2025-06-11 1:41:04

【Replay】『#ゴジラ-1.0 が語りたくて』その2〜平成ゴジラVSシリーズ〜 (Replay)“Had to Talk About Godzilla Minus One” Part 2: Heisei Era Godzilla VS Series A Movie Talk Session

時代は巡る。

破壊の黒き神もまた、その姿を変えていく。


ーーーーー


映画談義は睡眠以外で体力を回復する唯一の手段。

でお馴染みの、パーソナリティまこです。

オーマを招いての第5回。

映画「ゴジラ」の座談会です。


昭和シリーズの振り返りを終えて、平成シリーズに突入。


小渕さんの元号発表より時代は平成へと変遷していく。

昭和の終わりにリブートした平成VSシリーズにおいて、核の象徴、破壊神ゴジラはその姿を如何に変えていったのか……


てなわけで今回は新たなるシリーズ展開の産声を上げた1984年版「#ゴジラ」、平成VSシリーズの中期となる「#ゴジラVSモスラ」、そして平成シリーズに幕を下ろした「#ゴジラVSデストロイア」を語りました。


お楽しみください。

果たして昭和ゴジラのDNAは平成の世に何を提示したのか。

皆さんはどう見ますか。



#ゴジラ

#godzilla

#Godzilla-1.0

#ゴジラ-1.0

#ゴジラVSモスラ

#ゴジラVSデストロイア

#平成

#ゴジラシリーズ

#核実験

#反戦

#movie
ーーーーー
podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。

語りたい映画なんて尽きることない!

エピソードの公開は毎週or隔週となります。


ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPalツイートをお願いします。

いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

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⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠


これからも番組をよろしくお願いします。


Time moves on.
And the black god of destruction changes with it.

ーーー

Hey, I’m Mako — your go-to host for deep movie dives, because for me, talking about film is the only way to restore energy… besides sleep.

Joined once again by Oma for Episode 5, this is the continuation of our Godzilla series discussion.

Having wrapped up our journey through the Showa era, we now step into the Heisei era.

With Prime Minister Obuchi’s announcement of the new era name, “Heisei” officially began. And with it, a new rebooted series was born — the Heisei VS series.
But how did Godzilla — once a symbol of nuclear fear and divine destruction — transform in this new age?

In this episode, we cover:

  • Godzilla (1984) — the rebirth that launched the new continuity

  • Godzilla vs. Mothra (1992) — the midpoint of the Heisei series

  • Godzilla vs. Destoroyah (1995) — the grand finale of the era

What did the DNA of Showa-era Godzilla carry forward into Heisei?
What did it leave behind?
And what new message emerged for a new generation?

Give it a listen. Then maybe go rewatch these iconic films with fresh eyes — and ask yourself:
What does your Godzilla mean to you?

#Godzilla
#ゴジラ
#GodzillaMinusOne
#ゴジラVSモスラ
#ゴジラVSデストロイア
#HeiseiEra
#KaijuCinema
#NuclearThemes
#AntiWar
#MovieTalk


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Hosted by Mako (@_macobana), this show is a spin-off from the main podcast “Swamp in Your Pocket” (#ポケ沼), where all the movie thoughts that couldn’t be squeezed in now get the spotlight they deserve.

That spin-off? Welcome to #YomoyamaKobanashi (#まこばな) — now a dedicated space for all things cinema.

There’s always another film to dive into, another angle to explore, another theory to throw around.
New episodes drop weekly or biweekly.

Have thoughts or reactions?
Tweet them with #リルパル / #ReelPal — we might feature your post on the show!

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📩 yomoyamakobanashi@gmail.com

Thanks for listening — and here’s to more movies, more madness, and more deep dives!

