Reel Friends in TOKYO Back Number 過去のエピソードをプレイバック!
はい、ということで本日のテーマは、ゴジラ-1が語りたくて、その5、ゴジラ-1がやり遂げたことでしたね。
はい、ついに来ましたというかこう、また来たなっていう感じですね、僕たちは。またそれ挟んできたなって。
これ最後に聞きますんで、語りながら頭整理しておいてください。
困るんだよな、そういうの。
いや、ついに来ましたね、その5。
いや、やっとだよ。だってこれまで、だってもう全員、これで5回目だから、1ヶ月半ぐらいですかね。
長かったね。
長かったね、本当にね。いよいよっていう時にちょっと僕の方でいろいろトラブルが起きまして、収録が遅れてしまうということが、
今まさに現在進行形で起きていたんですけども、ようやくこうして語ることができて、何よりも嬉しいでございますよということですね。
そうでございますね。
はい、ということで早速ですが、今日は、シンゴジラ、そしてゴジラ-1、この2つを取り上げてですね、
最終的にはゴジラ-1について語っていきたいなということなんですけれども、
じゃあまずはこの2作品についてね。
2分間で、もう用意がいいね。僕ね、今自分でスムーズに導入しつつも、これあらすじ語ることを完全に忘れてました。
しかもなおかつですね、ミタの先週の頭なんで、ちょっと怪しいぞっていう、しかもそのトラブル続きでちょっともう頭全然もうぐちゃぐちゃなんで、ちょっと心配ですね。
まあとりあえず2分でたった2つですからね、探っていきましょう。
はい、ということで今回はシンゴジラとゴジラ-1について語っていきたいと思います。
シンゴジラですね、これはですね、ゴジラミレニアムシリーズにおけるゴジラファイナルウォーズが、週によって日本で作られるゴジラシリーズが大きな究明を迎えるんですが、
それ以来約12年ぶりの新作ということで、大変注目が集まった1作となっています。
キャッチコピーとしてはね、日本対ゴジラ、現実対虚構というね、不思議なキャッチコピーが付けられておりました。
何より今回目が本とったのが庵野秀明監督で、日本においてはですね、サブカルチャーの代名詞と言ってもいいような、新世紀エヴァンゲリオンを作った監督でございます。
今回のシンゴジラに関しては、ゴジラという怪獣映画の金字塔を政治劇のようなフォーマントに落とし込んでいくという、新しいスタイルでゴジラを描ききってみせました。
実際、興行的にも大ヒットを収め、日本のゴジラシリーズに新たな風が吹き、ゴジラのこれからというものを非常に期待を持たせてくれるような1作になったということは、もはや僕は勝てるまでもないでしょう。
続いてゴジラ-1でございます。記憶に新しいところでありますが、ゴジラ-1、ゴジラの日本映画の最新作となっています。
何よりアカデミー賞の映像関係のやつを撮ったんだよね。これ後で確認してみましょう。
何にしても日本映画、作品に関する賞を取るというのは非常に異例の時代で、それをしかも日本が非常に誇る怪獣映画を撮ったということで、驚きが日本中に走った、そんな作品になっています。
何より非常に人間ドラマというものにフォーカスを当てた作品となっており、こちら必ず観ていただきたい。大間も孫も涙した1作です。
はい、ということでね。
今あらすじだったかな?
その中で生み出されたシンゴジラとゴジラマイナス版みたいな多分位置づけなのかなって気はします。
多分そういうところがないとゴジラは作られなかっただろうね。
そうだね。
やっぱり産業である以上は作ってその分の投資を回収しないといけないから、
そう考えると怪獣映画っていうものがどの程度当たるのかっていうところにプラスの方向の予測が立たないと、さすがに作品で作られないので。
ある意味ではアメリカがいい仕事してくれたとも言えるよね。
そうだね。
というわけで。
今日確かにこのゴジラ、シンゴジラ、ゴジラマイナス版について語る前に1個だけ確認をしておきたいことがあって。
最新のアメリカのゴジラ、モンスターバースシリーズのゴジラなんですけど、
あのゴジラは一応メタファーの形としては、
初代のゴジラのようにしっかりと意味を持たせてはいるんだけど、
立ち回りに注目すると、
比較的中期平成ゴジラだったり昭和ゴジラ後期に近いようなヒーロー的ゴジラであるということも確認しておきたいなと。
なるほどね。
要するにさっき言ったように、あれを撮ってる制作人っていうのは日本の特撮怪獣映画っていうものに目を奪われた、いわゆるオタク的な人たちなんだと思うんですよ。
だからそんな彼らが憧れたものっていうのはやっぱりかっこいいゴジラなんだよね。
それこそ平成の中期のゴジラ対メカゴジラ、スペースゴジラとか、あの辺が一番たぶんハマってた世代なんだろうなっていう気はするね。
だからやっぱり銀幕に改めて、今の最新技術を持ち込んでゴジラを蘇らせるってなった時に、やっぱりゴジラをかっこよく描くっていうところはすごく力を入れているし、
そういった意味ではゴジラっていうのが圧倒的な破壊力を持っているんだけれども、必ずしも人間にとっては危険ではあるけど、完全な敵対する勢力というわけではないみたいな。
だからやっぱりちょっと力強さ、いわゆるジェンダーを持ち出すとめんどくさい話になるから言いたくはないけど、男の子が憧れるようなゴジラ像みたいなものっていうものをそこに詰め込んでいる感はあるんだよね。
そういったところでゴジラ人気が高まって、じゃあ日本はゴジラをどう作るんだっていうところに現れてきたのがシンゴジラだったりゴジラマイナスワンだったりするんじゃないのかなというところで。
行きますか。
いきましょうか。
おついち じゃあまずはシンゴジラからですね。
はーい。
おついち これは20……何年ですか?16年。
16年か。そんな昔なんだ。
おついち もう経ちますね。結構。
もうちょっとで10年ぐらい経つんだ。
おついち びっくりしますね。時の流れの速さに。
へぇー。
おついち というわけでシンゴジラなんですけど、いかがだったでしょうか。
やっぱね、さすがだよね。すごく僕はね、めちゃめちゃ面白かった。
おついち 面白いかつまらないかという話で言えば、面白かったのは確かだよね。
一言で言うと、誰も見たことがなかったゴジラっていうのをしっかりやってのけた作品だなって気がしてます僕は。
そうだね。たぶんこの後の話でもいろいろ出てくるとは思うんだけど、
やっぱシンゴジラっていうだけの、そのシンっていうのの意味の一つに新しい方のシンっていうのもちゃんと乗っけてきてるし、
たぶんそれ以外のシンっていうところの、たとえば進化のシンだったりとか、
神としてのシンだったりとかっていうような、僕がこの映画を見て一番思ったのが、
やっぱり再定義と再確認っていうのをしたのが、あの監督のゴジラなのかなって思った。
どうぞ。
おついち 言ってください。
いいの?
