2025-06-11 2:04:11

【Replay】「#ゴジラ-1.0 が語りたくて」その3〜ハリウッド版ゴジラ〜 (Replay)“Had to Talk About Godzilla Minus One” — Part 3: Hollywood Godzilla

海をわたった怪獣は

モンスターへと姿を変えた。

ーーーーー

明日のこと考えたらもう寢たほうがいいに決まっている。

そんな日に限って収録の予定が入ってるパーソナリティまこです。

オーマを招いての第6回。

映画「ゴジラ」の座談会です。

初代昭和から平成シリーズへ、そして海を超え今回はアメリカのゴジラ。

文化背景の異なる異国の地で、怪獣王はいかに解釈され、いかに表現されたのか……

てなわけで今回は海をわたった初代ゴジラこと1956年版「#怪獣王ゴジラ」、アメリカで初の完全オリジナル作品となった1998年版「#GODZILLA」、そしてモンスター・ヴァースを立ち上げた2014年版「#GODZILLA」を語りました。

お楽しみください。

ゴジラが海を超えたとき、人々はそれに何を見たのか。

皆さんはどう解釈しますか?

#ゴジラ

#godzilla

#Godzilla-1.0

#ゴジラ-1.0

#ローランド・エメリッヒ

#モンスター・ヴァース

#ハリウッド版ゴジラ

#ゴジラシリーズ

#核実験

#反戦

#movie

ーーーーー

podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。

語りたい映画なんて尽きることない!

エピソードの公開は毎週or隔週となります。


ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPalツイートをお願いします。

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これからも番組をよろしくお願いします。


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When the Kaiju Crossed the Ocean, It Became a Monster.

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Logically, I should be in bed right now.
But of course, tonight of all nights, I’ve got a recording scheduled.
Hey, I’m Mako — your movie-loving host running on fumes and pure cinematic hype.

Joined again by Oma for Episode 6 of our ongoing Godzilla roundtable, we’re leaving Japan and heading across the Pacific.

From the Showa original to the Heisei era, Godzilla has already gone through several incarnations.
But what happened when the King of the Monsters landed on foreign shores?

How did the West interpret and portray this towering kaiju, shaped by a completely different cultural backdrop?

This episode, we dive into:

  • Godzilla, King of the Monsters! (1956) – the Americanized version of the 1954 original

  • GODZILLA (1998) – the first fully original U.S. Godzilla film

  • GODZILLA (2014) – the reboot that kicked off the MonsterVerse

Give it a listen, and ask yourself:
When Godzilla crossed the ocean, what did we see in him?
And what did he become?

#Godzilla
#ゴジラ
#GodzillaMinusOne
#ローランド・エメリッヒ
#MonsterVerse
#HollywoodGodzilla
#KaijuCinema
#NuclearThemes
#AntiWar
#MovieTalk

ーーー

Hosted by Mako (@_macobana), this podcast is a spin-off from the main show Swamp in Your Pocket (#ポケ沼), where all the movie talk that couldn’t fit in finally gets its own stage:
#YomoyamaKobanashi (#まこばな) — your new favorite film-focused audio rabbit hole.

There’s always another movie to obsess over.
New episodes drop weekly or every other week.

Send your thoughts using #リルパル / #ReelPal — we just might feature your tweet in the show!

Got a theme or film idea for us?
👉 form.run/@makobana

Or email directly:
📩 yomoyamakobanashi@gmail.com

Thanks for listening — and long live the King (of Monsters).