00:04
Reel Friends in TOKYO バックナンバー 過去のエピソードをプレイバック!
はい、ということで、本日のテーマは、ゴジラマイナスワンが語りたくて、その二です。
サブタイトルをつけるとすれば、平成ゴジラVSシリーズですね。
はい、ということで、概要を説明しますとですね、前回一応昭和ゴジラシリーズとして昭和ゴジラ、もう第一作ですね。
1954年版のゴジラを見て、かつ昭和ゴジラの終焉を迎える瀬戸際のゴジラVSメカゴジラを見ました。
今回はですね、そこからちょっとさらに時代を下りまして、新たにリブートした1984年版のゴジラに端を発する平成ゴジラVSシリーズをいくつか買いつまんでみて、平成のゴジラとは一体何だったのかというのをちょっと見ていこうということです。
これVSシリーズっていうのは、昭和はゴジラ対メカゴジラみたいな感じで、漢字で対って書いてたんですけど、平成シリーズはVSなんですよ。
ほんとだ、気づかなかった。
だからVSシリーズというふうにも言われています。
で、前回終わりの方でね、平成ゴジラシンゴジって言われますよみたいなこと言ったんですけど、最近シンゴジラが出ちゃったせいで、
シンゴジラをシンゴジっていう人が増えちゃったから、漢字で書く方のシンゴジっていう通称がちょっと使えなくなってる節もあるなっていうのはちょっとあって、
生じポッドキャスト音声情報しか与えられないので、僕がシンゴジって言ったときは平成ゴジラを指してるんですけど、
ちょっとこれシンゴジラのこと言ってんのか、平成ゴジラのこと言ってんのか分かんないとなっちゃうと困るんで、何て言えばいいんだろうってちょっと迷ったんですよ今。
ニューゴジ?
ニューゴジ?ニューゴジ?
エナゴジとか。
ヘイゴジとか。
ヘイゴジ。
なんかそういう人いそうだよね。
ヘイゴジ。ちょっとなんかやだな。ニューゴジでいいかじゃんもうニューゴジで。
ニューゴジでいこう。
というわけでニューゴジについて語っていこうということで、今回ピックアップするのが1984年版ゴジラ、そして1992年ゴジラvsモスラ、そして95年ゴジラvsデストロイヤーということで、この3つでございます。
ピックアップしたのは1984年版のゴジラが一応この平成ゴジラvsシリーズの第一作、そしてゴジラvsデストロイヤーがこの平成ニューゴジシリーズのですね最終作。
そしてその間ですね、ゴジラvsモスラですね。ちょうどど真ん中に位置してるっていうのもありますし、大間がどうしてもモスラが好きだからモスラについて語りたいということだったので、こちらをピックアップしました。
03:14
ちなみにですねこの平成ゴジラシリーズで最も人気が高いとよく言われるのは。
はい。
はいどうぞ。
モスラ。
違います。1989年のゴジラvsビオランテですね。
ビオランテは本当に背景がとても細かく描かれた怪獣でですね、平成ゴジラシリーズで初めてゴジラが敵と戦うその相手としてデザインされたものですから、それなりに気合の入ったヴィランになるんですけれども。
うん。
まあ今回は大間のせいで取り扱うことはできないということで、みなさん涙を飲んでください。
まあビオランテは別に大丈夫よ。
何?
なんかでっかいワニの怪獣だなってぐらいの。
ワニではない、ワニじゃないからあれ。バラだからね。ワニだけど、確かに顔はどう見てもワニだけど、バラだからあれ。
でしょ?
バラだから、バラと人とゴジラを混ぜたらああなったの。
なんかでも、僕の中で大変申し訳ないんだけど、ニコニコ動画の影響でさ、ヴィオランテって二次創作者の触手役としていう認識ぐらいしかないのよね。
何それ?そうなんだ。
なかった?
いやいや、知らん知らん知らん。
東宝とかでそういうのなんか擦られてたじゃん。
あ、そうなんですか。
そうそうそうそう。
いやでもね、ヴィオランテは確かに登場した時の触手のうねりとかすごい気合入ってますからね。
あれはすごいですよ。改めて見た方がいいです。
触手好きならどうぞ。
はい。
というわけで。
はいはい。
というわけでですね、今日はその3つ取り上げていくことになりますので、まずはちょっと簡単に概要説明ですね。
はい。何分にします?
長々と喋ってもしょうがないから、やっぱ2分ですね。
2分でいける?3個?
いきますよ。サクッといきますよ。
はい、じゃあいきますよ。よーいスタート。
はい、まずは第一作、1984年版ゴジラです。
ゴジラのゴジラはですね、なんと1954年版のゴジラの続編ということで作られた作品となります。
従ってですね、昭和ゴジラシリーズを一回なかったことにしてですね、ゴジラ第一作の続きというような位置関係、時系列で描かれた作品。
ゴジラがですね、今の当時のですね、1984年の日本に蘇ってしまったというようなそんな感じの作品です。
とにかくですね、この1954年版のゴジラ出現から30年ぶりにゴジラが現れたということで、パニックに陥る人々が描かれていて対戦相手は存在しません。
そういったところからですね、本当に純粋にゴジラ対人間という構造を楽しむことができる作品となっています。
06:05
続いてゴジラvsモスラ、1992年版の作品になります。
こちらはですね、モスラの他にもう一匹バトラーと呼ばれる悪いモスラみたいなやつが出てくるんですね。
その三つどもへの戦いみたいな感じで展開するのかと思いきや、途中からモスラがですね、バトラーと共闘したりだとか、
そしてゴジラを最後葬ってバトラーが散っていったりだとか、そういったですね、虫怪獣同士の心の通じ合いみたいなものも描かれたような作品で、
怪獣に感情移入するみたいな、そんな楽しみ方を味わえるような作品となっております。
続いて最後ゴジラvsデストロイヤーです。平成ゴジラシリーズの最後を飾った作品。
こちらはですね、1954年のゴジラで使われたオキシジェンデストロイヤーによって目覚めてしまった最強の怪獣とゴジラとの死闘を描きます。
またそこにゴジラの息子として描かれたジュニアが絡んできて、大変感動的な最後、いや、意外すぎる最後を迎える平成ゴジラの素晴らしいラストとなっております。
ちょっとオーバーしたね。
いやしてないでしょ。してないでしょ。
ぴったりすぎたでしょ今。完璧だそうなんですよ。
ちょっとオーバーだから僕は認めないよ。
全然いいですよ。リスナーの判断に任せますから。
一個ちょっと疑問があったんだけどさ、ジュニアってゴジラの息子だっけ?
ゴジラの息子的な立ち位置ですよやつは。
あれだよね、メカゴジラの第2作目でたぶんベビーが出てきて、それが成長した。
リトルになって、リトルがもうでかくなったからもうこれジュニアじゃんみたいな。
あ、そういうことか。
あれ、やつはいつからゴジラザウルスからゴジラに認定されたの?
それが結局ゴジラザウルスの幼獣ベビーゴジラがメカゴジラで出てきて、
結局それがゴジラに変異したのはゴジラ対デストロイヤーなんですよ。
ゴジラ対デストロイヤーのオープニングで何とか島が消えているみたいなこと言ってたでしょ。
あれがその島で爆発が起きて、その爆発の際に核分裂反応とかあったんですよ。
で、放射線を浴びてしまった結果、リトルはジュニアになったんですよ。
だからゴジラに昔起きた出来事がリトルゴジラにも起きた。
09:07
なるほど。そういう繋がりだったのか。僕ちょっと全然理解してなかったわ。
本当?めちゃくちゃ大事なところだと思うんですけど。
バース島でした。バース島が消えているって言って、バース島で起きた爆発、バース島の消滅には天然ウランの爆発だったから、
そこで大量の放射線が出たと。それをゴジラとリトルゴジラが浴びてしまって、リトルゴジラはゴジラに変異する。
で、ゴジラの方はというとすでに変異を終えた姿なのに、そこにさらにもう一度被爆をしたことによって体内の核の炉があるわけですけれども、
そいつが熱暴走を起こして、もうメルトダウンするという、そういう感じです。
ちょっとそれはゴジラ対デストロイヤーで話したいところなんですけど。
すみません、失礼しました。
というわけで、1984年ゴジラからいきますか。
そうですね。
というわけで、どうですか?どうでしたか?
すごく正直なところを言うと、これでよく復活したなって気がした。
と言いますと?
よく復活したなっていうのも、あからざまに年齢層を変えてきたなっていう感じ。
ゴジラの初代の作品って、たぶんそんなに年齢層っていうところ、ターゲット層をあまり作ってなかったと思うよね。
メカゴジラになって、そこでもあんまりターゲット層を子供向けと言いつつ、大人も絶対普通に見てるでしょっていうような感じだったと思うんだけども、
この平成ゴジラになって、あからざまに少年たち、少年少女に向けてっていうところに大きく振り切った感じがものすごくして、
だから陰影だったりとか、あんまりしてなくない?
陰影だったりっていうのは?
何かを案に言うっていうようなさ。
これってこういうことだよね、みたいなことがなく、全部役者さんが説明してくれるみたいなところが。
なるほどね。
そういう意味ではね、かなり見やすくなったっていうところではあったんだけれども、
これを見て、どうしても初代ゴジラと比較したときに、何を言いたかったのかなっていうのがちょっと見えなくなってしまって。
12:03
なるほど。
だから逆に僕としては初代ゴジラと、もうすらは僕が好きで見てもらったっていうそこの満足感だけだから、
特に語ることもないんだけど。
いやいや、語れよ。お前が出したんだろって。ちゃんと俺語るよ、言っとけよ。ちゃんと語りますよ。
僕は石川町周辺のシーンを語れれば満足っていうところではあるけど、
これちょっとね、まこちゃんに聞いてみたかったなっていう。
純粋にね、今回に関しては、まこちゃんの解釈みたいなところをちょっと聞いてみたいっていうところ。
じゃあまずね、たぶん大駒が感じた違和感っていうのは、
たぶんそのウーピー・ゴールドバーグの話につながるのかなと思いますけど、
ジャンルがシフトしたと思うんですよ。
つまり天使にラブソングを1と2みたいな感じで、ジャンルが変わってる。
第1作、要するに1954年版のゴジラですね、30年前の作品は、あれはもうホラー映画として売られてる。
そういうことか。僕のチャンネリングがちょっと違ったのか。
1984年版の今回見たゴジラ、30周年記念でできた、厳密には昭和の終わりなんだけど、
その後平成にずっとシリーズが続いていくんで、平成ゴジラの初代というふうに呼ばれてるんですけど、
これは言わば、これから取り扱うものなんで出すのもあれかなと思いますけど、
シン・ゴジラ的な解釈。
つまり、この場合だと当時のなんだけど、今の社会に本当にゴジラが現れたら、
人々はどういうリアクションをするだろうかっていうのを、どうやったらリアルに描けるかっていうことを考えて撮ったパニック映画。
にシフトしてるんだろうなというふうに感じました。
実際、ゴジラが出てきましたよっていう時の人々の反応だったり、政府の反応だったりっていうところも結構しっかり描こうとしてたじゃん。
実際、初代のゴジラにもゴジラの存在をひた隠しにしようとする内閣があって、
で、菅井勤がブチ切れると。
例のシーンがありましたけど、1984年版でも同様にそういった描き方ありましてね、ゴジラが現れたっていう事実を公表するべきではないと。
さっき、隠余が少ないみたいなことを言ってたと思うんですけど、
結構、これだから1984年ベースに戻してみると、結構いろいろやってますよ。
15:04
そうか。
例えば、なんでゴジラの存在を伏せようとしてたのに、それを公表しようと思ったのかです。
そうか、冷戦か。
そうです。東西冷戦が起きてるからです。