昭和ゴジラの時の内容で、途中で語った、こういう現状があるけどあなたたちは核を持ちますかどうしますかっていうような内容をたぶん僕らも一緒に話してたと思うんだけども、
それに関して分かりやすくちゃんと再定義して、でどうすんのっていうところは、なんかもう一回、再定義再確認してくれてるなーっていう気はする。
特にその天沢誠司君がね、選択肢としては有用だと考えるけど選ぶなよって、ちょっとサイコパスっぽく怒るようなシーンがあるんだけど。
あのセリフがやっぱりすごくよく現れているし、あとはその、その後でもなんか、あのメガネのちょっとイケメンの人、なんて言ったっけ。
あれですか、ビーチボーイズの人ですか。
それはちょっと分かんない。
武之内豊かですか?
名前が分からないんだ。日本の俳優さんって本当にね、分かんないんだよ。
とりあえずあのー、なんか、アベヒロシ…ん?アベヒロシ?テルマエロマイア・アベヒロシだよね。
アベヒロシっぽい感じの、こう爬虫類っぽい感じの顔してる人。
爬虫類っぽくてメガネかけてる?
メガネかけてる。
若い?若くない?
若…あの中では若くない中堅ちょい上ぐらいの役回り。
分かんねーや。
分かんねーや。
なんかあの、なんだ、ゴジラの組織を、のリーダーの上司みたいな扱いになった人。
武之内豊かじゃない?
あ、武之内豊かって言うんだあの人。
今覚えた。
そう、まあ、なんだっけな、何の話をしよう…
武之内豊かの話ではないですもんね、多分。
そうだね。何の話をしようとしたかマジで忘れ…
あの人がセリフの中でさ、これはたぶんちょっとアメリカゴジラっていうところの若干の批判的内容に入ってくるのかなっていうか、
たぶんアンゴジの中でちょっとお前らそれ違うだろって言いたかった部分なのかなと思うんだけど、
これがニューヨークだったとしても彼らは核を使う、そうだ、みたいなセリフがあって。
やっぱり諸外国が思ってる核っていうのと、日本が抱える核の思いっていうのは全然違うんじゃないの?
そこはすごく良かったと思うんだけどさ、僕結構いろいろ気になっちゃって。
楽しかったんだけど、いろいろ楽しいところはあったんですよ。初代リスペクトなのかなみたいなのも結構ありましたし、
グローリーマルとか、栄光マルのことなのかなみたいなのとか、
そういうことか。
あと、ここぞっていう場面で初代の音楽が流れるんですよ。
確かにね。
今回はエヴァンゲリオンの音楽を担当した、サギス・シローさんという方が音楽担当してるんですよ。
実際はエヴァで使われた曲がそのまま用いられてるところもあり、
ところもあり じゅんじゅんじゅんじゅん
じゅんじゅんじゅん 楊 そうそうそうそうかね だから
もうまさにもうなんていうのかな 庵野の作品見に来たんだからあん
たらこれが聞きたいんでしょうみたいな この場面でこれを聞きたいんでしょう
みたいな感じのところは多々あって そこはだから変な話ゴジラファン
というよりは庵野ファンへのサービス 的な部分もあったのかなって気は
するんだけど でも作戦がいざ進行 するよっていう時には初代ゴジラ
においても流れた作戦進行の時の 軽快なマーチにそういうのが流
れたりとか もろもろイフクベアキラ っていうまさに初代ゴジラの音楽
を味わった人のゴジラといえば これっていう音を聞かせてくれた
っていうのもすごくでかいんです そもそもゴジラのテーマ自体が
非常に優れた音楽であるということ はどこかで語りたいなと思いながら
いつまでも語ってないんですけど あれ素晴らしくないですか
でででんでででんの時点で なんか僕あれの音楽ってダース
ウェーダーのテーマに通ずるところ があるなと思ってなんか音楽によって
そのキャラクターのイメージ性っていう のがすごくよくわかるししかも
この音楽が出てくればその人みたいな この擦り込みをするキャッチーな
感じもすごくあって僕はすごく いいなっていう感じが
まあやっぱりなんだろうな 重厚感といいそのリズムといい
ねあれのまさに変拍子じゃないですか そのなんていうのかな生物的な
不規則感もしかりもうね文句の つけどころがない曲だなという
気はしてるんですよ 初代ではゴジラのテーマってその
導入部分違うと思うんですけど 違うと思うんですよゴジラ対モスラ
第2作からあのでーんでんでんでん っていうのが入り始めたと思うん
ですけど 初代ではそこの部分なかったと思
うんですよね じゃあいきなりででであそう
だねエンディングのときそうだった ね
そうだからゴジラといえば まずでーんでんでんでんでんって
いう感じなんですけど まあでもまさにホーマーが言った
とおりこの曲と共に現れるゴジラ の破壊の象徴としてのゴジラの
姿みたいなものっていうのはやっぱり 誰もが本当に見たいゴジラその
ものだしやっぱりそれをしっかり と当ててくれるというかそのあたり
のなんかこうゴジラファンへの サービスもしっかりしてるアンノ
ファンへのサービスもしっかり してるみたいなそういうところ
で非常に良かったかなという気は してるんですけど
はい あのいいですかいろいろ
言っちゃって いいいい僕もねあの
ある? 今回はね文句はないん
かな文句はないんだけどアンノ 監督にしては珍しいなと思った
のよアンノ監督エヴァンゲリオン とか不思議の海のナディアの作品
で有名なんだけど ナディアってアンノさん
なの アンノさんだよ
そうなんだ そうだよだからナディア
のアトランティスの血筋がシンジ くんたちの血筋だからシンジくん
たちは過去をたどればアトランティス 人だからエヴァを動かせるって
設定なんだよ それ大丈夫それ本当に本当
それあの深読みマニアが勝手に 妄想してる例のやつじゃなくて
大丈夫 ちょっと不安になってきた
でもアンノ監督はそういう 匂わせを大量に散りばめることで
ファンたちが勝手に盛り上がって くれるっていう構図を見事に形式
として立ち上げた人物ではある よねって気がしますね
そうだからそれによって キリスト教の神話関係のなんちゃ
らかんちゃらみたいなのをエヴァ は結構散りばめてきてるんだけど
今回のゴジラに関しては非常に わかりやすくここがここですここ
来ましたよっていうのを説明する ところがかなり明確になってきた
から逆に僕が見間違えてんのか って思うぐらいわかりやすかった
な珍しいなっていうのはちょっと 思った
俺でもやっぱアンノ監督 はアンノ監督だなっていう気はして
ますけどね何だろうなこれも結局 後で言いたいことにちょっと絡ん
でくるかもしれないんですけど 結局主題ってどこだったのっていう
のがよくわかんないんですよ僕 としてはやりたいことがちょっと
渋滞してる感はあった政治劇を やりたいっていう意識がめちゃ
くちゃあるんだとしたら政治劇 の基本ってやっぱり引きずり下ろ
したり裏を描いたりの世界だと思 うんだけどその部分がちょっと
弱いかなっていう気がするんですよ ね一応そういう会話はあるんですよ