00:04
Reel Friends in TOKYO Back Number! 過去のエピソードをプレイバック!
今回扱う作品は3つ。そのうちのまず1つ目、怪獣王ゴジラです。1956年の怪獣映画。こちらはですね、初代ゴジラをアメリカで放映するために、ちょっと継ぎ接ぎしながらアメリカナイズ作品として作られたものになります。
内容としては、初代ゴジラ、1954年版のゴジラと全く一緒といえば一緒なんですが、ところどころですね、アメリカ人の主人公を差し挟むことによって微妙なマイナーチェンジが行われています。
続いて、1998年版のゴジラです。こちらはですね、ゴジラがアメリカで、アメリカのハンケンに、ハンケンをジョート、ジョートじゃないな、なんて言えばいいんだろうな、高額なギャラを支払ってですね、支払ってもらって東宝がゴジラをちょっとアメリカに貸すみたいな感じで、トライスターから作られた作品になります。
作ったのはローランド・エメリッヒ監督になるんですが、工業的には大成功したんですが、世界中のゴジラファンからはソース感をくだってしまったというような作品になります。
03:11
あらすじとしてはですね、巨大化したイグアナがニューヨークを葛保するというような作品になっており、そこらへんの違和感についてはこれから語っていく中で明らかにしていきたいと思います。
そして最新版となるのが2014年に公開されたゴジラです。こちらはですね、モンスターバースシリーズというふうにも呼ばれている作品のうちの一作品になっておりまして、サンフランシスコとハワイだったかな、お舞台にしております。
とにかくどでかいゴジラと、ムトウと呼ばれるきっかいな怪獣とのバトルが描かれる作品で、見応えも抜群です。
特に家族にフォーカスをした作品となっており、人間ドラマと怪獣同士の戦い、この2つをいかに絡めて描き、人々を感動させたのか、そのあたりに迫りつつアメリカのゴジラの魅力について語り明かしていきたいと思います。
もういいじゃないですか 楊 一応言うとくけど前回がドンピシャで今回は余裕を持って終わってますから
そうかな 楊 いやいや聞き返してわかったでしょ、聞き返してわかったでしょ、俺だんだん波形まで見返したからね、ちゃんと収まってるかなっていう、あ、収まってましたから
なんすかね、ちょっとレイテンシーの問題なのかなっていう気はしますけど、はい、そんなわけで3つです。どうでしたか3つ見てみて疲れましたか
疲れましたね、てか今回はねマジでねちょっとギリギリだったんよ、あのまあいろいろちょっとあのー
まあ僕の仕事がちょっと忙しくなったっていうのと、あと身内がちょっと体調崩したっていうのが重なって、今日の今日見終わったので
楊 あらま まあ相変わらず記憶に関してはポンコツ説が多々あるかと思うんですけど、今回はねでも前回とは違う
オウマ復活の脳卸 本当? ネモをチェットした でもねー
俺今回ねー、みっちみちだよ俺 みっちみち? みっちみちだよ俺
ヤバいよもう本当に 喋りたい? 喋りたいことみっちみちだから、あの割って入らないとダメだからね
マジかよ やっぱさちょっと思ったのよ、やっぱオウマねまだちょっと遠慮してるよ、ポッドキャストという土俵において
そうなのかしら もっともう割って入らないと
オワイって? そうそうそうそう、分け入っていかないともっと、オワイっつって
喋りたいときオワイって言う 言ってください、それ無視して進めますんでね
意味ないけど、はいというわけでまあとりあえずねまずは1954年公開された日本版ゴジラを
アメリカでちょっとアメリカ公開版ということで再編集した56年の怪獣王ゴジラですね
06:05
こちらから行きたいと思います はいはいはい
いかがでしたか これに関してはね
ちょっと賛否両論かなりある作品だなっていうのは重々承知の上っていうところなんだけども
うんとね僕はある程度評価してます いいんじゃないですか
というのは本当ね
これゴジラ作品として見たときに昭和ゴジラ一番第一作のゴジラっていう時は反核反戦争で
まあ戦争の悲しみだったりなんかそういう感情をなんかこうゴジラに昇華してなんちゃらかんちゃらっていうところがその昭和ゴジラだったっていうところだったと思うんだけど
それをアメリカが同じ目線で描けるかって言ったら絶対無理じゃない
文化的な背景が違うもんな そうそう文化的な背景が全然違うし
あとはその立場の問題としてその戦勝国敗戦国っていうところのそこの立場としても
まあちょっと 日本と同じ目線でそれを描いたとしたらおかしな話になってくるし
あとそのアメリカのその公開年度がちょっと僕は忘れてしまったんででもそんなにずれてない?
ずれてる? 全然ずれてない2年ぐらいしか空いてないと思う
ってことはその戦後10年ちょっとぐらいっていうところだったとしたら
まあ今ほどもうちょっと日本寄りだったりとか反核とかあるいはその戦争でのなんかっていうところを描くには
まあまだちょっと年数がアメリカ的には立ってなさそうだなっていうところで
っていう立場はあったと思うよね ただ
割とそのアメリカの戦争の立場っていうところに関しては
ある程度描こうとはしてくれてる感はあったなっていうところは1個ちょっと評価したいなと思っていて
やっぱりそのゴジラによってその蹂躙された人々みたいなところのシーンっていうのはゆっくりゆっくりちゃんとあの見せていってるなっていうところはあったよね
あのシーンよ えっとほら
どのシーン あのなんか避難所みたいなところでさ
マーチンがさ倒れてさエミコエミコ
エミコ What's up みたいなことをずっと言ってるシーンで あれわざと副音声でなんかギャーギャー言ってるシーンとかを
ちょっと入れたりとか その戦争のその
09:00
悲惨だったよ大変だったんだよっていうところはこのシーンでちゃんと描こうとは してくれてるなっていうのは感じた
じゃあどうだったその辺に関しては 楊 いやまあだからあの頑張りはしたなっていうのをすごい感じて まあだからやっぱ再編集っていう
例えばまああの当時のアメリカにおいては別にも海外映画なんて別にあの全然ヒット しない土壌で
そういった中で日本の映画に目をつけてそれをあの アメリカで公開したいと思った工業主がいたことにもまずはびっくりしたし
でじゃあそれをじゃあアメリカの 記者っていうのを主人公においてどうまとめてくるのかなっていうのが全くイメージが
わからなかったんだけど 一応見れはする形になってたことにびっくりした
なんかさあでもブリーチにさそういう敵いなかった あのその自分がいなかった記憶に自分がいたかのように錯覚させるやつ
なんかしおりを挟むみたいなさ ああえっとフルブリンガーの人か
あの原生編の元死神大公の人ね みたいな人かな忘れました
元死神大公の人じゃない人だ 最終的にはなんかひっくり返ったんだよね
なんかちょっとこう最終的に味方になる的な感じの人じゃなかったよね いたいたいた
なんかそれの攻撃を受けてるのかなって思った俺は だっていなかったはずのなんかね
マーチンだっけスティーブマーチンだっけ名前忘れたけどなんか がなんかいたことになってるっていう感じの
確かにね 何こいつみたいな でもあのうまいことさあのやってたよね うまいことやってた
そのここに立っちゃまずいよねっていうシーンはちょっとちゃんとカットして ここに立っててもおかしくはなさそうだよねみたいな
そういうところにうまいこと挟み込んだのも良かったっていうのと もう一個はオープニングで
ぶっ壊された街から始まるっていう描き方も面白かったなっていう 何が街を操作せたのかみたいな想像を掻き立てるようなオープニングはすごく良かったかなというふうには思いましたが
やっぱちょっと頂けないというかこういうとこあるよねっていうのがちょっといくつか鼻についてちょっとムカついたなっていうのはやっぱありましたね
そうねちょっと僕がね一番ねこれはまあアメリカの立場的にもしょうがない部分はあるんだろうけど
これやっちゃいけないだろうって一番思ったのは一番最後のシーン
ああはいはいはいはい山根博士のセリフ全カットですか
そう
まあそこだよね
そこがねもうこのアメリカの立場っていうかアメリカがいかにゴジラが見えてないかっていうところがこちら側が見えてしまってちょっとねおいってなった
12:12
まあねまあやっぱり立場的なものでしょうねとは思いますけどまあ実際そこら辺の原爆水爆に関する言及はもうほぼほぼ全部カットですよね
一切触れられないままだからもうゴジラって何だったんだろう的な部分がまあそのままねまあだからまあ要するにこの時点であのまあなるべくまあある意味じゃあそういうことをしても一応見れるものになるぐらい
そのもともとの作品の54年版ゴジラがよくできていたいい作品だったということなのかなというふうには思うけど
一方で正直やっぱこの時点で怪獣映画っていうものをアメリカ人がそこまで実は根本を理解していなかったんじゃないのかっていう仮説が立つんですよ
そうだね
だから怪獣とモンスターの区別がついてないんですよここらへんちょっとだからイコールじゃないよねっていうところが多分あるのかなっていう気はしていて
多分ね今の一言でね 多分まこちゃんが言わんとしてることと俺が今日ね一番言いたかったことがねほぼ同じことを言おうとしてるなっていうのがちょっと見え隠れした
まあでもまあまあそういうのをちょっと後々語っていきながらすり合わせていこうかなと
じゃあ今大間が頂けなかったところを言ってくれたので僕が頂けないというかまあこれもしゃーないかな時代だしねっていうふうに思うのが一個あって
はいはい やっぱね端々でねやっぱ日本を下に見てるのね
ああそれはあるね ここなのよでね
まあそもそもこのスティーブマーティンが終始結局なんていうのかな 抱く恐怖ってある意味ではその未開の地で孤独になるっていう恐怖なのかなって気がするんですよ
ゴジラそのものへの威風っていうのを描きつつも結局はこれを見た本土のアメリカ人は何思うかっつったら
もし自分がそんな日本なんていう偏狂の地でこんな未曾有の危機に襲われたら一体どうすりゃいいんだっていうその種の恐怖を抱いて楽しんでたんじゃないのかなっていうふうに思っちゃうんですよ
で僕がこの作品を見てね頭にちらついたのがねそれこそ二次大戦下の時に本土で放映されていたプロパガンダ映画
僕以前それネットフリックスで見ることができて すごくないですかあの戦下におけるプロパガンダ映画を歴史資料としてストリーミングサービスで見れる時代になったんだと思って僕びっくりしたんですけど
それこそ日本ってどんな国かっていうのをアメリカで 映像作品が作られて放映されたんですよ
15:07
真珠湾攻撃しかけてきた日本って何なんだこいつらっていう でそれを見るとですねあの本当にアメリカ人がどう日本を見てたのかっていうのが結構まぁ
悪意も含んで見えてくるんですよね でまぁそこの一節にですねまぁ彼らはあの中世から変わらない生活をしているという
まあ要するに畳で彼らは椅子すら使わない 床に直接座って飯を食うみたいな
で大昔から変わらない服装でずっと生きている だからまぁそこは別になんていうのかな日本人の感覚からすると別にこう
何 西洋基準で考えてないから
自分らの伝統的な暮らしをただ続けていくことに何の疑問も持ってないしそれが別に そう発展を妨げているとか発展できないからそうしてるっていう感覚ではないんだけど
結局あの当時の向こうの感覚からすると本当に未開の地の 文化が成熟していない人々っていう認識だったんだろうなという
たぶん本当にサルイエロー本気って言葉があるぐらいサル扱いなんですよ そこのやっぱりあの認識っていうのは多分あってねそれはまあ戦争が終わってから
ガラッと変わるとはないと思うんですよそこらへんかなり長い時間をかけて少しずつ そういう人種の壁みたいなものもだんだんとこう乗り越えていって今のに今の人間のね
今の国際社会というのができているというふうに考えるとじゃあこの1956年ですか 怪獣ゴジラですねこの時代にはどうだったかなって考えたらまあまだそこまで改善もしてないのかなというふうには感じるんですよね
例えばなんだけれどもその大島だっけ ゴジラが襲来する島
最初の島ですね あそこのなんか伝統舞踊みたいなのを見るシーンとかもなんかちょっと
なんかすげー迷信深いみたいなことを言ってるんですよ そうそこでねちょっと僕が一番気になったセリフがね
一番最初にそのマーチンがフォンドに上がってきて 第一住民発見みたいな感じでインタビューするときの
セリフがなんかいろいろ聞いた後にその人が もうお家に帰るみたいなことを言って去って行った後にその日本人の商工かなんかに
彼は私たちが怖いのかって言ってその商工が何言ったかって言ったらいやこれはあいつらが 迷信深いだけでハッハッって言って鼻で笑うシーンがあったね
なんかもうそのシーンから始まってやっぱりなんかその まあ彼らからするとその島の原住民であるその日本人っていうのが
不思議な踊りをして不思議な迷信を抱えて 全く文明開化してないじゃないかっていう
18:04
そういう扱いよねずっとね そうねだからなんかそういうのがちょっと鼻について嫌だなっていうふうに思うんですよ
で今の感覚で作られたものじゃないからそんなとこ消し付けてもしょうがないっちゃしょうがないんだけど
僕はなんかそこにですねなんかちょっとアメリカっていう国の人々が抱えているコンプレックスみたいなものを僕は実は結構感じるんですよ
なんで彼らはそんなに迷信深さをなんかこうあざ笑うのかっていう