東西冷戦下において、緊迫状態にある米ソの対立の中、ソ連軍の潜水艦にゴジラが影響を及ぼしてしまった。
あの時点で日本がゴジラの存在を公表しなかったら、これは日本とロシアの話じゃなくなってきちゃうんですよ。
米ソの対立が存在する以上は、もう世界戦争になってしまうから、日本はあの時点でゴジラを発表せざるを得なかった。
結構、これ極めて社会派な映画っていうふうに言ってもいいぐらい、実際の今の日本。
僕らからしたらもう1984年の話だから、全然そこは違うんだけど、今ゴジラが現れたら何が起きちゃうのっていうのを結構真面目に考えて、
そういう設定を入れてきてるっていうのが一つあったと思うし、あともう一個これも多分意識してるなって思ったのは、ゴジラに初め襲われた船。
はい。
ありましたよね。
えーと、なんとか丸。何つったっけ?何丸だっけ?
第5八幡丸だったと思うんですけど。
八幡丸、そうだよね。第5八幡丸。
そう。大事なのは八幡丸じゃないですよ。
はい。
その前です。
第5?
第5です。
第5?
第5って聞いたらもう、あれしかないですよ。
醤油フー醤油フー。
何がやねん。
第9?
第9じゃないです。えー、第5副龍丸です。第5副龍丸。
あー、そういうことか。
もうそれしかないでしょって思って。
もう、これはね、もう絶対それだろうなっていうふうに思いました。
第5副龍丸は日本の漁船で、水爆実験の影響で被爆をしてしまうんですね、船員が。
っていうような大事件が実はありまして。
で、ゴジラっていう核の申し子、核のメタファーとして描かれた初代ゴジラと初めて遭遇する船の名前が第5八幡丸っていうのは、これはやっぱり水爆なり、核による罪のない人々が影響を受けてしまうっていうような。
そういったことに対するメッセージっていうものも、すでにここに描いてるんだろうなっていうふうに僕は思ったんですよ。
だから、結構散りばめてきてますよ。そう考えると。
18:03
なるほどね。
だから、なんだろうな、それをうまく言えないんだけど、そういうアプローチでいろいろと散りばめつつも、円溜めとしてゴジラをどうやって作っていくのかっていうところもいろんな工夫をしてるから、ややもすると円溜めに降ってきたなっていうふうに見えちゃう部分はあると思う。
例えば僕がすごく思ったのは、一番初めに船虫に襲われるじゃないですか。
あのでっかいやつね。
巨大な船虫に、そのゴジラに寄生していた船虫がゴジラの影響を受けて巨大化したらしく、それに襲われるんですけど、あれの描き方なんてもう完全にアレ、エイリアンですよねって思ったんですよ。
その時代ってもうエイリアン出てる?
出てます。エイリアンは1970年代の映画なんですね。
じゃあもうパクリンパクってるね。
だからオマージュかなというふうに思いますけど、エイリアンによって襲われてもうへばりついてくるみたいな、フェイスハガー的なね。
そういう描き方をしているのがかなり影響を受けているんだろうなっていうふうに思いながら見たし。
あとはね、でもそういった中でその他作品のオマージュという点で言えば、やっぱり初代ゴジラへの敬意みたいなものをすごく感じて、やっぱり新幹線つかむシーンなんて胸アツですよねっていう。
そうだね。
そう、やっぱり1954年版の時にゴジラが電車をつかんで、電車を口でくわえて持ち上げるシーンなんかもう、なんていうのかな、一番の見せ場というかね、すごい絵になるカットじゃったじゃないですか。
やっぱりそこに新幹線を当ててきた。
なるほど、ちょっと文明の進みを感じますね。
だからやっぱりいろんなところに今の時代にゴジラが現れたらどういうふうになることが起きるのか、今の時代にっていうのをすごく大事にしながら初代ゴジラの恐怖っていうものを今の時代にどうやってアジャストしていくのかみたいなところを結構いろいろ考えて作ったのかなっていうのをすごく感じて、
何だろう、その作り手が、84年時点での作り手が54年の作り手に対してどう経緯を表するのかみたいなところをすごくいろんな角度から感じて、結構いいなっていうふうに思いましたね。
なるほどね。だから新宿なのか。
そうそうそうそう。
その当時の、あの時期の都会っていうようなモチーフっていうところをゴジラが歩かせると。
そうそうそう。
前回は銀座のあたりだったもんね。
っていうそういうさ、何だろう、時の移り変わりの中で、世の中は変わってきたけれども、そういった中でゴジラがもし、あのゴジラがもしもやってきたらっていうところで結構いろいろ頑張ったんだなっていうのをすごく感じて、僕はね結構いいわっていうふうに思いました。
21:14
はい。他にもまだあるけど。僕ばっか喋ってるから。あとなんか気になってるのとかある?
あとその起走本能って、あれ何の、いやまあまあ起走本能でゴジラを呼び寄せるってしたじゃない。
うん。
なんかあれのオマージュもよくわかんなかったんだ。オマージュなのか、あれのメタファーなのかっていうのが、僕なんかとんと検討もつかずに。
だからそれはなんかゴジラを生物として見るようになったっていうようなことなのか、なんかそのエンターテイメントの何かの起走本能としての音波で呼び寄せるとかっていう話になったのか。
あれもなんかちょっと僕の中で意味わかんなかった一つだったんだよね。
あれはやっぱりゴジラっていうものをよりちょっと掘り下げようとしたんじゃないですか。生き物として。
あー。
うん。多分そっちかなっていうふうには思いますけどね。要するにゴジラってやっぱり破壊じゃないですか。
はいはい。
破壊の化身であって、だから物を壊せばゴジラ。ゴジラは物を壊すものっていうところは誰もが多分共有している中で、多分新しいゴジラ像っていうものを見せたかったのかなって気がするんですよ。
で、それをなんで僕が感じるかっていうと、それはやっぱりゴジラ対メッカゴジラがあるからですよ。
まあ、悪魂組んでるのかな。
だってあの頃のゴジラは、あの頃のゴジラはもうただのヒーローでしかないじゃないですか。
まあまあ。
別に生き物的なものなんて何もない。別に。
はいはいはいはい。
生き物的である必要もなかったじゃん。
だってただ出てきてプロレスすればいいじゃん。でしょ?
別になんか見るからだから、別に生物らしく見せる必要すらは何も感じさせないような。
うん。
ああいうのを描いてしまってきてる。
うん。
一方で、じゃあ第一作ね、初代のゴジラってどうだったかなっていうふうに考えた時に、
初代ゴジラって、まあいい意味でさ、余計なことしなかったじゃん。
動物らしい気ままさというか、別になんかこうオキシジェンデストロイヤーとかいうよくわからないものを持った潜水服の二人が、
ズブズブズブッと潜ってきても、胃に返さないじゃないですか。
そうだね。
自分からしたらちっぽけな存在が隣にね、ブブブって入ってきたところで、
多分あんな大型生物が気にするはずもないだろうというのは、僕はなんとなく感じるんですよ。
それはなんかご都合主義だと捉える人もいるかもしれないけど、
僕はなんかむしろゴジラが生き物だとしたら、それって自然な反応かなとか思ったりもして。
24:01
まあカカハエぐらいのものだと思う。
そうそうそうそう。っていうふうに考えると、なんかそのゴジラを生き物として考えて、
ちゃんと生き物だったらどういう生き物なのかっていうところまでを、
ちゃんと考えて作ろうっていうところを、多分初代よろしくやった結果、
奇想本能っていう新しいものを提示したんじゃないのかという気はする。
なおかつそれをストーリーラインに絡めてね、最後のエンディングにつなげていくっていうような。
ただね、これ当初の人たちは何も意識してないと思うんですけど、
ゴジラがもしも恐竜から突然変異した生物だったのだとしたら、
これもう今の学説と合致するんですよ。
っていうこと?
現存する鳥は全て生き残った恐竜たちなわけですよ。
っていうふうに考えたら、ゴジラに奇想本能があっても何らおかしくはないです。
なるほどね。一応爬虫類というかね、恐竜としてのものが今鳥になったりとか、
ガチ爬虫類としているとしたら、確かにね。
でもそれだったとしたらさ、ゴジラの形的にはさ、
どっちかっていうと爬虫類的によりなわけじゃない?
いやー違うんだなー。
違います。爬虫類と恐竜って実は結構もう恐竜の時代からすでに分岐してるんですよ。
あ、そうなんだ。
だから厳密に言うと別に恐竜は爬虫類になってないです。
へー。
で、決定的な違いっていうのが足ですね。
そもそも爬虫類は足が外側に生えてるんですよ。
はいはいはい。
胸を張って外側に生えるんですけど、恐竜は人間人類とかと同じように前方向に動くような生え方してるんですよね。
可動域が全然違うんですよ。だから。
あ、じゃあ肩甲骨の作りが違うのか。
違う。だから足だって人間みたいに前方向に生えてるじゃん。
前方向に上げられるようになってるね。爬虫類は外側に突っ張ってるよね。
そう。っていうような。で、実は鳥もそうですよね。
だからね、爬虫類はいわばずっと爬虫類のまま来てるんですよ。
恐竜が登場した時点ではもうすでに分岐し終わってるっていう風に考えた方がいい。
あ、そのブラキオサウルスかティラノサウルスかみたいな感じだね。
ブラキオとかあとはトリケラトプスの方が分かりやすいかな。
トリケラトプスは多分爬虫類系みたいな骨格をしてるじゃない?
トリケラトプス、あ、四足歩行ってこと?
いや、四足歩行でもやつらこのさっき言った特徴は捉えてるじゃん。
四足歩行だけど足は前にちゃんと爬虫類とは違う生え方してます。
あ、そうなの?
してます。
27:01
だから捕虫類と同じ、捕虫類の四足歩行動物と同じような生え方をしてます。
あ、やつらそうなんだ。
そうですそうですそうです。
僕の中の爬虫類像が分かんなくなってきたぞ。
ワニとかって横にこう突っ張ってんじゃん。イグアナだって。
はいはいはい。
でしょ?
はい。
そうじゃないじゃん。馬とか牛とかと同じように前方向じゃん。
要するに二の腕が横じゃなくて、ちゃんと前にこう。
前にこうなって。
もうよくない?もうこれ。
ちょっとこの辺りは再来週、花園に行って調べましょう。
はい、そうですね。
あ、花園じゃない。花博。
恐竜沼について語った方が多いですよ。
そうね。
そうなりますけど、ちょっと一旦そこ置いといて。
はいはいはい。
で、何の話してるの?
基礎本能。
あ、基礎本能ね。
だからそれは偶然の一致だけど、あんたとしても面白いなというふうにも思うし、
ゴジラが鳥を見てね、鳥と一緒に同じ方向に進んでいくあのシーンなんかは、
まさにですね、進化の前と進化の後の生物の交流だったのかもしれないというふうに考えると、
これは今だから見れる見方だけど結構面白いんですよ。
まあ確かにね、ちょっとなんか胸アツだね、そこは。
そうなんですよ。これは今だからわかるというか、今だから見れる見方なんですけど、ちょっと面白いなと思いました。
確かに。でも、だとするとよ、ゴジラってさ、まあ一体しかいないじゃない?
まあ突然変異的なところではあるんだけどさ、
でも最初のさ、セリザオ博士、あ、セリザオ博士じゃなくて、おじいちゃん博士なんて言ったっけ?
あー、志村隆が言ったとこね。
えっとね、なんだっけな。
ゴジラは一体ではない。
みたいなね。
また、なんか、新たなるゴジラをみたいなふうに言ってたやつでしょ?
そうそうそうそう。
山根博士、山根博士。
いや山根博士。山根博士の説を考えるとするとさ、有性生殖になってくるわけじゃん。
ゴジラ、あれはメスなのかオスなのかなっていう余計なことを今考えてしまったっていう話。
そうですね、はい。まさに余計ですっていうね。
でもゴジラの細かい背景って結構作品によって違うらしくて、