もっと弱たり上手にやれよみたいな 話とかねまわしが云々みたいな
のとかしがらみがあってどうの とかお前が出世したときには必ず
俺を引き上げるみたいなそういう 取引みたいな話とかは一応散り
ばめられてはいるんだけど結局 何だかんだで主人公の意思って
割とすんなり通り続けてるんですよ 初めの段階でお前引っ込んでる
みたいなことちょっと落ち着けよ みたいな感じで抑えられる割には
結局何だかんだで主人公がやりたい ことをやり続けちゃってるっていう
ところがおんやっていうのがあって 政治劇に落とし込んだっていう
ところの成果としてはもう一歩 行けたんじゃないのみたいな感じ
はしてしまうんですよ一方で核に対する うんぬんかんぬんっていうところ
は結構しっかりやりましたよって あるけど一方でど派手なバトル
みたいなシーンもあったりして 結局この映画は一体どこで見せ
たいのかなっていうのが僕の中で 結論が出なくていろいろやって
みたっていう部分もちょっとかえ ってうるさい印象になってしまった
感もあるのよね政治劇政治劇っていう ところに本当にもう全力で振るん
だったらもう本気でそっちに振り まくっちゃってもよかったんじゃない
のかみたいなのもあるしあとゴジラ の生態に関するところの終わり
方とかもねエンディングに関しては 後でまた切り取って語りたいな
と思うけど終わらせ方あたりも ちょっとあんのらしいっちゃあんのらしい
終わらせ方な気はすると思うんですよ でもそういうことやりたいんだったら
もっといろいろやってもよかったん じゃないとも思うしね大間と同じ
ようにだからまあなんだろうな 多分ゴジラっていう誰しもが知っている
作品っていうものを全く今まで になかったようなアプローチで
初めて見るようなゴジラを提示する ってなったときに多分やりたい
ことがあふれてしまったのかな と思うんだけどなんかもう少し
フォーカスしてもらってもよかったん じゃないのかな気はしてしまったん
ですよ
確かにそれはなんかこの安野 監督の映像だったりとかの作り
方って宮崎駿の作り方と結構対局 の作り方をしてて宮崎駿って一番
見せたい核の部分をちゃんと森 に隠すんですよそのそれっぽい
ものの中にポツンって残してほら これって実はそうだったんだよ
みたいなのを深読みするのが楽しい っていう映像の作り方なんだけど
安野監督はどっちかっていうと その核となる部分が出てきました
よっていった瞬間に遠くの方で すげえどでかい花火を打ち上げて
目線をそっちに行かせることによって 核を隠すみたいな取り方をしてる
からなんかそれがこのゴジラっていう ものを扱ったときにこの花火の
上げ方がちょっとうるさく感じる かなっていうのは確かにあった
気がするただね一個だけちょっと 僕は反対意見があって政治のこと
をもうちょっと振ってもいいん じゃないかっていうところに関
してはこれはね僕の解釈からする とこの流れでよかったと思うの
そうっていうのもねこれ安野監督 がやりたかったことの一つなん
じゃないかなっていうのに世代 交代と次世代に向けて応援っていう
のがあったんじゃないかなと思 うんですよでこの世代交代っていう
のはすごくわかりやすい構図で 示していて最初の会議がどうしても
こう全然チチとして進まないで 会議のための会議をずっとしている
っていうところからそのおじいちゃん 連中たちがこうすべてゴジラによって
いなくなった後にはすべて40代 ぐらいまでの若者プラスその若者
にかなりサポーティブに接して くれる人々のみが残って話がどんどん
進まっていくっていうところが あってここの60代以降だろうな
と思われる高齢者との対比っていう のがすごく鮮明に描いてるなっていう
ところがあってその世代交代っていう ところをやっていくっていうの
とその新世代っていうところの 応援っていうところはあるんじゃない
かなと思うんですよただここで やっぱちょっとあんのらしいな
と思ったのがその世代交代した 先の今回ゴジラ対策チームのリーダー
となった世代っていうのは最後まで 浮かばれないんですよね浮かばれない
っていうのは政治的にこれ以上浮上 することはあなたたちはありません
よっていう立場に結局はなって しまうわけだだからこれはもしか
したら僕らぐらいの40手前ぐらい の人たちに向けたなんかちょっと
覚悟の突きつけみたいなのもあった のかなと勝手に僕は解釈してるん
だけどその今の日本の世代交代 をどんどんやっていかなきゃいけない
とただその世代交代した君らの 代では日本中のは多分よくならん
と思う君らが犠牲にならんとなる ことで次の日本っていうのがよく
なるんじゃないっていうのを言いたか ったのかなっていうような解釈
が僕の中でしたのでなんでこれ これトピックな解釈かと思いき
やこれね庵野監督とジブリの関係性 を見てみればちょっと読み解き
やすくなるんだけど庵野監督は 断るごとにねジブリに対する批判
をね結構するんですよ
おだしょー 直接的な支障がいますからね
そうそうでその庵野監督 っていうのはもともとナウシカ
の原画をやった人で特にメカの シーンだったり爆発シーンだった
りとか宮崎駿が唯一だったと思 うんだけど一発オッケーを出した
シーンっていうのが庵野監督が 作ったシーンなんですね巨神兵
の投げ払えっていうシーンが有名な シーンがあってそれを数少ない一
発オッケーを出したっていう逸話 があるシーンでで宮崎駿ってや
めるやめる詐欺をして次世代を 育てないことで有名じゃないですか
からそのなんかジブリに対して っていうか自分のまあ支障的な
ねその宮崎駿に対してのメッセージ 的なものもあったんじゃないかな
次世代育ってないけどどうすんの この次のジブリをやるには誰か
犠牲になってでも次の次のジブリ のための布石が必要になってくるん
じゃないのっていうようなメッセージ があったんじゃないかな特に五郎
がかなり失敗したっていうところ もあったしからなんかそういう
意味でもそのでも五郎は別の道を 進むことによってジブリを再興
させようっていうところは成功 してるんだよねそのジブリパーク
を作ったりとかそういう工業的な ところに関しては彼はすごい天才
的な才能を持ってるからそういう 意味では次世代に向けた次次世代
へつなぐためにお前ら頑張れよ っていう話のためにはそこのところ
をぬるっとやんないといかんの ではないかなと思ったんだけど
おだしょー なんでぬるっとしないといけない
だからそこをドラマチックに 政治政治っていうところにやって
しまうとなかなか世代交代がいかない 話が進まないじゃん
おだしょー だからその世代交代 っていうものを要するにドラマチック
内閣総辞職があったわけじゃない ですかダイナミックなね
ダイナミックなやつ
おだしょー そうだからあれを挟む のであればもうそれなわけじゃない
ですかあれは一つの物語の中でも 一つの転機としてはっきりと描か
れているわけだからそれをきっかけ にして物事が要するにゴジラに対して