なんかすごく僕はねそこに実はものすごいコンプレックスが隠れてるんじゃないのかっていう気がするんですが
それを1998年版のゴジラで言及したいなっていうふうに思ってるんですよね
なるほどねちょっとね実はね まだ言いたいことある?
いや僕実はね宗教絡みのことはねちょっと話そうと思ったよね
だから多分ねその宗教コンプレックスっていう話ではないんだけど
その日本とのちょっと違いみたいなところはねなんかちょっと話そうと思ったからじゃあそのまこちゃんの話すときにちょっとね言おうと思うわ
別に合わせなくていいあのここだって思ったときに分け入って入らないと
オイ! そうオイっつってそこはもうガンガン行かないとね
そうねあとはそのこの怪獣王ゴジラのところで気になる発言というかそういう立場だよねっていうところがあと2つちょっと言いたいことがあって
いいですね
で結構ラストシーンなんだけどね結局そのラストシーンのところにアメリカのその立ち位置っていうのがすごい見えてくる発言がボロボロボロボロ出てきたもんだから
だからちょっとここに言及したいんだけどここからは国土の再建ですって言って
そうね
言い始めるわけよでまあもちろんさGHQによって日本が再編日本の再編っていうのを行ったっていう立場からするとやっぱ戦争に加害被害っていうのはね
あってないようなもんではあるんだけれどもアメリカが加害したんだよっていうところの立場は絶対に取らないんだなあって
あくまで世界の調和をコントロールするなんか世界警察的な立ち位置なのかなっていうところ
あとはそのまあこれ完全に予断になるんだけどアメリカってその戦後そのGHQのその統治下の中ではめちゃめちゃ日本のこと調べまくってるのよ
っていうのは戦争の規模だったりとか戦死した人の数だったりとかその後にどのぐらいの地域の密集人口の密集度でどのぐらいの
疫病が発生したとか基金が発生したみたいなのを統計情報めちゃめちゃ取ってだからアメリカってかなり公衆衛生学っていうところではかなりね強いんだけども
21:03
まあその辺からもこの日本っていうある意味大規模実験を行った未開の地っていうところのその管理者としての立場っていうのがすごくなんかこう
見え隠れするなあっていうのが一つ うんまあ管理者としての立場というか管理者だと思っている立場ですよね
そこがちょっと鼻につくんですよ
ちょっとねあのまあ純日本人たちからすると うんってなるのとあと僕はちょっとそれであの平成ゴジラの
あのモスラに出てくる大竹誠を思い出しましたね 全部壊せ俺が作り直してやるをちょっと思い出しましたね
その傲慢さがすごいなんか感じられてしまうこれから再建だみたいななんかちょっと応援してるかのように見せかけて
あのなんかちょっとねやっぱ戦後の復興を助けちゃったの誰みたいな感じがちょっとあるんですよまあもちろんね僕はあのなんだろう
戦争っていろんな理由で起きていきますし日本の当時の政府に責任がなかったわけはないと思っていますので
あのその後ねその結局国民に罪はないわけですから あのその国民たちに支援物資を送ってあの支えてくれた
まあ連合国の国々があって戦後の日本がまた少しずつ立ち直っていったということを考える と感謝してないわけはないですけどね感謝してないわけはないんですけど
でもなんかやっぱり反核反戦を描いたゴジラの中で
これからは復興だみたいなこと言われるとちょっとなんかうーんっていう気になっちゃう っていうのはありませんなんかちょっと整理できないこの気持ちっていう感じになっちゃうよね
どうしてもやっぱり多分僕らの立場的にはその日本人が作った昭和ゴジラ っていうところの
あのその面白さの衝撃だったりとかその考えさせられた深さみたいなところっていうの すごく多分インスピレーションをね
ついこの間受けたっていうところからこれを見てるから そう考えるとちょっとなんか朝墓みたいな感じにちょっと見えちゃうっていうのは
まあある程度しょうがないかなあともう一つねあのまだ心もエンディングのシーンなんだけど
脅威は去ったそして偉大な男もそして世界は平和になった っていう
セリフで締めくくられるんだよ なんか今日ねやたらすっごい鼻がかゆいんでごめんね
いいですよ
やっぱりここのこのセリフがねもうなんかすべてを表しているような気がするんだよね もうアメリカのその
ストロングアメリカ っていうところっていうのが
24:04
であとそのなん まあこれちょっと宗教的なところもあるのかなわかんないけどその自己犠牲だったりとか
あの一人のこのヒーローっていうところを作っていかないと物語がこう 作れないみたいな
そのマッチョアメリカイズムなその 展開というかそれがすごい何かちょっとねー
で思ってこの後の大型せ博士の セリフ全カットよ
はい2回目だけどさ なんか待ったから結局はそのまた戦争が起こるよとか
その核兵器の使用がまた起こる可能性があるよっていうことを口が避けてもね アメリカ的には言えない中のは絶対にあるんだろうけど
まあそれでもちょっと映画ん中っていうところでなんとかできなかったのって 痛いです
まあ多分そこも僕からすると怪獣 イズノットモンスターなんだろうなっていうところなんですねもうモンスターは
討伐の対象なんですよ ハンティングにおける獲物であってくれないと困るんですよね
それで言うとやっぱりそのゴジラは この怪獣王ゴジラになった時に
ハンティングの獲物になり下がったなっていうふうに思うんですよ やっぱ同じことを言おうとしてたわ
結局さ結局さ怪獣王ゴジラじゃなくて54年版のゴジラは ゴジラの死そのものは別にそんなに成果ではないんだよ
あそこのねじれっていうのは結局強大な力を封鎖するためにまた強大な力を作ら ないといけないっていうその悪循環
そこに結局苦悩して結局自らその力を封印する道を選ばざるを得なかった セリザワの悲劇っていうところに
意味を持たせるためのゴジラの死だから 別にゴジラを倒せてバンバン罪じゃないわけじゃん
だから最後のあのセリフもあるんだけど 結局そのどういう順序でそうなったかは知らないけど
やっぱ最後のセリフは立場上カットせざるを得ない そういった中でその脅威が去った一人の偉大な男も
っていうこの美談化することによって 結局その目的がゴジラの討伐になっちゃってるんだよねって気がするんだよね
だからそのゴジラが死んだことによってゴジラの死っていうものを使って
訴えたメッセージっていうものをなくしてしまったがために 本当にゴジラはただ討伐の対象になって倒せてやったねバンバン罪になってしまっていて
ここが本当にこう怪獣のモンスター化を生んでいる 気がするんですよ
そうねその完全懲悪的な流れにどうしても持っていきたいみたいなところがあるっていうところ であの僕のねその
27:09
もうガジーラの方に進んじゃう ガジーラ行っちゃっていいですけどね
行きますか ガジーラ行っちゃいこうか
じゃあちょっとガジーラについてですけど 98年版のゴジラですねローランド・エメリッヒ監督でインデペンデンスデイの監督です
そうなんだ 結構インデペンデンスデイのスタッフが関わっているということで
そのあたりからもなるほどって思いません?展開的に
たしかにね同じだもんね
っていうことだと思うんです
まあこれも裏話になるけどもともとは違う監督が撮影する予定だったんですよ
で名前忘れちゃったな
でその人はゴジラ大好きなんで自ら立候補して 提案をしてくれたんですよね
彼は本当にこう日本の着ぐるみで描く手法でゴジラをやろうとしたんですよ
当然ですねジオラマ作らないといけないんで それをハリウッド規模でやろうとしたら莫大な予算になるんですよね
で没になるということで
でそこで手が空いているスケジュール的に手が空いていて力のある監督誰かなってなった時に
ローランド・エメリッヒに白羽の矢が立ったんですけど
後年ずっとローランド・エメリッヒは別に撮りたくなかったって言ってます
その時には自分はその隕石が地球に迫ってくるようなプロットの対策映画の構想があってそれを撮る気満々だったと
もし撮れてたらもうアルマゲドンなんか超えてるような対策撮れてたって言ってるんですけど
まあそれは完全にねあの逃した魚は大きいみたいな話になっちゃうのかなと思いますが
少なくとも別にゴジラ撮りたくなかった人が撮ったゴジラであるということを前提において
98年版ゴジラに行くんですが
なんか言いたいことある?
えっとねまずはちょっと褒めていい?
そうまず一回褒めよ
一旦褒めよ
あの悪口言い始めると多分褒められるところが忘れちゃうから一回褒めたい
しかも多分もうゴジラファンの大半が一度は98年版ゴジラを叩いた経験があるから
だからそれやっても今更になっちゃうのよ
だからまずは褒めよ
まず褒めよ
なんかあった?
まずね褒められるところとしては
えっとまあこれちょっとLINEでもちらっとお互い話した部分ではあるんだけど
昔抱いた感想ほど見れない映画では全然なかったなって思った
30:02
はい
っていうのもなんかやっぱりCG技術だったりとか
怪獣映画っていうのを全部取っ払って
このモンスターが現れたうわぁどうしようっていう映画
プラスちょっとジュラシックパーク的な楽しみ方をするんであれば
これはこれでありかもしれないって思えた
はい
これま全く同じことを言おうと思ってる部分がいくつかあるんで
僕からも言わせてもらうと
結局ねこれねあのいい意味で2000年代パニック映画の金児島なんじゃないのかなと思ってるんですよ
モンスターパニック映画っていう括りであってゴジラ作品じゃないんじゃないのって言ってください
つまりここなのよ結局ゴジラ作品であるっていう冠は本来プラスに働くはずなんだけど
このローランド・エメリッヒのゴジラですね
エメゴジとでも言っておきましょうか
エメゴジに関してはこれゴジラ作品っていう冠が見事に邪魔してるんですよ
そうだね
この冠を脱がしてですねゴジラじゃない何かとして見てみると
2000年代映画のこのなんていうのかな底抜けに明るい感じ
深刻なシーンでも全然なんかあのアメリカンな小気味良いジョークを飛ばしながら
なんかこうポンポン展開が進んでいくようなこのなんかこう面倒くさくない感じ
頭空っぽでも楽しめる感じこういう痛快さみたいなものを楽しめて全然しっかり作品にはなってるんですよっていうのが一つ
で今ねそのジュラシックパーク的な楽しみ方があるっていう話をしてたと思うんですけど
僕もう少しそこらへん解像度高めておくとですね僕はこう思いました
エイリアンたすジュラシックパークたすキングコングワルサンはエメゴジです
的確すぎて何も言えねえ
もうこれなんですよもう完全にこれ
完全にもう他に何もないまずその増殖する恐怖
気づかぬところから目に見えないところから襲ってくるみたいなシーンとかそういったところはもろにエイリアンの影響を受けているなというふうに思うし
何よりですね大量に発生した子供ゴジラたちが次々とですね協力時に協力しながら時に
すっ転んだりねしながらですね隊員たちを襲っていくシーン
あれは完全にジュラシックパークのベロキラプトルのシーンを見事になぞっている感じがしましたし
33:00
かつですね場違いな都会に訪れてしまって最後には教団に倒れ
力なく命を失っていくそのなんとなく哀愁を感じさせるチリギはこれもキングコングそのものなんですね
まんまこれね結構ねエイリアンとジュラシックパークとキングコングを足して3で割った作品がエメゴジランである意味では
ヒットした映画の美味しいところを全部詰め込んでるからまあそれはゴジラみたいなあのもうもはやゴジラがノイズになってるから
ゴジラ冠を外してみればそれは面白いに決まってんですよ だからねちゃんと面白くはあったのよ
面白くはあったのね このゴジラの流れっていうところで見なかったら多分一生見なかった映画ではあるんだけれども
ゴジラを気にしなければ 普通に見れた
もっとなんか酷いイメージだったんだよね まあだからやっぱり結局僕らも見たのもだいぶ小さい時だったから
やっぱ周囲のいろんな意見に影響されて 作品の本質的な部分は見てなかったのかもしれない
やっぱりゴジラ好きほどそこが失われる 作品の出来云々じゃなくてこれはゴジラか否かの話をしたくなってしまうから
これからするんだけど これからそれをしようと思うんだけど
ただやっぱりそのゴジラか否かみたいなものを外して考えたら やっぱりエンタメを取り慣れてる監督がしっかり作ってるなっていうのをものすごい感じで
ゴジラの描き方で一個だけ俺褒められるところがあるんですよ
これはね後々の映画でも結構踏襲されるようになったなというふうに思ってるんですけど
いやこれねとにかくね 全身を徹底して映さないんですよ登場してからしばらく
そうだっけ いやそうなんです 尻尾が見切れたりとか足が見切れたりとか
いろんなパーツパーツがどすんどすんってやってくるんだけどなかなか全身を映さないんですよ
ここがねあのすごく上手だなと思って
あの なんだろうなそのゴジラの大きさを表現するときに
結局日本のゴジラっていうのは見慣れたビル群とかの中にゴジラを立てて大きさっていうものを表現してきてるわけですよね
そうか比較するしかないわけだね そうそうそうでだいたい空撮みたいなアングルから上陸してくるゴジラの全身像を映したりする
みたいなのがやっぱ結構多かったりするんだよね まあ一方であの足跡みたいなものを出したりだとかまあそういうところはあったけど
36:03
結構早期にいざ登場したらもうバーンってやっぱゴジラがでーんでんでんでんでん
全身を映すっていう定番が平成ゴジラだったと思うんですよ まああとはその
