、
ありがとうございますけど、
今日はちょっとこんな話をしてきました。
はい、ということで、
もしこの放送が良かったなって思った方は、
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それでは最後までお聞きいただきありがとうございました。
14:05

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