は成功法じゃきかねえからいろんな ことをやっていかないといけない
残された人たちでみたいなところ で第二章の幕開けみたいな感じ
になっていくわけだからだとすれば やっぱりそこってすごくしっかり
と前段階としてもっとがっつり 主人公ってそもそもどういう立ち
位置なんですかっていうのを当 人の人間図をしっかり描いちゃ
っていいんじゃないですかっていう のをすごく僕は思ったわけねそこ
別にぬるっとする必要もないかな ってで変な話さ死んじゃった人
たちいるじゃないですか彼らも さそうだなゴジラ上陸ありえません
みたいな言っといてすぐ上陸 みたいなあそこら辺の日本の政治家
の緊急事態に対する対応の所定 の悪さみたいなものみたいなの
を多分やりたかったのかなっていう のはっきり出てるけどでも一方
で大杉蓮演じるところの内閣総理大臣 は結構責任感もはっきり持って
て本部を捨てて避難することでも ギリギリまで反対してたりとか
もしも上世代がやっていること っていうものが後進の育成には
全然つながっていかないような ものでそこが切り捨てられること
で若い人たちがどんどん前に進 めるみたいなところを描きたい
んだったらもっとがっつり前段階 の第一章部分でもっと主人公の
邪魔をしてほしいしもっと主人公 の首の回らなさねやりたいこと
があるのにやれないその背景には こういう勢力関係があるみたいな
ところをやっちゃっていいんじゃない かなって思うし変な話やっぱアメリカ
の政治ドラマとかって本当にそこ ら辺ものすごくディープに描いて
くるんですよぜひちょっと見て いただきたいやつもあるんですけど
なんだっけハウスオブカードだっけ なとにかくですね
聞いたことある
だからやっぱりそこら辺 見てるとやっぱりちょっと物足りなさ
っていうのはどうしてもやっぱり 付きまとうだからそこなんだよ
だからシンゴジラがやりたいこと っていうのは結局どこに軸足を
置いてたのかなっていうのをやっぱり はっきりとしてほしかったそのためには
結局それって引き算の美学になって くるとは思うんだけどいろんな
見方ができていろんな面白さが 詰まっててっていう良さはひょっと
するとあるかもしれないけど僕から するとお子様ランチに近いような
感じ
全部メインディッシュだもん ね
そうそうそうなんかもう 幕の内弁当ぐらいが僕の家には
ちょうどいいんですよねもう年齢 的に
なるほどね
ここなんだよ確信はっていう ところはやってほしいかなって
思ったんだけどそのなんかいろん なものを散りばめてきちゃうっていう
のが庵野監督の魅力でもあり一方 で作品作りを突き詰めていった
ときにはそれがひょっとすると 弱点にもなり得るんじゃないのか
と思ってしまったということなんですよ そうだね
エヴァもそうじゃないエヴァ もそうじゃない
エヴァも
そう散りばめまくるじゃない
うん
もうね結局9を見たあたり でもういいやって
なるほど
だってご飯ですらケチャップライス
なんだもん
なるほどねそういうところ がちょっとあったかもなっていう
気はしてるまあそうして最終的な 僕の感想は面白かっただから肯定
的ではあるんだけど一つ指して おくとそういうところになるの
かなって気はするでそれは全体 を通しての提言であって細けえ
ところになるといろいろ出てくるん だけど今ちょっとそういう話を
したからちょっと褒めたいところ ちっちゃい褒めたいところいく
つかぽぽぽぽぽと出していいですか
ぽぽぽぽぽとね
ぽぽぽぽぽと出します
はい
ぽぽぽぽぽと
まあ誰も見たことがない ゴジラっていうのが今回の一言
で言うとそうだっていう話だった と思うんですけど同時に誰もが
見たかった日本も描いたなって 気がするんですよ
ああ
核に対しては決して認めない ぞっていうその唯一の被爆国である
日本のプライドみたいなものが あるわけじゃないですかそこは
許さない絶対にっていうところ の線引きをする日本あるいは幾度
となく天災に見舞われてきてその 都度立ち直ってきた日本そこも
やっぱりジャパンプライドだとは 思うんですよ震災タイプが
この国はスクラップ&ビルド で成り立ってきたみたいなね
そうやっぱりそういう ところ震災と共に生きてきたっていう
ようなプライドあるいは決定力 がない政治っていうコンプレックス
は日本人は抱えてるんですけど 一方でいざ何かが起きたときには
やっぱり国民が一致団結して立ち直る ために日本は再生していくわけ
だから政治だって一度大きなダメージ さえ受ければきっと立ち上がって
くれるんじゃないかみたいなそういう 日本が見たい日本日本人が期待
したい日本みたいなものを見せて くれた作品なんじゃないのかな
っていうそれを誰も見たことがない ゴジラによって誰もが見たかった
日本を描いた作品というふうな まとめができるんじゃないかな
っていう気がしてますそれも褒める ところかなあとは現実対虚構っていう
構図が何よりも意外と新鮮だった っていうことなんですよこれまで
の日本のゴジラ映画は全然現実的 じゃないんですよ一体どこが最も
現実的じゃなかったかこれまでの ゴジラ作品は日本のね日本のゴジラ
作品はほとぼとく軍がいるんですよ ああそうだね討伐軍がいる
もんね 楊 そうなんですよなんかGフォース
とかなんかそうそうそうその都度 名前とかいろいろ変えてますけど
もう明確に武力を持ってるんですよ 今の日本っていうのは武力を持って
いないわけじゃないじゃないですか いわゆる自衛隊というね軍ではない
ですとは言ってるけど明確な武力 として一応持ってるわけでところ
がでもそれは軍であるというふう には言えない建前というかそこ
あるわけじゃないですかそういった 意味でも今までのゴジラ映画っていう
のは今の日本にゴジラが来たら どうなるかなっていうような過程
で作品作りをしているにもかかわ らず比較的非現実的な軍隊がいるん
ですよそれは作品内では自衛隊 としているかもしれないけれども
圧倒的な科学力を持っていたり あるいはGフォースみたいな感じ
で明確になんかちょっと特別武力 組織みたいな感じになったりする
わけじゃないですかそういった 点で言うと今回は明確に日本みたい
な何Gフォースそんなにハマってん だよいたよねGフォース
Gフォースって言うたんびに トキオとケインコスギが脳内を
ピューンって駆け回るのよ
おだしょー でもあれはあれだっけM機関じゃな
かったっけ
M機関
おだしょー 忘れましたけどもはや忘れました
けど正確な名前はとにかくだから 今までは現実と言いながらも現実
ではないやっぱりそこはかとなく そこには虚構があったんだけれども
それは本当に日本っていう現実で にゴジラっていう虚構のエッセンス
を一粒加えたらどうなるかっていう のをやってくれたっていう点では
ある意味では今までで初めての ことだったのかもしれないなという
ふうに思ったということです だから格の軍隊が存在する日本