あ、そうなんだ。
第1作では、もともと寝てた奴らが水爆実験によってスミカを追われて出てきてしまったみたいな設定だよね。
そうだよね。
設定だよね。でもなんか放射線を浴びて突然変異をしてゴジラ化するっていう設定が確か平成ゴジラの設定だった気がする。
だから違うじゃないですか。
ああ、そっか。
生き残った古代の生き物が人類のエゴの犠牲になって変異して人類を滅ぼす怪獣になるっていうのが平成のプロット。
30:04
昭和のプロットとは違うんだよね、だからそこ。
次の次の話になっちゃうかもしれないけど、ジュニアの凄さがそこで際立つのね。
それを僕はめちゃくちゃ言いたいんですよ。めちゃくちゃ言いたいけど取っときます。
取っとこう。
どうですか、平成版ゴジラ。あと何か気になっていることとか言いたいことあります?
あとこの核のオマージュとか世界戦争っていうところのオマージュだとすると、最終的に倒せないよねってなってたっていうのも、
あの当時、今でもそうなんだけどさ、核以上の兵器っていうところが今のところ見つからないわけじゃない?
だとするともうこれはあるものとしてしょうがないから共存するしかないんじゃないかみたいなところを隠遊してるんかなとか、今話を聞きながらちょっと考えてて。
だとするとその後の描き方っていうところのゴジラの見方もなんか変わってきそうだなっていうのはちょっと思ったけど、どう思う?
僕はむしろ逆にだからこそ絶対に生み出してはいけないものだって言いたいんだと思う。
っていうのも、やっぱりこう第5ヤハタマルを出してくるあたり、やっぱりこう核の恐ろしさみたいなものをやっぱりちゃんと伝えなければならない。
要するに初代ゴジラを30周年記念で、その正統続編として新しく作っていくぞっていう風な状況になった時に、
彼らが考えたことっていうのは初代ゴジラの意をやっぱり汲むべきであるっていうところは多分絶対に崩す気はなかったろうなって思うんですよ。
初代ゴジラはやっぱり徹底した反戦反核じゃないですか。
それこそゴジラのDNAだと思うんですよ。
それで考えた時に、やっぱりこの84年版のゴジラも、熱戦を食らって亡くなる人たちの描写とか、
結構この核兵器の熱戦によっても本当に跡形もなく消えてしまう人っていうものをすごく想起させるような描き方で、
これってやっぱりこう時代を下れば下るほど基本なくなっていくんですよ。
ゴジラの熱戦はビルを破壊するもの、あるいは敵の生物を破壊するものだって、人間を破壊する描写ってないんですよ、あんまり。
確かにそうだね。
これがっつり描いてるの、84年版は。
それって描けなくなったっていうのも一つのモチーフなのかもしれないね。
33:03
っていうのはさ、84年では記憶が新しいから、人が核によってやられるシーンっていうのを逆に言うと描けると。
逆にこの平成版になっていくと、戦争っていう出来事自体から年月を隔てたからこそ、
人がやられるシーンっていうところを描けなくなるっていう人々の記憶的なところっていうのは、
なんかそういう話になってくるのかなーとか思ったんだけど。
まてまて、整理させて。
何年版が何?
初代のゴジラではさ、人が熱戦でやられるじゃない?
いや、84年版の話してんだよ、これ。84年版で自衛隊が熱戦でやられて消えてなくなるんですよ。
そんな事あった?
ありますあります。みんなで戦車でゾーンってやって攻撃するんですよ。
まあレーザーとか全然効かないんですけど。
で、そこに熱戦ピャーやられて、人が跡形の中消し飛ぶんですよ。
何だったらも昭和よりもはっきり描いてます。
熱戦そのものを浴びてるんですよ、だって。
踏み潰されるとかじゃなくても。
熱戦を生身の人間が浴びて消えてなくなるんですよ。
ごめん、マジで覚えてない。
これね、めっちゃ見直しといて。
ちょっと見直したらごめんね。
だからこれこそ多分、84年版ゴジラが本当にやりたかったことなんじゃないのかって僕は思った。
そこに至るまでの、要するに米蘇対立も裏には核の抑止力ってものがあるわけですよ。
当時核を最も保有していた、今もそうですけど、核を最も保有していた二大国の対立。
その間には必ず核があった。
で、ゴジラが一番初めに遭遇するというか、ゴジラに初めて遭遇する船も、第五福龍丸を思い起こさせるような名前であると。
そういった中で熱戦で消えてなくなる人々を描く。
これもう完全に核兵器をモチーフにしてるとしか思えないわけですよね。
確かにね。
だから本当にだから、核の恐ろしさっていうものを本当にいろんな角度から、要するに国と国の対立によって人々が身動きを取れなくなってしまう。
あるいは核の存在によって人々が脅かされていく。
あるいはその力によって本当に命を落としていくっていうようなものに対する徹底した反抗っていうものを84年にこのゴジラを使って提示するのが、
54年に作られたこのゴジラっていう半戦半獲のDNAを継いだ映画の正統続編を作る上では絶対に欠かせなかったんだろうなっていうふうに思ったんです。
36:09
っていうふうに考えると、84年版ゴジラ捨てたもんじゃなくないですかっていう。
確かにね。僕が初刊で見たときの感想としては、キッズ向けに振ってみたなっていうところがちょっとあって、ちょっと残念だったなっていう気はしたんだけど、
今の聞いてもう一回ちゃんと見直さなきゃいけないなっていう気してきた。
たぶんだけど、今以上に84年の当時の人たちが見たら、たぶんその辺は組みやすかったんだろうなっていう気がする。
現実問題でそういう対立があって、現実問題で記憶が新しいわけだから、たぶんいろんなところでそういうのを感じ取りやすかったんだろうなっていうふうには思うから、
今の僕らがどういうテンションで、どういう背景を自分の中で持ってみるかっていうものを持たずに見るのとはまたちょっと違うのかなって気がするね。
あと分かった原因が、たぶん僕の歴史の知識として、たぶん戦争のことと同格には、たぶんその辺の冷戦だったりとかっていうときの社会情勢の歴史って、僕あんまり認識ができてないんだと思う。
だからたぶん組みのたれじゃなかったんだって今冷静に分かった。
まあ変な話、やっぱり日本の歴史学んでたときに、最後のチャプターってだいたい終戦なんですよね。
そうだね。
で、その後はもう本当に現代みたいな感じでざっくりもうまとめられちゃってて、そっから先って中学高校とかでちょっと学び始めてくんだけど、なんかこう今の社会とものすごく地続きになってる感が強すぎて、
あんまりこうなんていうかな、その織田信長みたいな感じのインパクトがないみたいな感じがあると思うんです。
そうだね。
でも実際やっぱりもうすでに84年とかそのあたりの出来事っていうのは、やっぱり今の社会につながるいろんな事件も起きていて、
で、やっぱりそれも実はすごく大事なファクターだったりするんだよね、こういう作品見ていく上ではたぶん。
なるほどね。
ってするとなんか僕なんかもしかしたら、今ちょっと今すっごい焦りを感じてるんだけど、
うん。
モスラもビオランテじゃなくてデストロイヤーも、
うん。
なんかそういうその歴史的背景みたいなところを取り逃してるがゆえに、
うん。
なんか分かってない部分が多すぎて、今語るに落ちてるんじゃないかなって、僕自身がね。
いや、まあ分からないかな。
39:02
その辺はまたちょっとね、この後説明というかこの後僕が感じたことをまた語ろうと思うんだけど、
うんうん。
ゴジラ対モスラは明確にテーマを変更してるから、
うん。
ちょっと違ってくるとは思う。
うん。
だからまあまたそこら辺は後で行きますけど。
はいはいはい。
どう?あのゴジラ対メカゴジラ的なツッコミはなかったですか?
ゴジラ対メカゴジラ的なツッコミ?
なんかいや、当時からマスコミってああいう形なんだなっていうのは思った。
ああ。
僕でもなんかちょっと。
でもあんまり。
うん。すごいなと思ったのはあの。
うん。
キャスターが本当に本物のキャスターでしたね。
え、そうなの?
僕あの人見覚えありましたから調べましたもん。
えー。
えーとね。
え、あのニュース読んでる人ですね。
あ、そうです。
森本武郎さん。
はい。
あのあれですよ。噂の、噂のなんだっけ?
東京マガジン?
あ、そう。噂の東京マガジンの司会やってる人。
え、あの人?
あの人、あの人。
嘘?
あの人だよ。
ああ、この顔とこの声、覚えがあるなと思って。
はいはいはい。
で、あの人元NHKのアナウンサー?NHK?
うん。
元NHKアナウンサーです。
あれだもんね。NHK文字とニュースのあれだったもんね。
そう。で、たぶんフリーになってちょいぐらいのときに出たんでしょうねっていう。
はー。
はい。
あ、そう。あ、えー。
じゃああの人も東京マガジン、あのー、やって到来とか言い始めるんだ。
そういうことですね。
はい。
ただ、当時の人たちからしたら、やって到来の人ではなくて、NHKアナウンサーだった人っていう認識の方が強いから、
あの人がキャスターで出てくることでリアル感が増すんですよ、だから。
はー。
うん。
じゃあ今の、もしかしたらその、あずみさんがこうニュースキャスターやるとかっていうような、
そうそうそうそう。
そういうイメージってことだよね。
そういうイメージ、そういうイメージ。
まあだからなんていうのかな、そう、ちょっとお祭り映画感もあったね。
うんうんうん。
あのー、だって新幹線の中にあの、釜八さん乗ってたしね。
あ、そうだ。え?ん?
なんか変な人笑ってなかった?新幹線の中で。
うんうんうん。
痛い痛い痛い。
変な顔してる人がニヤニヤしてるじゃないですか、あれ釜八さんですし。
あと竹田哲也もね、完全にコメディアン的な立ち位置で出てたし。
ごめんちょっと僕今記憶は混乱したんだけどさ、金髪先生はデストロイヤー?
金髪先生?
金髪先生出てたじゃん。
え、だから竹田哲也でしょ?
竹田哲也は。
竹田哲也は1984年だって。
84年だよね。
うん。
あの人いる?
いらないけど。
なんであの人あんなさ、いっぱい出てきてあの絵描かれるかとしてるのか。
あれはでも、どうも制作する前段階で、やっぱり実際新宿に赴いた時に不老者がいたんだって。
42:02
あーはいはいはい。
だから不老者にもちゃんと焦点を当てようみたいなのがあったらしく。
別にそんなに使う気なかったんだけど、竹田哲也がすっごいアドリブをしまくって。
うん。
めちゃくちゃ喋るから、面白いから気をしようみたいな。
思ったんだけど、ご覧の通りめちゃくちゃゴジラをバカにするんですよ。
なんだこれ。
そう、ゴジラをバカにするアドリブをめちゃくちゃ入れてきて、それがめちゃくちゃ監督を怒らせたらしくて。
だって初代ゴジラをいかにねリスペクトしながら作品作るかっていうのに必死こいてるのに、
ゴジラをめちゃくちゃくさす発言をしているキャラクターが出てきたら、もう台無しなわけですよ。
で、ふざけんじゃねえということでカットすることになったらしいんですけど、
あまりにも竹田哲也がベラベラベラベラ喋りまくるせいで、上手にカットができなかったんですって。
切りどころがない。だからもうごっそり切られることになった。
ごっそり切った上であれです。
ごっそり切った上であれだとしたら、相当な尺あったんだねあの人ね。
相当、相当喋ってたみたいですよ。
84年ゴジラで一番何が謎って、あいつの登場する意味と、あいつが何を僕らにもたらしてくれたのかっていうのが、何一つ汲み取れなかったんだよね。
あそこはちょっと難しいというか、何なのっていう気持ちの方が勝ってしまうところがあるかもしれない。
何なのか男女が階段をね、ホースを使って降りてくるシーンとかも、別にあそこに竹田哲也いる必要ないよねって。