東京とはと性比べだよね基本的に まあそういうところあったよねって気はするんだけどとにかく全身をなかなか映さないんですよね
でこれが ゴジラのデカさの表現に見事に
見事にねあの作用してるなっていうふうに僕は思って だからめちゃくちゃでかいものを目にしたときに僕らそのデカさをその
感知しきれないみたいな デカすぎて逆に見えないみたいなこと言われてもあんまりピンとこないじゃない
僕らそんな巨大なもの見ないからでも 僕ら自身がデカいからね まあね
ただその映画館でその映像だったりその映像のその枠っていうものを常に見切れて 描くことでそのデカすぎて収まらない企画外のデカさっていうのをすごく効果的に
表現してるなと思って なるほどねそれは多分取り手に回ったことがないと気づかない
視点かもしれないね すっごいうまいなと思ってでそれでねうまいなーって思いながらそういえばの話になるんだけど
このエメゴジさんなんですがアメリカのキャッチコピーはですね
サイズダスマターなんですよね
大きさそれが問題だってことなんですよ とにかくデケェみたいな意味合いのものになるんですけど
だからこのキャッチコピーが 効いてるなーっていう
なるほどねー すげーよかったそこはいやすごいうまいなーと思って
あと褒めるとかあるあと まああとはそのいろんなシーンで
僕は一番ジュラシックパークを感じたからさ まあそのラプトルっぽいシーンもそうだし
あとそのゴジラがさ顔をその1回目のさマグロ餌のシーンでさ ゴジラが近づいてきてブー
ブーってする時なんてさブラキオサウルスのシーンとかさ あれに近いものをすごく感じるなーと思って
ジュラシックパークやんって ちょっとまたジュラシックパークを見たくなるっていう
そこが一番デカかったかなぁ はいはいはいはいはい
あとさっきチラッとねマコちゃんがさその比べてるっていうこと言ったじゃん 日本ゴジラと
これねアマプラの紹介文読みました? あ何か何かちょっと引っかかる言い方してた気がするアマプラの紹介文
そうアマプラの紹介文嫌いだろって そうそうそうこれちょっとって思った覚えがあるな何て書いてあったっけ
怪獣よりも恐竜に近いゴジラって書いてあったよね そうそうそうそう
そこなんですよ そう悪意あるなーって思ったんだよね 悪意しかないねって思ったねー
39:06
まあでも確かにそうだよねだって何より特徴を付けているゴジラの代名詞とも言えるブレスがないっていう
ねっ まあでも生物学的に考えたらあれがまあ例えば生物がこう火炎放射みたいなのを
うつってなるとすると うーんと
まあああいう形になるだろうねとか そうね 例えばその体の中に油袋があって例えば歯をカチカチすることによって
ヒューチーシみたいになってそれに油をぶってかけて火になるみたいなそれが多分に あの生物学的なこの火を吐く動物の限界だと思うんだけど
それ生物学的っていうか漫画でよく使われるドラゴンの設定ですよね ああそうそうそうそう
そんなやついねえからどう考えても それをなんとなくこうあのちょっとリアリティに落とし込んだ時を
でもそれっても結局 あの油袋多分1個か2個ぐらいしかないからさもう最終兵器なわけじゃん
まあそれをねなんか日本のゴジラのペコペコ撃ってるからさ まあそのリアルな生物とどうしても描きたかったエメゴジからすると
まあ いいとこだったんじゃない 燃えてる車に息吹くだけっていう
まあねまあだからそこもちょっとなーっていうのはやっぱありましたけどね まあでも一応あの褒めるところをいくつか探しておくと
やっぱちょっと日本の一応ねあの日本のゴジラに対するオマージュとおぼしきものがいくつか あったっていうのは一応
あったっけ まずゴジラの大きな足跡に
で調査を行うっていうのは これもうあの初代ゴジラ
でありますよね もう1個はこれもかなってなったのが
昭和ゴジラの昭和じゃない平成ゴジラの初代ですね 1984年版ゴジラ
で あのビルに開いた穴の中から
スーパーXがゴジラ攻撃するじゃないですか 確かにあのビルに大穴開けてたね そうでビルに開いた大穴からヘリコプターが
あのミサイル攻撃を仕掛けるっていう シーンがでまぁその直後後ろからなぜか現れたゴジラに全部食われるんですけど
あのでもあれもひょっとしたらそうなのかなっていうふうに思って まあでもなーっていうそのまあそういうところを見るとちょっと意識してくれてんだな
よかったなってなるんだけど でもやっぱりそのその後のいろんな言動からあのローランドメリキキが全然あのこのゴジラ
撮りたくなかったみたいなスタンスっていうことを考えると全然原作に対するあの 何リスペクトとかでもねえのかなっていうふうに思っちゃうとちょっとなんか
42:02
まあ仕方ねえからとりあえず入れとくかみたいな感じで扱ったんかなみたいな感じに 思えちゃって急に陳腐に感じてくるよねっていう
のがありますね それはあるねしょうがないね
とりあえずここからちょっといくつか触れていきましょうかねって言う気がしますけど いかがですかね
とねー まあこのゴジラなんだけど
まあちょっとこれがねそのゴジラっていうものがそのモンスターなのか怪獣なのか っていう話にもちょっとある程度かぶってくる部分ではあるんだけど
はい ゴジラがねある程度コントロールできてるんだよね
その餌やってまんまとおびき寄せられるゴジラとか こっちに向かって行ってくださいはいはい行きますねって言って向かっていくゴジラとか
そこのそのなんだ そのビッグアメリカにどうしてもこの抗いきれないゴジラっていうのが
生物として捉えた時にはまあある意味しょうがないのかなっていう気はするんだけど
なんかそこのそのチープさがすごく ちょっとねそこはやっぱ鼻についたねまぁねだから
ゴジラ ってなぁにがないよねっていうのはどうしても感じてしまうところで
まあやっぱ設定は連れてきたけどそれだけだよねっていう しかもまあイグアナ
だしね そう
まあだからなんだろうなやりたかったこととしてはこのゴジラっていう怪獣映画なんだよ怪獣って みたいなところからまあまあでもちょっとじゃあ
この怪獣とやらを よりまあ実際の世の中で起きる出来事の一つとして考えてみた時に
いや恐竜の生き残りは限界あるだろうつって イグアナとかだったらどうかなみたいな
でイグアナが巨大化したらどうかなみたいなところから起点があるのかわかんない けど
ねっていうまあ本当にまぁ生物でむしろゴジラに生命を与えた時に生物的な側面を与えてみるっていうのはあの実際にいろいろと日本でもやってきたことだし
キャラクターを掘り下げていく上でね でも根本的には野生動物ではないんだよねっていうその動物の一部ではないというか
動物ではあるんだけど動物を超えた概念をこのゴジラっていう怪獣に乗っけてそれが怪獣を怪獣たらしめてるみたいな
部分があるじゃないですか これまでのあのゴジラ2回語ってますけど2回ですよね
これまでに2回触れれば 僕の中で1.5回ぐらいだけど
45:02
そうですね2回振り返ればまあそういうところが見えてくるのかなと今までだから日本人がゴジラを通して
ゴジラにいろんな意味合いを乗っけて ゴジラっていうものを出してきたところを考えると
このエメゴジは イグアナでしかないよねっていう凶暴な巨大な
巨大なイグアナだ だからやっぱりね狩りの対象でしかないんだよね
多分馬子ちゃんも多分同じことを多分言うんだろうなと思うから 先にちょっと僕が先手を打ってみると
ここで出てくるゴジラって 駆除対象なんだよねあくまで
で日本のゴジラって胎児になってくるんだよね
だからやっぱりアメリカさんに駆除される外獣でしかない だからゴキブリとかアライグマとかと同じぐらいのレベル
のちょっとでっかくなったのっていうのがそのゴジラになってくるなと思うと
多分そこにたどるその 怪獣映画としてのゴジラの本質っていう部分と
ただその側を真似ただけっていうところのゴジラっていうのが一番なんかちょっと
違う点なんじゃないかなと思ったよね まあ本当にそこかなという気はするし
実際ねちょっとね調べてみると エメゴジに関するそのいろんな批判って多岐に渡っていて
で実際にそのやっぱアメリカ本土にいるゴジラのファンからしてもやっぱ同様な 指摘はあるみたいなんですよ
アメリカさんからも そう そうなんだね ここがちょっと面白いところで
えっとねー どっかに
あった気がするんですけどね
誰かが誰かが言ってんすよ
オブ? あーあったあったこれはね日本人か日本人が言ってますね
ちょっぽね はい
富山昌吾さんですね 誰? 東宝の
プロデューサーですね 平成ゴジラシリーズのプロデューサーを務めた東宝の方は
あのこの作品でゴジラが人間に倒されるもの 人間が乗り越える標的として描かれているっていうふうに研究してますね
アメリカ本土のゴジラファンからはジーノと呼ばれていてこのゴジラは
ゴジラインネームオンリーですね ゴジラとは名ばかりという
48:01
そういうふうな呼ばれ方をしているというふうな 記述もありましたんで
ただね僕はだからこのゴジラが倒されるものとして描かれてしまった原因ってじゃあ逆にどこにあんのみたいなことを僕はちょっと個人的に考えてみたんですよ
先ほどから怪獣とモンスターって違うよねっていう話をしていて じゃあなんで違う
ものになっちゃうのっていう だって一応怪獣を見て
怪獣を見て怪獣映画を撮ろうとしたのにモンスター映画になっちゃうんですよ ここにいったい何が原因なのってその根本原因を探っていかないと
結局同じことを繰り返すじゃないですか 何でもそうなんですけど
で僕はちょっとこれを少し考えてみたんで仮説を一つ ここで立ちたいんですけど
あのいいですか どうぞあの
そもそもアメリカ人と日本人の根源的な恐怖のリスターの なんていうのかな厳選が全く異なるんじゃないのかという
ことなんですよ これは実際ゴジラに限らずホラー映画とかの描写にも出てくると思うんですけど
ホラーとかも結構なんていうのかな
だいぶ毛色違うじゃないですか日本のジャパニーズホラーと向こうのホラーで 例えばそのサザコと
フレディーマーキュリー フレディーねフレディーマーキュリーは殺人鬼じゃないから
最悪だよそれ 最悪だよ本当に
フレディーマーキュリーまで言うと 最悪だよ本当に
すいません全国のクイーンファンの人すいません 最悪でしたね今のはね
とにかくそっちはそっちで多分ホラー映画について語る時に掘り下げれば十分かなというふうには思うんですがとにかく恐怖に対するその認識が違うから同じことをやろうとしても違うものになっちゃうっていうのがすごくあるとは思うんです
日本人が一体何に恐怖を抱いているのかっていうふうに考えた時に日本人はその抗いきれない巨大な力超自然的な力あるいは自然そのものの力みたいなものに対する
威風っていうものを古来から持ち合わせてるわけですよね 例えば常に地震大国ですから常に地震と隣り合わせで生きてきていて
でまあ雷はそれこそ神の声として雷というふうに呼ばれていますし 精神世界的な話になってくると
あのなんていうかなすべてのものに魂があるというふうに考えるような アニマリズム
つくも信仰 まあつくも信仰とかねそういったところにあの多分そういうの出てくると思うんですよ
51:05
自然崇拝的なで多分ゴジラっていうものもある意味ではその超巨大な強大な力っていう ものの権限として描かれ続けてきてそういったものに対するその
絶対に抗いきれないものであるという前提のもとに存在する巨大な力 がゴジラ怪獣の造形なんじゃないのかというふうに僕は思うんだけど
アメリカ人にそれができないのは一体何なのかっていう話になってきて でまぁ結局紐解いていくとやっぱりアメリカって
もうあの移民してきた人たち入職者によって建国された国じゃないですか 彼らからすると自然は克服するものでしかないんですよ
自分たちで切り開いてきたという自負があるから その住み慣れたところではなくて新たな土地にやってきてその土地を開墾して自分たちの
ものにしてきたという多分そういう背景もあって あのその巨大な力で抑えつけられる
その自分たちで抗えられない抗うことができない超巨大な力っていうものが存在する そこにえっとまぁなんていうかな
ただの恐怖ではなくてなんかもうあの屈服するような それで言ってこうまあなぜか賢まるような恐れみたいなものっていうものは多分
共有ができない部分なんじゃないのかっていうふうに考えるんですよ だとしたら彼らが一番恐れていることって一体何なのかなっていうふうに思うと
それは
とって変わられることなんじゃないのかって僕は思うんです あーなるほどね例えばそのアメリカの代わりに中国が台頭するとかロシアが
台頭するっていうような イメージ
ちょっと違う ちょっと違うちょっと違うそれはねえっと要するに世界のパワーバランス的な話だよね
そうじゃなくて住む場所の話よ
変な話さっき入植してきてっていう話をしたんだけど ちょっと暗い話をすればその先住民から土地を奪って
自分たちの住む場所っていうものを得てきたわけだよね そうだねコロンブスが大虐殺を行ってっていう歴史的背景あるからね
まあそれはちょっと遡りすぎなんだけれども あのアメリカの原住民の話ね
まあそういうところを考えるとあの結局取って変わって今の土地に自分たちの国を 作ってきたっていうそういう背景がまずある
で アメリカって非常に大国ですし
事実上非常に力が強いから基本的には抑えつける側の安心というものが存在している と思うんですよ
だからこそねその本土に危機が迫った時に 非常に強い怒りが襲ってくるっていうのもあるし非常に強い恐怖が