で描けば自由度は上がるよねっていう だからゴジラをどう駆逐するか
みたいなところの話でもメーサー 発射みたいななんかよくわからない
いっぱい出てきたりとかいろいろ とできたんだけどそれが効かない
分ほとんど現実的なところで描く と自由度は減るんだけどその分
日本人の自尊心も保てるんじゃない のかという気はするんですよ今の
日本我々が住むこの日本でもゴジラ が来ても戦えるって思えるっていう
そこはなんかちょっと面白かった なというところですねまだあります
けどこれが一番言いたいことです 電車が初めてゴジラに戦いを挑んだ
作品なんですよここなんですこれは もう明らかに庵野監督は意図的に
やってると思います そうだねしかも在来線も使い
新幹線までもが使って 楊 これはもう両方とも結局今まで
ゴジラ作品において電車っていう ものは常にゴジラにやられる象徴
的なアイコンとして使われ続けて きたんですよね
被害者だったんだよね 楊 そう第一作で列車をくわえるゴジラ
っていうのが初代のゴジラ映画 で最も衝撃的というかアイコニック
なシーンになったこともありその後 の作品でも散々擦られ続けて平成
ゴジラの第一作ですね実は昭和 の終わりに公開された作品において
は新幹線だったじゃないですか というふうに散々擦られ続けて
きた中であえてその列車っていう のをゴジラに対抗する手段の一つ
として在来線爆弾とか新幹線爆弾 みたいな形でぶつけていくっていう
のは非常に面白かったですね そうねもしかすると今まで
このゴジラに対して電車ってもの がことごとく破壊されてきてそこ
にまつわる負の感情だったりとか ゴジラにまつわる電車のいろいろ
ぐちゃぐちゃした考えだったり とか悔しさとかっていうものを
その新ゴジラでゴジラに爆弾として ぶつけることで電車もやっぱり
癒されたんじゃないかなって 楊 電車の箱には両方が電車が新ゴジラ
を見て箱には両方するみたいな そうそうそうそう
楊 まさかのね まさかの
楊 いや本当にいいシーンだった なというふうに思いましたねあれは
しかもちゃんとあのマーチ でやってくれたからちょっとコミカル
でもあったっていうところがいい よね
楊 うんそうねそこが本当に良かった ですねなんか非常にとまあいろいろ
と褒めておいた上でですね まだ懸念したい
楊 いや本当にちょっとこれだけは 絶対に言いたいんですけど
はいはいはい何ですか
楊 あの石原さとみさん
はい
楊 あの僕石原さとみさんは可愛い しお綺麗ですし別にそんなマイナス
なイメージは持ってないんですけど ちょっとこの作品においては違う
なと
ちょっと雑音でしたね
楊 正直思ってしまったんですよね ちょっとうるさかったなという
ここがね本当に一番でさとみちゃん には罪がないんですよだから
そうですね
楊 これはねキャスティングの問題 なのでキャスティングされたから
石原さとみさんは一生懸命頑張 ったんだけどそれが結果として
ちょっと僕にとってはうーんって 思ったんですよねでこれね僕実は
今回ねスイくんとちょっと共有 したんですよスイくんにさとみ
ちゃんについて聞いたんですよ そしたらねスイくんがこう言って
ましたさとみちゃんはね変な話 美人すぎてアニメキャラっぽさ
を拭えなかったもうちょいアメリカ で女性大統領の座を狙う女性政治家
というパワーに説得力のある女優 を連れてくるべきだったんじゃない
のかなみたいな
うーん
楊 ほーんとそういう視点かという まあ確かにねわからなくもない
のよわからなくもないアメリカ で女性総理大臣じゃねえや女性
大統領を目指すっていう政治家 って結構やっぱパワフルな方が
多いので
そうだね
楊 そこにやっぱさとみちゃんっていう のがちょっと難しかったのかもしれない
なっていうのは言われてみれば そうかもなっていう気はしました
だからなんかこうそういうセリフ を言っててもなんか本当に虚構
だよねっていう感じが抜けない 現実感が抜けないでそれが今回
現実徹底した現実の中にゴジラ を据えるっていうテーマともろ
にずれるっていうのがあるのかな っていうふうに言われて思ったん
ですけど僕それ以上に本当に申し訳 ないですけど発音が悪すぎるっていう
そこですね正直申し訳ないです 僕はもう本当にそこが申し訳ない
けど本当にだめでした
ジャパンイングリッシュだった ね
楊 そうですね
全部ね
楊 まあそうですね
日本側のサイドの人たちが ジャパンイングリッシュ喋るのは
別にいいと思うのよ大概みんな そうだし僕もそうだしだから別に
それは全然いいと思うんだけど 一応あの人ネイティブな立ち位置
じゃない
楊 そこなのよ石原さとみさんが 演じた人物っていうのがカヨコアン
パタースンっていう役どころなん ですねカヨコとかいうこっちでも
ほとんどもうつけられないような 名前をつけるぐらいだったらもう
いっそエミコにしたほうが初代 リスペクトで面白いんじゃない
のって正直思いましたけどそれは さて大きいですねそれはさて大きい
彼女は日系三世っていうで日本語 話してても時々英語混じりになる
みたいな設定があるんですけど それはあのイントネーションじゃ
無理があるでしょっていう話なんですよ
まだなんか同じような役どころ でもローラー使ったほうがまだ
マシだったかなって
それもどうかなって思います けどネイティブじゃないなって
わかる発音の人にネイティブの設定 は無理があるでしょっていうのが
やっぱりはっきりしてしまうよね っていうところがあるんですよね
だからそれこそ他のキャストが 英語を喋るシーンもありました
でも別にそれは全然何もノイズ にならないんですよだって当たり
前じゃないですか政治家が英語を 喋るシーンなんていうのは当たり
前のようにあってそれが別に日本人 特有のイントネーションでも何にも
気にはならない当たり前じゃない ですかだってそもそも英語がネイティブ
の発音でなきゃいけないとは僕は 思ってない思ってないそれはなぜ
なら英語っていうのはコミュニケーション スキルのコミュニケーションツール
だから発音のイントネーション がどうであれ伝わればいいし伝わる
伝わらないとは別のところにある じゃないその発音っていうのは
伝わりさえすればいいでその上で 発音の良し悪しっていうものを
求めるかどうかっていうのは和 者に委ねられるものだしまして
やアメリカのネイティブの人たち が他の地域の人たちが喋る英語
に対してイントネーションが悪い っつって笑うのも違うと思うただ
今回この作品の中で彼女は日系 産生でずっとアメリカにいるんでしょ
っていうそういう設定だったら あの発音じゃ絶対に成り立たない
よねってそれがどうしても引っか かってしまう作品にのめり込め
ないんだよねこういうことを言 って何も礼をあげないのはずるい
と思うのでいくつか言いますけど I trust youって言うんですよあなた
を信じるっていうのを主人公の 何だっけなんちゃらランド宮口