まあでも一応助けてくれたから。
おい取ってくれって別に垂らしておけばいいじゃん。結ぶだけだったら垂らすだけでいいのよ。
まあそうだな。
お前が放置したところで何もならんのよ。
あれは確かにちょっとツッコミどころの一つと吐き入っていいかもしれないですね。
しかもスローモーションのように倒れ込む竹田哲也を撃つっていう。
そうですね。ある種、あれもサービスカットだったのかもしれない。
あの当時の竹田哲也。
当時人気が高まっていた竹田哲也の。
僕なんかちょっとあまり俳優さんに詳しくないからわかんないけど、竹田哲也って当時でいうとどういう扱いの人間なの?
それはね、非常に説明しにくいですね。
なんかイケメン俳優とかっていう括りではなさそうだなっていう気はするんだよ。
いやいや、そもそも歌手だからね。
え?
あれ?
あれ?何か誤解されてる。
あの人歌手です。
え?
開演隊っていうグループで送る言葉っていう有名な曲を作った人です。
あれ金髪先生で歌ってるだけじゃないの?
45:01
あの人の歌です。あの人が作ったんです。
開演隊っていうフォークグループでそれをヒットさせてますし、
母に捧げるバラードだったかなとなんか他にもあります。
あ、歌手だったんだ。
そうです。それで熊本から出てきて、ヒット飛ばして、
で、あの独特な風貌とすごい鉛で喋るっていうそのキャラクター性が受けて、
で結構マルチにいろんなところに出ていくようになり、
実際男は辛いよでも、あれと同じようなちょっとこう、
同型役で出てきますね。
そういうところから演技の道が広がってって、
始まりには金髪先生で主演ドラマをするようにもなっていくわけですよ。
えー、ごめん、全然その辺の背景がわかってなかった。
今でいうV6の岡田くんみたいなもんか?
V6の岡田くんは顔でしょ?
まあ、
キャラクターだから。
そっか。山田くん?
歌で出てきて、キャラクターで上がっていく人。
山田くんじゃん。
山田くんって誰だよ。
あの、商店の。
商店の山田くんか。
自分が聞いたでしょ、あの人。
いや違うよ。ずーとる日だよ。
あ、ずーとる日か。
もうちょっとさ、話それるから。
ごめんごめんごめん。
やめてくんない?ほんとに。
しかも何か所々ちょっと的外れだし。
すまんねー。
まあまあまあ、でもそういうことだよね。
だから多分そういうカメオ出演的な要素だったのかなって気がする。
ちょっとあの人出てるみたいな枠組みの一人みたいなところもあり、
でも一応こう新宿にいるいろんな人々っていうのを描く上で
フローシャっていう一つの役どころとして、
しっかり作中に意味のある位置づけで出てもらいましたが、
ちょっとベラベラゴジラを草した結果、
ちょっと不自然な形になってしまったのかもしれないです。
なるほどね。
今は分からないですけどね。
ディレクターズカット版があったら見たいね。
ディレクターズカット版っていうのは、監督が本来作りたかったものを出すものだから。
配給会社とか上映時間の関係でカットせざるを得なかったけど、
監督が入れたいって思ったものが完璧に入ってるのがディレクターズカット版です。
さっき言ったけど、ディレクターがブチ切れてカットしてるんだから、
ディレクターズカット版に入ってるわけない。
そのディレクターが切れてるんだから。
そのディレクターを怒らせてるんだから。
そっか、そうだね。
ごめん、またまたそういうこと言ったわ。
ごめん、今日ダメだな。
48:02
ということですね。
僕もでもね、ツッコミどころいっぱいありましたけどね。
やっぱりヘリが墜落しただけで、
幹線道路の車がもう続々と誘爆していくっていう。
車やわみたいな。
そうだね。
ヘリ1個でそんな火の海なるみたいな。
絶対ならんよね。
でもね、あれはね、特撮の美学なのかもしれないと思って。
爆発が。
あのね、やっぱり火薬は使えば使うほどいいと思ってるから。
これもね、特撮沼かなんかあったら話したいけど、
なんだっけな、仮面ライダーかなんかで、
四国かどっかの島の地形変えてるんですよね。
マジで?
マジで。
地形を変えてしまったんですよ。
火薬使いすぎて。
僕の勝手なイメージなんだけどさ、
あのなんだっけ、栃木か群馬かの採石場跡かなんかで、
よく撮影してるじゃない。
パンパンでね。
そうそうそうそう。
あこでの撮影のイメージしかないんだけど、
意外と他のところで埋めてるね。
多分映画かなんかかな、分かんないけど。
とにかく昭和の頃のね、特撮映画で、
仮面ライダーだと思うんですけど、
西の方の島で。
それが多分ね、ロケーション的にも撮影の最後だったらしく、
私は撮るぞーっつって。
もう火薬余ってるなら全部使っちまえよみたいな感じで、
全部火薬を使った結果、とんでもない大爆発で、
ものすごい画なんですよ。
映像を見たんですけど、
もう人間の何十倍何百倍くらいの黒煙がブワーッみたいな。
地形が変わってもう大層怒られたみたいな。
昭和だから許されたみたいなとこあるかもしれない。
今それやったら多分普通に捕まるけどねっていうような感じのことをどうもやらかしてるらしく。
でも実際ウルトラマンとかもやっぱり火薬とかすごいですし、人形普通に焼きますし。
だからやっぱりその絵面みたいなものをすごく大事にしてんのかなっていう風に考えると、
感染道路が火の海になってもいいかなっていう。
それはそれでいいかなっていう。
もう嫌ってなった。
だからちょっと許せた。
許せたけど一番許せなかったのが一個だけあって。
はいはいはい。
スーパーXがダサい。
そうね。でもね、あれ初号機よりかはちょっとかっこよくなってんだよね。
スーパーXは初号機じゃないんですか?
えっとね、あれ実は昔のメカゴジラが初号機が出てんだよ。
あ、そうなの?
その時スーパーXって故障だったと思うんだけど。
ちょっと知らない。
それで出てきて、そのメカゴジラ、2作目のメカゴジラだ。
2作目のメカゴジラ?
そうそう。初めてジュニアが、ベビーゴジラが出てくるやつ。
ベビーゴジラが出てくる。ちょっと待って待って。
51:02
昭和ゴジラの。
昭和ゴジラじゃん。平成平成平成。
だって平成ゴジラだったらおかしいじゃん。
平成ゴジラの1作目に出てきたスーパーXだよ。
記憶が混濁しています。
ちょっと本当にね。
記憶が混濁しております。
え、ちょっと待って。どこだ?
ごめんごめん。本当になんか今日ダメ。なんかね。
マジでダメかもしれない。
ちょっと調べておいてもらって。
調べておいてもらって。
ごめん。
ちなみになんですけどね。水曜日ぐらいの段階で大間からもう俺全部見終わったからお前早く見ろよみたいなプレッシャーかけられて。
その時点で僕1個も見てなかったんですけど。
水曜日から水木金と3日間のうちにしっかりと全部見て。
今日に向けて準備してきたのに、このざまですよ。
そうね。なんかちょっと申し訳ないぐらいにすごく混濁してるし。
今見たら第20作のゴジラ対メカゴジラですね。スーパー1がメカゴジラと合体するアタッチメントとして使われるっていうのがあったので、
84年のゴジラのスーパーXが初号機ですね。
そうですよね。その初号機が絶望的にダサいっていう話をしてるんですよ。
でもあれってサンダーバードのオマージュ的なあれなんじゃないの?
いやだったらサンダーバードの2号機ってことでしょ?
そうそうそうそう。
2号機に丸パクリじゃね?と思ったんだけど。
2号機も2号機でダサいけどね。翼が逆向きに生えてるみたいなさ、なんかよくわかんない翼の形。
でもそれどころじゃないじゃん。だって翼なかったじゃん。スーパーX。
そうだね。しかもなぜか垂直浮上して。
で、なんか下にね、プロペラがついてるのよ。だから俺もちょっと思ったの。どういうこと?と思って、まず。
なんで翼がないの?と思ったら、その煽りのカットで下に大きなプロペラが2つぐらいついてるのが見えたわけ。
で、ブーンって回って、まさかのホバリングなわけですよ。
そうね。
でもね、思ったんですよ。あの巨体を持ち上げられるほどのホバーをするなら、相当量の空気を下に送らないといけないわけですよね。
そうだね。
しかもそれがまさかのプロペラなわけじゃないですか。プロペラの奥側から吸気する必要があるんですけど、吸気口がどうも上に全然ないんですよ。
確かに。
全然ないんですよ。
で、申し訳程度に後方にちょっとちっちゃめな穴が2つついてて、そこから吸気してるんだとしたら、どんだけのものすごい圧が生まれると思うんですね。この口部分がちっちゃいからね。
そこらへんもうちょっとこうなんだろうな、やっぱりマシーンのデザインって結構、なんかこう妥当な形をしてるからかっこいいみたいなところ多分あるんじゃないのかなっていうのがすごく思ったから。
54:11
ちょっとスーパーXのデザインはちょっとショックがでかかったですね。
まあでもその、もしかしたら浮上するときはちょっと頑張んなきゃいけないけど、前進するときはあっこの下を逆回転させて、あのちっちゃい口から空気を噴射して前進してると考えたら、ちょっと推進力が。
ものすごい勢いで放物線を描いて下に落ちますけどね、それ。
かっこつけてるのに落ちてるラピッドになっちゃうね。
バズライトイヤーよろしくですよ、そんなの。ちょっとね、っていうふうにちょっと思っちゃいましたけど。
まあでも、このスーパーXのカドミウム弾を使ってゴジラを一時的に気絶させることに成功してますけど、
まあ一応スーパーXという一つの前振りでしたが、これが一応ゴジラ対デストロイヤーにつながっていくので、まあ、まあいいかっていう。
でもね、そこでちょっと思い出したんだけど、カドミウム弾にもちょっと一個僕、ちょっと残念だなって思ったところがあって、
ゴジラに対抗する術を下手に作ってしまったっていうのは、これいかがなものかとはちょっと思ったんだよね。
その覚悟だったりとか、戦争のモチーフだっていうところだとするじゃない。
で、カドミウムによって一回は倒せかけたじゃない。
とするとよ、しかもなんかこのフリーズ光線みたいな。
ありましたね。
あったじゃん。で、倒せたみたいに。
と思ったら倒せてなかったみたいなことがあるとすると、なんかその核の威力だったりとか恐れみたいなところが逆に薄まっちゃう気がしたんだよね。
それで見たときは、だからこんな出すべきじゃなかったんじゃないのとかっていうのはちょっと思ったのを今思い出した。
なんかすげー嫌な顔してる。すげー嫌な顔してる。
それはお前なんかドツボにはまってるんだぞっていうね。
ほんとね、フレッチャー教授みたいな顔してたよ今。
その辺もだね、言うなればおそらくその当時の社会がやっぱりね、生きてると思うんですよ。
核に対する捉え方って時代時代ですごく変わってるの。
で、一つまず日本人はやっぱりもう本当に根っこのところで、核に対してやっぱり核爆弾を2度落とされている。しかも世界で唯一。
その経験があるから、やっぱり核そのものの危険性だったり、あるいはもうそれに対する拒絶反応に近いような嫌悪だったりみたいなのを持ってる方が結構いらっしゃると思うんです。
57:09
一方で、実はやっぱり核が落とされた直後、しばらくは世界的に特に先進国においては、核って未来の力として肯定的に受け入れられてきた。
まさにこう時代が一歩進んだんだと。今まで人類が使ってきた様々なエネルギー源はあったんだけれども、それを超えるようなまさに小さな太陽とも呼ぶべき莫大なエネルギーを抽出する。
それをもう科学の力で。人類は本当に次のステージに進んだんだみたいなところで、核っていうものがある種希望の象徴みたいな形で解釈されてきた時代っていうのも確かにあるわけよ。
まあそうだな、例えばっていうふうに言われてもちょっと難しいんですけど、結構そのアトミックっていう言葉も肯定的な意味で使われることが。