54:00
国土全体に蔓延するっていうのもあると思うんですよね 実際あの同時多発テロとかもあった時には非常にこうもう国全体に激進が走って
その後の政府の様々な政策にものすごく大きな影響をもたらしていますし
だからそこらへんってあのやっぱりそういうもう遡ればその国のが成立する時の背景に もおそらく関わってくるんじゃないかなというふうに思うんですよでそう
そういったことを考えた時に向こうで作られる エンタメの数々を見てみると結構その恐怖のイメージソースがそこに偏ってないかっていう気が
するんです 日本人からしたら
宇宙人映画ってめっちゃくちゃどうでもいいじゃないですか 逆に宇宙人の仕業でしたみたいな感じになったら冷めるじゃないですか
まあ確かにね
あれが宇宙人だった時結構がっかりさなぁ なんだっけ
ピーターラーン ってやつ
どれだよ あの
なんだっけ冒頭の冒頭でさ妻がさ事故 自動車事故でさ
あの 車を動かしたら下半身引きちぎれちゃうから死んじゃうから
今別れの挨拶してって言って あの旦那がやってきて別れの挨拶してる時になんか幻覚っぽいと見てて
なんとか走って なんとかかんとかはなんとかみたいな
なんだったっけなぁ 全然わかんないなぁ
あれも結局ねうお家が宇宙人だったんだよ あーまあねまあそういうことよね
お家が宇宙人みたいなのって平気でやるけど はーってなるやん
はーってなるやんっていうのがあると思うんだけど でもなんかでもそこに対する多分感覚が違うんだとしたら
納得できるのかなって気がするんですよ 彼らはそれが本当に怖いんじゃないのかと仮定して考えてみる
そのインベーダーコンプレックスっていうかね うんつまり自分たちの国を奪われる侵略されるということそのものに対する恐怖
ある意味では自分たちがしてきたことでもあるわけで そうだね
っていうことはつまりそれは自分たちにも起こりうることで っていうふうに考えた時に
どんどん自分たちが住む場所を追われてしまうんじゃないのか 取って変わられてしまうんじゃないのかっていうことへの
恐怖っていうものが存在しているのかなというふうに考えてみると 例えばエイリアンとかもそうだったよねっていう気がするんですよ
繁殖するんですよ向こうの 向こうの恐怖の対象ってだいたい
エイリアンが そう繁殖して数を増やしていくっていうふうに考えると やっぱりゴジラもやっぱりエイリアンからそこらへんを引っ張ってきてるのを考えると
どんどん転移してもガン細胞のようになかなか死ななくて それらが増殖してどんどん転移して広がっていくっていうようなそういう恐怖
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自分たちの住んでいる場所を追われてしまうのではないかという恐怖 そういったものがものすごく現れてるんじゃないのかな
だからこそその情報なんていうかな 恐怖の根源的なものが全く異なっているから怪獣を描こうとしてもそういう生物的モンスター映画になってしまう
ないしはもう侵略そのものの恐怖侵略の恐怖そのものを描こうとするととりあえず 宇宙人という侵略の象徴を使えばそれだけでみんな怖くなってくれる
みたいなところが実はあるんじゃないのかなっていうふうな気がするんですよね まあ確かにその今の話聞いてその
リアルなラインでちょっとちらっと考えたんだけど まあその今まあ世界中でもどこでもある話だけども差別の話ってあるじゃない
アメリカがそのアメリカ垂らしめた時に誰がいたかってイギリスからの移民とその労働者として連れて来られた黒人っていうところが
最初はイギリスだけか その後に黒人が入ってきたのか
っていうところからスタートしてきたと思うとでも今のアメリカってまあそれどころじゃん の人種の話じゃなくなってるじゃないヒスパニックがいてまあ中国系がいて
まあ若干の日本系がいてまあアフリカ系がいてみたいなところがあってその 差別という形でその自分らその白人が白人
として建国したその国を他のよその人種がインベーダーするんじゃないぞ っていうような感覚で差別が起こっているんだとすると
なんか今の話ってすごい理解しやすいなってちょっと思っ ん
であと何よりねー なんて言えばいいのかな
あの まあ
アメリカにはいろんな文化があってでその文化一つ一つ非常に素晴らしいものがありますし僕は アメリカっていう国はさっきいろいろ言ったけど好きなんですよ
面白くてね で
まあただね これで
怪獣をゴジラに話が若干戻っちゃうんだけど
彼らがその迷信深い人々を ちょっと下に見てるのって
実は非常に大きなコンプレックスがあって実は 自分たちにないものを羨む部分もあるんじゃないのかと
いう気がしてしまうんです でまぁ
そこがやっぱ大事なところになってくるのかなというふうに思うんですけど 実際あの例えばカルト宗教の被害に遭う人っていうのはまぁ世界中どこにでもいるんです
けど 結構アメリカでもあのスピリチュアル系の詐欺って結構盛んに起きていて
1:00:05
割と簡単にあのハマっちゃう人はやっぱりいるんですよね で
まあねスピリチュアルみたいなものに興味を惹かれてしまう土壌がまずやっぱりあるの かなっていう気がして
たしかにさあのすごいバカにしてはいるけどさ その日本あの
なんだ世界各国のその集他の宗教に対してかなりこう なんかこう反抗するみたいなさ
タイトって割とあるけど 例えば
ここ数年で爆発的に張ったメディテーション メディテーション
メディメディテーションメディエーション メディテーション
まあエリテーションタイム そうそう瞑想
マインドフルネスのことはいはいはいそうそうそうそうそう でもともとはさまあ一番最初
は多分おそらく仏教スタートだからインドスタートの中国とか まあある意味日本の禅宗とかっていうところで盛んに行われてたやつが
ちょっとアメリカナイズされて心の浄化をみたいな はいはいはい
で僕らみたいなそのなんだそのそもそもマインドフルネスをよく 馴染み深くやってきた人からすると
やっぱり側だけなんだよね
っていうようなところがやっぱり見えてくるなと思って そこにね強いコンプレックス持ってんじゃないのかなって気がどうしてもしちゃうんだよね
まあ別にあの僕があのコンプレックス持ってますかってインタビューしたわけじゃない から
なんとも言えないけどでもやっぱとふしぶしに感じるんだよね なんだろうあの
例えばそうだなぁ なんかこう
カンフーに憧れちゃうみたいなのは別に日本人もあるからさ 別にとってことないのかもしれないんだけれども
なんかいい例えないかなあの なんて言えばいいんだろう
なんて言えばいいんだろうなぁ 今ねすごい話聞いててね思い浮かんだのにそのメディテーション調べてる間に抜けちゃったね
あごめんね 思い出すまでさ
ちょっとね似たようなこと僕もちょっと考えて 僕
はねこれちょっと宗教の流れからちょっと考えずにはい でまぁ日本に関してはもうまこちゃんとの完全に同一意見
まあ基本的に日本っていうのはその天皇ができた時代からまあ神とまあ 基本的にはその自然振興っていうところが主に行われていてまぁ水害だったりとか
山火事だったりとかあるいはその天候の何かとか その台風だの地震だのっていうようなところのその大きな恐れに対するその
1:03:12
その振興 っていうところが一番強くあってまぁそうそれがね
あの仏教が入ってきたことでちょっとごちゃ混ぜになって今の形があるっていうのは ちょっと1回置いといて
でまぁいろんなね理不尽なことっていうの神様はしますよ でも強制もできますよっていうのが日本のスタンスなんよね
だからそのだから神様っていうのがある意味かなり身近に そして神様も失敗したりとかダメなところもあるよっていうような
あの描かれ方をその日本の宗教ではかなりされるっていうところが その日本のゴジラ感っていうところにもなんか通じるところがあるかなと思って
一方でねアメリカにおいてはまあ基本的にまあちょっと今ヒンドゥがちょっと増えてき てるけれども基本的にそのアメリカの建国のところからするとまあキリスト教
というところが主流になってくるわけだ イギリスから来てるわけだ
でキリスト教というのは一神教 であの
基本的にはすべては神のお墓示しであるよっていうような教えになってくるわけ じゃないですか
まあそうねうん であの
まあ これを言うとちょっともしかしたらキリスト教が時勢からするとなことねって言われるかも
しれないけれども基本的にそのすべては神のお墓示しなので ありとあらゆる出来事っていうのはあなたにとっての試練でありレジリエンスして
いくことを是としなさいよっていうような宗教観なわけじゃない まあ生み落とされた時点で現在を抱えてるからねっていう設定だ設定とか言ったら怒られるけど
そういう解釈だからね そうそうそう
だとするとやっぱりそのゴジラっていうところをここにねあの落とし込んだ時に 日本というのはそのまあ理不尽だから抗いつつ
もうゴジラとなんとなく強制をしてみるとか まあどっちにしろあが抗えないんだったらまあ
なんとか いるけどどうにかするしかないよねっていうような描き方をするしかない
まあ実際日本人は抗いきれないものをあがめることで何とかしてきたわけだもんね そうそうそう
アメリカ人がもしアメリカ人というかキリスト教徒の方がそのゴジラを描いた時 っていうのはゴジラが出てくるっていうのは神の応示しだからそれをレジリエンスする
ことに意味がある ってするとゴジラを倒す対象にしかできないわけさ
まあこれちょっとまこちゃんそのインベーダーっていうところとまたちょっとあの プラスアルファの話になってくるかもしれないけどね
だからその宗教観のその大もとの一神教多神教と自然信仰とあの キリスト教みたいななんて言えばいいんだろうね
1:06:06
自然信仰に対するものってなんて言えばいいのかちょっと僕はちょっと詳しくない のでわかんないんだけども
なんかそういうところの大きな違いっていうのがあるんじゃないかなと思ったよね だからもしかしたらよこれ例えばイギリス人が作っても
同じ結果になっていると思うんだよ なるほど
ただこれスペイン人が作ったら もしかしたら日本のゴジラっぽい作ったんじゃないかなと思うんだよねもともがローマ神
行者ん どうすかねまあまあ今はもう
今はキリスト教だけどさ 今はキリスト教だからさすがに厳しくないか
あのそっかでももともとでもさ自然信仰にかなり近いところもさそのスペイン って例えばフォンペのさ火山とかレスピア火山とかあの辺のその自然って言う対する
ものの恐れみたいなのはさ その
そのなんだベースのラインのところにあったりもするから同じキリスト教でももしか したら違う
受け取り方とか違う解釈の仕方ができるんちゃうかな ちょっとね思ったよねはいはいはい
今ねすごいよくわかりましたというかまあ本当にそういう部分あるなっていうのは すごい感じましたね
でかつ やっぱりなんだろうな
目に見えない力みたいなものに対する解釈の土着のものを持ってないっていうのが強い コンプレックスになっているのかなっていうのは宗教的な部分からも感じるなんという気が
しますね 結局結局持ち込みだもんねそうそうそう
ねなんか例えばチャイルドプレイとかも あのチャッキーが生まれる時の
ねあのすごく 謎の儀式とかもあれなんかブードゥの力が云々とか言ってるんですけどブードゥ教だってあれ
あの黒人奴隷がアフリカから持ち込んできたものですし なんか超自然的な力を解釈しようとした時に自分たちが土着のものを持ってないっていう
部分がどうしてもあって全てを借り物で済ませないといけないという部分の なんかこうもどかしさみたいなものって常にアメリカの人たちは抱えて
いるんじゃないのかっていう気がしてますね
なんか変な話だから住む場所追われてもすがるものがあればいいと思うんですけど 自分は
アメリカ人だっていうね でもそれを確立するのが実は結構難しいんじゃないのかっていう
ものすごいいろんな文化がないまぜになっていて自分たちだけの固有の文化っていう ものを
あまり持ち合わせていないっていう部分があるのかもしれない まだ変な話だから以前もどっかで話したかもしれないけどピザはイタリアの料理だけどそこに
コカ・コーラを添えればアメリカ料理になるみたいなね でもじゃあそれってアメリカの料理って言っていいのかみたいな
1:09:04
非常にグレーじゃないですか まあ確かにちょっと僕のアメリカの友達にお前のあのなんだ
お袋さんの料理ってなんだって言われたらタコって答えだからね タコってあのオクトパスじゃなくてね メキシカンの子でしょ
そうそうそうそう 分かりますよ だから家によってはマックンチーズですねあのマカロニにチーズ
垂らしたやつとかね マジで美味しくないやつね ああいうのになってくるだろうねっていう話になると
まあだって変な話我々別にどこに行こうがね 日本の飯って言われたらやっぱり白飯を思い出すし
白飯に味噌汁に味の開きでも出してくれればもうこれは日本でしょうとしか言いようがないんですけど
そんなもんどこで食ってんだって話ですね他の国で 確かにね
さすがに納豆の横にコカ・コーラ添えてアメリカ料理にはならないわけで 多分それはスイクンチーズぐらいじゃないですか
っていうふうに考えると日本 だから僕らどこに流れても日本人だっていうふうに言えるような何かこう
国土とは別のところにルーツを感じてるんですよそれがいわゆるそのアメリカ人からしたら スピリチュアルなルーツになるんじゃないのかって気がするんです