ランドに言うんですよI trust you ゆっくり言うんですけど結局あの
シーンってあなただから信じる のよっていうふうに言いたいシーン
だと思うんですね結局どこを強調 したいのかなっていうのを考えた
ときにあなたを信じてますよっていう のだったらトラストをもっと強く
言うはずだと思うんですよI trust you になるはず
そうだよね
おだしょー もっと強調するんだったら あなた
だって言いたいんだったらI trust you
だよね
おだしょー もっと強く言うと思うん だけどI trust youを本当にもうまったり
平坦に言うから何だろうなっていう 何を意図してるのかわからない
ようなイントネーションになってる 感じがあるねだから非常に平坦
で欲弱がないだからものすごい 違和感があるシーンになっちゃってる
なっていう気がするしあとはまさに ガズイラねみたいなこと言うん
ですよそのシーンは神のような うんぬんかんぬんみたいな
はいはい
おだしょー だからまさにガズイラ ねみたいなこと言うんだけどでも
今まで散々ガズイラガズイラって 言ってたわけでそこでまさにみたいな
話をするんだったらまさにレストラン でも神っていうところを強調した
わけだからまさにガズイラそこ ってしっかりと本当は強調するん
だったらそのゴッドの部分をはっきり させて喋るのが普通だよなっていう
ところが非常に気になるんですよ そうね強調したのはガッって
思うんだよね
おだしょー ガズイラむしろ何だろうなっていう
のが分からないもう一層それこそ ねエメゴジのときにゴジラの言葉
の意味も分からずゴジラっていう 文字だけ見てガッズイラっていう
ふうにリポーターが言うシーン あったじゃないですか
はいはいはいはい
おだしょー 主人公の女の子の正真を阻むエロい
リポーターが原稿だけ見てガッズ イラはみたいなこと言ってそれを
女の子がガッズイラよみたいな こと言ってるシーンがあるんだ
けどもむしろエロ親父リポーター と同じような言い方をあのシーン
で言ったほうがむしろピンとくるん だよねまさに神のような性格を
ガッズイラねそうだったらまだ 分かるなっていう気もするしもっと
直接的なところを言うとエフェクティブ って言うんですよね彼女が
どこだろう
おだしょー エフェクティブをどこで使ったか
分かんないですけどエフェクティブ なんですよえって言わないんですよ
ね普通結構そういうのって日本語 だといっぱいあってWindowsのラプトップ
でサーフィスあるじゃないですか つづりがSURFACEじゃないですかその
SURを取るとフェイスと同じになるん ですよね顔のだからサーフェイス
っていう人が結構いるんですけど もでも発音的にはサーフィスなんですよ
これ結構同じようなことはいろいろ あって例えばイメージとかもそう
なんですよIMAGEこれIMがないとエイジ ですよね年齢エイジこれはエイジ
であってんだけどそもそも発音 的にイメージって言わないんですよ
ね英語では分かります いや今発音どうだったっけな
と思った思い出そうとしてんだけど おだしょー これイメージなんですよ
ねああそっかアクセントがそっち
につくのか おだしょー イメージむしろもう未知に近いん
ですよだから日本語発音だとイメージ
になるから違うってことだよね おだしょー イメージイメージっていう
ふうにカタカナ語だとイメージ って書くじゃないですかでもイメージ
じゃないですそもそもイメージ なんですそこら辺も結局英語聞き
慣れてると当たり前なことでは あるんだけどでも日本の中でいろんな
和製英語を見たり聞いたりしてる とその中で培われるそのイントネーション
とは別にそもそも発音が違います よっていうところがいろいろと
生まれちゃうのは仕方ないんだけど これはやっぱネイティブ設定の人
は絶対にそうは言わないよなっていう のがどうしてもちらついてしまう
それはすっごく気になってしま うんですよねで挙句彼女がいろんな
場面で自分の喋るセリフの中で いろんな英語を差し挟んでくるん
ですよ13%みたいなこと言うんですよ いや13%どういうことやねんという
ふうにも思いましたがちょっと やりすぎだろみたいなで一方で
いろんなカタカナ語が出てくるん ですけどいやそこはそのまま言うん
かいみたいなのがすごいあって なんだろうな無理があるよねっていう
よくそんな無理がある設定の中で 彼女頑張ったよねっていうだから
僕の評価としては正直さとみちゃん よく頑張ったななんですよ
まあもしかしたらゴードン大佐 システムでやったほうがよかった
かもね その可能性あるその可能性ある
マジでもういちはらさとみはもう 英語喋り続けていいんだけどそれは
一切使わないで後から全然他の 人の声でゴードン大佐風に音を当て
たら日本語の音を当てちゃったら それはめちゃくちゃありだった
かもしれない ねえ途中からちょっとだんだん
とこっちの翻訳の関係で日本語 に切り替わって最終的にいちはら
さとみベラベラ日本語に喋るよ ぐらいの感じでもよかったかもしん
ないね だからなんだろうな本当に
ちょっとあれはキャスティング はよくないもっとそれこそだから
なんだろうな英語それこそ本当に アメリカの居住経験がある方に
長く居住経験がある方にキャスト をつけたほうが全然成立するという
かただそれだけの話だとは思うん ですよ
はジャニーズと同じような枠だったん だと思うよ
まあやっぱ堀プロっていうね 日本における強力なプロダクション
にいるというところもあります しまあ多分まあねそれにファン
層を取り込めるんじゃないかみたいな やっぱそういうのを感じてしまう
かなねまあそれは別にあるんだろう なだからやっぱりさとみちゃん
を責めるべきじゃないと思うん ですよただ本当にキャスティング
はミスです明らかにあるいは設定 がミスです設定がミスですでも
アメリカからアメリカの立場で アメリカの意見を伝える人っていう
のは必要だったからって考える と設定は蹴れないからだとしたら
やっぱさとみちゃんじゃないそれは 別にその彼女が可愛すぎるから
うんぬんとかとは全然別なところ でその設定だったらその発音は
ダメだということに多分なって くるのかなって気がしますね
そうねリリコとかでもよかった かもね
違うでしょ違うでしょ大間言って たじゃんさっき世代交代の話を
したいんでしょ
まあそっかリリコ妙例だもんな 駄目ですはいというわけでとにかく
そこが気になってしまったよって いうことですかねまあそのぐらい
かな
ほんと
うんそのぐらい
こっから僕のターンでいい
どうぞ
いいっすか
うん
えっとねここのゴジラに関して はねちょっとオカルトマニアの
血が騒ぐねアンゴジンに関して は話がいっぱいあったんすよ
アンノゴジラでアンゴジね
そうそうアンノゴジラでアンゴジ で僕はねゴジラヌタウナギ説っていう
のを唱えたいんです
ヌタウナギですかあの目が退化 してで触るとネバネバを大量に