そうだね、手塚治虫のアトムしかり。
だからね、日本だってそうなのよ。だから手塚治虫のアトムもそうだし、ドラえもんでさえ未来から来たロボットで、あれ動力核ですからね。
え、そうなの?
そうですよ、もともと設定としては。
あ、そうだったんだ。知らなかった。
昭和の頃に出されたドラえもんの解剖図鑑みたいなのだと、核の炉心が胸のところにあるんです。未来のエネルギーで動いてるよって書いてあるんですけど、今同じようなのを見るとそれが完全に削除されているっていう。
でしょうね。
消されましたっていう、そういうことになりますけど、だから時代時代で全然違うの。
で、実際じゃあ我々人間が今ね、気持ちよい生活を送れている背景には、核の力っていうものが実はありますよねっていう。
原子力発電っていう、効率が非常に良い発電方法っていうものがあって、それによって支えられている私たちの生活がっていうところもある。
だからそういった中で核っていうものも、核爆弾は絶対に許されないかもしれないけど、付き合い方さえ考えれば、要するに人類が自分たちの手で管理すれば、それは我々の未来を明るく照らしてくれるはずだっていうふうな考え方。
社会的に最終的には落ち着いていくわけだよね。要するにもう手放しで、わーい未来じゃなくて、いやもっと冷静に考えようよ。
人間がしっかりと管理をしていけばいいじゃないかっていうところに落ち着こうとしていくわけだよね。
そこに対する継承がゴジラ1984なんですよ、たぶん。
なるほどねー。
カドミウム弾を撃つ、これはゴジラを一つの核融合炉、核分裂の促進炉というふうに捉えた場合に、人類が自分たちの手でそれを管理、コントロールしようとする。
1:00:05
要するに暴走しているその力っていうものを抑えようとする。でも結局力は及ばないんですよ。一度動き出したそれは止めることができない。
要するに我々人間が管理すれば、人間にはその力があるんだっていうふうにさも信じているんだけれども、結局それって絶対はないよねっていう話でもあると思うんだよね。
だから安易に我々は自分たちの力を過信して、核っていう爆裂なエネルギーをコントロールできるというふうに思ってしまっているんだけれども、
でもそこに絶対というものは存在しないんだから、いつだってそこには危険は隣り合わせなんだっていうことをおそらく継承としてならしたかったんじゃないのかと。
そういった捉え方で見ると、あの時カドミウム弾を撃ったっていう事実と、そのカドミウム弾によって一時はなお逃れたかと思えたけれどもそうではなかったっていうところの落ちも、結構効いてくるんじゃないのかなっていう気がするんですよ。
なるほどね。
そう、だから多分これも54年の頃にはなかった視点だよね。
うん、そうだね、絶対なかった。
84年に時代が下っていったことで、その核に関する様々な、要するに核っていうのが核爆弾だけではなくて、人類の生活を支えている核燃料を用いた発電みたいな形で、
より社会に核っていうものが溶け込み始めた時に、いろんなものの見方が進んでいった中で改めて核に対する継承をならすって言った時に、そういう描き方を入れたかったんじゃないのかなって気がするんです。
これちょっと違ってたらごめんね。
カドミウムじゃん。
で、僕ちょっと原子炉的なところの知識は全くないから、もしかしたら原子炉の中の使わなきゃいけない物質の一つっていうところなのかなっていうところはよく知らないんだけど、
痛い痛い病ってさ、あの時期じゃない?
何年だったかね。
ってすると、毒を持って毒を制す的なことになってるのかなーとかっていうのも、ちょっとカドミウムっていうので今ふと思い出して思ったんだよね。
痛い痛い病は何年だったかな。
南…えーっと、水俣とかあの辺の時期だろうよね。
1910年から70年代にかけて、1955年に痛い痛い病という名前がつけられたらしいです。
じゃあギリギリ、まあ第一作ゴジラのちょい後ぐらいにはなってるけどもっていうぐらいか。
1:03:00
ぐらいですね。
じゃあ全然関係ないかな。
まあちょっとどうなんだろうね。考え…考えにくいかもしれない。
そうだね。
まあ単純にカドミウムは原子炉の制御棒に使われてる。
あ、そうなんだ。
そう、核分裂の反応を抑える制御棒っていうのが炉心のところにあって、それを下ろす、注入することで核分裂の反応を抑えるっていうような形で使われているから、
まさにそれかなっていう気がするけど。
確かに原発を作られてる時期ではあるもんね。
だから言うなればゴジラが核爆弾っていうような明確な暴力の象徴だけではなくて、核燃料としての捉え方。
より解像度が高まった核の力そのものとして描かれ始めたよっていうのが84年版なんじゃないかなと。
なるほどね。
新しい意味合いを持ってきたっていうような感じなのかなって気がしました。
でもそういうグラデーションが増えてきたっていうことを考えるとやっぱりモスラって大事な作品だね、モスラね。
モスラね、じゃあここでモスラに展開しましょうか。
そうね。
はい。
ちょっとごめん、あとすごい余計な話がさ、僕がね主にしまくっちゃったっていうところもあるんだけど、今何分?
1時間13分。
ふざけんなよ。
ふざけんなマジで。
あと2つあんだよ。
そうだね。
もうモスラ切り上げたいわ本当に。
じゃあモスラちょっと時間区切ろう。
まあまあまあ10分くらいでいこう。
10分でいこう。
10分でいけると思うね多分。
どうすか?モスラ。
今の話を受けてっていうところになるんだけども、あからさまに環境との付き合い方っていうところ、自然っていうか地球と環境としての守ろうよっていう人類への継承っていうところと、
ゴジラが人類回復っていうようなスティグマじゃなくて、メタファーみたいな形になってきつつあって、
それを何とかしてどうにかする巨大な力がないと地球自体がどうにかなっちゃうんだよっていうところを言いたくなったのがモスラなのかなっていうのは今の話を聞いて思った。
まあそういうことかなって気がします。
まあ単純にだからもうゴジラ対モスラにおいてはテーマは環境破壊。環境との共存。これっていう決め打ちで作ってるのかなっていう。
そうだね。
形ですね。以上。
1:06:00
はい。お疲れ。
いいな。いいな。お前はモスラを語りたくて語りたくてしょうがなかったんじゃないの?
いやでもモスラはさ、語りたくてっていうか、モスラって僕が何が好きかって単純にフォルムなのよ。
ああ。
そう。かわいいじゃん、彼。
幼虫全然かわいくないけどね。
幼虫は幼虫でさ、なんかおとぼけキャラみたいな顔してさ。
うん。
あれはあれでかわいいじゃん。
まあまあそういう人もいるんでしょうねという気はしますけど。
さらに言うと、ここのね、ゴジラ対モスラ、我らが横浜じゃないですか。
まあそうですね。そこはちょっと嬉しかったですね。
石川町側のさ、中華街の外門もさ、爆破され。
そうですよ。まあでも今とデザイン違うから、なんか一言でした。
昔の。
まあわかんない。あれで壊されたから新しくなったかもしれないしね。
そう。あと一番ね、あのモスラを今見直して一番感動したのが、建設中のランドマークタワーをもう一回見れた。そこがね。
ああ、なるほど。
感慨深かった。
インターコンチネンタルホテルが跡形もなくぶっ壊されましたね。
そう、僕の元バイト先。
あとコスモクロックもね。
はい。
あ、ね。
ね。まあまあやっぱそういう地元が壊されるのを楽しく見れるのはなぜかというのはね。
初回にあのちょっと大間が投げかけてましたが、それをまあリアルタイムで感じましたね。
はい。そうだね。気持ちよかったね。
うん。
はい。
まあでもちょっと僕も言いたいことあるんで。
はいはいはい。
で、まあゴジラ対モスラ。まあ多分環境破壊にテーマ変更したっていうところと、モスラとの、
えー、そのテーマで描く上でモスラっていうのが非常に都合が良かったなっていう気がするんですよ。
はいはい。
だってモスラって攻撃的な子じゃないっていう共通理解があるじゃん。見た目的にも。
ああ、まあ見た目的やね。
そう、見た目的にも。ただの芋虫だし。
はいはいはい。
でしょ?
はいはいはい。
で、そんなモスラが、えっとコスモスっていうなんか二人のちびっ子がいて、
まあ要するにあの、まあラモスじゃねえや、モスラと関係性のある小さいなんかこう古代人みたいなのがいるんですけど。
ラモス類じゃないですよ、ごめんなさい。
ラモスとの関係性がある二人じゃねえよ。
モスラですね、はい。
はいはい。
で、その二人をなんか助けるためにモスラがもぞもぞやってくるんですけど、
結局町壊しちゃうから、で、人類がこう容赦なくモスラに攻撃するんですよね。
うんうんうん。
あの辺もだからなんかこう、心優しい無抵抗のモスラを容赦なく攻撃する人間っていう構図が、
まあ人間の環境に対するね、なんか身勝手さみたいなものを描く絵で、非常に勝手がいいなと。
うんうん。
1:09:00
だからやっぱモスラを使ってゴジラ対モスラっていう絵が撮るんだったらテーマは環境破壊でいこうぜってなった理由もわかるし、あるいは逆だったのかもしれないなと。
そうだね。
やっぱこう今昨今のその環境破壊っていうのが結構社会問題として騒がれるようになってきたから、
じゃあそれでゴジラ映画撮るか、でモスラになったのかもしれないし、
まあいずれにしてもその環境問題とモスラっていうのは多分非常に神話性が高かったんじゃないのかっていうふうに考えると、
まあテーマ設定としては良かったんじゃないのかなという気はしました。
ただやっぱりね、喋らせすぎな感はあるよね。
そう、あれはもう完全にキッズ向けに作ってるから、もう役者の説明がこう、なんかあの説教臭い。
うん、そうね、本当にね。大竹誠がもう本当になんかわかりやすく自分の発言の悪いところはどこか皆さん考えてみましょうみたいなぐらいに、
わかりやすくなんかこう、全部壊せ、俺が街をもう一度作ってやるとか、なんかこう非常にわかりやすいセリフばっか喋るから、
ちょっとそこで強詰めするみたいなところありましたけど、
まあそのぐらいわかりやすくやらないと、子供たちには伝わらないっていうのはあったかもしれないですね。
でもそう考えてもさ、なんかこう、子供でもさ、映画を見てる上でさ、この子供ながらに感じることっていう部分っていっぱい映画の力としてあるじゃない。
うん。
だからその映画の作り方っていうところでも、
あんに子供に考えさせるっていう映画っていうのは、なんかあの時期でも、時代でもね、あっても良かったんじゃないかなというのを今見てもちょっと思った。
はいはいはい。
まあでも、わかりやすさが大事なんですよきっと。
ね。キャッチーなやつね。
そうキャッチーだね。はい。
あとは、バトラがキモすぎる。
かっこいいじゃん。何言ってんの。
芋虫のくせに歩き方が人っぽい。
いいんじゃん。
あと、何で芋虫なのに泳げるのかが意味が分からない。
いいんだよ。芋虫だって泳ぎたい時だってあるよ。暑かったんだよ。
であと、マントルの中に移動してくるゴジラのタフネスがやばい。
いやでもそれはさ、だって昭和ゴジラのさ、84年ゴジラでもさ、火山で巣に帰ってったんでしょ。
いやまあね、なんかでもちょっとすごい勢いだなって。
あと、モスラのメタモルフォーゼが早すぎるっていう。
もうそんな早く帰るんだったら眉作る必要ないっていう。
まあそうね。完全変態しなくてもいい。
バトラなんて光輝きながら変わったしねっていう。
ちなみにモスラさ、あと1回変身残しても知ってる?
知ってる知ってる。モスラ3かなんかで出てくるやつでしょ。
そうそうそうそう。なんだ知ってたか。
1:12:01