確かにさその日本で僕よく映画とかさなんとかって見てさ よくさその
お前のルーツは何なんだとか自分のルーツ大事にしないよみたいなセリフって アメリカ人の出てる映画ってよくあるんだけどさ
まあ天使にラブソングを2に出てくるハイキーが出せる男の子とかね ああそうそうそうそう
ウィン・ジーザス・ファンクション
歌いたいだけになってるから 後々勝たなきゃいけない
あの子もしっかりなんだけどさ でもあれって僕ずーっとちょっとピンとこきてなかったのよ
僕に関してはちょっと純粋な日本人じゃないってところがあるからルーツ語っても放り下げてもそんなにつまらないって言ったらおかしいな
ずっと日本人ですねっていうことはないんだけども 日本人でどこまで放り下げてもだいたいが日本人じゃない
そうすると生まれが娼家でとか武家でとか家族でとかっていうところの放り下げをできるかもしれないけども
ここでこのアメリカ系がイギリス系が入ってきてとかヒスパニックが入ってきてとか だからあなたのもともとのルーツはアフリカなのよみたいなところを放り下げる
ある種の楽しみっていうところがないから多分僕ピンとこきてなかったんだなっていうのが今ちょっと理解した
まあそこは非常に僕らが理解するのは難しい感覚なんだろうねって気がする で
なんだろう まあそれ故にルーツがまあすごく大事でまあ楽しみというかだからそれがすがるものなんだよね
1:12:06
たぶんね うんすがるべきものなんだろうなって気がするんだけどそのすがるものが
国として統一されていないっていうところの何かこうちょっとふわっとした感じ なら聞くアメリカをアメリカたらしめているのがものっていうのがあのまあその一番か
国土なんじゃないのかと そういう気がしてしまうんですよ
もちろん スピリット
だものね多分ね そうそうそう そのスピリットっていうものがアメリカのスピリットっていうものが
一つこの共通した何かとしてあまり機能していないっていうところが何かちょっと落ち着かないの かなっていう気がするんですよね
日本にもいろんな背景を持っている人がいることは承知の上で ででもなんか日本における日本人だったり日本に対して貴族意識を持っている人達って
何かこう本当に国土とは全然関係ないところに日本像っていうものを持ってて それがおそらく共通理解されているっていう安心感を持ってると思うんですよ
僕はそれを持ってて非常にそれをすごく安心の材料にしている部分はあるんですよね だからなんかどこに行っても日本人ですって言える気はするんだけど
だからやっぱりそういうところの基盤っていうものがおそらく違うから ゴジラが何か違うものに変わっていっちゃうのかなっていう気がしますね
なるほどね これは面白い考察だったね だからやっぱ98ゴジラは名作ですから
そう考えたら そうだね ゴジラとは何かの解像度を深めてくれる素晴らしい作品だったと言ってもいいのかもしれない
これ今まで見てなかったのが本当にもったいないぐらいだね
そう だからまああえてねゴジラをゴジラとして描かないことによって そういうね議論の余地を与えてくれた素晴らしい作品ですからね
褒めてるのか何なのかわかんないですけど というわけで次行きましょうか
ちなみに今1時間20分経ってますからね 毎度お馴染みですけど こっから何とかね2時間以内には少なくとも収めないといけないんで
そうね でもここ一番俺何回メモしてるかもしれないな今回
本当? というわけでゴジラ2014
はい どうだ
僕はね ちょっと変わったなって思った
はいはいはい そのゴジラ怪獣王 まあここまでの話の総括みたいな感じになっちゃうんだけども
怪獣王ゴジラとガッツイラーと 何とかゴジラ エメゴジラって言ってたっけさっきまで
エメゴジ? エメリッシュゴジラでエメゴジですね
1:15:00
そうそうエメゴジっていうのはやっぱり反核反戦争だったりとかそのメタパーとしてのゴジラっていうところが
描ききれてないなっていう部分はすごく大きく浮き彫りになってしまったっていうところは
多分共通認識だと思うんだけども この新しいゴジラに関して
そこを触れられてるかというと僕は十分には満足できてないっていうところは確かにある
だけれども 日本の怪獣としてのゴジラに限りなく近づけようとリスペクトしてるなっていう空気をものすごく感じたなっていうのがこのゴジラだったんで
正直ちょっとねこれ初見だったんですけどこっちのゴジラ 面白かった
はいこれはね 面白かったですね
じゃあこれを仮にレジェゴジとします レジェゴジな? レジェンダーリーフィルムのゴジラなんでレジェゴジとしますけどレジェゴジいいですね
良かったです ただ良かったから先にツッコミをいくつかしておきますけど
あのジャンジラ市って何っていう あれさちょっと僕思ったのよ
年代調べたらさ3.11の後なんだよね だから特定の市を出すべきにはいかないっていうここも日本へのリスペクトなのかなって僕は思った
なるほどね 絶対にかすりもしない名前にするべきだというふうに考えたということですか
そうそうそう ゴジラのジラも入れてジャンジラみたいな
もうちょいなんかね別に実在の街を出せとは言わないよ僕も やっぱりこう描く内容が内容ですからそこらへんのことを考えるとあの全く
違う地名を出すべきだと思うんですよ ありそうでない地名誰か一緒に考えてよっていう
ジャンジラ市はちょっとさすがに入り込めないってなんか響き的に大陸感あるもん
ちょっと中国っぽい気がするんじゃない そこがちらつくとね日本人ってちょっとねうるさいのよね
別にあの僕中国大好きで中華料理めっちゃ好きだし中国を本土に行っていろいろ巡りたいとこあるんで中国にネガティブな意見があるわけじゃないんだけど
でもやっぱり国近くて文化の影響を受けてるけど日本には日本の文化があるから ちょっとちゃんと切り分けてほしいなっていうのがあって
ちょっとなんか大陸感が出てきてやっぱり君たちそこらへんの線引きできてないんだねって思うとなんかがっかりするんですよ
非常に難しいよ別になんかイタリア人とスペイン人並べてどっちがイタリア人ですかって言われた時に僕らが100%正解を導けるかっていうと非常に自信がないですから
でもでもだよやっぱさゴジラ描くんだったらもうちょっと勉強せよっていうふうに思ってしまうところが家のデザインとか若干キモいんですよ
1:18:05
それはねそれはもっとあの何時代?って思う
なんかねちょっとキモいんですよね
あの日本の一般的な普通の住宅ってアメリカ建築とめちゃめちゃさほど変わらないぞって
しアメリカの住宅街ほど一般家庭はそんな立派な庭がついてるような家持てないから残念ながら
でもあっこの家はさあくまで電発の研究員と管理者っていう二代巨頭が結婚して住んでるから
お金持ちだね
だったらもうちょっとなんかまともな車乗ってんじゃないのって思いますよね
日本らしさを追求した結果小型車になったのかもわかんないですけど
あっこは別になんかランクル乗っててもいいんじゃないかって思ったね
おだしょー っていう気はしましたまあまあそういうところとあと
あんななんかもう日本でめっちゃ仕事してる感出すんだったらお父さんもうちょっと日本語流暢に喋ってほしいなとか
一発目の日本語がね原子炉を密閉するんだっていうセリフなんですけど
僕3回聞き直してようやくわかりました何言ってる
原子炉を密閉するんだって言ってて本当に何て言ってるのかわかんなくて
で何もう一度とか
その辺ですねちょっとなもうちょっと何とかしてほしいなっていうふうにちょっと思ってしまいました
まあそこはね
すごいちょっとマニアックなツッコミしていい?
あのお父さんとさ息子がさ初めてさ自分家にさもう一度帰ったシーンがあった
あったじゃない
あっこで出てくるのがワモンゴキブリだったんだよね
日本にいねえし
沖縄にいるんだけどあの手のゴキブリは
いやそこだいたいでも場所的に言うとまあ東京か関東周辺だろうなっていう場所じゃない?
富士山も近かったし
ワモンゴキブリじゃねえよって
おだしょー そうねあそこやっぱ我らがね
茶羽根ちゃんとかさ
そう僕の腕にくっついてたクルゴキとかをさ
出すべきだよ
おだしょー 出してほしいよねあとあの家に入る瞬間にめっちゃくちゃアップで映ったあのキモすぎるでかいやすで何あれ
わかんないあれもね調べたんだよ
おだしょー あれ何かのメタファーなんですかあれ
なんかちょっとさ鎧ムカデっぽいなーと思ってアフリカとかでさなんかよく出てくるさ
あのこのフォルム日本のムカデってさフォルムがこう平べったいじゃない?
でもともとそのアフリカ系のさこのヤスデとかムカデとかってさフォルムがこうドーム状になってるのよ
1:21:00
それも日本にいねえしって
おだしょー ねえあれすごかったね何だったんだろうっていうまあわかんないなんか
ディストピア感の演出のためなのかわかんないですけどねまあちょっと気になりましたよねそういうのね
そこ気になった
おだしょー まあでもそのぐらいかなっていう気はする僕はまあ結構いろいろと
良かったところが多くてなかなか立派に作品作ってくれたなって気はしていますで
あんまりにも自分の中の評価が高すぎて逆に心配になってきちゃって
ちょっとネットで叩いてる人いないかなと思って もう見なくていいかなって言ってる人のブログを読んだんだけど
全然僕の理論武装は壊せなかったんで 僕はもうこれを好きでいいんだって思いました
ありませんなんかあの逆方向のレビューを見たくなるっていう それで自分の意識が影響されないだけの熱量を持ってるかどうか確かめるんですよ
おだしょー すっごい
僕は情報を集めるまで自分で判断を下さないっていうのを徹底してるので
おだしょー ああそうなんだ
良いか悪いかを判断できる情報を集めるまでは良いか悪いかを言わないと
おだしょー 僕はもう自分の中で必ず1回断じますけどね
ああそうなんだ
おだしょー じゃないと結局誰かに影響された自分の結論に満足しちゃう可能性があるなと思ってそこが怖いと思ってる僕は
なんかさ色んな人のレビューを自分でさ理解する前に見ちゃうとさ
なんかすごく説得力がある人の意見を聞いた時になるほどね あっじゃったらすごいわっていうふうに思っちゃった時に
それって本当に僕の意見って言えるのかなっていう自信がなくなってきちゃう僕は
ああ僕はその時点でなるほどねっていう判断すら下さないもん
おだしょー ああなるほどね
こういう情報があるのねで止めた
おだしょー だからそこがだから上手にできるからそういう感じだね
僕はもうそこら辺上手じゃないからもう一回自分の理論を構築しておかないと心配になっちゃうのよ
なるほどね
おだしょー 人に影響されて決めたくないの嫌なのなんかもうそれがとにかく嫌だから
コギとエルを進むと
おだしょー でまあそんなわけではいえーと今回僕を色々と褒めたいんですけど
うん
おだしょー いいですか僕から言っちゃって
あのねちょっとごめんこれに関しては僕ね今日の今日パパって見て
おだしょー 出たよ出たよこれ
申し訳ないけどちょっとね多分まこちゃんほどの熱量と解像度があんまりない気がするので
先にちょっと褒めたいところ僕あげていい?
おだしょー どうぞお願いします
そう一番褒めたいのがここでアメリカが初めて核についてちゃんと向き合ったシーンがあったのよ
おだしょー はいはいはい
僕はもうここでねもうスタンディングオベーションだったんだけど
1:24:02
おだしょー 広島の時計ですか
ああ
おだしょー 笑
おだしょー ああどうぞどうぞ
はい次
おだしょー ちゃんとちゃんと ああもういいもういい
おだしょー リスナー分かんないからちゃんと情緒豊かに
僕今すねたからね
おだしょー 情緒豊かに語ってください
はいえーと1945年8月6日8月15日で止まったお父さんの
おだしょー 8時15分ね
おだしょー 8時15分に止まったお父さんの片身の時計を見て米軍の人が広島ってぽそっとつぶやいたっていうそのシーンがあってそこにしっかり書くっていうものの地獄が起こしたものっていうものをまあ映画の中で語ったっていうそこにいいなって思いました
おだしょー そこさあ
はい
おだしょー もう一声ない
っていうと
おだしょー それでも結局書く使ってるじゃないですか
まあまあそこはねそこはね
おだしょー そこそこなのよ
そこはそうよ
おだしょー 僕がすごくよくやったなって思ったのは
うんうん
おだしょー なんかそれこそねネット見るとなんか反戦反核を描くはずのゴジラでためらわずに核を使う米軍を描く時点でこの作品は破綻してるって言ってる人がいたんですよ
そこはなんかちょっと違う気がするな
おだしょー で僕はむしろその結局広島のことをね広島の歴での出来事っていうものをあれだけ強いメッセージにして提示しても結局核を使うっていう選択を曲げない軍隊っていうもののなんだろうな
まあ組織の動き出した組織は止まらないっていうような怖さもあるかもしれないけどもっと直接的に言ってしまうと軍の愚かさみたいなものをむしろあれを使うことではっきりとしたメッセージにしてんじゃないのっていう気がするんですよ
あれどっちかというと弥生とか中将に近い表現だったもんね
おだしょー だってあれで結局核が有効に働いてドーンって言ってUSAじゃないじゃんむしろ核は見事にムートーという生物にいいように使われて挙げ句ですねそれがいいからそのグレートムタみたいなことやらなくていいから