出すという
そう
で一部地域では食べるんですよね ヌタウナギ
めっちゃうまいっすよ
僕食べたことないですヌタウナギ は
ほんと
はい
あの時はもう食べてたじゃん
で何なんでヌタウナギ
そうで今回のゴジラっていうのは 本体は断言しますけど尻尾です
尻尾が今回相当強調されてました よね
そうで第一形態で一番目視できた のが尻尾でした
でしたね
うんで他作品に比べて異常に長い 尻尾
はいはい
でエンディングの時にクローズ アップされて第5形態が出てくる
っていうのも尻尾だったと
でしたね
でこれでなんでね尻尾なのかと 気になっちゃうじゃないですか
ゴジラのその本体的なところじゃなくて 尻尾が本体なんだと言いたいわけ
ですよ僕は今日ね
今すごい飛びませんでしたか
ん
なんでそんなに尻尾なのか尻尾 が本体なんだって
すごいなんか急に飛躍した感じ がしますけど
尻尾が本体なんですよ
まあでも今回特に特徴的だった のはまあまあ背びれから出たの
もびっくりしましたけど尻尾から ブレスが出たっていうのは特に
特徴的だったかなという気がします ね
そうなんですよでこの日本における 尻尾ってかなり重要な役割を示
してるんですよ
日本における尻尾
おもしろいですねちょっと聞き たいです
正確には
ネコマタとかキュービーのキツネ とかいう話が出てきたりするん
ですか
もっと遡りますね
もっと遡りますか
はい
もっと遡る
もっと遡って日本初期の日本神話 になりますね
で日本神話において尻尾が特徴 的に描かれるっていうのは何か
スサノオの見事ですよ
スサノオの見事
スサノオのっていうのはイザナギ の見事の息子さんにあたる人なんです
けどもヨミの国から帰還して密 議を行ったときに生まれたっていう
のがスサノオの見事で性格はかなり 破天荒かつやんちゃでマザコン
っていうのが描かれているんですけども いろいろやらかすんですよやらかして
でお前もう知らんぞって言われた ときにヤマタノオロチを退治する
っていう話が有名な話出てくる じゃないですか
おだしょー それって天下りした後 でしょ
ヤマタノオロチを退治して天野 室雲県を天寺に建成してそれが今の
日本の三種の神器の一つになっている っていうところで天野室雲県
っていうのは三種の神器の中では 天皇の持つ武力の象徴であると
されていて大和武が使用されて いたのはこの件で壇の裏でなく
されたっていうふうに言われて るんだけれども一応それはなんか
スジン天皇のときに作られたレプリカ がなくなったから本体はまだあります
よという言い訳がされているっていう 言い訳付きの件ですね
おだしょー おかしいな
ヤマタノオロチなんですけど
おだしょー 身投げしたときに一緒に沈んだ
はずなのにね それは実は偽物だった という
ヤマタノオロチ 偽物だった
おだしょー ああ都合がいいですね
ヤマタノオロチ この辺は隠蔽は 日本が得意とするものの一つです
から ここでスサノオの御事のストーリー
を出してきたっていうのも実は これ根拠がない話でもないんですよ
実は 今回の作戦名何だったか覚えてます
かな
おだしょー タバだっけ
ヤマタノオロチ ヤシオリ作戦だよ
おだしょー ああそっちか
ヤマタノオロチ そうそうそうそうそう
おだしょー 第1回はなんかタバ作戦みたいな
名前じゃなかったっけ
ヤマタノオロチ タバ作戦はあれ ただの地名だから省略しやすい
ですね
おだしょー ヤシオリ作戦ね
ヤマタノオロチ そうヤシオリ作戦ってこれ
ちょうどねその時にエヴァの音楽 が流れたから
おだしょー 流れましたね
ヤマタノオロチ そうだから6割7割ぐらいのオカルト
マニアじゃない人たちに関しては あこれヤシモ作戦のもじりかって
思ったと思うんですよ違うんですよ
おだしょー ヤシオリとはヤマタノオロチの
意味である
ヤマタノオロチ 違います
おだしょー 違う
ヤマタノオロチを倒す時にどういう 作戦をスタノの味方が取ったか
っていうととりあえずヤマタノ オロチに酒を飲ませようと酒を
飲ませてぐでんぐでんに酔っ払 った時にちょん切っちゃえばいい
じゃんってした時の使われたお酒 の名前がヤシオリの酒っていう
名前の酒だったんですね
おだしょー へえ僕ね出雲大社の方に行った
時にそっからさらになんか自転車 で外れの方まで行ったらなんか
そういう舞みたいなので見ました あこれだ岩見神楽っていう日本の
神楽の様式の一つで
ヤマタノオロチ 雨の娘のやつ
おだしょー いやそれこそあれですよオロチ
が酒飲んで寝てるうちに首かっ 切る神楽を見ました
ヤマタノオロチ へえ
おだしょー すげえ面白かったです
ヤマタノオロチ いいなあ
おだしょー それがヤシオリの酒
ヤマタノオロチ そうそうそうヤシオリの酒
っていうのを飲ませてオロチを ぐでんぐでんにさせたっていう
ストーリーがあるんですよでね 最初にポンプ車が出てくるじゃない
ですかその第一次作戦において 凍結薬を注入しようとしてる
ポンプ車の舞台の名前が雨の幅切り なんですよ
おだしょー ああでしたね
ヤマタノオロチ そうそうそう雨の幅切りっていう
のはスサノオがオロチ退治の時に 使っていったのが雨の幅切りなの
これもちゃんとね現実の神話に沿 ってるんだけど雨の幅切りっていう
のは一番最初にどこを切りつけ たかって尻尾切りつけたんですね
尻尾の中には天の村蜘蛛剣が入って たわけだからそれによって雨の
幅切りが欠けちゃうんですねだから 第一次作戦も失敗したじゃない
第二次作戦の方で成功するっていう そのスサノオの見事とヤマタノオロチ
とゴジラっていうのは非常に深い 関係性がここで見えてくるわけ
さでゴジラにおける宝物っていう のと脅威っていう意味ではスサノオ
の見事のストーリーでは尻尾の中に 宝物があってそれによって天皇
の系譜において非常に重要な役割 を担う武力の象徴だっていうふう
にされてるで今回のゴジラにおける 宝物は何かG細胞ですよゴジラ
細胞ゴジラ細胞が世界中から注目 が集まる新元素で核量を無力化
すると同時に無限に核を生み出し さらにいろんな元素にも変換できる
っていう水と空気があればエネルギー を生み出す夢の力があるっていう
のが今回のG細胞
おだしょー オルガナイザーG1じゃないですか
違います今回はオルガナイザー G1じゃねえよそれやったらUFO出て
きちゃうから
おだしょー 俺たちでオルガナイザー G1
もういいいいんだよそれは もう
おだしょー ではないか
だから宝物がゴジラのG細胞であって 側の部分っていうのが脅威として
のゴジラがあったとだからそこの ゴジラっていうのがヤマトのオロチ
いやシンゴジラ盛り上がりますねもう1時間超えてるんですけどね
ちょっとこれ一回切ったほうがいい可能性もありますね
まだあります? なければ僕あと1個シンゴジラ語りたいというか
意見を聞きたいところがあるんですけど
何ですか?
まあさっきの話に触れるとね
イヌタウナギ?