知ってます。はい。
であとは、モスラあの戦闘能力でかつてどうやってバトラに勝ったんだっていう。
明るさまに劣化版だよね。
そうそうそう。かつてバトラを封印したみたいなこと言ってるけど、どうやってやったんだっていうのが全く分からないなっていう気がしたのと、
あとはでもやっぱり当時だったからこそピンとくる描写やっぱりありましたねモスラも。
はい。
最後モスラどこに行きますか。
宇宙。
何のために。
隕石。
それ何のこと。
え?隕石?
これ92年の映画です。20世紀が終わる。
ノストラダムスか。
そういうことですね多分。
はあ?
多分そういうことです。
いやダメだちょっとそれはさ僕無心者として分かってなきゃダメだよそれは。
やっぱこういうところでピンとくるかどうかっていうのはすごく大事だと思うんですよ。昔の映画を見るという上で。
確かにね。それはちょっと今ものすごく反省した。
はい。
ノストラダムスなんて僕の大好物じゃん。
でしょ。
なんで気づかなかったの。
そうノストラダムスの大予言って何が起きるんだとか言ってなんかこう日本なんかねテレビ番組でもなんかいろいろと取り上げたりしてて結局何も起きなかったんですけど。
そうね。
でもこの映画を経験してただ一つ言えることがある。
はいはいはい。
なぜ何も起きなかったのか。
モスラ。
モスラがやってくれたからですよ。
なるほどね。
でもあっこってもうなんか見直したらさちょっと納得いかないのがあってさ。
はい。
別にモスラが行かなくてもよかったんじゃないって聞いたの。
誰が行くの。
バトラー。
だってバトラー死んだじゃん。
バトラーがあっこの話し合いのシーンで、いや俺ちょっと隕石回避させなきゃいけないからさって言って。
あーじゃあ俺ゴジラのことやるわってモスラが行ってもよかったよねっていう話。
2人じゃなきゃ運べないから。
だからそのゴジラに食われながら運ぶ役をモスラがやってバトラーが尻尾持ちゃいいじゃん。
お前ほんとにモスラ好きなの?
お前がモスラ好きだって言うからモスラ見たのにお前なんだその言いざまは。
ふざけんな。
でもあっこはちょっとね僕ほんとになんか2回見たときすごい納得いかなかったんだよ。
ふざけんなよ。
お前が言うたんじゃろうがモスラ好きだって。なんだモスラに死ねとは。
大好きなんだけどあのリフジンさんは、しかもこの殺草と封印するじゃんバトラーがさ。
10円でゴジラと沈んでさ、ヒューみたいな感じでさ封印するじゃない。
そうですね。
あの下りもなんかこう、あモスラちょっと性格悪いってちょっとなんか今思い始めちゃってさ。
1:15:02
泣いてるのああ見えて、あのね無機質な表情にさえ悲しみを見出すことができるっていうのがこう特撮を見る上で大事なんじゃないんですか?
表情が変わらない着ぐるみの感情を読むっていう力が。
はい。ごめんなさい。
反省しろほんとに。
すいません。
てかもう反省するからあるいは俺の2時間返せよマジで。
お前の提案で見てんだこっちは。
楽しかったでしょ?
いやどうかな別にまあなくても僕は正直次が喋りたくてしょうがないから。
じゃあ次語ろうよ。
そうなんですよ。ということでついに95年版のゴジラ対デストロイヤーでございます。
本当平成ゴジラの最後の一作ということで描かれた作品でですねサブタイトルというかキャッチコピーはゴジラシス。
さあどうだ。
どうだと?
さあどうだ。
雑だよ。
そうでも僕がねあの映画を見て一番感じたのがラストシーンのところでちょっと絶望したのよね。
っていうのもゴジラがその戦争のメタファーだったり核だったりとかっていうようないわゆるいろんな風の感情だったわけよね。
それがまあ結局そのデストロイヤーっていうものが善か悪かっていうところはまあ置いといたにしろそのゴジラに倒したわけよ。
ほい。
そうだからそのね核だったりとか負の感情を倒せた乗り越えられたでも裏には新たなゴジラがいるんだよっていうのがラストシーンだったじゃないですか。
うんうん。
とするとよ、ああもうこれイタチごっこで堂々巡りっていうことだよねって思うとなんか今の時代でもさなんかこの新しい兵器ができましたとかその世界経済としてのその戦争のやり方だったりとか
そのいろんなその核を使わないまでも他国を滅ぼしたりとか影響を与える方法っていうのがいろんなところが生み出されていってるわけじゃない。
うんうん。
てするともうゴジラっていうもの自体は永遠に生み出されてはこうある意味倒されていかなきゃいけないっていうところがあるとするとああもうなんか救いてねえなってちょっと思っちゃった。
なるほどね。
うん。
いやあのねゴジラを倒したわけじゃないからね。
まあそうそうそうだねゴジラの自滅?
1:18:05
そうそうそうそう自滅ってかそのなんちゃらとの爆破に巻き込まれて。
うんうん。
はい最終的にああなるんですけど。
はいはい。
僕はとにかくこのゴジラ対デストロイヤーは控えめに言って両作ですね。
引き目に言って傑作だったなっていうふうに思いました。
うんうん。
これはもうね平成ゴジラの終わり方として正しい形だったなっていうふうに思ったんです。
はいはいその心は。
まあゴジラ叱りですよゴジラ対モスラ叱りですここにちゃんとゴジラ対モスラも入れますゴジラvsモスラも叱り。
平成ゴジラはやっぱり何て言うかな人間の愚かさとか人間のエゴみたいなものをやっぱりちゃんとベースに描こうとしてきたんだと思うんですよ。
はい。
まあいろんなテーマの中でね。
うん。
そう考えた時にこのゴジラ対デストロイヤーにおいてのゴジラの天末。
うん。
ここでねゴジラがねなんだろうな。
今まではさゴジラに蹂躙される人々っていう構図だったじゃないですか。
はいはいはい。
一方でこのゴジラ対デストロイヤーのゴジラって徹底して人類のエゴに振り回されてるんですよ。
そうだね。
人類のエゴによって生み出されたゴジラですね。
うん。
が人類のエゴによって唯一のその仲間要するに自分にとっては子に等しいような若き個体を奪われて死ぬんですよ最後には。
そうだね。
なんかね今まで人間を使ってやってたことをゴジラにやらせてるなって気がしたんですよ僕は。
自分の子がね子が親より先に死ぬっていうのってまさにこう戦争とかによって生み出される悲劇の一つの形でもあるわけじゃないですか。
うんうんうん。
でそれっていうのは大きな力によってさ自分の意図するものとは全然違うところで動いていくものだと思うんですね。
うん。
やっぱこうゴジラ対デストロイヤーによってゴジラは徹底的にこう人類の都合だけで無理やり引っ張り出されてくるわけですよね。
はい。
だって別にデストロイヤーと戦わなくてもいいんですからゴジラは別に。
まあそうだね。
戦う必要ないんですもん。
別に単純にこうジュニアが自分のお家に帰るのを追いかけていけばそれで済んだ話です別に。
息子だかわかんないですけどその若い大事な仲間のもとで静かにその息を引き取ることだってできたはずですよ。
1:21:02
そうだね。
別にその後別にね、結局メルトダウンを起こして周りが死の海になろうが別にゴジラにとっては全然関係ないし、当然幼児のジュニアも別にそれの影響を受けるとは限らないわけですからね。
ただ単純にこう人類が自分たちの手によって生み出してしまったそのデストロイヤーという個体を倒すためだけにですね、自分の後を継ぐような生物の最終目標はそうですけど、若い個体を奪われ、挙句それを殺され、それを目の前で見て、
っていう、徹底的にゴジラを被害者にした作品って珍しいなっていうふうに思ったんですね。
確かにそうだよね。その視点で僕見てなかったわ。
ある意味、僕の中のゴジラ像っていうのが昭和第一作目ゴジラにちょっと支配されてたもんだから、ゴジラって生物ではあるんだけど、ある意味無機質なものみたいな捉え方が僕の中でかなり強かったもんだから、
ゴジラの意思だったりとかっていうところっていうのだったりとか、その立場を逆転させた考え方っていうのを全然してこなかったのよね。だからこそ多分僕が感じたのが絶望だったのかなっていうふうに今聞いてて思った。
なんかね、多分両方の意味はあると思うよ、実際。そもそもデストロイヤーの存在自体が本当にいわゆるそういった兵器による負の連鎖を描いてると思うんです。
もとより54年版のゴジラにおいて核兵器の恐怖の象徴であったゴジラを葬った新世代の兵器、オキシジェンデストロイヤーっていうものが描かれたんですけど、この95年のゴジラベースデストロイヤーで描かれたのは、核のメタファーだったゴジラを葬った核の大量殺人兵器、オキシジェンデストロイヤーによって生み出されたデストロイヤーっていう構図なんですよね。
つまりだから、より強いものを作っても結局そのより強いものが生み出されていってしまうっていう、このいわゆる負の連鎖っていうものもやっぱりここに描かれてると思うんですよ。
っていうふうに考えると、本当にいろんな意味で反戦っていうものを描こうとしてるのかなっていう気がする。
もちろんね、単純にゴジラっていう愛されたキャラクターをいかに死なせるかっていうところも非常に難しい命題だったと思うんだけれども、結果的には一番いい形で終わらせることができたのかなっていう気がしましたね。
で、実際ゴジラが死ぬときにどう描かれましたか?
こう、もやの中で光となって消化していくみたいな。そういう死に方だったよね。
1:24:05
ゴジラの体どうなりましたか?
消えた。
消える前何が見えましたか?
あ、え、なんかセリザワ?違う。え、なんかなんだ?
いや別に何も難しいことは聞いてなくて、単純に光の塵を出しながら、薪散らしながら、体がどろどろ溶けて、
溶けた。
溶けて、骨が出ましたよね。
骨が出た、はい。
あれは何のオマージュですか?
メカゴジラ。
違うでしょ。
あ、最後のオキシデントデストロイヤーか。
そうそうそうそう。要するに初代ゴジラのエンディングですよ。
なるほどね、はいはいはい。
だからあそこも、だから平成ゴジラっていうのが、やっぱり昭和ゴジラ、1954年のゴジラ、第一作のゴジラの正統続編として作り続けられた作品なんですよっていうことの一番大事なリスペクトだったのかなって気がするんですよ。
なるほどね。
作者サイドとして最後どうゴジラを散らせるかっていうふうに考えた時に、ゴジラの死を描く上で、54年版のゴジラの死、その様子っていうのは、やっぱりちゃんと表現したかったのかなっていう気がしました、あそこは。
だからすごい、ああ、こう入れてくるかっていうので、すごく僕はね、嬉しかったんです。やっぱり54年版を見てから見ることで。
多分当時は何も思わなかった。ゴジラが解けたみたいな。
知らなかったしね。
うん、そう。だからやっぱり知ってみることで、54年版のゴジラを知ってから見ることで、このゴジラ対レストロイヤーの制作人が、いかにゴジラ初代ゴジラを思っていたのかっていうのが見えてきてすごく嬉しかったね。
そうだね、特にあの女の人、セリザワ博士のところで秘密をちょっとゲロってた人。
誰さんでしたっけ、名前を。
名前全然覚えてないやん。あの人がちゃんと出てきて。
そうですね。
ところどころで、セリザワ博士は亡くなったんだけど、セリザワ博士の思い出やったりとか、その山根博士の思いっていうところをしっかり代弁しつつもストーリーに絡んできたっていうところっていうのは、やっぱりアコアでかかったよね。
そうね、だから、安易にオキシジェンデストロイヤーをゴジラに使うっていうところに持ってくんじゃなくて、かつてのキャストが出てきて、それを語ることで、何年だっけ、95年だから40年経ってるわけですよね。
1:27:14
そうだね。
40年の歳月があれば、40年前の科学技術では、要するにセリザワ博士の発明っていうのはもう大パーツ的なものなわけじゃないですか。