その後ですね結局もう誘爆しそうになって必死に止めないといけなくなったで挙げ句結局止めきれずに爆破させることになりとにかく踏んだり蹴ったりなんですよ核そのものを持ち込んだことによってだからそのなんだろうなゴジラ映画で核を使うことは何事だみたいなことを言う人はいるのはわかるけどいやそうじゃなくてそれこそその核を取り巻く人間の愚かしさっていうものをしっかり描写するために
1:27:13
こいつが出てきた核を持ってきたけど結局無意味だしっていうそういうところのためにあってだからこそ余計にあの広島の言及が聞いてくる反省したはずじゃないんですかでもやっぱりあなたたちは必要になったら強大な力に手を出すんですよねでもそれは結局何も生み出してないですけどっていうような
あれってなかなかできることじゃないと思うしまあ本当に核を使う使わないっていうのがもう徹底的なタブーとしてあのそもそも選択肢には出てこない平成ゴジラシリーズあたりとか日本のゴジラシリーズではできないことを核保有国が自らの立場で持ってやってるっていうことに逆に意味があるんじゃないのっていう気がして
なるほどね確かにそれに関してはその84年版ゴジラとかのさ その核っていうのはその原子力っていうところでは歌ってはいたんだけれどもさ
そこでのその核の扱いっていうそこで描かれてた核の扱いっていうところの内容っていうのになんかすごく監督のそのリスペクトを感じる気がする
その あっこでは84年ではその原子力として使って根本的にはその核兵器としての描かれ方っていうところを
そこが多分僕の中での一番評価でかかったところだったなぁって思うよ
でレジェゴジの褒めるところはあと何ですか
えっとねー 宗教館の話もしたでしょ
苦情と胎児のくだりも話したでしょ わもんゴキブリの話もしたでしょ
僕の中でそんなもんかな
出たよ 出たよ
それだけはねOK
あとはまこちゃんと語ってもらいながら僕がリフレインして保管していくっていういつものスタイル
まあだからちゃんとラリーになればいいのよ本当に本当に保管してくれるの
前回の聞き返して俺一回も保管された覚えがないんですけど
あれはシリアスムードになっちゃったのをチャチャを入れるということで
場としての風景を保管したそういうことよ
はいわかりました
はい反省してますすいませんごめんなさい
1:30:00
いっぱいあるんですけど軽いところからいきますけど
書くそのものをここまで多角的に色々と扱ったのはなかなか面白いなっていう風に思ってて
オープニングが結構死の灰で入ってくるんですよ
ゴジラのタイトルが死の灰が降る中でゴジラって出てくる
だからもう本当に水爆実験たび重なる水爆実験から始まって
なおかつその一番初めに原子炉の崩壊から物語が動き出していくっていう
ここも相当だなっていう気がするんですよね
だからもう水爆実験っていうものですでに書くっていうものを
今回のゴジラでもしっかりその話の中心に据えてやっていくんですよっていうのを見せながらも
その直後にですねその原子炉が崩壊して
一つの街が完全に封鎖されてしまうっていうような状況を描いてくるっていうところからも
その書くっていうね人間が決して完全にコントロールできない力っていうものを迷わず描いてくれてるっていうのは非常にいいなっていうふうに思いました
だからなんかもうつかみからすでにもう今回は違うよっていうのを見せてくれてる気がして
これは本当にね脚本を書いた人すごいいいなって思いましたね
これは非常に良かったです
そこからですね
あとは軽いところで言うと
ムートですね
マッシブなんちらかんちらですね
これが秀逸ですね
とにかく秀逸な造形してました
あれだよね
ルパートポール戦じゃなくて
スターシップトゥルーパーズですか
これムトが秀逸っていうふうに言ったら
オーマがスターシップトゥルーパーズに出てくる虫っぽさがあるよねみたいなことを言ってたんですけど
確かにっぽさはあるかもしれないけど
あんなB級映画と比べないでほしいなっていう
いいじゃん僕あの映画好きだよ
すいくんもめちゃくちゃ好きでしたから
それはもう2人で盛り上がってください
2人で盛り上がってくださいね
脳みそ吸われて死ぬ人とかね
あの表情がどうでもいいわそれは
恐怖だ
とにかくですねうるさいな
ムート非常にデザインが優れていたなって思ったんですけど
その心は
デストロイヤーをリスペクトしてるなって思ったんだけど
そんなことある?
むしろ顔の形的にギャオスみたいな感じじゃないの?
1:33:03
顔の形的にはそうなんだけどさ
僕ムトがゴジラを
寄生の卵みたいなのを植え付けている
ゴジラに対する対抗馬って感じの
生き物なんだよみたいなことを説明してたじゃない?
最初の方で
ムトが出てきた一番最初のシーンもさ
ゴジラの骨の亡骸の中で
卵みたいなのが
卵っていうかその眉みたいなのがあったじゃん
ごめん
やめてちょっといつもの僕の中の映画像になってないよね
大丈夫だよ
だからそのゴジラに対抗する対抗馬
デストロイヤーと思って
デストロイヤーの第2形態みたいなのさ
この形
飛行形態?
飛行形態と小さい時第1形態か
第1形態はフェイスハガーみたいだから第2形態だよ
こんな感じの
あの形をちょっとリスペクトしてるのかなデザイン的にってちょっと思ったんだけど
違うかな?
分かんないそれは知らないけど
それは知らないけど僕が感動したのはそこじゃないんですよ
イメージソースとかじゃなくて
単純に着ぐるみ式では絶対にありえない造形だからです
なるほどね
だからそこって非常に思い切りがいるというか
だからフルCGでやる意味ってそこだよねって気がするんですよね
異形を描く時に
やっぱ着ぐるみが描く面白さっていうのは確かにあったと思うんだけれども
フルCGでこのモンスター映画というか怪獣映画を作る上では
やっぱりそういう造形的な自由度が増してくるっていう風に考えると
やっぱああいう異形感の強い造形っていうものを
しっかりと描くことができるっていうのは
これCGの強みだなっていう風に思ったんですよね
なるほどね確かにね
そう考えると
そうだね
まあだからさ
あれは切れないね
絶対無理でしょ
するしかないね
そうそうそう
ビオランテなんかはいろいろ触手を上手に釣ったり飲んだりしながらやってたけど
でもやっぱり人が入る以上はさ
人間が入れそうな図体になるじゃない
であの超巨大な前腕に対して非常にこうなんか貧弱な胴体みたいな
ああいうキモい感じのねアンバランスさみたいなのっていうのはやっぱり
CGあってこそなのかなって気がして
1:36:01
だからなんだろう別にCGゴジラに対して本当にこう
ここまでねひたすら着ぐるみゴジラを見てきたんですけど
やっぱCGゴジラを見た時の
なんだろう
納得がいくというか
いいねってなっただからその異業間のおかげで
CGだからできるねこれっていう良さをすごく感じましたね
あとはムートーが秀逸だと思ったのはこの電磁パルス設定ですね
電磁パルスを発生させることによって
その周囲の電子機器とかも一切使えなくするっていうようなそんな能力があるんですけど
っていうかやっぱそういう設定でも作らないと
もう今時さあんな巨大生物を見失うことができないっていうね
まあ確かにねでもあれって僕
核だからEMPなのかなって普通に単純に思っちゃったんだけど
核だからEMP
あれ違ったっけ
その核爆発ってさなんか上空で起こるとさEMP波が出てなんか
電子機器ダメになったりすんじゃなかったっけ
そうなの?
違ったっけ
ごめん僕のね庭科知識
そうなの?
逆にそういうのを主張するときはむしろちゃんと調べておいてほしいんだけど
あそうえっとね
ごめんね
EMP
高高度核爆発攻撃によって電子機器が無力化する
うん
なるほどね
それも一つの核
まってか放射線のエネルギーってことか
そうそうそうそう
によるってことだね
これがね確かに防げるのが金関係じゃなかったっけなと思うんだけど
だから割とその核爆発が起こっても大丈夫にしなきゃいけない施設っていうのは
保護材に銅とか金とかの
金属ね
そうそうそう
をちゃんとコーティングしてEMPに対抗できるっていうような
例えば軍事施設だったりとか
っていうところはそういうふうなことを知ってたはずって
ふんわりした記憶があったから
EMPがそんなにほんって思っちゃった
ほんと思っちゃった
僕はだからそれが作品の中で非常にうまく機能してるって思ったのよ
うんうんうん
その設定を持ち込んでくることによって結局その
軍が見失う理由を作れるじゃない
確かにねそう考えた
今の時さなんでお前ら見失うんだよ
1:39:01
そうそうそうそう
あんな巨大なものをそんな簡単に見失えないでしょっていう
今の技術になったら余計にねっていう
だからそのなんかこう掴みきれないっていうような状況に落とし込むためには
そういう設定があってくれるだけでだいぶ助かってくるっていうのがあったし
あとはそのとにかく無刀の攻撃によって
電磁パルス攻撃によって戦闘機が降ってくるシーンの描き方がめちゃくちゃ秀逸だったんですよ
その第2波ね
あれで避難してる主人公の奥さんが空を見上げた瞬間に
パラシュートで降ってくるパイロットがまず見えるんですよ
静かにパイロットが上空から降りてくる様子がまず見えて
何だろうって思った瞬間に後方で爆発音がして振り返ったら
戦闘機がビルにぶつかって瓦礫が降ってくるっていうシーン
あの描き方はなかなかしないでしょっていう
絶望感強かったよね
あれ見事だよだって戦闘機が落ちるシーン描こうと思ったら
さすがにその戦闘機が落ちるその巨大な金属の物質が落ちてくるっていう様を
どうやってダイナミックに見せるかっていう方に意識が向くじゃない
爆発したとか攻撃を受けたとかっていうことじゃないんだもんね
無音の世界でいきなりふと見上げたらそこにパイロットが
パラシュートで降りてくるっていう非日常?違和感?
パイロットは降りてきてくるけど
あの人はじゃあ一体どこから落ちてきたんだろうっていう
ほんの一瞬の思考の瞬間に後方で戦闘機がビル群にぶつかって落ちてくるっていう
もうなんだろうな不安感の演出が上手すぎるあまりにも
だから爆発を見せればそれは確かにびっくりするし
で戦闘機降ってきましたうわ怖ってはなるんだけど
その前にまず一滴の不安を観客観衆に植え付けてから描くことで
その後の描写をめちゃくちゃ効果的に機能させてるなと思って
あれはマジでちょっと息が出たねもうはぁんっていう
うーんまってなりましたあれ
ああいうのいってどっから降りてくるのかなと思って
多分一番感動したのがそこかもしれないこの作品
なるほどね印象的なシーンではあったね僕が覚えてるぐらいだもん
これはそこを尺度にしないでほしいんだけど
これはって思ったね
1:42:00
本当にこういう小出しにどんどんしていかないと全然終わらないんで
あとはやっぱもう単純に音響がすごく良かったなっていう
これはもう本当に進化だなとゴジラの
いかんせん今回怪獣王ゴジラから見進めてるんで
進化のレベルが段違いなんですよ
とにかく音響がすごい
それで一個ちょっと僕もねすごいなと思ったシーンがあった
ゴジラってさ泣くじゃない
日本のゴジラってさ泣くことだけでさ
携帯の動きが止まったりとかっていうシーンがいっぱい出てくるじゃん
ガチラーの方っていくら泣こうがわめこうが
アメリカ軍って別に何の気にしもせず発砲してたんだけど
今回のゴジラ方向したことで全員の動きがピクって止まったっていうシーンは
すごいリスペクトを感じた
いいですね
覇王色ですね
覇王色
そういう存在感を持っていてほしいよね
ゴジラをアイコニックな存在にしているうちの一つだからねそれもね
それでいうと本当に歴代海外版ゴジラの中で最も印象的な
放射線ブレスを見せてくれたなっていう
尾から順番に光っていくっていう
あれはね
その瞬間の胸板がすごかったね
あれはもうゴリラだったね
素晴らしいです
ゴリラとクジラでゴジラですから
ゴリラ感がちゃんと胸板にあってくれないと困るんですよ
非常に良かったですね
良かったね
あとはセリザワ博士っていう名前からもやっぱり初代リスペクトを感じますし
何よりセリザワがゴジラをちゃんとゴジラって言ってくれる安心感
あれだいぶ揉めたらしいね
揉めたのあれ
そうなんか監督はガチイラって脚本に書いてたらしいんだけど
どうしてもヤクルトの人
渡辺健ね
渡辺健がこれはゴジラって言わないとダメだって言って
監督の反対を押し切って
ずっとゴジラって言い続けたっていう話を見た
ここですね
We call him Godzillaと呟くし
ゴジラを英語っぽく言うよう指示したが
渡辺は絶対嫌だと堅くなに拒否した
だって
そこでも渡辺健が
ゴジラへのリスペクトっていうか愛を感じるなと思ってさ
だからちゃんとそのゴジラはゴジラであるというところ
渡辺健がちゃんと主張しそれをちゃんと公開版まで
1:45:03
守り抜いてるわけですからね結果的には
揉めようがなんだろうがそれがちゃんとゴーサインが出たっていうところがありがたいですよね
そうそうそうそう
だからそこすごく良かったなと思った
ちなみにですねこれ続編のゴジラキングオブモンスターズ
2019年版の映画ですけど
もうめちゃくちゃ健さんゴジラゴジラ言いますから
そうなんだ
もうゴジラについて説明するシーンで必ず
ゴジラゴジラと日本語発音で言ってくれるんで
非常に嬉しくなりますね
どんどん行くよ
現時点で1時間53分経ってからやばい
何何何
いのしろ
それもそうね初代の
監督だったか
監督の名前か
だからホントにオマージュオマージュなんですよね
苗字も名前も
ストーリー的なつながりは全くないんですけど
マニアが関わってるんだなっていう気がする
マニアがマニアのために作ってくれてるなっていう