イヌタウナギじゃなくてオルガナイザーG1ですか
オルガナイザーG1
ゴジラ細胞が夢のような云々っていうくだり
あの辺から考えると
例えば無力化してもなおそこにあり続けるゴジラ
なおかつそれは人を滅ぼす力でもあり
あるいはもう本当に人類というのは夢のエネルギー源ともなり得ると
そういったところから考えるともうゴジラって
明確に核のメタファーでもあるかのように設定されていると思うんだけど
そこであのラストがあるじゃないですか
沈黙したゴジラの尻尾が最後ね
ズームでドーンっていう風に出るとそこには
もうすでになんか新たな進化じゃないですけど変態が始まっていて
何やら背骨みたいなものが見えて
背びれの生えた人間の骨格みたいなものが
にょきにょきと生え始めてるみたいなのを映し出して
映画は終わっていくんですけど
あの終わりの考察も兼ねて
シンゴジラにおけるゴジラは一体何のメタファーだったのか
オウマはどう考えてますかって
ぬたうなぎっていうのはさっきも言ったけど
そのシンっていう意味っていうところを
いろいろ考えなきゃいけないなと思ってて
新しいのシンっていうのと
今回ゴジラがどんどん進化していくっていうのは
その進化の進むっていうシン
あとはこのゴジラをある意味神的な扱いにしてるなっていう
そこの神のシンっていうところが
あったなというところではあるんだけど
じゃあ果たしてそのメタファー的なものが何なのかって言われると
ちょっと僕の中では意見がない
ないんかい
今すごいいろいろと言おうとしてるのかなと思ったらないなんだ
ないね
僕はもうねぬたうなぎ説を言えれば今日は満足
おだしょー なるほどね
今そのシンの意味みたいなところにも触れながら言ってくれてたので
僕はちょっとこのラストはちゃんと考えとかないといけないなと思ったんで
僕なりの意見じゃないですけど
ラストは結局その人間型みたいなのが生え始めてるところ
しかも分裂し始めてるわけじゃないですか
そうだね
だから今まで圧倒的なスピードで進化してきたゴジラっていうものが
出画みたいな形で増殖を始めていくっていう終わり方じゃないですか
ファンタジー的な側面で言えばサイエンスフィクション的な側面で言えば
これから人間型に進化したゴジラ人間みたいなものが
世の中にあふれ始めて新たなバトルフェイスが始まっていくかもしれない
声みたいな感じになるのかなと思うんですけど
ただ今回のゴジラが何のメタファーだったのかっていうような視点で見てみたときに
さっき無力化してもそこに居続けて
滅ぼす力でもありながら腹筋ともなり得るみたいなところから
核のメタファー感みたいな話をしたけど
でもその一方で今回この作品の中では核は核兵器としてそのまま描かれ
なおかつその核兵器に対する日本と世界の捉え方だったりっていうのは
もう直接的にメッセージにしてるから
ある意味ではゴジラをあえてもう一度核として描く必要はないんだよね
だって核に対する思いやメッセージはそこにもう載せちゃってるから
何もゴジラに投影しなくても済むっていう風に考えると
ゴジラに他の意味合いも乗っけることができるんじゃないのかなっていう風に感じるわけですよ
そこでねこのラストなんですけど
先ほどね新しいゴジラ進化するゴジラ
神としてのゴジラ言ってくれたんですけど
そこにさまことという意味のゴジラ
真のゴジラ
ここで人型が出てくることで真のゴジラは
お前ら人間じゃないのかという提言
例えばなんだけど今回のゴジラの圧倒的な違いは
その進化をするというところだったと思うんですよね
形態を変化させながら
なおかつその形態変化をするごとにですね
周囲の環境にですねものすごい影響を与えながら
既存の生命体を爆速で駆逐してですね
勢力を拡大していくわけじゃないですか
これある意味では人類の進化の過程そのものでもあるんじゃないのかと
人間は進化の過程の中で結局他の種っていうものを駆逐しながら
自分たちの生活権をどんどんどんどん拡大し続けていって
その中で自分たちの住みよい世界っていうものを構築してきたわけですよね
今回ゴジラっていうものの恐ろしさみたいなものは
徹底して描かれたと思うんですよ
次に一体何をして勝つかわからない怖さであったりだとか
どんどん拡大していく恐怖
どんどん増大していく力みたいなところがものすごい描かれてたと思うんだけれども
本当に最後の最後で人型がこうして出てくることによって
ゴジラって怖いけど結局ゴジラの持ってる怖さって
人間が持ってる怖さそのものじゃないんですかっていう
今までは人間が生み落とした人間の業みたいな形で
ゴジラが描かれたことはあったと思うんですよ
一方で今回はもう誠のゴジラとしてね
真にゴジラ的であると言えるのは人間そのものなんじゃないのか
みたいな提言として捉えると
それはそれで面白いんじゃないのかなっていうような気がした
なるほどね
それも含めての真ゴジラだったらちょっと面白いかななんて思いました
別に頭空っぽでゴジラ人間出てきたら超怖えって終わることはできると思うんだけど
でもそんな考え方してもちょっと面白くなってくるかななんていう気がしてるよっていう話ですね
でも確かにそれに似たようなことは
ヌタウナギの時にちょっとすっ飛ばしたところで
ヌタウナギ説から
ヌタウナギ説のところでその福音がどの子のっていうところで
僕がねその最後のシーンを一番初めに見た時に
思ったのが何かを求めてなんかたかっている人々に見えたの
だからその尻尾が本体っていうその尻尾の宝物っていうのが
夢のエネルギーを生み出す可能性のある細胞だと
なんかそれに対してこう群がる人々みたいな
だから世界のいろんなところがアメリカしかりフランスしかり
しかりそれを求めてこうイニシアチブを取りあって
あの醜く争うっていう国際情勢も見せてたっていうところから
なんかその醍醐形態の中でそこのね
世界の覇権に対してイニシアチブを取ろうとする人の
愚かさ醜くさみたいなのが見えたんじゃないかっていうところを
今すっとばしたんだけど
でもマカちゃんの話聞いててそういう面やっぱりそうだなっていうのがちょっと思った
なんかねそのゴジラの醜悪さみたいなものも今回ものすごく
強調されてたと思うんだよね
かっこよくないじゃん
キモいじゃん
今までで一番気持ち悪いゴジラの顔だったもんね
顔も気持ち悪いしなんか極端に小さくて
全く機能を果たすこともできなさそうな手とかさ
なんかすごい色々あったんで
それを考えるとその醜悪さを徹底して描くことで最後に
それがお前たちなんだっていうふうに突きつけたら
その醜悪さも意味が生まれるんじゃないのか
ある意味そこをやらないんだったらもうただ
木を照らっただけになりかねないんだけれども
その醜さが人類の持ってる醜さなんだっていうところに
落とし込んだとしたら
その徹底して醜く描いたゴジラの造形っていうものに
何かもっと深い意味をもたらすことができるんじゃないのか
っていうふうに考えると
ゴジラが人間のメタファーだったっていうふうに
考えてみたときにちょっと面白くなるかなっていう気がしますね
なるほどね
それが庵野監督やりそうだよね
うん
エヴァも結局そういうことだったじゃん
エヴァについて風呂敷広げるとちょっと
ダメな時間になってるんで
エヴァはいずれでいいです
ちなみに今正確には1時間と
今ちょうど半ですね
1時間半?
1時間半経ってるんで
今日ここで一旦切ります!
そうだね
これダメ!ここでマイゴジ語り始めたら
これ3時間ゴーストなんで
それちょっと一粒でやるのは良くないんで
3時間ってか多分
マイゴジで2時間いけるんじゃないかな
そうなっちゃう気がするんで
ちょっと一旦切りましょうね
すいませんマイゴジを聞くつもりで
ここまで聞いてくださった皆さん
すいません今回シンゴジでした
シンゴジラでした
アンゴジについてでした
はいすいません
じゃあちょっと一回休みましょう
一休みしましょうかね
そうですね
いいですかなんか
言い残したことない?
うーんまあそうだね
僕は改めてゴジラヌタウナギ説っていうのを
しっかり唱えつつ
賛同してくださる方々がいれば
僕と一緒にゴジラの尻尾の必要性と
その尻尾について厚く語っていきながら
ゴジラの尻尾本体説からのヌタウナギ説
ゴジラの尻尾本体説からのヌタウナギ説