もう時代を軽く飛び越えたような発明だったんだけど、40年の歳月でその技術が発達したことで、それがいよいよ現実的なものになってきてしまったっていうようなところの描き方も非常にうまかった。
うん。
だから、当時の仮想、空想科学っていうのが本物の科学になってしまうっていうことの恐怖みたいなものも非常に感じることができたね。
うん。
すごくいい目のつけどころだったなっていうふうに思いました。なかなか良かったです。
そうだね。しかもオクシデンジェンでデストロイヤーっていうところを作るっていう、そのセリザワ博士が一人きりでこもってやっていたっていうところから、
その未来のところっていうところでは、あと一歩でなんとかなるよぐらいのハードルがかなり低く設定していってるっていうところ。
あと、そこからまた発展させた研究みたいなのもどんどん進められるからこそ、デストロイヤーに対する何かこういうふうに冷凍すればいいんだみたいなところがどんどん見えてくるっていうような、
より発展系をすぐ見せられたっていうところは、やっぱりそこからの歴史の流れみたいなのを感じたなと思うけれども、でもあの少年はいらなかった気がするんだよな。
少年?
少年もいるよ。
いるかい。
いるよ。
僕、あのおばあちゃんだけでよかった気がする。
おばあちゃん、おばあちゃんが誰に話すっていうのって話になっちゃうじゃん。
まあまあそうか。
そうそうそう。
そうだね。
だからやっぱり古書題とデストロイヤーをつなぐためのバトンとしてね、命のバトンとして必要だったんでしょうね、たぶん。
そうやったら別に少年じゃなくてよくなかった?
他に誰がいるんだよ。
いやもうちょっと成長させてもいいんじゃないっていう話。
だってあれ少年の息子だよ。
少年の息子か。
お前ちゃんと見ろよ。
あれ?
お前ちゃんと見ろよ。
僕はあの少年がそのまま成長したのかと思った。
違うよ、少年の息子だよあれ。少年の息子と娘だってあれ。
あの少年が山根博士の養子になって、その息子さんの息子さんです。いいですか?
1:30:09
はい。
大丈夫ですね?
ごめんちょっとそこ見てなかったっていうか、記憶ができてなかったね。
僕なんか変にあの子がでかくなった子だと時空がねじ曲がってんなって、なんかちょっと違和感を感じながら変に納得してた。
あの少年初登場の時に言ってたじゃん、父さんはみたいな。
うん。
あの少年の写真を見せながら父さんはって言ってたじゃん。
あれなんか自分の、なんか分かんない、僕の勝手な脳内変換で自分の過去の写真見せてるのかなーみたいな。
勘弁しなさいよ。
大変申し訳ない。
40年経ってんだから。
そうだよね。
そうです、はい。
意味わかんねーなーってちょっと思ってたのよ。今謎が解けました。
はい、よかったです。
はーい。好き。
あの終わり方もね、ゴジラファンからしたらちゃんと希望が持てるというか、ゴジラは死んだ、しかし時代のゴジラが生み出された。
ここもちょっと説明しておくと、最後ゴジラは結局デストロイヤーをやっつけないんですけど。
そうだね。
決定打を打って、で、もうビビったデストロイヤーが逃げようとしたところをなんとですね、自衛隊がやっつけるっていう。
自衛隊がとどめを刺した怪獣って多分デストロイヤーぐらいなんじゃないかってぐらい。自衛隊の技って聞かないんですけど。
ヘドラは?
ヘドラどうだったか僕知らないですもん。
ヘドラは確か自衛隊倒した。
そうなんですか。
まあまあまあいいや。
すごいですよね。平成シリーズの最後にですね。だからそれもすごく面白いなと思って。
1984年のゴジラで人類の希望を乗せたスーパーXが全然活躍しなかったんだけど、
95年にはスーパーXの血をついたスーパーX3が出てきて結構活躍してくれるんですよね。
でもそれでももうメルトタウンが近い、バーニングゴジラはせいぜい6時間しか止められないみたいなのもありましたけど、
でもしっかり活躍をしてくれてっていうようなファンサービスもちゃんとしてる映画だなという感じがしますね。
最終的にデストロイヤーは死に、ゴジラはついにメルトタウンを迎え、体は溶けて、
そして骨も最終的には溶けて消えて、完全に塵となって消えていくんですね。
その時東京の街にですね、死の灰を降らせるんです。
東京はもう人の住めない街になってしまう。
これが我々人類の罰なのかもしれないみたいなことを言ってたら、
最後ですね、急に放射線の濃度が一気に下がってくるんですよね、東京の。
1:33:00
何が起きてるんだと思ったらその靄の中に一匹のゴジラの姿が見えると。
文脈的にはその直前にですね、倒れたジュニアですね、
ゴジラジュニアがそのゴジラが放ったその放射線をすべて吸収してですね、
新たなゴジラとして降り立ったっていうのは、そんなエンディングになるのかなというふうに思うんですけど、
ゴジラファンにとってはその繋がれたゴジラのバトンというものに希望を持てるし、
一方で深読みマニアからすると、終わらない核や戦争の連鎖っていうものへの恐怖みたいな、
絶望みたいなものを感じることもできるしみたいな、いろんな見方ができる。
なかなかいい作品だったなというふうに思います。
そうだね。でもやっぱりなんか僕にとってはなんかすごい絶望以外の何でもなかったなあ。
まあそうなんですね。
僕はやっぱね、徹底的に被害者となったゴジラを見たので、ゴジラ対デストロイヤーで。
そういう意味で言うと、目の前で奪われた自分の繋ぐべき命のバトンっていうものが、
最終的には繋がったっていうことへの安堵みたいなものも感じましたけどね。
ゴジラを一人の人間じゃないですけど、一つの生き物として考えたら、そういう見方ができるっていうのがあるのかなって気がしました。
ほんとね、ジュニア可愛いから、ちゃんとゴジラになって皮膚も黒くなったのかなとかね。
そうだね。
なんかお前もう毛生えたのかよみたいな、同じような感じですね。お前もう肌黒くなったんかよみたいな、そういうのをちょっと感じてちょっと嬉しかったです。
ゴツゴツもできたしね。
ベビールの正統進化じゃなくてよかったよね。
ミニラじゃなかったっけ?
ミニラミニラ。
昭和のミニラってすっごい気持ち悪い顔してる人だよね。
もうめちゃめちゃ気持ち悪い。泥人形で少年がちょっと作ってゴジラって言ってぐらいの出来。
あれやばいよね。ゴリラに近いよね、いよいよね。
そうだね。
ミニラはやばい、本当に。どっちかというとキングコングに近い感じがするな、この雑魚系。
僕の先輩にすっごい似てんだよ。
やめてください。やめてください、そういうのは。
いや、ミニラね。これ何に出てきたの?
怪獣島の決戦ゴジラの息子っていうので出てきたゾルゲル島にあったゴジラ族の卵から生まれたらしいですよ。
ちょっと全然わかんないですね。
この時のゴジラの顔もちょっとミニラ寄りだね、そう考えると。
この時ってどの時の?
このゴジラの息子の時、怪獣島の決戦の時のゴジラの顔もさ、昭和初代ゴジラともまたちょっと顔が変わってるじゃない?
1:36:02
そうね。
で、ちょっとミニラに顔を寄せてきてない?
そうかもしれない。逆じゃない?だからそういうゴジラを作ったからミニラはそうなったんじゃない?
それが結果的に気持ち悪かったというだけの話で。
で、これで一個だけ言いたいこと忘れてた。
最後にこれだけ言わせてください。
ゴジラに白目はいらない。
あ、そうね。赤目がよかった。
基本的にね、白目に当たるものはもう何らいらないと思う。
ゴジラの目がどんどん小さくなっていくじゃないですか、シリーズを追っていくごとに。
これってすごく大事なことだと思ってて。
ゴジラ84年版も若干白目は終わるんですよね。
やっぱね、難しいな。でも平成ゴジラは比較的コミュニケーション取れちゃうからな。
恐怖、コントロールできない力とかそういう恐怖を描きたいんだったら、話が通じない怖さを出さないとダメだと思うんですよ。
なるほどね。
ここってめっちゃ大事だと思うの。
ゴジラを脅威として描くのであれば、話通じそうだと一瞬でも思わせたらもうアウトだと思うんだよね。
で、目の焦点が合わない人と話すと不安になりますよね。
多分それと敵を持った動物と相対したときの恐怖って近いと思うんですよ。
要するに、相手が今何をしようとしているのかは読めないという。
実際その野生動物って白目がほぼ見えないんですよね。
これはね、ゴリラに至ってもそうです。
あー、確かにね、そう考える。
犬だってそうです、基本的には。見えないように。
猫とかライオンとかそういう恐怖を考えてしまったけど。
でもその辺もね、実はほぼ見えないですね。実際にはあるんですけど。
これはもう確かポケ沼でも話したかも分からないですけど、
要はどこを見ているのかを相手に蹴取られるっていうのは、これデメリットしかないんですよ、動物にとっては。
人間はコミュニケーションを取るっていうための一つのツールとして視線っていうものを使うようになったから、
白目の割合がどんどん増えていったというか、
白目が見えるような目の構造になっていったっていうふうにも言われていて。
だからこう、人間にとってコミュニケーションを取る上で目ってめちゃくちゃ重要なファクターなんだよね。
そうだね。
だからね、ゴジラに白目作っちゃダメなのよ。
意図を感じちゃうから。
でもそれだったらさ、今回の3作目のゴジラってさ、
まこちゃん的な解釈をするんだったら白目必要なんじゃない?
ただね、それがなくても伝わるように超能力女がいるんだと思うんですよ。
平成ゴジラでは。その代弁者として。
あー、そっかそっか。
そうそうそうそう。
それを使うことでゴジラの心情だったり、あるいはジュニアの心情っていうものを代弁させるっていうようなね。
1:39:06
だから彼女は結局ビオランテからずっと最後まで出続けたんですよ。作品の中で。
なるほど。
っていうようなね。だからそういうところなのかなっていうふうに思うんですけど。
だからこの後ですね、ゴジラ-1が語りたくてその3に続いていくと思うんですけど、
そこで白目がどうなっているのかなっていうのはすごく気になっています。
あとだからごめん、全然ちょっとそれちゃうかもしれないけど、アメリカ版ゴジラの白目ってどうなっているかなって。
アメリカ版ゴジラはね、いよいよ野生動物でしかないから。
どのアメリカ版ゴジラの話してるの?
一番初期の、最初期作品よ。最後に卵がかいてオギャーって溢れるやつ。
あー、イグアナね。
あ、イグアナ、そうそうイグアナ。
イグアナでしかないやつね。
そうそうそうそう。
あれはね、だからイグアナでしかないから白目ないでしょ多分。
あ、そっか。
まあちなみに次回そっちですか。
え、あれ見る?
いや見なきゃダメ。見なきゃダメ。
まあまあね、そっか。
このゴジラマラソンにおいて。
でも今回はその、ちょっとその辺は一旦CMの後にしようかなというふうに思います。
次回この話ですからね。
どうですか、ここまで3作品ばーっと喋ってきましたけど、最後に言い残したことがあれば一言言っていただいてお願いします。
そうね、まあ、いつもここでね、こうネタを挟むところなんですけども、今回ちょっとね、ものすごく反省をしているので、反省の一言。
ちゃんと見て、ちゃんとメモして、喋んないと、僕の記憶はダメです。
趣味について語る一時間、ポケットに沼を。
このポッドキャットでは、メインパーソナリティと呼べれば、あらゆる趣味にハマってしまう。
このポッドキャットでは、あらゆる趣味にハマってしまう。
01:41:04

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