そういうニヤニヤ案件ですね
何も生み出さないニヤニヤ案件です
全然いいんですけど
あとはやっぱり電車っていうものがちゃんと
っていうところも初代リスペクトを感じる
連綿と続いてきた初代リスペクト
ゴジラ電車なんか
ゴジラじゃないですムートのところですね
ムートのね爆弾運ぶシーンか
僕は爆弾運ぶシーンじゃなくて
ハワイホノルルについて
見知らぬ子供を送り届けることになった後ですね
謎の停電が起きて
謎の停電が起きて真っ暗になった後
電力が復旧してバババババと電気がついていったら
線路のその先に巨大怪獣ムートがいるんですよ
でも無人運転の電車だからそこに向かって
電車はこれから進んでいくっていう絶望感です
確かにね
あれ運転士がいたら絶対に進まないじゃないですか
でも無人運転の列車が存在するから描けるんですよ
でもそれってさ日本ゴジラでも突っ込みしたいところでもあってさ
あんだけゴジラがいるぞっていうところに
全力疾走で電車が普通に動いて直前まで気づかないってさ
おかしいだろうってずっと思ってたんだけど
ある意味ではそれをリアルにしたら
リアルにしたらそういうことになるのかな
今の世の中で言えばっていうところなのかもしれないよね
だから非常にあそこはね
しかもその視点が終始電車の中なんですよね
1:48:03
あれも非常に素晴らしかったと思う
やっぱり幻影からそのジオラマの電車を掴んで
モリモリみたいなところじゃなくて
電車の中からしたらこういう絶望があるんだなっていう風なのを
長尺で見れるっていうのは
非常に視点を変えた初代ゴジラへのオマージュで
非常によく機能してたなというふうに思いました
でこの辺で小出し系は終わってですね
確信に入るんですけど
今回何よりも素晴らしいと思ったのは
主人公がちゃんと人間でしたね
ちゃんと人間でした
軍隊ではなくて
そういう意味ね
そういう意味です
主人公は人間で
ゴジラはアンタッチャブルでした
そこが一番大事なのかなっていう風に思っています
フォーカスしたのが親子だっていうのが非常にね
面白かったんですよ
ネタに恋愛絡めてないもんね
これなかなかないですよねって気がして
なんだろうな
ここまでディープに親子って何みたいな話を
掘り下げたゴジラ映画って
これあったかなって日本版含めて
少なくとも日本版で僕らが見た中では
親子っていうものを語ったものっていうのは
正直なかったよね
本当におまけ的な感じでモスラでちょっとやってましたけど
あんなのはちょっとね
家族とは何かみたいな話ではないじゃないですか別に
だからこうなんだろうな
すごくアートな側面もちゃんと持った作品かなって気がしていて
縁溜め全物派じゃなくて結構いろんななんていうのかな
いろんな角度からいろんなものを描いてた
例えば
幼少期の事故で事故の根本原理を突き止めるために周りから強靭扱いされて
息子としてもただ妻を失った傷ついた心に目を向けないために
陰謀論にはまった親父みたいな扱いされている
主人公とその父親像っていうのがあるわけですよねだから
ある意味ではその一つのそのゴジラの作品の中での傷ついた家族の一つですよねあれは
関係は破綻してしまって最終的に父が言ってたことは全て正しかったっていうのがやっとわかって
謝ることはできたけどその直後に父は息を引き取るという
すれ違ってしまった親子傷ついた息子っていうような像が出てくる
1:51:00
あとは
ハワイで助けた誰かの息子とその両親
結局男の子を難民キャンプみたいなところまで連れて行ったら無事両親見つけることができて
そこに男の子がバーッと行って結局主人公は何も言わずにそれをただ見守って
あのシーンとかも意図みたいなものが明確なメッセージにはならないんですけど
何ていうのかな家族っていうものを主人公が目にするっていう
非常に大事なシーンなのかなっていうふうに思っているんですねだからなんかこの主題っていうのが一体どこにあるのかなというふうに考えたときにいろんな家族が実はいてで無党ももはや家族の一つの像なんですよ
そうでねこれお父さんが死ぬ間際に言ってるセリフっていうのが何があってもねあの子どもたちを守れという話をして死ぬんですよ
実際お父さんもその息子が巻き込まれる怪獣のあの復活に巻き込まれるんじゃないのかっていうので助けに行った結果自分が死んじゃってるっていうような状況で
でなおかつまあだからそういった中でさあのなんだろう
何があっても家族を守るっていうその一つの何テーマがその主人公の中に生まれるわけじゃないですか
でそんな中でこうなそうとしている無党がいてで一方で子ども自分たちの子どもを守ろうとする人間がいて
でそんな中で主人公が無党の子どもたちを殺すわけですよね
だからなんかこうさいろいろ絡み合ってんだよ家族っていうのがこの作品の中で
無党も一つ家族っていうものを作ろうとしていたりする中で
で主人公はむしろ家族を守るためにその無党の家族になるべき子どもたちの命を奪っていくっていう
なんかねすごいなんだろうな複雑に絡み合っていて
どこから読み解いていけばいいのか僕はちょっと正直わからなくなっているのが今なんですけど
たしかにその構図で見るとさシングルってゴジラだけだよね
そうねそうね
だからその家族の絆っていうところだったりとか
家族の愛とは何ぞやみたいなところを描くときにやっぱりそのゴジラがシングルである理由とか
最後の一人である理由っていうところもその逆に対比させるところで最後の存在っていう
そのゴジラの孤高さみたいなのを描けるようにもできるし
1:54:03
逆にその家族の愛だったりとか絆だったりっていうところを強く描けるようになるっていう
ここの対比もなんか今の話聞いてて面白いなと思った
でねそうまさにそれでゴジラがしっかり超越者であり続けてるんですよ
だからしっかり脇役でありながらでも脇役ではあるんだけれども物語を支配している存在でもあり
ある種だから僕はそれを脇役とは呼ばずに超越者と呼ぶことにしますが
ただ主人公じゃないというここもすごく大事なところかなっていうふうに思っています
ゴジラはあくまで何かのメタファーとして存在してくれていればいいので
こいつを主人公にするとですね昭和ゴジラの二の舞になるんですよね
昭和ジェスチャーとか始めちゃうからシャレにならないんで
ちょっとそうならないようにしたいなっていうふうに思った時に今回のゴジラは
やっぱり一応設定はこれまでに使われていたものと一部被るんですけど
要は太古の昔に生きていた生物でそれを目覚めさせてしまいましたよと
一つ違うのはこれまでに行われてきた水爆実験が彼を起こしたんじゃなくて
起きてしまった彼を殺すために水爆を何度も何度も打ち込んだけど
結局誰一人彼を殺すことはできなかったという
そのゴジラのアンタッチャブルドアイっていうものを
このかつて行われた度重なる水爆実験っていうものをうまく現実で
現実で行われたそれを材料にして描いてくれてるんですよね
そういう設定を作ってる
だから僕はなんかそれはそのかつてのゴジラ初代ゴジラが描いた
水爆実験なんて愚かなものやめましょうよっていうような
そういうメッセージを台無しにしてるのかなとは一瞬思ったけど
でも逆に核っていう人間が持っている最大の力でも沈めることのできない
超越したものすごく大きな力が存在するっていう描き方もある意味では
そのゴジラが持っている
強大な力の権限としての描き方としては悪くないかなという気はしてきたというのがありました
そう考えるうちは今回このレジェゴジは一体何のメタファーなんだこいつっていうふうに思った時に
僕はこれはもうガイアだと思いましたね
自然そのものです
むしろこのプラネットそのもの朝廷者としての存在なんじゃないのかっていうふうに思ったんですよ
たしかにセリ沢博士もそうなんです
とにかくこのセリ沢の発言で一番ピンときたというかそういうことなのかなっていうふうに思ったんですよね
1:57:06
人間は自然を支配できると上れているがその逆だと
いうふうに言っていて実際今回ゴジラが出てきたのもある意味ではその生態系の中で
何かね下手したらあんなもんが大量に生まれてたらひっくり返るわけですよ生態系が
ムートがあの数の卵を一気に孵化させたら多分人類の文明滅びるどころか
人類以外の生態系も大きく崩れるんじゃないのかっていうふうなことが考えられる中で
一つこう自然でそんな中でゴジラが自然そのものだとしたら
自然が持っている事情作用みたいなものとしてのゴジラなんじゃないのかというふうに感じた
というふうに考えるともはやゴジラは正義でもある必要も悪である必要もないんですよ
しかも人間の価値観みたいなものも一切関係なくそういったものをすべて超越した存在として
描くことができるこれっていい落とし所じゃないっていう
たしかにね
変に書くの申し子みたいな形で描くと多分アメリカ的にも非常に描きにくくなってくる部分もあるだろうし
でもやっぱりこう自然そのもの要するに人間が触れられないような超巨大な力で
それに対しては人間は何のなす術を持っていないんだっていうようなところがある意味では
これまでのゴジラが日本人が積み上げてきたゴジラ像とうまく重なる部分もあるし
もうなんかねすごくいいところに落ち着けたなって気がしたんですよ
弟者 ということはよ
やっぱりここでモスラを見てきた意味っていうのがさ光るわけじゃないですか
おついち どういうことですか
弟者 モスラはさ何の守護者だった?
おついち コスモスですか?
弟者 そうコスモスじゃないよ
おついち 地球ですか?
弟者 そうだよ地球の守り手としていたのがモスラじゃないですか
そのカウンターパンチとしてまた売れたのがバトラーで
そのバトラーとモスラっていうのが共同することによってゴジラを通したという
守り手としての象徴の怪獣というのをゴジラに乗っけてきたっていうのを感じられたっていうのは
やっぱりモスラを見ないとわかんないことだと
おついち 一つ残念なお知らせがありまして
この2014年版ゴジラのあとに2019年ゴジラキングオブモンスターズっていう続編があるんですけど
これのですねそれこそオープニングから10分15分ぐらいのところでモスラが出てくるんですよね
しかもその中のセリフにモスラは囮だみたいな
2:00:04
やつらはもっと強大な怪獣を手に入れるための手段を持っているんだから
こんな虫けらに何の必要性も感じてないはずだみたいなセリフがありまして
モスラの扱いは非常によろしくなかったかなという
ちょっと監督連れてこい 星座だよ
おついち ごめんなさい僕もまだその辺までしか見てないから
ちょっとモスラひどいこと言われてるなっていうところで
まだモスラもさなぎ作ったところなんで
これから浮かした瞬間に何か扱いが変わってくるかもしれない
変わんなかったら監督呼んできて星座させて泣くまで説教するかもね
おついち モスラ死んでもいいって言ってたのに
いやまああれはさちょっとまあ確かに処理面はあったよ僕の中でも
でも僕が愛するものを僕が怪我すのと人に怪我されるのはちょっと違うの
おついち ちょっとねメンヘラ地味できたからこの辺にしておきましょうかね
とにかくね今回のこの2014年版ゴジラっていうのは
家族って何と超越したちゃんとゴジラっていう怪獣を描くことに
しっかりと全方向でプロと考えて作ってくれたんじゃないのかなっていうのを感じたから
怪獣映画だなと思って見終わることができたっていう良さがあったなという
そうだね
おついち 気がしました
ここから先になってくる僕らの終着点であるさ
そのシンゴジラとゴジラマイナス1
おついち マイナス1
マイナス1の部分になるんだけど
これを受けて最新のゴジラっていう形で日本が描くわけじゃないですか
おついち その前にいったんミレニアムゴジラがミレゴジュが待ってますけど
でも順序的にはこっちが先
おついち 順序的にはミレゴジュの後なんですよ
ミレゴジュの後だよね
おついち そう
だからその
おついち ある意味ではそうだね
アメリカ版のこの2014年および2019年のゴジラキングオブモンスターズを受けての
マイゴジュ
そうだからそれを見た庵野監督と
あともう一人のなんとか監督っていうのが
これをちゃんと踏まえて映画を作ってるかどうかっていうところもちょっと僕は気になるね
おついち 踏まえるか踏まえないかはさておきやっぱり日本のお家芸として考えた時に
全く違う切り口でいいから
やっぱり何かを見せてほしいですよねって気がするよね
そうだね
おついち 変に僕らも期待高まってるからさ
そうだねこれでちょっとえってなっちゃったらどうしようかな
2:03:01
おついち まあそれはそれで語れるから何も言いたくないんですけど
どうにもなるかなと思いますけどね
とりあえずですね実は僕ミレゴジモンもちょっと見始めておりまして
ちょっと早くないですか
おついち はい
一つ言えるのはちょっと次回は不満爆発会になる可能性が高いです
ちょっと待って次は
おついち はいちょっとこれ整理しましょうね
おついち じゃあそれちょっとCMの後にしましょうか
いいですかとりあえず今日のアメリカ版ゴジラシリーズは
言いたいこと全部言われましたかね
1個だけね僕ねツッコミ忘れたことあったんです
おついち じゃあそちら言っていただいてCMに繋ぎます
怪獣王ゴジラに出てくるおじさんたちがいるんですけど
その人たちが着ているハッピーに
ルシールアンダソンって書いてあるんだけど
何者だよ
02:04:11

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